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渚にて 人類最後の日
渚にて 人類最後の日
ネヴィル・シュート、佐藤龍雄/東京創元社
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総合評価

100件)
4.3
43
31
12
1
1
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    面白かったです。 放射線が世界を滅ぼすまでの何ヶ月かを描いた物語です。終わりを知りながらもな過ごす人々の生活を淡々と描いた作品で、死への恐怖だけではなく人生の楽しみ方をどこかほのぼのと伝えててくる作品でした。登場人物それぞれの人間味がとてもよく表現されていて感情移入できました。

    8
    投稿日: 2025.12.13
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    1957年に書かれた終末小説。 人類終焉を迎えるとき、人々はどう生きるか。 昨今のコロナのパンデミックや、まだ続いてる戦争、環境汚染、災害と、なんだか他人事に思えず、ラストを知ってしまうのが怖いような気もしてた。 でも人間は、どこまでも理知的で、順応性があって。 「渚にて」に描かれている世界は、とても静かな世界で、逆にすごくリアルに感じた。 あたりまえの生活を望んでいる人々。 すごく尊くて、最後の方は泣きたくなった。

    11
    投稿日: 2025.12.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    序盤の展開は、やや退屈ともいえる日常の延長だった。 ある意味で伝聞でしかない、核投下により徐々におとずれる緩慢なる人類の滅亡。 それが、やがて自らが住む町に近づいてきたとき、果たして何ができるのか…避けようのない終末を前にして、一気に引き込まれてしまった。 庭に苗木を植え、将来の(見ることは無いだろう)光景に思いを馳せる夫妻。 生存が絶望的な妻子へ贈り物を準備し、その喜ぶ姿を想う父。 人類最期のカーレースに命懸けで挑む科学士官。 それぞれの不合理な行動は、自己満足といえばそれまでだが、生きることを誇張無くドラマチックに描いていて心打たれる。 物語の主軸となる、潜水艦艦長のタワーズと牧場出身のモイラの関係がまた絶妙だった。 したたかで機転が利くモイラが、タワーズを振り回しつつも踏み込みすぎず、彼の実直な生き様を尊重して、ぐっと思いを呑み込んで背中を見送るところが非常に沁みた。 もっと時間があれば…切実な願いを、すべての人が噛みしめたであろう末に迎えたラスト。悲しいラストだが、登場人物みな残された時間でやれることをやり切っていった感もあり、喪失感だけでなく、自らの人生について顧みさせる余白を感じさせてくれる。

    0
    投稿日: 2025.11.26
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    人間讃歌の作品と解釈しました。 終焉を目の前にして、どのように生きるか。 登場人物は皆誇り高く、品位があり聡明で、それが故にラストは泣けました。 恋愛小説としても一級品ではないでしょうか。

    0
    投稿日: 2025.10.20
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    人類が確実に滅亡する作品。 人はこんなにも大人しく秩序ある最期を迎えるのだろうか? 滅びると決まった時から、滅びる日までに自分たちで人類を滅ぼしそうな気がするのだが。 ユニバース25の実験を思い出す。 だからこそ今が大切、と重味のある質量感で教えてもらった作品だった。

    1
    投稿日: 2025.05.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    普遍的な作品 アメリカの潜水艦スコーピオンの艦長タワーズ大佐とオーストラリア在住の女性モイラ。この2人は最後まで一線を越えなかった。タワーズは中盤から、「最後の日は家族が待つ故郷に帰るつもりだ」とたびたび発言するのだが、この状況でタワーズが故郷に帰ることは不可能。家族も亡くなっている。つまり、最後は自決するということを意味している。そしてそれを聞いている周囲の人もそれに対して深い詮索はしないで「そうなんですね」と受け流す。この小説の良さはこんなとこりにある。 ラルフ・スウェインがシアトル近郊で潜水艦スコーピオンから飛び出して、放射能汚染されている自分の故郷に泳ぎたどり着くところも胸にぐっとくるシーンだった。ラルフが「自分はあとどのくらい保ちますか?」という一連のやりとりも良い。

    0
    投稿日: 2025.05.07
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    村上春樹1Q84で青豆が見たという映画と同じ名前の原作。1950年代の作だが、あれから70年、現実には起きていないが、目の前に迫っている危機感は変わらないな、と。もし同じ立場になったら赤い薬を飲むのだろうか?

    0
    投稿日: 2025.05.05
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    終末を扱うSF小説の代表作。いままで何となく手に取らずにいたんですが、思い切って読み出したらこれが面白い。 核戦争の影響で遠からず死が待ち受けている現実を受け入れながら、それでも自分自身の矜持を守るため、変わらぬ日常を最期まで過ごそうと行動する登場人物たち。果たして自分が同じ立場になったとき、彼らのように家族や自分自身を大切にしながら生きることができるのか。そんな世界にならないのが一番なんですが、もしそうなったとしたら、この小説を思い出し、少しでも彼らに近づけるように胸を張って生き抜いてみたいですね。

    7
    投稿日: 2025.04.30
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    どう言葉にしていいのか分かんないけど、核戦争のもたらす恐ろしさと、逃れられない理不尽な死に直面しても"人"として生き続けた登場人物達に感動して、ラスト50ページくらいは震えて泣きそうになりながらページを捲ってた。地球のどこだろうと核戦争が起きてしまったら、他人事ではいられないことを全人類が知った方がいい。教科書にすべき一冊だと思いました。

    1
    投稿日: 2025.04.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ・あらすじ 第三次世界大戦により北半球は壊滅し、南半球の生き残った人類も数ヶ月後には南下してくる放射性物質によって滅亡することが決定している世界。 アメリカ海軍の潜水艦の艦長であるドワイトはシアトルから届くモールス信号の謎を調査するため北半球を目指すことになる。 カウントダウンが迫るオーストラリアを舞台に、世界の終わりをどのように人々は過ごすのか。 ・感想 すごく高潔でお綺麗な作品だったな、という印象。 面白かったんだけど、星4にするには私にはロマンチックすぎたかもしれない。 とくにドワイトとモイラの関係にイライラしたな(ここがメインなのに) 正直、モイラは完全に男に都合の良い女だと感じた。 滅びに向かう世界にあっても信念や倫理観を捨てずに、高潔に生きるかっこいい男と愛を求める女性の精神的な繫りを書いた…のかな? でも「奥さんに私の事伝えてね、何もやましいことは無いんだから」「ああ、あいつも分かってくれる」みたいな台詞はなんじゃそりゃって思ったw モイラが死ぬ(多分感動的な)ラストシーンもドワイトの乗る艦をみながら、艦が沈む時間に合わせて「先に行っても私を待ってて」と言いながら死んでて、は?って思っちゃって。 なんだろうなーー高潔な理想に殉じる男の背中をみながら一歩引いて困る我儘は言わず耐えて尽くす女をみるとイラっとするみたいな…?時代だな。 夏への扉もロリコン主人公に対して結構ひどい感想を書いたけども、古典作品にあるこういう都合のいい女性描写とそれに肯定的な描写見ると流石にシラけるかも。(男尊女卑描写はほとんど気にならないんだけど) 面白かったんだけど、SFにあんまりこういうセンチメンタルさというかロマンチックな感じは求めてないので、これはもう完全に私むけでは無い作品だった。 シアトルのモールス信号の謎はそこまで重要じゃなく、あらすじに書かれてある事から予想するよりミステリー要素が主題の作品では無かった。 こういう薬あるの良いよなー私もほしい。 あと50年後にはこういう薬使うのが普通の世界になっててほしい(この感想で締めていのかわかんないけど)

    3
    投稿日: 2025.04.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    土瓶さんのレビューに惹かれて♪ 核戦争により地球全体が徐々に放射能に汚染されていく。 人類最後の日が迫りくるなか、人々はどう生きるのか、どう最期を迎えるのか。 徐々に、確実に、迫りくる死の恐怖。現実として受け入れる、実感するまでの葛藤。 子どもの成長、将来の夢、未来への希望の消失。 原因は自分たち人間なんだけどね。 近いうちに人類が滅亡し、これまで築き上げてきた歴史もなにもかもが一瞬で無になってしまう。未来に何も残せない。 そんな世界で生きる希望や意味をどう見出すというだろうと思っていた。 でも、印象的だったのは、これまでと変わらぬ日常を送ろうとしている人たちの姿。 働く。学ぶ。趣味に没頭する。家族と過ごす。生きがいや楽しみを持ち、目の前にある幸せを噛みしめること。 残された僅かな時間の使いかたこそが、その人らしさなのかもしれないなぁ。 もう絶望でしかないのだけど、最後まで理性を失わない人間の強さを感じた。それは、大切な人の存在があったことが大きい気もするけれど… 土瓶さんもおっしゃっていたように、著者は人間の高潔さというものを信じているんじゃないかなと、私も思った。 そして、最期は、住み慣れた家のなかで、薬物を使って静かに死を迎える道を選ぶ人たちが多いみたい。 できることなら、心安らかに逝きたいもんなぁ。 私なら、最後の晩餐は、納豆ごはんとみそ汁がいいかな。 どんちゃん、生きかたについて考えさせられる素晴らしい作品を教えてくださり、ありがとうございました!!

