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現代思想入門
現代思想入門
千葉雅也/講談社
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総合評価

249件)
4.1
75
104
45
5
1
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    2022.06.29 フランスの現代思想の本は、色々と読んできました。ほとんど理解はできてないと思いますが(笑)。その中でも、とても平易に表現してくれていて、現代思想との距離をグッと近づけてくれるとても良い本でした。ありがとうございました。

    1
    投稿日: 2022.06.29
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    現代、現在に近づくほど(後半になるほど)、入門書とは言え、難しかった、難しく感じられた。きっと、前半で分かった気になってただけ、のツケが、後半に廻ったように思う。

    1
    投稿日: 2022.06.21
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    メモ→ https://twitter.com/nobushiromasaki/status/1538318252274700288?s=21&t=EMKAhhip7jIgnYAVPbCnMA

    1
    投稿日: 2022.06.19
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    現代思想の中でも、デリダ、ドゥルーズ、フーコーを、中心としてマッピングして解説してくれているので、捉え方が頭の中にすっとはいりこんでいく。 また、後半にある「現代思想の考え方・読み方」も実践的で勉強になる。二項対立(「他者性の原則」など、現代思想のつくりかたとして紹介されていた内容)によって現代思想は立ち上げられていったんだと、捉え直すと難しい概念のメタ構造がクリアになる。

    1
    投稿日: 2022.06.16
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    初学者にとってもわかりやすく、入門の入門として最適な一冊と感じた。同時に知の果てしなさも感じることができる。

    1
    投稿日: 2022.06.11
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    きわめて抽象度の高いフランス現代思想について、その基礎、応用を簡潔かつ縦横無尽に説明した得難い一冊。帯にある「人生が変わる哲学」の文句に偽りはない。 基本となるデリダ、ドゥルーズ、フーコーの導入はきわめて簡潔。楽に読み進められる反面、こんなに簡単でいいのだろうか、とも。 しかし後の章に行くにつれ、その不安は払拭される。 本書では「枝葉」となる哲学者たちの思想を説明するに際して先の3人や、現代思想をはみ出してカントの哲学までがたびたび引き合いに出されており、各思想家の思想だけでなくそれらの有機的なつながりが次第に浮かび上がる。 読み終える頃には「現代思想」全体の考え方、潮流というものまでも垣間見ることができるような構成上の工夫がなされている。 本書の「現代思想」観は著者である千葉雅也氏個人の捉え方に拠るところが多く、著者自身が「あとがき」で述べている通り、必ずしもスタンダードではないのかもしれない。 だがそれでも、こういう風に繋げられた物語としての「現代思想」により描き出される人生訓(千葉氏風に言えば「ライフハック」)は、「人生が変わる」の言葉に恥じない芸術的な魅力を放っていると、いち読者としてはそう信じてやまない。

    1
    投稿日: 2022.06.07
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    こんな本を待っていた。画期的書物。 最近何かと悪者扱いされがちな「ポストモダン」の擁護。 “……そういう「世の乱れ」の原因はかつてのポストモダン的現代思想にある、と批判する人も出てきた。これは不当だと思います。真理の存在が揺らぎ、人々がバラバラになるのは世界史のやむをえない成り行きなのであり、かつて現代思想はその始まりに反応して、それはいかなることなのかと理論化を試みたのです。”(p.22) “しばしば現代思想はそういうアウトローを志向するもののように勘違いされることがありますが、そうではないのです。確かに混乱こそが生成の源なのですが、それと秩序=形式性とのパワーバランスこそが問題なのです。”(p.117) 本書全体がそうだけど、特に「付録 現代思想の読み方」は読書ハックに満ちている。以下のパラグラフに勇気づけられます。 “細かいところは飛ばす。一冊を最後まで通読しなくてもいい。……哲学書を一回通読して理解するのは多くの場合無理なことて、薄く重ね塗りするように、「欠け」がある読みを何度も行って理解を厚くしていきます。プロもそうやって読んできました。”(p.215)

    2
    投稿日: 2022.06.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

     著者の「勉強の哲学 来たるべきバカのために」からの流れ読みだ。  デリダ、ドゥルーズ、フーコーを軸に現在につながる思想の歩み、二項対立(二つの概念の対立)を乗り越える道筋を平易に解説してくれている。  特にフーコーの「自己への配慮」、アウグスチヌスによるキリスト教の原罪という考え方を対照とした自己管理の可能性への期待についてもう少し学びたいと感じた。  また、ジャック・ラカンの精神分析、現代の思想の暗黙の前提になっているとのこと。ラカンの世界観も学ぶ必要があると感じた。  ポスト・ポスト構造主義を理解するにはこの辺を勉強しておく必要がありそうだ。知的好奇心を刺激してくれる貴重な一冊だ。

    1
    投稿日: 2022.05.31
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    現代思想は、秩序を仮固定的なものと見なし、たえず逸脱が起きながらも諸要素がなんとか共存する状態を考察している(p.244)の千葉雅也さんの言葉にたくさん拍手したいです! 能動性と受動性が互いを押し合いへし合いしながら、絡み合いながら展開されるグレーゾーンがあって、それにこそ人生のリアリティがある フーコー 権力は下から来る→弱いものがむしろ支配されることを無意識的に望んでしまうメカニズム。 フロイトの発明 よくわからない理由で何かやってしまったというような、無意識、だったということ、無意識はフロイトの発明 構造とは、諸々の偶然的な出来事の集まり。 意識の表側で必ず意味づけをし、物語化することで生きているわけですが、その裏側には、それ自体でしかない出来事の連鎖がある。物語的理由づけをするイコール二項対立によって物事を裁く、ことによって、ある意味生きやすくなる。 ニーチェとフロイトとマルクスが合流→同じ土俵、同じ基準でみんなと競争して成功しなければならないという強迫観念から逃れるには、自分自身の成り立ちを蘇って、偶然性へと開き、たまたま存在しているものとして自分に成しうることを発見する メイヤスー   身体の根底的な偶然性を肯定すること、それは、無限の反省から抜け出し、個別の問題に有限に取り組むことである。世界は謎の塊ではない。散財する問題の場である。それは世俗性の新たな深さであり今ここに内在することの深さです。(p.214)

    3
    投稿日: 2022.05.30
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    現代思想の入門の入門のような書籍。 現代思想の知識や前提が全く頭に入っていない私でもなんとなく(本当になんとなく)理解でき、そのため興味のある部分を見つけることができた。 混沌とした状態に秩序を見出し整理することが好きだし得意である。 またこれを良かれと思ってやってきたし、そのスキルを向上させることで物事を構造的に捉えられるようになってきた(構造化のスキルはまだまだであるが)。 それに警鐘を鳴らされた気がした。 混沌としたもの秩序がない具体的なものがだけがあると気持ち悪さを感じるが、それを残したまままずはそのまま受け止める。 今の時代にとって1周回ってそれが大事になってきているのかと解釈した。 少しわからなかったのが 本書では ・共通の先に差異があると一般的には考えられているが ・そうではなく個別具体的な差異の先に見えない共通点があると考える。 どちらもあると思っていて構造化は後者にあたるのではないか。 そうすると上述の内容と矛盾するのではないかと感じた。 この矛盾に気持ち悪さを感じ整理して構造化したいと思うことを一旦脇に置き、受け止めることが現代思想として大事なのか? 相変わらずよくわからない。 ==== ジャンル:リベラルアーツ 出版社:講談社 定価:990円(税込) 出版日:2022年03月20日 ==== 千葉雅也(ちば まさや) 一九七八年、栃木県生まれ 東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術) 専門は哲学・表象文化論 立命館大学大学院先端総合学術研究科教授 ==== flier要約 https://www.flierinc.com/summary/3019

