
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会
東浩紀
講談社現代新書
読む人を選ぶ気もするが、いい刺激をもらえる本
新書というのはターゲットが難しいな、といつも思う。 第一章で、「筆者と知識や世代を共有するオタクたちにも向けられているが、同時に、オタクのことなど考えたこともないし、考えたくもないと思っている多くの読者にも向けられている」とある。 私は、この想定と内容は少々ズレがあるかな、と思った。 オタクに興味があるか否か、筆者と同年代であるか、それは問題ではないと思う。 が、「知識を共有する」という点がネックになるのではないかと思う。 それはサブカルチャーの知識ではない。現代思想の基本的な知識だ。 タイトルの「ポストモダン」でわかると思うが、著者は現代思想の人であり、 そうした視点からオタク系文化を考える本である。 「オタク」に関しては、日本のみならず、フランスやアメリカなど世界各地で 社会学者や思想史家が取り上げている。 本書も、新書であるとはいえ、やはり「現代思想としてのオタク史」である。 おそらく、著者としては丁寧に説明しているつもりであろうが、紙面の関係上、 思想史に馴染んでいない人に親切なものであるとは言えない。 たとえば、 近代=西欧に対してポストモダン=日本があり、日本的であることがそのまま歴史の最先端に立つことを意味する、 というこの単純な図式は、歴史的には、戦前の京都学派が唱えた「近代の超克」の反復だと言える。 という一節がある。そして、これに関してそれ以上の説明も注釈もない。 今は京大文学部の学生でも「京都学派」という言葉を知らなかったりする。 それを注釈なしに使うということは、それなりに読者を選ぶ本である。 もっとも、本書が雑誌『ユリイカ』に掲載されていた文章をベースにしているということを最後の方で知り、 それならば、と納得した。多分、『ユリイカ』の読者というのは、 個別的なサブカルチャーについては知らなくても、サブカルチャーをアカデミックに論じるのが好きな人が多い。 私は『ユリイカ』や『現代思想』を時々読んでいるが、実は「難しいなあ」と思うことが多いので、 本書も少し難しく感じた。 ただ、本書でも先行研究として何度も取り上げられる大塚 英志のサブカルチャー論をいくつか読んでいたこともあり、 少し入っていきやすいところもあった。 と、思うと、万人におすすめできる本ではないなあ、と思ったりもする(苦笑) サブカル論としては大塚英志が先の方がいいかも。 問題提起は面白い。 日本のアニメやゲームなどのオタク系文化が世界に広がっている。 我々はそれを「日本的」と思ってしまうが、それは本当に「日本的」なのか、 そもそも「日本的」とはどういうことなのか。などなど。 ボードリヤール、リオタールなどの理論を用いて日本のオタク文化を論じるのは、なかなかに魅力的。 具体的な話としては、ガンダムファンが求めるものと、 エヴァンゲリオンファンが求めるものの違い、 その背景には何があるのか、など。 本人が言っているので、あげつらうこともないかもしれないが、「オタク」が主に男性のオタクを考察対象としており、 女性のオタクについての考察はあまりされていないのはちょっと残念である。 オタクの思考や行動というのはジェンダーの差が大きく出る分野だと思うから。 まあ、そこも著者指摘しているのだが。 おそらく、社会学とかを専攻してサブカルチャー論で卒論を書くような学生は、 著者の主張を先行研究として何らかの評価を下さなければならないのだろう。 そう思って読むと、自分が著者に対して何か建設的な批判をすることができるほど、現代思想について知らないということに気付いた。 例えば、リオタールの「大きな物語の凋落」は何かとよく聞くが、実は元のリオタールの著書『ポストモダンの条件』を読んでいない。 だから、著者の論じ方が適切なのか、今の私には判断できない。 途中からよくわからなくなり、もう半ば諦めながら一応最後まで読んだのだが、 注や参考文献に挙がっている本を見ると、そちらを読みたいという気持ちが高まった。 本書を読まなければリオタールやボードリヤールの理論を全然わかっていないことにすら気付かなかっただろう。 そういう意味で、いい刺激をもらったと言える。