    67
    投稿日: 2025.03.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    オススメしていただいて読んだ、静かな終末のお話。 北半球の国々が核爆弾を各地に落とし、濃い放射能が漂う世界になってしまった。 そんな北半球と連絡が取れないまま、南半球にあるオーストラリアは懸命に情報収集していく。 そして、確実に世界が終わるとわかってしまう…… 人はいつか死ぬとわかっていても、だいたい「そうは言ってもまだまだ先の事だろう」と思うから生きていけるんだと思います。 このお話は、人生を閉じるとき、強制的に閉じさせられる時がわかってしまった。 それでも、少しの暴動や略奪や喧嘩は起こっているみたいだけれど、だいたいの人はやれる事をやったり、先へと続いていく庭を作ったり生きていくためにスキルを身に着けたりと、少しの希望と自棄っぱち、たくさんの諦念で静かに終わっていくのが壮絶でした。 こうなったら仕方ない…と。オーストラリアだけで生き残っても、というのもあったのでしょうか。 モイラとタワーズの関係が好きでした。2人の間にあるのは友情よりもちょっと好意に傾いてると思うけれど、世界が終わりかけているのに人の道は外れないという慎み…素敵です。 タワーズ、哀しかった。

    5
    投稿日: 2025.01.14
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    ―「そんなことをして鱒が減ると、先行き何年も釣りができなくなるぞ」 避けられない終わりが着実に近づいていても、未来を想定せずにはいられない人間の不合理。結局、徐々に先細りになり、最後に残ったロウソクをふっと吹き消すようなきれいな終わり方は、人間にはできないのかもしれません。 素晴らしい小説です。これぞ本でしか味わえない世界。しかし悲しい読後感でした。これを読んで感動できる・前向きになれる感性はいまの私には持ち合わせていません。

    0
    投稿日: 2025.01.13
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    なんだか様子がおかしい…そんな始まり。 オーストラリアの端っこ以外の世界に何かが起きたらしい。 今やもう、絵空事と思えない。

    0
    投稿日: 2024.12.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    最初に翻訳された時の副題は 「人間の歴史を閉じる日」 だったようです。 うん、 なんか「人間の歴史を閉じる日」というのがすごくしっくりくるラストでした。 本当に、ゆっくりと、 死の帷が降りてくるような、 あるいは蝋燭がゆっくりと燃え尽きて最後の光が消えていくような、 そんな感覚です。 ストーリーは、核戦争で北半球は全滅、 南半球にもじわじわと放射性物質が近づいてきていて、 そう遠くない未来、全員確実に死ぬことがわかっている、という世界です。 途中で誰かの身体が特別変異を起こすとか、 放射性物質から逃れる方法が見つかるとか、 宇宙からいきなり助けが来るとか、 そういうどんでん返しみたいなものは一切ありません。 今は元気でいるのに、数ヶ月後には必ず全滅するという残酷な現実を、 それぞれがそれぞれの方法で意識の外に追いやり、 なるべく普段通りの生活をして、恐怖にギリギリ耐えている、という日常がメイン。 とはいえ、物資は明らかに不足していて、 石油がないため、個人の移動手段が自転車や馬に頼るようになってるあたり、 まぁまぁ厳しいレベルのディストピアが展開されています。 なんというか、派手なシーンは一つもないのですが、 そのせいで、それぞれの登場人物たちの人生の終え方が違和感なく、まるで穏やかな川の流れの一部のように感じました。 これを読んだ後には、 自分の最期はどうしたいか、というのをどうしても考えざるを得ません。 作中では、 ある者は自殺行為だとわかっていても北半球の故郷の街に帰り、 ある者は愛する家族と同時に自決、 ある者は自分の好きな空間(愛車等)で最後を迎えますが、 果たして私自身はどういう最期を望んでいるのか、と考えずにはいられませんでした。 人類が全滅した後に知的生命体が生まれる可能性に向けて、 人類の歴史をガラスに刻みつけて残そうとする人たちも現れますが、 発見してもらえないかもしれないと頭の片隅では思っていても、 やはり自分たちが存在していた証をなんとか残したいという欲求ってこういう時こそ強くなるものなんだなぁと、妙に共感してしまいました。 SFの中では名作と言われている作品ですが、 ラストがバッドエンドで救いがないので、 読了後はとても寂しい気持ちになります。 あと、設定がわりと現実にありえないことではない、という要素も相まって、 自分自身の死の理想の迎え方をリアルに考えるきっかけになりました。

    0
    投稿日: 2024.11.29
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    人類滅亡の様子を描いた、読み応えのある作品だった。この本の状況は身近に感じて、驚いた。 小説は1957年の作品で、今からおよそ70年も前にこれからの戦争は傍観できないというメッセージを残してたとは。 こうした状況は、コロナ禍を経て、いつ、起こってもおかしくないと感じてしまった。 小説の登場人物が生き続ける姿が印象的だった。

    0
    投稿日: 2024.11.25
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    第三次世界大戦をテーマとする1960年代SF小説。中ソガ戦争になり、西側に飛び火して世界核戦争になって地球が自滅していく姿、核戦争の現場からは離れたオーストラリア、メルボルンを舞台にした核汚染が到達して人類が終わりを迎える姿を描いてます。

    0
    投稿日: 2024.11.17
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    半世紀以上前に書かれた終末系小説。 ソ連と中国の間で核兵器を使用した戦争が起き、アメリカやヨーロッパも巻き込んだ核戦争となり、北半球の人類は核汚染で死滅している。 出港していて無事だったアメリカの原潜スコーピオンはオーストラリアに移っているんだけど、時折発信される無電の確認のためにアメリカへ。確認の結果、風で窓枠が揺れて、ということだった。 オーストラリアに戻るが、地球全体が放射性物質に覆われて結局人類は滅びる。 登場しない話だけ出てくるイギリスの飛行隊長を泊めたら赤ん坊を見て泣き出したりとかいった描写は、かなりリアリティがある。過去の経験から自分もそうなるだろうと思う。そんな中でも冷静に自分を保っていたタワーズ艦長は立派だと思う。 みんなが終末を迎えるにあたって、大きな混乱がそこまでなかったのも、実際はそうなのかもなと思う。法が機能しなくなり、カオスになるんじゃないかって想定されがちだが、人間はみんながそうではないだろうなと。そして死を目の前にして残りの人生をどう過ごそうとするのか、それも面白いシミュレーションだったなと。

    2
    投稿日: 2024.10.30
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    理不尽な状況での予定された終焉。 どう過ごすかはモロに人間性がでるね。 悔しい、やり切れない、葛藤、様々あるのは承知の上で、健康体で最後の日が予告されて自分の締めくくりを思うように過ごせるというのは、羨ましいと思ってしまう。

    5
    投稿日: 2024.10.20
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    最後の没入感。 久しぶりに味わった気がする。 恐怖を覚えさせるフィクションというのはそうそうないぞ。

    0
    投稿日: 2024.08.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    なるほどこれは名作。 古典SFだが十分に考えさせられる。 はい。あらすじ。 【第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国原潜"スコーピオン"は汚染帯を避けオーストラリアに退避してきた。ここはまだ無事だった。だが放射性物質は確実に南下している。そんななか合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者がいるのだろうか?-一縷の望みを胸に"スコーピオン"は出航する。迫真の名作。】 この作者さんは、きっと人間の高潔さというものを信じているのだろうな。 破滅の危機が迫っているにもかかわらず、多くの人々は変わらない日常を続ける。来るはずのない来年に咲く花を庭に植えたり、速記や簿記を習いに行ったり。 そもそも逃げる場所がないからということなのだろうが、暴動も起きず、物資を巡っての強盗や殺人やレイプなどもまるで起きない。 1957年の作品だからか、今なら地下シェルターを作ってという展開になるだろうが、それもない。 それぞれがそれぞれのやり方でそのときを迎える様子が描かれる。 悲しい話であるはずなのに、後半は目を少し潤ませながら、しかし、同時に口角を上げて読んでいる自分がいた。 「うん。うん。そうだね」と。 ★4の価値はあるな~。 さんざん迷った。 でもやっぱりキレイ過ぎる。そこが魅力でもあるんだけど。 そうそう。 作中で無料配布される毒薬が無性に欲しくなったな~。 そういうのがあると逆に安心できない? これさえあればいつでもたいした苦しまずに人生を終わらせられることができるってのがあるといいと思うんだけど。 昔、乙一さんのなんかの作品で、あくまで冗談としてだけど医者から毒薬をもらえたなんて書いてあって、著者紹介か、あとがきだったかな? これで安心できるなんて書いてたが、その気持ちはわかるな。羨ましく思った。 今のところ使う予定はぜんぜんないんだけど、ないんだけどね、持っていれば安心できるって気持ち。変かな? まあ、家族がいるとそんな簡単でもないんだろうな。 バカなことを書いてしまった(*´з`)

    29
    投稿日: 2024.07.04
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    終末の世界とそこに生きる登場人物たちの姿が淡々と冷静に描かれてるのが逆に胸に刺さった。何人かはそんな世界の中でも未来の話をして、読んでいる方も奇跡を信じたくなった。自然と引き込まれて読み続けちゃういい作品だったと思います。

    0
    投稿日: 2024.07.02
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    核戦争後、オーストラリアを舞台に人類の最後を描いた作品。 これといった大きな波もなく淡々と終わりに向け進んでいくが、そのシンプルさが妙にリアルでノンフィクションを読んでいるような感覚になる。 実際に人類の終わりを体験したことがないので現実ではどうなるのかわからないが、もしそんな時が来るとするならこの作品の人物たちのような終わり方をしたい。

    1
    投稿日: 2024.06.18
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    死が迫りつつあるにも関わらず冷静な主人公たちの姿をみて、地球最後の日は意外とこんなものなのかもしれないと思った。 遠くの国の争いであっても、決して対岸の火事と思っては行けないということを胸に刻む必要がある。

    0
    投稿日: 2024.06.02
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    新訳復刻版 原作は1957年の発刊。舞台は1961年のオーストラリア。 第三次世界大戦が勃発し、北半球で約4,700個の核弾頭が使われ、北半球は濃密は放射能に汚染され、死滅した。 かろうじて生き残った、アメリカ海軍の原潜USSスコーピオンは汚染を避け、メルボルンに退避してくる。 しかし、南半球にも迫る放射能。シアトルからはとぎれとぎれのモールス信号が打電されている。 生存者はいるのか?オーストラリアに生き残る少ない人類の運命は? 映画化、ドラマ化もされた名作。 穏やかな気持ちで読める名作。

