
総合評価
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powered by ブクログ京都府民は誇り高き人々だという印象を持っていた。そして他都道府県にはない、例えば「ぶぶ漬けを勧められても食べてはいけない」のような独特なルールがある難しい場所だとも思っていた。 この本を読んで京都府民の中にもライバル意識と言えばいいのか、場所による上下意識があるのを知って驚いた。同じ京都府民でもそんなふうに思うなんておもしろい。
1投稿日: 2025.07.24
powered by ブクログ裏から見た京都や京都辺境人からの恨みつらみが書かれている。 私も半分京都人なのでこの感覚はわからないではないが、ちょっとしつこいし、読後感はよくない。読ませる手練手管はあると思うが。 井上さん、アンタなんやかやと言うて、京都で儲けてる嫌らしい京都人の一人やなという気がした。
0投稿日: 2025.07.06
powered by ブクログ今や世界に名を馳せるKyotoであるが、どす黒い?あるいは、腹黒いとでも形容されることは、関西に縁がある私には自明のことである。では、一体何故なのか?京都というものを、地理的、歴史的、文化的に捉えたときに、リアルな京都の姿が浮かび上がってきた。「嵯峨嵐山は京都にあらず」「女遊びに夜な夜な耽る坊主」など、印象に富んだ。
22投稿日: 2025.05.02
powered by ブクログ井上さん、時々テレビで見掛けるけどほぼタメやったんや。そうか嵯峨出身で差別されたんね。すっごく分かるわ。まあ、45年以上になるけど京都府民であっても京都市民にもなったことない私なんかは、もっと相手にされんけどね。すごく納得できる内容でした。京都には観光でしか来ない人には分からんやろうけどね
0投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ京都嵯峨の子として育ち、洛中の人々から軽く差別された著者が京都人をなじりまくる。東山が西に見える山科出身者を振る女性の話、キャバクラで遊ぶ坊さんの話は笑える。天龍寺を後醍醐天皇鎮魂の寺とする理論は興味深い。軽く読めるエッセイとしてお勧め
3投稿日: 2025.02.02
powered by ブクログ正直に京都のあるあるが書いてあって、滋賀で暮らしていたこともあり、興味深く読めた。 なかなか、ここまでざっくばらんに書いてあるものも珍しいと思う。
0投稿日: 2024.12.07
powered by ブクログ著者の拗らせ具合がひどいが、それはこの本の本題なので良いだろう。 問題はこの本の読みにくさだ。原因は読点の多さと漢字の少なさだと思うが編集時になんとかならなかったのか。
1投稿日: 2024.11.05
powered by ブクログ著者さんは、京都府出身で京都府住まい。 でも京都の人からは京都の人じゃないと指摘されるとか。 嵯峨生まれ嵯峨育ち、最近は宇治住まい。 世間一般から見れば立派な京都のお人な気がするけど、洛外だから京都の人じゃないと言われるそうで。 京都の人=洛中の人なんだそうですね。 豊臣政権を滅ぼした後、徳川幕府は京都の寺社仏閣の保護を手厚くしたけれど、明治維新の新政府は、全く正反対で、寺社仏閣の土地を取り上げるだけとか。 ユニークな視点もあって面白いです。
0投稿日: 2024.10.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
https://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=935
0投稿日: 2024.01.18
powered by ブクログなんといっても井上節がこの本の魅力。 もちろん言葉選びが秀逸。 辞書を片手に読むことになったが、つまりは、言葉の奥行きがあり、とても興味深かった。 そして京都に行くとこの本を思い出す。あまり歴史に興味をもってこなかった私に、この通り、この街、この寺、この建物‥改めて歴史背景を知りたいなと感じさせてくれた。
1投稿日: 2023.09.05
powered by ブクログ私は子供の頃大阪に住んでいたのですが、しち、なのか、ひち、なのか悩んでました。神奈川県に引っ越しして、しちが正しいと思った時に「じゃあ、ずっと間違えていたのか?でも、友達も先生も、ひち、って言っていたような気がする。」って思いました。この本を読んで分かりました。方言だったのですね。でも七条の読み方は地名なんだから、ひちじょう、で良いような気がします。先日、秦野市の名古木と言う地名「ながぬき」と読むと知り、ますます「ひちじょう」で良いと思えてきました。
0投稿日: 2023.07.12
powered by ブクログ京都の方々のコアな部分を拝見させて頂いた一冊です。県民比較のテレビ番組等の影響で、コアな京都人(The京都人)のなんとなくのイメージはありましたが、本書の内容はそのイメージを固定化させる感じでしょうか。独特の人当たりもなんとなく理解できたように思いますが、観光レベルではわかりませんね。
2投稿日: 2023.03.18
powered by ブクログ京都ぎらい/井上章一/朝日新書/2015年/110円 嵯峨出身宇治生活者の著者が書く、洛中京都人への恨みつらみ。結局狭い範囲で攻撃し合っていて部外者から見ると同じ穴のムジナで面白い。芸妓文化は京都のなまくら坊主が、税金を取られない拝観料で維持している話も良かった。 1986年に京都市が古都税として、寺院から税金を取ろうとして、寺院側が反対し、銀閣寺は10ヶ月もストライキで拝観停止を行ったらしい。結局市側が折れて取り下げて今に至る。泥臭くて生々しくて良いわ。 後半1/3くらいの歴史にまつわる箇所は日本史を勉強し直してから再読したい。 今後も京都讃美ではない面白い本を読んでいきたい。 #読書 #読書好き #古本 #京都本 #京都 #洛外 #新書好き
1投稿日: 2023.03.05
powered by ブクログ井上章一(1955年~)氏は、京都市生まれ、京大工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了、京大人文科学研究所助手、国際日本文化研究センター助教授・教授・副所長を経て、同センター所長。建築史家、風俗史研究家。 私は新書を含むノンフィクションを好んで読み、興味のある新刊はその時点で入手するようにしているが、今般、過去に評判になった新書で未読のものを、新・古書店でまとめて入手して読んでおり、本書はその中の一冊である。(本書は2016年の新書大賞を受賞) 本書は、京都市右京区嵯峨に生まれ、現在京都府宇治市に住む著者が、京都で見聞きした様々な話を、歴史への言及を含めて、綴ったものである。具体的には、洛中に住む京都人の「洛中だけが唯一つの京都」と考える「中華思想」的振る舞い(著者は洛外に生まれ育ち、住んでいるので、この京都人には含まれない)、京都の僧侶の世俗的な日常、京都の寺院の特権的な扱い、北朝と南朝の争いとその歴史的な影響等々を取り上げているのだが、そのトーンは、「京都人」に対して相当に挑戦的・敵対的なものとなっており、それが「京都ぎらい」というタイトルに結びついている。 私は、関東に生まれ育った人間なので、内容自体は新鮮に読んだが、少々毒気が強過ぎる印象を持ったし、加えて、各々の事象の記述が表面的なものに留まっているように感じ、その詳細や背景について、もっと調査・確認をした上で書いてもよかったのではないかと思った。そういう意味では、新書大賞としては、他の年のものの(平均的な)クオリティには達していないし、帯に書かれた、佐藤優氏の「京都の洛中の特殊性を語ることを通じて日本人の思考の鋳型について論じた秀逸な文化論」というのは、佐藤氏ならでは深読みに過ぎると思われる。 それでも、最後に書かれていた、北朝と南朝の争いとその歴史的な影響については、(高校の日本史で、ある程度習っていたはずなのだが)なかなか興味深かったので、このテーマについて(学術的に)書かれた本を、いずれ読んでみたい。 トリビア的に流し読むのはいいかも知れないが、好みは分かれる一冊だろう。 (2022年9月)
1投稿日: 2022.09.27
