
総合評価
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powered by ブクログ令和と明治に生きる人の悩みは似ているかもと思いました。 読後、中心となるテーマは恋愛や踏み込めなさか、でも何か違う気がするなと思い、いくつかの感想をネットで拾ったところ、テーマは「都会で生きる人の迷い」だとの分析を読み、腑に落ちました。 いくつもの選択肢を手にしているから迷う。恵まれているから迷う。自由だから迷う。 明治時代は文明開化で西洋のものが猛スピードで入り取込み適応し(西洋のハムレットの描写もありました)、令和はインターネットがますます強大になり本人次第でほぼどんな選択肢も世界中から選べるようになり。 あれもこれも何でも選べるから踏み込めない。積極的にAを選ばなかったことは即ち消極的にBを選んだことになる。広い世界ではそうやって選択の連続が人生になるんだなと思いました。 〝Stray sheep. Stray sheep...”
0投稿日: 2020.10.08
powered by ブクログ明治の空気感はあるが、内容に古臭さを感じない。 田舎から出てきた大学生の都会での暮らし。故郷と学術と恋愛の中で、悩み揺れ動く、けどそれをうまく表現出来ないもどかしさ。これは自分だと感じる人は多いんだろう。私もそのひとり。 なお、柔道の話ではない。
0投稿日: 2020.09.12
powered by ブクログ夏目漱石の前期三部作のはじまり。九州から上京してきた三四郎の都会での人々との交流、恋愛模様が描かれる。近代日本を生きる青年の悩みや葛藤、日々の様子が描かれる。「stray sheep」という言葉が印象に残っている人もいるのではないか。三四郎に表された漱石の世界を読み解いてみよう。 (T.)
0投稿日: 2020.08.28
powered by ブクログ美禰子への三四郎の切ない思いと引き裂かれた二人の淡い心情が美しく描かれた傑作。与次郎との掛け合いは対照的に滑稽で、小説として完璧。
3投稿日: 2020.07.08
powered by ブクログ自分が学生時代の時に感じていたような悶々とする感じは、時代が違ってもかわらないのだなと思った。なんだかだらしなかったり、皮肉っぽかったり、妙にドライだったりする登場人物たちが漱石っぽい。
0投稿日: 2020.06.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
数年ぶりに読んだ。こんなに恋心を描いた小説だったか。美禰子の気持ちが最後までよくわからない。でも三四郎が良いと言ったヘリオトロープをつけているのを見ると、好きなのかなぁ…三四郎が勇気を出して、あなたに逢いに来たんだというところなんかは胸キュン。それをすっとはぐらかしていく美禰子とか、その美禰子の心の読めなさと、それに一喜一憂する三四郎のもどかしさと、全部ひっくるめてリアルな恋心が味わえた。 ハムレットの邦訳の奇妙さには無闇な西洋化非難が見られるし、与次郎のセリフにも漫談的な要素が多いし、漱石的な面白さもたくさん。
4投稿日: 2020.05.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
(個人的)漱石再読月間の8。(15作品中) 5年ほど前に三四郎池に行くことになり、その際に再読しているので3回目か。赤門近くの万代フルーツパーラーでカレーとミックスジュースもいただきました。聖地巡礼? 今回は美禰子の心理が痛いほど刺さった。 明治の女は、いかに(当時として)現代的で最先端の心根を持っていたとしても、それを口にすることは出来なかったのだなぁ。
1投稿日: 2020.05.09
powered by ブクログ最近の小説はあまり読んだことがないので分からないが、古典的青春文学と言われる所以がよく分かる気がする。とても面白い。 stray sheep、僕も講義中に、ノートに書きたくなった。
1投稿日: 2020.04.24
powered by ブクログ三四郎と、三四郎の周囲の人々との人間関係が描かれた物語。 三四郎と様々な人とのやり取りに引き込まれる。 また、美禰子を中心とした恋愛の様子も注目ポイントだと思う。 様々な人間同士の関係や、やり取りか楽しめる作品だった。
0投稿日: 2020.04.09
powered by ブクログ「この本の要約」 熊本から、東京の大学に入学するため、東京に来た三四郎は、友人の引っ越しの手伝いをしている時、一目惚れした美禰子と出会った。三四郎は好きである美禰子に自分の気持ちを話せなかった。美禰子は三四郎が自分の気持ちを話せないまま、結婚をしてしまった。 「三四郎あらすじ」 熊本から東京の大学に入学するため汽車にのった。車内で夫が満州にいる夫人と知り合う。 そんなことから夫人と同じ宿の同じ部屋に泊まることになった。 翌日、駅で夫人に三四郎は「貴方はよっぽど度胸のない方ですね」と言われた。 学業が始まると同級生である与次郎、与次郎が尊敬している広田先生、光線の研究をしている野々宮と出会いました。 そして、広田先生の引越しを手伝った時、以前自分が一目惚れした美禰子に出会います。 その頃、与次郎は尊敬する広田を帝国大学の教授に就任させようとします。与次郎に協力するうちに三四郎も巻き込まれます。 その後、美禰子から美術展に行かないかと誘われ、美術展に行くとそこには野々宮もいました。 美禰子は三四郎に必要以上に親密な関係に見せようとして、野々宮を愚弄します。 美禰子と野々宮の駆け引きのために利用をされた三四郎は怒りと戸惑いを覚えます。 与次郎から美禰子が結婚すると聞かされた三四郎。 その相手は、野々宮ではなく彼女の兄の古くからの知り合いでした。 その頃、与次郎が暗躍していた広田の教授就任のための数々の工作が露呈。 広田は帝大教授の座に就くことはできませんでした。 美禰子をモデルにして原口が描いた作品が美術展に出展され好評を博していました。 三四郎は、広田、野々宮、与次郎と展覧会を訪れた。 評判の絵には「森の女」という題名がつけられていました。 三四郎は題名が悪いと言い、「迷羊(ストレイシープ)」と何度も繰り返しました。
29投稿日: 2020.04.06
powered by ブクログ坊ちゃんが読み易くて面白かったので図書館で借りました。 読むのにすごく時間がかかりました。 里見さんのキープ感。
1投稿日: 2020.03.22
powered by ブクログ夏目漱石では「こころ」に次ぐ名作。三四郎の心情を、「ストレイ・シープ」というハイカラな表現で見事に描写。
0投稿日: 2020.01.14
powered by ブクログ三部作の一作目。「それから」を先に買ってから三部作であることを知って買いなおした記憶がある。作品間で具体的に話につながりがあるわけではない。本作は田舎から出てきた大学生が、女学生(だったか?)に恋心を抱くが、最終的に失恋する話。ヒロインは最終的に違う男の下へ嫁ぐことになる。 === 野々宮さんは、招待状を引き千切って床の上に捨てた。やがて先生とともにほかの絵の評に取りかかる。与次郎だけが三四郎のそばへ来た。 「どうだ森の女は」 「森の女という題が悪い」 「じゃ、なんとすればよいんだ」 三四郎はなんとも答えなかった。ただ口の中で迷羊ストレイ・シープ、迷羊ストレイ・シープと繰り返した。 ===
0投稿日: 2020.01.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
大学生活が懐かしくなった。三四郎も野々宮さんも、奥手な男性陣は美禰子に翻弄され、美禰子はさらっと第三の人物と結婚していったなあ…。
0投稿日: 2019.11.03
powered by ブクログドイツ文学の授業の予習で読んだ 夏目漱石をはじめて最後まで読んだけど、めちゃくちゃに主人公がいけてなくて最高だった。東京に住んでいろんなところを巡ってみたいと思ったなぁ。最後が洒脱だった印象。
0投稿日: 2019.10.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
恋愛物を読み慣れてる人なら先が読めたのだろうか。私としては最後まで読んで、えー、ここでこうなのー今までの二人のやり取り一体何だったんだー、と思った。よし子の明るく言ったセリフが、余計に虚しさを引きだたせているような。 多分、三四郎が勝手に、美禰子にも脈があるのではと思ったが故に美禰子の所作の一つ一つがそう見えて、それがそのまま描写になっただけだろう。原田さんの言う、画家は内面を描くのではなく内面がにじみ出た外面を描いている、という言葉が実はここで小説として当てはまるのでは。とも思った。 最後の場面だけ、与次郎視点になっていることで三四郎の考えていることからふっと離れることができ、なんか重そうで哀しい展開になりそうだという読者の読みをちょっと反らしている感はある。 恋愛場面だけでなく、それぞれの登場人物がいい塩梅に味を出していて、与次郎の要領の良さと詰めの甘さ、広田先生の哲学的論議、原田さんの芸術的叙述もセリフが凝っていると思った。与次郎なんかは読んでいて憎めないやつだなー程度しか思ってなかった(あとネーミングが適当だなとか)が、最後の場面で感想が変わった。与次郎優しいな。
