
銀河英雄伝説 1
田中芳樹,藤崎竜
週刊ヤングジャンプ
銀河英雄大河ドラマ
かの有名なSF叙事伝のコミカライズ。 「封神演義」の藤崎竜が手掛けていて、道原版とはかなり雰囲気が異なるが、宇宙の壮大な感じやミューゼル姉弟の天使めいた美貌の描写が抜群。 本人が「大河ドラマを目指した」と語っている通り、物語はラインハルトとキルヒアイスの少年時代から始まる。二人の出会い、幼年学校入学、そして最初の任地へと物語は進み、この先に広がる英雄伝説の幕開けを予感させた。 この巻ではまだヤンは登場せず、エル・ファシルの英雄として存在を知らせるに留まるのみ。 原作付きに定評のあるフジリューらしいアナクロさと先鋭的な描写が混在していて、原作を殺さずフジリューらしさを醸し出している。 原作小説ほどの重厚感はないものの、ラインハルトの輝きっぷりはよく表現されていると思う。キルヒアイスのビジュアルには当初違和感を感じたが、ラインハルトとの距離が縮まるにつれて、これもまた「らしい」と思えるようになった。 長い長い物語のまだほんの始まりに過ぎないので、次巻以降も期待して待ちたい。
14投稿日: 2016.02.18
オリガ・モリソヴナの反語法
米原万里
集英社文庫
どこまで嘘だかホントだかわかりゃしない
軽妙洒脱なエッセイを書く米原氏の持ち味がふんだんに生かされた長編小説。 ストーリーとしては主人公が少女時代に師事した一風変わったダンス講師オリガ・モリソヴナをひょんなことから思い出し、調べていくうちに謎が芽生え始めて……というもの。 フィクションだが、実際に著者の過ごしたプラハをベースにしているだけあって細かい描写や時代背景にリアリティがあふれていて、どこまでがフィクションでどこまでがノンフィクションなのかわからなくなるほど。 激動のソビエト冷戦時代という歴史を背景にした謎解きやその時代に実際に生きた人々の悲喜こもごもが迫ってきて、たとえば指輪物語のようなハイファンタジーに勝るとも劣らない広い世界が感じられた。 登場キャラクターも外国人らしく個性あふれる人達ばかり。「オリガ・モリソヴナの反語法」というタイトルも、オリガ・モリソヴナを象徴する単語というだけではなく、物語全体を貫いて引き締める仕掛けがあるので、ぜひ楽しみに読んでほしい。
3投稿日: 2015.01.09
モノレールねこ
加納朋子
文春文庫
ザリガニのくせに……!
めちゃくちゃいい作品なのにこれまで何故かレビューが書けなかったので、やっと書き込み画面ができて小躍りしながらのレビュー。みんなに読んでほしい。 もとより加納朋子は連作短編の名手だけど、この短さでこれほど心に残るストーリーはちょっとないんじゃないかと思う。 日常に潜む小さなミステリ、そこにまつわる人々の温かさはいつもの通り秀逸だけど、本作はそこに生と死がからんでくる。とはいってもありきたりなお涙頂戴ではなくて、どこかとぼけた登場人物達が心に抱えた悲しみや優しさが迫ってくるようで、どの短編も思わず涙をこぼさずにはいられなかった。 中でも最高傑作なのが「バルタン最期の日」。 主人公であるザリガニの視点から彼の飼い主である少年とその家族の姿が描かれる。人間とザリガニという種族の壁、水槽のガラスという物理的な壁に隔てられたバルタンが家族を眺めているうちに次第に彼らに情愛を抱き始める、淡い紐帯と家族のためにバルタンが最後に見せる漢気がたまらない。 何度読み返してもバルタンが格好良すぎて拳を握ってしまう。ザリガニのくせに!
