誰も正常ではない――スティグマは作られ、作り変えられる
ロイ・リチャード・グリンカー(著)
,高橋洋(訳)
/みすず書房
作品情報
正常・異常をめぐるスティグマは、ただ漫然と生じたものではない。科学や医学はつねに権威をもって「異常」とすべきもののカテゴリーを作りだし、それはコミュニティを通して社会的・文化的に学習されてきた。本書はおもに精神疾患や発達障害のスティグマを中心に、スティグマが構築と再構築を重ねてきた変遷の力学を、18世紀以降、複数の戦時期を経て、高度に経済化した今日の社会に至るまでたどる。しかし、だからこそスティグマとは本質的に、私たちの手で流れを変えうる「プロセス」であると著者は言う。汚辱や秘匿がいまだに残っている一方で、もはや「誰も正常ではない」と言えるほど、正常者・異常者を語るスティグマはその足場を失い、心身の障害を人間の多様性の一部として受け容れる潮流こそが勢いを集めつつある。資本主義、戦争、身体‐心という三本の軸に沿って、本書は構成されている。著者は文化人類学者ならではの視点で、近年の「生物医学」化や、PTSD概念の功罪、非西欧的な価値観にも触れながら、歴史を多角的に描き出すことに成功している。加えて、いずれもアメリカ精神医学界のキーパーソンであった著者の曾祖父、祖父、父、そして自閉症の娘をもつ著者自身という、四世代の個人の視点からミクロに捉えた史実が織り込まれているのも、本書のユニークな趣向だ。
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商品情報
- 著者
- ロイ・リチャード・グリンカー, 高橋洋
- 出版社
- みすず書房
- 書籍発売日
- 2022.05.09
- Reader Store発売日
- 2022.05.27
- ファイルサイズ
- 2.5MB
- ページ数
- 520ページ
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この作品のレビュー
平均 3.7 (7件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
「精神病」が資本主義や戦争、科学などの社会・文化の変化を通してどのように認識されるようになり、どんなスティグマが生まれてきたのか、変化していったのか……という問題についての本。また、時代と文化の違いによって苦痛の表現、原因を何に求めるか、そもそも病気なのかすら変わってくること、精神病を持つ(と認識される)人自身や家族がスティグマを内面化することによる多大な影響にも目を向けている。射程が広くてボリュームのある本なので漫然と読んでて論点がよくわからなくなってくることがけっこうあった(笑)。
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精神病や障害を持つ一見「役立たず」な人が社会で疎外されるっていうのは、単に差別という問題に還元されるのではなく、あくまで社会全体に浸透している価値観の問題なんだと思った。健康でただ単に仕事ができない人、不快な役立たずを許容できない資本主義的価値観の社会があって、その基準が適用されているだけなのだから、アメリカの雇用の例のように社会の役に立つ面を示せば認められるけれども、働けない病人への価値観の変革になるわけではない。
それを変革しようとすれば(文中では「働かない権利」なるものへの言及もあるが)、結局社会に相当の豊かさと余裕が必要だし、資本主義から離れられなさそうなのは難しいなと感じた。投稿日:2022.08.26
〈資本主義〉〈戦争〉〈身体と心〉をキーワードに、精神医学とスティグマの歴史、スティグマの形成・理解・新たな発生が繰り返されるメカニズムを辿っていく。
著者はシカゴで曽祖父から父まで三代続く精神科医…の家系に生まれた文化人類学者という、精神医学史について独自の視点の持ち主。家族史的なエッセイの部分もあり、父と息子の反発からフロイトとの疑似親子関係まで語られてよくできた話だなと思ってしまう。
誤解を恐れず言うならば、本書はとても面白い。だが、その面白さは読者の好奇心に訴えかけるように極端な症例やアサイラム(隔離施設)の酷い有様を書いたものとは違う。むしろそうした人びとが無条件に信じている「正常」という考え方が、社会の何を守るために生まれてくるのか、そのメカニズムが解き明かされていくところが面白いのだ。
メインとなるのは精神疾患と発達障害だが、身体的な障害は勿論、同性愛者、依存症、貧困層、先住民、有色人種、女性など、負のレッテルを貼られた属性は一通り取り上げられている。社会が押し付ける劣等感、〈スティグマ〉が本書の主題だ。
資本主義社会は生産性に基づいて「正常」を定め、非生産的とみなした属性を"隔離"あるいは"矯正"しようとする。〈normal〉という言葉は20世紀半ばまでは専門用語で、それを一般に広めた論文の内容は「同性愛は統計的にnorm(標準)」という報告だったと知って驚いた。言葉だけが流布して都合よく歪められ、マイノリティを排除しようとする側の武器になってしまったのか。
「ヒステリー」が女性の病だと考えられていた時代から、多くの兵士が精神疾患にかかる戦争の時代に突入して精神医学のレベルが飛躍的に上がったというのも、未だに繰り返されている医学上の性差別だろう。軍事精神医学の進歩は民間にも影響を及ぼし、社会全体が戦争の記憶を共有することで精神疾患への理解も進んだ。
特にベトナム戦争で「PTSD」という病名が生まれ、医師と患者の共通語として定着した影響は大きい。フェミニズムの運動家は従来の性差別的診断を批判し、フロイト以来軽視され詐病扱いすら受けてきた性的虐待・レイプ・DV被害者の精神疾患も兵士と同じように認められるべきだと訴えた。
第二部までは医学史的な記述が中心だが、第三部〈身体と心〉からは著者のフィールドである人類学的なアプローチになる。身体と心は切り離せるという前提で進んできた西洋医学界を批判する内容だが、「障害者が自己主張すること」にすら嫌悪感を隠さない人間が目につく日本の現状に照らし合わせてもグサグサと刺さってくる。
そもそも日本ではスティグマが問題視されることすら少ない。多くの公共の場で障害者が我慢するのは当たり前であり、不自由を感じるのは自己責任だと考えられている。逆に、マジョリティが障害者のために場所を用意するのは"譲歩"であり"我慢"であって、自分たちが一方的にルールを押し付けているという意識が乏しい。ホームレス排除のためのさまざまな"工夫"なども含め、「快適な暮らし」から人びとを締めだし、透明化することに対してあまりにも無邪気すぎる社会。「公共」とは何なのかを問い直す必要があると思う。
著者は自閉者の娘を取り巻く環境の変化を通じて、スティグマを生みだすのが文化なら、文化によってスティグマを断ち切ることも可能であるはずだと結論づける。日本の場合は、文化的なアプローチにしても言葉だけを借りてきて表層的な議論に終始しているシーンがまだまだ多すぎると思う。正しい/正しくないの前に、借り物の言葉を日本社会の多様性のために熟していく方法を考えなければならないし、「なぜ日本語では適切な言葉が生まれてこないのか」という根本を直視しなければ意味がないのではないだろうか。
このひと月は精神疾患関連のノンフィクションを続けざまに読んできたが、総まとめのような一冊だった。SNSで繰り広げられる不毛な議論について真に目を向けるべきことが詰まっているような本で、しかも本という形態をとっているがゆえにページ数の分だけこちらにたっぷりと考える時間をくれるのが有難かった。10代でこの本と出会えたら、「正常」を一歩引いた視点から眺めるための考え方をもっと早く手に入れられた気がする。全ての高校の図書室にこの本があってほしい。続きを読む投稿日:2024.06.07
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