0投稿日: 2019.09.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
切ないなーーー YouTubeであっちゃんの授業を聞いて読みたくなって読んでみた。 聞いてなかったら途中でめんどくなりそうな文体だったけど、ドラマっぽい雰囲気を意識したら凄いトレンディ感があってよかった。 ストレイシープ、、、言ってみたい笑 美禰子さんは、原口先生の絵モデルしてるとこに三四郎が来たあたりからもう結婚決まってたんだろうなぁ。 野々宮先生でも三四郎でもなかったかぁ。 三四郎憎めないいい奴だけど、覚悟が足りなかったなぁ。事情もわかってなかったんだなぁ。 当時にしては今風の自由な女、美禰子さんをして、自由にならない当時の事情がなんか切ないね。 最後の三四郎が教会まで美禰子さんと話しに行くシーン、2人で最後話すシーン、お金を今までまったく受け取らなかったのに受けとった美禰子さん。われは我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり。っていう別れの言葉。 意味深だわぁ。よくわからないけど笑笑 さよならって感じが伝わってきた。 全体的に時代のなかで都会に翻弄される田舎出身の真っ直ぐな若者像っていうのが可愛らしいし、面白かったです。 あと野々宮先生や与次郎や広田先生や原口先生や、、 出てくる人たちが独特で仲良くて安心感があった。 美禰子の最後の可能性だったんだろうけど踏み切れなかった三四郎。 そういうのってあるよね。 これ好きだ。
0投稿日: 2019.08.14
powered by ブクログ夏目漱石は2、3作目位か。 読み終わってから随分経ってしまってからのレビューなので余韻は消えてしまっているが、三四郎の雰囲気は昔あった人のように思い出す。世の中を経験しつつ、自分を見つけ出す時期なのだろう。良くも悪くも、悩みは若者らしく、その頃しか感じ得ないものだろう。若者特有の何者でもない時期を描くのは、相当困難なことなのだろう。
0投稿日: 2019.07.15
powered by ブクログ一読すると青春小説ですが、なかなか重層的、かつ、ペダンチックに書かれてますね。読み方で印象が変わります。暗喩や伏線がそこらじゅうに意味ありげに置かれているのも、宝探しゲームみたいです。読者層が広く、再読を誘う不思議で愛すべき小説ですね。漱石がこの路線を極めていれば、日本文学の世界的レベルも高まったでしょうに。残念です。
10投稿日: 2019.06.24
powered by ブクログ熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気儘な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく……。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて『それから』『門』に続く三部作の序曲をなす作品である。
0投稿日: 2019.06.18
powered by ブクログ明治時代…日本の近代化がおおいに進む一方 国民の大半はやはり保守的で 江戸時代の価値観に基づくしきたりや、迷信にとらわれ続けていた 小川三四郎は東京大学に入るくらいの秀才だから 地元の熊本じゃ相当開明的な考えの持ち主であるはずなんだけど それでも東京に出てきてみると、人間の違いに戸惑うことが多かった 頭では自由というものについて理解しているが じっさい、思考の赴くまま動いている人々の存在を前にすると 自分がいかにどんくさい人間か思い知らされたし また相手の思惑がわからないことで、不安にもさせられるのだった 広田という変わり者の先生に知己を得て 三四郎は、他者というものの底知れなさを学ぶ機会を得る しかし頭でっかちになったところで不安が消えるものでもなかった いちばんの悩みは、恋をしたことである 彼女を前にしても、上手く自分の想いを伝えられないし また、彼女が自分をどう思っているのか これがまたさっぱり掴めないもので 悶々とした気持ちを抱えつつ毎日を過ごす三四郎であった どんなに自由に見えたとしても 社会に生きる者として「無意識の偽善」から逃れえない以上 いずれカネやしがらみや病に首根っこ押さえつけられるのだが それはまた別の話である
0投稿日: 2019.06.08
powered by ブクログ言わずと知れた漱石の長編小説の始まり。 「ストレイシープ」なんて言葉が、明治40年の小説世界を支えている。続きはブログをお読みください。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201905100000/
4投稿日: 2019.05.13
powered by ブクログ東大に入学が決まり、熊本から上京してきた小川三四郎を取り巻く都会の人間模様、恋愛事情。 三四郎自体の要領の悪さを執拗に描かれており、最終的には失恋してしまうあたりに、世の男性は自らを投影したのだろうか。作中に西洋の哲人や文豪、画家等が多数出てきており、幾許かの心得がないと読みにくいことは否めないものの、要領の悪いワタクシ。結果として三四郎に感情移入してしまった。 文学的女性の描写:『肉は頬と云わずきちりと締まっている。骨の上に余ったものは沢山ない位である。それでいて、顔全体が柔らかい。肉が柔らかいのではない骨そのものが柔らかい様に思われる。奥行の長い感じを起させる顔である。』
3投稿日: 2019.03.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
かなり昔によんだが、NHK「100分で名著」に触発されて再読。 古典的な文学小説と思い込んでいたが、意外に面白い青春小説だった。 上京し、大学生活を送る三四郎の思い悩む姿に、共感させられる。そのくせ三四郎は積極的に動こうとはしない。 魅惑的な女性として美禰子が登場し、三四郎は恋するが、どこか受動的である。美禰子の方が、むしろ、思わせぶりなくらい。 三四郎は美禰子に振り回された挙句、振られることになるが、それも曖昧な終わり方である。 結局、青春はこんなものだ。なのだが、この小説が書かれたのが明治の終わりであることを考えると、青年の悩みは普遍的なものだと思わされる。 この小説の舞台が今住んでいる場所の近くなので、おおよその見当をつけながら読むことができて親近感を覚えたのも、今回楽しめた一因。
0投稿日: 2019.03.23
powered by ブクログ名古屋での度胸がない体験が最後までこの物語の主旋律となっている。名古屋でなすことをしたら、と想像すると全く違った話となったろう。そちらもぜひ読みたい。
0投稿日: 2019.03.20
powered by ブクログ草枕を読んだ後だったのでストーリー展開が分かりやすかった。みねこさんがなかなか策士な女の人で、今も昔もこんな人はいるんだなあと感じた。
0投稿日: 2019.01.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
熊本の高等学校を卒業して上京したうぶな朴念仁の三四郎が、都会的で思わせぶりな美禰子(みねこ)にハマってウジウジしている間に、美禰子は別の男と結婚してしまうという話。 童貞に特有の異性との距離のとり方の難しさはすくなくともこの100年間は変わらないものだなぁと感じさせる。 ストレイシープ 作中でキーワードとして出てくるストレイシープ。注によるとマタイによる福音書の「100匹のヤギで1匹だけ迷子になった。残りの99匹を山において探しに行かないだろうか?私はその1匹が見つかる方が嬉しい。天の父もこの小さなものの一匹が滅びることさえお望みになられない。」という記述をもとにしている。 さて、迷子だったのは三四郎か美禰子か、読者か。 「それほどロマンチックな人間じゃない。僕は君よりはるかに散文的に出来ている。」 広田先生の語る言葉は、どこか作者の心境を代弁しているように見える。
0投稿日: 2018.11.29