9投稿日: 2014.11.28
千姫様
平岩弓枝
角川文庫
脇役がいい味を出しているが、最後はヒロインの言葉が響く
姫君が若君を好きになる。若君も姫君を好きになる。だが戦国時代なので結ばれない。 ・・・と思いきや、姫君を溺愛するおじいちゃんが権力を行使して、二人を結婚させてしまう。 そして二人は幸せな結婚生活を送る。 ・・・あれ?まとめてみて、ありそうでなかった描き方だな、と思った。 職権乱用のおじいちゃんは徳川家康。 姫君はその三男秀忠の長女・千姫。 幼い頃、いとこである豊臣秀頼の正室となったが、実家により豊臣家が滅ぼされ、夫とは離別する。 秀頼を兄のように慕っていた千姫であったが、 夫との離別後、初めて恋をする。その相手が徳川家重臣本多忠政の嫡男・忠刻。 まあ、何かの史料にも千姫が忠刻を好きになり、家康が後押しをしたと読めるところがあるらしいが、 この物語の感触は何だか妙。悪い意味ではなく、ちょっと新鮮な違和感。 だって、ヒロインが幸せすぎる。 歴史ものでも、現代ものでも、こんなに幸せに描かれるヒロインって・・・? もちろん、千姫の生涯を考えれば、何故この時期の千姫をここまで幸せそうに描くのかというのに意味がある。 その前後の悲劇や悲哀とのコントラストがはっきりするからだ。 幸せな時間って永遠に続かないから幸せなんだろうな、切なくなるような感じ。 コントラストといえば、架空の登場人物を巧く使っている。 千姫の豊臣家時代からの侍女・三帆。 彼女も忠刻に思いを寄せている。 千姫に仕えながらも、何とか忠刻に近づこうとし、 千姫が懐妊したら、ひそかに流産したらいいのに、などと思っている。 千姫が光なら、三帆は影。 歴史ものとしてはなまなましいくらいの女同士の嫉妬、葛藤、しかしどこかにある共感のようなもの。 本書の千姫や三帆の恋は、近代的な「恋愛」の描き方なのかもしれない。 が、私はそんなことは全然構わないと思う。小説というのが近代的なものだから。 三帆の嫉妬や葛藤は恋愛小説らしい感じ。 インパクトがあったのが、姉である千姫に初めて会ったときに恋してしまい 恋の病が死ぬまで治らない感じの弟・家光。 「竹千代は、いつまでも、姉上に傍にいて頂きとうございます。 竹千代が今少し、大きければ、忠刻ごときに、姉上をお渡しはせぬものを・・・」 大きくなっても姉弟は姉弟です(笑) でも彼は生涯、こんな感じで(笑)こんな家光初めて見たかも(笑) このあたりの人々が、うっとうしいくらいに相思相愛な千姫夫婦に対するスパイスとして巧く活きている。 さて、ヒロインの千姫であるが、長生きをした人である。 「よいこともみれば、悪しきことも見ねばなりません。なつかしい人が一人去り、二人去って・・・」 この言葉、最初から読んでいってこそ心に沁みる。
11投稿日: 2014.11.28
二〇世紀の歴史
木畑洋一
岩波新書
20世紀を代表する歴史家に挑む
本書はタイトル通りの「二〇世紀の歴史についての概説」であるというよりは、二十世紀を代表するイギリスの歴史家エリック・ホブズボームの 『二〇世紀の歴史―極端な時代』で提唱された「短い二〇世紀」論に対し、「長い二〇世紀」という別のとらえ方を提示したものである。 ホブズボームの言う「短い二〇世紀」とは1914~1991年。 つまり、第一次世界大戦の始まりからソ連の始まりを一つの時代の区切りと見ている。 1917年生まれのホブズボームにとっては同時代史であり、優れた議論であるとしながらも、 木畑洋一はあくまでそれはヨーロッパ世界を中心とした時代区分であると評し、本書を執筆している。 当然ながら、本書は二〇世紀に起こったことを網羅するような性質のものではない。 また、ホブズボームとは違う視点で時代を見ようとする「長い二〇世紀」という考え方自体も、 序章で紹介されているとおり、アリギやブロクサムといった研究者が既に著作を発表している。 