
炎環
永井路子
文春文庫
黒衣の宰相の野望と悲哀
阿野全成という僧侶がいる。源頼朝の異母弟、源義経の同母兄である。 兄弟が骨肉の争いを繰り広げる中、したたかに生き延び、頼朝亡き後、「黒衣の宰相」として実権を握ることを狙う。 しかし、その野心は潰える。それは、史実なので仕方がない。 が、そこからが小説家としての腕の見せ所。史実として大まかなことを知っている人間にも、全成の失脚に関して 「え?」「まさか・・・?」「あの人が・・・!?」「そんなはずは・・・」 と思わせる展開。「あの人」とは全成の身近な人物なのだが・・・。 これが最初の短編「悪禅師」である。 全成のことをここで初めて知った人にも、彼の波瀾万丈な人生、彼を取り巻く個性豊かな人々についてもっと知りたくなるだろう。 その後に、全成の身近な人物を主人公にした短編が続く。 「悪禅師」とは違った角度から同じできごとを見ている。 謎だらけだった「あの人」の心が見えたときは、言葉が出なかった。というか、涙が出た。 永井路子にとっても代表作といえる作品。 あまり歴史小説を読み慣れていない人にも、「ある僧侶の数奇な人生」という話としてもおすすめしたい。
10投稿日: 2014.11.08
第一次世界大戦と日本
井上寿一
講談社現代新書
静かに怖い本
「正義人道」を掲げるアメリカが、「力」を行使する国々と戦う。 日本は、アメリカの理念=デモクラシーを共有する国である、という認識。 21世紀の話をしているのではない。 第一次世界大戦後、日本の政治家や文化人の間で広まりつつあった認識である。 学校教育などでは、第二次世界大戦期の日本の問題点・「異様さ」を強調するあまり、 この頃の日本の雰囲気についてはあまり知られていないように思う。 働く女性が増加する。が、男女差別が存在する。セクハラがある。 同一賃金を求める運動があったり、「婦人専用電車」への要望があったり。 自然科学重視の観点が広がり、天皇は「現人神ではない」と学校で教えられる。 バブルな時代でもあった。 新しいビジネスを起こしたり、株で大もうけをした成金が派手に散財。 教科書にも風刺画が掲載されていることの多い、成金・山本唯三郎。 (↑札束を燃やして足もとを照らしているもの) 彼の奇行はそれだけにとどまらない。 朝鮮半島での大規模な虎狩り、帝国ホテルでの虎肉フルコース、もう何だかすごい世界だ(笑) が、やがてバブルは崩壊する・・・。 広がる格差に対して、欧米のようにもっと積極的な福祉政策が必要なのではないか、 そんな議論が起こったり。 まあ何だか、我々の知っている時代とよく似ている。 しかも、関東で「大震災」まで起こるのだから。 その後、1940年の「東京オリンピック」に向けて復興への努力を重ねていく・・・。 本書はこんなところで終わる。 何となく、背筋が寒くなる。
5投稿日: 2014.11.06
虐殺器官
伊藤計劃
早川書房
これだけのテーマが一本の小説に収まるという奇跡
この濃密さとこの疾走感が両立すること― 改めて、作者の早すぎた死を惜しむ。 物語の始めの方で、読者は主人公が母親を殺したことを知る。 そして、このような「殺人」は自分の身にも起こりうるということも。 生命維持装置を外すか否か。決めるのは家族。外せば死。 しかし、そのような状態で生きていると言えるのか?どこまでが生でどこまでが死なのか? このテーマだけでも、十分、一つの小説になるだろう。 しかし、この話は、主人公が行っている違う種類の殺人と、 この「母親殺し」がクロスし、フラッシュバックする形で進行する。 彼は米軍特殊部隊に所属し、世界各地で「虐殺」を行っている「悪人」を暗殺することで、 世界の平和を維持するのが「職務」である。 こうした「正義の戦争」に対する批判、これだけでも一つの小説になりそうだ。 小説でなくてもよいかもしれない。 また、戦場での彼の葛藤。 自分のしていることは「職務」であり、「命令」の遂行であり、罪の意識から逃れたい。 しかし、その一方で、その罪が自分のものでないとすれば、 自分が自分でなくなってしまうような恐怖感を覚える。 このあたりの心的外傷は少し前に読んだ日本軍BC級戦犯に関する本と通じるものがあり、 戦争と心的外傷を巡る一冊の本になりそうだ。 