2投稿日: 2014.12.22
ちはやふる(26)
末次由紀
BE・LOVE
青春一気読み
あまりにもいろいろなことが急激に進展しすぎて息つく暇もない最新刊。 あいかわらずギャグと青春のバランスがほどよくミックスされて、感動した直後に爆笑することもしばしば。 今回のMVPはすみれちゃんだろうか。外面ばっかりを磨いてた初登場時から内面がブラッシュアップされてすごくかわいらしく描かれていた。 彼女のように明るくさわやかで切ない恋もあれば、一途に思い続けて先の見えない暗い恋もある。 そして後半に待ち受ける衝撃の展開……。ここで終わるの!?と次が待ちきれない気持ちでいっぱいだった。
6投稿日: 2014.10.30
猫の地球儀 焔の章
秋山瑞人,椎名優
電撃文庫
異色のコミカルSFファンタジー
素晴らしかった。 この話に人間はひとりも出てこない。物語の主役は猫達だ。 「トルクの猫は電波で会話する」、この一文だけでSFとファンタジーが絶妙に融合した世界観が伝わってくる。 平易な文章なのにものすごく臨場感があって、音やにおいまで漂ってくるような疾走感のあるストーリーが最初から最後までずっと失速しない。 スカイウォーカー、スパイラルダイバー、天使、地球儀。単語のセンスがカッコ良くてかつ本質をバシッと表している。天才というよりは鬼才と呼びたい。鮮明に映像が浮かぶほどの筆力にもうずっと唸りっぱなし。 特に印象に残るのは、「時間が粘性を帯びた。」の一文。ロボットがメイスを振り上げ、軌道が交錯し、会敵するまでの一瞬のスローモーションが脳内再生余裕。 決してハッピーなばかりの結末ではないけれど、むしろ読み進めるごとに胸が苦しくなるようなラストに向けてのカタストロフィだけど、あったかい優しい話が好きな人には是非読んでほしい。 じんわりとあふれる涙がある。
6投稿日: 2014.09.19
きみにしか聞こえない -CALLING YOU-
乙一,羽住都
角川スニーカー文庫
さみしさを感じた時に。
乙一の初期の傑作のひとつ。 やさしく、悲しく、切ない。だけど読んだ後にはあたたかい感情が残る。 自分が一人であると感じた時に読んでほしい。共感し、救われるから。 短編集なのですぐに読めてしまうが、読み進むごとにもったいなくてページを繰る手が遅くなる。 そんな、大切に読みたい一冊。
5投稿日: 2014.09.03
黒博物館 スプリンガルド
藤田和日郎
モーニング
めちゃくちゃおもしろい
作者の鬼才っぷりがあふれる1冊。 18世紀のイギリスを舞台に、怪人「バネ足ジャック」の謎とそれにまつわる人々のお話。 登場人物の造形もいいし、絵も相変わらず大迫力。 (1)となっていますが、この巻だけで物語が完結するので読後感もスッキリ。 続きを切望します。
5投稿日: 2014.08.29
嘘つきアーニャの真っ赤な真実
米原万里
角川文庫
ノンフィクションでありながら良くできた小説を読んでいるような感覚
ロシア語の通訳者として活躍し、少女時代をプラハで過ごした著者が大人になって少女時代の友人に会いに行くというストーリー。 と書くとほのぼのした話のようだが、政権を追われた為政者の家族や、空爆下のボスニアに暮らすかつての大統領の娘など、かなり激動の人生を歩んでいるクラスメイトをテレビ局の力によってようやく探し当てるのだ。 東欧という日頃なじみのない場所、様々な国から集まったクラスメイトの豊かな個性、そしてソ連という国が存在していた時代という、現代の日本からはかけ離れた世界がこの作品の中に描かれている。 文章は軽妙洒脱でユーモアがあり(時々下ネタもあり)、ぐいぐいと惹きこまれる。とても面白い。 作者自身もそうだが、外国の人々は自己表現に優れている。故に彼女らは物語の登場人物の様でもあり、逆にそこから感じられるリアリティもある。 米原氏の作品を読むと、いつも世界の広さを感じる。その国で実際に過ごした人が語るからこそ、その国の魅力を身近に感じられる。自分も行ってみたいと憧れてしまう。 自分にとって米原氏の作品で語られる外国は、実在するファンタジーの世界に他ならない。
13投稿日: 2014.06.26
黒警
月村了衛
朝日新聞出版
黒の中の黒
黒、という色は闇の色だ。黒社会、黒孩子という言葉があるように、ヤミで存在するもの、腐敗したもの、異端者といった存在の象徴とされる。 主人公は妻に逃げられ、運も悪く、腐った警察組織の中で流されているような、腑抜けを絵に描いたような男である。 それが中国人組織の偽ブランド品売買の捜査に関わる中で、警察の大物と中国裏社会との癒着に気付いていく。 これまでの主人公ならどうすることもできない、というより何もしなかっただろう。 しかし、腐れ縁のヤクザの死や、中国人組織のリーダー沈との関わりが彼を奮い立たせていく。そして、主人公と沈は組織の中にある悪に対する裏切り者、黒に対する黒になってやろうと誓いを立てる。 「機龍警察」もそうだが、作中に出てくる警官たちは誰も彼も善良な正義感などではなく、鬱屈した思いを抱えている。しかし、そこから抑えようもなく湧き上がる、己の正義たることを渇望する心があって、そこがとても人間らしいと思う。 後ろ盾もない現場の一捜査員が、裏社会と警察の大物を向こうに回して何が出来るのか。 「やってやったぜ!」という読後の爽快感に痺れる作品だった。
1投稿日: 2014.05.25
ヴィンランド・サガ(14)
幸村誠
アフタヌーン
世界の大きさを感じた
誰も悲しむことのない世界を作るため、いまや王となったクヌートに進言するために殴られても殴られても倒れないトルフィン。 「俺に敵なんかいない」、その言葉に世界の大きさを感じた。 「プラネテス」の主人公であるハチマキの姿にも感じたことだが、世界は大きく、自分もその一部であるということ。故に彼らは何者も恐れずに立っていられるのだと、そう思った。 トルフィンの生き方に触れて、クヌートは正しい王となり、オルマルは男となった。 大きな重力を持つ星に惹かれた星々が周囲を巡るように、あたかもそれがそうなるべき道に乗ったようだった。 感動した。 …と思ったら最後にユルヴァに全部持っていかれた。もう、おもしれえなぁ!
4投稿日: 2014.04.07