powered by ブクログかつて「アイラヴ坊ちゃん」観劇後に新宿で購入して長らく積読になっていたもの。ちょっと軽めのものが読みたくて手に取った。ぼっとした青年の宙ぶらり感に妙に共感してしまう。美禰子の描き方というか描かない方というかもすこぶる良い。あと、漱石は金の貸し借りの話が好きだね。
0投稿日: 2018.11.05
powered by ブクログ前期三部作の一作目。若い頃、いや今もかな、女は男にとって、謎であり、神秘的であり、魅力的であり、時に憎らしく恨めしい。でも、登場する女性も同い年の男を、頼りないと思いつつも、同い年として気軽さを感じている。しかし、この当時の男と女の交際感覚が、この二人の関係を許さなかった。でも、登場する女に、われ我がとがを知る。我が罪は常に我が前にありと語らせることでこの後の、明治の文豪と呼ばれる男、夏目漱石の男と女の恋愛を巡る喜びと苦悩の大きな物語の始まりを予感させる。
1投稿日: 2018.10.03
powered by ブクログ流されるように生きる三四郎と、活動的な与次郎の性格の対比が面白かった。三四郎はとても受動的だけれど、心理描写やセリフからときおり美禰子に対する気持ちが見える。ストレートに恋愛感情を表現しないのは、時代のためか、それとも登場人物がストレイ・シープであることを表現しているためなのかわからない。でもそこが良いのだと思う。読んでて結構ときめいてしまった。
1投稿日: 2018.08.22
powered by ブクログ三四郎の青春時代を描いた物語とわかるまでは、ストーリーがつかめずなかなか先に進めるのが大変だった。三四郎のもどかしさ。 文章中の表現や登場人物の会話などに面白い表現が多かった。
0投稿日: 2018.07.25
powered by ブクログ三四郎が、いかにも田舎から出てきた素朴な大学生で、社会にも女性にも、素直に驚いたり悩んだりしている様子が良い。暖かく土の匂いがする家庭、暗がりで研究に没頭する先輩、そして女性がいてきらびやかで現代的な生活、三つの世界とそれらに足を踏み入れ始める戸惑いと、何事も調子のいい与次郎のような学友と付き合う迷惑と楽しさ、大学生になる人なら今の時代でも誰でも感じるものなのではないかしら。
0投稿日: 2018.04.17
powered by ブクログ夏目漱石の作品は後期が好きだなあとぼんやり認識していたのは間違いだったと思わされた作品。読みやすくて瑞々しい感じを受ける文章や、登場人物の粋な言い回しが、いかにも漱石らしくてとても楽しめた。一応青春小説?に分類されるのかもしれないけれど、若者の溌剌とした雰囲気は少しもなく、全体を通してそこはかとなく暗い印象を受ける。登場人物たちが(与次郎を除いて)ことごとく受動的だからかもしれない。それにしても「可哀想だた惚れたって事よ」は漱石の訳だったんだな、、、センスに感服。
0投稿日: 2018.03.29
powered by ブクログ想像するしか無いが、この時代の田舎の田舎さといったらなかったんだろうな。まぁ、東京も半ドンが有ったりと現代とは全く違いのだろうけど。
0投稿日: 2018.01.22
powered by ブクログ語り手の台本通りに、登場人物達が動いていると思います。A→Bに場面が移る時、Aで起きた出来事に、都合の良い展開がBで起きていると思います。この調子で小説が進んでいくので、僕はこの小説を読んで、語り手と作者が創った劇を観ている、そのように感じました。語り手と作者によって、登場人物が動かされていて、作者の意図を離れた様な・登場人物が自立して動いている様な印象は、この小説から受けませんでした。 心理描写が少ないと思います。人物の顔の表情・着ている服・立ち振る舞い、街並み・家の様子、等の描写を心理描写の様に用いていると思います。小説の世界観が、喜劇的だと思います。語り手は、主人公を少し馬鹿にしていますが、どこか親しみがある様に描いています。周辺(田舎)から中心(都会)に来た主人公の視点で都会を描くことで、都会を躍動的に見せる事が出来ています。この小説の主人公は、狂言回しの役回りの「三四郎」ではなく、発展した「都会」と、都会の洗練を受けた、「サブキャラクター達」だと思いました。 迷羊(ストレイシープ)という言葉が、キーワードとして小説に出てきます。社会で迷子になっている人と解釈すると、夏目漱石さんの小説は、特に「三四郎」以後の作品で、しばしば大なり小なり「社会で迷子になっている人」を、メイン・サブキャラクターとして、小説に登場させています。夏目漱石さんは、そういった人物を小説に、描き続けた作者だと思います。
0投稿日: 2017.12.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読みやすくてするすると世界に入っていける。直接書かれていなくても登場人物の台詞やちょっとした行動で心持ちが伝わってくる。三四郎が察するシーンが何度かあってそれが好きだな。頭の中で急に繋がっていくところがよく分かる。 ふとした時に美禰子の視線が遠くにあるのが、美しい人なのだなと思わせる何かがある。ちょっと小悪魔すぎるけど。気にしていた野々宮との間でなくまったく別の人にとられてしまってあっけなかった。 恋の話もいいけど広田先生や原口氏の仰ることでハッとした部分がいくつかあった。
1投稿日: 2017.08.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
思わせぶりな態度で三四郎を悩ませ、結局は年上の金持ちと結婚してしまう美禰子が、教会に通っているというところが印象的。「西洋文明の圧迫に苦しむ明治日本」や「恋愛の中にある罪」といった漱石作品を貫くテーマが、教会に通う美禰子に象徴されているような気がする。
0投稿日: 2017.05.26
powered by ブクログ夏目漱石を読んで、3作品目。 相変わらず、言い回しが私には美しく感じました。 特に広田先生が、夢を語る場面の言葉が好きです。『あなたは詩だと云った。』 広田先生の雰囲気も、たまらなく好きです。 一方、奔放な明るさで、法螺すらも愉しくて、 何だかもうしょうがないなぁって思えてしまう、 与次郎のキャラクターも魅力的です。 なぜ与次郎は、広田先生に傾倒しているのだろう。 まるで正反対だから惹かれるのかも知れないが、 広田先生が積極的世に出ていく人であれば、 彼にとっての情熱のようなものになり得ないのではないか、とか。 割りと世話焼きな与次郎君。 彼の熱は、自分の裡になく、常に外向きな気がします。 だからこそ、色々な物事に奔走するのでしょうか。 私はそんな与次郎が一番愛しく思えちゃいましたが。 主人公の三四郎は、 客観的な存在であったように思います。 中庸に居るような。 広田先生に近付けば、ある種の静寂さを纏うような。 与次郎と交われば、ふわりと軽快になるような。 まだ染められていない、薄い生地みたいな人でした。
0投稿日: 2017.05.13
powered by ブクログ何度か挫折しかかりつつ、浮気しつつ、半年かかってやっと読了しました!! 前半、美彌子が喋り出すまでがどうにも退屈で…(苦笑) でも後半は、ある時は三四郎の鬱鬱とした気持ちに、ある時は美彌子の心と言葉の裏腹さに、共感しながら、ぐぐっときて、時代背景や言葉のとっつきにくさを抜きにして物語の世界に入っていけました。 夏目漱石の作品は、「こころ」もそうですが、思いの錯綜が切ないですね。 それでいて、湿っぽくない、どこかからりとしたところが余計に哀愁を感じました。 そしてところどころ、日本語が素敵だなぁ…(-▽-) 届かない、届けられない想いに身に覚えあり。。
0投稿日: 2017.03.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
相手の女性の思いが想像できず、自分を愚弄したかも知れないと思い詰めてしまう三四郎。教会から出てくる美禰子に別れを告げるシーン。何か青春時代の悩みが凝縮されているようで切ない。
0投稿日: 2017.03.13
powered by ブクログ文豪が書いているけれど、 中身は普通の恋愛小説です。 いつの時代にも恋愛小説があるんだな。 人って不思議なものです。 根っこは変わらないんだろうな。
0投稿日: 2017.02.05
powered by ブクログ今年は漱石生誕150年なので、漱石の本が書店で平積みされている。私もなんとなく名作と呼ばれる作品を読んでみたい気分になり、買うに至った。 前期三部作の中では『それから』だけは読んだことがあったので、まずは三四郎を読んでみる。作品を覆う雰囲気は『坊っちゃん』のそれと近い。三四郎のあふれる若さと、それ故荒削りな生き方。 夏目漱石は近代日本に「青年」を創り出した作家だと思っているが、三四郎の姿はまさしくそれに見える。
0投稿日: 2017.01.31
