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三四郎(新潮文庫)
三四郎(新潮文庫)
夏目漱石/新潮社
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総合評価

386件)
3.8
80
128
109
19
3
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【Impression】 読んだあと、なぜかしら「今読んでおいてよかった」と思った。 勉強したくなった、自分の殻に篭りたくもなった、恋愛もしたくなった。 明治も今もそんなに変わらん 【Synopsis】  ●九州から大学へ入学するために上京してきた三四郎。そこに与次郎、野々宮さん、広田先生、など様々な人物が登場し、三四郎に影響を与えていく ●三つの世界を考える。一つは九州、一つは学問、一つは娯楽、三四郎は最後の部分に魅かれて行く ●主に与次郎が中心となり活動が起こされるほどの活動家であり、彼に振り回されつつ大学生活を送る。そして彼が三四郎に借りに来た金、そしてそれを更に返すために三四郎が借りに行く先の相手。 ●結局その女性は兄の知り合いと結婚してしまう。

    0
    投稿日: 2013.10.21
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    明治時代の東京を散歩する楽しさがこの本にあると思う。 よく晴れた日に運動会を見に行ったり、先生と座敷に座ってお話してみたり、好きな女の子と引越しの手伝いをしてみたら、それだけで素敵な大学生活かもしれない。

    0
    投稿日: 2013.10.14
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    漱石先生はまだ早いのか・・・。 いちばん印象的だったのは汽車の窓から弁当屑やら水蜜桃屑やら ぽーいと放っちゃうところ・・・。 しかし、くじけず三部作を読み進める。

    0
    投稿日: 2013.10.04
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    明治40年の東京、あるいはその頃に地方から上京して東京帝国大学に入学した三四郎のような境遇の青年たちの気概はよく伝わってくる。ただ、主人公の三四郎にしても美禰子にしても、近代的な自我の萌芽はあるものの、結局は自分自身がどうしていいのかはわからない。そのことは美禰子が三四郎に語る「ストレイ・シープ」に象徴されている。美禰子は三四郎に想いを寄せていたのだろうが、それもまた彼女自身にも確信できないままだったに違いない。「青春を信じない」漱石の青春小説に明確な指針や解答はないし、だからこそ続編が必要だったのだ。

    0
    投稿日: 2013.09.25
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    東京に来て、何をすべきかさえわからない学生。友人と女に振り回されるだけの日々。つまらない男には違いなくても、これこそが人間の真実の姿なのかもしれません。大学時代の私も同じ。迷える羊(ストレイシープ)。

    0
    投稿日: 2013.09.22
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    夏目漱石の文章は正しく美しい日本語であると思う。風景描写と人物描写の緻密さは感嘆に値する。時代背景が違うから三四郎には感情移入できないけど、いつの時代も恋する人間って変わらないんだな。2010/109

    0
    投稿日: 2013.09.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    『三四郎』といえば言わずと知れた夏目漱石前期3部作の1作目で有名ですね。今の人は読んでいないかもしれません。漱石が朝日新聞と契約を結び『虞美人草』を書いたのですがそのヒロイン藤尾が不評であったため新しい女性像を模索して書いたのが『三四郎』の美禰子です。 青春小説という読まれ方もされていますね。熊本の高校から東京帝国大学に入学するために上京してきた小川三四郎の青春物語として。熊本の方は『三四郎』が漱石の作品のなかで一番なじみ深いのではないでしょうか。 漱石はとにかく小説には男女の関わりを書くことが大事だと考えていたようでほとんどの作品が恋愛もの、その多くが三角関係ものになっています。『三四郎』にはそういった要素を感じないと思われる方もいるとは思いますが漱石の作品のなかで恋愛を書いた、新しい女性を書いた最初の作品であります。 小川三四郎と里見美禰子は互いに淡い恋心を抱いていたことは確かでそれを漱石は作中人物を通して美禰子の「無意識な偽善アンコンシァス・ヒポクリシィ」と表現しています。しきりにストレイ・シープ、ストレイシープと謎かける美禰子の真意はどこにあったのでしょう。 この作品の真意はおそらく美禰子という女性を通して女性は同時に二人の男を愛することができるのかということにかかっていくところだと思うのですが、まず三四郎目線から云うと三四郎は帝大の池の側で立ち姿の美禰子を見て一目惚れします。美禰子も三四郎を満更ではなく思っている節もあります。しかしこれは、理科大で研究をしている美禰子の友人のよし子の兄野々宮君への嫉妬心を煽るための挑発と見ることもできます。美禰子はなかなかの女性なのです。 『三四郎』という小説では物語の冒頭に東京に行く三四郎と途中名古屋で同宿した女性が描かれているのですが、普通に読むとこの箇所では何が言いたかったのだろうと首を傾げるところですが三四郎の同宿したにもかかわらず何もしなかった行動力の無さ、女性の性的な奔放さというものが物語の始めで暗に示されているといっていいでしょう。 話しは変わりますが三四郎の友人に佐々木与次郎という男が出てきます。彼は先生といわれる広田先生をなんとか帝国大学の教授へと推薦したいと奔走するわけなのですがことごとく空回りをして終わるという残念な男です。広田先生と三四郎は東京行きの電車のなかで出会い、広田先生はそこで世間話で「日本は滅びるね」とシニカルに語ります。ひとつ補足しておきますとこの当時の帝大では教師はすべて外国人がやっていたようで広田先生のような立派な人物を日本人としての初の帝大の教師に、というのが与次郎の工作になります。 広田先生という人は超然とした人で与次郎が担ぎ上げなければ到底帝大の教師などには縁遠い人で与次郎は論文において広田先生を「偉大なる暗闇」などと評して学生連の間で広田先生の評価をあげようとします。 野々宮君という人は外国でも名の知れた有名な科学者であるらしいのですが研究に没頭して美禰子のことに積極的にならない。そこに美禰子の三四郎に対する誘惑めいたものが絡んでくるという感じです。ようするに三四郎は美禰子に軽くあしらわれている印象は拭えないです。 最後に結局美禰子は見知らぬ男と結婚してしまうという少々唖然とした終わり方をする本作ですが、それは野々宮君や三四郎という美禰子に惚れた男たちが一人前でなかったというのもひとつの要因でありましょうが、その当時の女性の立場を鑑みた場合出てくるのが美禰子は妹だということです。美禰子の兄が結婚を間近に控えていてその結果美禰子は片付けられるためにも誰かのところに嫁がねばならなかった。野々宮君を誘惑してみてもなんともならず、三四郎は若すぎて頼りない。それ故お見合い結婚という形になったということになります。 そのことは野々宮君の妹のよし子を通して暗に語られているところで、野々宮君は妹のよし子の生活費を稼ぐために奔走するのですが、それがその当時の金銭感覚の事情だったのでしょう。美禰子は兄が結婚したら養ってくれるものがいなくなる、それ故に結婚を急がねばならなかった。三四郎は只の傍観者であった。まあ現代では情けない話ですが三四郎も学生という身分でしかも作中で美禰子から金を借りるということまでしている。美禰子には少し頼りなく見えたでしょう。 そのお金ですが、それを口実に三四郎は美禰子に会いに行ったりしています。そして三四郎のここが一番青春小説っぽいところですが、原口さんという人の家に美禰子がいると知って三四郎が会いに行く場面があります。 「今日何か原口さんに御用が御有りだったの」 「いいえ、用事は無かったです」 「じゃ、ただ遊びにいらしったの」 「いいえ、遊びに行ったんじゃありません」 「じゃ、何んでいらしったの」 三四郎はこの瞬間を捕えた。 「あなたに会いに行ったんです」 (中略) 「ただ、あなたに会いたいから行ったのです」と云って、横に女の顔を覗き込んだ。女は三四郎を見なかった。その時三四郎の耳に、女の口を洩れた微かな溜息が聞こえた。 「御金は……」 「金なんぞ……」 という感じです。美禰子の心の迷いが感じられる一節です。美禰子も自由な恋愛がしたい。野々宮君や三四郎と。しかし兄の妹の宿命として縁談で片付かなければならない。美禰子は『三四郎』では一見新しい女性を演じているように思われますが彼女も世間の柵に縛られている。 そして最後に美禰子は教会で三四郎に、「われは我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり」と意味深長な言葉を残して去る。 総じてこの物語は熊本という田舎からやってきた小川三四郎のビルデュングス・ロマーンという評価もあるが当の三四郎はたいして成長していない。美禰子との恋に破れた恋愛悲劇小説として読むのもいいだろうが僕は少し違うような気がする。 やはりこの物語の真の主人公は美禰子であり女の物語であったと読んだ方がよいように思われる。三四郎はそれに振り回される喜劇役者のようなものであろう。なんとなくいい感じになったけど結局駄目だったよね、みたいな。三四郎に感情移入して読むというのもありではあるのだが少し距離を置いてその時代の人間模様を風刺的に読むといった読み方が適当であるように思われる。 とまあこんな感じが『三四郎』でした。 漱石の人間の心の深みを描き出すところまではまだ全然いってないですね。この作品は『吾輩は猫である』、『坊っちゃん』の系譜をまだ色濃く残している作品だと思います。漱石の模索段階でできた作品であり、概ね好評を得たということでここから漱石の作家としてのアイデンティティが固まっていきます。 『三四郎』は本当にわかりやすくていい作品であるのでお薦めします。「則天去私」などと言いだす前の作品であるので気軽に読むのが吉だと思います。

