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日本のいちばん長い日(決定版) 運命の八月十五日
日本のいちばん長い日(決定版) 運命の八月十五日
半藤一利/文藝春秋
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総合評価

12件)
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    日本政府がポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告し、日本の敗戦が決まるまでの話です。 学校では「終戦の日」と一言しか教わりませんでしたが、終戦に至るまでの軍人たちの葛藤や反逆。 昭和天皇の苦悩。そして、決断。 戦争を終わらせるために動いた日本政府の感情が、1冊の本の中で爆発していました。

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    投稿日: 2026.01.31
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    Audibleで聴いた。非常に聴きやすく、内容に引き込まれて通勤時間を楽しめた。 本書の内容説明は、以下となる。 ”昭和二十年八月六日、広島に原爆投下、そして、ソ連軍の満州侵略と、最早日本の命運は尽きた…。しかるに日本政府は、徹底抗戦を叫ぶ陸軍に引きずられ、先に出されたポツダム宣言に対し判断を決められない。八月十五日をめぐる二十四時間を、綿密な取材と証言を基に再現する、史上最も長い一日を活写したノンフィクション。” 8月14日正午から翌8月15日正午までの24時間の日本のポツダム宣言受諾の裏側を描いた作品だ。15日正午は言うまでもなく昭和天皇の玉音放送の時間だ。 連合国から提示されたポツダム宣言を巡って、無条件降伏をするか、天皇の地位や国体護持など条件を付けることを要求するか、鈴木貫太郎内閣は閣内で意見が一致しなかった。御前会議で天皇が宣言受託を決定し、日本の運命は決まった。 そこまでは今までも知っていたが、15日正午の玉音放送にいたるまでの経緯については本書で初めて知った。 敗戦を国民に知らせる方法として天皇が直接ラジオから国民に伝えることを決定した経緯とその渦中での議論、生放送か録音か、録音と決まり慌ただしく準備をした様子、原稿について内閣で議論が紛糾し、ある一つの文章、表現を巡って陸・海軍が主張し時間がかかったこと。 さらには、実際に録音をする場面に立ち会った技師などの描写、未だ徹底抗戦を訴える一部の軍部の暴走した者との攻防、官邸でのクーデター、録音盤という日本の運命を決する重要なものを、誰が、どこに翌朝まで保管したか(これを奪取し日本の無条件降伏を阻止しようとする国内勢力が当時いた)など緻密な関係者取材から大変なリアリティーを持って当時の状況の一片を伺い知ることができる。 見所が多すぎてどこを挙げて良いか分からないが、特に以下2点が私は印象に残った。(オーディオブックで聴いたというのもあるかもしれない) ・阿南陸相の自決シーンとその後の部下、家族による葬儀 ・官邸でのクーデターで軍部と違い、侍従には格による外観上の区別がなく、また部屋の名称なども軍の将校にとって馴染みのないもので異世界に来たように右往左往する様子

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    投稿日: 2025.09.13
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    1945年8月14日から15日にかけて発生した「宮城事件」(みやぎじけん)と呼ばれるクーデター未遂事件の話です。 昭和天皇がポツダム宣言を受諾すると言ってから、国民に伝えるまでにクーデター未遂が起こっていたことは知りませんでした。 ただ、「お国のために」と戦争を指揮してきた軍隊の上層部や日本が勝つと信じて疑わない人たちが、クーデターを起こそうとするのは割と自然な流れのような気もします。それが天皇の聖断としても、自分の正義を武力で貫こうとしている人は恐いと思いました 最終的にクーデターが失敗に終わり、昭和天皇による玉音放送が実現したことは、日本の歴史が大きく転換する決定的な瞬間となり、終戦記念日を迎えるたびに心が熱くなります。 文章が難しくて、読むのが大変でしたが、近衛師団長森赳陸軍中将が殺害や、阿南陸相の割腹の場面は壮絶で印象的でした。映像化されているので機会があったら観てみたいです。