    2
    投稿日: 2022.05.29
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    ・本当に「入門」で安心した。入門詐欺ではなかった。 ・私はレヴィナスの考え方が自分にすごく馴染んでぴったりきた。深く知りたい。 ・今パラパラ読み返していたらもう一回読みたくなってきた… ・レヴィナスの、「未練こそがまさに他者への配慮」という部分がずっと引っかかっていて、まだうまく自分の中に落とし込めた感じがしないけれど、こういう引っかかりにぞわぞわするくらい興奮する。楽しい。

    4
    投稿日: 2022.05.26
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    現代思想というものが何か知らず誤解して手に取りました。 2022年の現代をどう考えていくか、という観点から語られるものかと思っていたら現代思想というジャンルがすでに存在しているのですね。勉強になりました。 第四章まではわかりやすく、またコペルニクス的転回が起きるような考え方を知ることができ、とても面白かったです。 第五章から何故か急激に理解のスピードが落ちてしまい、何が何だかわからなくなったのが本音です。付録「現代思想の読み方」はそれまでの理解力の遅さをフォローするような内容で、これを先に読めばよかったのかもと思いました。ただその読み方の中でも、私は勘が鈍い(というか現代思想に対する造詣がない)からどのみち理解はできなかったのかもしれないけれど、本の理解に対してのスタンスは著者と似ていたのであまり深く気に留めてない。 一読しただけで理解できるわけはなく、また専門分野でもなければ何度も読みたいと熱量を持てるほどでもなかったので、この一読で得られたものだけがこの本で私がわかる限界、と割り切ることにする。 脱構築の思考の中には、前提のものを疑う姿勢が気になりました。 メディアに二択を用意される、それに疑いを持てる人間でありたいです。

    2
    投稿日: 2022.05.24
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    入門、とあるけれど終盤になるにつれて難易度は上がり、私の頭ではポスト・ポスト構造主義あたりは結構読むのがしんどかった。 その中でも印象に残ったのが、「哲学者は言葉に無理をさせる」ということ。レヴィナスが、存在論から外れるような「他者」をどのように「ある」としたか、のくだりで出てきたものだが、抽象的なことを突きつめていくと、それを私たちが常識的に使っている言葉で表現することが、もはや不可能になってくる。でも論じなければならない。 概念と言葉の間の葛藤を考えるのも面白いなあと、ぼんやり思った。 それにしても千葉雅也さんは、なんて優しい哲学者なのだろう。あとがきに、「自分の現代思想理解は、いわば飽和している。だからもう書くしかないやという諦めの境地で本書を書いた」なんてカミングアウトしてしまうような、私たちのレベルに寄り添ってくれる方です。

    2
    投稿日: 2022.05.21
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    かなり親切丁寧に解説されている現代思想の入門書。 名前は聞いたことがあっても本を読もうとまではなかなかならない哲学者、思想家の事が大まかに掴める。 後半は難しめ。 こういう本がもっと増えたら素晴らしいなと思う。

    2
    投稿日: 2022.05.20
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    わかりやすかった。付録も非常に有用。現代思想というととっつきにくさがあるが、それを払拭する内容だった。入門にふさわしいと思う。

    1
    投稿日: 2022.05.20
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    哲学書入門のパイオニアといってよいほどの良書。 哲学はこんなにもおもしろく興味深い学問であることを伝えることが出来る、千葉さんの理解力と語彙力が優れすぎている。 それとともに、自分自身も千葉さんのように深く理解できるようになりたいと思った。 また、哲学書を原文で読みたいという夢があり、それが英語を学ぶ動機づけだったが、近代哲学書はフランス語で書かれていると知り、フランス語も勉強の対象となることを知った。 頭パンクする気がしますが頑張りたいと思います。

    1
    投稿日: 2022.05.18
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    現代思想を千葉さんならではの言葉で説明してくれているのが面白かったです。 「人生が変わる」ほど理解できなかったのが残念ですが、デリダ・ドゥールズ・フーコーといった現代の思想家の存在と脱構築という考え方を知れたのはよかったです。 入門っていうくらいだから、もっと簡単なのかと思っていたら、内容は想像よりはるかに難しかったです。たぶん私は漫画とかから入ったほうがいいのでしょう。 フーコーの「正常」と「異常」の脱構築は、身近にある問題なので理解しやすかったです。 付録の「現代思想の読み方」が一番興味深かったです。 まず「読書は不完全だ」という前提が入り、『読んでいない本について堂々と語る方法』という書籍を紹介しているのが哲学弱者としてはありがたい。 翻訳された文章が難解そうでも深い意味はないのでさらっと流してOK、二項対立を意識しつつ突っ込まずに読むべしと書いてあってナルホド(それはそれで難しそうだと)思いました。 哲学というと古代ギリシアとかの哲学者を思い出しますが、今から数十年前の人なんですよね。いまいちピンときていなくて、古代哲学と同じ感覚で読んでしまいました。

    2
    投稿日: 2022.05.18
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    現代は秩序を強化する方向にある。 現代思想は秩序強化に警戒心を持ち、秩序からのズレ=差異に注目する。 二項対立があったとき、ある価値観を背景にすると、一方がプラス、もう一方がマイナスとみなされる。 その二項対立や価値観を徹底的に疑い、脱構築を試みるのが現代思想である。 デリダ:概念の脱構築 パロール(話し言葉)とエクリチュール(書き言葉)の対立を考える。 パロールは直接的で、本質的で、現前性(目の前に本物がある)がある。 エクリチュールは間接的で、元のものから離れているために誤配・誤解の可能性がある。非本質的。 パロールの方が優越性を持つとみなされがちだけど、どちらにもそれぞれの良さがある。ただし、それはどっちもどっちという相対主義ではない。 優柔不断なのはいけない。責任をもって決断しなければいけない。どっちつかずの態度でいると、人に振り回されることになる。大人になるというのは、決断の重さを引き受けることだ。 というツイートが本書内で紹介されている。 人に振り回される=自分が自分でなくなる=間接的=エクリチュール 責任をもった決断=直接的=パロール 重要なのは、「未練込みでの決断をなす者こそが大人」だということだ。 我々は確かに、生きていくうえで決断をせざるをえない。広い意味で暴力的であらざるをえない。ただし、決断は完全固定ではなく仮固定である。 また、未練とは他者性への配慮のことである。決断で選ばなかったもう一方への思いを残しておくことである。 ドゥルーズ:存在の脱構築 一般的な二項対立は、同一性が先、差異が後である。 私と自転車はそれぞれ同一性をもつ個物として存在し、関係性としての差異は後である。 しかしドゥルーズはその関係性を逆転し、差異が先、同一性が後と考える。 物事の背部の諸々の関係性(バーチャル、生成変化)が先にあり、仮固定としての同一性(アクチュアル、出来事)は後だと考える。 酸塩基平衡のような動的平衡のようなイメージだろうか。 また、ドゥルーズは存在はすべてが繋がりあうリゾーム的な関係性でありながら、同時にあちこちで途切れている(非意味的切断)とも述べた。 関係と無関係のバランスが大事である。 フーコー:社会の脱構築 社会には、多数派を正常とみなし、そうでないものを異常とみなし排除しようとする動きがある。異常をマイナスとみなし早期介入することは、マジョリティに適合させるためのケアという側面も否めない。(例:発達障害等) 近代は自己監視のパノプティコン的社会で、規律訓練により人民が内的に自律することを求めた。 現代は生政治的で、人々を集団・人口として扱おうとする。(例:ワクチンなど) 現代思想の源流:ニーチェ、フロイト、マルクス 秩序(アポロン)VS混乱(ディオニュソス)の対比で考える。 ニーチェ 秩序(アポロン) 混乱(ディオニュソス) 同一性 差異 下部構造 アリストテレス 形相(かたち) 質料(素材) プラトン 理想の形=イデア フロイト 意識 無意識(性的エネルギー) 必然 偶然 物語化 他者=コントロールできない 精神分析は構造を見る。色々しゃべってもらうことにより症状(=物語=固定されたもの)が解きほぐされる。 マルクスは搾取されない、より自律的な力(ディオニュソス的な)の発揮ができないかを考えた。 精神分析と現代思想 まとまっていない認知のエネルギーを制限するのが、人間の発達 認知エネルギーは自由に流動する=欲動 制限とは有限化。母と一体でい続けられない不安、戻ってきたときの喜び。死の偶然性と隣り合わせの快=享楽。 邪魔するものが父であり、父の介入が去勢。 母の代理としての欲望の対象が「対象a」だが、本当の満足は決して得られない。