    0
    投稿日: 2013.09.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    初手から最後まで、三四郎は女に翻弄されっぱなし。今どきの男の方がまだ「度胸」があるかも。漱石四十一歳の作品。

    0
    投稿日: 2013.08.01
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    初めて読んだ時はストレイシープが何かとても気になった本。 戸惑う三四郎は初々しく、自我を持ちつつ結局は・・・な美穪子さんも魅力的。漱石の本に書かれている人の抱える矛盾や葛藤はしっくりきて好きです。ただ、弱くなっている時に読み続けるとハマり過ぎてしまう。

    1
    投稿日: 2013.07.26
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    果たして、これは恋愛小説だろうか。 訳もなく慕わしい気持ち、ふとした時目に浮かぶ情景、小さな仕草に対する疑念、たった一言に戸惑う心。 恋愛にまつわる出来事は、出会いの始めから別れの終わりまで、描くべき場面に満ち満ちている。 しかし、それら一連の出来事の中にあらわれる、本人すらも気付いていない言葉や所作は、もっと言えば、無意識のうちに実現される悪意は、恋愛において、一体どこに位置を占めるのだろうか。 「私、何故だか、ああ為たかったんですもの。野々宮さんに失礼する積りじゃないんですけれども」(P.198) もし、そのような無意識が、全ての恋愛に必然的に含まれるものだとすれば、恋愛の当事者が自らを制御できないことは当然であるし、同時に、不幸に陥ることも避け難い。 それが、彼ら/彼女らの、望むと望まざるとに関わらず、いつしか必ずやってくるものなのだとしたら、三四郎が感じるような心持ちは、恋愛とも幸福とも、全く無関係な遺物というしかないのだろうか。 「けれども三四郎にはその意味が殆ど解らなかった。わざわざ電報を掛けてまで逢いたがる妹なら、日曜の一晩や二晩を潰したって惜しくはない筈である。そう云う人に逢って過ごす時間が、本当の時間で、穴倉で光線の試験をして暮す月日は寧ろ人生に遠い閑生涯と言うべきものである」(P.56) ※ページ数は旧版のもの。

    0
    投稿日: 2013.07.03
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    この小説が日本文学において果たした役割とか、よくわからないけれど、単純にすごく面白かった。文体は軽快にしてユーモラス、非常に読み易く、入り交じる古めかしい言葉が逆にアクセントになっている。三四郎、与次郎、「偉大なる暗闇」の広田先生、美穪子…人物描写もほんとうにすばらしい。三四郎の大学に対する戸惑い(授業、異性、活動的な友人、…etc)は大学入学当初わたしが感じていたことと近しく、ものすごいリアリティーがある。広田先生の薄暗さ、与次郎のインチキっぽいけど憎めない感じとか、ああわかるなあ。ほとんど100年前の小説が、現代においてもまったく問題なく通用している。時代性を感じるところはありますが、外界からの刺激に立ち向かう若者の姿は普遍的である。人間の普遍的なものを描きつつ、散りばめられた要素要素に、個人的な自我の問題が国家としての自我の問題と重なり合っていった(漱石がそれを望んでいたかどうかは別として)んだろうなあ、といったものが伺えて、途方もない気持ちになった。

    1
    投稿日: 2013.06.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    文豪が書いた、という先入観から固めの作品を想像していたが、意外とユーモアが溢れていて、いい意味で期待を裏切られた。 三四郎の学生生活を読んでいると、自分が大学生だった頃を思い出した。中身の無い会話をしていたなぁとか、意味もなく集まっていたなぁとか。与次郎みたいなやついたなとか。 何より、三四郎が自分と似ているところがあって、思わず苦笑いしてしまった。

    0
    投稿日: 2013.06.25
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    虞美人草を読んだあとに読みました。 すべてが淡々と流れていく、場面と時間。その中で最後に描かれた絵画の印象が残りました。

    0
    投稿日: 2013.06.23
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    まず、現代に読んでも十分面白くて共感できるというのはさすがだなと思います。 使命感に燃えていたり、運動に熱心だったりと現代と異なる若者の一側面はあるものの、恋に悩んだり、優秀な知人に嫉妬したりと人間の根本的なところでは若者は明治期と現代とで大して変わらないのではないでしょうか。 若者のあり方が昔と現代とで実はあまり違いが無い、と言う学者の言説はそれなりによく効きますが、小説を読んだほうがその主張が説得力をもって響いてくるというのは不思議です。

    0
    投稿日: 2013.06.05
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    夏目漱石の本は自分に合わないかもしれない。 読んで特に面白いと思ったこともない。 特に今作は、主人公の三四郎の煮え切らないぐずぐずした性格が 自分と少し似ていて、終始もやもやしてしまった。

    0
    投稿日: 2013.05.25
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    きちんと整理出来てないんだけど、のんびりしてる感じ好きだったし、新しい生活に最初は戸惑っていた三四郎が、生活に馴染んでいく様子は読んでて気持ち良かった。 美禰子との関係も生活の一部として描かれている印象があって、その辺でもリアリティ感じたかも。

    0
    投稿日: 2013.05.15
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    大学入って上京したての頃を思い出すなぁ。昔も今も、みんな同じ不安を感じてたんだねえ、、、人間の本質はかわらない。 テンションが下がるでも上がるでもなく、心に自然と馴染むお話。この感じ好きだなぁ

    0
    投稿日: 2013.05.05
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    前期三部作の内の最初の作品で、『三四郎』は夏目が職業作家として朝日新聞社で連載小説として発表したものです。  この作品は恋愛小説ですが、主人公の三四郎が繰り広げる展開に明治の当時の人々にどのように映ったかは知る由もありませんが、かの森鴎外も影響を受けたようです。なにしろ、テレビもない時代に娯楽として読むには、あまりにも中身が深いのです・・・

    0
    投稿日: 2013.05.04
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    もどかしい。展開の激しさというものは無く漱石の他の本と比べても少し退屈だと思うが、読了後も頭に響き続ける言葉・思想がそこここにちりばめられている。