本書の著者は、日本のイギリス帝国史研究を代表する木畑洋一である。 ゆえに、二〇世紀の歴史と言っても、やはり「イギリス帝国史」がベースであると感じる。 例えば、長い二〇世紀を捉えるにあたって、三箇所で「定点観測」を行っている。 それが、アイルランド、南アフリカ、沖縄である。 何故この三箇所を選んだのかということは、「イギリス史」と「イギリス帝国史」の違い、 また木畑氏らのいう「帝国主義」とマルクス・レーニン主義者のいうところの「帝国主義」の違いという大きな問題と関わっている。 個別の事例に関してはそこまで掘り下げていないが(そもそもこのスペースでは無理)、 その分、「総力戦とは」「非公式帝国とは」「帝国意識とは」という概念が見えやすくなっている。 好きか嫌いかは別として、日本でイギリス近現代史を学ぶ人は川北稔・木畑洋一・秋田茂あたりの先生方の唱える論について知っておかねばならないであろう。 (ホブズボームは言うまでもない) 本書は木畑洋一入門でありホブズボーム入門と言える本かもしれない。 このようにコンパクトにまとまった本が出たことは、 史学科の学生にとって有益であろう。 ホブズボームの分厚い本を読んだり、木畑先生の著書や論文をメモしながら、 だいたい本書くらいの内容の理解に行きつくのに 自分がかけた時間を思うと、こういう入り口となる本がある今の学生をうらやましく思う。 もちろん、史学科以外の人々にも、二〇世紀について考えるための キーとなる概念に気軽にアプローチできる良書と言えるだろう。
5投稿日: 2014.11.27
微分・積分を知らずに経営を語るな
内山力
PHP新書
歴史学にも微分・積分は必要!
「昨日までを小さく切って(微分)、それを未来へとつなげていく(積分)」 この簡潔にして本質を突いた言葉に惹かれた。 ・・・ということは、私の専門とする歴史学ってのも、昨日と明日をつなぐ作業なのだから、 「微分・積分を知らずに歴史を語るな」になるはずだ。 もちろん、データの分析など、具体的に微積が必要なことはある。 が、そういうことはとりあえずコンピューターに任せてしまい、 微積そのものについて、あまり考えたことがなかったように思う。 本書を読んで、(経営というよりは)微積と歴史学の関係を考えてみようか? というタイトルとはちょっと違う方向から読んでみた。結果としてはかなり満足。 第一章の「微分・積分を30分で理解する」からとてもわかりやすかった。 数式は殆ど出てこない。 「音楽を微分するとCDになる」「CDを積分すると音楽になる」 という、具体的で直感的な説明で「微」は”小さく”、「分」は”区切る”という意味であることから説明する。 こういう説明、自分で「文系」であると思っている人にはわかりやすいのではないだろうか。 本書は微積だけではなく、必要条件と十分条件など、論理学における命題についても扱っている。 「マネジャー(A)ならば勤続15年以上(B)である」という命題が正しいとき、 BはAの必要条件である、というふうに具体的な例で説明する。 世の中には、命題をすり替えて話をねじ曲げる人がいるので、業種を問わず命題の考え方というのは確認しておいた方が良さそうだ。 経営のための本であるが、私は最初から最後まで歴史学のために読んだ。 そして、有益であると感じた。 それは、数学というものが、あらゆる分野に関係しており、 著者が、その普遍性をわかりやすく説くことに成功しているからであろう。
7投稿日: 2014.11.25
影の系譜 豊臣家崩壊
杉本苑子
文春文庫
加害者の家族、被害者の家族