    1
    投稿日: 2022.05.08
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    現代思想がかなり分かりやすく解説されている。こんな複雑で難解な内容を自分なりに解釈出来ること自体、著者を尊敬することが出来る。

    1
    投稿日: 2022.05.08
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    デリダやドゥルーズの、人生のリアリティは二項対立では捉えきれないグレーゾーンにある、ということは、誰しも納得できることだと思う。 これが人生を変えるほどの哲学になるのか?と思いつつ読む。 変えられました(笑) 励まされましたし、勇気をもらいました。(言葉にすると気恥ずかしい) 同一性こそが自分の価値、とどこかで思っていたのですね。違っていいのか。過剰なエネルギーをリゾームとして捉えればいいのか。一つに決めなくては、なんて思わなくていいのか。深淵でなくていいのか。わしゃわしゃとあちこちにエネルギーの枝を(根を?)伸ばして生きてくことが生きるってことなのか。 そういう生き方をメタ的に捉え直すことができる。 脱構築が初めて身体化できた本でした。千葉雅也さん、ドゥルーズを身近にしてくれて感謝です。 哲学ってちょっとすごいじゃないですか。

    7
    投稿日: 2022.05.08
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    ポップな文体で200p程度のボリュームなので読みやすい 印象に残ったこと ・常にプロセスは続いている。 ・意識が高いということは搾取されている。自分自身の力をより自律的に用いることができないかと考える。