    10
    投稿日: 2025.08.26
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    日本の歴史で最も大きな転換点の一つである,太平洋戦争が終結した昭和20年8月の日。国民に敗戦を知らしめる玉音放送に至るまでの24時間,国を思い,葛藤し,信念をぶつけ合った人々の記録です。これまで2度映画化されており,いずれも実力派俳優がキャスティングされています。

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    投稿日: 2021.12.23
  • 読了した。

    大変面白かった。不謹慎と思われるのは、心外ではありますが。映画は見そびれましたが、この本がベストセラーなのは、良く理解できます。

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    投稿日: 2016.08.30
  • 意思決定論の問題として読んでも圧巻の一冊

    大事を決めるときの意思決定プロセスとは、どうあるべきか? 勿論、サイモンら米国流の組織的意思決定論はあるにはあるが、一国の命運を決するような場合はどうなのか・・・。 非常に興味深いが、極めて事例が少なく、かつ、データが収集し難いテーマだ。 3.11やリーマン・ショック以降、レアイベントに係るリスクが関心を集めているが、そのリスクが顕在化したあとのディザスタリカバリフェーズでの意思決定論に、個人的には特に関心がある。 しかも、その意思決定がわが国の国民性に馴染むものであるべきと考えると、本書に見られる合意形成プロセスは実に含蓄に富んだものと思えてくる。 『失敗の本質』と並んで、ビジネスマンにも是非お勧めしたい。

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    投稿日: 2016.06.19
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    映画を観て、興味を持ちました。 ポツダム宣言受諾決定から刻一刻と迫る終戦宣言までの時間と玉音放送までの一夜に起こったクーデター未遂。 終戦を決定するまでにグダグダと会議は長引き、結局は天皇自らによる終戦を決定するというご聖断を仰ぐことに。 国民はそろそろ戦争も負けるだろうと思いつつも、、まだ終わるとは思っていないので、軍人はなおさら本土決戦もせずに終わらせる気などなかったのかもしれません。 それに近衛師団と言えば天皇と皇居を警護する軍人ですが、その近衛兵たちが叛乱を起こしたのだから、国民は知らなかったのかもしれません。 玉音放送を巡る攻防は、たった一晩の間に目まぐるしく終わってしまったのですが、もしも録音盤が奪われていたら、また違った過去があったのでしょうか。 史実の一つとしてこんなこともあったのだと感慨深く読みましたが、まだ70年と言うべきか、もう70年たってしまったと言うべきか。

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    投稿日: 2015.12.28
  • 終戦を巡る日本人のドラマ

    「運命の八月十五日」とタイトルになっていますが、運命の日を迎えるに至る過程もしっかりと書かれていて、実に読み応えのある本でした。ノンフィクションといっても差支えがないのではないか?と思われるほどに聞き込みや調査が丹念に重ねられており、その上に描かれた物語には重みがあります。 日本という国を思い、身命を投げうってつばぜり合いと葛藤を繰り広げた方々に敬意を。右とか左とか、そういったことが軽く見えるほどに真剣なドラマがここにはあり、この本の世界に引き込まれていきました。 つぎはぎだらけの詔書がどのようなものを象徴しているのか。それはこの本を読んだそれぞれの方でとらえ方が違うと思います。そういった、単純すぎる見方を排した筆致も魅力です。 現代に続く事柄が多いだけに、読みながら現代日本に思いをはせてしまう、そんな本だと思います。

    2
    投稿日: 2015.10.09
  • ずっと残っていってほしい

    既にいまから50年前に書かれていたことに驚きです。 聞き取りした話などは想像を交えて描写されているのでしょうが、胸に迫ってくるものがありました。 戦争を起こした主体者からの終戦という目線で、国民が草を食むという角度からではありませんでした、それがなおさら戦争の怖さを感じさせました。当時はまだまだ戦争体験を語らない(語れない)戦争経験者が多かったと聞いていましたが、本作が今後も読み継がれていくことを願ってやみません。

    15
    投稿日: 2015.09.01
  • 一般に知られていない舞台の裏側とでもいいましょうか!?