自分の息子が少女を殺してしまう。故意にではなく、喧嘩をして突き飛ばしたら死んでしまったのだ。 少年の母は、少女の死に衝撃を受けるとともに、平然としている息子に対し、この子は何かが欠落しているのではないか、と感じる。 何か、少年犯罪の話のような始まり方。 母親の方はともといい、豊臣秀吉の姉であり、主人公的なポジションだ。 少女を突き飛ばして死なせた少年は秀保。 別の弟・秀長の養子となっている。 タイトルはいかにも歴史ものであるが、読んでいくと 犯罪加害者の家族の物語のような印象を受ける。 ともは、息子や弟の見せる冷酷さや残忍さに戦慄する。 だが、そんな息子たち(どの子も何かが欠けたような子なのである)や 弟(秀吉)をそれでも愛しく思い、何とか守ってやりたいとも思う。 本書の巧いところは、「身内故の甘さ」と「身内故の厳しさ」の両立、葛藤。 うちの子がそんなことをするはずがない。 いや、でも、小さい頃から他人は知らないような残酷な面を見てしまっている。 いや、でも・・・。 時には、被害者までも心の中で責める。 三男・秀保に殺された少女の兄に対して (執念深すぎるのではないか)とすら思ってしまう。 また、ともは、自分の身内の兇行について「血筋なのではないか」と、 我が身をも忌まわしく感じる。自分の産んだ子が、自分の血を分けた弟が・・・。 この「血」の感覚は、現代の犯罪加害者の家族の手記などからも感じる。 だが、「犯罪の遺伝子」などは存在しないはずだし、精神疾患を遺伝であると言ってしまえば、 やはり科学的とは言えないし、問題があるだろう。 だが、忌まわしい罪を犯した身内と同じ血が流れていることに対し、 科学では割り切れない思いを持ってしまうのは現代人でもあることだろう。 加害者の家族が被害者の家族に対して執念深いなどと思ってしまう勝手さ。 精神の異常が血を介して伝わる信じていることによる苦しみ。 これは、実際にはあることなのだろうが、 たとえ小説あっても現代物では書きにくいテーマなのではないかと思う。 ともの血縁たちの悲劇は、史書に伝えられるとおりの展開(多少のアレンジはあり)であるが、 血縁が誰かを殺すこと、血縁が誰かに殺されることへの、 言葉にならない絶望感を、巧く言葉にしているところがすごいのだ。 さて、電子版にもあとがきが収録されており、本書とNHK大河ドラマ『おんな太閤記』をめぐる話である。 歴史、物語、著作権・・・様々なことを考えさせられる話で、これも一読に値する。
6投稿日: 2014.11.25
新☆再生縁-明王朝宮廷物語- 1
滝口琳々
プリンセスGOLD
中国古典劇×中国史=王道少女漫画
『再生縁』は中国清代の戯曲で、中国・香港などで何度もドラマ化・舞台化されているが、ざっと言うと・・・ 孟麗君という女の子が、いろいろあって男装して官吏になる。 そこでかつての幼なじみで婚約者であった皇甫少華と再会する。 が、デブで不細工だった少華が超イケメンになっていたから気付かない(笑) 少華の方も麗君が男装しているから気付かない(笑) そしていろいろ事件に巻き込まれ・・・という少女漫画みたいな世界(笑) ちなみに原作者は女性。清って結構すごい時代(笑) このマンガはその『再生縁』をベースにしているんだが、実は一ひねりしてある。 原作の舞台は元代。確か、マルコ・ポーロが出てくるドラマ『再生縁』もあったはず(笑) しかし、本作品では舞台を明代に移し替えている。 その理由は元代の朝廷に関する史料が少ないから、とのことなのだが・・・ ちょっと待て。ということは、がっつり歴史物にするということか!?そこにびっくりしたのだ。 そもそも、もとの作品がそんなに緻密な時代考証をしたものではなく、 登場人物が繰り広げる人間ドラマがベースな話なのだ。 そうでなくても、歴史っぽい原作を漫画にするにあたって、 歴史要素をそぎ落としてライトなエンターテイメントにすることが多いのだが、本書は・・・ ライトなエンターテイメントに歴史要素を加えて、緻密にかき直す といったものか。 作者のこの根性というか思考回路がすごいし、 その方向で連載許可する秋田書店がまたすごい(笑) 絵柄はライトなエンターテイメントだが、歴史的な設定はかなりきっちりしている。 万貴妃、という中年の女性が悪役としてヒロインたちの前に立ちはだかる。 実在の人物で、まあ、悪女として知られる人なのだが、 中盤になると、彼女の抱える悲哀なんかも見えてくる。 皇帝よりも20歳くらい年上の、母親のような妃。 彼女と皇帝、若い妃たち、血のつながらない皇子・皇女たち、 このあたりの話だけで普通にドラマになるのだ。 (中国ドラマ『王の後宮』はこのあたりが舞台) それを、「再生縁」というこれまた一大エンターテイメントとくっつけてしまう(笑) そうだなあ、日本文学&日本史でいうと、男装女子&女装男子のきょうだいが活躍するパラレル平安ワールドな『とりかえばや物語』(作は室町時代)と応仁の乱前後の史実を一つの話にしてしまうくらいの技だろうか(笑) 歴史物としてかなりハイレベルなことをやっていると思うのだが、 読みにくいかというと全然そんなことはない。 デブだった少華がイケメンになって現れる話とか、普通に少女漫画してる(笑) でも、麗君の恋のお相手となるのは少華をさしおいて(笑)実在する明の皇子様・・・!? 1巻ラストが少華との再会場面。三角関係四角関係いろいろなりそうな予感〜。 いいですね、こういう少女漫画らしいの(笑) 中国史を知らなくても面白い。知ってたらもっと面白い。 これを読んでから中国史について何か読んでみるのもまた面白い。
7投稿日: 2014.11.23
「知的野蛮人」になるための本棚
佐藤優
PHP文庫
レッテルを貼らずに幅広い本と出会うために
タイトルの由来が素敵。普段本を読む人だけでなく、あまり本を読まない人にも読んでほしいという思いで書かれたとのこと。 本を「全く」読まない人は多分本書を手に取ることもないのだろうが、普段「自分の専門とその周辺」しか読まない人が 読書の幅を広げたいということなら、とてもよいと思う。 さて、タイトル。 テレビのワイドショーなどを見て、よくわからないけど有名人がそう言っているからそうなのだろう、と思ってしまうことがある。 これはドイツの社会学者ユルゲン・ハーバーマスが言っていたところでは「順応の気構え」というもの。 誰かが説得してくれると期待して自分の頭で考えることをやめてしまうのだ。 こうした状態がヒトラーの出現を生み出した。 我々は自分が野蛮人であることを自覚して、教養人になることを目指し、そのためにたくさん本を読んでいこう、ということらしい。 至極まっとうな主張だと思う。 佐藤さんは一見挑発的な言動をされるが、根底は普遍的なものを見据えている。 うまいな、と思ったのはハーバーマスの入れ方。 私は、ハーバーマスとは大学時代にちょっと難しい出会い方をしてしまったので、 今でもハーバーマスというと姿勢を正さなければならないような気がしてしまう。 が、このように、ワイドショーを見る姿勢を考えることからハーバーマスという人物を知ったら、もう少し気楽に向き合えるのではないかと思う。 専門やその近くにいる人にとっては肩に力が入ってしまう本に、専門外の人が気楽に出会うことができるというのは良いことだと思う。 佐藤さんは外務省のラスプーチンと呼ばれた人なんで、詐欺師の手口を知り、詐欺に引っかからないように、という視点からいくつかの本を紹介している。こういう経歴の人が言うと説得力があるな(笑) また、一章複数の本が紹介されており、何でそれとそれがつながるのか、てのが巧い! 村山由佳『おいしいコーヒーのいれ方-キスまでの距離』と新約聖書がつながるとか、そういう思考回路好きだな。 また、ラジオやマンガといったメディアそのものについての考察と本の紹介もある。 マンガやゲームなどの「サブカルチャー」と「古典」(或は専門書)というものの間に線を引いてしまう人がいる。 だが、佐藤さんはそういうことを嫌う。 このメディアだから価値がない、と切って捨てることは 「この大学出身者だから頭が悪い」と考えるようなことと似ている。 つまらない専門書もあれば、深いマンガもある。大事なのは中身ではないか。 本書でもやはり、学歴信仰に対する批判がある。 ちょっと棘があるし「自分は同志社大学だけど頭がいい」と言いたげな感じが鼻につくが、まあ、実際この人は頭いいと思うし仕方ないか(笑) 本当の教養人というのは、学歴やジャンル、ブランドに惑わされない人のことなのだと改めて思う。
9投稿日: 2014.11.22
アップルのデザイン ジョブズは“究極”をどう生み出したのか
日経デザイン
日経BP
デザインとは思想。ソニー好きの人にもおすすめ!