    0
    投稿日: 2024.05.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    終末を迎えた人々の生き方。 人間の尊厳を保った最期というべきか。 淡々とした静けさが好もしい。 人は必ず死ぬことは決まっているわけで、その時がわかった場合どうするか、と。残念ながら自暴自棄になるほど未来に希望をもたない身としては、本書の主要登場人物たちと同じく、その日まで普通に(普通って何?とも思うが)、静かに生きるのみと思う。

    9
    投稿日: 2024.05.02
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    きっといい作品なんだろうと思うけど、この新訳版が著者(訳者ではない)の意図を正確に汲み取れているのか大きな疑義があり、あえて感想は書かない。 理由は以下の通り。 まず、読み始めて違和感を覚えた箇所がいくつもあった。バイクが急に自転車に変わっていたりとか、別の潜水艦の艦長だったはずのタワーズがいつの間にかスコーピオンの艦長になっていたりとか。 きっと細部を詰めないお話なんだろうと判断して以降はあまり気にしないように読んでいたんだけど、ネットで調べてみたら旧訳から変更したり追加したりした部分が間違いだらけでおかしくなってしまっているようだ。 例えば上記のバイクの部分は「bicycle」を「バイク」と訳しているからなんだって。マジかよ。中学英語の最初期に出てくる単語だぞ確か。 当然ながら旧訳はそのあたりの間違いは無いようだ。創元の校閲は新旧訳文の差異比較と変更箇所の妥当性チェックってやらないのか? 次に、文庫裏表紙や帯などにあるあらすじの要約がおかしい。いや間違ったことが書いてあるわけではないんだけど、主題じゃないでしょこれ。 自分はこれが頭にあったので、特に前半、登場人物たちの日常が描かれる部分について、本筋と関係ないんじゃないの?といった印象で、非常にかったるく思えて流し読み気味だったんだけど、このストーリーでこの結末なのであればそれなりに意味のある描写なんだよなこれ。 まあ決めつけた自分が悪いと言われたらそれまでなんだけど、ミスリードに引っかかったモヤモヤが残ってどうにも読後感が良くないんだなこれが。 とりあえず東京創元社さん、創元SF文庫60周年フェアとやらで大々的にこの新訳版を売り出しているけど、やらなきゃいけないのは仕切り直してもう一回新たな新訳版を出すことだと思いますよ。いかがですか。

    0
    投稿日: 2024.04.30
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    ネヴィル・シュート(1899~1960年)は、英ロンドンで生まれ、オックスフォード大学卒業後、航空工学者として働く傍ら、小説を執筆し、生涯で24冊の作品を出版した。 その作品は、自らのキャリア・体験に基づいた、航空業界、ヨット、戦争などをテーマとしたものが多く、代表作と言われる、近未来を扱った『渚にて』(原題『On the Beach』)(1957年)は、特異な作品である。 私はよく本を読む方だが、ノンフィクション系の本が多く、SFや近未来を扱った小説では、『1984年』、『すばらしい新世界』、『華氏451度』、『2001年宇宙の旅』、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』、『星を継ぐもの』、『日本沈没』、『復活の日』等、超有名作しか読んだことはないのだが、本作品については、以前より気になっており、今般読んでみた。 読み終えて、まず感じたのは、小松左京の『復活の日』(1964年)との類似性(と違い)である。読後にネットで調べたところ、やはり『復活の日』は本作品を下敷きにしているとのことだが(本書の帯にも小松左京がコメントを書いている)、決定的に異なる結末を用意しながらも、両者のメッセージは同じものである。 そのメッセージとは、世界を敵味方なく滅亡させる核兵器や生物兵器(『復活の日』での滅亡のきっかけは、兵器として研究開発されていたウイルス)の愚かさであるが、近年の、ロシアのウクライナ侵攻や、ハマスのイスラエル攻撃とイスラエルのガザ侵攻に伴う中東の緊張感の高まり、北朝鮮の核兵器開発、中国の軍事力強大化等を見ると、そのリスク・脅威は全く変わっていないと思われる。第二次世界大戦後に作られた「世界終末時計」は、アメリカと(当時)ソ連が水爆実験に成功した1953年に「2分前」まで進んだ後、東西冷戦の終結等により1991年には「17分前」まで戻されたが、その後再び針は進み、2024年現在「1分30秒前」を指しているという。 更に、半世紀前と異なる点として、気候問題や環境問題、食料問題等、中長期的な観点から、人類の滅亡に繋がり得るリスクが増大していることがある。敷衍するならば、AIの進化や遺伝子工学の進歩も、人類(いわゆるホモ・サピエンス)を人類で無くしてしまうリスクを孕んでいると言えるだろう。「世界終末時計」も、現在では、そのファクターとして、(核)戦争だけでなく、気候変動や新型コロナ感染症蔓延を織り込んでいるのだ。 本作品では、人類の滅亡に直面した人々が、パニックに陥ることなく、それまでと変わらない日々を愉しみ、(穏やかに)最期を迎えることが、強く印象に残るのだが、それはおそらく、「破滅に直面してなお人には守るべきものがある。人は気高い存在であるべきなのだ。」という著者のもう一つのメッセージなのだ。(解説で小説家の鏡明もそう書いている) 様々な意味で未来への分岐点にいる今、改めて読む意味のある名作といえよう。 (2024年4月了)

    5
    投稿日: 2024.04.24
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    うーんと。 古典的名作SFの一つだと理解はしていた。 核戦争で北半球が壊滅したのち、その、死の灰がじわじわと南半球も覆い尽くし、豪州に最後に残った人類にも、最後の時が迫る。 米国原潜が生きてるのだが。 なんにせよ、ただ、救いもなく死へ向かう。 それだけ。 なんじゃそりゃ。 描かれた時期とか時代背景とか考えれば、色々とあったんだろうが、今読めば、それだけ。 何かと古い。 古き良き人々が、それぞれどうやって最期を迎えるかだけがドラマ。 まあ、この時期、人類が死滅するとすれば核しかないよね、みたいな雰囲気は感じるが、小松左京の方が数段上だと思ったなあ。 あと、新訳らしいが、会話の最後がやたら「ね」なので、うざったらしかった。

    0
    投稿日: 2024.01.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読みたいと思いつつ後回しにしてた一冊。 評判通り素晴らしい小説でした。カテゴリ的にはSF小説に分類されてると思いますが、率直に言ってもったいないですね。 SFというだけで敬遠されることも多いでしょう。この本は普遍的で大切なメッセージが込められているので、もっと広く受け入れられるような土台があればいいですね。 中学生あたりの英語の教科書に載っててもいいんじゃないかと感じました。 当時としてはかなり身近なテーマだったとは思うんですが、今読むとちょっと違和感を覚える部分もあります。現代の我々ではどうやっても感じ取れない空気感もあるでしょう。 それでも「人はどのように生きてどのように死ぬか」というテーマはズシリと重くのしかかってきます。 この本の主だった登場人物たちはある意味で最高の死に方を迎えられました。そこにいたるまでの各々の心情の変化の描写が秀逸です。 誰かしらに感情移入できるような配慮もなされています。私は科学士官でレースオタクのオズボーンが一番響きました。 モイラは最初ちょっと当時の女性像っぽい印象があってあまり好ましくなかったんですが、最終的に一番魅力のある人物になっていました。お酒好きなのも嫌悪感があったんですが、あれは伏線でもあったんでしょうかね。 罰当たりな行動に出る人や嘆き苦しみながら死んでいった人の描写が一切なかったのは意図的なんでしょうね。 最終的に誰も南極を目指さなかったのか少し疑問に感じましたが、時代的なものもあるのかもしれませんね。

    0
    投稿日: 2024.01.06
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    初シュート。人類滅亡もの。WW3の核使用に伴い、北半球から放射能汚染による死滅が始まる——徐々に死にゆく過程が泣かせます…こういう読後感の翻訳ものは個人的に珍しいなぁと。昨日までは何でもなかったのに、ある日突然襲われる放射能の恐怖。死が近づくにつれ、今まで表に出てこなかった人間性が顕著になり、大変興味深いです。現代に生きるすべての人が読むべき作品だ。星四つ半。

    3
    投稿日: 2023.12.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    人類存続の希望をめぐる海洋冒険小説、かと思って読み始めたら、なんか日常(ぜんぜん日常ではないのがだんだんわかるものの)パートが長いな...→完全にそっちがメインの話で好みだった。 絶対に全員死んでいる何ヶ月後かに咲く花を植える、これから伸びる枝の話をする、就職のための習い事を始める、 絶対に全員死んでいる故郷の街を見て「あの店が看板を出しっぱなしなんて珍しいな」と言って、後に船を捨ててそこまで泳いでいく、 絶対に全員死んでいる家族へのお土産を必死に探して、それから最後には家族のいる国へ帰る。 地続き、海を挟んでいるけど船に乗る人にとっては此処から続いているところに、ありありと思い浮かべられる今まで通りの街並み、家並みのままの、死者の国がある。 そういう話がずっと続いていて、極限状態の人間の醜さ!みたいのはほとんどなく、受け入れられないことが愚かだという話でもなく、 (まだ赤ん坊の娘を、苦しませることなく薬で死なせてやらなければならないのに、それを妻が考えようとしない、現実を見てない、と腹を立てる夫のシーンがあったけど、 それを現実として捉えたら残りの数十日を生きていくことができないから今は考えない、というのも毎日娘に接してる妻にとっては現実的な対処だろうなと思った)、 目減りしていく残り時間の中で、足掻くことも不可能で、やりたいことを良識の範囲でやったりなるべく穏やかでいることを考えたりして、 何の希望もなく人類は終わるんだけど、登場人物たちは奪いあったり憎みあったりしない最後を迎える、という、思ってたのと全然違う・思ってたより好きな話だった。 何十年前の小説なので、いろんな描写に今の感覚では引っかかるところが当然あるし、解説にあったように、現在の通信技術や世界情勢だとこんな「ほのぼの」した終わりは絶対無理だとも思うんだけど、それでも静かで穏やかな、終末に向き合ったり見なかったりする日々の話で、すごく意外で良かった。