powered by ブクログ結末を知らずに読み進めたので、三四郎の恋の行方を関心を持ち続けながら興味を切らすことなく読み終えたが、もし知った上で読むと詰まらないと考えたかも。恋愛って多少の図々しさは必要だけど、若い時分にはそう振る舞えない、それに気がつく時分にはそのような悩みに身を置けない年齢になっているというほろ苦さ。それが冒頭の上京での急展開なエピソードに凝縮されていると思わなくもない。昔の移動機関はゆっくりしていたので物語が生まれる余地が大いにありそうですね。 まぁそれにしても読み味はというと表現が難しくイライラすることしばしば。
0投稿日: 2017.01.28
powered by ブクログ三四郎が魅了される美禰子という女性の心理が、私自身も女性だがなかなか理解できなかった。地方から出てきたばかりで実直な青年の三四郎にとっては、もっと理解しがたいものであっただろう。だが、その答えは「ストレイ・シープ(迷羊)」で要約されるのか。与次郎や広田先生、野々宮さんなどの登場人物も魅力的だった。私も進学で上京したての頃、新たな出会いや発見にどきどきした時のことを思い出した。美禰子の心中を知りたいと、深く思った1冊であった。
0投稿日: 2016.12.27
powered by ブクログ東京大学の三四郎池、文京区向丘の猫の家、団子坂を順に訪れた後に読むという、三四郎の足跡を感じながらの思い出深い贅沢な味わい方をしてみました。 話の流れから当然のように想像する展開には悉く発展せず、結局のところ何も起こらない不思議な作品です。 美禰子を称して「無意識の偽善者」とはよく言ったもの。この時代にしてこのような女性を描くとは、夏目漱石氏のイメージが変わりました。
0投稿日: 2016.12.23
powered by ブクログ多くの人が、特に主人公と同性であればなお、この作品に親しみをもつことになると思います。発表から100年以上も経っているのに、むかしの自分の日記を読んでいるような感覚にもなります。愛する小説のひとつにぜひとも挙げたい名作です。 出来事や風景が丹念に表現される一方で、だれかのとった行動や発言の真意が明かされないままであることが多いようです。読み手としては当然に、あれ? どういうことだろう? と思いになりますが、日常生活でも相手の発言の意図を全部くみとれるなんてことはほとんどありません。この人には嫌われたくないな、と思う目上の相手や、意中の異性などを前にしては、よく思われたい、もっと知りたい、という気持ちがかえってその実現を妨げるように、知ろうとするほどに近づくことができない人と人との関係、なんてものは決して珍しくありません。 そんなもどかしさにのめり込みながら迎える結末は、現代を生きる私にとってショッキングでありました。 こんなことに耐えなければいけないなんて、私は夏目漱石さんの時代で生きていかれたでしょうか。甚だ心配です。
0投稿日: 2016.11.11
powered by ブクログ最初の汽車に乗っている場面から、物語はたんたんと始まります。 三四郎があこがれて、恋心を抱いても、相手には伝わっているのか、いないのか。 翻弄されていく恋心が、周りの状況などとともに描かれていきます。 ストレイシープの言葉が、印象的に使われています。
0投稿日: 2016.11.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
熊本から東京の大学に進学した三四郎の話。美え子にひかれてゆくが、なかなか進展しない。昔の人も学問、恋愛、友情、仕送りなどの生活が大変だった。充実していた。読んでわかる本。。
0投稿日: 2016.10.10
powered by ブクログ『サイコパスという概念のなかった世界で』 とても短いお話なのに約1ヶ月読了にかかってしまった。このお話は、私にとって一種のSF小説のようだった。当時はまだサイコパスという概念は日本には存在していなかっただろうけれど、近い未来その性質を持った人間が増殖していくだろうことを物語の中で夏目漱石は暗示している。 もちろんお話的は文字通り大学恋愛小説なのかも知れないが、未来を照らしていた夏目漱石の吐息を感じることができる作品だと私は思った。
1投稿日: 2016.10.08
powered by ブクログ大きな事件や変化があるわけじゃなく淡々としてるけど、その淡々とした中に面白さがある。 時代こそ明治だけど、学生たちの生活は現代とほとんど変わらない。恋をするのも、恋が叶わないのもいつの時代だって同じ。 与次郎はなんとなく、よく言う意識高い系の学生に見えてしまった(笑)
3投稿日: 2016.09.19
powered by ブクログ恋に友人に振り回されて、素敵な東京大学生生活! なんだか森見を思い出した。当然、イメージ映像は久米田康治である。腐れ大学生と、突拍子もない友人と、世間から遥か高みにいる師匠と、雲をつかむようなマドンナ。京大じゃなくて東大なのに。森見が読める人なら、読めると思う、時代が違うけど、まあ、大学生ってこんな感じだよね。 それまでの田舎と都会の違い。人も違えば、スピードも価値観も違う。大学での人付き合いは、いきなり世界が開けたように感じる。授業も違う、交友関係も違う。自分が小さくなったような、大きくなったような、ふらふらした気持ちになる。漱石の中でも特にすんなりと読めた。
0投稿日: 2016.07.28
powered by ブクログ明治41年朝日新聞掲載 デビュー作から3年後 都会から田舎へ移動する坊っちゃんと並び青春小説の古典 熊本の高等学校を卒業した小川三四郎は、東京帝国大学に入学するため、汽車で東京へ向かっていた。 車中で向かい合わせた女と名古屋の旅館で同宿することになり、一つ蚊帳の中で寝たが、事に及ぶことはなく、別れ際に女は「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」と言って笑う。 三四郎はプラットフォームの上へ弾き出された様な心持がした。車の中へ入ったら両方の耳が一層熱り出した。 名古屋からは、乗り込んできた髭の濃い中年男と話す。 「日本もこれから発展するでしょう」といえば「亡びるね」と返され、「日本より頭の中の方が広い、囚われちゃ駄目だ」などと教えられて、はじめて熊本を出た気になる。 その晩三四郎は東京に着いた。髭の男は分かれる時まで名前を明かさなかった。三四郎は東京へ着きさえすれば、この位の男は到る処に居るものと信じて、別に姓名を尋ねようともしなかった。 東京での新しい生活が始まり、同郷の先輩で、すでに新進の研究者である理科大学の野々宮を訪ねる。 野々宮と話したあと、森に入って池を見ていると、看護婦と二人連れの若い女が岡の上に現れ、三四郎の前に白い花を落として立ち去っていく。 それからうちへ帰る間、大学の池の縁で逢った女の、顔の色ばかり考えていた。―その色は薄く餅を焦した様な狐色であった。そうして肌理が非常に細かであった。三四郎は、女の色は、どうしてもあれでなくっては駄目だと断定した。 9月になり、大学の授業が始まるが、三四郎は授業にあまり興味を持てない。 知り合った佐々木与次郎という学生から広田先生という人を紹介されるが、会ってみると汽車で話した中年男で、広田は野々宮の先生でもあった。 野々宮の妹よし子が入院中と聞いて三四郎は大学病院に彼女を見舞い、そこで池のほとりでチラ見した「池の女」と出くわして強い印象を受ける。 その後、広田先生の引っ越しの手伝いに行くと、あの「池の女」も現れ、彼女は野々宮の友人、里見の妹だと知る。 仕事の合間に二人は並んで雲を見たり、先生の画帳を開いて「人魚」(マーメイド)の絵を見たりする。 その後、同じグループで団子坂の菊人形見物に出かけるが、三四郎と話しながら歩くうち美禰子が体調を崩し、二人はグループからはずれて小川のほとりで休む。 「空の色が濁りましたね」と美禰子が云った。 三四郎は流れから目を放して、上を見た。こう云う空の模様を見たのは始めてではない。けれども空が濁ったという言葉を聞いたのはこの時が始めてである。気を付けて見ると、濁ったと形容するより外に形容のしかたのない色であった。三四郎が何か答えようとする前に、女は又言った。 「重い事。マーブルのように見えます」 「こう云う雲の下にいると、心は重くなるが気は軽くなる」 「どう云う訳ですか」と美禰子が問い返した。 三四郎には、どう云う訳もなかった。返事はせずに、又こう云った。 「安心して夢を見ている様な空模様だ」 野々宮たちが探しただろうと三四郎が気にすると、美禰子は「責任を逃れたがる人だから、丁度いいでしょう」「迷子の英訳を知ってらしって?」「迷える子(ストレイシープ)――解って?」となどと謎めいた言葉を連ね、三四郎は困惑する。 下宿に帰って、湯に入って、好い心持になって上がって見ると、机の上に絵葉書がある。