経済学者たちの日米開戦―秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く―(新潮選書)
牧野邦昭(著)
/新潮選書
この作品のレビュー
平均 4.1 (25件のレビュー)
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秘密文書か秘策か
昭和19年(1939年)陸軍省軍務局の岩畔は関東軍から秋丸次郎を呼び寄せ石井細菌部隊に匹敵する経済謀略期間の創設を命じた。日本、アメリカ、イギリス、ドイツなどの戦争継続能力を分析し、それぞれの経済的な…弱点を見極め対策を立てるのが目的だ。現在では「経済学者が対米戦の無謀さを指摘したにもかかわらず、陸軍はそれを無視して開戦に踏み切ってしまった」というのが通説となっている。あるいは経済学者たちは実際には高度な経済分析に基づく「秘策」を提示し、それを信頼した陸軍が開戦に踏み切ったという異説もある。著者は新たな証拠に基づき別の答えを導き出した。
・アメリカとイギリスの経済力を合わせれば第三国に対しても供給余力はある。しかし、海上輸送には弱点が有りドイツがイギリスの船舶を月平均50万t沈めればイギリスを屈服させられる可能性がある。
・アメリカも商船隊が老朽化しており現時点では輸送力が不足しがちである。
・ドイツの抗戦力は現在がピークであり、対ソ戦を短期に終わらせウクライナの農産物とソ連の労働力を手に入れる必要がある。対ソ戦が長期化すると対英米戦長期遂行は全く不可能になる。
・日本はドイツを助けドイツに対し強い立場に立つため、また英米ソの包囲を突破するためには北進ではなく南進して資源を確保すべきというのが「ドイツ編」の結論となっている。ただ、ドイツ編を書いた武村自身は慶応大教授として参加した座談会でドイツの思い通りにはいかないだろうと否定している。
ドイツが短期間でソ連に勝ち、抗戦力をつけてイギリス商船を沈める。日本は南進してイギリス領を支配しドイツと連携して中東の石油をイギリスに入れさせないようにする。できればアメリカにはドイツと戦わさせれば有利な状態で講和できるかもしれない。こういった内容は武村もいろいろなところで発表しており「秘密研究」ではなかった。またどうやってというのが無ければなんとでも書けるので秘策とも言えない。それではこの報告書がどう受け止められなぜ対米開戦に踏み切ったのだろうか。
日本が長期戦を戦うことが難しいというのは調査するまでもない常識であり、一般の人々にも英米との差は数字で公表されていた。では「非合理的な意思決定」「精神主義」が原因かというと著者は別の回答を示している。その一つが行動経済学でいうプロスペクト理論だ。
経済封鎖を受けた日本は3年後には確実にアメリカに屈服させられる。しかしドイツ編の結論にあるように極めて低い確率であっても開戦すればよりマシな講和の可能性がある。期待値では開戦しないほうが合理的な選択なのだが損失回避性が嗜好されリスクを取ると言うのがその説明だ。またリスクを取らなかったフランコ独裁のスペインとは違い日本には強力な意思決定者がいない「集団意思決定」の状態では極端な意見が採用されるリスキーシフトが起こったという社会心理学からの説明も試みられておりいずれも精神主義よりはもっともな意見に思える。世論も好戦的な対米強硬論が拡がっていた。
日米開戦を避けるために経済学者はどうすべきだったのか。同じくプロスペクト理論で言えばジリ貧にならずに3年後にアメリカに抗戦できるポジティブなプランがあれば開戦は先延ばしにされた可能性はある。例えば満州で発見された油田が有望であり日本は力を蓄えることができるであるとか。岩瀬昇氏の著書によれば、アメリカの経済封鎖を受ける前であれば関東軍が自前主義を捨てアメリカの探鉱会社を起用すれば大慶油田を発見できていた可能性は充分にあった。
牧野氏にしてから武藤章軍務局長の考えを否定しない。屈服する民族は永久に屈服する、避けられない敗戦でも再び伸びることを期待して戦うことを選んだ。「日本が太平洋戦争によって多くの経験をし、反省し、教訓を学んだことが戦後の日本の発展につながった」と。であれば経済学者はやはり開戦を止められない。
この本では対中戦についてはほとんど語られていない。そもそも中国は主要な研究対象にもなってないようなのだ。3年後にジリ貧になるのは中国や満州の権益を捨てられないからで、今から見れば損切りをしてアメリカからの経済封鎖を解くというのも合理的な対案となる。それができない理由がいくらあったにせよ検討すべき方策だったはずだ。後知恵ではあるのだがそれが歴史から学ぶということだろう。続きを読む投稿日:2018.12.07
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秋丸機関なんて聞いたこともなかった。
先の大戦で、経済面の国力分析を、日本と他国においても行なっており、それはかなり正確だった。
その報告書が、開戦の障害になるから全て廃棄されたと言われていたが、実の…ところ、世間一般で言われているような内容と大差なく、そんな気密でもなく。
日米の国力差、1:20。
故に、資源確保も狙って乾坤一擲、あらゆる条件を好意的に見積もって開戦するしかなかったという判断。
そこは、行動経済学とか、社会心理学の分野であって。
結果論だが、あまりに稚拙。結果はね。
もうちょっと、現状維持でジリ貧にはならないかも、という報告書もできたんじゃないかと投げかける。続きを読む投稿日:2023.03.01
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