powered by ブクログネタとして読むには丁度いい読みやすさと面白さ。 著者のなかなかひねくれてる感じが親近感持てる。 最後、「上七軒」のルビ問題の結果を読者に確認させるラストも面白い。引き分けのような結果に笑った。
1投稿日: 2022.04.24
powered by ブクログ初めは筆者のただの劣等感を書き綴っているだけだと思ったが、京都に全く無縁、歴史に全く興味のなかった自分が日本の歴史、京都について知ってみたいと感じた。少しだけだが。
1投稿日: 2022.04.06
powered by ブクログ京都に移住したものとして、確かに何となく京都市の中でも住む場所によって地元の人から受ける扱いは違うのだろうなと思っていた。 寺が室町時代にはホテル代わりに使われていたこと、精進料理も大名をもてなすために進化したものという話は非常に興味深かった。 キャバクラに坊さんが入っていく姿を一度見てみたい。
1投稿日: 2022.02.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
あくまでネタとしてではあるが、京都の人は気位が高く、底意地が悪くて、排他的…というイメージがある。テレビでも他府県の人、特に大阪、滋賀あたりをバカにする演出を映像で良く見るし、その中では他府県の人側も「せやから京都は…」と対立構造を作ってネタにする。 この本も、その手のよくある「だから京都は…」的ネタ本だが、なんで学術系の親書で出したのだろう?これってミーツ当たりのエッセイで読み、量がまとまったら、しりあがり寿あたりのイラスト満載で薄手の単行本で出す類じゃないのかな? 本の体裁があるんで、文中によく出てくる「私の思い込みだが」的な記述に、そこを掘り下げてから書けよ!と思ってしまう。京都文化論を読むつもりで手に取れば失望するし、気軽に手にとるには体裁がハードルを上げてるし…残念やなぁと思う。
1投稿日: 2021.12.25
powered by ブクログ洛中洛外差別は現在も本当にあります。と、声を大にして言いたい。京都府民全員の共通認識ではないだろうけれど。私が出会った差別は前職のお局から受け、彼女は右京区出身だった。彼女に限らず選民意識が強い人が多く、住んでいる地域は言うに及ばず血液型から容姿まで(太ってるか痩せてるか)何かにつけて優劣つけたがる人が集まる会社だった。彼らも昔差別に遭遇し、その優越感や味わった悔しい気持ちから、また差別が連鎖していくシステムに組み込まれたように思う。まぁ、私は京都市にも属さない地域在住だが。 ゆえに差別に遭う可能性を少しでも減らすため、洛中の家族経営の中小企業や個人商店には二度と就職しないと決めている。もちろん、中には良い人もいるのだろうけれど。著者が洛中人士の鼻を明かすために奔走するくだりは痛快で笑えた。
2投稿日: 2021.11.19
powered by ブクログ関西出身者なため、作者の言う「京都であって京都でない」と感じる数々のエピソードには深くうなづくものがあった。 ただ、その考察となる根拠の調べが甘く洛外の人が思う洛中の人への思いというより作者個人の感想という印象が強い。 新書として読むにはやや肩透かしをくらってしまうが、作者個人のエッセーと思えば読みやすい。
1投稿日: 2021.09.04
powered by ブクログ洛中/洛外で格差があるということは知っていたが、ここまでの恨みを抱きうるものだとは… 寺社仏閣の庭園はホスピタリティの一環として洗練されていったという説がおもしろかった。
1投稿日: 2021.08.12
powered by ブクログ著者は京都の洛外出身。 「京都」がきらいなのではなく、「洛中」がきらいなんだなぁ。 県民性を取り扱ったテレビのバラエティ番組でも、この「京都内格差」みたいなのは話題になっていたのでなんとなく知ってはいたけれど、そんな差別に関する恨み辛みの本(笑)。 関係ない人でも、「洛中」が嫌いになること請け合い(?)です。
9投稿日: 2021.08.01
powered by ブクログ◉「京都は歴史の授業で耳にする名前が、街のあちこちにちりばめられている。地名というかっこうで、あふれかえっている都市である。他の街とくらべても、子供が歴史に気持ちをよせやすくなる条件は、そろっている。」(P171)
1投稿日: 2021.06.27
powered by ブクログ明治以降は自分の側の慰霊していない。自分たちが滅ぼした方の祟りを鎮める考えがない。 お寺は武将の旅館的役割があって尚更庭園が発達したのではなど、なるほど、と思った
1投稿日: 2021.05.17
powered by ブクログ京都市ではあるけれども「洛外」の嵯峨に育ち、現在は宇治に暮らしている著者が、「洛中」の人びとの差別意識に対するルサンチマンをみずから笑いながら、京都について語っている本です。 国立民族学博物館には日本全国の方言で「桃太郎」を語る音声が流される装置があり、「京都府京都市」の音声は西陣出身で民博初代館長の梅棹忠夫本人の声が録音されています。梅棹の評伝などでもこのことは触れられており、京都生まれである梅棹の自意識が指摘されているのですが、著者は「全国の方言がまんべんなく録音されたこの装置に接し、多くの来館者は思うだろう。お国言葉に優劣をつけない、公平かつ民主的なしかけであると。猫をかぶったとしか言いようのないそんな見かけの裏に、私は京都人の中華思想を読む。ここには、嵯峨をあざけった西陣の選民意識がひそんでいる。そう大声をあげ、他の来館者たちにもつたえたくなってくる」と評しています。 このような、ひねくれた自意識を対象化しつつ語られる京都論なのですが、著者の他の多くの本であれば、ここから対象の歴史にまつわるさまざまなうんちくが展開されていくのに対して、本書では著者らしい鋭い切り口は示されているものの、「思いつき」の提示にとどまっているように感じます。
2投稿日: 2021.05.07
powered by ブクログ京都市右京区出身で宇治在住の日文研の所長が書く京都論 いろいろこじらせたり,妄想をしているが,自身がそれを認識しつつ,教養があるため歴史や建築の話を織り交ぜているので,大阪学とかの本レベルではないけど,惹句にあるように秀逸な文化論とまでいうほどのものではないように思った。まあ京都っていろいろややこしいんですねという感想
1投稿日: 2021.01.29
powered by ブクログ京都に行った時に書店に平積みされてるのを見て、京都の人が京都が嫌いという本を読むとは、これいかに?と思いながら手にとらなかった。その後だいぶ経ってから、NHKの「その時歴史が動いた」を録画したのを観ていた。ゲストに著者が来ていたのだけれど、やはり著作は何となくスルーしていた。(専門家の呉座センセイとは違う事を何か言っていたような印象←よく覚えてないっす) しかし何となく手に取ったら、想像していたのとは違っていて、嵯峨という「洛外」に生まれた者が「洛内」に住む者からどういう言われ方をしていたかというルサンチマンから始まる。(嵯峨や宇治出身なので、京都出身だと言うと、そこは京都やないやないか、と言われるとはビックリ) 基本的には文献を徹底的に分析したようなものではなく、直感で何となく思ったことを書いている。(驚くのは、研究者がそういうこと言うのかということ) それが悪いということでは全くない。教授とかそういうセンセイは、確たる根拠がないとモノを言わない(ような気がするので) 坊さんが袈裟着た状態で芸妓と料理屋にいても違和感がないのが京都だったり、寺が京都においてどういう位置付けだったりとかが、まるで「京都の爺ちゃんが蘊蓄を色々教えてくれる本」だった。
2投稿日: 2021.01.24
powered by ブクログ私は京都ではない関西人であり、大学も京都洛中、嵯峨も大好きなのだが、個人的にはどうでもいい著者の嵯峨愛と京都洛中への屈折した愛に溢れた本。 一つの風土記として読むと面白いと思う。 お寺の拝観料って、寄付扱いやから売上とかにはならないんやねー。だから税金掛からないのか。
1投稿日: 2021.01.10
powered by ブクログコンプレックスの塊と自分に酔ってる 教科書+αのこと以上の情報はないし、 文字で関西弁かくと安っぽくなるね 京都も東京も嫌い、でも嵯峨は大好き 良かったね!!!!
