
天使の囀り
貴志祐介
角川ホラー文庫
ホラー作家としての貴志氏もなかなかと思う。
貴志氏作品は、硝子のハンマー・青の炎を読んでいるが、ホラーものは初挑戦。一言でアマゾン脳線虫恐るべし・・・。内容から推察すると氏は『我儘な遺伝子論』に賛成派かな。線虫に寄生された宿主が“自殺あるいは捕食されるような行動に移る(第三段階)”ところまでは良いとして、この危機を回避した後の第四段階は、さすがにやり過ぎ感が否めない。まじめに想像すると、デイビー・ジョーンズ船長にとらわれている乗組員の姿よりもはるかにグロテスク。しかしながら、単なるホラーではなく、物語のプロットもしっかりしており読みごたえは十分だった。ホラーが極度にダメという方を除いて、この本はお勧めです。確かに末期患者に対して使用するとモルヒネなんかよりアマゾン脳線虫の方が良いかも。
0投稿日: 2015.11.08
神無き月十番目の夜
飯嶋和一
小学館文庫
題材こそは江戸時代の一村亡所(小生瀬村)を扱っているが、現在にも通じるテーマ。それにしても重いストーリー。
飯島氏の小説は、いずれも読み応え十分。徳川幕府・黎明期の一村亡所(為政者の言いなりにならないところは、村中を無きものに)を描いたものだが、“従わざるもの”を従えようとする際に双方の少しずつのズレが積み重なり、大きな諍いに発展することは、現在の地域紛争にもそのまま通じる。全体のストーリーは相当に重たいものだが、所々に挿入されているエピソードに助けられて、重ぐるしさを相殺するように進んでいく。藤九郎があっけなく亡くなるのは残念だが、その後登場する直次郎のエピソードが秀逸。『雷電本紀』『出星前夜』を積み読しているが、これらはもう少したってから。
2投稿日: 2015.10.31
パイロットフィッシュ
大崎善生
角川文庫
なんだろう、この透明感は。大崎氏の文体のどこから来るのか分からないが透明としが言いようがない。
大崎作品の初読は、2002年小説現代に掲載された『ケンジントンに捧げる花束』で、内容は忘れたが強烈な印象を受けた短編だったことを記憶している。あれから10年以上たって『パイロットフィッシュ』を読んだ。日常の中の非日常を考える、悲しい話だけど、どこかで客観視しているような。何よりも非常に透明感の高い小説で、このような作品を好む人と嫌いな人で真っ二つに分かれる作家かもしれない。個人的には非常に好きだが。
1投稿日: 2015.10.26
散り椿
葉室麟
角川文庫
幼いころからの三角関係と藩政に秘められた謎とを情感豊かに織り上げた葉室ワールド
本書『散り椿』は、葉室小説の中ではかなり情緒に訴える書き方をしている。『星火瞬く』は淡々と歴史書を読んでいる感じで、直木賞を受賞した『蜩の記』も涙腺を刺激する部分はあるが、あえて情緒を抑え気味に書かれていると感じる。いづれが良いかは人により異なると思うが、私自身は、この小説がしっくりきて、一気読みに近い感じで読めた。舞台設定・ストーリーこそ、藤沢周平氏の『蝉しぐれ』と異なるが、つい同質のものを感じてしまう。両作家を比較してみるのも面白い。
2投稿日: 2015.10.26
シェエラザード(下)
浅田次郎
講談社文庫
シェエラザード 聞きなれない作品名だが、浅田作品の最高傑作の一つだと思う
第二次世界大戦末期に起こった“阿波丸”沈没事件に材を取り、現在の視点から弥勒丸の沈没に至るまでの人間模様を描いた小説。当時、シンガポールからの邦人輸送の陰でアジアに埋蔵されていた軍資金の調達・運搬にかかわった土屋少佐(日銀マン)の『神イコール良心であるなら、戦争は人間が神に反逆したもの』というセリフとともに、当時の呵責を現在まで背負いつづける土屋の不器用な生きざまに涙せざるを得ない。平時と有事で物事のロジックが違うのは当たり前のように感じていたが、土屋の生き方の前では、単なるご都合主義に思える。特に、下巻は電車の中など、人前で読んではいけないですね。この時代を扱った浅田作品『日輪の遺産』『シェエラザード』『終わらざる夏』はいずれも秀作。ひとまず集団的自衛権が成立してしまった今だからこそ、これらの小説をお勧めしたい。
1投稿日: 2015.10.23
シリウスの道(下)
藤原伊織
文春文庫
少しだけくたびれてきたオジンに光を当てる・・・中年以上の男にとって惜しい作家にあらためて合掌