    2
    投稿日: 2022.05.07
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    【はじめに】 2017年の著作『勉強の哲学:来たるべきバカのために』で一躍有名になった感がある千葉雅也氏。「「カッコつけ」から出発した現代思想ファンの総決算として書いた」とし、「青春の総括であり、憧れへの終幕」と位置付けた本書は、現代思想の入門書として、フーコー・ドゥルーズ・デリダといったフランス現代思想史の巨人を導入部としながら、自ら影響を受けたと認めるマラブ―やメイヤスー、東浩紀へと現代思想の流れを整理したものとなっている。 【概要】 ■ 本書の流れ 第一章から第三章までは、それぞれフランス現代思想を代表する「デリダ」、「ドゥルーズ」、「フーコー」の解説に当てられている。まずもって、この三人の名前が並ぶことに対して、蓮實重彦の『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』(1978年刊)を思い出し、いまだ現代思想を語るにこの三人の名前が出てくることにやや唖然とした。著者が1997年東京大学文化三類に入学したときの東大総長である蓮實に対する思い入れもあったのだろうかとさえ思う。なお、それにしても蓮實重彦が教養学部長となって東大総長にまで昇り詰めることができたのも、当時の現代思想の学際的な領域におけるポジションの高さが伺えるエピソードである。 そういった感想があるとはいえ、著者が現代思想、とくにフランス現代思想においては脱構築のが概念が重要であると確証し、この三者にその脱構築概念の具現化を見ていることは確かである。著者は脱構築の概念を、二項対立による評価の留保、にあると指摘するが、その観点で、デリダに「概念の脱構築」、ドゥルーズに「存在の脱構築」、フーコーに「社会の脱構築」を見ているのである。 これに続く第四章は「現代思想の源流」と名付けられ、さらに時代を遡ぼることになる。この章のサブタイトルにもある通り、ここではニーチェ、フロイト、マルクスが扱われるのだが、この名前に関しても、過去の読書体験の既視感が生じた。なぜなら、そこに出てきた名前は、選ばれし30人の現代思想家をそれぞれの専門家が一巻を割いて紹介する『現代思想の冒険者たち』というシリーズが企画されたときに、それを祝うために捧げられた「第00巻」のタイトルがまさに『現代思想の源流』であり、そこで紹介された源流たる思想家がマルクス、ニーチェ、フロイト、フッサールの四人だったからである。1996年に始められたこの企画について著者が知らぬわけはなく、また「現代思想の源流」という言葉の選択をした時点から、この『現代思想の冒険者たち』という意欲的なシリーズを意識してはいたのではないかとも想像される。いずれにせよ、現代思想の源流がマルクス、ニーチェ、フロイトであるという図式が25年経った今でも変わらず成立するということは、ある意味ではこの世界の停滞を示しているようでもあった。もちろん、彼らの思想自体がそれまでの思想から一線を画するものであったことは間違いないということでもあるのだが。 そして第五章はラカン、ルジャンドルを取り上げて精神分析について解説する。ここでは精神分析が著者に与えた影響の大きさを見てとることができる。 第六章は少し視点を変えて「現代思想の作り方」とされ、現代思想の研究者として新しい成果を産むための著者が整理をした「四つの原則」が紹介される。この辺りに、著者が「伝統芸能」と称した現代思想の読み方・作り方のエッセンスが凝縮されているように思う。一方でこういった技術論に走るようにも見えるやり方が「伝統芸能」化している要因のひとつでもあるように思われる。 第七章はポスト・ポスト構造主義として、メイヤスー、ハーマン、ラリュエルなどが紹介される。ここで彼らの新しさが、第六章で紹介された『現代思想の作り方」の四原則に沿って解説され、著者自身の芸達者ぶりであるところの腕前を見ることができるのだが、彼らの著作を読んだこともないので、ここは本の構成としては評価できるのだけれども、肝心の思想の内容は理解することは自分自身できなかった。何より、読んでみたいと思えないところが残念なところかもしれない。 最後の付録として書かれた現代思想の読み方は、翻訳の問題の一部を実際的に解決してくれるテクニックとしてとても面白かった。 以下、本書で書かれたいくつかのテーマについて解説してみたい。 ■ ジャック・デリダ 著者をして、「今日、こんな書き方をする人はいないだろうという難解な書き方をする」と評される。先に出た蓮實重彦にもそれは言えることだが、その晦渋さ加減がフランス現代思想のシグネチャーでもあったし、ソーカル事件が起こったことはそのことを一定程度疑問に付した。『エクリチュールと差異』や『グラマトロジーについて』を読んだのはもう何十年も前のことだが、当時も今もやはりよくわからなかった。それでも、デリダのテキストは注意深く書かれていて、ひどく抽象的ではあるが同時にそれも含めて戦略的でもあることは十分に感じとることができた。 著者は、デリダは「本質的なことが大事だ」という常識を覆そうとしたという。二項対立を宙吊りにして脱構築を行うのがデリダの手法だと。著者は、この本質主義批判からジュディス・バトラーが『ジェンダー・トラブル』を書いて、同性愛の名誉回復のための原理論を書くことができたと評価する。また、ポストコロニアルの思想もデリダ的な発想によって可能となったとも指摘する。 一方で常に二項対立を保留し続けることはできず、逆説的に非暴力的に生きることは不可能であり、何かを決断して生きていくほかはないこともデリダの思想からは伺えるという。未練込みでの決断という倫理性を帯びた決断ができるものこそが本当の「大人」だというのが著者の見立てでもある。 デリダと言えば、「話し言葉(パロール)」と「書き言葉(エクリチュール)」の対立で、近代西欧の「書き言葉」に対する「話し言葉」の優位性の構造を脱構築してみせたということで有名だが、これについて昔から感じていたことがある。この部分は自分も含めて、日本人にはなじみづらいし、そこに日本語という言語特有のものが潜んでいるように思われるのだ。なぜなら、われわれ日本人は読めない(発音できない)漢字でも読んでしまうのだ。それは正確に発音できないのではなく、発音自体を知らないし、さらにはそれを気にすることすらなく読めてしまうということなのである。だからこそ「話し言葉」の優位性がそもそも成立していない場に身を置いているのではないか。そこには近代西洋のバイアスがそもそもかかっていたのではと今でも思っていて、すっと入ってこない部分でもある。この本をきっかけに本棚に埋もれた『グラマトロジーについて』と『エクリチュールと差異』をぱらぱらとめくってみたけれどやはり頭に入ってこなかった。でも、あらためて手に取った箱に入った装丁は、大切な本を読んでいるという感覚を産んで素敵だった。 なお、入門書の入門としての位置づけを自認する本書ではそれぞれの章で入門書を紹介しているが、デリダに関しては高橋哲哉の『デリダ ― 脱構築と正義』を紹介している。高橋さんは、『現代思想の冒険者たち』でも『デリダ』の巻を担当していた。ずっと昔からその道の第一人者だったんだなと再認識。 ■ ジル・ドゥルーズ その昔、デリダ以上に頭に入ってこなかった思想家がドゥルーズだった。ガタリとの大著『アンチ・オイディプス』は購入してみたが、ついぞ読み進めることができなかった。ニーチェにはまって一気にニーチェの代表作を読んだ時期にドゥルーズの『ニーチェ』も読んだが、やはり何を言っているのかわからなかった。ちなみにこの『ニーチェ』の装丁はニーチェらしくない感じで素敵。 著者は、ドゥルーズが存在ではなく、運動することにこそ注目する必要性を規定したことをもって高く評価している。リゾームの概念は、インターネットの広がりとともに現実化したとも捉えている。何よりも同一性があるためには、まず差異があることが前提になるとの指摘は、分断が言われる現代社会でも一定の必要性がある認識だろう。何より哲学に軽やかさのイメージを付けることに一役買った哲学者ではあった。 國分功一郎『ドゥルーズの哲学原理』が入門書のひとつとして紹介されていた。これくらいは読んでみるかなと思った。 ■ ミシェル・フーコー フーコーの権力論では、権力は上から押しつけられるだけではなく、下からそれを支える構造でもあるとされる。監獄だけではなく、工場や学校、軍隊ではたらく「規律権力」の話がそれだ。著者曰く、フーコーには、支配するものと支配されるものという二項対立の脱構築があるという。近代における精神病院や監獄・パノプティコンを分析することで、個人と規律権力の関係性の成立とその結果としての支配者の不可視化が進んでいく歴史的様相や仕組みを明らかにしてきた。ただ、権力に関するこの言い方も自分の感覚では正しくなく、「権力」という言葉がどこか誤解を招いているのではないかと思う。権力と訳される「pouvoir」は、単に「力」と読むべきではないのかと考えている。著者も指摘するように、『性の歴史I』の中では、「権力とは「無数の力関係」」だと定義されている。 また今回のコロナ禍においては、フーコーのいう生政治が現代社会において強く働いていることが明らかになった。アガンベンがフーコーやニーチェを援用して、社会の行動規制について批判的な言動を行うのはフーコーの議論を踏まえて考えるとよく理解できる。 「狂気」「異常」「倒錯」などが画定され、隔離されたように、同性愛という性的嗜好に関しても「同性愛者」というアイデンティティが作られ、それが個人の特質にされていくことをフーコーは古代ローマやギリシアまで遡って明らかにした。つまり、かつて同性愛はあったが、同性愛者はいなかった。そのことを考えると、マイノリティのアイデンティティを確定させた上で、カテゴリーの権利を主張するLGBTQの社会運動はフーコーの眼からは権力関係における新しい隔離の方法となるのではないかとも考えられる。著者は自らの性的嗜好として同性愛を持つことを表明しているが、彼から見てフーコーの思想は、多様な同性愛行動を肯定しなおすという道を拓くもののように思われる。 また本書の流れとは異なるのだが、フーコーをデリダやドゥルーズと同じフランス現代思想の中の流れの一人として位置付けるのも自分は違和感がある。蓮實重彦は『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』と並べたが、彼らの仕事の内容を知るにつれて、彼らには共通点よりも相違点の方が多くあるように思えるようになった。何よりもフーコーはいまだ現代性を強く持つ思想である。 なお、フーコー自身は『知の考古学』の中で、「私が『言葉と物』のなかで構造という用語をただの一度も用いなかったということについては、あなたもそれを容易に認めていただけるだろう」と言って、構造主義者であることも、またポスト構造主義者であることも否定している。フーコーは、フーコーなのだ。 フーコーの入門書としては、慎改康之さんの『ミシェル・フーコー ― 自己から脱け出すための哲学』を挙げているが、これは本当によい解説書。慎改さんは、先日ようやく刊行された『性の歴史IV』の翻訳者でもある。難解な『知の考古学』も改訳されていて、フーコーに対する考察の深みを分かりやすい形て解説できる方だと思う。なお、他にもうひとつ挙げるとすると重田園江さんの『ミシェル・フーコー』もフーコー愛が感じられてよい。 ■ 現代思想の源流 現代思想の源流として、ニーチェ、フロイト、マルクスを取り上げているのは先述の通り。 ニーチェの思想は、キリスト教倫理の否定とその後の神なき世界における新たな倫理の構築であるというのが自分の理解だ。本書では、ドゥルーズに寄せてのことなのか『悲劇の誕生』のディオニソス的なものに寄った解説になっているところが、ニーチェの解説としては偏りがあるのではと感じる。ニーチェの解説が主眼ではないので、それはありだと思うが、少し先に解説したフーコーにもっと絡めた登場のさせ方もあったのではとも思う。 フロイトについては、著者の「無意識」の理解が、いわゆる精神分析における無意識を指しているのだと思うが、「自然科学的な脳研究ではまだ結論が出ていません。ですから否定も肯定もされていない仮説です」としているところがやや気になる。脳科学での研究の結果として、無意識の働きについては今ではフロイトの理解を超えて、ある意味では否定するとも言える形で進んでいるし、かつそれは無意識に触れる際には非常に重要なことと思うので、もう少し踏み込んでもらいたいところではある。意識されていないものとしての無意識は確実にあるし、脳の活動においては意識以外の活動が大部分であるということはいまや意識の科学的理解の前提となっている。無意識こそが主で、意識が従であるというのが最新の認識になっているというのが自分の理解で、フロイトの功績はその認識を先導したことにこそあるはず。その点を省略して、無意識を「言語化して捉えることができないような深いロジック」と書いてしまうところも無意識の捉え方としてあまりにも緩い書き方で、課題があるのではないかと思った。 また、無意識の理解についての例として、「誰かをいじめている人がいるとして、嫌いだからいじめているのが表面的な次元ですが、実はその人物のことが気になっていて、好意があるからこそいじめている、というのがひとつの解釈としてありうる。こうしたことは同意してくれる読者も多いと思います」と書くのはあまりにも不用意である。いじめは、いじめだ、というのがポリコレ的にはおそらく正しい。少なくとも「いじめ」を好意と結びつけるような表現を、単なる一例として必ずしも必要のない個所で用いることは適切ではないだろう。 一方で、フロイトやラカンの精神分析を援用するのは、著者自身の性的嗜好とも関連があるのかもしれない。欲動の可塑性こそが人間の特性であり、欲動のレベルにおいてたとえば同性愛という別の接続が成立することがありうるだろう。そこには、異性愛も再形成されたものであり、人工物であるという観点では異性愛も同性愛もそれ以外の性愛の形も同列であるという認識は大切なのだろう。 ■ 現代思想の四つの原則 著者は現代思想において新しいものを創造するための四つの原則を提案する。それは、①他者性の原則、②超越論性の原則、③極端化の原則、④反常識の原則、である。知的創造のための本質を突いているようであり、本質的な進歩なく形式的に新しいものを生み出すためのテクニックにも感じられた。二項対立ではないのかもしれないが、著者の一種の冷ややかな目線の露悪にも感じたのは自分だけではないだろう。 ■ 本を読むこと (付録) 「本を読んだ」という経験は、実に不完全なものだと著者は言う。現代思想の本であれば、なおさら一度で理解することは難しい。著者にしてもそうであったと告白する。読書とは、薄く重ね塗りをするように、「欠け」がある読みを何度も行って理解を厚くしていくのだという。 また、翻訳書であれば、原文が西洋言語であることを意識することが大事だという。こういうことを系統立てて、さらには例文まで持ち出して解説してもらえるのは大変うれしい。ここで、「カマし」のテクニックと言ってしまうことも先の四つの原則で感じたように、一種のデタッチメントすら感じる。もしかしたら、著者は世間的には有名になったものの、学界的にはあまり評価をされてこなかったのかもしれず、そのことに対する一種の両義的な思いを持っているのかもしれない。知らないけど。 なお、翻訳の難しさに関しては、否定文の場合に英語や仏語などの西洋言語であればその文の内容が否定されることを文の初めに明示されることになるが、日本語だと最後に行くまでその文自体が否定文であるかどうかが分からないことから、特に長い文においてはスムーズな読書の妨げになった。特にフーコーは否定文の多用が顕著で、『知の考古学』などはその点で苦労した。また、関係詞に関しても西洋言語では修飾される語がまず出てきた上で、語順的にそれがどういうものかが説明されるのだが、日本語では修飾内容が先に来て、より重要で本質である修飾される語が後にくることも複雑で当たり前ではない内容の場合には理解の妨げにもなる。 いずれにしても、このパートは実践的でとてもある意味で役に立つ章であった。 【所感】 あとがきで著者は、「現代思想はもはや「二十世紀遺産」であり、伝統芸能のようになっていて、読み方を継承する必要があります。などという意識を持つようになるとはかつては想像もしませんでした」と語る。 「現代思想は、秩序を強化する動きへの警戒心を持ち、秩序からズレるもの、すなわち「差異」に注目する。それが今、人生の多様性を守るために必要だと思うのです」と書きつつ、いまや「伝統芸能」と自虐的に表現する現代思想の今日的意義について今一度見直した本と言えるだろう。 こういった本には珍しく、著者の躊躇いがそこかしこに見られる。それは著者の現代思想に対する思いから来ていると言ってよいだろう。そのことがこの本に付いた色にもなっている。現代思想によらず、本を読むことには一定の訓練が必要であるということを改めて認識する本でもあった。 ---- 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(千葉雅也)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4163905367 『ミシェル・フーコー: 自己から脱け出すための哲学』(慎改康之)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4004318025 『ミシェル・フーコー: 近代を裏から読む』(重田園江)のレビュー https://www.youtube.com/watch?v=yn3UbBZ46FM 『フーコーの風向き: 近代国家の系譜学』(重田園江)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4791773039 『ミシェル・フーコー』(内田隆三)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4065198984 『監獄の誕生 ― 監視と処罰』(ミシェル・フーコー)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4105067036 『知の考古学』(ミシェル・フーコー)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309463770 『性の歴史 4 肉の告白』(ミシェル・フーコー)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4105067125 『フーコー 生権力と統治性』(中山元)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309245110