1投稿日: 2020.12.29
powered by ブクログ京都の生活や、文化のことが知りたくて読んだ本。 最初の2章までは期待通りで、京都の人独特の考え方がわかり、良い作品だと感じていた。 しかしそれ以降は、他の本にもありそうな歴史についてなど、そういうことを知りたいんじゃないんだよなぁ、という内容だった。 最初の数章で「京都」の人をこき下ろしていたのに、最後は作者自身も同じようなことを言っているように感じ、他人にきびしく、自分に甘いように感じた。
1投稿日: 2020.11.14
powered by ブクログ嵯峨育ち宇治暮らしの作者は京都人ではないのか。 洛中の人からすると、嵯峨は京都市であるにもかかわらず洛外らしい。 作者も言っているが、私の出身地広島でも、市内なのに、中心部に行くことを「市内に行く」と行っていた。同じ市内なのになぜ、と小さいときから疑問に思っていたが、そういうことだったのか。。
4投稿日: 2020.09.14
powered by ブクログ2016新書大賞受賞作。 著者は京都嵯峨育ち宇治市在住 京大ご出身井上章一さん、ブラタモリで観た土塁以上に 洛中と洛外には高い壁があるそう。 舞子はんとお坊さんの夜のお付き合いやら 有名寺社の写真提供1枚20万円以上など。 旅番組や観光ガイドブックには絶対紹介されない 憧れの京都の知らないことがいろいろ。 東京は大阪を見倣って京都を図に乗らすなと 主張されております。
5投稿日: 2020.08.31
powered by ブクログお借りした本、有名な本。 京都こわいと思う場面も時にあるので、読んでいて興味深かった。内容はおもしろいが、文章があまりすきじゃないので読んでいて苦しかった。
6投稿日: 2020.08.12
powered by ブクログ自虐と見せつつ相手を皮肉る、相手を皮肉ると見せて自虐に走る。井上の芸風全開の放談が、嵯峨への郷土愛を装いつつ展開される。話半分に聞いておけば良いところも多いが、京都の寺社のあり方を、歴史を引き合いに出しつつ、著者独自の視点で描き出しているところは面白かった。
1投稿日: 2020.07.11
powered by ブクログ★やっぱり京都が好きなんだ★洛中と洛外という、京都の外からは見えにくい壁。「神奈川県出身です」と名乗る、横浜以外の人の思いに似ているのだろう。歴史を持ち出すだけによりねじ曲がっており、最初の方の章は面白かった。ただ後段は分かってやっている捻った京都自慢なので、やはりそうかな、と。
1投稿日: 2020.06.07
powered by ブクログ新書大賞の本なので期待したがうっすっぺらい内容だった。 テレビで見る井上先生の方が人間味があり良いと思った。続編はいいかな。
1投稿日: 2020.05.04
powered by ブクログさくっと読める。著者はかなり京都好きだと思う。ただ、洛中洛外の違いを実感的に語られていて、こわいなとおもった。靖国神社への批判のしかたなどは学ばせてもらった。
1投稿日: 2020.05.03
powered by ブクログ京都を千年の都と見るのはノスタルジーであり、応仁の乱からの復興で武士向けの宿泊観光機能として寺や庭がが整備されて、明治維新でその領地のほとんどを没収され、普通の人が京都の人になった為に建物の質は下がり、一部拝観料で魅力と維持管理を行っているテーマパークに過ぎないと見る筆者の視点が手に入る一冊。
1投稿日: 2020.03.08
powered by ブクログ京都の洛外生まれ洛外暮らしの著者が、洛中の人々の中華思想を糾弾(?)する本。 ……という体をとりつつ、京都文化論、日本文化論、日本史論を展開していきます。 その口調は鋭さを内包しつつもあくまで穏やかでわかりやすく、自虐的でありながら、自身の「ひねくれ」を認める正直さを持って語られていく。 京都の、日本文化の、歴史の、新たな見方と気づかぬ側面を教えてくれる良本。 著者の考え方、論じ方、結構好きです。
1投稿日: 2020.02.14
powered by ブクログ京都ってどこ?より近くにいるひとは外側は違うとマウンティング。 どこで線を引くか? 最終盤の、死んだ後醍醐天皇を恐れる下りが、ポイント!
1投稿日: 2020.02.09
powered by ブクログ2016年の新書大賞 第一位とのことですが、関西人である自分には目新しいこともさほどなく、物識り自慢だけでないように深みが全くない。 佐藤優の国語ゼミを読んだ後に読んだので余計にそう思ってしまうのかもしれないが。 面白おかしく読めれば良いともいえる。
1投稿日: 2020.01.26
powered by ブクログ洛外の嵯峨に生まれ育ち、宇治住まいの京都「府」出身の著者さんが洛中が「京都」であり、洛外は「京都人」ではないとされる地元民ならではの感覚を暴露する本。 新書なので、これくらい軽いテイストでサクっと読めるのはちょうど良かったです。 むしろ京都をある程度知っている人のほうが楽しめる本だと思います。 明治維新を異常に持ち上げてダメダメだった明治政府を美化する姿勢に疑問を抱いている感覚は、京都人ではなくてもとても共感できました。
1投稿日: 2019.12.10
powered by ブクログ京都生まれの京都育ちの著者が、京都を嫌う理由の数々をユーモアと才知あふれる論調で「朝日新書」に書き下した注目作。▷京都市の街中を「洛中」と呼ばれ、「洛外」の人々は京都人とみなされない「中華思想」が息づいており、僻地だ田舎と蔑まれている。▷京都市に数多い神社仏閣で「拝観料」と称して徴収された収益が非課税対象である反面、祇園・先斗町の花街界隈に遊ぶ僧侶が “わしらでもっているようなもんや。わしらが遊びに行かへんかったら、芸子や舞子のおる所は潰れてしまうやないか ”と豪語する煩悩まみれの僧侶、など嫌いづくし。
1投稿日: 2019.09.06
powered by ブクログ京都の洛内特有の特徴が他県に住んでいても、よくわかる一冊になっています。 筆者は京都市出身ではあるが、洛外であり、洛内をよく思っていない。 しかし、読み進めていくと、筆者が嫌いなのは洛内の特徴的な雰囲気であり、京都市、京都府は決して嫌いでは無いのかと思わされました。 タイトルと内容は少し齟齬があるように感じましたが、京都の特性はよく理解できました。
7投稿日: 2019.04.21
powered by ブクログ面白かったのは最初だけ。そして何より耐え難かったのが文章の稚拙さ。口述筆記を校正せずにそのまま出してしまったとしか思えない。七を「シチ」と読もうが「ヒチ」と読もうがどうでもいいが、その前に読むに耐える文章を書いてほしい。
1投稿日: 2019.04.14
powered by ブクログえーっと、 京都の人は洛中に生まれ育って住んでいるものが京都人で、 育ったのが洛外の嵯峨では、洛中人から「田舎者」とさげすまれるそうだ。 立派な町屋に住む名家の九代目当主が、嵯峨におい育った著者に 「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥をくみにきてくれたんや」 といけずを言われたという。 ええー、他地方から見れば嵯峨も京都のうちでしょうに こういう狭い心の、いやらしいのが京都の「都人」だとこの本は言う。 洛中人は「とにかくみんな中華意識が強い。」 ま、そう書きながらこの書き手の方は京都賛美をしているようでもあり、アマノジャクでもあり このエッセイストの口癖(この本に何度も出てくる)「かきっぷり」という言葉にあるように 個性を出して書いていらっしゃるのだろう。 ところで「かきっぷり」って本人がいうかなあ、 他人の書いたものに批評をするときに使う言葉じゃないかと思うが。 しかし、こういうことってよくあるのかも 「沽券にかかわる」ってのはわたしがよく思う気持ち。似たようなものか(笑
1投稿日: 2019.03.15
powered by ブクログ2019年2月1日 9冊目(2-1) 私の父は「京都」出身ではないのか これからは「父が京都出身」だとか「親戚が宇治や城陽にいる」というのは控えようか 特に「京都」の人の前では。 純粋な疑問、返還されていない漢字がとても多いのはなぜか?著者が漢字が苦手?販売戦略(理由は?)?