スティーブ・ジョブズはソニーが好きで、いろいろと影響を受けた、という話は有名だろう。 また、ある頃から「これからはソニーではなく、バウハウスだ」と方向転換した話も伝記などに見られる。 バウハウスとは。第一次世界大戦後からナチス政権以前のドイツで展開した芸術運動。 イギリスのアーツ・アンド・クラフツなどとも関連しており、芸術を技術や建築と結びつけようという動き。 確かにアップルのデザインを見ると、バウハウスの影響があるのはよくわかるだろう。 だが、ソニー自体にもフロッグデザイン社を通してバウハウス的な流れがあるし、 ベルリンのソニーセンターがドイツ現代建築を代表するものであったりと、現代ドイツ芸術との関係も深い。 以前、ミュンヘンのモデルネ・ピナコテーク(現代芸術の博物館)で 90年代のソニー製品とアップル製品が並んで展示されるのを見た。 犬型ロボットとパーソナルコンピューター。ジャンルは違うが、何だか近いものを感じた。 それは、形ではなくて姿勢。 生活の中に芸術を。日常の中に、心躍る何かを。 まさにそんな感じではないか。 ・・・と前置きが長くなったのは、本書、いろいろなデザイナーや技術者の話から成っている。 ソニー関係者も多い。ソニーからアップルに行った人の話もある。 アップルにはそこまで興味はないけどソニーのデザインが好きだ、という人にも面白いのではないかと思うのだ。 『デザイン家電は、なぜ「四角くて、モノトーン」なのか?』という本もあり、ブラウン、ソニー、アップルに見られるデザインを考察したものもあって、これはこれで論理的で面白かった。 が、本書の魅力はアップル製品に何らかの仕事を通して関わった人が「自分の関わった範囲で思ったこと」を書いており、 一貫していないが故に面白い。共感できるのもあればそうかな?ってのもある。 ジョブズに対する距離もそれぞれ(笑) アップルのデザインといえば、ジョナサン・アイブ。もちろんこの人のインタビューも収録されている。 また、サムスンとの訴訟は、「デザインとは何か」の根本に関わる部分。 ソニーの「制服」とジョブズの(アップルの、ではない)「制服」という多分有名なエピソードも写真入りで紹介されている。 衣服というのは何のためにあるのだろう? その服で仕事をするということで、何が変わるのか、変えようとしているのか、 そんなことも考えさせられる。 デザインとは、「見た目」のことではない。 設計そのもの、思想そのものだ。 何を考えたからその形になったのか? 魅力的なカラー図版(製品写真だけでなく設計図なども)を見ながら そこに込められた思いを感じる。
7投稿日: 2014.11.21
できるポケット Evernote 基本&活用ワザ 完全ガイド
コグレマサト,いしたにまさき,堀正岳,できるシリーズ編集部
できるポケットシリーズ
読書記録として、レビュー下書きとして利用する
こんなペースでレビューをアップしているので、私は余程の暇人だと思われているのではないか、と思ったりする(笑) が、そうというわけでもなく、スキマ時間の利用を心がけており、それにEvernoteが役立っているという感じだ。 Evernoteはクラウドサービスの一つで、簡単に言うと パソコンで書いていたものの続きをスマホで書くことができたりするので、 場所や時間を選ばず、作業ができる。その名の通りなノートだ。 Evernoteはとても自由度が高いので、どう使っていいかわからないという人も多いだろう。 いろいろ説明本が出ているが、これは基本の基本といえる操作から具体例まで丁寧に説明されている、 とてもオーソドックスなものだと言える。 私はもう4年くらいEvernoteを使っているので、技術的に新しい情報はそんなになかったが(そもそもシンプルなものなので)、「そういう使い方をする人もいるのか」と楽しく読めるところがたくさんあった。 コラムにもあったが”Evernoteは「使い尽くす」ことが必要なわけではない”という本書全体の姿勢に、好感が持てる。 Evernoteは梅棹忠夫が『知的生産の技法』で半世紀ほど前に紹介した「京大式カード」と発想が似ていると思うのだ。 それ自体は至ってシンプルなもの。 いつでも持ち歩いて、ひらめきをさっと記録し、あとで振り返る、そこで何かが生まれる、という感じが。 