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    投稿日: 2013.04.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    たまには、近代文学を読みましょう。 と思い、久しぶりに夏目漱石を。。。 一人の大学生の青年の苦い初恋と、彼のまわりの人間模様をほんわかと書かれてる。 昔も今の時代も、こういうストーリーって変わらないね~。 田舎から出てきて、恋したり、でしゃばる友達にいいように振り回されたり(笑)、いい先生に出会ったり。。。 淡々と話が展開するので、一気読みは出来なかったけど、でも今でも多くの人に読まれてる漱石の本ってすごいな~。って思う。

    1
    投稿日: 2013.04.01
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    これといって重大な事件が起こるわけではない。でも登場人物が生き生きしている。特に女性が魅力的でした。 心理描写は本当に凄い。ちょうど大学入学前の春に読んだので、三四郎に共感できた。

    1
    投稿日: 2013.03.19
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    (立川和美先生おすすめ)  主人公の小川三四郎は、皆さんと同じ大学一年生です。男女の心のやりとりから今後の日本の将来まで、彼の身の周りに起こる出来事は現代の若者である皆さんにも刺激的であると思います。 http://opac.rku.ac.jp/webopac/catdbl.do?pkey=BB40091004&initFlg=_RESULT_SET_NOTBIB

    0
    投稿日: 2013.03.19
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    熊本から大学進学のために状況した三四郎。口が達者で三四郎と対象的な与次郎、その与次郎が大学教授にしようとして奔走した広田先生、都会的に洗礼された美禰子(みねこ)、美禰子の絵を描く画家の原口や野々宮兄妹。田舎から出てきた23歳の青年が初めての東京、大学を舞台に彼を取り囲む人々との関わり合いを描く。 不器用でなかなか堅物思われる三四郎。「第一の世界」と呼ぶ自分の田舎の狭い世界から、「第二の世界」、つまり学問の世界、また「第三の世界」である俗世界、遊びの世界へと、世界が広がっていく様子は今も昔も同じ。美禰子は「第三の世界」の象徴たる人物だったものの、結局叶わぬ恋。これだって世の常。ただ三四郎の視点から描かれる小説なのに、なぜだか三四郎の内面がいつまでも際立ってはこない。青春小説って(そもそもこれが青春小説だとするなら)もっと暑苦しい感じがするけど、これは鳥の目で俯瞰しているような、大きな視点で語られる青春小説のようだ。

    0
    投稿日: 2013.03.12
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    ピンとくる時期がありそうだけど、今ではなかった。 pity's akin to love が頭に残る。 小泉八雲の名前が登場する箇所がある。 P39 「その時ポンチ画の男は、死んだ小泉八雲先生は教員控室へ這入るのが 嫌で講義が済むといつでもこの周囲をぐるぐる廻ってあるいたんだと、 あたかも小泉先生に教わった様な事を云った。」

    0
    投稿日: 2013.03.02
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     電子書籍を購入し、無料で読めるというので  読んでみた。  あれ、もう終わり・・・・  現代小説になれたものすれば  展開が乏しい。  けれど、読み終わった後に懐かしい気持ちがした。

    0
    投稿日: 2013.02.11
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    授業で取り扱った作品。 『三四郎』は高校性の時に担任に薦められて読んだけど当時は全く理解できなかったし、つまらないと思った。正直表紙絵も好みじゃなくてもし買うとしても新潮社のこれだけは選ぶまいと決めてた。 『三四郎』は私が近代文学を苦手にした原因の一つだった。 結局大学の授業で必要になってこれを買い、数年ぶりに再読。 んで感想。 「え、なにこれ面白いんだけど…」   高校の時と違ってストーリーがわかる!三四郎の言っている意味が分かる! やっぱり読書のタイミングってあるんだなってすごく実感した。去年一年通して近代文学を克服しようとたくさん読んで近代文学に慣れてきたせいもあると思うんやけど、私の中で夏目漱石が広がってきた。今『こころ』を読んだらまた何か違うかな。 読んでる間ずっと美禰子さんとよし子さんのキャラデザが波津彬子の絵だった。多分二人ともミステリアスな雰囲気の女性やからかな。 本文読んでるだけだと美禰子さんって電波で不思議ちゃんでこの人何考えてんねんって感じなんやけど、授業を聞いてると美禰子さんの一つ一つの行動にちゃんと意味があって、そういう見方もできるのかと感動。 というより現代小説ってきっとキャラクターの心情とかを文章で説明しすぎなんかも。 面白かったのは4章で与次郎が丸行燈とかを旧式って言ってる場面が笑える。だって私からみたらあなたたちも昔の古い人間だから。 そしてこの『三四郎』の中で一番私の心を持って行ったのは広田先生!! 特に11章で持っていかれました! 後半の三四郎との結婚話! あのたとえ話の男ってきっと広田先生だよね!そうに違いない!← 11章の夢の話からの演出が素敵すぎてもう! さんざん匂わせといて「僕の母は憲法発布の翌年に死んだ」で11章をバン!と終わらせるなんて。 演出が漫画みたいでカッコいい。 広田先生は確かに母が理由で結婚に信仰を置かなくなったんだろうけど母のことはもう許していると思う。 ひたすら広田先生のことを考えると切なくて(笑)でも広田先生はこんな考えを言ったら「浪漫的」って言うんやろうな。 このことを念頭に置きながら『三四郎』を読み返したら彼の言葉の端々から広田先生の人物像がもっとちゃんとしてくんやろうな。 本当は星五つでもええんやけどなんか悔しいから四つ。 そして与次郎は早く金返しなよ(笑)

    14
    投稿日: 2013.02.05
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    卒論でガッツリ取り組んでからも、三年に一度は頁をめくる本。 読む度に違う表情が見えてくるから不思議です。

    0
    投稿日: 2013.02.04
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    ストーリーは、つまらないと思いました。 ずいぶんと古い小説なので、 現代の入り組んだ仕掛けのある小説と比較してしまうと、 どうしても見劣りがしてしまいます。 それでも、漱石を今後も読もうと思うのは、 単純な筋書きの中に人間の素朴な内面、 本質的な苦悩が描かれているためだと思います。 美禰子に恋をする三四郎の姿は、 自分自身そのものでありました。 馬鹿ばかり言って詰めの甘い与次郎もまた、 実力はあっても一教員に甘んじている広田先生も、 我が身ににぐっと迫るものがありました。 小説を読んで、共感を培うことがたいせつだとするならば、 「三四郎」は、最高の傑作のひとつだと思いました。

    0
    投稿日: 2013.02.02
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    熊本から東京に出て来た三四郎はめまぐるしく、複雑に表情を変化させる都会の人々にどこか上手く馴染めない。 小説の結末はどこか一つ所におちることなく、ただ三四郎の東京での日々を描くことに徹しているように思われるが、テーマはおそらく一貫している。 封建体制が崩れた新時代に伴い現れた新しい型の人間、旧時代のままどこか新しい時代に馴染めないでいる人間。彼らは時代の節目に急成長する東京のど真ん中で、理解と不理解を示しながらときには親しみ、ときには疎んじながら生きている。 それらのめまぐるしく移り変わる時代、人間を三四郎にはどうすることのできない大きな運命のようなものであるとして描いている。 三四郎パッシブすぎてイラッとします。

    0
    投稿日: 2013.01.31
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    電報だの活劇だのといった舞台装置は確かに明治なのですが、 主人公の感じること、悩むこと、考えることなどは、 今の大学生活と共通する部分が驚くほど多く、 現代の作家が書いたと言われても違和感のない出来です。 一文一文の短い文章は軽やかで読みやすく、 つきはなして飄々とした雰囲気がいいですね。 (登場人物もみなどこか飄々としています) 森見登美彦くらいの感覚でさらっと読めますし、 一人暮らしをはじめた大学生、また、そういう経験のある大人たちには、 読んで損のない一冊だと思います。