1投稿日: 2019.02.01
powered by ブクログずいぶん人気のある本のようだが、京都に関するエッセー。同じ京都市内でも洛内と洛外ではまるで意識が異なり、差別意識が高いようだ。目くじら立てるほどではないと思うのだが。悪口書いている割には著者は根本的には京都が好きであることが伝わってくる。
1投稿日: 2019.01.20
powered by ブクログ中々!同じ関西に住んでいて、じわっと感じる京都人意識。選民意識がこれでもかと書かれた本。京都人の人は読む時、要注意。 近代化は社会階層の平準化を推し進めた。下層とみなされた人々を悪し様に難じる振る舞いを社会は許さなくなってきている。だが、人間の中には自分が優位に立ち、劣位の誰かを見下そうとする情熱もある。 これを全面的に封じ込めるのは難しい。
1投稿日: 2019.01.13京都府や京都市が嫌いと言ってないのがミソ!
この本を手に取ったきっかけは、別の本の対談集で、井上先生が他の先生から「どんだけ京都が嫌いやねん!」とツッコミを入れられていたのを読んだからであります。で、読み出したわけですが、とても面白く、興味深い話題が満載の本でありました。 まず、まさか洛中と洛外の間に差別意識があるなんて、他県に住む私には思いも寄らないことでありますよ。 そもそもヒトの差別意識は、なかなかなくならないものだという論点から、身体障害については言及しづらいが、ハゲやデブはヒトを揶揄する表現としてギリギリ許されるという話になり、つまり、洛中が洛外をおとしめるのは、これと同じだ?ふ~ん、そうなのかぁ~。なんか納得できるような、出来ないような。。。 ただ、この本の内容は、この差別に対する批判は、ほんの一部です。それよりも、京都にまつわる雑学的内容が満載なのであります。確かに、学術的にウラがとれているものばかりではなく、井上先生の主観にまつわるものも多いのでありますが、これが実に面白い。 戦国時代の京都の寺はホテルだった。大名級の客をもてなすためには、美味しい料理が必要だ。でも、生臭物は寺の性質上、供することができない。だから肉料理に似せた精進料理が発展した。う~ん、納得! また、京都では、坊さんが花街に法衣で遊びに行っても違和感がない。でも、これを東京でやったら。。。 はたまた、京都を支えたのは、他ならぬ江戸幕府で、滅茶苦茶にしたのは明治政府?等々このような話題が次から次へと出てきます。 そして、最後の方で語られる靖国についても、全面的に賛同いたしました。本来、日本では戦いが終われば敵も味方もなく、鎮魂を行ってきたはずですよね。それなのに。。。 で、極めつけはヒチとシチ問題です。確かに地名は大切です。それだけは譲りたくないですよね。
0投稿日: 2018.11.29
powered by ブクログいっときベストセラーになってたよね。図書館でようやく借りられたけど、全部読みきれなかった。挫折した…。
1投稿日: 2018.11.11
powered by ブクログ洛外に生まれ育った著者だから表現しうる京都の街によどむ底知れぬ沼気(゜ロ゜) 確かに京都と言っても、嵯峨や伏見、宇治、山科って、洛中ではないんですよね。洛中人士は京都=洛中としか認めていない(^^; 十数年前働いていたので、なんか分かるその感じ(笑)
1投稿日: 2018.10.15
powered by ブクログ著者が京都の嵯峨出身で、いわゆる中心部の洛中の人のいやらしさを描いた一冊。 京都の外れ出身であるが故の愛憎かと思いきや、途中から徐々に話が脱線してしまい、最終的に京都全体の話になってしまい、散漫な印象が残った。
1投稿日: 2018.10.01
powered by ブクログ京都は、食べ物好きだけど、京都を鼻にかける人がいて、面倒くさくてやだな、と思っていたが、洛中人に遭遇していたんだとわかった。 出身エリアによる中華思想は、どのエリアでもある気がする。(中でも、パリとか京都が、最強だと思うが) 洛中は洛中で、更に細かいエリア内での差別があるのではないだろうか。「xxなんて、洛中言うても大したことないやん」とか、同じエリア内でも、いつから住んでるか?など。 本書の宣伝文句「こんなん書いてええのんか」は、読み終わっった後、一瞬「どこが?」と思ったが、著者が京都府在住在勤なことを思うと、たしかにそう。(色々言われて面倒かも) 売れて(というか話題になって)よかったですね。 「アイツの書いた京都ワルクチ本、全然売れてへんのやて。お気の毒。(笑)」って洛中人に言われてたら、更に腹立ち倍増でしょうから。
1投稿日: 2018.09.10
powered by ブクログ「京都の人」、事情を知らぬこの言葉によって、洛外の人がどれだけ精神的に苦しめられるのか。本音の叫びがつらつらと書き連ねていて、なんとも…な気持ちになる。 ただ、その生活に根付く本音・実態から語られる歴史は、史実に基づくものだろうが、推測されたものだろうが、「京都」に生きる人にとっては、ほんとの事実のように思われて興味深く、あっという間に読み切ってしまった。
1投稿日: 2018.09.08
powered by ブクログ洛中だけが“京都”であり、そこに暮らす人だけが“京都人”である。洛外は京都市内であっても京都ではない。 京都という土地にはびこる沈黙の掟を、嵯峨に育ち宇治に住む著者が解説する。そう、そのしきたりに従えば著者は京都人ではないのだ! 僧侶の文化、芸妓の文化も交え、京都の寺院が行ってきた特権的な施策も捕らえ、洛外の著者が如何に“京都”が嫌いかを説いていくが、この本を紹介してくれた人曰くの、「著者は結局、京都が好きなんだよね」というひと言が象徴的。何のかんの言いながらも溢れる愛を感じてしまう。
2投稿日: 2018.07.30
powered by ブクログ嵯峨出身の筆者による京都考察。洛中・洛外の話などは、大阪出身の私には当たり前のことをあらためて説明されている気分である。大阪からみて京都は近くて遠い。言葉は通じるが外国のような存在である。ここまで考察しようという執念や愛着もない。筆者は京都の引力にからめとられているように思えた。
1投稿日: 2018.07.24
powered by ブクログ明らかに人を選ぶ本。なぜ新書大賞なのか理解に苦しむ。 洛中の人間の発言や行動を目の敵にして非難を繰り返す割に、根拠が薄く、議論も(洛中人ではないが京都に所縁のある身からすると完全に的外れではないとは思うが)大括りで雑。私はそのあたりのおじさんくさい感じがあまり好きになれなかった。 後半になると、洛中の人間への非難も少々影を潜め、京都名所案内のような様相を醸し出す。このあたりは筆者の専門分野との絡みもあるからか、いわゆる「京都本」としての面白さはある。
1投稿日: 2018.07.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