    0
    投稿日: 2023.10.08
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    いやー名作。ドローンとかあったらもっと探索できるのにーと思ってたらこれ1957年の作品だった。 ひしひしと迫る終末、読んでて息苦しい。それでいて清いという不思議な感覚。 モイラいい子だった。みんな正しい。

    4
    投稿日: 2023.09.14
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    読み終わった後にしばらく落ち込んでしまった。 何年か前にこの原作と知らず映画で観たような気がすけれど、2012かエンドオブザワールドかどうかは思い出せない。 今の日常がいかに希望に溢れて幸せなのか改めて思い、家族を大切にせねばと心に密かに誓う。 物語の最後の方は読むのが辛かった。半年前とかはまだ本当にそうなるのかと半信半疑だったのが一週間、明日、数時間後とかなってきて、いよいよ現実逃避出来ないとわかってくる描写が読んでて辛い。家族や大切な人との間でも覚悟の意識や死期のズレもあってきつい。 でも読んで良かった。

    1
    投稿日: 2023.05.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    登場人物が少ないので誰が誰と惑わなくて済む。 ソ連が出てくることから昔に書かれたものだとはわかる。 今は核戦争の脅威が高まってるけれど、この話は核戦争のあとの話。 死ぬまでもがき苦しむ風でなく、きれいに自決するのが最後なのであっさり終わっている。 世界中がこのように自決したから全体の印象も綺麗なままになったということか

    0
    投稿日: 2022.11.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    核戦争後の地球、北半球では既に1700発にも上る核兵器とその放射能によって人類は全滅したと思われ、南半球こそ被害は少なかったものの、放射能は赤道を超えて徐々に汚染の範囲を広げてきている…。 人類滅亡前日譚という、絶望を伴った暗いテーマの小説。ずいぶん昔、多分中学生の時に抄訳を読んだ記憶があるのだが、その時はずいぶん怖いディストピア小説のイメージを持った。放射能障害の描写が「はだしのゲン」のそれを彷彿させて読むのがツラかったことを思い出していた。 だが、これは解説で鏡明も書いているのだが、大人となった今読むと、この本はそこまで暗い小説には思えず、むしろ人生の生き方のお手本を示されたような感想を抱いた。 あと数か月で自分たちは確実に死ぬ、と分かっていても、日々の仕事や暮らしをできるだけ変わらず行い、不安や焦燥を持ちつつも、その気持ちを抑え込むだけではなく、その気持ちとともに人間らしく生きていく姿勢。 この小説で描かれている登場人物たちの生き様を読んで、自分の日々を反省する。 このレビューを書いている今、まさにコロナ禍、不安や不自由はたくさんあるが、その不安や不自由に必要以上にグラグラと揺さぶられていないか? 自分ではどうしようもない現実に右往左往して、自分のできることを行わなず、コロナを言い訳にしてその怠惰を観ようとしていないのではないか? この時期に読めて良かった。こんな今でもやるべきことをやり、やりたいことを追いかけて自分はきちんと生きていきたいのだと、再認識できた。

    3
    投稿日: 2022.02.06
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    北半球の人類を死滅させた放射能が刻々と迫る中、恐慌や暴動とは離れた観点で、物語はゆっくりと進行する。 一縷の望みをかけて出航した原子力潜水艦、そこからどういった驚愕の展開を見せてくれるのか、これから何が待っているのかと期待していたのですが、これはかなり良い意味で裏切られました。 ゆっくりと静かに終わりへ向かう、その恐ろしくもどこか清々しいような物語を、「渚にて」と表した訳者さんのセンスに脱帽です。

    0
    投稿日: 2022.01.07
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    ネヴィル・シュート「渚にて 人類最後の日」読了。核戦争が勃発し放射能の脅威に晒される人類。汚染が南下する中迫る終焉に対して生き残った人々は意外なほど静的である事が印象に残った。死期が明確になる時人はどのような行動をするのかそれを著者なりの解釈で綴ったのが本作の根幹なのだと思った。

    1
    投稿日: 2021.10.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    文庫版の裏表紙に書かれている本書の紹介文は下記の通りだ。 【引用】 第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国原潜”スコーピオン”は汚染帯を避けオーストラリアに退避してきた。ここはまだ無事だった。だが放射性物質は確実に南下している。そんななか合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者がいるのだろうか?一縷の望みを胸に”スコーピオン”は出航する。迫真の名作。 【引用終わり】 上記のような紹介文を読んだら、誰でも、モールス信号の謎に興味を持つというか、それがこの小説の本筋だと思ってしまうはずだ。ミステリー仕立てのSF、最後に意外な結末が待っているのではないか、と。ところが、実際に読み始めてみると、物語の展開は、ドラマチックではなく、かなりゆっくり。登場人物が多い小説ではないが、その登場人物の生活ぶりや、登場人物同士の関係性を示すエピソードを、かなりゆっくり、じっくり、ページ数を使いながら描いていくのである。私は創元SF文庫版を読んでいるが、本書は文庫本で解説まで含めると470ページを超える分厚い本だ。ドラマチックなミステリー仕立てのSF小説に、なぜ、こんなにページ数が必要なのだろうか、なぜ、こんなにストーリー展開がゆっくりなのだろうか、と疑問に思いながら読み進めた。 ところが、途中から、これはそういうミステリー仕立てのSFという種類の小説ではないということが分かってくる。副題が「人類最後の日」であるが、人類最後の日に向けて、登場人物たちが、また人間が、どのように最後の時を過ごすのかということがテーマであろうことが分かってくる。だから、一人一人の人生を詳しく描いておく必要があったのだ。それが実際に分かるのは、全体の半分くらいを読み進んでから。それまでは、ストーリー展開のゆっくりさ加減に退屈を感じていたのであるが、それに気がついてからは、一気に読んでしまう面白さであった。 この小説を読んだ人は、同じ状況が起こった時に、すなわち、自分を含めた人間全員が、数日からせいぜい数週間の間に亡くなってしまうことが分かったら、「自分ならどうするだろうか?自分ならどのように最後の時を過ごすだろうか?」と考えるはずだ。この小説の登場人物たちは、家族を中心に、自分の愛する人のために最後の時間を過ごす。私が受け取った本書のメッセージは、大事なことは人を愛すること、ということだった。

    23
    投稿日: 2021.09.25
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    時はただ過ぎるというのを切に感じる一冊です 読後に後悔も喜びもなく自身に落とし込むのみなのを感じます とてもすてきな一冊でした

    0
    投稿日: 2021.09.12
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    淡々と迎える最後の日について。あらすじではアメリカに生存者が?という部分が書かれていたので、そこがメインのものかと思いましたが、そうではなく緩やかに、しかし確かに訪れる最後の日を各人が迎える話でした。パニックに追われるのではなく、こういう終わりを迎えられるならある意味救いだなと思った。タワーズ艦長とモイラの関係も好きだったし、最初に私が泣かないとはどうして思ったのだろう?という言い分に胸を打たれた。 読んでいる間中、自分は誰と一緒にいたいかと考えていたけど、やっぱり家族とだし、何も変わらないように本を読んだり、お日様を浴びたいと思った。そして症状が出てから、やっぱり薬を飲むんだろうと思う。ずーんとくる、不思議な作品だった。

    0
    投稿日: 2021.01.04
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    核戦争後に、人類が最後の日を迎えるまでの生活を描いた話。 核戦争というワードを除けば、ただの日常を描いた小説。 しかし、そんな中にも迫る放射能と闘う人間の葛藤があって面白い。私も、最後の日がいつと分かっていてもいつもの日常が送れるだろうか…

    1
    投稿日: 2019.12.24
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    時折挟まれる、ゆっくりだが確実に迫ってくる滅びの描写がよい。 そして、滅亡を受け入れつつも残りの人生を精一杯生きようとする人々の様子もよく書かれていた。 そこが少し冗長に感じる部分でもあったが。

    1
    投稿日: 2019.12.17
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    逃れられない終末に向かう人々の強さに胸を打たれる。自分がこの状況に立ったとき、果たして同じような強さを持てるだろうかと考えさせられた。 終末の美学と言うのは軽率かもしれないけれど、この世界とこの世界に生きた人たちはただただ美しく感じた。

    1
    投稿日: 2019.10.23
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    世界がゆっくりと終わっていく。打開策も超展開もなく、ただ終わっていく。それだけの話なのに、なぜか心を掴まれた。映画を観ているかのように、ひとつひとつのシーンがありありと目に浮かんできた。

    2
    投稿日: 2019.08.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    まあ古典かな、という感じ。「1984年」を読んだ時と同じパターンで、同ジャンルのより新しい作品を先に読んでしまうと古典の方が物足りなく感じてしまう。展開が全体的にのんびり&平和すぎる感じがする。女性の描き方とか、戦争の原因が中ソ対立とかいうのも時代がかってるし。 特に新しい展開に結び付くわけでもない潜水艦任務の描写が全体の半分を占めているというかなりのんびりした展開。 また、ほとんどの人が最後まで普通の日常生活を送っており、さすがに最後の方では仕事を辞めたり自動車レースで死んだりという人もいるがそれも数週間前~数日前とか相当ギリギリ。露悪的なパニック描写を求めているわけではないが、皆もう少し怖がったり葛藤したりしないんだろうか…と物足りなさを感じてしまった。 まあその辺の描き方は、最後まで理性的に過ごしたいという作者の理想を反映していたんだろうな。あるいは現実に直面できない人間の愚かさというつもりで描いたのかな?