そして何よりも「ことば」と人がどのように関わっているのかという根本的な問題。 言語論の入門書としても読めそうだ。 ブックマークをつけたところを振り返ってみると、 一体何冊分の内容が凝縮されているのだろう、とレビューに困る。 が、読んでいるときは、そうではなかったのだ。 主人公は、任務として”ジョン・ポール”なる”虐殺者”を追っていく。 普通に、続きが気になって読むのが止まらない、スパイ小説のような感じだった。 が、後になって付けたブックマークを見直していくと、何と濃かったことか! 良い作家に出会えた。 が、もう、この人の新作を読むことはないのか・・・と思うと残念である。
31投稿日: 2014.11.05
限界集落株式会社
黒野伸一
小学館
「野菜のくず」が語りかけるもの
「村おこし」という観点でいうと、有川浩の『県庁おもてなし課』と比較されやすい作品だろう。 『県庁~』の方が、一般に「駄目な人達」と批判されがちな公務員を主役にしているところに新しい面白さがあれば、 こちらは、「駄目なお役所に変わって俺たちがやってやる!」というある意味王道エンターテイメント的な面白さがある。 逆に言えば、大筋のところが、割とありふれた「王道☆逆転劇」であるとも言える。 少々調子よく進みすぎるところもあるのだが、筋よりもディテールで面白いところが結構ある。 例えば、質はいいのだけれど、形がいびつで商品化しにくい野菜を売ろう。 そのために何かマスコットキャラクターを作ろう、という話になる。 この限界集落株式会社は、地元の人もいれば、都会で挫折してやってきた人の両者からなる。 そこで活躍するのが、売れない漫画家で日雇い派遣をやっていた「冴えないデブ」の千秋。 彼が「不思議菜」という名前を提案したシュールな野菜キャラに、 元エリート銀行員の優が、もっと強烈な名前でないと駄目だ、「野菜のくず」でいこう、と主張。 結局「野菜のくず」達のシュールで自虐的なWebマンガがホームページに掲載されることになるのだが、 これが一部の若者の間で大人気となる。 が、多くの人(特に中高年)には「何がいいのかわからない」という。 「野菜のくず」というキャラに惹かれる若者たち、理解できない大人たち。 ある意味現代社会のひずみを上手く切り取っているな、と思う。 おそらく、「野菜のくず」に惹かれる若者たちは、自分たちが社会で「くず」として扱われていると、 どこかで感じているのだろう。 描きようによっては非常に重いテーマになるのだが、 それを痛快王道逆転劇に取り入れることで、不思議なバランスが生まれる。 社会問題×エンターテイメント。 タイトルと中身がマッチしている。
11投稿日: 2014.11.04
グイン・サーガ1 豹頭の仮面
栗本薫
ハヤカワ文庫JA
文章表現に対する誇りと責任
正伝130巻、外伝21巻、しかも未完のまま、作者が逝去。 はたして読み始めてもよいものか・・・と迷っていた作品。 実はちょっと違う意味でこの第一巻に関心を持っていた。 それは、「文学作品と差別表現」という観点から。 たとえ差別的な表現であっても、それ自体が時代を表し、世界観を表し、 「文学」の一部であることから、言葉の置き換えは行わないのが一般的である。 が、本書の場合、「癩病」に関する描写を巡って、ハンセン病患者の団体から抗議があり、改訂版を出したという。 読んでみると、なるほど、と思う。改訂版なので「癩伯爵」→「黒伯爵」となっているが、 彼の業病は「空気感染する」ものであり、「その伝染力はきわめて強い」、 故に狂気じみた道を歩んでいく。 これは、ハンセン病の症状とは全く異なり、こうした病を「癩病」と言ってしまっては、 偏見を助長することになるであろう。 が、「黒伯爵」ヴァーノン公は、恐ろしくも哀しい、本シリーズの冒頭を飾る重要人物。 あくまでも架空の世界の恐ろしい話として、この部分は外せない。 栗本薫は改訂についてこのように語る。 「私が自分の文章表現に対して誇りと責任をもち、無用に人を傷つけることを非とし、 この場合の私の過ちを認めたからこそこのような徹底した方法を進んでとった」 私は、作者のこの姿勢に対して好感を持った。 もし、「癩病」のままだったら、おそらくヴァーノン公が出てくるたびに、 ハンセン病の患者に対して、どこかやましいものを感じてしまっただろう。 改訂版は、「現実」ではなく、「グイン・サーガ」の世界。 すっきりと、世界にひたることができる。 しかも、電子版。150冊以上の置き場を心配する必要もない。 未完であるのが残念だが、やはり2巻以降も読んでいこうと思った。