京都市内の嵯峨で育ち、現在宇治に住む著者が洛中の人々から受けた差別がこの本のベースになっており、そこから京都のいやらしさを中心とする京都文化論を展開している。2016年の新書大賞を受賞。 具体的には、若いころの著者が洛中の古い重要文化財の町家を訪れた時に、そこの主から次のような質問をされる。 (主)「君、どこの子や」 (著者)「嵯峨からきました」 (主)「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥(こえ)をくみにきてくれたんや」 著者は言う「この言い方は一応感謝の気持ちも込めたかのように、組み立てられている。だが、そこに揶揄的な含みのあることは、否応なく聞き取れた」 前後するが、この本の前提として、生粋の京都人の言う京都とは洛中のみを指しているが、洛中や洛外という区分は京都以外の人にはわかりにくいので説明します。 京都人の言う洛中とは、元々は平安京のあった範囲で、現在ではもう少し広くなって、中京区、上京区、下京区と北区の一部のエリアを指します。 要するに市の中心部の碁盤目の道路があるところ???それ以外は京都市内であっても洛外になり、京都ではない。 京都人には嵯峨と言ったら、平安時代以降の化野のように死体の風葬する墓場のイメージを持っているのかも知れません。 このような著者の視点から、いくつかの話が展開する。 かつての古都税闘争の時に寺院側は拝観停止までして行政側を押し切ってしまう話では、「寺のほうから見れば、この件(古都税など)に関する限り、もうこわいものはなくなったことになる。拝観停止という武器がある限り、行政は拝観料に手が出せない。夜間ライトアップへの拝観料も、信仰ゆえのお布施として押し通す。たとえ木陰でむつみあうためにやってきた男女の拝観料でも、浄財だと言いくるめる」 また、夜間のライトアップには、昼間料金の人を追い出すような完全交代制とり、料金を釣り上げている。 その一方で、全国の花街は衰退の一途を辿っている中で、京都は数少ない例外的は場所になっている。何故なら寺院が裕福になり、僧侶は祇園などの花街へ繰り出し芸子遊びに耽り、賑やかな花街が今なお生きながらえ、日本文化の継承に貢献していると・・・ 寺に関しては、庭園のことにも触れている。 中世には、今日的なホテルはなく、寺がその役目を担ってきた。その宿泊施設で人目を喜ばせるために、謂わば『おもてなし』として庭園が発達し、後に宮廷の貴人の別荘や大名屋敷に広がっていった。中でも禅寺の貢献は大きい。 だが、著者は「禅の奥義に、庭園の美しさとひびきあう何かがあるとは、思えない。禅の公案めいた文言を庭と結びつける解説も流布しているが、私は疑っている」 このように風刺が効いた話がわんさとあり、京都文化論として面白く仕上がっている。
2投稿日: 2018.06.16
powered by ブクログ京都は洛中以外は京都ではないのか・・・ 私からすれば嵯峨も宇治も嵐山も鞍馬もみーんな京都なんだけどな。素敵なことには変わりないのにと思うけど、京都に住む人からすると一緒にするなって感じなのかなあ。そんなに洛中の人ってやな感じなの? 筆者のコンプレックスというかこじらせた何かがひしひしと伝わってきました。 そんな筆者の思いから今までなかなか見えなかった京都の歴史などが見えてきました。 筆者の住んでいるところへの愛とかきらいと言いつつも本物の京都と寄り添える点を見つけ出そうとしてるところも感じられました。
1投稿日: 2018.05.13
powered by ブクログちょっと偏屈な意見も多い気がするけど、京都の歴史や背景を変わった視点で説明してくれていて面白かったです!
1投稿日: 2018.04.26
powered by ブクログ(01) 本書が京都に対するヘイト本なのか,というとそうともいえない.そもそも「ぎらい」「嫌い」という感情には,どのような心因や文化,あるいは歴史的な意識が含まれるのかという問題そのものに本書は迫らんとしている. とはいえ,内容は洛中を仮想敵に見立てた痛快な批評(*02)になっていて,ところどころに挟まれる著者の屈託や晦渋,いやらしい京都方面の口語と心理描写,おかしなエピソードなど,平易な筆致からなっており,より多くの日本人に開かれた文章になっている. (02) 都市論,庭園論としてはどのように読めるのだろうか.都市や庭園の経営と造営という観点では,工学方面からは扱われにくかった奈辺奈辺にも言及されており興味深い. 終盤には,天龍寺を評する際に,梅原猛氏の法隆寺論にある,怨霊や鎮魂といった観念を登場させているが,うまく現代の心理に昇華させ,読者側に立ってこの問題を取り上げている.こうしたオカルト面への歩み寄りも含め,アカデミズムからすれば独断とも撥ねつけられかねないきらいもあるが,そうしたところもあわせ痛快な読み物となっている.
1投稿日: 2018.04.22
powered by ブクログ気になってた本を、せっかく関西に行くんだしその前に……と読んでみた。 作者が(自己認識がありながらも)偏屈者で面白い。ただいずれにせよ、現地民でないとわからない差別(あえて本に記載のとおりに表現)、現地民にしかわからない辛いことがあるということは、どこに行くにしてもある程度心に留めておかねばと思いました。 京都出身というだけで雅に感じちゃうけど、洛中とそれ以外なんて意識があるとはねぇ。そして開園をボイコットしてしまう寺の強さにもびっくり。更には、寺に観光客が来る所以でもある庭園の由来もなるほどと改めて認識。色々と勉強させていただきました。
1投稿日: 2018.04.09
powered by ブクログ出版直後から気になっていた本だったが、何となくタイミングを逸して、ようやくの読了となった。 内容については、ご本人曰く"洛外"といえど、京都に生まれ育ち土地を熟知する人がこれまで感じてきた"いけず"が、あれやこれやと止めどなく披瀝されるのだろう…と勝手に期待を抱いていたが、そういった記述は前半にサラサラと見られる程度で、僅か4年間の大学生活を京都で送ったに過ぎない私にとっても知見の範囲内、驚きを以て新鮮に迎えられるエピソードはほとんどなかったような…。 失礼ながら、"薄い"と評さざるを得ない内容が言葉を変えてくどくどと繰り返されている印象で、終章に至っては全体の主旨とは関係ない(と私には感じられる)著者の歴史観が滔々と語られているだけ。 新書故に仕方ないのかもしれないが、構成もグダグダでエッセイの域を脱しない読み物だった。
1投稿日: 2018.03.23
powered by ブクログおもしろかった! 京都について、知らないことをたくさん知ることができた。 題名からは、京都の悪口を書いている本と思われるかもしれないが、どうしてどうして、行間からは筆者の京都への愛情が立ち上ってくる。 もっともおもしろかったのは、あとがきの「七は「ひち」である」。権力的なふるまいに徹底的に立ち向かおうとする心意気が爽やかだ。
1投稿日: 2018.03.16
powered by ブクログ最初の6割は週刊誌を読むみたいなノリで読める話。 差別とか、性格わる〜って見知らぬ誰かのことを批判しながら読めるから読んでいて楽しい。 最後にどーんと歴史の話が来て、その後の現在の日本政府の右傾化批判が本当に面白かった。そうくるか!みたいな。 日の丸とか教育勅語とかは明治以降に出てきたものであって、本当に日本を大事にするにはもっと前の時代に目を向けるべきだ、 って、そうくるか!!って。
1投稿日: 2018.03.09
powered by ブクログ最近やたら見るので…。 京都人って多分嫌われてると思いました。w 著者は京都に生まれながら京都嫌いの人です。 洛中、洛外に京都人はかなりこだわってる人が多いと思います。 実際僕も地元は銀閣寺、岡崎らへんなのでばりばり京都人とは思いませんがまぁ京都人です。 というか今でも京都人って京都市出身の人だと思ってます。出身じゃない方すいません。みんな好きです。w 飲んでる席などで露骨に「あの人出身どこやしなぁ」とか「けどあの人どこどこの人やろ」とか飛び交ってても何も思わなかったですがそれってなかなかスケールの小さい話で京都以外の人が聞くと異常なことなんだと思いました。 寺の拝観料の話などもありますがそれもこういった京都人独特の考え方なのかなと。 最後らへんはほとんど京都の歴史の話になるのであんまり興味はなかったです。昔から歴史というのが苦手?本当に興味なくて。京都人だと思ってるのに。w 実家のすぐ近くに銀閣寺がありますがなんで金払って見なんねんと思ってますし行ったことないです。 京都のダメなところがたくさん書かれた本ですがそんな京都が僕は大好きです。