    5
    投稿日: 2022.05.06
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    タイトルには『入門』という文字が入っていますが、知識の乏しい私には、少し難易度が高い1冊でした。 しかし、内容はとても考えさせられるものでした。本書を通じて、『二項対立』になりがちな思考プロセスを改めたいという気持ちになりました。 たしかに哲学を学んでも、私にとっては1円の価値も無いかもしれません。ただ、経済的価値の順番を低いものとして考え直すと、お金を生まないことを考え抜いて、思考レベルを上げることにこそ、本当の意味があるのかも、と、思えたことが私にとって収穫でした。

    2
    投稿日: 2022.05.05
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    諸子百家の思想、近代の文芸作品、近年の日本のサブカルチャー作品をある程度知っていれば、難解な言い回しを多用するばかりで特に目新しい点はない。 現代思想と言ってもすでに古い物で、学者はどのように言葉で遊んで商売をしているのか、そういうことは分かった。

    1
    投稿日: 2022.05.05
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    すごくわかりやすく、現代思想、つまりポスト構造主義についての入門書。その代表として、デリダ(概念の脱構築)、ドゥルーズ(存在の脱構築)、フーコー(社会の脱構築)について分かりやすく解説されている。そして、その源泉として、ニーチェ、フロイト、マルクスをあげ、現代思想の前提となっているラカンについても言及。そしてポスト・ポスト構造主義としてマラブー、メイヤスーに言及。それぞれに更に学び続けるための入門書も紹介。最後には原著に望むときの心構えや方法まで言及され、懇切丁寧な本であった。これを読むと、次への学びにつながる動機が湧く読後感であった。

    1
    投稿日: 2022.05.04
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    twitterで著者のことを知り、興味が湧き、手に取った本。 「現代思想」という私にとって一見とっつきにくい分野のガイドとしては、最適な本だと思いました。 この本を読むことで、現代思想を深掘りしたいと思えるようになりました。 もう一度気になった箇所をおさらいして、フーコー、デリダなどを読んでいきたいと思います。

    1
    投稿日: 2022.05.03
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    脱皮などという生ぬるいものではない。これは千葉雅也氏の一つの死である。そこから彼が復活するのか、あるいは、ここから何が生成してくるかは大して重要でない。とにかく、彼は一つの無へと果敢に突き進んだ。私たちに言えることはただ一つである。振り返るな!振り返るな!先生

    4
    投稿日: 2022.04.30
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    現代日本の哲学者である千葉雅也による「現代思想(=20世紀フランス思想)」の概説書、2022年。 旧来の哲学に期待されてきた役割とはなにか。それは、混沌(chaos)としての世界を言語(logos)によって分節化し、同一性の同値類で束ねることで、世界に秩序(cosmos)を付与していくことである。則ち「現代思想」以前の哲学とは、理性/非理性、秩序/逸脱、同一性/差異、存在/生成、概念/個物、普遍/特殊、必然/偶然、精神/身体、内/外、自己/他者、形相/質料、彼岸/此岸、現前/再現前、といった二項対立を措定し、後者に対して前者に優位をおく思考様式のことであった。 「現代思想」は、この二項対立図式を問題化する。 それは、前者に対する後者の復権を主張するのではない。なぜなら、そうした戦略は19世紀後半の「生の哲学」をはじめとする非合理主義がとったものではあるのだが、そこでは価値対立を反転させただけで二項対立図式それ自体は依然として温存されたままであるから。「現代思想」をそれ以前の思想と分かつのは、二項対立図式そのものを不安定化させようとする「戦略としての脱構築」であり、さらに、二項対立図式のどちらか一方を肯定し他方を排除するのではなく両者どっちつかずの宙吊り状態に耐えようとする「両義性という倫理」であるといえる。それによって、これまで二項対立によって排除されてきた「他者性」と向き合おうとする。 では「現代思想」がそのような戦略と倫理をとるその政治性はどこに由来するのか。ひとつは、理性の極北にアウシュヴィッツの野蛮を到来させてしまったことに対する痛切な反省から。ホロコースト=ユダヤ人絶滅は他者性を排除しようとする最も極端な歴史的実例であり、19世紀の非合理主義的な諸思潮はファシズムの非合理性と親和的な側面があるだろう。そしてもうひとつは、秩序を強化しそこから逸脱する他者を排除しようとする管理社会化・全体主義化の潮流に対抗するため。 □ 読んでいて新たな気づきを得られた点を列挙しておく。 ①デリダにとっての「パロール/エクリチュール」という二項対立は、直接/媒介、本質/非本質、近/遠、現前/再現前、と読み替えることで、他の一切の二項対立の隠喩であるということ。②諸個物は、同一性に束ねられる以前に、多様な方向にむかって偶然的に接続と切断の運動を繰り返している生成変化の過程のうちにある、というドゥルーズの存在観。③フーコーは『言葉と物』において、古典主義時代(18世紀頃)から近代に進んでいくなかで、当初は互いに一致していた「表象」と「事物」が次第に分離し区別されていく歴史的過程を描こうとした、ということ。この分離の哲学上の現れがカントにおける「現象」と「物自体」の区別であり、文学上の現れが無限の自己反省=自己対象化を惹き起こさずにはおれないロマン主義的アイロニーであるということ。 ④この「表象」と「事物」の分離によって惹き起こされる無限の自己反省=自己対象化という構造は、とりわけ日本現代思想において【否定神学】として主題化されてきたということ。ラカンの精神分析は【否定神学】の典型例であるということ。⑤フーコーや東浩紀『存在論的、郵便的』は、この無限の自己反省=自己対象化から脱却する道を模索していたということ。