微妙に余韻を残して終わるところが良かったのかどうか・・・? 主人公・辰村の過去に繋がる事件はあっけないところで終息した。それでも、その後の社内のドタバタ劇は面白かった。さすがに電通出身だけあってストーリーにリアリティーがある。勧善懲悪的なニュアンスは否めないものの辰村を取り巻くキャストが最高に良い。それでも順番としては、シリウスの道を読んでから、てのひらの闇を読むべきだった。藤原伊織氏の小説は、とにかく登場人物が格好いい、もしかすると今はなき化石になってしまったような格好よさかもしれないが。おっちゃんとしては思いっきり喝采を送りたい。最後に、本書を読む前に是非とも『テロリストのパラソル』を読んでおくことをお勧めする。
0投稿日: 2015.10.21
妻と飛んだ特攻兵 8・19満州、最後の特攻
豊田正義
角川文庫
1945年8月19日:終戦後の混乱で十分な情報が残っていないが、それでもあえてノンフィクションで記述した著者に敬服
日本の無条件降伏後に発生した戦争として占守島の戦い(浅田次郎『終わらざる夏』)が有名になったが、ここ満州でも、理性のないソ連軍のために8月15日以降も戦争状態だったのか(というより武装解除に応じた日本に対して一方的にソ連が武力・蛮行を行使)とあらためて認識した。本の題名に比して、第二次世界大戦後半の日本の状況説明が多いが、確かにこの部分(終戦後の特攻を決意させた伏線)に触れないと谷藤徹夫初め11名の若者が軍規違反を犯してまで、ソ連軍に突入したのか説明できない。あとがきにもある通り、かなり丁寧な取材を著者が重ねたと思うが、戦後のドタバタであまりにも情報が少ない。いっそのことノンフィクションではなく、膨大な時間を費やしたと思われる著者の徹夫&朝子に対する思いを小説として上市しても良かったのではという気がする。できれば、虚構(フィクション)の世界で徹夫&朝子を思いっきり輝かしてほしいと思う。
0投稿日: 2015.10.21
秋月記
葉室麟
角川文庫
為政者あるいは経営者と言うのは孤独なものである・・・というのを実感する小説 / 当初、悪役で出た宮崎織部が良い
小藩である秋月藩を福岡藩による併合から守った間小四郎の半生(最後は自ら覚悟の悪役で終わる)。なるほど全ての民から慕われる為政者はいない。このため、何かを取って何かを捨てなければならない。悪政者と呼ばれても怯まず、小四郎らから追われた宮崎織部が、何故、強固な石橋つくりにかけたのか・・・歴史に名を残したいという欲求からだと小四郎は断じたが。さすれば、現政権のAという総理大臣も集団的自衛権の確立という歴史に名を残したいだけか。歴史小説では、藩主(憲法)をないがしろにする老中(総理)はほとんど出てこないのだが。はたして、圧制者にも成りえない小心者のA氏は後世から鑑みて、宮崎織部や間小四郎を越えられるのか?
0投稿日: 2015.09.25
名残り火
藤原伊織
文春文庫
藤原伊織氏の遺作 : 前作のてのひらの闇と比較して、会話のテンポ(スピード感)は落ちるが、それでも読み応えあり。
“てのひらの闇”の続編であり藤原伊織氏の遺作。てのひらの闇は何度も読んだにもかかわらず、何故か『名残り火』はなかなか読めずにいた。主人公・堀江の人物像、洒脱な話し方は相変わらずだが、各登場人物の会話のキレキレ感が少ないように思う。気のせいかもしれないが個々の会話自体が長い。やはり、氏が病を患い、体力も落としていたためか筆力(ではなくスピード感か?)も今ひとつに感じる。そんな中でも、堀江が若手警官・砂子をやり込める会話は見事。新たなキャラとして三上社長の登場は頼もしいが、大原の出番がもっとあってもよかったか(単なる恋する女になり過ぎ)・・・。それにしても、もっともっと作品を生み出してほしい作家だった。
1投稿日: 2015.09.06
虹の谷の五月 下
船戸与一
集英社文庫
船戸与一文学の新たな側面を発見。もっとこの手の小説も書いてほしかったが。
私にとっては、最後まで脱・船戸与一(良い意味で)という小説だった。強いて挙げれば、じっちゃんもホセもそしてドクターナカノまでも殺してしまうところは船戸節の一端が伺えるが・・・。主人公トシオの一人称で書かれた文章は、申し分なく彼の成長をリアルに表現できていた。冒険小説・滅びの文学としての氏も捨てがたいが、この類の小説をもっと書いてほしかった。典型的な船戸氏の小説に違和感を抱く人も多いと思うが、この『虹の谷の五月』は別物。是非とも多くの人に読んで欲しい。
0投稿日: 2015.08.30