    0
    投稿日: 2013.01.04
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    大学生というモラトリアム。 田舎から大学進学のため上京してきた三四郎が都会で様々な人に出会い、 恋をし、そして失恋するお話。 三四郎の周囲の人間は学問や怪しげな活動に没頭している中 三四郎だけは全てが中途半端。 一番心の中を占めているのは美禰子への想いなのだろうけど それも今一歩踏み出せず。 そういえば自分も大学生の時は三四郎のようだったかもしれない。 時間だけはたっぷりあるけど、経済的には親に頼っている状態で ずいぶん自由で大人になった気はするけど、結局は決まった世界の中で右往左往している。 いつの時代も大学生は宙ぶらりんなものなのかもしれない。 苦悩する若者を物語にすると安っぽくなりがちだが 上品な文章と個性豊かなキャラクターでさすが純文学は違うなと思う1冊。

    0
    投稿日: 2012.12.28
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    美禰子が三四郎に気があったかどうかは疑わしい感じ。男の側の都合の良い解釈じゃない? 広田先生の世俗に捕らわれない自由な感じは好き。菊人形を見に行く際、広田先生、美禰子、野々宮兄妹達が乞食について論評し合ってる道徳観念に縛られてない空気感がイイ。

    0
    投稿日: 2012.12.20
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    東京にやって来た三四郎の恋愛を描いた物語、と一言で言えばいいか。悪友の与次郎に都会の過ごし方を教わり、恋に破れたような広田先生に人生の無情を教わる。それから、には高等遊民という言葉がでてきたけど、まだ三四郎はきちんと学生をやっている。でも、やっぱりふらふらと生きているようだ。遠くから憧れの女性を見つめ、借りた金を会う口実にしてみたりといじらしい。彼女が結婚すると知り、きっぱりと金を返すも、彼女が描かれ絵を直視することはできない。迷うのが青春だ、といわんばかりに。

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    投稿日: 2012.12.19
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    熊本から東京の大学へ入学した三四郎。都会育ちの美しい美禰子に心を惹かれていく…。愛することの不安と戸惑い、青年の複雑な恋愛心理を清冽に描く。

    0
    投稿日: 2012.11.23
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    (1966.03.31読了)(1966.03.31購入) (「BOOK」データベースより) 熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気侭な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく…。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて「それから」「門」に続く三部作の序曲をなす作品である。

    0
    投稿日: 2012.11.23
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    漱石の作品に、いまさら解説やあらすじは必要ないだろう。 もう一度読んでみたいかどうか? これを作品の面白さの基準とすれば、 迷わず、「一度ならず何度でも読みたい」そう答えることが できる作品である。 漱石の偉大さを感じる。

    0
    投稿日: 2012.11.05
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    明治という時代は、人が新しい世界に目覚める時代だったのだと思う。現代の我々の方が、当時の日本の人々よりはるかに英米の文化に触れる機会が多いはずなのに、この精神の自由さはどうだ。 僕は海を渡って旅行する時は、必ずこの本を鞄に忍ばせる。 僕の心が、彼の時代の人々と同じ位自由に翔べるように。

    1
    投稿日: 2012.10.14
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    残念ながら共感できないまま読み終わってしまった・・・。 田舎から都会へ出た時のギャップだとか、切ない初恋だとか・・・。 東京へ着くまでの汽車の情景が一番好き。

    0
    投稿日: 2012.10.13
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    本の裏の粗筋を見た所“失恋”の文字を発見し購入。 田舎から上京してきた三四郎の大学生活を書いた青春小説。 最初の三四郎と乗客との会話が何かとてもひっかかる。日露戦争に勝利し、国際的にも認められてきた日本。三四郎が「然しこれからは日本は発展するでしょう」と云ったのを乗客は一言「亡びるね」と云った。実際に日本と日本人はこの約四十年後に太平洋戦争に突っ込んでいき、結果敗退し、明治から続いた近代日本は事実上滅んだ。漱石は日本がこの先進む暗澹たる未来を予見したのか。定かではないが私はそう考える。 この事はさておき、改めて感想。 序盤の三四郎の上京途中の女とのやりとりは三四郎の極めて受動的な行動や女に対する不信感等、共感できるものがある。 美禰子との出会いがとても現実的にありそうで、私も思わず昔を思い出した。そんな美禰子の事が気になりだし、やがてそれが好意になって行く様子があり、恋愛独特のもどかしさが綿密に書かれている。何か思わせぶりな(と私は感じた)美禰子、三四郎の恋を手助けしようとする明るい与次郎の存在や欲が無い広田や野々宮も重要。 最後の三四郎の失恋が妙に呆気なく、やり切れない。机の上に時期が過ぎた招待状が置いてある描写が何か迚も空しい。

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    投稿日: 2012.10.07
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    主人公三四郎の恋とそのまわりの人々の話 三四郎は熊本から東京に大学のため出てきた 田舎と都会の違いに驚きつつも、与太郎や先生を通して順応していく 今も昔もこの違いはあるなぁ、なんて読みながら思う そして、三四郎のあくまでも受動的な態度に虚しさを覚える

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    投稿日: 2012.10.06
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    熊本という田舎の地から、学問のため上京してきた三四郎。 その姿にどこか自分の姿を投影してしまう。 現代に比べて、都会と田舎との様々な面における格差は遙かに大きかったものであろう。 もう少し自分というものを相対化できた時に読むべき本。

    1
    投稿日: 2012.09.26
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    明治41年に朝日新聞に連載された。 熊本から大学に入るために上京してきた三四郎は、田舎から出てきた典型的な純朴青年である。そんな三四郎の前に都会的な美禰子という女性が現れる。はてさて…。といったところだが、格別大事件が起きるわけではない。美禰子は作中で“無意識の偽善者”と呼ばれてしまうのだが、これが現代だったらここまで言われることはないだろう。明治の世の学生文化というか風俗に対する好奇心を満足させてくれる作品だ。

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    投稿日: 2012.09.25
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    美禰子的な女は確かにいる。そしてそれにハマってしまった三四郎には激しく同情できる。刹那過ぎる恋である。

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    投稿日: 2012.09.17
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    大学生の日常を描きその中の恋愛をメインテーマとして書かれた話。 新聞に掲載されていた小説だったようで、その時期にあわせた話(菊人形など)が出ている。と解説を読んで知ったのですが、これは当時新聞に掲載されているとき読んでいた人はさぞかし楽しめたことだと思いました。今だとその感覚もなくなってしまっていてリアルタイム感を味わえなくなってしまっているのが残念でした。 3部作の後2作もどんな話になっているのか気になります。また恋愛の話なのか、それともなかなかうだつのあがらない教師の話なのか、金遣いは荒いが憎めない友人の話なのか、他のものなのか。

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    投稿日: 2012.09.14
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    今も昔も、青春時代の恋は、もどかしいもんですね。 相手の気持ちを聞くことすら出来ず、 相手の言動に一喜一憂。妄想ばかりのもどかしさ。。。 なつかし。

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    投稿日: 2012.07.28
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    いろんな『揺らぎ』が表現されていて面白かった。三四郎個人の、成長の揺らぎ、時代の揺らぎ、男女間の気持ちの揺らぎ。現代的な個人の在り方、現代的(都会的)な在り方と田舎の在り方、現代の女性の在り方、学生時代の過ごし方などを問いかける作品であったと感じたが、うまくメッセージは読み取れなかったf^_^;) 後に続くと言われる『それから』『門』を読んでみたい。 漱石の文章の好きなところは、珍しく文中の知らない単語を調べたくなるところ!今回印象に残ったのは『彽徊』『衒う』など…