    11
    投稿日: 2022.04.30
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    【オンライン読書会開催!】 読書会コミュニティ「猫町倶楽部」の課題作品です ■2022年5月5日(木)20:30 〜 22:15 https://nekomachi-club.com/events/14454fb73d31 ■2022年5月28日(土)18:45 〜 22:15 https://nekomachi-club.com/events/88229cd327ce

    1
    投稿日: 2022.04.24
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    面白かった。 本書は間違いなく現代思想の入門書の定番になると思います。 個々の哲学者や思想の解説に留まることなく、それらの基本的な共通項やつながりも絡めて解説してくれるので、読みやすい。 また、現代思想を人生に生かすヒントも各所に散りばめられていて、非常に「実用的」でもあります。 本書を読むと、デリダ、ドゥルーズ、ラカンなどを読んでみたくなる。 そういう意味でも入門書として非常に有意義で、価値ある作品だと思います。

    3
    投稿日: 2022.04.23
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    【現代思想入門】 社長に勧められて読んでいるのですが、めちゃくちゃ分かりやすくて面白い! 「管理」「普通」「こうでなきゃいけない」「きちんとする」に息苦しい思いをしている人に向いているかもしれません。 ◆ 昔は、現代思想はなんか専門分化されゴチャゴチャしてあんまり興味が持てなかったのですが。 こうした考え方は、例えば、「発達障害」や「LGBT」を考える際に非常に役に立つ。 ある人は、それを「障害」だといい、 それに対して、「いやいや、それは障害でなく、個性、才能だ」 と否定し、 「そう言えないから、障害なんでしょう」 となる。 しかし、障害とするとなると、要するに、マジョリティのやり方に無理やり合わせることが前提になるわけです。 もっと多様にバラバラに生きて構わない世界だったら、そこまで問題にならないわけです。 世の中が、「クリーン」になればなるほど、「統治」はより内面化され、巧妙化していくわけです。 近代は、支配者がどこにも見えないが、常に監視されているということに怯えて精神病者が増える。 良かれと思ってやってることが、実はいかに主流派の価値観を護持するための「長いものに巻かれろ」になっているかです。 ◆ 存在は全て、生成変化の途中であり、現象でしかない。 そう考えると、すべてを「ついで」でこなしていくライフハックもありになる。 自己啓発本は、人間にある種の決めつけをする事で安心させるものが多い。 ところが長く力を持たないので、次々と新しいその手のアドバイスが出てくる。 また、仕事を効率を上げ職場をより良くする善意は剰余価値をピンハネする下部構造の問題から目を背けることにもなっている。 つまり、搾取されていても快適であるために自ら工夫をしている。 →意識を高く持つとは、 搾取されている自分の力をより自律的に用いることができないかを考えることです。 それよりも、一つの関係性の中にこもらずに、多様な関係の中でいろんなチャレンジをしていき、 本当の自分なんて探求せず、いろんなことをやっているうちにどうにかなる、 というわけです。

    1
    投稿日: 2022.04.22
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    デリダ、ドゥルーズ、フーコーを中心に、現代思想の輪郭をざっと素描する一冊。誰かが言っていたことだけど、「今では当たり前に思考されている方法が、かつていかにラディカルな発明だったか≒今ではベーシックとして認識されているビートルズがいかにラディカルだったか」みたいな再定義を与えてくれる。

    2
    投稿日: 2022.04.16
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    現代思想のエッセンスを、限りなく濃縮して一般人にも分かるように伝えてくれる名著。 研究者として現代思想畑で着実に実績を積んできた千葉氏だからこそ、ある時は簡略化し、ある時は肝の部分だけを切り取って提示しているのだとしても、大きな信頼感を持って読者に直截届くのだと思う。 日常生活では、いろいろな価値判断が二項対立に陥りがちだ。どちらかが優れていて、どちらかが劣っていると見ることが多い。その固定されたものの見方から逃れるように、脱構築はその背後に本来ある差異化の運動に収斂させていくものだと思っていたけど、行き着く先は何もかもが不確かな相対主義に陥る可能性がある。 そうではなくて、脱構築と仮固定との不断の運動が志向されていることが新たな発見だった。 とは言っても、「現代」思想もすでに何十年も前の潮流だ。日常的な思考からすると、まだまだ浮世離れした真新しい理論のように思われるけど、思想の体系としてはすでに吟味され尽くしてしまったのかもしれない。 そこから今後どのような新たな視点が生まれるのか、ある種の諦観と期待とともに開示されているように思う。

    2
    投稿日: 2022.04.14
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    現代思想が学問だと知らずに読み始めてしまったらしっかり挫折。 ただ付録で、1度目から完璧に読めなくて良い。何度も何度も読んで少しずつ理解できればいいと励ましてもらったのでまたチャレンジしたいと思います。。 未練込みでの決断という倫理性を帯びた決断をできるものこそ本当の「大人」

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    投稿日: 2022.04.14
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    いわゆる「現代思想」と言われるポストモダンの哲学史的な立ち位置と概要が簡潔に述べられている。特に、「ジャック・デリダ」、「ジル・ドゥルーズ」、「ミシェル・フーコー」を中心として、それぞれを「概念の脱構築」、「存在の脱構築」、「社会の脱構築」としてとらえかみ砕いてくれているところに著者の力量が現れている。そしてさらにそれぞれの哲学の応用、活用のハウツーまで丁寧に行っている。人文書としては行き届きすぎていて、本来は下世話な感まで残るところだが、著者がそれをあえて行っているところに、著者の現代社会に向けた、特に人文離れがはなはだしい若者に向けたアイロニーを感じてやまない。 しかしやはり著者の千葉氏のポストモダン思想に対するパラフレーズの鮮やかさが強烈に印象に残った。いや、すごいなと。

    2
    投稿日: 2022.04.14
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    一番衝撃的な、心にズサッと来たのは付録部分。 「現代思想の読み方」というページですが、その冒頭部分で「哲学書は1回通読して理解するのは無理なことで、薄く重ね塗りするように「欠け」がある読みを何度も行って理解を厚くしていきます」と書いてあります。 どうしても読書というと先入観として「本を全部最初から最後まで読まないといけない」とか「全部理解しないといけない」とかあるかと思いますが、そういったバイアスに捉われなくていいんだよと心がスッと楽になった予感がしました。 ちなみに内容はやはり難しくて2章で途中断念したので、またコンディション整えてから挑戦したいと思います。

    7
    投稿日: 2022.04.12
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    まず、わかりやすい。読みやすい。次に進むべき書物が示されていることが入門書として適切。最後に現代において、現代思想の落とし所が一案として示されているのが、応用例として参考になる。

