【感想】美酒の設計

藤田千恵子 / マガジンハウス
(7件のレビュー)

総合評価:

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  • 美味しいお酒が飲める良い時代だ

    全国新酒鑑評会とは元々大蔵省所管の醸造試験所、現在は独立行政法人の酒類総合研究所が1911年に始め酒造業者の技術向上を目的にしている。ここで優秀とされた酵母を醸造協会が培養し酒蔵に配布しており現在全国の酒蔵で使われているのがこれだ。家付き酵母や野生酵母と違い発酵が途中で止まったり、腐造という雑菌のためにもろみが腐敗したりということが少なくなり酒質の安定に貢献して来た。戦後すぐには真澄の協会酵母7号が出品酒の8割以上に使われた時代もあったという。研究所のサイトを見ると2014年は845点が出品され入賞442点で金賞は233点だ。この本の舞台になった秋田の斎彌酒造店の雪の茅舎も金賞を受賞している。その割には受賞酒をそんなに見かけないのは仕込みが500KG〜1tと小仕込みのためで18Lの斗瓶で5〜6本分しかもそのうちの真ん中の2〜3本をブレンドしたものから出品されるので厳密には一升瓶で20〜30本しか取れない。実際には同じ仕込みのものが市販されるとしても限定品であることには違いない。

    雪の茅舎の高橋杜氏は91年に発の金賞を受賞すると92年は連続受賞、93、94は入賞で95年は開催なし、96、97とまた金賞で99年から7年連続金賞で秋田県の純米部門でも94年から6年連続主席知事賞を取っている。しかし実はこのころ高橋はもがいており自身の評価と鑑評会の結果が出なかったり試行錯誤を続けていた。このころ高橋は蔵元にも言わずに櫂入れをしないという決断をする。造り酒屋の櫂入れは朝ドラ「マッサン」の実家の風景にも出た様に酒屋のイメージそのものである。ではなぜそれをやめたのか。

    高橋杜氏の酒造りの話は一見昔気質の職人に思える。「米をわからせるためには、米を作ることが一番の早道。だからうちの蔵では蔵人みんなで米を作っています。」「蔵入りして造りだしたら、一斉に同時進行」「(今年のできばえとか)基本的な米の知識というのは、事前に全部頭に入っていなければ間に合いません」

    酒造りの極意としてよく「一麹、二酛(もと、酒母)、三造り」と言われるが高橋の中では最も大事なのが米洗いだ。糠をきちんと落とさなければ精米をする価値がない。斎彌酒造では蔵人12人中7人で手洗いを行う。大吟醸でも普通酒でも同じくだ。製麹機はあるが使えるのは手作りの麹の製法を会得した蔵人だけだ「機械は黙っていても作ってくれるから、人間の五感が発達しないうちは触らせない(笑)」のだそうだ。

    そうかと思うと櫂入れをやめた様に実際に試してみて良かったことはどんどん取り入れる。大きめのガラス瓶の実験では櫂入れをしなくてもタンクの中では対流が充分起きていた。発酵では熱も出るし、アルコールとともに炭酸ガスも出る。試しに櫂入れをするしないで利き酒をすると櫂入れしないほうが圧倒的に評判が良かった。

    蔵はとにかく清潔に保ちいつでもどこでも拭き掃除ができる様に準備がされてある。酒母を雑菌から守ることが大事なのだがこの鍵になるのが乳酸だ。大気中に飛んでいる乳酸を取り入れるのが生酛で山卸しという米を擦る作業をしたりする。同じく大気中の乳酸を取り入れるが山卸しをしないのが山廃酛、そして醸造乳酸をふりかけるのが速醸酛という普通の作り方だ。山廃に挑戦してもうまく乳酸発酵しない。これは雑菌を殺すためにホルマリン殺菌をすると乳酸菌も殺してしまう。昔は木の道具を熱湯消毒して使っていたがこの道具には乳酸菌が残っていて山卸しが乳酸菌を埋め込む作業になっていたのだ。試しにホルマリン殺菌をやめると見事に乳酸が湧いてきた。ついには蔵内のホルマリン殺菌をすべてやめにした。水とお湯と箒と雑巾で徹底して掃除をすれば良かったのだ。