    0
    投稿日: 2019.05.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

     終末モノの傑作と言われているのだとか。人類最後の日、あなたならどう過ごしますか?的なアレだ。  核戦争により北半球が人の住めない地になり、南下を続ける放射能は南半球の豪州にも忍び寄る。もはや助かる道はないと思われ、人類最後の日が刻一刻と迫る。微かな生への期待も持ちつつ、人は人類最後の日にどう対峙してゆくのか。そんな小説。  大きく二つのことに思いを馳せた。一つは、核戦争というテーマをリアリティを持って読まなかった自分への懐疑。もう一つは、最後の日に向かう登場人物ごとの過ごし方の違いがどうして生まれたのかということ。    まず一つ目、「核戦争」モノであるという側面について。  この小説は、ある小国の核使用が大戦の原因となっており、1957年という時代に書かれたものでありながら、現代でも説得力のある設定に思える。  しかしながら、私はこの小説に対し、核兵器や戦争への警鐘としての印象を抱かなかった。巻末の解説に「核戦争にあっては傍観者は存在しないというのが、この作品のメッセージだった」とありここで初めて気が付いた。  それは平和ボケなのかもしれない。9.11もISによるテロも、日本の外で起こっていることだし、中朝に絡む日米安保体制云々だって、申し訳ないが(←誰に?)政治の世界の話として認識してしまっている観はある。  この小説に静謐な印象を抱いたのだとすれば、それはとんでもない勘違いなのかもしれない。自分がなんの前触れもなく戦争の当事者になったならば、この小説の登場人物のように振る舞うことなく、戸惑い、暴れたり略奪したりする側になってしまうのかもしれない。  人類最後の日という思考実験など机上の空論でしかなく、現実にはただ地獄のような光景が広がるのかもしれない。  それはそれとして、もう一つの「最後の日を迎えるということ」について。  登場人物毎に、過ごし方は少しずつ異なる。軍人としての誇りを貫き、誠実に生きる者。どうせ最期ならとやりたかったことを叶える者。今まで通りの生活をやり通す者。そしてもちろん、自暴自棄になってしまう者。  どう過ごすかという問いに、きっと正解は無いと思う。軍人としての規律なんてもういいだろという者もいるだろう、最後まで人間の尊厳を貫くべきだという者もいるだろう。  ただ、自分なりの答えを出したときに、自分の一番大切にしていたものに気が付くのかもしれないな、と思った。最後の日になってなお、自分の中で揺るがないものがあってくれたらいい。

    3
    投稿日: 2019.01.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    半分過ぎてからやっと出てきた死体の描写で、やっぱり死んでるんだ…という現実味が出た。それまでどこかふわふわした気持ちで読んでいた。戦争を経験したこともないし。軍人のこともよく分からないし。 もう終わりが迫っているのに、未来の希望を語らずにはいられない人々。でも最後はまだ動けるうちにと、自ら死を選んでいく姿がただただ悲しかった。悲しくて静かな余韻だった。

    2
    投稿日: 2019.01.11
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    第三次世界大戦が勃発し、地球の北半球が放射能に覆われ死滅してしまう。放射能は南下し、生き残っていた南半球もゆっくりと死滅していく。まだ放射能に覆われていないオーストラリアを舞台に人々の残された時間を描いている。 印象的だったのは、死を受け入れ穏やかに死んでいく人が多い点。他人の価値観や趣味を尊重し、人の時間を奪わないようにする人が非常に多く、読んでて優しい気持ちになれた。死がみんなに迫っている状況下だからみんな優しいのかもしれないが…

    0
    投稿日: 2018.12.25
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    核戦争により終末を迎えようとする世界、オーストラリアでのできごと。終末に向かって生きるキャラクターたちの生きる姿が淡々と描かれていて、見届けたいという気持ちを抱きながら読み終えた。決して明るくはない話のはずなのに、読後感も悪くはない。

    1
    投稿日: 2018.12.09
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    バーナード嬢曰く。で、神林しおりが海で読んでいた本なので読みました。 終末を描いた作品。絶対に人間が死に絶えるとわかっている世界を、軍人とその家族、そしてその家族を取り巻くまた別の家族のやり取りの中で綺麗に描いている。 人類最後の日が来る中で、愛車に乗って愛車を走らせて死にたいと思う男や、人類最後の日も仕事である軍務に忠実であり続ける男、妻と娘と完璧で美しい家庭を愛して維持する男、自由で愛を持っている女、人類最後の日までに高級なワインを飲み尽くす男… パニックになったり劇的なことが起きるわけでもなく、ほんとに淡々としている。その淡々としている理由にリアリティを持たせているのが、「いつか死ぬのはわかっているが、この場所では誰も具体的に死んだところを見ていない」というところ。通信も情報も死んでいるから、ただこの場所がいつか終わることしかわからない。わからないから、みんなあくまでも穏やかに毎日を過ごす。しかし未来の話をするときにどうしても現実離れした夢のような話になってしまう。そのバランスが絶妙。そしてみんな同時に死ぬ。綺麗な話だった。

    0
    投稿日: 2018.11.21
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    淡々と静謐にそして誠実に「どんなに理不尽なことがあっても、人は生きて、最期には必ず死ぬこと」を描き切っている。大きな動きもうねりもないけれど、必ずこの本の最後まで辿り着きたいと思わせる。 死ぬとわかっていたら、なにをするか。 誰と過ごすか、なにを愛して美しいと思うか、怒るか、悲しむか。 わたしはきっと大好きな歌を聴く。 あまりにも単純で、ずっと忘れていた歌を歌う。 もっと誇り高く生きて、知らないことをたくさん知りたいと思う。読んでよかった。

    1
    投稿日: 2018.11.10
  • 人類最後の日に

    物語だから、現実で起こりそうなパニックよりも格好良いです。 今でも核兵器は人類を滅亡させることができることを考えるとこの絶望的な設定の作品はいまだに輝きを失っていないと言えるでしょう。 人類が本当に核兵器を打ち合うかと言えば、そんなことは無いはずですが、現実には起こりえないとまでは言えないでしょう。 万有引力や相対性理論を覆すには宇宙そのものを作り変える必要がありますが、その難易度に比べると、人類が核兵器を打ち合う可能性の方が高いと言えるでしょう。 人類最後に日が来たとして、この作品のように気高くありたいものです。 …実際は人類滅亡が決まった瞬間堕落するような気もしますが。 ディストピアなのに美しい作品です。 星5つ。

    0
    投稿日: 2018.09.13
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    面白かった。 核戦争後、暴力的な描写は一切なく物静かにゆったりと時間が過ぎてゆく世界。 中盤、潜水艦乗組員のラルフ スウェインが許可なく降りて故郷に帰るところが印象的だった。 ラスト、錠剤で最後を迎える人々を描いているがそれに至るまでの葛藤とか苦しみは、ストーリーの構成上描けないんだろうな。 でも、ホームズには娘つ妻を看取って欲しかった。

    0
    投稿日: 2018.09.07
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    どんなに辛くとも、汚くとも 安楽死という決断はあってはならないのではないか それが西洋の思想なのかもしれないけど いずれ死ぬということが分かっていても這いずりまわっても、そのときを待つしかないでしょう

    0
    投稿日: 2017.11.15
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    心がシンとするような、静かな物語。 人類の終末において、一人ひとりが、死を自分事としてゆっくりと受け入れていく様が丁寧に描かれている。 いつどんでん返しがやってくるのかな、と淡く期待していたけれど、来る日はまっすぐにやって来た。 未来に思いを馳せて予定を作る人、一縷の希望に背中を押されて航海する人、同じ運命を辿るとしても各々思い思いの選択肢を選び、主義を貫いていく姿は読んでいて胸が苦しくなってくる。 夢、憧れ、生活、恋愛、子育て…滅亡に瀕していてもそういう日常を続け、むしろ一層輝いて日々を満喫する姿はとてもリアルで、もし現実にこんな事態がありえたら、きっとこうなるのかもしれない、と思えるほどだった。 本作を読むと、福島原発を思い出さざるを得ない。 今なお帰宅困難区域に指定され、放置されている地域。 現実にそんな街が存在していること。 故郷に帰ることが叶わない人々が存在していること。 他人事と思えなくなって、うすら怖くなる。 もし、この家に、この家が存在しているとわかっているのに、一生帰れないとしたら…? 読後、暫くは感動、死の恐怖の波に飲まれて、何も手につかなかった。 身近に病気を患っている人がいるから尚更。 でも、恐れていてもしょうがないので。 死は誰にも必ず訪れるし、生きることは生きている限り続くものなので、今日をいつも通り生きようと思い至った。 明日が来ることに感謝して、今日もおやすみなさい。

    1
    投稿日: 2017.11.05
  • 淡々として進んでいく終末世界

    この小説が書かれた1957年当時は冷戦まっただ中で,核による世界戦争の危険も今よりもずっと高かったのだろう。ただ,ここで描かれているのは,その激動の世界ではなく,それが過ぎ去ってしまった後の静けさ。この渚では,世界の日没を眺めているのだろうか。

    0
    投稿日: 2017.10.07
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    今から60年も前に書かれた作品とは思えない。 北朝鮮の核開発やミサイル発射、各国で起きる同時多発テロなど、 世界情勢はどんどん変わっていき、第3次世界大戦は架空のものとの認識は避けられないと思ってる。 本書は、当にこれから人類が歩んでいく現実を見せられる、そんな錯覚に陥る作品だった。 傑作。