    5
    投稿日: 2022.04.10
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    ・「現代思想は、秩序を強化する動きへの警戒心を持ち、秩序からズレるもの、すなわち「差異」に注目する」「20世紀の思想の特徴は、排除される余計なものをクリエイティブなものとして肯定した」「いったん徹底的に既成の秩序を疑うからこそ、ラディカルに「共」の可能性を考え直すことができる」「秩序をつくる思想はそれはそれで必要です。しかし他方で、秩序から逃れる思想も必要だというダブルシステムで考えてもらいたい」「物事を「二項対立」、つまり「二つの概念の対立」によってとらえて、良し悪しを言おうとするのをいったん保留する」「二項対立はある価値観を背景にすることで一方がプラスで他方がマイナスになる」「二項対立のどちらがプラスなのかは、絶対的には決定できない」「(二項対立が)互いに押し合いへし合いしながら、絡みながら展開されるグレーゾーンがあって、そこにこそ人生のリアリティがある」といった考え方が現代思想だとあらためて認識できて、古典になりつつある現代思想が今日まさに困難を越えるための考え方として必要とされると感じた。 ・昨今「対話」というキーワードがブームで、良し悪し、正誤の判断をいったん保留にして共感的に話しあうことが重視される。この「対話」という時代のキーワードとの共鳴も感じる。 ・現代思想の考え方の4原則は日常の違和感を検討する際にも有効だと思った。 【現代思想を作る4つの原則】 1.他者性の原則 2.超越論性の原則 3.極端化の原則 4.反常識の原則 ・本書はこれまでの難解な書かれ方の常識を破り、日常会話をしているような平易な言葉でエッセンスを伝えている。まさに常識からの逸脱であって、それでいて秩序だった内容理解がともなうというものになっている。秩序と逸脱の統合を体現していると感じた。

    2
    投稿日: 2022.04.10
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    分かりやすい例と簡単な言葉で語る、現代思想。 史上最強の哲学入門を楽しく読めた人はこの本もいけるのかなと思う。 哲学本のとっつきにくさについて、かなり身も蓋もない言い様でかみ砕いて説明してくれて、なるほど!というエウレーカをちょくちょく感じられるのが素晴らしい。 現代における合理性と清潔性みたいなものが法律とは別の部分で個々人に広がって、それによる分断があらゆるところで出来てしまっているという危機感があるが、分断に対する架け橋になるポテンシャルがある(売上という意味も含めて)本だと思う。

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    投稿日: 2022.04.09
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    現代思想に対する評価として「相対主義である」という評価に触れることが良くあり、私自身そのように感じる部分もありつつ、デリダやフーコーの思想などに大しては相対主義とは異なる何か「支えのようなもの」があると感じてもやもやしていましたが、それが本書の中で仮固定という言葉で明確化されていたように思われました。仮固定と差異を軸に現代思想をまとめ上げるという点で、入門書ではありつつも一つの研究書でもあるのだろうと感じました。

    4
    投稿日: 2022.04.03
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    入門だと思って舐めていた。デリダ、ドゥルーズ、フーコーを中心に哲学がどのように既存の二項対立的価値観から脱しようと試み、試みへの批判まで対処して考えてきたのかを出来る限り分かりやすく書いているのだと思う。 付録では、哲学書の読み方をレクチャーしてくれる。一度で理解できないことを何度も何度も繰り返して読む経験がないと哲学書なんて無理だろう。けれど、ある程度までは千葉は主題だけを読み取る力、高校の現代文的な授業を施してくれる。千葉の他の著作、それとデリダの他の入門書も読みたくなった。

    3
    投稿日: 2022.04.02
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    入門書の入門書としてまずデリタ、ドゥルーズ、ガタリを非常に分かりやすく教えてくれる。 分かりやすく親切な本である

    2
    投稿日: 2022.03.31
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    気鋭の思想家千葉さんによる現代思想入門。これほどまでにわかりやすく有用な入門書も珍しいのではないか。個人的には内田樹の『寝ながら学べる構造主義』以来のわかりやすさ。ただ一般的に現代思想の入門書は内田樹の書籍も含めて、原書にあたるにはだいぶ距離があるというか、読み方まで指南してくれることはなくて、結局原書には入れないと言うことが多いと思うのだけれど、本書は原書にあたれるような構成になっていると思う。 ビジネスライクに割り切って各思想家の思想の読み方を解説してくれるところも面白いのだけれど、付録の読み方が実は本書の白眉ではないか。原書とは薄い膜を被せるように何度も読むと言うこと、速読は無駄だと言うこと、そして、ドゥルーズやデリダの読みを、具体的に言い換えながら読み解く仕草を具体的に知ることができるのは現代思想を学び始めた読者にとってとても有益だと思う。以前、ゲンロンで実施されていた「東浩紀による東浩紀」でのデリダ読みに似て思想書ってこう読むのね、ということが手触り感を伴って知ることができるのではないだろうか。 学生時代にこんな本があったら迷わずに済んだのにと思う。

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    投稿日: 2022.03.28
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    デリダ先生やドゥルーズ先生の言ってることをこんだけ分かるように書いてくれるのはほんとにありがたい.勉強になった.こうやって勉強させてくれると,フーコー先生とかやっぱり頑張って読まんとならんね,と思う.最後の章のテクスト読み実践の初級編みたいなやつは,哲学やってるほかのいろんな人にも書いて欲しいね.デカルトまわりの人とかはデカルト研究そのものをとおしてそれを教えてきてくれたような印象もあるけど,この本とか今野雅方せんせいの本みたいな読み方指南はもっとあってよいだろう.まあ今野せんせいはあまりにも別格か. 近代より前の哲学史とか,わりとトピックベースドな哲学とかそういうのある程度勉強してて,かつフランス現代思想とかはあんまりって人でも,目を通しとってバチは当たらんのじゃないかなあ.

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    投稿日: 2022.03.27
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    “新書”というのは、特定分野の研究に携わるような人達の知見を「その他大勢…」というような人達に「或る程度判り易いように」と説くというような役目が在るような気がする。そういう在り方が好きで時々思い付いて紐解くのだが、本書はそういう“新書”という存在の「到達点!」的な内容かもしれないというようにさえ思った。 正直、“思想”とでも正面で言われると正しく「?!」とでも書き綴りたい感だと思う。訳が判らない… しかしながら、誰しもが日々の暮らしや、辿って来た経過の中で「自身と社会」とか「社会の中での自身」という程度のことを「何となく思う」というのは、その「思ったこと」に、後から誰かが読んで考える材料になる程度の何かを綴るか否かは判らない。寧ろ、そんなことに無縁の人が多い筈だ。 が、本書で論じられるような「現代思想」というような事柄に関しては、“時代”の区分として“現代”ということになる時期に活動していた人達が想い巡らせた「自身と社会」とか「社会の中での自身」という程度のことに関して、「真摯に向き合って、伝えられる綴られたモノを読み込んでみよう」という趣旨なのだと思った。 本書の筆者は「真摯に向き合って、伝えられる綴られたモノを読み込んでみよう」という「より正しく読んで伝える…」を旨とする研究者でもある。その研究の一部を伝えようとする教育者という活動にも携わっている。本書の内容自体、その「研究の一部を伝えようとする」という営為、「大学での講義内容」に着想を得ているモノであるようだ。それ故に、遠い学生時代に、大教室で催されている「〇〇先生の講義」に何となく足を運ので、その御話しに耳を傾けるような感覚に近い感じで、本書の内容に触れられたような気がする。 率直に申し上げて「現代思想」という語句が眼前に現れた瞬間に「パス…」という程度に思わないでもない。何か「訳が判らず、面倒…」とか「“思想”を如何とかこうとか論じようとしている時点で、少し“変な奴”呼ばわりを甘受する羽目に??」とさえ思わないでもない。しかし、「断じてそういうことでもない!!」ということが本書に触れると判る。 「自身と社会」とか「社会の中での自身」という程度のことは、遥かな古代から、長い歴史で「つい最近」となる所謂“現代”に至るまで、更に「今!この瞬間!」にも論じられ続けている筈だ…そういうことで、何事かを真摯に綴ると“思想”と呼ばれたり、それを紐解く人達が「〇〇の哲学」という程度に称するのだ。 「自身と社会」とか「社会の中での自身」という程度のことを「何となく思う」という中、過去の哲学者の論点等も顧みて、色々と論じているのが本書で取上げる“現代思想”の論者達であり、彼らの論点に着想を与えたとか、大きな影響を与えたと見受けられる少し以前の時代の人々なのだ。 本書はそういう論点を整理することを試みると同時に、「翻訳文で登場する人文系の文書の綴り方の流儀」を独自に「説いてみようと試みる」という内容も付され、その辺りも非常に面白い。或いは、漫然と想っている事に形を与えるべく、何事かを論じた文章を綴ってみようかとしている人にも有益なのかもしれない。 「自身と社会」とか「社会の中での自身」という程度のことは、「〇〇思想」という程度の名称を冠せられるまでもなく、各々が各々の流儀で考えているのだとは思う。が、それはそれとして、或る時季の或る人がそれらに関して綴ったというモノに真摯に向き合い、それらを「より正しく読んで伝える…」を旨とする研究者として、それをより若い人達に伝えようと心を砕く教育者としての経験を踏まえて綴られた本書のような内容は非常に有難いというように思う。 本書の筆者は自身より少し若い。が、「20世紀」という環境の下で色々な意味で育ち、或る時に迎えた「21世紀」に「色々と想う何か…」が在るということでは「近い世代の論者」ということになり、何か強い共感を得た。 偶々、「〇〇大学の卒業式」というような話題も伝えられる時期に、本書に触れた。そんな中で色々と想いも廻ったが、この種の「大き目なテーマ」を「入門」と称して正面から論じる一冊は尊いという感じもした。「研究者にして教育者」という、大学のような場所で「先生」と呼ばれる人達にとって、この種の「○○入門」は実は「著してみたい!!」という内容ではないかと、時々思うことも在る。 通読後、手が届き易い場所に置いて、随時参照してみたいような気になるという、そんな一冊だ。広く薦めたい。