小川を描いて、草をもじゃもじゃ生して、その縁に羊を二匹寝かして、その向こう側に大きな男がステッキを持って立っている所を写したものである。 …美禰子の使ったストレイシープの意味がこれで漸く判然した。 学生はハハハと笑った。三四郎は、淀見軒で与次郎からカレーライスを御馳走になったものは自分ばかりではないんだなと悟った。 こうして美禰子に惹かれつつその謎に苦しむ三四郎は、大学の運動会でまたよし子と美禰子に会ったり、「広田を大学教授に」と運動する与次郎らの集会に出たりと、新しい経験を重ねてゆく。 与次郎に金を貸したものの、返さないので催促すると、美禰子が用立てすると言っているというので、三四郎は美禰子宅を訪れる。 美禰子は三四郎を銀行に連れて行って金を渡し、その足で二人で美術展覧会に行くことになる。 会場に入って野々宮がいるのを目にするや否や、美禰子は三四郎の耳もとで何かをささやくが、何を言ったのか少しもわからない。 建物を出てから問いただすと、「野々宮さん。ね、ね……解ったでしょう」「野々宮さんを愚弄したのですか」「あなたを愚弄したんじゃないのよ」と、やはり謎の残る会話を交わす。 …三四郎はこれから曙町の原口の所へ行く。 子供の葬式が来た。羽織を着た男がたった二人着いてきている。小さい棺は真白な布で巻いてある。その傍に綺麗な風車を結い付けた。車がしきりに回る。車の羽が五色に塗ってある。それが一色になって回る。白い棺は綺麗な風車を絶え間なく揺かして、三四郎が横を通り越した。三四郎は美しい弔いだと思った。 …ただ事実として、他の死に対しては、美しい穏やかな味わいがあると共に、生きている美禰子に対しては、美しい享楽の底に、一種の苦悶がある。三四郎はこの苦悶を払おうとして、真直に進んでいく。進んでいけば苦悶が除ける様に思う。苦悶を除るために一足傍へ退く事は夢にも案じ得ない。これを案じ得ない三四郎は、現に遠くから、寂滅の会を文字の上に眺めて、夭折の憐れを、三尺の外に感じたのである。しかも、悲しい筈のところを、快く眺めて、美しく感じたのである。 借りた金を返すため、三四郎は画家の原口宅を訪れ、そこで絵のモデルをしている美禰子に会う。 その帰り、用事はなんだったのかと聞かれたので、「あなたに会いに行ったんです」と思い切って言う。 すると、女は少しも刺激に感じない、しかも、例の如く男を酔わせる調子で、 「御金は、あそこじゃ預けないのよ」と云った。三四郎はがっかりした。 そこへ人力車に乗った若い立派な紳士が現れ、挨拶もそこそこに美禰子を連れ去るが、この紳士が美禰子の婚約者であることが、やがてわかる。 日曜日、美禰子が来ている教会を訪ね、三四郎は先日返しそびれた金を返す。 美禰子は三四郎をしばらく眺め、やがてかすかなため息とともに言う。 「われは我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり」 聞きとれない位な声であった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子は斯様にして分れた。下宿に帰ったら母から電報が来ていた。開けて見ると、何時立つとある。 原口の絵が完成し、三四郎は仲間たちと展覧会に出かける。 …与次郎だけが三四郎の傍へ来た。 「どうだ森の女は」 「森の女という題が悪い」 「じゃ、何とすればいいんだ」 三四郎は何とも答えなかった。ただ口の中で迷羊(ストレイシープ)、迷羊(ストレイシープ)と繰返した。
0投稿日: 2016.07.24
powered by ブクログ朝日新聞のおかげで漱石を読む気になってます。が、なかなか手が出ず・・・こころに引き続きやっと第二弾です。 こころは学生時代に読んだことがあって強烈な印象があったのだけれど、この三四郎は読んだことがなくて、あらすじしか知りませんでした。 田舎から出てきた三四郎が広田先生と出会い、その言葉に驚き、ちょっと広い世界に足を踏み入れていく、という青春小説です。 出だしがよかった!上京する汽車の中や宿泊先での出来事も。。 でも三四郎くん、最後まであまり成長しませんでしたね。 与二郎くんが光ってる分だけ尚更それが目立つ・・・ そして、美禰子さんが、やり手すぎる。意図してないのに。 大人っぽくて掴みどころのないクールビューティーな感じがステキでした☆ そこそこ面白かったけど、こころと比べると軽いお話で、なんとなく物足りなかった、かなあ。。
0投稿日: 2016.07.19
powered by ブクログ読み返すたびに三四郎や与次郎への愛が増すので、三十路を過ぎた今では美彌子に対して「うちの可愛い三四郎ちゃんを誑かさないでちょうだい!」みたいな気持ちになる。 でも美彌子だってまだ二十二とかなんだから、そんな風に振舞いたくなる年頃なのよねぇ、とかも思って、もはや完全に下世話な近所のおばちゃん気分で読んでしまう。 読みやすさでは群を抜くと思うので、夏目漱石の小説の中で読み返す回数の多い作品。
0投稿日: 2016.07.15
powered by ブクログ吾輩は猫であるを読んでも思ったが、漱石ってひょんなとこから人生の真理を持ってくる気がする。三四郎にもそんな場面があった。
0投稿日: 2016.06.23
powered by ブクログこの時代は汽車からゴミを投げるのが普通だったのでしょうか。与次郎のおかげで後半から面白くなってきました。「哲学の烟」という表現が気に入りました。
0投稿日: 2016.06.05
powered by ブクログ三四郎は草食系男子なのかな? 美禰子に翻弄されてしまうが、告白出来ずに終わる。エモいですね。 逆に友人の与太郎は肉食系男子ですね。三四郎を巻き込んで様々な出来事がありますね。
0投稿日: 2016.03.09
powered by ブクログ明治の草食系男子が主人公の物語。 話自体は淡白で淡々と進んでいくが、登場人物(作者?)の人間観や社会観が興味深かった。 印象に残った箇所は、翻訳=人や物を説明する行為で人格上の言葉に訳せる場合、対象からその訳どおりの感化を受けているという前提の元、「細君一人を知って甘んずるのは、進んで自己の発達を不完全にする様なものである」というプレイボーイの信条にも聞こえる一節。
0投稿日: 2016.02.02
powered by ブクログなんとなしに手に取った本が思いもよらぬ楽しみをもたらしてくれる。そんな希有な出来事はそうあることではありませんが、本書、夏目漱石の「三四郎」は、そのようにめぐり合えた作品でした。 「女は秋の中に立っている。」 そんな詩的な表現に感嘆しつつ、三四郎の純朴な小胆さに共感し、美禰子(みねこ)の思わせぶりな態度にやきもきする。夏目漱石は本書の中で「pity’s akin to love」を「可哀想だた惚れたってことよ」と訳していますが、果たして美禰子は三四郎をどう思っていたのか?人によって答えが違う作品はとても魅力に感じるところです。
0投稿日: 2016.01.31
powered by ブクログ起承転結がはっきりしているわけでもないのに、美彌子さんに引き込まれる三四郎。同い年だと結果こうだよなぁ〜。stray sheep…。
0投稿日: 2016.01.21
powered by ブクログこの時代の小説は、いい加減な遊び人と頭カチカチの学者肌がよく出てくるような気がする。 三四郎はやや真面目肌。うだうだ女の尻を追っているうちに、初恋が終わる話。 序盤の、鞄の中に入っていた本を取り出す描写が好きだった。「当選したのだ」って。
0投稿日: 2016.01.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
近代という「自立の時代」の中で、教養と美貌を持ち合わせている美禰子。 「無意識の偽善者」美禰子は、周囲の男性を悉く魅了する。 しかし、「迷える子(ストレイシープ)」美禰子は、最後の一歩は踏みこまない(踏みこめない?)。 三四郎は一貫して翻弄され続ける。
0投稿日: 2015.12.21
powered by ブクログ夏目漱石と言うともっと所謂”お堅い”イメージだったが、この作品の中ではどちらかと言うと現代的な小説の手法が用いられていたような印象を受けた。軽い、と言う訳ではないが、ある種の技巧的なやり方には現代的なスマートさを垣間見ることが出来るように思えた。
0投稿日: 2015.10.21
powered by ブクログ東京大学にある池を三四郎池という。 この三四郎という小説からとったものらしい。 確かに、東京大学の、その池は物語のキーなんだけど、 だからと言って、三四郎池は無いだろうに・・・ 年頃の男女がたくさんいて、だれとだれがひっついても不思議でないなか、微妙な駆け引きが新鮮で、100年前も今も、何ら変わらないことにびっくり! 大人になって読み返せてよかった!