1投稿日: 2018.01.26
powered by ブクログ洛外からみた京都を冷静に分析しつつ、一部痛烈に批判している。 洛外と洛中の差は、それを現地の生活で感じた人にしかわからない、深い溝というか世界の違いがあるのだと思われる。 花街の状況やそれを支える人々の変遷などは大変興味深かった。 仏教界の存在感と影響力にもあらためて大きなものを感じる。 まさに「聖と俗」が深く入り組んでいるのも、京都の長い歴史が示している気もする。今後も様々な変化を取りこみつつ、独特の京都らしさを維持していくのかなと思える。 自分も一応、洛外に身を置くものではあるけど、普段の生活や仕事で感じるようなことは何もないけど、深く京都と付き合うようになると、そのような事があるのかも知れない。 その意味では、このような事実を知っておくのはとても参考になると思う。 但し、現在の複雑化・多様化した状況では、真の洛中の人々はごく一部であり、また仮にそのような人々であっても、外との交わりを断つことはできず、むしろ積極的に海外も含めた外の活力を取りこまないと、京都の良さ(檀家や氏子が減る宗教界や花街など)も維持できないのではないかとも思う。 そのような状況を考えると、著者の洛中の人々に対する厳しい批判はやや行き過ぎている気もするし、一般的な状況と離れている気もするが、ご自身が受けた経験にも基づくところはあると思われ、それだけ根が深いということなのかも知れない。
3投稿日: 2017.12.31
powered by ブクログ洛中洛外の話も含めて京都のことを勉強できた。 あまり日本史に明るくないので、新鮮だった。 著者は京都人(洛中)を良く思ってないけど、京都という街についてはとても誇りを持ってるんだな、と感じた。自慢げにも少し感じた。 その点では、京都で生まれ育ってない人はこの本でいうところの洛外で、京都で生まれ育った人は洛中みたいな構図になるのかな?なんて印象ももった。 あと、ひらがなが多くて読みづらい文が気になった。
1投稿日: 2017.12.27
powered by ブクログ京都旅行のお供に。京都の嵯峨出身で京都在住の筆者が、おそらく京都人にしかわからないだろう面、京都の洛中に対する京都ぎらいをあえて書く。生まれた場所による地理的な差はどこにでもあるかと思うが、京都という歴史ある都市ではそれも格別なのだろう。外から見える華やかな部分だけでなく新しい視点で京都を考えるきっかけとなった。
1投稿日: 2017.12.12
powered by ブクログ嵯峨に生まれ宇治在住の著者が,京都洛中の威光が発揮される事例を数多く紹介して,京都の真の姿をあぶり出した好著だ.東京を視点とした京都情報が氾濫する中で,本当の京都の実態を的確に指摘していると感じた.
1投稿日: 2017.12.08
powered by ブクログここまで京都をこけおろしているとはよほど勇気がいることだろうと思ったが著者はさほどでもなさそう。 確かに中心社会の身を京都として認識するといろいろなことが晴れてくるような気がする。京都の闇は洛中から発せられているという事か。 この著者の書き方から多くの読者の反感を買うと思ったがそうひどいものではないのかもしれない。 五章以下の記述に対し多々なるほどと思ったことが多くあった。
1投稿日: 2017.11.22
powered by ブクログまさに井上章一節というか、意識的・無意識的になんかおかしいと思っていたことについて絶妙に意地悪な視点から切り込んでいく。洛中から見た著者出身地の嵯峨がいかなるものか。そしてその視線に反発しつつも、その嵯峨よりさらに遠方にある亀岡にたいする自分の認めたくない感情にも気づいている。このアンビバレントがすばらしい。いろいろめぐって最終章、明治維新までたどりつく射程距離もすばらしい。内容もすばらしいが、文章がまた洒脱。ほんとうに頭のいい人だなぁと思う。
2投稿日: 2017.10.29
powered by ブクログさくさくと読み進めやすく、かなり早い時間で読了。京都(人?)の知らない一面を垣間見てしまった。 言葉も読みやすいものばかり使ってくれていたのだが、ひらがな多用されすぎて一発で上手く読めない所が少しあったかな…
1投稿日: 2017.10.24
powered by ブクログ京都は広したは言えども、洛中と洛外でいろいろ・・・。 歴史・生活・体験・・・等々に彩られた、壮大なるグチ本(^^; ユーモア溢れる、蘊蓄たっぷりの文章で面白かった・・・ のだけれども、じゃあ、他地域から入ってきた人はどうよ? と思ってしまいました。
1投稿日: 2017.10.05
powered by ブクログここでいう京都とは洛中のこと。 著者は嵯峨の出身だけど、自身で京都出身とは決して言わない。嵯峨の人間が京都を語ることは許されないらしい。それだけ洛中と洛外の間には壁がある。洛中の人間の中華思想はハンパないわけだ。なかで紹介される、30の女性が「いい縁談が来なくなった」と嘆くエピソードには爆笑してしまった。「とうとう山科の男から話があったんや」というのがその嘆きなのだが、著者でさえ「山科の何があかんのですか」と聞いたくらいだから、東夷のボクには想像もできない。さすが千年の都である。
2投稿日: 2017.09.29
powered by ブクログ帯に偽りありと思った。「千年の古都のいやらしさ、ぜんぶ書く」とあるがこんな薄い本で書ききれるはずがない。京都市民の郊外の住民への優越感批判に終始している感がある。坊主のいやらしさと南北朝の歴史などがあんこのように挿入されている。 奈良贔屓の者には京都嫌いが多い、と思う。だからタイトルにひかれて読んだもののやはり物足りないのは仕方ないのだろう。
1投稿日: 2017.09.25
powered by ブクログ嵯峨で生まれ育ち宇治に住む筆者は、洛中である京都市中心部の人たちから洛外・田舎者と差別されてきた、とひがんでいる。その筆者の京都ぎらいの独特かつ批判的な眼は、「お坊さんと芸妓、江戸幕府の建立した京都のお寺、戦国時代のお寺の宿泊サービスと造園、古都税、維新の流した血、南北朝と怨霊、…」と広く既存の歴史観を打ち砕きながら爽快に自説を説いてゆく。実証性の低い話もあるが、独創的で面白い。笑いながら何となく納得できて、自分の考え方までも変えられそう。
1投稿日: 2017.09.08
powered by ブクログかなり癖が強烈ですね。確信犯的な文面です・・・。後半になると、ちょっとその傾向が薄れて読みやすくなりますが、好悪が分かれる著作ですね。京都以外の人からみた京都人?の中では、そういうところもあるんだろうと思いますが、その手の話は、多かれ少なかれどの地域にもあるように感じます。
1投稿日: 2017.08.31よーわからん
京都の中でもヒエラルキーがあるとは、初めて知った。京都人は大阪、神戸を見下しているという意識があるのは有名(?)ですが。大阪で育った私としては、淀川と大和川を境として、北摂となにわと、大阪南部(河内とか和泉とか)の3つがあって、それぞれ「別もん」の意識があるとは思うが、上下があるかと言えば ??である。 しかし、著屋は何を言いたかったのだろう。京都市の辺縁からみた洛中、ひとくくりの京都人から見た東京、そこらへんを語っているが、定まったビジョンが感じられず、何を伝えたかったのが、まさに「よーわからん」なのでした。 ちなみに、「かみひちけん」は賛成です。本文読んでいて、ルビにわざわざ(ママ)がついていたのは、何で?と思っていたが、後書きを見て納得。