    0
    投稿日: 2017.09.18
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    ずっと気にはなっていた一冊。 あらすじからだと、どんだけパニック&アクション&スリル満点でしんどい内容なのかとか思っていたけれど、予習に読んだ「パイド・パイパー」で、やかましい小説を書く人じゃないんだなとか安心したので、いざ読んでみたら、悔しました…。 あー…、駄目だコレ名作だわ(笑) 人生後半、余裕ある読書時間が持てる様になったらゆっくりじっくり味わいながら読みたい一冊でした…。憂鬱な通勤電車でちょこちょこ読み進めたのは勿体無かったわ…。 あと○週間でみんな死にますって云われたら、カーレーサーの夢を叶えるのも良いと思うし、気になる人の為に尽くしまくる楽しみに耽るのも良いし、のんびり釣りに出かけるのも素敵だと思いますが、ワタシはこういう名作をふかふかの布団に寝転がって読みながら過ごしたく。

    0
    投稿日: 2017.08.05
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    北半球を死に至らしめた核戦争による放射性降下物が南半球を少しずつ追い詰める中で、人々がどのように振る舞うかを扱った本。 書かれた年代的にまだイギリス人の眼から見てアメリカ人は良い模範のようなものを身につけていると思われていたのだろうか。最期のシーンで潜水艦艦長がとった行動が、今の感覚では不思議なような気もする。

    0
    投稿日: 2017.07.01
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    最期を迎える時に、人間はどう振る舞うのか。 結局人間というのは何かせずにはいられないから、日常と同じように行動するのだなとつくづく思った。 自分だけは大丈夫、自分だけは死なないという漠然とした思い上がりは、津波やフクシマのことを考えさせられる。 現実逃避というよりも、残された日々を幸せに過ごしたいという思いゆえに近い未来の話を繰り返す人々の会話が、寂しく、いじましく、切なくて涙が止まりませんでした。

    1
    投稿日: 2017.06.19
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    核戦争で北半球が壊滅し、南半球にも放射性物質による汚染が近づいてくる。人類滅亡の時を静かに待つオーストラリアに住む人々の物語。 彼らは取り乱すでも、ヤケになるでも、落ち込むでもない。花を植え、子供を育て、畑を耕して家畜の世話をし、酒を飲んだりパーティをしたり、釣りに行ったりレースに興じたりする。最後まで自分の生活と仕事を続けるのだ。葛藤はどこにもない。 そんなわけないよな、と思う。北斗神拳の世界のほうがずっとリアリティがある。だいたい、こんな人ばっかりだったら、そもそも核兵器を投げつけあって人類を道連れに敵も味方も全滅、なんて馬鹿なことをやらかすわけはない。 寓話として。 ずっと前に読んだ。再読。

    0
    投稿日: 2017.01.26
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    人類の終末がゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。 作品にはその時を待つ人々の生活と、それぞれの心模様が描かれています。 どこか諦観しながらも希望を探し続け、絶望し苦しみながらも生き方を考える。 そこにある人々の生活は希望と絶望の混沌です。 自身の人間としての生き方を問いかけられた気がしました。

    5
    投稿日: 2016.08.25
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    最初から最後まで淡々とした静かな小説だった。だが起こっていることは人類の滅亡というすさまじいことである。死を待つ人間はこのようであるのかもしれないとも思った。最後まで息子を思い自分の世話で残された短い人生を無駄にしてはいけないと自ら命を絶った母親。残された時間を家族と過ごし一緒に命を絶っていったホームズ一家。家族があり最後まで妻に忠誠を捧げ続けたトワーズの心を尊重し、愛し続けたモイラ。素敵なロマンスだった。核戦争のスイッチだけは押してはいけない。 最近は海外の小説に興味を持っている。最近読んだ日本の小説は何か性的虐待やドロドロとした性的な表現を含むものが多くちょっと嫌気がさしていた。もちろんそんなものばかりではないのだけど、渚にてを読んで内容は実際あってはならない恐ろしいものだが書き方には何かすがすがしさを感じた。

    2
    投稿日: 2015.11.25
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    人類が滅亡するって時に穴一つ掘らないってそりゃないんじゃないの?と。こんなに淡々と穏やかに死を迎えるもんでしょうか?そこのところが最後まで引っかかったので今ひとつ物語に入り込めず。

    0
    投稿日: 2015.11.01
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    舞台は1960年代で大国同士が本当にありったけの核爆弾を使って戦争してしまった世界。北半球は放射能に覆われてしまってその影響がじょじょに南半球に及んでくる。 生き残ったアメリカの原潜スコーピオンはオーストラリアに避難しているが、シアトル近辺から発信されてくる電波の正体を突き止めるためにアメリカ本土に戻る… この航路における冒険は特に描かれず、淡々とじょじょに死滅していく世界を書いていて身につまされる。 1960年代の設定だからかオーストラリアが舞台だからか、ある程度節度を持ちながら死滅していく人達が描かれており却って恐ろしい感じがした。

    0
    投稿日: 2015.09.21
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    人類の黄昏。ハリウッド映画のような暴力的カタストロフではなく、静謐な終焉。1957年の本作は現代の水準で言えば冗長で平板と言えるのかもしれない。しかし、終末の描写として、こんなに穏やかな終わりは現代の感覚ではなかなか発想できず、こんな感じなら、自分の最期に経験するのも悪くない。

    0
    投稿日: 2015.08.11
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    名作と言われるだけの内容だった。 読む前はもっとSFチックな物語だと思ったが全然違い、前半はかなり退屈で読み進めるのが億劫だった。が中盤以降、物語が動き出してからはとても興味深く読めた。 まったく時代は違うが所謂世界系のように大きな破壊描写はせずに終末に向けて淡々と物語を進めることは後半にとても意味を持っていると思う。 前半の日常が後半少しずつ変化していき、最期を迎えていくわけだがこの変化こそがこの作品を名作たらしめるものだと思う。 自分が世界の終わりにどのような行動をするのか、というかその世界の終わりは自分の人生の終わりとイコールになるのでその終わりを自分の今までの人生の尊厳をどのように守りつつ過ごすのかをとても感傷的に考えてしまった。 自分としては読後にこういった感傷に浸れる作品は間違えなく名作だと思う。

    6
    投稿日: 2015.08.09
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    徐々に迫りくる避けられない死というものは本当に恐ろしい。おれはこの物語のように隣人を思いやりながら優しく死を迎えられるか、筒井さんの小説のようにドタバタするか。きっと後者だろうな。 2011年に読んだらもっと切迫感があっただろうな、と思う。

    1
    投稿日: 2015.03.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    [ 内容 ] 第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。 かろうじて生き残った合衆国原潜“スコーピオン”は汚染帯を避けオーストラリアに退避してきた。 ここはまだ無事だった。 だが放射性物質は確実に南下している。 そんななか合衆国から断片的なモールス信号が届く。 生存者がいるのだろうか? ―一縷の望みを胸に“スコーピオン”は出航する。 迫真の名作。 [ 目次 ] [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]

    1
    投稿日: 2014.11.08
  • 理想的な終末

    世紀末的な無秩序な世界とならずに,人類が最後の日を迎えるとしたらという理想的な破滅を書いた作品であると思いました. それゆえに派手な場面が存在せず,人間の描写のみにつとめているのが特徴的な作品であると思いました. 放射能汚染という五感で感じられない題材を利用して,見えない恐怖に怯える人,余生を燃やし尽くそうと命知らずにレースに打ち込もうとする人,郷愁にかられる人がおりなす物語をまとめあげています. 特に,最期の日に向けて故郷へ旅立つ人々の場面を読むと共感を得られずにはいられませんでした. そういう意味でノスタルジーに浸れる作品であると思います. 現実に考えればとんでもない世界ではありますが,ある種の理想郷を書いた作品なのではないかと思いました.

    0
    投稿日: 2014.06.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    核戦争後のオーストラリアに迫る放射能の危機。じわじわと迫りくる死の予感に人々はどう立ち向かっていくのかといった感じの内容。ラストあたりでは、読んでいる方まで寂しくなってくる。もし一か月後に地球が爆発するとして、はたして心安らかに余生を過ごすことができるだろうか。本の中に子供のいる家族も出てくるが、架空の話としてもいたたまれない気持ちになる。大佐の乗る潜水艦を見送るために、命尽きる前の短い時間を使い海辺へ車を飛ばす若い女性(モイラ)の姿は、悲しさを通り越してカッコよかった。

    0
    投稿日: 2014.05.14
  • ハリウッド映画の中でも「どっかんズドドン」系が特に好き、という方にはやや物足りないかも。でも・・・

    あ、私も大好きなんですよ、「どっかんズドドン」系の映画。その手の映画もたくさん観ています。 この本は、その対極にあると私は感じました。目が覚めるようなハラハラドキドキもないし。 でも、読み終えた瞬間の、なんというか・・・私の語彙が不足していて上手に書けないのですが、「静寂」と言えばよいのか・・・ 晩秋のある朝、波のない大きな湖を前に佇んだような気持ち。 この気持ちをたくさんの方々に味わってほしいな、と思っています。 シチュエーションは想像を絶するものですが、死を迎え入れる人々の心は、本当に、この本のとおりなのかもしれません。

    0
    投稿日: 2014.04.30
  • 人類最後の日に向かって

    核戦争後の世界はどのようになってしまうのか、その時、人はどのような行動をするのか。 放射能による人類最後の日が近づいてきたときのヒューマンドラマです。 その時、自分であればどのようにするか、考えさせられました。 名作といわれるのも納得です。読む価値あります。