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    投稿日: 2012.07.21
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    表紙がどうしても気に食わなくて破り捨てました。なんであんな気持ちになったのかはわかりません。後悔をしているわけではありませんが、この本を見る度に過去の誤ちに苦しめられます。表紙のない三四郎

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    投稿日: 2012.07.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    何者かになりたいのに何者にもなれない三四郎。読んでいると物語にはない平々凡々とした彼のその後の人生も彷彿させます。おもしろい。

    0
    投稿日: 2012.06.17
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    三四郎と私の初めての出会いは映画。 映画はとろとろとしたペースで進み、なんて退屈なんだろうと思った。でも本の方がよかった。 ただ、主人公が何をなすでもなく、理屈ばかりをこねた金持ちのバカ息子であるので、あまり共鳴できない。 みちよも残念ながら、旦那の非を推測させるような行動をとり、どうもいやらしい。 メロドラマ好き向けかもしれない。 ただし、書かれた時代を思うと、すごいと思う。

    2
    投稿日: 2012.06.05
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    女性の描写が艶やかで、三四郎に替わって自分が恋しているかのようにどきどきしてしまいました。三四郎の不器用さや美滿子の思わせぶり(?)な態度もまた良いです。約100年前に書かれたものとは思えないぐらい共感してしまう。

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    投稿日: 2012.05.26
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    大学に入った記念として、読もうと思った一冊。 恋をする三四郎、そして周りの動きには共感できるものが多く、非常に楽しんで読むことが出来た。もちろん地名は明治のものなので、追分は今の新宿だと気付いて一人でニヤニヤしたりもしたw 大学生はぜひ読むことをオススメする。

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    投稿日: 2012.05.25
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    夏目漱石はかなり昔、「坊っちゃん」を読み、一年ほど前に「こころ」を読んで以来。夏目漱石は読書好き、そして一社会人として読んでおかねばと意識して手に取ったのは初めて。 何となく話が進んでいく感じだが、青春時代の恋愛や地方から関西の大学に進学し、都会の空気を吸った時の感じはこんな感じだったかな?と思う。 終盤に主人公の三四郎が友人の与次郎に恋愛についての考えを述べているところは、自分自身、そうかもしれないと思った(笑)

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    投稿日: 2012.05.06
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    今まで読んだ漱石の話で一番面白いなあと感じた。漱石の作品は何よりも物語に色を付けられる所が素敵である。作中に登場する建築や美術、調度品などへのこだわり、というか描写もおもしろい。けれどやはり陰鬱とした、すっきりしない作品ではある。これは私の感じる漱石作品へ共通する意識なのでしょうがないかな…。 自分へのメモとして、明治、大正の時代背景を理解した上で読み進めたい。それから学校制度についても多少理解があると望ましい。

    0
    投稿日: 2012.04.22
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    もどかしさと切なさを感じた。心情・情景描写が美しい。三四郎の背中を押してあげたいような衝動に駆られた。気持ちを推し測るのはやはり難しいと感じる。

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    投稿日: 2012.04.08
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    漱石読んじゃった。久しぶりに。やっぱり面白いし、これからゆっくりいろんなものを読んでいけそう。 今も昔も結局みんな感じることは一緒なのよねって改めて思う。

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    投稿日: 2012.03.23
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    漱石のいうところの「無意識の偽善者」、無意識に天性の発露のままで男をとりこにする…そういう女性に男性が弱いのはいつの時代も変わらないのかも。 受動的で、学生生活では周囲に流され、女性関係でも幾度となく訪れたチャンスに何もできない三四郎。昨今よく批判される覇気の無い男子そのままの人物像に思えます。 学生生活の様子も、意外とその頃から変わってないのか、一周してその当時に戻っているのか、その両方があるのか、設定が現代だとしてもしっくり来る物語でした。

    0
    投稿日: 2012.03.22
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    明治時代の東京の描写が美しかった。 主人公の三四郎は、読む前はもっときっぱりした性格かと勝手に想像していたけど、いわゆる草食系男子だと思う。可愛く思う。

    0
    投稿日: 2012.03.19
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    この受動的、且つ無智で度胸も器量もない主人公には終始苛々していた。 しかし、それは漱石の描く人物像に対しての苛々であり、漱石の文学についての苛々でない。 全体を通すと描写がきめ細かく、特に風景(池の回り、空など)は美しく想起される。 長編は『こころ』に続いてか2冊目だったが、比較すると読みごたえはなかったかな… 広田先生が好き。広田先生が主人公の話が読みたくなる、けど、これくらいの立場のが好いのかな。 野々宮姉妹はなんだか物足りないなあ

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    投稿日: 2012.03.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いつの時代も女性の心は読みにくいものだ。 三四郎はいまどきの言葉でいえば「草食系男子」なのかな。自由に恋愛ができない社会的な風潮もあるのだと思うけど。

    0
    投稿日: 2012.03.08
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    言わずと知れた夏目漱石の青春小説。大学生、特に今年入学する方には是非とも読んで頂きたいです。面白いけど長すぎる「猫」を読破しようとしたり、最初から守勢に立とうと「坊っちゃん」を手にとったりするよりも順当なのではなかろうか。 『三四郎』は、東京に来て三つのことを知った。 まずは「学問」。野々宮さん、広田先生、原田さんら個性的な識者が登場する。彼等の一風変わった行動や思考が、「学問」の面白さを教えてくれ。 次に「東京」。都会っ子の与次郎に引っ張り回されて学生なりの遊び方を知ることになる。飲み会(ダーターファブラ)、講義のサボり方、芸術の堪能(三代目小さんを褒めるくだりは落語ファンのなかで有名)など。(なお、与次郎はただの遊び人ではない。例えば三四郎に図書館の使い方を教えてくれる。とりあえず、与次郎の名誉のための補足です。) そして「恋愛」。「彼女候補」の美禰子とよし子は魅力的な女性だ。三四郎くんは恋の病に悩まされる。周りの人に相談してみると、リア充っぽい与次郎も、超然としてる広田先生も、何らかのかたちで恋に悩むことがあることが分かる。嗚呼、佳き青春哉!

    1
    投稿日: 2012.03.06
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    当たり前だけど、めまぐるしい展開も、劇的なラストシーンも無い。でも飽きずに最後まで読めた。何度も繰り返し読みたい一冊。

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    投稿日: 2012.02.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    夏目漱石の小説。 主人公の三四郎が、友人の与太郎、研究者の野々宮、また恋心を意識する美禰子などとの出会いを通じた友情、学問、恋愛の経験を描き出した作品。 漱石の作品は毎回登場人物が個性的で、特に主人公は漱石自身がモデルになっていると思われる。 内容自体は誰もが経験するような学生時代の一頁というようなものが主題であるが、それを補う漱石の豊かな思想、精密な心情描写、機知に富んだユーモアなどがふんだんに盛り込まれており、主題を超えた漱石小説の醍醐味が存分に発揮されているように感じた。

    0
    投稿日: 2012.02.16
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    40年以上ぶりに読んで、夏目漱石の文章の偉大さを改めて感じた。 「三四郎」は「それから」、「門」と続く三部作の序章と捉えることもできるそうだけれど、もっと単純にいつの世にも変わらない若者の悩みと生活を描いた青春小説と捉えて楽しんでも良いのではないだろうか。 当時の政治、社会批判や哲学的な内容をたくさん含んでいても私のような俗な読者には理解できないところが多すぎる。 ならば、心に流れるように入り込んでくる文章を味わい、自分の青春時代を省みながら頭の中でフラッシュバックを起こしてみるのが楽しい。 「三四郎」ではほとんど何ごとも起きない。事件はない。しかし三四郎を取り巻く人々は生き生きと忙しく、あるいはのんびりと我関せず、普通の生活をしているが、何も起きない彼らの生き様を描く漱石の文章が読むものを惹きつける。 10代で読んだ三四郎で感じた部分、今50代で読んだ三四郎で感じた部分それぞれ貴重な感覚であり、10代でこの作品の何がわかるのだという批判は当たらない。それぞれの年代でしか感じ取れないものがあるはずなのだ。悔やまれるのは20代、30代、40代とそれぞれの年代の自分で味わっておきたかったということ。 これから10年おきに読むとしてもあと何回読めるのか。歳をとってくると、もう若いときのように感覚が変わっていく速度が早くはないから、新しい感覚で読むにはどうしても10年は必要だろうがそれではもったいない。いつでも手元に置いて気がむいた時に読み、その時に今までになかったことを感じたのなら、自分の感覚が変わったのだと知る方が良いかもしれない。