0投稿日: 2017.08.21
powered by ブクログ応仁の乱を語るNHKの番組に、まるで真打のように登場し京都人気質を語っていたので気になって読んでみた。 洛中を中心とする京都を語る京都論。でも、裏を返せば洛外からの辺境論。 どこをどう切り取っても辺境と位置づけられる地に生まれ育った身としては、うなずける話もあったり。 日本文化論はアホバカ分布考の京都を中心とする同心円説が基本だと思っているので、やっぱり洛中は日本の中心なんだよな。
1投稿日: 2017.08.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
図書館より。 以前から気になっていて、ようやく見つけて借りてきた。 へ~って感じか(゜_゜) 正直京都出身でもない地方出の田舎者にとって、嵯峨も西陣も京都だよ(笑) でも、卑屈になる気持ちとかは分かる。そうなってしまった要因も分かる。 なるほどな~って感じかな。
1投稿日: 2017.07.10
powered by ブクログ宇治市出身で伏見区の学校に通っていた自分にとっては、とても納得のお話。 高校卒業後、京都府を離れてからのほうが長くなったけれども、未だに「出身は京都」と言えない自分を笑いながら一気に読みました。
2投稿日: 2017.07.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
中華思想、姫と坊主、東京“外資系”、寺と花柳界、古都税、怨霊鎮め、町屋の闇…。さげすまれてきた「洛外人」が、京都人のえらそうな腹のうちを暴露する。洛中千年の「花」「毒」を見定める新・京都論。 京都を旅行したとき,洛中のおっさんに馬鹿にされたことがある…。それを思い出した。気分悪い。
3投稿日: 2017.07.03
powered by ブクログ著者は京都中心部に住む人からは、京都人扱いしてもらえない、洛外にあたる嵯峨出身である。ずっと田舎者扱いされ、差別されてきたという、著者の長年の被害者意識が隠されず表現されている。 こういう話はどこでもある。私も、東京の市部出身だが、23区内出身の人の前では、東京出身と言うのをはばかってしまう。東京の下町出身者にも、山の手出身者に対し劣等意識を持っている人もいる。 つまり、京都以外に住む人からは、著者が馬鹿にされたという話も「わりとどうでもいい」という感じではあるが、最後の章は面白かった。 嵯峨は南北朝政権時代の中心地だったそうで、北朝と南朝のいざこざの話はあまり詳しく知らなかったので、興味深かった。 著者は、いじけながらも、やっぱり京都を愛して止まないようだ。
2投稿日: 2017.06.26
powered by ブクログ京都のことをよく言わない人がいますが、 京都という、歴史深い地域だからこそ、 言われるのだと思いました。
2投稿日: 2017.06.25
powered by ブクログ色々な「京都本」の中で、もっとも秀逸だと思う。確かに「1000年のいらやしさ」が全部つまってる。京都のことを知る上でもっともおすすめ。
2投稿日: 2017.06.14
powered by ブクログ嵯峨に住んでいる作者の洛中に関する不満を悪口調で綴った本 七条をひちじょうと呼んでいたのに しちじょうにいつのまにかなり憤っている 四条と聞き間違えてしまったなどあらゆる本音が聞けるが読了後の疲労感は否めない
1投稿日: 2017.05.27
powered by ブクログ平安神宮前のツタヤさんで購入 新書大賞受賞作 杉本秀太郎の洛中生息という素晴らしい本と出会うことができ、感謝しています
1投稿日: 2017.05.07
powered by ブクログ始めは京都の悪口が並べられるだけなのかと、途中で止めようと思っていたら、お坊さんの話からお寺やその土地の歴史に遡ってゆき、なかなか興味深い考察でした。
2投稿日: 2017.05.03
powered by ブクログ「たとえば、身体障害については言及しづらいが、ハゲをめぐる陰口は、ゆるされる。」 タイトルを読むだけで議論を起こす本とわかる。 本書を読めば、表面的な話でないとわかる。 洛中至上主義。それを批判しつつも洛外の中でランク付けする彼ら。 面白い。
2投稿日: 2017.04.30
powered by ブクログ京都大学の教授らしからぬ 砕けたエッセーのような文章で 嵯峨育ちで宇治にすんでいても 洛中に住む者は中華思想を もっていてどこかで村八分 意識を付け上がらせていて 観光ガイドの本 1冊作るのでさえ… 信心さえない 心付けを要求してくる えげつない中華思想… 千年も昔から何も変わらない 横柄で傲慢な洛中意識が 新しい角度から浮かび上がって くる京都の佇まいが… 新鮮でした。 いけずはいけまへんなぁ〜
2投稿日: 2017.04.27
powered by ブクログとてもおもしろかった。タイトル通り、洛外で育った著者が洛中のことが嫌いだ、ということを述べてはいるが、単にそれだけにとどまらない。やはり文化論だった。笑えるところもある。
1投稿日: 2017.04.26
powered by ブクログ私も著者と同じく京の洛外で生まれ育った身なので、本書で何度も言及されている「洛中の中華的価値観」には大いに笑わせてもらった。府外の読者には理解しづらいだろうが、確かに同じ京都府下といえど洛中と洛外では「ニューヨークとナメック星」くらいの差があるといっていい。 本書では井上氏による京の文化論が展開されている。第一章では洛中の選民意識が著者の実体験から暴き立てられ、毒の強い文体で洛中人士の差別意識が糾弾されている。第二章以降では主に花柳界と僧侶の関係に焦点を当て、寺院のホテル経営や芸子の源流など珍しい視点から京にまつわる仮説が展開されてゆく。全体としては、坊主の世俗化を笑い飛ばすような論調である。終盤は洛中の優越に話が戻り、南北朝時代の歴史的考察を交えてその根源を探ろうと試みている。 誤解のないよう言っておくが、私は比較的若い世代に属するせいか、自らを京都人だと公言することにさほど抵抗はない。それでも、本書で指摘されている京の「いやらしさ」は否定できない。特に第一章・第四章は洛外で生まれ育った者にしか理解されない面もあるだろう。著者独特の語り口もあり、洛中人士を茶化すような記述に「皮肉っぽくて気分が悪い」と嫌悪感を抱かれる方もいるだろう。しかし、その「嫌悪感」こそ洛外出身者が物心ついた頃から押しつけられてきた屈託そのものなのである。 ありていにいえば「性格悪いもん同士の罵り合い」なのだが、若い世代に限っていうと、本書で井上氏が暴露しているほど洛中洛外の亀裂は深刻でない気もする。互いに足を引っ張り合うのが一種の様式美になっているというか、見もフタもない言い方をするなら、トムとジェリーのように仲良く喧嘩しているようなものだと思っている。この奇妙な対立関係ばかりは、実際に住んで育って体感するしかないだろう。 余談だが、第五章で南北朝の歴史についての考察を興味深く読み進めていたところ、唐突に皇室や靖国への批判が始まった。政治的主張を織り込むのは構わないが、期待していた京都論とは無関係なので少々げんなりさせられた。
6投稿日: 2017.04.09