0投稿日: 2015.08.20
powered by ブクログ熊本から東京の大学に進学した三四郎の日常と友情と、恋。周りを巻き込みながら自由気儘に活動する与太郎と、受け身の三四郎の組み合わせが面白い。
0投稿日: 2015.08.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
三四郎の鷹揚でいて繊細な価値観から、様々な人物が表現されていく。与次郎は自分が正しい事をしていると思っていて、精力的に働いている。それが故に周りが見えていないところがある。美與子は、三四郎に思わせぶりな態度をとったり、一種愚弄しているような発言をしたりで三四郎にいろいろな感情をもたらす。とりわけ運動会のシーンが面白い。三四郎は運動会が詰まらない。詰まらないので裏にある丘の上で暇をつぶしている。そこに美與子がきて、「そこで何をしているのか」と問う。三四郎は、「運動会が詰まらないからここにいる」と答える。美與子はさらに、「そこには何か面白いものがあるの?」と問う。 非常に諧謔味があって良い。三四郎はあとでこれは愚弄されていたのではないかと思い返す。 おそらく三四郎が面白くなかったのは、運動会自体ではなかったのではないかと思う。
1投稿日: 2015.08.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「借金」がしてみたい(夏目漱石『三四郎』より) 『三四郎』を読み返してみた。ほとんど忘れている。まあ、列車やら「光の圧力」やら、懇親会やら運動会やら文芸会(学芸会?)やら、当時の学生生活を映して、「青春」の例にもれず、騒々しくも無内容、それでいて残酷であった。著者としては、いろいろサービスをしているのであろう。 で、ちょっと思ったのが、漱石では「借金」も美しいなと思った。カード番号で請求がきたり、TV端末で審査されたり、そうでなければ、ヤクザの追い込みがきたりと、そっけなかったり粗暴にすぎるのが、現代の借金であるが、明治の「借金」は人格の対峙があっておもしろい。美禰子に「ご用立てしましょう」とか言われてみたいもんである。まあ、老い朽ちるまで無機的なローンを払う身にはムリである。この点、すでに借金は現代化・IT化を通りすぎて、来たるべき人工知能の世界の前哨にたっている。 『三四郎』の登場人物たちはよく空をみている。それも雲を話題にしていることが多い。俗物の与次郎でさえ、空をみて自分の生き方をバカバカしいと思ったりする。『坂の上の雲』は『三四郎』のオマージュであろう。「敲」に「ノック」とルビがあったりと、中国語との関係も少し考えさせられる。
0投稿日: 2015.08.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
【途中で読み投げた感想】 文豪夏目漱石の代表作、と言えば敷居は高いが、なんのこたあ、ない。大学生を主人公にした青春グラフィティ。 汽車で乗りあわせた女とひょんな経緯から同じ宿をとって、同室になって、そして何も起こらない。それを女から意気地なし、と言われる青年。この出だしはかなりインパクトがあるのだけども、そのあとの展開が淡々としすぎて。 しかし、映像に起こしてみると、かなり滑稽だと思う。 女性の描写がうまい。 にしても、作家の書くことって古今東西変わらんのだね。 なお、ちゃんと読み終えた感想は再読に。
0投稿日: 2015.07.18
powered by ブクログ思ったより、笑えた。与次郎さんの立ち回り。三四郎の恋は、大人の恋。 女性の描写が、素晴らしい、さすが文豪。時が止まった様に、窓を見る、病床の女を描いたり。鏡越しに、眼を合わせる女性。下から見上げる様な女性。 かと思えば、与次郎の飄々とした立ち回り。 文豪は、絵にも詳しい。
0投稿日: 2015.06.23
powered by ブクログ三四郎の上京して大学に通う中で様々な経験をする。最初は一つ一つの授業に向き合う姿から、与次郎との出会いにより、勉学以外の、都会の様々な誘惑へとひきずりこまれるのである。 そこで出会ったのは、美禰子。 彼女は恐らく品もあり、当時の時代は、年上の男と一緒になるものだ。しかし、そのなかでも三四郎との想いで揺れる。まさにそんな彼女の姿が、ストレイ シープ(迷羊)である。 三四郎が借りたお金を完全に返してしまうことで、もう、美禰子は年上の男と一緒になるんだなあ、と悲しくなった。 しかし、野々宮さんと美禰子の関係は、いささかどうだったのでしょうか。 もう一度読まないと、分からないかもしれない。 漱石さんの作品で読んだのは3作目。 すぐに、『それから』を読もうと思う。
0投稿日: 2015.05.20
powered by ブクログ走らない青春小説。気持ちだけが走ってる。 冒頭からラストにかけて、『森の女』に集約されていく感情は、どれもこれも三四郎のものばかり。だから題名も『三四郎』であって、迷羊なんて幻想だ。 甘酸っぱい恋愛の思い出にはつきものの、ザ・独りよがりに、思わず赤面する読者も多いはず。
0投稿日: 2015.05.07
powered by ブクログ爽快でもなければ、ググッと引き込まれるような展開でもないのに、なぜか読ませる。これが夏目漱石作品のすごいところか。 特に人を引き付ける魅力があるわけでもない三四郎だが、最初の遭遇で美禰子に足跡を残していたところに、この女性の不思議さを感じる。何ともいえない距離感と、言葉の展開が面白い。
0投稿日: 2015.04.21
powered by ブクログ朝日新聞の連載終了。30年振りぐらいに読んだことになると思うと感慨もひとしお。大学の様子など、自分が体験してから読んでみると、別な面白さを味わえた。100年経って社会が変わっても人間がすることの本質は余り変わらないなぁ、そこを描く夏目漱石はさすが文豪だな、と思わせられる。しかし、読み終わってみると、実にたわいのない内容だった。
0投稿日: 2015.03.25
powered by ブクログ文語体であることも含め、なかなか読み進めにくいし難しくて理解しづらい箇所も多い。 それでいて淡々と読み進めてしまうのがこの作品の魅力であると思う。 短い台詞だからこその余韻がこの小説に深みを与えている。田舎から上京した三四郎が、彼を取り巻く人々や環境に戸惑いながら生きていく様が、時代は違うのになつかしさを感じてしまう甘酸っぱい青春小説。
0投稿日: 2015.03.13
powered by ブクログこれは、私が自分の意思で買って読んだのではなく、大学の「比較文芸学」という講義の題材として読みました。 ぱっとしない小説だなと最初読んだときは思ったけど、授業を経てこの小説は(ていうか夏目漱石の小説は)色々な読みかたができることに気付きました。 特に広田先生という人物については一考の価値がある登場人物だと思います。 ちなみに私はこの小説に漂う”死”の概念についてレポートを書きました(笑) しばらくしたらまた読んでみたいなと思います。
0投稿日: 2015.03.08
powered by ブクログ最後まで読んで、初めに三四郎が通りすがりの女性に言われた一言が生きてきた。 文体は力強い。心理描写が繊細。 静かだけどどんどん読ませる。
0投稿日: 2015.01.28
powered by ブクログ一文が極めて短く、端的である。この小説の力強さはここからきてるのかなあ?確信的で推進力があるんだけど、時に乱暴で粗雑、暴論。繊細なまでの心理描写は、筆舌にし難い感覚的経験にまで及び、あの得も言われぬ心理はこう表現すればいいのかーと感嘆です。地の文における哲学的宗教的な考察が多少読みにくかった。登場人物同士の会話は軽快。最初から最後まで何も起こらない小説。三四郎は美彌子とどうにもならないし、愚図愚図した結果寧ろ自分がstray sheepだし。結局冒頭の電車で出くわした女性の、あなたはよっぽと度胸のない方ですね、という一言に尽きる。どう読むのか、何がテーマかは考察しません。そこにあるものをあるがままに読んでみました。これって思考の放棄?
