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shizukiさんのレビュー
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  • 月夜の島渡り

    月夜の島渡り

    恒川光太郎

    角川ホラー文庫

    沖縄幻想異譚集

    幻想物語というのは色々あるが、これは本当に怪異な幻想譚だった。これほどなんとも言えない不思議な味わいのある物語にはこれまでお目にかかったことがない。 どの話も怪異が絡んでいて少し幻想的で、そして後味が悪い。嫌な気分で終わるかどうかは人それぞれだと思うが、どの話もめでたしめでたし‥では終わらず、そのゆえに胸に苦しいような切ないような、そんな余韻を残す。 一読してみれば、きっとこの何とも言い難い不思議さを感じてもらえるだろう。 時折会話に挟まれる沖縄の方言はさっぱり分からなかったが、効果的に「島」の雰囲気を伝えてくれて良かった。

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    投稿日: 2019.05.02
  • 追想五断章

    追想五断章

    米澤穂信

    集英社文庫

    「見事!」というよりほかない

    正直途中までは「この本は面白いのだろうか…?」と半信半疑の気分で読んでいた。何しろ、要となる作中の小編が何とも後味の悪いお話ばかりだからだ。暗いとか悲劇的というよりは、登場人物の一人が図らずも語っていたように『趣味の悪い』物語なのだ。人間の嫌らしさや身勝手さを織り交ぜた悲劇。 読者である私たちはそこでモヤモヤとした晴れない気分を抱えながら、けれどもミステリーの結末がどうしても気になって読み進めていくうちに、やがて明かされる真実に胸を衝かされることになる。 なぜあれらの断章はああ迄に暗いのか。人の悪意が見え隠れするのは何故か。 なぜヒロインの女性は何かためらいがちなのか。 そして、全く意味を成さなかった彼女の夢のお話が、ラストで驚愕の事実を持って迫る時、この物語全体の巧みな仕掛けに『お見事!』としか言いようがなかった。 何度も味わいたいような胸踊る冒険記でも、心和む愉快な物語でもない。 この作品はいわば、思い起こせばつと、胸の痛みと共に様々な情景や感情が甦ってくる。そんなほろ苦い想い出に似ている。 ほうと溜息をついて、誰にも知られないように胸の奥の引き出しにしまって置いて、ほんの時折そっと取り出してみる。そんな味わいの物語だ。 決して大それた謎解きも華やかさも無いのに、これほどに印象深く心に刻まれる作品を私は他に知らない。 題名の『追想五断章』というのは正にそのままだけれども、この作品の本質をよく表していると思う。

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    投稿日: 2016.09.08
  • ロスト・ケア

    ロスト・ケア

    葉真中 顕

    光文社文庫

    介護殺人ミステリー

    介護の実態を詳しく知らない人間にはとてつもなく重く、非常に考えさせられるお話。 ただこの物語は謎が次第次第に明らかになってゆき、犯人に少しずつ迫ってゆくという、ミステリーとしての要素も十分に楽しめる。おおよその犯人は目星が付くものの、作者の意図的なミスリードによって、最後の方まで真犯人は伏せられている。 また犯人を含め主人公となっている若きエリート検事、その旧友などのキャラクターが際立っていて物語に惹き込まれる。三人がそれぞれに「使命」や「信念」を持っていて自説を最もらしく語る。それはとても巧みで思わず共感しかけるのだが、一歩引いて眺めて見ればどれも個人個人の思い込みに過ぎない。 乱暴な言い方をしてしまえば『お前は何様のつもりか?!』というような、そんな個性のぶつかり合いである。 法律としての犯罪と罪の意識とを両方正そうとする者。犯罪である事は承知しつつも罪の意識のない者。罪の意識を持たぬよう、犯罪を犯罪とも思わぬ者。 それらが重なり、絡め合いながら物語は進んでゆく。 介護とは。家族の絆とは。罪とは。人が人を殺す事とは。答えの出ない思い問い、一人ひとりに様々な答えを投げかける作品である。

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    投稿日: 2016.04.15
  • テロリストのパラソル