    5
    投稿日: 2012.02.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    熊本から状況してきた東京大学に入学した小川三四郎。 図書館のくだりは、手にとるような描写がある。 1年生は書庫に入れないという仕組み。

    0
    投稿日: 2012.01.29
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    切ない。 美禰子が三四郎に心を開いたのはどれほどだろうか? 三四郎が積極的ならば、結末は変わっただろうか。 ストレイ・シープ(迷い羊)という言葉だけが、ただ繰り返す。 とにかく余韻が良かった。

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    投稿日: 2012.01.19
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    「自分の世界と現実の世界は、一つ平面に並んでおりながら、どこも接触していない。そうして現実の世界は、かように動揺して、自分を置き去りにして行ってしまう。はなはだ不安である」。初めて東京に出てきて、渋谷のスクランブル交差点を通ったときにも、同じことを思った。 ちなみに本書は2冊保有しております。うち一冊には、大量の書き込みがあります。

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    投稿日: 2012.01.01
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    実はあまり期待せずに読んだ作品でしたが、読み進めていくうちに引き込まれて行きました。 熊本から上京して、東京の大学に通い始める三四郎の話。 美禰子の「迷羊」、ストレイシープという言葉がこの本のタイトルになって良いと言えるほど印象的でした。 女性からみても女性のこころは掴みにくいものです。

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    投稿日: 2011.12.31
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    何回読んでも面白い小説ですね。 読み方かえるとまた新たな発見ができますね。 この小説で、議論になっているのが、ヒロイン里見美禰子が、主人公小川三四郎のことが好きであったのか、それとも、眼中になかったのかということである。美禰子の発言の「迷える羊」がキーワードのようにも思えるが、ここは、素直に同い年の甲斐性のない三四郎より、兄の友人を選ぶのが、当然であると思う。この小説にでてくる男達、広田(高校教師)、野々宮(三四郎の同郷の研究者)は、傍観者であり、失敗ばかりする三四郎の友人である佐々木与次郎だけが、行動者といったところが、見どころかもしれませんね。美禰子は、三四郎を弟のように、友達以上恋人未満とみていたのかな、しかし、ほのかな恋心はあったのでしょう。 主人公の姓名について、(七)「例えば田の中を流れている小川の様なものと思っていれば間違はない。浅くて狭い。」は興味深い一節ですね。 長男であるのに、何故、三四郎のかという疑問があるが、三郎でもなく四郎でもないのかと考えた時、今後の人生を迷っている一人の若者として、また、過去と未来、田舎と都会の選択をせまられる人間として、タイトルにもこの名前をつけたのではと考えるのは、思い過ごしでしょうか。三輪田のお光さんは、小谷野敦氏に共感します。 (一)の中での、「あなたはよっ程度胸のない方ですね」は、ひっかりますね。それに対する三四郎の考え、「元来あの女は何だろう。あんな女が世の中に居るのだろうか。女と謂うものは、ああ落ち着いて平気でいられるものだろうか。無教養なのだろうか、大胆なのだろうか。それとも無邪気なのだろうか。<中略>けれども恐ろしい。」が、女性観を簡潔に述べているのは興味深いですね。 小説冒頭は、「うとうとして目が覚めると…」ではじまるが、漱石の小説は、よく目が覚めるシーンが、でてきますね。それにしても、この小説の女のひとは、ぐずぐずしないですよね。 「見落としていたもう一人の謎の女」  三四郎の上京中、列車で同乗、同宿して「あなたは余っ程度胸のない方ですね」と言った女。それと初対面の際、「そう。実は生っていないの」と突飛なことを発言した美禰子この2人が謎の女として強く印象づけられてしまいます。 この作品の若い女性登場人物として主に四人あげられると思います。三輪田のお光(三四郎の婚約者)、よし子(野々宮宗八の妹)、美禰子、列車の女。これらの人物の役回りとして、お光は女学校を中退し結婚準備に入った一般的女性という設定。よし子は、女学校に行きながら習い事もしたがる少し発展した女性として、美禰子は、名刺を持ち預金通帳を持つ活発で進歩的な女性として設定している。列車の女は、元海軍の職工で現在商人であろう夫の妻として描かれているが、おそらく世間一般の普通の女性として読み取れる。 美禰子初登場の際、真白いものとして出てくる看護師(婦)は、そもそも違和感がある。(6)で美禰子が言うように病院が暑いから出てきたとしても、美禰子の発言でなく野々宮に会いに来たとしても、話の先から野々宮への手紙がこの時、美禰子が渡したものと推定すると、この看護師(婦)の登場は、あまりにも不自然である。美禰子が8月に「そう。実は生っていないの」と言うことや椎の花は、5~6月の花なのに8月に咲いていて、また、強い香が出るはずなのに香がないという不思議さは異様です。「実は生っていない」とは、この看護師(婦)のことを指しているのではないだろうか。漱石の作品の中で思いだされる看護婦は、『行人』での友人を見舞いに行った際の派手な看護婦と『明暗』の中での地味な看護婦である。 作者は、この白い看護婦に世間一般の女性の意味をもたせ「実は女性は謎なんですよ」とニタッとしている気がします。 (5)の後半で「明瞭な女が出て来た。晴れたのが悩ましい気がする」と作者は美禰子がこの時点で謎の女でないことを明示しています。 不思議系…美禰子(都会人)、列車の女(田舎者) 普通系…よし子(都会人)、三輪田のお光(田舎者) 謎…白い女(看護婦) 「美禰子はモナリザだったのか」 最終13章は美禰子を描いた絵の展覧会である。「森の女」というタイトルである。気になる点は、第1章で広田らしき(実際…広田)との列車での会話で「実際危ない。レオナルドだ、ダ、ヴィンチというひとは桃の幹にヒ石を注射してね、その実へも毒が回るものだろうかどうだろうかと云う試験をした事がある。ところがその桃を食って死んだ人がある。危険い。気を付けないと危い」「今は三四郎も笑う気が起らなかった。レオナルド、だ、ヴィンチと云う名を聞いて少し辟易した上に、何だか昨夕の女の事を考え出して、妙に不愉快になったから、謹んで黙ってしまった。」という一節である。ダ、ヴィンチと桃のどうして昨日のことを思い出すのかが不思議である。列車の女とダ、ヴィンチがどう関係あるのかがわからない。ダ、ヴィンチから女へとは連想しにくので、三四郎は桃から女を連想したのではないだろうか。そして、ダヴィンチを関連づけた。第2章で芸術鑑賞力のある野々宮君の夏の青い空に浮かぶ半透明の白い薄雲は実は雪の粉であるという指摘と「君ラスキンを読みましたか」という一節は興味深い。「この空を写生したら面白いですね。原口にでもはなしてやろうかしら」というのは、矛盾(ラスキン)を絵にするのは面白いということであろう。そして、原口は、「森の女」という矛盾の絵を描いた。。モナリザの表情は、矛盾に満ちたものだと思われる。笑っているのか悲しんでいるのか無表情なのかわからにようにも感じる。作者は2章で原口を意識しているので、この時点で矛盾=美禰子を絵にする気であったのではないだろうか。 「黒と白の小説」 『三四郎』という小説に少なからず気になるのが色使いでうす。表現されている色は黒、白、赤、緑、金、蒼などであるが、圧倒的に頻出回数が多いのが黒と白である。(色の表現付箋紙で全てチェックしたが数えるのが億劫になる。) 2章の前半で「三四郎は東京の真ん中に立って電車と汽車と白い着物を着た人と黒い着物を着た人との活動を見て、こう感じた…」とあるが、白い着物=電車、黒い着物=汽車と考えた時、白=革新、黒=保守であないかという気がしました。その他の文章もこの式にあてはめと、あいまいですが、割合話がつながりました。 「会話の省略」 10章で『「私?」と美禰子がまた云った。原口さんに答えたと同じ事である。三四郎が美禰子を知ってから美禰子はかつて長い言葉を使ったことがない。…」に象徴されるが、登場人物の会話は、省略されているものが多い。「はあ」とか。 10章の「女の口を洩れた微かな溜息が聞こえた。」12章の終わりの「女はややしばらくして三四郎をながめた後、聞兼ねる程の嘆息をかすかに漏らした。」とあるが省略されればされるほど、印象深くなっている小説だ。 「謎の男」 6章の美禰子が三四郎の送った絵葉書に2匹の羊と一緒に描かれた「大きな男(デヴィル)」と5章の三四郎と美禰子の休息場面にでてくる「洋服を着て髯を生やして年輩から云うと広田先生位な男である。」のこの2人の男は、最後まで読んでも謎のままである。 また、広田先生が、最初に上京する時に同乗していたのは、どこに、何の目的ででかけていたのかも謎である。