    高橋はアルコール添加を嫌うだけでなく加水も濾過もしない。ちょうど16度になる様に作れば酵母がアルコールで死ぬこともなくいやな匂いが残らない。そして加水はどうしても香りを飛ばしてしまう。濾過も雑味をとるだけでなく香りもとってしまう。高橋は自分のやり方が正しいと言ってるわけではなく、自分はこれを選ぶと言ってるわけだ。水や米が変われば酒造りは変わる。高橋の目指す方向ができるだけ人間が手を出さない方向だったと言うことだ。

    合理主義者の様にも見えるがデーター至上主義ではなく酒造りは感覚が大事だという。この辺りが面白いところだろう。高橋が杜氏になった頃は日本酒は糖やアルコールの添加が当たり前で純米酒など見向きも知れない時代だった。今でこそ糖の添加は減ったがコストに直結するアルコール添加は減っておらずいわゆる普通酒(アルコール添加したもの)が主流になっている。それでも昔に比べれば美味しい日本酒が手に入りやすい良い時代になったと思う。ちょっとくらい高くても毎日飲むわけじゃないしいいでしょう。
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    投稿日:2014.12.31

ブクログレビュー

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  • やっさん

    やっさん

    秋田へ着いたよ♪

    ってな事で、藤田千恵子の『美酒の設計 極上の純米酒を醸す杜氏・高橋藤一の仕事』

    丁度、読み切る時に秋田入り♪

    この本はホントに読み易くて日本酒についての魅力や日本酒造りの流れも書いてあるんで、日本酒好きには勿論、日本酒ビギナーの方にもオススメの日本酒本

    高橋藤一杜氏はもう引退してるかな?

    杜氏は日本酒を造るだけじゃなく、米造りから、後継者創りも杜氏の使命じゃと。

    ホント深い話で益々日本酒が好きになる!

    常々、個人的に雪の茅舎に外れ無しって言っていたけど、やっぱりそうじゃと納得する日本酒創りと熱い想いじゃね

    これは日本酒好きには読んで貰いたい一冊じゃね

    今日のコンビニで買ったのはアル添じゃけど、これまた美味いよね♪

    因みに、岩手県のタクシードライバーでお馴染みの喜久盛酒造の杜氏さんも高橋藤一と同姓同名なんですよw

    2018年70冊目
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    投稿日:2024.01.22

  • 1435107番目の読書家

    1435107番目の読書家

    お酒の醸造だけにとどまらず、人生とは、仕事とは何かを考えさせられる作品でした。
    当方、神戸市在住で灘の酒を愛するおっさんですが、由利正宗が飲みたくなりました。

    投稿日:2022.03.16

  • nkon

    nkon

    「美酒の設計」という秋田の銘酒を醸った高橋藤一という杜氏の話。自分語りではなく酒造の工程と理論、杜氏というリーダー論もしっかりと語られてお勧めできる。
    高橋杜氏は戦後生まれだが戦前の徒弟関係を受け継ぐ。しかし、自家培養した酵母、自社で作った米、山廃もとの復活、櫂入れしない工程、水入れせずに16度で発酵させる技術、無濾過生酒、これら、ここ20年での技術革新の成果である。現代の酒造りは意外と新しいのだ、と驚く。杜氏ではなくITが作る獺祭というのもある。続きを読む

    投稿日:2015.07.11

  • ashisas

    ashisas

    秋田の杜氏、高橋藤一氏の日本酒造りに対する姿勢や考え方について、ノンフィクションとしてまとめた本。

    2009年に出た本で、この本の中では高橋氏はそろそろ後進が杜氏としてきちんと経験を積めるように一線を退こうと思っている、とおっしゃってましたが、氏が杜氏を務める齋彌酒造店のホームページを拝見したところ、まだ現役で頑張っておられる様子(笑)なにがあったのかは分かりませんが、呑兵衛としては美味しいお酒を醸してくれるのなら、これほど嬉しいことはございません。