    2
    投稿日: 2014.01.24
  • 静かな静かな

    オリジナルは1957年刊行。原題"On the beach"は、巻頭に掲げられたT.S.エリオットの詩からとられていますが、巻末解説によれば「陸上勤務となって」という慣用句でもあるそうです。 核戦争後の世界を描くというのはSFとしてはステレオタイプでもありますが、1957年という年代を考えると、本作はそのはしりだったのでしょうか。牧歌的ですらある取り残されたオーストラリアの光景にはじまり、物語は淡々と進みます。こんな枯れた味わいのSFというのも珍しい気がしますが、ある状況を設定してみて、そうした状況のなかで人々がどう行動するかを描く、というのはSFの王道でもありますね。 メアリの言動がなんだかうちのカミさんを思わせてラストがますます切ないです。

    4
    投稿日: 2013.12.01
  • とても平穏な日々を描きつつ、怖さと寂しさを感じさせてくれる本

    1950年代、終末戦争の危険性が最も高まっていた時期に書かれた、「終末戦争後」を描いた古典的名作です。 南半球にわずかに残された「人がまだ住める地」で、人々は最期の時が数ヶ月後に迫っていることを知ります。あるものはそれまで通りの生活を続け、あるものはあきらめていた趣味に没頭し、来年の夢を語り、新しい挑戦を始め・・・・。絶対に助からないという諦観と、口には出さない楽観がないまぜになり、静かなのに、にじみ出てくるような怖さと寂しさを体感させてくれます。良書。

    3
    投稿日: 2013.12.01
  • 人類の迎える終末の、一つの形。

    大戦後の放射能汚染にて滅び行く人類。任務を果たす潜水艦乗りと、オーストラリアの地にてその時を静かに待つ人々の切ないドラマ。かなり昔の作品なので、科学考証として正しいのかどうかは良くわからない。が、読後に何かを感ぜずにはいられない、SFの古典的名作。

    6
    投稿日: 2013.10.11
  • 時が経つごとに確実に崩壊していく世界

    最初は書籍説明にあるような生存者を求めて汚染地域を目指していく、ロードムービーのような作品なのかなと思い読み始めましたが、全く違いました。主に4人の登場人物が世界が滅び、自分たちの人生も終わりに近づいていく中で、残された時間をそれぞれどのように過ごし、どのように感じていくかに焦点があてられています。登場人物たちは、自分の運命に抗うことなく、己の運命を受け入れます。 ちなみに書籍説明には「感動」とありますが、泣けるタイプではありません。しかし、心を打たれることは確かです。久々に読んでよかったと思わせてくれた作品でした。名作と呼ばれるのも納得です。

    14
    投稿日: 2013.10.03
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    終末世界に生存者  助けるチームと助けられるチーム。トンネルを両方から掘り進めるような感じ。帯にはこんな感じで書いてあるんだが、物語は異なる。生存者の存在は、わずか数ページで、あっけなく否定される。  北半球に放射能が蔓延し、ゆっくりと南半球に拡がっていく。そのペースで、すなわちゆっくりと物語が進んでいく。半分くらいまでは、流し読みでもいいくらいに、ゆっくりと進む。そして、中盤くらいからは少しずつスピードがあがる。人類滅亡が現実のこととして人びとに認識されていくわけだが、その過程が悲しく絶望的だ。  いったいどんなどんでん返しがあるのだろう。生存者を発見すれば、事態は好転するのだろうか? そんな想いをいだきながら読み進める。しかし、生存者はあっさりと否定され、滅亡へのカウントダウンだけが確実に進んでいく。  そのとき人類はどのように振舞うのか。環境や規律に縛られない状態での振る舞いは、結局個人の考えに帰するんだろう。淡々と物語は滅亡へと向かう。まさに淡々と。すばらしい作品だ。1957年の作品だが、色褪せていない。長すぎるきらいはあるものの、愛すべき登場人物たちの最期を看取るのはとても辛いから、省きようがないんだろう。名作と言われる本に出会えて良かった。

    1
    投稿日: 2013.09.30
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    SFディザスターストーリーに例えられる本書ではあるが、キェルケゴールの哲学書「死に至る病」をベースに絶望の中にあって人として如何にあるべきか?何処に『生』を見出すか?を読者に問う作品。 全面核戦争により壊滅した世界に残されたオーストラリア大陸のメルボルンを舞台に、やがて訪れる超高濃度の「死の灰」の到達まで半年という期間で人類滅亡の恐怖と葛藤の中、ある者は信念を、ある者は夢を謳歌する事で生甲斐を模索する姿が描かれており、絶対に避けられない「死」を認めた上でそれぞれに観えて来る喜びや幸福感を見出す「生」の価値は深く胸を打つ。 1957年の本作発表後、話題となり同名で1959年に同名で映画化されるも、原作としてのメッセージ内容が大きく変更され核戦争への「反戦映画」的な仕上がりに著者は大きな不満を持っていたとは有名な逸話。

    0
    投稿日: 2013.08.31
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     第3次世界大戦の際の核兵器使用で北半球が壊滅状態となった世界。生き残ることができた南半球のオーストラリアの人々も、間もなく風に乗って運ばれてくる核物質によって死滅すると発表される。  背表紙の内容紹介を読んだときは、てっきり冒険もののSFかと思っていたので、海軍の仕事を描く部分もあるものの、あくまで彼らとその周りの人々の日常を描いた作風は予想と違うということもあって、少し退屈に感じてしまいました。  そうはいっても名作と呼ばれるだけあって、世界観と話の雰囲気がつかめてきた中盤以降は読み込んでしまいました。理不尽にも迎えることになってしまった世界の終りの中で、最後の瞬間までをどのように生きるか、そして死の瞬間をどのように迎えるのか。非日常な世界の中で日常を最後まで貫こうとする人々の姿は人の強さも弱さも感じさせてくれました。  淡々とした描写が続き、変に感傷的な文章でもないのが、この作品の世界を作り上げているように思います。それとともに核という足枷を作ってしまった人間の愚かさ、そしてこの問題はこの世界で生きている以上、どんな生物でも他人事ではないんだ、と再認識させられました。実際この話のオーストラリアの市民にとって北半球の核戦争なんて全く関係ないのにこういう事態になってしまっているのですから……  それにしても最近この手の作風に弱くなってしまったなあ(苦笑) 作中の登場人物であるモイラの想い、生まれて間もない子供を抱える海軍少佐の夫婦、海軍大佐の家族への想い、そして静かに閉じられていくラスト……。終盤は家で読んでいたからよかったものの、電車の中で切ない系が読めなくなる日も近そうです(笑)

    3
    投稿日: 2013.05.23
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    随分前に購入してあった本です。ようやく読みました。 全面的核戦争が各地で起こり、何発(何十、何千?)原子爆弾が使用されたかもわからない状況下で確実に放射能が迫ってくる世界最後の都市で暮らす人々のお話です。なんだかすごく達観している感じがしましたがかくありたいなあと思わせるものがありました。 書かれた時代が古いので情報源がラジオや電信しかなかったりですが実際問題電力供給がなくなれば人は最終的には何に頼るのかな。 この間の震災後、関東でも買占めがおこりましたし実際こんな状況になれば我とわが身だけでも助かろうと核シェルターを急遽作ろうとしたり、略奪や大混乱が起きると思う訳です。ですが個人的にはもう時間が無いのなら最後の時間を有意義に使いたいモノだなあと思うので登場人物たちの潔い決断に素直に頷く事が出来ました。私だったらなんだろう。美味しいものでも食べてたいですね。あの年代物のワインを片っ端から飲みほしていったオジさんのように。

    0
    投稿日: 2013.05.08
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    1957年に出版された、核戦争で滅びゆく世界、最後に残ったオーストラリアと、アメリカ軍潜水艦の乗組員を書いたSF。 今現在日本もこんなだからって意味でも読んでみました。 死にゆく運命にある人々を丁寧に、落ち着いた語り口でおとなしく書いてあるのがまた、諦めと現実逃避に染まった雰囲気とあいまって面白かったです。 危機を迎えてやりたいことやるひと、職務を全うするひと、日常バイアスに染まったひと、みんななんか去年に見たような風景で、SFってすげえな、と思った次第です。 でも赤い小箱に入った錠薬、危機回避のためのヨウ素剤すら配れなかった日本にあんなこと出来るかな。 日常のほうが小説よりアナーキーであったという事実には、なんとなく嘆息を禁じ得ませんなあ。

    0
    投稿日: 2012.10.14
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    1957年発表のSF小説 人はいつか必ず死ぬが、いつ死ぬかはわからない しかし、本書の登場人物には、それがわかっている だが、徐々に迫り来る死の恐怖に対し、 パニックを起こすことなく、皆が静かに心の準備をしているのだ 来年収穫する(彼らに来年は無い)野菜のために家庭菜園を整備する者 就職のためタイピングの技術を習得しようする者 故郷アメリカ(アメリカはもう無い)で待つ家族のためにプレゼントを買う者 バーの地下に眠るビンテージもののワインを飲もうとする者 グランプリのために愛車を整備する者 死期がわかっていながらも普段と変らぬ生活をし、輝く未来を信じて行動する登場人物たちの強さに胸を打たれた そして、美しいラストシーン 小説を読んで泣いたのは久しぶりだ(ノ_・。)

    1
    投稿日: 2012.10.13
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    淡々とした描写が心を打つ。 描写されないが存在を暗示させる多くの荒れた人々と描かれる人々とのコントラスト。

    0
    投稿日: 2012.06.24
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    【本】"渚にて"ネヴィル・シュート著創元SF刊読了。某若女将からお借りした本。全面核戦争のすぐ後、残されて、じわじわと迫り来る日を前にした、普通の人びとの物語。…この小説が書かれた時代の人びとの、持っていた良きコンセンサスを、今、失いかけていないだろうか?より良く生きる事とは?