こう使わなければならない、ということは全く決まっていない。 本書にも読書記録としての使い方が紹介されているが、これとはまた別の私なりの読書記録の作り方を紹介する。 「メディアマーカー」という書誌情報を登録できるソーシャルサービスがあり、 これをEvernoteと連携させる(方法はメディアマーカーのサイト参照)。 それでEvernote内に1冊1項目の読書ノートを作り、空き時間にちょこちょこ書き込んでいく。 外出時に、読んだ本についてふと何らかの思いを抱いたら(←私はこれが結構ある) 忘れないうちにスマホからEvernoteの読書ノートを開き、書き込む。 ノートを探すのが面倒ならとりあえず「新規ノート」に思いついたことを書き散らして、 あとで該当書籍のページに貼り付ける。(マージという機能を使って複数のノートをくっつけることもできる) Readerでハイライトをつけたところなんかも書き出してみる。 手書きメモなんかもスマホで写真を撮り、貼り付けておく。 スキマ時間に推敲し、それなりの形になったらReader Storeにレビューとしてアップ。 だいたい、こんな感じで私のレビューはできている。 本を開いているときよりも、本を開いていないときの方が、本について考えることの多い私にはEvernoteはとても便利。 メディアマーカーを併用するときれいにまとまったノートができるが、普通にEvernoteだけでも読書ノートは作れる。 興味を持った方、本書を参考にしながら、自分なりのEvernoteの使い方を見つけてみては?
15投稿日: 2014.11.20
傭兵ピエール 上
佐藤賢一
集英社文庫
凄惨な過程があるからこそ心に沁みる純愛物語
際どいな、といつも思うのだ。佐藤賢一の小説における性描写。 とにかく、出だしの陵辱シーンから衝撃的だ。しかもそれをやっているのが主人公の部下で、憤るでもなんでもなくそれが日常であるように描いているのだ。 普通に女性なら吐き気がする場面だ。正直、好きじゃない。だが、本作品においては、必要性があって描いているのだと感じた。 というのは私、そうした毒気を抜き取った宝塚版の『傭兵ピエール』を見たら、何が言いたいかわからないお話になっていると思ったから(←宝塚ファンでキャストも好きだったのだが・・・) 歴史小説は、現代人が読むためにあるものであるから、現代人の価値基準とかけ離れすぎてはいけない。 が、同時にあまりにも現代的でありすぎれば、それは「歴史」小説ではない。 佐藤賢一はいつもその際どい綱渡りをしているように思う。 粗野で身勝手で人権意識のかけらもない(当たり前)傭兵たち。 現代人からみたらとんでもない光景が続くが、その中に、我々も抱く普遍的なものが見えたときに、歴史小説が歴史小説として輝くのだろう。 中世ヨーロッパの傭兵というものがどんなものであるかは、ある程度は知られているのだろうか。 略奪、放火、強姦・・・。西洋中世史を専門とする佐藤氏は、本当に容赦なく傭兵たちの「悪行」を描く。 たとえ、それが主人公であっても。 主人公ピエールは傭兵であり、物語冒頭からいわばBC級戦犯のような存在だ。 が、そんな彼も恋をする。 相手は救世主ラ・ピュセル―ジャンヌ・ダルクだ。 大まかなストーリーとしては宝塚で上演できるような純愛ものなのだが、 その過程は文章にすることもはばかられるほど凄惨なものだ。 戦争で最もつらい思いをするのは民である、といろいろな歴史物で語られているけれど、 この物語で胸に突き刺さるのは、「民」であるピエールのような存在もまた、加害者になるのだということ。 始めはエキセントリックな少女にしか見えなかったジャンヌが、 どんなときに「聖女」に見えたのか。罪とは、許しとは・・・ 核心とも言える部分、凄絶な暴力を削ってしまってはよくわからなくなってしまう。 不思議なことだが、そんな凄惨なシーンを経て、 最後に感じるのは、何とも言えないすがすがしさと、一抹の皮肉さ。 ちょっと強引なハッピーエンドではあるけれど、根底のところにある人間性への信頼というか、肯定があるのだと思う。 でも、全肯定はしない、笑顔とため息で締める。そこが良い。 本質的な重さと、テンポとしての軽さが両立するところが佐藤賢一のすごいところ。
9投稿日: 2014.11.19