    冒頭は、酒造りの基本的な工程についてさらっと触れてるので、この辺を知っている人はしれっと読み飛ばしてしまってOK。この倉ならではのユニークな点も紹介されてますが、決して紙幅は多く割かれていません。

    後半からが俄然、面白くなってきます。
    高橋氏の酒造り(そして、そこに至るまでの酒米造り)に対する姿勢や考え方だけでなく、この倉ならではのユニークな工程(端的に言うと日本酒造りで必須とされる工程をいくつか省いて、自然の力に任せている)が細かく紹介されてます。むしろ、100ページ目を超えたあたりから読み始めても良いんじゃないか、という気さえします。

    日本酒が好きな人なら、特にこの倉で醸された「由利正宗」や「雪の茅舎」が好きな人なら、手に取ってみる価値は十分にあります。
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    投稿日:2013.09.20

  • tryout

    tryout

    日本酒が飲みたくなる本。人・米・菌-酒造りのドラマが楽しめる本。(酒造りの手順のイロハもわかる。)副題は「極上の純米酒を醸す杜氏・高橋藤一の仕事」。高橋杜氏は秋田県にある齋彌酒造店の杜氏。

    ・日本酒ってシンプルだなぁ~
    日本酒は米と米麹と水だけを原材料とする醸造酒

    ・日本酒作りには清潔が第一。神道も清潔第一。神様の飲み物だからか,この共通点がおもしろい。
    「蔵は,麹菌,酵母菌といった微生物たちの住みかです。微生物たちは清浄な場所でなければ健やかに生き,自分たちの使命を果たすことができません。その使命とは,米を醗酵させて酒へと変化させていくこと。そのためには,常に蔵は麹菌や清酒酵母たちが雑菌に汚染されるよう清潔に保たれる必要があります。」p2
    「まず大切なことは,とにかく自分の身をいつもきれいにしておくこと。蔵を清潔に保つこと。」p53

    ・酒造り,昔は農家の冬の間の仕事。農閑期の冬場に仕事を求める人が蔵に冬の間にだけ入り,酒をつくる。春には酒ができるので,田植えの頃には農業にもどる。

    ・師匠の世話をするのは職人としての生活の仕方を手取り足取り習っている期間。(なんで住み込んで師匠の世話とかしたりするんだろうと思っていたけど,そういうことだったのか)
    「仕事に就いて一年目の新人は,酒造りだけでなく,杜氏の私生活の雑用をこなすのが蔵のならわしだった。職人の世界の常として,仕事を終えたあとも杜氏の風呂の準備をしたり,食事の連絡役となったり,いわば杜氏の身の回りの世話係を仰せつかるのである。
    『でも,そういった仕事は単なる雑用ではなくて,今から思えば,私たちを育ててくれたことだったんですね。杜氏さんのお世話をすることで私生活を見せていただく。そうすることで,将来私が杜氏になった時にしなければならないこと,というのを教えてくださったのだと思います。風呂当番をしますと,お湯加減を見てからお風呂に入ってもらい,背中を流すのが私ら付き人の役目でした。そういうときに照井さんは<いったん蔵に入ったなら,杜氏になれ>と言って,私が将来,杜氏になった時の心構えを話してくださっていました。ですから,その一年で見せていただいた照井杜氏さんの生活の仕方を,私は今も守っています』」p52-53

    ・お酒トリビア。しゃれだったんだ。
    「ちなみに,全国各地に『OO正宗』の銘柄を持つ酒が数多く存在するが,これは『清酒』(せいしゅ)と「正宗」(せいしゅう)とをかけた洒落のようなものである。」p141
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    投稿日:2010.04.04

  • tsutomu1958

    tsutomu1958

    これぞ不易流行の実践ですね。本物を造る真摯な姿勢にますます日本酒、特に純米吟醸酒が好きになりそうです。

    投稿日:2009.12.31

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