    原作は、昭和40年に書かれていたのも驚きでした。 かなり取材され、資料を集め、史実に基づいて書かれているのでしょうね、どこまでが、フィクションで、どこからがノンフィクションなのかと思いました。 で、50年後に実写化ですか。なんとも言えない“長い1日”の重みを感じました

    6
    投稿日: 2015.08.05
  • 労作であり、力作であり、そして傑作です

     戦後70年という今年、様々な行事も企画され、またこの作品も再度映画化もされるとのこと。そんな年に、もう一度じっくり読んでみるのも良いのではないでしょうか。  この作品の特徴は、ノンフィクションでありながら、あたかもその時を実際に体感しているかの様な文章にあります。  同時進行で進んだであろう事項を、沢山の資料と聞き取り調査を踏まえ、それを時系列に並べるだけでも大変な労力が必要と思われますが、所々とても格調高い表現が使われているのも、この作品を単なるノンフィクションに終わらせていないところです。  たとえば、降伏が決定されたという8月10日には、「その夜はかがやかしい月が中天にかかり、宮城の庭の老松の葉影が一本ずつ数えるほど明るかった。そして夜明けを告げる鶏鳴が聞かれた。この夜は空襲が全くなかった。」このような描写が随所に使われる一方、その内容は、戦争をいかに終息させるかを巡る、手に汗を握るサスペンスと言えなくもなく、あまりに小説風な作品なので、これが日本で実際にあった事柄なのだと言うことを忘れてしまうかもしれません。でも、これは紛れもなく我が国の歴史の一ペーシなのです。  この作品は、戦争終結を決定し、玉音放送を全国に流すまでの、とても短い期間において、「指導者」と呼ばれる人々の葛藤と騒動を描いているわけなのですが、当時の普通の人々、所謂一般国民の心情がつまびらかになっていないところが難点と言えば言えるかもしれません。でも、それは作品の主旨とは異なるので仕方がないでしょう。  それにしても、当時の「国体」とはいったい何を指していたのでしょうか。国民あっての国であって、国あっての国民ではないはずです。また、あの天皇陛下を絶対視する思想はどのように生まれて来たのでしょうか。その一方で、現人神として敬うならば、神が誤りを犯すはずもなく、ましてや、奸臣に惑わされているなどという、たとえば畑中少佐の様な考えは、それ自身が自己矛盾しています。昭和天皇も、すべての軍の最高責任者でありながら、すべての情報が知らされていたとは思えず、そんな状況の中で、責任ある決断だけ頼られても苦悩するだけだったでしょう。  この作品を読むと、まさに紙一重で悲劇的結末を回避できたことがよくわかります。二・二六事件で、鈴木貫太郎が生き残ってくれたことに、感謝せねばならないでしょう。また、玉音放送は、テレビなどでも何度も放送されていますが、正直言っ て、当時の感度の悪いラジオで聞いて、いったいどれだけの人が理解できたのかなぁと疑問でありましたが、放送する際は、通常より出力をアップしていたとか、その「お言葉」の後、ちゃんと放送局員による解説みたいなものがあったことも記され ています。こんなことは学校で習った覚えはありません。また、一方で、その放送の寸前まで、大本営発表の戦果報告がなされていたことも驚きであります。  あの大戦の戦争責任について、論じられることがよくあります。ランチェスターの法則を用いるまでもなく、当時の指導者達には負けることは判っていたはずで、当初から、いかにタイミング良く講和に持ち込むかが鍵だったはずなのに、どうしてこ んな結末になってしまったのでしょうか。始めるのは簡単でも、幕を引くことは、とてつもなく難しいことなんですね。  安保法制の議論が喧しい今、あの狂気の時代をもう一度じっくり考え直してみるきっかけになると思います。まだ読まれていない方には、是非一読して欲しい一冊であります。