    0
    投稿日: 2012.05.27
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    寂しい物語との紹介があったが、滅び行く運命にある人々の日常を丁寧に描写した傑作だと思う。解説にあるとおり、死を目前にした人間の高潔な生き様が印象に残る。

    0
    投稿日: 2012.03.17
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    いつ面白くなるのかと期待しながら読んだが、最後まで面白くならなかった。何も起きない日常がただダラダラと続くだけで、そこには問題意識も小説的な発展も皆無。潜水艦を登場させる意味がどこにあるのかまったくわからない。そこにあるのは「あきらめ」ているけど怖いことから目をそらし続ける小市民の姿があるだけ。日常と地続きの無力と絶望と静かな狂気がそこにはある、と言いたかったのだろうか。 それにしても小説としては何ひとつ見るべきところはない。 こんなつまらない小説がなぜ名作なのだ? 発表当時はテーマが斬新だったのかな? 現在では日常だよ?こんなの。

    0
    投稿日: 2012.02.26
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    4700個以上の核爆弾によって北半球は放射能に覆われ、生き残った南半球の都市にも徐々に迫ってくる・・・57年に著された本書は、冷戦の時代の核への恐怖を描いています。核戦争の脅威は薄れたとはいえ、形を変えて他にもある「核」の問題。これまでは、こんな陰鬱な話を手に取ってまで読む気はおきなかったけれど、なるほど「今」こそ読むべき作品でしょう。 この作品の舞台は、残された最後の都市メルボルン。美しいオーストラリアの土地を背景にして、目だった狼藉・略奪をはたらく者のもなく、ドラマティックな事件が起こるわけでもありません。確定してしまった数ヵ月後の終末に向かって人々は静かに日常を暮らしていこうとしています。(こんな姿は日本独特のように言われていますが、そうでもないのかもしれません) 確実に迫ってくる脅威のなか、日常生活を送ろうとしている人々にも狂気がだんだんと透けて見えてくる描写が凄すぎです。 抑えた筆致で淡々と描かれていく世界は、説教くさい訳でも重苦しい訳ではないのですが、心にしっかりと残ります。 傑作。

    3
    投稿日: 2011.12.18
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    久々のSFの名作を読んでいる実感を得る。 70年代のSFに付き、もはや古典? 「核廃絶」 「自己の職責を全うできるのか」 「どのような人生を終えることができるのか」 がテーマなのか。 任務途中で、放棄し、故郷付近で、故郷で全うするシーンに衝撃を受ける。

    0
    投稿日: 2011.09.28
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    淡々と迫ってくる放射能に日常的な生活を失わず尊厳をもって最期を迎える人々が立派。自分がこうなれるか自信がない。

    0
    投稿日: 2011.09.20
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    最初は極めて普通の日常が描かれる。だれもパニックになってはいない。まだテレビ時代ではないので、世界から届く情報はほとんどない。しかし、まるで桜前線のように放射能前線が次第に南下しているということだけはみんな知っているのである。北半球のどの都市も、タワーズ艦長の赴く原子力潜水艦の調査ではほとんど従容として全員死を受け入れたように思える。年が変わってやがて三月ごろになると、みんな九月には死んでしまうだろうと分かってくる。誰もそれから逃れようが無い、という前提でこの小説が書かれている。登場人物たちは誰一人われを忘れてパニックになったりはしない。それぞれのやり方で死んでいくのである。 現代はおそらくそうではない。おそらく極めて早いスピードで情報が飛び交い、僅かだが確実に生き延びる知恵が人類共通のものになり、大パニックが起きるだろう。 だからこのような小説や映画はもはや過去のものなのだろうか。そうではない。そうではなかった。 鏡明は解説でひさしぶりに「この作品を読んで、ほのぼのとした気分になったと言った。「渚にて」が変わったのではない。世界が変わり、私も変わったのだろう」と書いた。改訂新版が出た2009年ならば、たしかにこのような感想を持つことは当たり前だった。私もほのぼのとした気分で読んだかもしれない。(たった、2年前だけど、なんて過去のことに感じるのだろう)2年前の情勢とはつまりはこうだった。世界はさらに緊迫度が増している。当時では「核戦争だけ」が世界滅亡の危険要因だった。しかし、半世紀が過ぎて地球温暖化、水、食糧問題、そしてエネルギー問題と滅亡要因はますます多様化複雑化していた。この小説のように単純に滅亡を迎えることが出来るのは、むしろ幸福かもしれなかったのである。 そしてフクシマが起きた。私はもはや、他人事の風景としてこの「滅亡を迎える日常」を読めない。 (自分の知らないところで始まった原発ムラのミスのせいで)「どうしてわたしたちが死ななきゃならないの?ほんとにバカげた話よね」と絶望を叫ぶ子供たちの心像風景を私たちは知った。 (自分たちが去っていっても残る牛たちのために)どうしたら「1頭に付き1日半俵の乾草」を確保するべきか悩む酪農家を私たちは現実に見ている。 主人公の二人の男女はお互いに愛し合っている。けれどもけっして性的な関係を持とうとはしない。男性には北半球に妻と子供がいて、それを裏切ることが出来ないとお互い知っているからである。「もしこの先、ずっと人生があるなら、話は違うでしょうけどね。それなら奥さんを泣かせてでもドワイトを手に入れる価値はあるかもしれないわ。そして子供も作って家庭を持って、一生を共に暮らすの。そうできる望みがあるなら、どんな犠牲も厭わないわ。でもたった三ヶ月の楽しみのために奥さんの名誉を傷つけるというのはーしかもその先に何も残らないというのはーとてもその気になれないわね。」 ……少し内容は違うが、人間は「誇り」をもてるのだ、ということを我々はこの五ヶ月いたるところで見た。 私は今回、鏡明とは違い、暗い気持ちでこの小説を読み終えた。「「渚にて」が変わったのではない。世界が変わり、私も変わったのだろう」。

    34
    投稿日: 2011.08.21
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    あんまり翻訳っぽくない。 無駄に恐怖をあおるだけじゃないのがいい。 ・・・でも最初に読んだ日は眠れなくなった。

    0
    投稿日: 2011.07.04
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    放射能によって人類が滅亡を迎えようとする世界を描いているのにパニック小説じゃないんだなあ。人生は永遠じゃなくて、誰でも死へ向かっていることは確かなはずなのに、なぜ人は絶望しないで生きていくことができるのか。静かに考えさせられた一冊。

    2
    投稿日: 2011.05.01
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    ネヴィル・シュートの1957年の作品です。私が高校生の頃(1965年)、初めてこの小説を読みました。最後にはなぜか泣けてしまいました。SF小説を読んで泣いたのは、この作品が初めてでした。その後、2度、映画化されましたが原作ほどの感動は無かったように思います。放射能汚染の危機が迫るこの時期に、たまたま書店でこの文庫の新版を見かけて、もう一度読み返してみようと思い、購入しました。やはり、泣けました。おすすめの一冊です。

    0
    投稿日: 2011.04.13
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    東日本大震災の余震がおさまらない中、東電原発事故はますます状況を悪くしている。放射能汚染の怖さが胸を塞ぐ。学生時代よんだ、この本を再読。こうして迎える人類最後の日など来ることの無い様、改めて原発不要論!!

    0
    投稿日: 2011.04.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    局地紛争から発展した全面核戦争によって、北半球の世界は致死量をはるかに超える放射能が覆い、やがてそれは人々がわずかに生き残る南半球のオーストラリアに忍び寄りつつあった。その最期の時の数ヶ月間、人々はどのように生き、そして死に向き合ったのかを描いた、SFの傑作。 今となっては第三次世界大戦による人類滅亡など、非常に可能性は低くなったけど、この小説が描かれた当時はまだキューバ危機も起こる前夜で、東西両陣営が競って核兵器を増強していた時代。この小説に描かれていた危機感は非常にリアルな恐怖だったんだろうと思う。 残り僅かになった自分達の人生を、少しでも充実したものにしようともがき、楽しみ、そして死に直面しつつも冷静に受け入れていく人々の姿に、自分も同じ状況になったら今日何をするのか、真剣に考えさせられる話でした。自分はとりあえず、ヨーロッパや香港・台湾を旅行して、あと、英語とテニスがしっかりできるようになるまでは死ねない・・・。

    0
    投稿日: 2011.04.10
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    冷戦時代、核戦争後の世界を最期に残されたオーストラリアを舞台に描いた名作 SF小説の新訳。大好きな小説で、ちょうどオーストラリアに向かう空港の書店で見つけたので再読。やはりいい。単なる戦争批判でもなく、最期の時を迎えた人類の生き様を淡々と描く。ほとんどパニックに陥ることもなく、人を愛し、家族や友人を思い、死を迎える。人間の愚かさと人間の精神の貴さの両面。しみじみとした読後感は変わらない。人類の滅亡する様を描いた悲しいはずの小説なのに、僕は最期を迎える人間達の矜恃、誇り、愛情といったものにすごく救われた気分になる。開高健氏がよく色紙に書いていた「明日、世界が滅びるとしても、今日、あなたはリンゴの木を植える」と言う言葉を思い出す。今回も涙。

    0
    投稿日: 2010.11.27
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    これも終末ものであるが,人間精神の勝利を歌う.若干センチメンタルでもあるが死を扱うぶん,シェイクスピア的な荘厳さがある.コンサバ.

    0
    投稿日: 2010.02.24
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    その時が来たら死ななければならない。 だが、体が健康でいるうちは楽観的に生きようとする。 来年の計画を立てる。 淡々といつもどおりに日常を過ごす。 だが、死と闘わず。 のた打ち回って、命尽きるまで生きない。

    0
    投稿日: 2009.11.20