powered by ブクログ約1年前に図書館予約をした本著が、回ってきた。 ワクワクしながら、開いたら。。 想像をしていた内容とは、かけ離れていたことに驚き。 筆者曰く、京都の人というのは、洛中の人を指し、洛外の人間は、京都の人ではないと。 筆者が生まれ育ったのは、右京区。 そこは、嵯峨野と呼ばれる場所であり、東京の自分からすれば、立派な京都なのだと思うけれど。 たしかに、「京都」といわれると、頭の中で思い描くのは、「京都市内」というのは、わかる。 (少し、京都の歴史や文化を齧っているので、他の市や町も京都の感覚あるけど) それって、「東京」と言われて、23区を想像するのと同じではないのかなーという気もする。 23区内だって、「そこは、東京とは言わない」と、言われる区もあるのだし、多摩地区も、そう言われる土地だろうし。 歴史が長い分、「京都」の方が、そういったことが多いのかもしれない? 筆者の感覚は、京都府の人にしかわからなことなのかもしれない。。 でも、その積年の思いで、一冊の本が書けるのは、すごいなーと思った。 書かれていることは、すでに知っている歴史が多かったが、第5章 平安京の副都心の南北朝からの天龍寺解釈は面白かった。 でも、なんで、この本が新書大賞だったんだろう?それは、ちょっとわからなかった。 iPhoneから送信
1投稿日: 2017.03.21
powered by ブクログ京都人とは、洛中に産まれ暮す人のことをいい、それ以外は洛外となり、京都人ではない。京都市民ならみんな、知ってる。そんな洛外の井上さんが書いた京都ぎらい。嫌いと言いつつ、京都愛をとても感じるなー。私も洛外なので、差別される感覚は良くわかる。室町時代まで遡る歴史や、寺社の写真掲載料の話など、意外で興味深い!こんなことまで書いても大丈夫なの?と少し思ったりもしましたが…京都好きな方に、ぜひ読んでみて欲しいですー
2投稿日: 2017.03.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
今残っているお寺の建物は江戸時代に建て直され、家康や家光は江戸の寺院復興に力を入れていた…など興味深い話もあったのだが、筆者の洛中への恨みつらみがひどすぎて、読んでいて嫌な気持ちにしかならなかった。 私は東京の多摩地域の出身だが、正直、多摩地域だって23区の人たちからは東京都民扱いしてもらえなかったし、逆に今住んでいる横浜は、神奈川県民という意識より横浜市民という意識が高すぎて、横浜以外の神奈川県民からはうとましがられてるし、どこの都道府県も多かれ少なかれそういうことはあるんだと思う。確かに、京都の場合洛中の人たちのそれはすごいものはあるんだろうけれども、でも60過ぎたおじさんが、その劣等感をいまだに引きずって、恨みつらみを本で晴らすってどうなんでしょうね…?もっと若いときに折り合いがつけられないものなんでしょうか? また、南朝に思い入れがあるからという理由で右翼とか民族主義者だと思わないでほしいっていうのも、この世代の人たちってすぐそういう話になっちゃうんだなあ…。そういう凝り固まった価値観だから、苦しくなるんでないのかなあ‥。 とにかく、私にはこの本が2016年の新書大賞第1位というのが理解できませんでした。
5投稿日: 2017.03.10
powered by ブクログ著者のことは比較的古くから知っていました。ブレイクする前から。 これほどの有名人になるとは思いませんでしたが。 様々なフィールドに造詣の深い人でありますが、ボクが知ったのはプロレス者(もの)としてでした。 まだ、プロレスが日陰者の存在であったころからですね。大方30年くらい前でしょうか。 兵庫県西宮市に鹿砦社という出版社があり、その会社が出していいたのが、知る人ぞ知る「プロレス・ファン」という冊子でした。 多分、創刊の原動力となったのは、当時まさに日本プロレスのエポックであった旧UWFであったと思われ、毎号の表紙には藤原喜明や佐山サトルのイラストが載っていたことを記憶しています。 そこによく寄稿をされていたのが井上章一先生。その頃はプロレスネタについて硬派に理論武装した人は、週刊ファイトの井上(I)編集長くらいしか存在しなかったように思いますが、京大出身のプロレス論客として、その名を心に刻んだのであります。 尤も書かれていた内容は、ほぼ何も覚えていませんが・・・ 本書にも少しだけプロレスに関することが出てきます。それも、株式上場を狙っている新日本プロレスなどではない、ドマイナー団体のある選手の事で、いかにも井上先生らしいです。詳細は本書でどうぞ。 井上先生自身はボク達「外部」の人間からすると、嵯峨に生まれ現在は宇治に住まわれるド京都人なのですが、本書を読むとそれが100%否定されます。 端的に言うと、洛外に生まれ育ったものは京都人とは自他共認められないということだそうです。この「他」というのは、つまり「洛中」に生まれ育った都人(みやこびと)のことです。 この洛中洛外の人達の間だけで認識される感性に基づくもので、ボクも含めた都以外の人たちからすれば理解しがたいヒエラルキーがあるらしいのです。 大阪人のボクも薄々は「洛外のお人は京の人間やおへん。」という、京都人の言外の態度は知っていましたが、ここまでとは思いませんでした。 前の戦争というのが一般的にはWW2を指すのに対し、その戦災を免れた京都人は応仁の乱の事を言う、というのはジョークだと思っていたのですが、あながちそうでもないようです。 そんなトンデモ常識がまかり通っている(いた)京都の特殊な状況を冷静に面白くまとめた佳作です。 といっても、井上先生の視点も結構イケズで京都人の資格は十分にあると思うんですけどねえ。対外的に京都人と言われることに真剣に怒っておられる井上先生です。 ※本書ではここに記載したような内容ではなく、しっかりとした知識と資料に基づいた表現が用いられ、この駄文はボク一流の表現であることを付記します。
5投稿日: 2017.02.28
powered by ブクログ京都に都が長年あったのだということを再認識させてくれる面白い内容の本でした。 洛外に住まいしていて、洛内の人間に所謂「差別」された筆者が持つ感覚は、本人でないと理解できないものなのだろう。 それでも、京都以外の人間からしたら、筆者もれっきとした京都人であり、京都内で起こってきたこと、今正しく起こっていることを、面白おかしく、洛外人としてユーモアありのひねくれで、色んなことを書き綴っている。 お坊さんのお話し、仏教の側面、歴史のなかから、見えること、平安京の副都心、など、今まで知らなかったことも知れ、興味深く読みました。
0投稿日: 2017.02.19
powered by ブクログ京都ぎらいと言えども、著者は京都嵯峨の出身。 著者によると「京都」というのは、「洛中」のことであり、京都市でも洛外は京都人にとっては、京都ではないそう。 つまり「洛中ぎらい」ということである。 それは、洛中の人にバカにされた経験に端を発するようだが、それにしても著者は随分根に持つタイプなのだろう。 最初こそ、少し大袈裟に表現しているのかと思いきや、その怨念は本書の最後まで続く。 東京でいうところの都下と23区のようなものではないかと想像してみたのだが、きっとそれ以上のものがあるのだろう。 そして、全体を通して著者の言いたいことを、書き綴っているだけのように思った。そのあたり、乱雑に感じ、読んでいても腑に落ちなかった。 とはいえ、拝観料と税金の問題や銀閣寺の古都税に対するストライキの話など、興味深い話もあった。 ただ、個人的恨みがそこここに感じられて、読んでいても落ち着かず、少しだけ著者に対して嫌悪を感じた。
1投稿日: 2017.02.15