    テロリストのパラソル

    藤原伊織

    角川文庫

    いかにも90年代のハードボイルド

    未読でも本の題名だけは何となく記憶していたように、 なかなか印象的な題名の物語だ。 テロリストという物騒なものが、平和的イメージのある パラソルとどう結びつくのか・・と興味津々で読み始めた。 良くも悪くも、ああ90年代のお話だなあという感想を持った。 出てくる街の描写がどうとか風物がどうというのではなく、 あの時代の持っていた雰囲気が懐かしく思い出される、そんな 物語だった。 途中から犯人がこちらにも分かってしまうところや、犯人の動機に ついてはちょっと安易な気もしたが、初め塵をつかむような手探りの 状態からだんだんに真相に迫るその手法は、やはり賞を受賞した だけあって、見事と言わざるをえない。 ただし、ハードボイルドを読みなれていないせいかどうか、アル中の くたびれた中年のオヤジがなぜ女性にそんなにモテるのか、私には あの主人公はそれほど魅力的には思えなかったが・・。

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    投稿日: 2015.03.22
  • 阪急電車

    阪急電車

    有川浩

    幻冬舎文庫

    私には印象が薄かった

    正直読み終えて「ふーん」というくらいの感想だった。 若者向けのライトな読み切り小説、という感じ。 短いエピソードをつないでいるだけなので、しょせん 深みは求めようもないが。 地元に住んでいて、その列車を利用したことのある人 ならば、多少興味がわくかもしれない。 列車内で隣り合ったりほんのちょっと話をしたり、 そんなふうにして僅かでも関わりあいを持った人たちの、 それぞれのちょっとしたエピソードが綴られていくお話。 ただ、私には少々退屈だった。

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    投稿日: 2015.03.22
  • 人質の朗読会

    人質の朗読会

    小川洋子

    中公文庫

    なんともいえない余韻の残るお話

    地球の裏側の南米で日本人の旅行者8人がゲリラに誘拐され、数か月のちの救出作戦のさなかに全員が爆死してしまった・・という、非常にショッキングな事件の顛末を語るところから、この物語は始まる。 ただし物語自体は誘拐事件そのものを扱ったものではなく、捕えられた人質たちの恐怖や政府のゲリラとの交渉、救出時の息詰まる攻防といった類の話は、一切出てこない。 暴力的で殺伐とした背景を舞台としながら、この物語全体を支配しているのはひっそりとした静けさだ。 長い拘留生活の中で人質たちの心にどのような葛藤があったかは、外部からは知る由もない。ただし残された記録が存在した。 人質たちの肉声が。 彼らは、解放されたら何をしたいかといったような未来は語らずに、自分が過去に体験したエピソードをおのおの語っていた。 その一人一人の話で構成されているのが、この物語である。 正直、ドラマになるような劇的なエピソードなど一つもない。よく考えるとちょっと不思議な感じのするお話もあるが、しみじみ感動させるとか泣けるとか、突出した話ではない。ただそれが淡々と次々に語られていくのに耳を傾けているうちに、我々は気付かされるのだ。 他人が聞けば何でもないようなちょっとした事柄でも、それがその人の人生を決める大事なきっかけとなることがある。そして生涯忘れられないエピソードとして、心に刻まれている。そうしたことは、実は大多数の人が大なり小なり経験しているのではなかろうか。 私たちの周りにいる、大成した事業家でも華やかな芸能人でもない、どこにでもいるごく普通の人たち。それがある日突然、普通でない状況に巻き込まれ、命を落としてしまった―。 だからこそ、彼らのささやかな人生が確かにそこに有ったのだと。こんなふうにして皆それぞれ懸命に日々を生きているのだと。 声高に何かを主張するのではないが、ひたひたと波が打ち寄せて来るような、そんな味わいのある物語だと思う。 とても感動的だとか胸に迫るとか、そういう劇的な部分は何もない。なのに何故か静かな夜にもう一度読み返したくなる、そういう余韻を残す物語だ。

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    投稿日: 2014.10.11