    14
    投稿日: 2015.07.31
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    さいきん、「きんどる」とやらで読書(それは「書」なのか?)している同居人が、全然知らなかった、知ってましたかという。無条件降伏による敗戦を阻止し、徹底抗戦するのだというクーデター計画があったことや、玉音放送をやめさせるために、終戦の詔勅を天皇が読みあげた録音盤が奪取されようとしたことは、私は何かで読んですでに知っていた。 半藤一利のこの本だったのかなと思ったが、ちょっと話していると、同居人が「いや、それだったら、この本読んでない」というので、「きんどる」には同居人がだうんろーどした電子書籍があるとはいえ、紙の本のように貸し借りする風でもなくて、私は図書館の本を借りてきて読む。 序が大宅壮一になっているところを読んで、そういえばこの本が最初に出た頃、半藤は文藝春秋の一社員で、大宅壮一名義で出た、というのをどこかで読んだなあと思った。 長めのプロローグのあと、1945年の8月14日の正午から15日の正午まで、1時間刻みで、長い長い日が書かれている。7月下旬から、ポツダム宣言の無条件降伏を受け入れるか否かについては、国体が護持されるのかどうかで議論が続き、政府は決められないままに、広島に原爆投下、そして長崎に原爆投下、各地の空襲もあった。閣議では同数で決められず、天皇の「聖断」をあおいで、ポツダム宣言受諾が決まった。 読んでいて、私が気を引かれたのは、昭和天皇がこのとき44歳だったということだ。いまの私とひとつしか違わない。 天皇は、わが身がどうなろうとも、民草を無意味な犠牲から救うためにはこの手段しかないと、ポツダム宣言の受諾に同意だと発言した。このお上の御意に従うべきなのだという流れができようとするが、一方で、天皇は君側の奸によって誤った選択をさせられているのだという者たちがいた。 ポツダム宣言受諾をさせまいとするクーデター計画がいくつかあった。陸軍省幕僚の一部と近衛師団の参謀が宮城を占拠しようとした事件、厚木三〇二海軍航空隊が玉音放送後も徹底抗戦を呼びかけた事件、皇軍に降伏の二字なしと徹底抗戦をとなえた国民神風隊が横浜高等工業学校の学生をまきこんで首相官邸や閣僚らの私邸に放火した事件など、時のめぐりあわせか、それらは散発的なものに終わって、大きな流れにならなかった。けれど、歴史の「もし」はあったかもしれないと、1時間刻みで描かれる「史実」を読みながら思った。 厚木三〇二航空隊では、司令室に全士官が集められて、司令の小園大佐が、日本はポツダム宣言を受諾し無条件降伏をするという情報を伝えた。司令の真意をたずねる若い士官たちに、小園司令はこう叫んだという。 ▼「私が司令の職責を汚すかぎり、厚木航空隊は断じて降伏しない。すでに高座高廠も、工作機械を地下に移し、持久戦の準備をおえた。食糧も二年分はあり、たとえ全海軍から見放され孤立無援になり、逆臣の汚名を一時冠せられようと、国体を汚し、伝統をうけつがぬ無条件降伏には賛同しない」(p.170) この叫びに士官たちの熱情はかき立てられ、厚木基地は全軍一丸となって徹底抗戦の籠城を策することになった。私はここを読んで、二年分の食糧がこういうところにはあったのかと思った。 自決の決意をかためた阿南陸相の陸相官邸での最後の晩餐の場面で「日本酒とわずかばかりのチーズが」というところに、そういうものはあるとこにはあったんやなと思う。 綿密な取材と当事者の証言によって書かれた24時間。この本に出てくるのは、氏名、役職や階級がはっきりとしていて、写真なども残っている人なんやなと思った。そして、とりわけ陸軍をはじめとする軍隊の士官たちの言動に、戦時下に筋金入りで育つとこうなるんやろうか、それとも…と考えてしまった。 (2/20了)

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    投稿日: 2013.03.17