15投稿日: 2014.11.01
花のアンドロイド学園 Vol.1
加山紀章
角川アスキー総合研究所
擬人化=諷刺の世界
週刊アスキーに連載されていた「スマホ擬人化マンガ」。 ○○擬人化、というジャンルは国擬人化マンガ「ヘタリア」で結構有名になったので、 擬人化すること自体にそれほどの目新しさはない。 ということは、中身で勝負、なわけだ。 割とよくできていると思う。キャラの設定は例えばこんな感じ。 品川ソニアさん(ソニー・モバイル、品川はソニー本社所在地) 日本人(ソニー)とスウェーデン人(エリクソン)を両親に持つ、英国出身(ソニー・エリクソンの本社はロンドン)のお嬢。 両親の離婚(ソニーとエリクソンの合弁解消)により、お父さん(ソニー)のもとに引き取られ、日本人に。 ・・・だいたい合ってる(笑) IT雑誌に掲載されていた読み切り漫画なので、新機能や新商品をネタにしたコメディが多い。 が、時々切ない現実を上手く描いているところなんかもある。 2巻の話で恐縮だが、NECカシオがスマホ事業から撤退するあたりのお話。 樫尾さんは家庭の事情による退学、という話になる。 樫尾さん「私もがんばったんだけど・・・」 (ちら)(ちら)(ちら)と、皆がd部コーチ(NTTドコモ)を見る。 (d部コーチの方針がトドメだよなあ・・・) ドコモの方針というのは、サムスン・ソニーをツートップとして積極的に売り込むもので、 これにより、「その他」のメーカーは大打撃を受けた。 このツートップ体制に対する批判は、作品中でもなかなかシビアに展開されている。 樫尾さんの「退学」にしょんぼりする学生達。 そこに不二通(富士通)さんのひとこと。 「あまり感傷にひたっているヒマはないんじゃないですか?明日は我が身なんですから」 松下さん「ウン・・・」 うわあああああ笑えない・・・・!!!! この後松下さんも退学しちゃったし!(涙) 思ったよりもシビアで面白い。 あと、「批判」はしても「中傷」はしないというラインがきちんと守れている。 当たり前だけれど、大事なこと。 擬人化というと、一部のオタクをターゲットとしているように思う人もいるだろうが、 考えてみれば、歴史の教科書なんかに出てくるビゴーの風刺画(日露戦争擬人化とか)なんかに通じるジャンルだと改めて思い直した。
5投稿日: 2014.10.31
本能寺六夜物語
岡田秀文
双葉文庫
「あの日」、わたしたちが見たものは・・・
「本能寺の変」と「オムニバス形式」は相性がいい。そう思った。 「あの日」から30年以上が過ぎたある夜、古寺に集まり、 「あの日、あの頃」について回想する男女。 全体像がなかなか見えない。 結局、本能寺で何があったのだろう? だが、そこが良い。 読者は事件(本能寺の変)やその後の歴史について、マクロな知識を持っている。 というか、このあたりを扱った小説をいくつも読んだ人も多いのではないだろうか。 だからこそ、本書の最初の五つの話のように、「歴史に名を残さなかった普通の人々」 が「世紀の大事件に巻き込まれて人生が変わってしまった」という視点が新鮮で面白い。 特に第五話の、森蘭丸に恋心を抱いていた侍女の話、インパクトがあった。 おいおいおいおいそこまでやるとストーカーっていうんだよ?(笑) 陰謀あり、忠義あり、ストーカーあり、ホラーあり。 もう、別ジャンルになりそうな話が「本能寺の変」でつながっている。 このままミクロな視点の話で終わるのかと思っていたら、第六話は・・・。 やはり、そう締めるか! うっすら予想はしていたけど、それを適度に裏切ってくれる予定調和。 オムニバス形式をフル活用した歴史小説。
7投稿日: 2014.10.31
ビブリオバトル 本を知り人を知る書評ゲーム
谷口忠大
文春新書
公式ホームページでは読めないビブリオバトルの世界