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    投稿日: 2022.03.26
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    千葉雅也(1978年~)氏は、宇都宮市出身、東大教養学部卒、東大大学院総合文化研究科博士課程修了、パリ第10大学文学・言語・哲学科Master、仏高等師範学校研究生、東大グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」研究員、日本学術振興会特別研究員等を経て、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。2013年に発表したデビュー作『動きすぎてはいけない~ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』で表象文化論学会賞を受賞した、現在注目される現代思想家のひとり。近年は小説も執筆しており、『デッドライン』で、2019年の野間文芸新人賞受賞、芥川賞候補、『マジックミラー』で2021年の川端康成文学賞、『オーバーヒート』で2021年の芥川賞候補。 私は、千葉氏と同じ高校出身(年齢は私が10数年上)ということもあり、その著書は常に気に留め、これまで、『動きすぎてはいけない』、『勉強の哲学』、『ツイッター哲学』、『アメリカ紀行』等を読んできた。 また一方で、現代思想には興味を持ちつつも、本書でも取り上げられている思想家たちの原書日本語訳や、日本の思想家たちによるそれらの本格的な研究書はほぼ歯が立たず(『動きすぎてはいけない』も、文庫版の小倉拓也氏の「文庫版解説(読解の手引)」を頼りになんとか一通りページをめくった)、本書の帯にある「入門書の決定版」という文言に惹かれて手に取った。 私が本書のメインの部分(デリダ、ドゥルーズ、フーコーの思想)から得られた示唆は以下である。 ◆現代思想の意義・・・現代思想を学ぶメリットは、複雑なことを単純化しないで考えられるようになること、単純化できない現実の難しさを、以前より「高い解像度」で捉えられるようになることである。現代思想は、秩序を強化する動きへの警戒心を持ち、秩序からズレるもの、即ち「差異」に注目するが、それが今、人生の多様性を守るために必要である。 ◆デリダの思想「概念の脱構築」・・・デリダの唱えた「脱構築」とは、物事を「二項対立(二つの概念の対立)」によって捉えて、良し悪しを言うのを一旦留保することである。我々は思考するときにしばしば二項対立で物事を捉え、一方をプラス、他方をマイナスとするが、実は二項対立のプラス/マイナスは絶対的に決定できるものではなく、ときに逆転するなど線引きの曖昧なものである。よって、二項対立を脱構築することが大事である。 ◆ドゥルーズの思想「存在の脱構築」・・・ドゥルーズ+ガタリは、物事はすべて、対立関係で存在しているのではなく、多方向に超複雑に関係し合っているとし、その関係性を「リゾーム」と呼んだが、それは、物事はA vs. 非Aという二項対立を超えて(=脱構築して)関係し合っているということで、「存在の脱構築」と言える。一方で、リゾームの中には多数の、多方向の無関係性もあるため、結果的に、あらゆるものが多方向に接続され、また切断されていることになる。即ち、全ての関係性には、絶対的に正しいあり方などはなく、いずれも生成変化の途上にあるのであり、接続と切断のバランスをケース・バイ・ケースで判断するという一見当たり前のことが大事である。 ◆フーコーの思想「社会の脱構築」・・・「近代」とは、「異常なもの(=ノイズ)」を制度的に集約し(監獄や病院に)、社会をクリーン化していった時代であり、それは、「正常なもの(=マジョリティ)」と「異常なもの(=マイノリティ)」の二項対立を強化した時代と言える。また、近代においては、人々に自己監視する心を植え付け(「規律訓練」)、また、制度を使って人々を即物的にコントロールする(「生政治」)ことにより、権力が維持されているのであり、それには、「支配者(=権力)」=悪、「被支配者」=善という二項対立が単純には当てはまらない。それらを踏まえて、我々は人間の多様性を整理し過ぎずに、即ち、「正常なもの」と「異常なもの」の二項対立を脱構築(=「社会の脱構築」)して、もっと社会に対して寛容になること、また、個人としては、あまりこだわり過ぎずに、世俗的な自由を楽しむことが大事である。 更に、後半では、現代思想の先駆者として、ニーチェ、フロイト、マルクスを、精神分析との関わりから、ラカン、ルジャンドルを、ポスト構造主義の後(ポスト・ポスト構造主義)として、マラブー、メイヤスー等を取り上げている。 著者が目指した通りの“入門書を読むための入門書”であり、かつ、難解と思われる現代思想を、我々の普段の行動・生活にどう活かしていくべきかを、平易に説いた好著である。 (2022年3月了)

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    投稿日: 2022.03.23
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    哲学・現代思想の分野にありがちな、入門書を謳っていながら素人には難解すぎたり、あるいは平易にしすぎてエッセンスを取りこぼしていたり、といったことのない、ほんとうのほんとうに入門書でありながら、それでいて脱構築の観点から捉えなおす研究書でもあり、そのことがいっそう理解を促進するというほんとうにありがたい本

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    投稿日: 2022.03.21
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    あえてビジネスライクに、あるいは自己啓発的に、現代思想のエッセンスを切り開くことで、「(同じ日本語でこそあれど交わりが少ない)人文語とビジネス語の断絶を飛び越える」ことに成功している名著。 その意味で特に「第六章.現代思想のつくり方」 は、宝物のような論考。「勉強の哲学」のメイキング本の中で、いずれ制作の哲学を書きたい、という話があったけれど、ある意味「制作の哲学」の一端となっているような論。 企画職はもちろん、日々何かしらの問題に向き合う仕事をしながら暮らすすべての人に活きる一冊。 また、東浩紀の哲学がどのような位置づけにあるのか?についても克明に刻まれていて、勉強になった。 今まで現代思想ってものを、勘違いしていた・・・(まだまだ理解のリの字にも至っていないけれど)。もっと早く、出会いたかった。

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    投稿日: 2022.03.21
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    わかりやすさが極まってた 身近な例の挙げ方、そこから抽象的な議論の持っていき方がスムーズで、「要は〜みたいな感じ」と話し言葉でまとめてくれるのですんなりついて行ける。そこまで深く入っていかず参考書を提示する。コンパクトにまとまってる。まさに入門書ってかんじでした

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    投稿日: 2022.03.18