0投稿日: 2014.12.15
powered by ブクログ夜叉ケ池を読んだ後だからか、それとも紙で読んだからか、とても読みやすくて驚いた。ついこの間まで、夏目漱石を苦手だと思い込んでたのが嘘みたい。 なんとなしに三四郎に自分を重ねながら読んでいた。上京して東京がどこまで行ってもなくならないほど広いことに驚くところや、自分が周りの揺れ動く世界から乖離しているように思えて不安になるところは、もしかしたら訪れるかもしれない上京の未来を想像しながら。大学の講義をつまらないと思ったり、少しずつ慣れと共に怠惰になっていく大学生活は、過去の自分の心情と重ねながら。 失恋の予感が微妙に漂う辺りとか、三四郎と美禰子さんの言葉少ないやり取りの中にある含みのある沈黙とか、うわあたまらんな〜と切なくなりました… 早速読み返したいから、購入して正解でした! ただ、カバーデザインだけ、気に入らない。
0投稿日: 2014.12.01
powered by ブクログデビュー作の「吾輩は猫である」よりかなり読みやすくなっている。主人公がやや気弱な性格であるのが面白い。今も昔も同じような人がいたんだなと思いつつ、今と同じ東京の下町の地名が結構でてくるのに、今のその町の風景は様変わりしてしまって、なんとなく寂しくもある。
0投稿日: 2014.11.28
powered by ブクログ久しぶりに最後まで読みきった本。 難しい言葉が出てくるが、途中で投げ出すこともなかったので、それなりに面白かったにだと思う。 とはいえ、読み終わるまで時間がかかってしまったので、あまり頭に残っていない。 三四郎の上京後の人との出会い、それに伴ういろいろな考えや苦悩が、細かく描写され、三四郎の人としての成長が感じられた。 少しおいてから、また読んでみたい。
0投稿日: 2014.11.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
みねこさんがとかくファムファタルのよに言われるのでどんな嫌な奴かと警戒していたら普通に可愛いひとだった。 初々しくよい恋愛小説でした。出だしの一夜の衝撃はすごいけど。きっとそのくだりのせいで教科書にも載らないんだろう、ちょっと残念。
0投稿日: 2014.11.03
powered by ブクログ『こころ』に続き、『三四郎』も朝日新聞で再連載が始まつてゐます。これを機に久しぶりに読んでみました。 最初に読んだのは中学生時代。三四郎といへば柔道の連想しかなかつたわたくしは、「中中柔道を始めないな」などと考へながら読んでゐましたが、無論最後まで柔術の話は出てきませんでした。 さうか。小川三四郎であつて姿三四郎ではないのね、とわたくしは一人恥入り、このことは誰にも言ふまいと心に決めたのであります(今書いちやつたけど)。 小川三四郎は熊本の高等学校を卒業して、東京帝国大学に入学するため上京します。当時のことですから当然汽車に乗る訳ですが、途中で早くも色色と印象深い人物と出会ひ、今後の東京生活を暗示するやうな出来事もありました。 初対面の女性とイキナリ同じ宿に泊まるなどして、中中やるもんです。もつとも二人の間には何も起きず、女性からは「意気地のない人」呼ばはりされます。 東京へ出ると、野々宮さんとか、広田先生とか、お調子者の佐々木与次郎といつた面面との交流が始まります。 そして三四郎は里見美禰子といふ女性に心を奪はれて行くのであります。この女性は迷羊(ストレイ・シープ)などと意味深な言葉を発する、一風変つた人物に見えます。彼女は三四郎と相対する時には、何か謎めいた言辞や態度を示し、三四郎くんを翻弄するのでした。わたくしの経験上、かういふ女性は避けた方が良い。 しかし三四郎は与次郎にも気取られるほど美禰子さんへの思ひを募らせる。さうかといつて、これといつた行動を取るわけでもない。さうかうしてゐるうちに、呆気ない展開を迎へるのであります... 久しぶりに読むと、確かに面白い。瑞瑞しい。これが青春だ。夏木陽介。初期作品に見られる諧謔性も垣間見えて(実は暗い影も差してゐるのですが)、才気迸る文章であります。文学者が「国語の先生」だつた時代の、それこそ教科書みたいな作品であると申せませう。 それでは、ご無礼します。 http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-490.html
3投稿日: 2014.11.03
powered by ブクログ三四郎が見聞きするいちいちに、心動かされ、悩み、迷う姿がほほえましい。世の中が激しく変化していく中にあっても、人間はそんなに変わらぬものだとほっとした。
0投稿日: 2014.10.24
powered by ブクログずっと積読本になっていた一冊。 夏目漱石の文体は好きだし、読みたいからこそ購入したにも関わらず、純文学特有の読み辛さになんだかんだと読み渋っていたのですが読み始めたら結局面白いのが純文学、いや、夏目漱石作品の素晴らしいところ。 ちなみに私がこの作品の登場人物の中で最も惹かれたのは広田先生。 終盤の夢の中に出て来た少女の話を三四郎とする場面で訳も分からず涙。 夏目氏は誠にロマンチストであらせられる。。 続く『それから』『門』もゆっくりと読んで行きたいと思います。 最後に、広田先生の台詞の引用で〆。 「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……日本より頭の中の方が広いでしょう。囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ」 広田先生ーーーーー‼︎‼︎‼︎
0投稿日: 2014.10.24
powered by ブクログわたしにとっての明治文学の入り口。3,4年前にちょっと読んだだけで止めてたのをまとめ読みしました。 熊本の田舎から学問を修めるために東京に出てきた三四郎は、今までの世界の狭さに衝撃を受ける。学問・恋愛・故郷の3つについて心を揺さぶられながら日々を過ごしていく。 全体を包み込む明治の時代背景にすっかり魅了されてしまいました。 時代の風景描写や、その時代ならではの苦悩・葛藤の描写は本書の見どころ。 純文学界のエースたる夏目先輩のセリフ回しも見どころ。 個人的に一番好きな一文をご紹介します。 三四郎は切実に生死の問題を考えた事のない男である。考えるには、青春の血が、あまりに暖かすぎる。
0投稿日: 2014.10.13
powered by ブクログ子どもの夏の課題にと思い、持たせたが、いっこうに読めない。おもしろいはずだがと、自分で読むことにした。いやあ、おもしろい。「草枕」と連続で読んだからかもしれないが、これだけストーリーが展開すればおもしろい。はじめの章で、電車に乗り合わせた女性と部屋を共にするが、別れ際に「あなたは余っ程度胸のない方ですね」と云われたところで、もう三四郎がこの後東京でどう成長していくのか読みたくて仕方なくなる。随所にはさまれた母からの手紙もまたいい。もう少し母のやさしさに甘えたいという気持ちと、そこから早く巣立って生きたいという気持ちの狭間にあるようだ。後半で三四郎はきちんと美禰子に云っている。「本当は金を返しに行ったのではありません。」「ただ、あなたに会いたいから行ったのです」と。すばらしい成長振りだ。明治の終わりころに書かれた小説であるけれど、昭和の終わりころの自分にそっくりなのである。もう少し、踏み切ることが出来たなら、その後の生涯を共に過ごすことができたのかもしれないのに・・・。しかし、与次郎という男は困ったやつだ。私のもっとも苦手とするタイプの人間である。しかし、この男と付き合うことで世の中が見事に広がっていくわけだから、上手に付き合っていけばいいのかもしれない。そういう男が私にはいなかったから、狭い世間で生きていくことになってしまったのかも知れない。
0投稿日: 2014.09.29
powered by ブクログザ・邦画という感じ。 深く考えることなく流されるままの主人公にイラっとしますが、現実ってこんなものかもしれない。 恋に落ちたからといって、結ばれないドラマもある。これもまた青春ですね。