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    投稿日: 2011.12.09
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    昔の学生生活の時間感覚は緩やか。交際関係も限られ、テレビもパソコンもない。だがその中でこそ、人間というものは大きく大きく伸びていく気がする。三四郎を取り巻く人間の個性の豊かさに憧れを感じ、またそれらに影響されていく三四郎に自分を重ねてみたり。

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    投稿日: 2011.12.09
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    夏目漱石の長編小説。「それから」「門」へと続く前期三部作の一つ。以前に読んだ「こころ」よりよっぽど明るい。登場人物の心理描写が極端に少ないため行間を読み取るのも苦労するし、内容にも様々な解釈があると思いますが、個人的には、田舎から出てきた青年が都会の物や価値観に触れながら視野を広げつつも、結局は自分も恋した都会の女と同様「迷える子羊」だったことを悟るというところに自分自身を重ね、若いうちは色々なものに触れながら柔軟な考えを培っていくことが大事だという感想を持ちました。

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    投稿日: 2011.12.07
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    高校一年の夏。誰もおらん電車の中。 偶然だがこの本の冒頭同様に電車の中。 全く小説本体の記憶ではないが、夏として記憶された小説。 夏目氏への入り口がこれでよかった。

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    投稿日: 2011.11.06
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    明治の人々にとっての古いもの、新しいもの、僕等が生きる現代でも変わらないものが書かれている小説。 優柔不断で臆病、だけど自分に都合いい様に思い込みは激しくて、という主人公と、周りの女性や友人との関係性の描写は凄くリアルで面白い。

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    投稿日: 2011.10.30
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    なぜ今さら読んだのかと自分を責めた。 三四郎池と呼ばれる池が東大にはあり、まさにそこがこの物語のはじまりあたりに描かれている。 その三四郎池で僕は時々たたずんで学生時代を謳歌した。 当時の学生も、同じ本郷で学生時代を謳歌していたようである。不思議な気分であるとともにうれしい気分。歴史は素晴らしい。 さて、内容に関して。 恋愛小説としては読めない。三四郎は明らかに美禰子に弄ばれていて、そんな中揺れるんだか揺れないんだか、わからない描写が続く。 それでも、三四郎の美禰子を見るときの文章はすごい!すごい描き方をするなーと感動する。 そして当時の学生生活・様々な人間模様がもっとも面白い。今も昔も講義はかったるいもんで、色々な人が暇をつぶしたりアツくなれるものを探したり、していたんだなー、ということ。 青春のエネルギーは往々にして人にぶつけていくものなのであろう。

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    投稿日: 2011.09.19
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    漱石の作品の中で、こういうタイプの小説があるとは知らなかった。 青春小説にジャンル分けされてしまうようだが、とてもそれだけの範疇に納まるような作品ではない。 最後の数ページなど、三四郎はすでに大人だ。 (2011.9)

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    投稿日: 2011.09.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    50冊目。東京帝大生、小川三四郎の青春を描いた作品。三四郎が彼女に魅了されること。彼女には婚約者ができること。何も思い通りにいかないこと。心は迷羊(ストレイ・シープ)。それでもただ、前に進むこと。

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    投稿日: 2011.09.04
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    東京の大学に入学するため田舎から上京してきた三四郎が、人生の先輩たちや友人の影響を受けながら「自分探し」に迷いつつ、年上の美禰子に恋をする。 いつの時代も「自分探し」と恋愛こそが若者の心を支配するテーマであり、だからこそこの小説は現代の私たちにも通用する青春小説の古典たり得ているのだと思う。 それにしても漱石は、掴みどころのない都会的な女性を魅力的に描くのが巧い。

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    投稿日: 2011.08.24
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    明治時代、熊本から東京へと上京した学生、三四郎の物語。 今まで出会ったことのないような友人との出会いや 自由で掴みどころのない都会の女性への淡い恋 「何かやってやろう」という 明治時代の若者の活気が伝わってくるような作品 福岡から東京に来たばかりの自分にとって 共感できるところが多かった。

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    投稿日: 2011.08.05
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     明治の学生、小川三四郎くんの淡い恋と奥手っぷりを描いた青春小説  明治の学生も、イマの学生も、本質的には変わらないんだなぁと知ることができて面白かった^^  夏目漱石の文章は、読みやすいところと読みにくいところがあって、読みにくいところはつい読み飛ばしてしまう…  おそらく、読みやすいところは、漱石の筆がすらすらのっているところで、読みにくいところは先の展開とか考え考え頭をこねくりまわしながら書いているんじゃないかな~と推察

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    投稿日: 2011.07.17
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    かつて出会った「ストレイシープ」に、やっと再会できました。 授業で読んだときにはあまり興味を惹かれなかったのですが、この言葉はずっと心に刺さっていたようです。 通して読んでみて、やはり「ストレイシープ」は心の深いところを揺さぶります。 美禰子の気持ちで、三四郎の気持ちで…どんな調子で、どんな呼吸で発した言葉なのか…考えては声に出してみました。 …まだまだ、手の届くところにないようなもどかしさを感じます。 年を重ねて、また読み返したいです。 理由ははっきり分かりませんが、私は漱石の文章が好きです。 昨今のエンターテイメント小説のように先が気になってしかたなかったり、手に汗を握るような展開はないけれど、ずっと読んでいたい魅力があります。 ここのところ、よく漱石の著作を読んだり、朗読を聴いたりしているのですが、文章の品格というか、美しい日本語がとても心地良く入ってきます。 するとすっかり影響されて、頭の中で自然に「○○するのがよかろう」などと時代錯誤な言葉で考えていることがあります。 その他様々なことを漱石調で考えているのにふと気づき、なんだか愉快な気分になります。 三四郎は、今度は朗読で聴いてみたいです。 また違う味わいがあると思います。

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    投稿日: 2011.07.17
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    熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気侭な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく…。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて「それから」「門」に続く三部作の序曲をなす作品である。