ちまたで流行りのビブリオバトルについて知りたい人。発案者が書いた本書を読むのが一番だろう。 が、実は公式ホームページもかなり充実しているので、本書を読まなくても特に問題はない(笑) ・・・と身も蓋もないことを書いてしまったが、それでもやはり、本書は一読に値する。 つまり、「ルールを知る」以上の、読み物としての面白さがあるのだ。 本書の最初の方と最後の方は小説仕立てで、実際にビブリオバトルをやってみたら・・・? という設定で描かれている。この部分とコラムの部分は何が面白いって、 実際に本が紹介されていること(笑)。 相手に「読みたい!」と思わせる。 これが勝負のゲームなのだから、本の紹介パートは面白い。 読んでみたくなる。そして、こういうレビューを書くときの参考にもなる。 真ん中の部分はちょっと真面目なお話。 コミュニケーションって何だろう、というような、 ホームページには書き切れないような踏み込んだことが語られている。 ビブリオバトルを発案した著者、文系だと思われがちらしいが、 実は理系で、修士課程・博士課程ともに、「人間とコミュニケーションするロボット」 について研究していたという。 ソニーのAIBOを素晴らしい存在だった、と思う一方で、 「何を実現したら、人間とロボットがコミュニケーションできたと言っていいのだろうか」 という根本的な疑問を持つようになる。 人と人、人と本の新たなつながり方を提示した著者。 ビブリオバトルのルールは小学生でもすぐに理解できる、シンプルなもの。 しかし、その必要充分なシンプルさに行きつくまでに、 ロボットとの葛藤、人との葛藤が数多くあった。 それが、ホームページでは読めない、本書の面白さ。
5投稿日: 2014.10.31
ヒゲの日本近現代史
阿部恒久
講談社現代新書
平社員がヒゲをはやしていたら生意気ですか?
ヒゲの男に対してどんなイメージを持つだろう? 偉そう?だらしない?アーティストっぽい? 本書は、日本近現代史・男性史を専門とする著者が、「服飾史」としてのヒゲを語るもの。 服飾史といえば、女性が主役の世界。 そもそも、服飾史を含む社会史というのは、今まで歴史の表舞台に立てなかった人々に光を当てるものだから、 仕方が無いと言えば仕方が無い。 が、最近は「男性学」や「男性史」という分野も発展しつつある。 男性だって社会的に規定され、構築されてきたイキモノなのだ。 まだまだマイナーな「男性史」という分野に気軽に楽しくアプローチできるのが本書。 明治の元老はなぜあんな立派なヒゲをはやしているのか。 なぜデパートの店員がヒゲをはやしていると違和感を感じるのか? そもそもヒゲというのは男にとって、また女にとってどんな意味を持っているのか・・・? そうした意識の変遷を明治から21世紀初頭にかけて、丁寧に追う。 「コスメチックで美しく形を作ったフッサリ髯」や「瞞着心に富んだひげ」など、 文学作品に見られるヒゲ描写も面白い。 言葉で言われてもわからんよ、という人のために(?) 当時の雑誌・ヒゲ本(?)からヒゲの分類について説明した絵もいくつも紹介されている。 ”国際ヒゲクラブ”なる組織のメンバーの写真は、一見の価値あり。
9投稿日: 2014.10.30
県庁おもてなし課
有川浩
角川文庫
ギッタギッタにされました(笑)
本編も面白かったのだが、電子版にも収録されている「単行本版あとがき」「文庫版あとがき」「巻末特別企画」が面白い。 本書を書くにいたった高知県庁「おもてなし課」とのいろいろなできごとが暴露されている(笑) 小説よりも小説な、現実。 「格好良くは書きませんよ。今までの経緯を含めて書くので・・・ギッタギッタにしますよ」と言い放つ作者(笑) ギッタギッタにされて生まれたのが、本書(笑)。 作家って、こうやって小説を書くのか~ という角度でも楽しめた。 更に、その後には本書に触発された諸県観光課の「おもてなし」ポスターが収録されていたりする。 こういう風に、小説と現実が相互に作用し合うというのはいいなあ。 地方観光局と作家との交流で生まれた作品で好きなといえば青池保子『ドラッヘンの騎士』(マンガ)。 エーベルバッハというドイツの小都市の観光局長の奮闘をモデルに、ドイツの別の地方都市を舞台として描いた作品。 エーベルバッハ市は小都市ながら、青池氏の『エロイカより愛をこめて』でそれはそれは有名になりました(笑) どちらもここのストアにあるのでよろしければどうぞ!
12投稿日: 2014.10.28