0投稿日: 2014.08.26
powered by ブクログ迷える子羊・ストレイ・シープ 責任を逃れる人ばかり。 タイミングや気持ちがあわなければ、どういう方向にでも矢印は向いていってしまう。
0投稿日: 2014.08.12
powered by ブクログ大好きな漱石先生の作品。社会小説、青春小説意見は分かれる作品だけど、個人的にはどうでもいい。三四郎よりも野々宮さんが好きっていうのが本音。
0投稿日: 2014.07.10
powered by ブクログ田舎から都会に出てくる1人の青年の大学生活を描写した作品。主人公の三四郎が現実世界に存在してもおかしくない。 三四郎の友人、与次郎に惹かれた。
0投稿日: 2014.06.14
powered by ブクログ中学生にも意外と読みやすかった覚えがある。 三四郎がかわいく思える不思議。 大人になった今読み直すと、またちがって感じるのかも。 漱石の描く、明治のこの時代の雰囲気が好き。
3投稿日: 2014.06.04
powered by ブクログ明治も最終盤の頃、大学に入るために上京してきた小川三四郎の、学業は兎も角も、次第に広がる交友関係に、そこはかとない片想いもあって、まさに学生生活を謳歌するちょっぴりほろ苦い青春物語! その後の漱石の小説では、狂おしいばかりの主人公の懊悩と葛藤が描かれるようになりますが、この『三四郎』はどちらかというと、田舎から上京して右も左もわからずに、人並みに悩みはするけれど(笑)、ぼぅ~と流されてあまり深く物事を考えていない、いらいらさせられる系の主体性の無い青年のようですね。(笑) 物語の進行は流石にドラマ仕立ての場面構成になっていて面白いです。それに三四郎の周りを彩る個性的な面々もなかなか魅力的です。「明治」というと欠かせない広田先生や野々宮のような学究肌の人物や、三四郎も惚れた「明治」の女らしい美禰子、そして、学生時代に必ずいるがさらにそのおっちょこちょいぶりに「明治」の拍車が掛かるかき回し屋の与次郎など、三四郎を取り巻く登場人物が魅力的すぎたが故に、逆に三四郎の影が薄くなっているほどです。(笑)あと、「偉大なる暗闇」とか「迷羊(ストレイシープ)」とか物語の要所を締めるキーワードが、持って回った言い方となっていて、これも「明治」のインテリ層の雰囲気が味わえるなかなか楽しい趣向でした。(笑) 交友関係の展開はいいとして、三四郎の片想いの行方が気になるところですが、相手の言動の三四郎なりの解釈や、すれ違いぶりが、どうしても三四郎のぼぅ~とした性格ぶりと重ね合わさって、描写が不十分と思えてしまうのはその後の作品群と対比してしまうからなのでしょうね。 ところで、この作品ではさかんにイプセンのことが語られていますが、「明治」の新しい青年像への漱石なりの指針のひとつだったのでしょうかね?
25投稿日: 2014.05.31
powered by ブクログ久々の夏目漱石。 三四郎の気持ちが、客観的に描かれている感じがした。 三四郎と美禰子の出会いを、 二人とも意識して、覚えていたのに。 矛盾だ。
0投稿日: 2014.04.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
漱石先生の前期三部作一作目、『三四郎』。他の二作、『それから』や『門』と比べると、全体として軽快で鬱屈したところがなく、気分転換になる、というのがこの本の印象。 ストーリーというほどの抑揚はなく、日常の些細を個性豊かなキャラクターとの悲喜交々を通じて、描いていく作品。ところどころにその時代への漱石先生の風刺とも思われるような表現はあるものの、終始平和である。 1人の青年が田舎から都会に出て、次々と新しいものに出会い刺激を受けていく姿はなんとも初々しく背中を押したくなるのである。 ただしこの三四郎はまったくもって積極性に欠ける男であり、日々凡庸にのらりくらりと過ごすのみである。彼自身の主義主張というものは作中ほとんど顔をださない。その彼が唯一、己れから強い興味を持って近づこうとしたのが、美禰子という存在であった。はじめて出会った瞬間、見つめられた瞬間、言葉を交した瞬間。その瞬間の積み重ねが、彼にとっての美禰子の存在を他に代替の効かないものとして彼の心を支配していく。 まさに恋である。淡い恋である。激情的な恋ではなく、“誰かを好きになる”気持ちの機微が巧みに表現されている。この作品を読んで誰もが、この気持ちわかる!とうんうん唸ったはずである。 そして漱石先生の、愛に対する信仰にも似た考え方がこの初期の作品からも読み取ることができ、愛というものへの捉え方のシンクロ具合に感銘を受けるのであった。。
2投稿日: 2014.03.29
powered by ブクログ迷える子羊ストレイシープ ー熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」で一寸切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。 「日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。捉われちゃだめだ。云々
0投稿日: 2014.03.11
powered by ブクログ夏目漱石を読むたびに夏目漱石の小説の中で生きてみたいなぁと思う。あと森鴎外。 東京は忙しい忙しい言ってるけど現代からみたらまだまだのんびりしているし、お金のやり取りの綺麗さがお見事。 あとやっぱり冒頭の「あなたは相当意気地のないかたですねえ」が印象的。
0投稿日: 2014.01.12
powered by ブクログ熊本から上京した学生の三四郎。東京にはこんな人もいるのかと驚いたり、あちこち歩いてまわったり。そして一人の女性に魅かれていく。青春ってこんな感じだよなあと思う。 三四郎は常に受け身だけど、自ら動き回るタイプの与次郎がおもしろい。明治の頃の大学ってこんな感じなのかなというのも興味深かった。
0投稿日: 2013.12.25
powered by ブクログ■ 引っ越しを手伝いに来たところまで読んだ。 20代前半に漱石の3部作の第一作として読んだ、この「三四郎」。読書メモでも残しておけば良かった。年を重ねた今はどうだろう。 硬い文章だけれども、電車で出会った女に思考を支配されたり、大学生活をしたりと一人の学生像がふわっと浮かび上がってくる。当時の日本人はこんな会話をしていたのかな。 古典の素晴らしいところは古今東西、今の感覚で一昔前の世界観を楽しめること。やはり時間は今しか流れていないのだ。 ついでに物語の前半に出てくる閨秀作家、アフラ・ベイン、の「オルノーコ」は18世紀前半のモジュールでエッセイを書いた思い出深い逸品。また読んで気ままにレビューを書くとするかね。
0投稿日: 2013.12.08
powered by ブクログ小説を読みながらも、作中の女性に振り回されている私は、やはり恋愛偏差値が低いのだろうと思う。 三四郎への僕の共感は凄まじいです、うん。
0投稿日: 2013.11.21
powered by ブクログ前半はとても面白かった。熊本から汽車で上京する際に三四郎と会話する高校教師や、大学の池の辺で出会った美禰子といった登場人物は魅力十分だし、彼女が三四郎の耳元で「ストレイシープ」と囁くシーンは、これ以上なく「こいつはホント嫌な女だなー」と唸ったぐらい。ところが、三四郎と美禰子との関係を主軸に置いて読んでしまうと、後半がとてもつまらなくなる。なぜなら、三四郎と美禰子が一緒になるシーンがなかなか出てこないからだ。だからこれは、恋愛小説ではなく、「三四郎」の青春小説として読まなければならなかった。そのせいで見過ごしたシーンが多くあるはずだ。機会があったらもう一回読み直してみよう。三四郎と美禰子は同じ年だが、こうも格が違うものかと唖然とするねぇ。今風に例えると、シガナイ童貞君と百戦錬磨の銀座のママぐらいの違いかな。
0投稿日: 2013.11.01