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    投稿日: 2011.07.06
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    3度目の三四郎。 最初に読んだのは、高校生のとき。「坊ちゃん」のような派手な展開もなく、田舎者の三四郎が美禰子さんに憧れるが、地味な失恋をするという陳腐な青春小説という印象で、面白い本とは思えなかった。 50代での再読で漸く良さがわかった。汽車の中の情景、途中下車した名古屋での女性との一夜、水蜜桃を頬張りながらの富士山談義で構成される印象的な導入部。日露戦争後当時の東京の情景と漱石が思うこれからの日本の将来への展望も良く書かれていて、読書の楽しさが味わえた。 そして、今回は「それから」「門」を読んでからの「三四郎」。漱石の世界に馴染んでからの「三四郎」の世界は心地よかった。なんと言っても、三四郎の人物描写が良い。導入部で「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」と評されてしまう三四郎の性格。物語はその性格通りに展開。「矛盾」に悩み、3つの世界を頭の中に作りあげ、美禰子との距離を縮められず、ラストでは美禰子を描いた絵の題名を「ストレイシップ」と呟く。愛おしさすら感じてしまう人物であり、「それから」「門」で三四郎のその後をもう一度追いたくなった。 広田先生、野々村とその妹、美禰子、佐々木の言動も面白い。なお、美禰子のモデルは平塚雷鳥、野々村は寺田寅彦、佐々木は鈴木三重吉。これを知って読むと「三四郎」の世界をより楽しめる。 「草枕」同様、「三四郎」も複数回読むことで味が出る。ただ、轢死事故の描写の位置付けがよくわからない。10年後にまた読もう。

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    投稿日: 2011.07.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    たまには古典を読んでみようということで購入。 上京するまでの短いチャプターで、 一気にストーリーの世界へと引きこまれてしまった。 明治期に書かれたものだとは到底信じられないような ビビットな内容で、かなり新鮮だった。 3部作の続編である「それから」にも期待。

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    投稿日: 2011.06.22
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    随分前の時代の大学生活を描いたものなのに、共感できる箇所がたくさんあった。とんでもなく良い表現や会話がひょっこり飛び出すんですね。素敵。最後の方の三四郎にときめきました。 大学生のうちに読めてよかったけど、また何年後かにも読み返したいな。

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    投稿日: 2011.06.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    二十歳前後で一度読み、そして三十路にして再読したものの、相変わらず美禰子が何を考えているかわからない。

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    投稿日: 2011.06.19
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    「われは我が咎を知る。わが罪は常に我が前にあり」 ストレイシープであることが幸せだということを最近になって感じるようになった。 理想と現実というものを突きつけた作品。 最後に白いハンカチにヘリオトロープを香らせた行為がなんだか切ない。 ヘリオトロープの香水はエトロから販売されている。 日本で人気のゲランのラブリーチェリーブロッサムにもラストノートでヘリオトロープが香る。

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    投稿日: 2011.05.19
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    熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気侭な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく……。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて「それから」「門」に続く三部作の序曲をなす作品である。

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    投稿日: 2011.05.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    はじめの三四郎の上京シーンでの、他の乗客とのやり取りは、物語が進んでいく上でのヒントだったのかなと思う。 美禰子とのやり取りでかなりやきもきするものの、三四郎のそういう生き方も、嫌いじゃない。多分、最後の「ストレイシープ」には、女性に翻弄されるというだけでなく、これから生きて行く社会の中での三四郎も指していて、「それから」に繋がって行くんだろうと感じた。

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    投稿日: 2011.05.17
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    2011年5月16日読了。九州から東京の大学に通うべく上京した朴訥な大学生・三四郎の大学での日々と恋。さすがに古めかしさ漂う文体ながら、美しい異性に恋をして、その人の近くにいるときの時間が止まったような・世界の色が変わって見えるような感覚、ぐるぐると頭の中でさんざんシミュレーションした上に一歩踏み出すことができない自分への歯噛みするような苛立ち・屈辱感、畳の上を転げまわってもだえたい様な感情の描写が実にみずみずしい。大学に必ず一人はいる与次郎のようなキャラやひょうひょうとした広田先生など、周囲の登場人物も魅力的。漱石は文章がうまいねえ。

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    投稿日: 2011.05.16
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    熊本 野々宮 里見美禰子(みねこ)自由放任主義で育った都会の女性。小川三四郎を翻弄する。まぶたは二重。英語が得意。亡き長兄が広田萇と懇意であった。本郷区真砂町に住む(第4章)。 本郷区(ほんごうく)とは、東京府東京市、東京都にかつて存在した区である。現在の文京区の東部に位置していた。 東京都文京区本郷4丁目⇒旧本郷区真砂町のあたり 。 戦前からの住宅地で、二葉亭四迷や坪内逍遥が住んだ町。 よし子 与次郎

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    投稿日: 2011.05.15
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    漱石曰く、「筋の推移で人の興味を牽く小説」に対して、「筋を問題にせず1つの事物の周囲に躊躇低徊する事によって人の興味を誘う小説」みたいです。

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    投稿日: 2011.04.18
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    日本語が美しい。表現力がすばらしい。 最初の上京するところの展開は面白かった。 あとは淡々としている。 ゆっくり再読したい本。

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    投稿日: 2011.03.29
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    お上りさんには分かる青春。今も昔も変わらないと思った。東京に圧倒され、学業に追われ、女性に翻弄され、ローカルボーイは大人になるんだ。ストレイシープなんて言っちゃう女性に悩まされちゃう。それが三四郎でありローカルボーイなんだよ。きっと。

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    投稿日: 2011.03.29
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    理想的な学生像として私が第一に思い浮かぶのが、この三四郎である。 この作品の文体や話の運び、登場人物の言葉は非常に好みであり幾度と無くこの作品を読んだが、いつ読んでも新たな感動がある。

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    投稿日: 2011.03.06
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    熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見るもの全てが目新しい世界の中で,自由気儘な都会の女性里見美弥子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく…。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る家庭の中に描いて「それから」「門」に続く三部作の序曲をなす作品である。 漱石が小説らしい作品を書き始めるのは、この後の「それから」から。

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    投稿日: 2011.02.20
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    http://umagoon.blog17.fc2.com/blog-entry-1551.html

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    投稿日: 2011.02.03
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    三四郎が熊本から東京に出て新しい世界に触れる様子が、じつに淡々と描かれている。見事なまでの客観的描写が心に残る。個人的に、この終り方がとても好き。

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    投稿日: 2011.01.26
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    草食系男子三四郎がうだうだもごもごしていたような。 途中で飽きてしまいました。漱石先生、ごめんなさい… 10.12.23

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    投稿日: 2011.01.10
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    この後に執筆される『それから』では、より広い「社会」のなかで苦悩する「個人」を描いたのに対し、『三四郎』の物語世界はスケールの小さなものだが、もやもやとして捉えどころのない“近代人”に翻弄されつづける三四郎は、まさに迷羊(ストレイ・シープ)なのだろう。終盤の会堂における里見美禰子との会話が切ない。三四郎と飲みに行きたいぜ。

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    投稿日: 2011.01.05
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    昔の本を読むと、日本の古き良き姿が見えてきていいね。想像力が湧く。 時代が変化し続けても、若者たちの甘酸っぱい青春だけは昔も今も変わらないね。

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    投稿日: 2010.12.22
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    他の方のレビューを見るとつまらなかったという評価が多くてびっくり! 私は改めて名作だと思った。 何度も読んでいるけど、読む度に新鮮な感動がある。 ミステリーではないのに、どうなるのだろうと思わせる、読ませる書き方だと思う。 引越しの際の美禰子の描写の美しさは素晴らしい。 場面のどれもが印象的。 ストーリーとしても、田舎から出てきた青年の青春や成長が共感できて、面白くて、申し分ない。 これからも何度も読みたい一冊。

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    投稿日: 2010.12.17