shizukiさんのレビュー
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追想五断章
米澤穂信 / 集英社文庫
「見事!」というよりほかない
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正直途中までは「この本は面白いのだろうか…?」と半信半疑の気分で読んでいた。何しろ、要となる作中の小編が何とも後味の悪いお話ばかりだからだ。暗いとか悲劇的というよりは、登場人物の一人が図らずも語ってい…たように『趣味の悪い』物語なのだ。人間の嫌らしさや身勝手さを織り交ぜた悲劇。
読者である私たちはそこでモヤモヤとした晴れない気分を抱えながら、けれどもミステリーの結末がどうしても気になって読み進めていくうちに、やがて明かされる真実に胸を衝かされることになる。
なぜあれらの断章はああ迄に暗いのか。人の悪意が見え隠れするのは何故か。
なぜヒロインの女性は何かためらいがちなのか。
そして、全く意味を成さなかった彼女の夢のお話が、ラストで驚愕の事実を持って迫る時、この物語全体の巧みな仕掛けに『お見事!』としか言いようがなかった。
何度も味わいたいような胸踊る冒険記でも、心和む愉快な物語でもない。
この作品はいわば、思い起こせばつと、胸の痛みと共に様々な情景や感情が甦ってくる。そんなほろ苦い想い出に似ている。
ほうと溜息をついて、誰にも知られないように胸の奥の引き出しにしまって置いて、ほんの時折そっと取り出してみる。そんな味わいの物語だ。
決して大それた謎解きも華やかさも無いのに、これほどに印象深く心に刻まれる作品を私は他に知らない。
題名の『追想五断章』というのは正にそのままだけれども、この作品の本質をよく表していると思う。 続きを読む投稿日:2016.09.08
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月夜の島渡り
恒川光太郎 / 角川ホラー文庫
沖縄幻想異譚集
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幻想物語というのは色々あるが、これは本当に怪異な幻想譚だった。これほどなんとも言えない不思議な味わいのある物語にはこれまでお目にかかったことがない。
どの話も怪異が絡んでいて少し幻想的で、そして後味…が悪い。嫌な気分で終わるかどうかは人それぞれだと思うが、どの話もめでたしめでたし‥では終わらず、そのゆえに胸に苦しいような切ないような、そんな余韻を残す。
一読してみれば、きっとこの何とも言い難い不思議さを感じてもらえるだろう。
時折会話に挟まれる沖縄の方言はさっぱり分からなかったが、効果的に「島」の雰囲気を伝えてくれて良かった。 続きを読む投稿日:2019.05.02
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ラストレシピ 麒麟の舌の記憶
田中経一 / 幻冬舎文庫
心の底から感動した!
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ミステリー仕立てになっているのでどうしても先が気になり、一気に読んでしまった。
まさか最後にそういうサプライズを用意していたとは‥。
ひとりの希有な料理人と幻のレシピを追う話が、昔の話を差し挟みな…がら少しずつ進んでいくのだが、戦前戦中が舞台の話では当時の世相がよく伝わってきて、遥かな満州の空気までが感じられるようだった。見事な描写である。
そして現代版の主人公も優れた料理人ではあるのだが、その態度や生き様に、我々読者は若干の苛立ちを禁じ得ない。
が、この物語はその彼の再生のドラマでもあるのだ。
過去に存在した、正に天才といってよいほどの希有な料理人。彼の作った一世一代の幻のレシピ。
それを追い求める中で出会った人々の心根に触れ、幻の天才料理人の料理に対する真摯な思いが分かるにつれ、彼は変わってゆくのである。
そして、彼が変わったのも実は・・という、二重三重の伏線が張られていて、構成が実に巧みだと思った。
こんなにも胸が一杯で読了する事は、なかなか無い経験だ。素直に感動した。
しばらくは幸福な余韻が続くだろうが、収まった頃にまた改めて読み直したいと思う。 続きを読む投稿日:2019.11.14
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十二単衣を着た悪魔 源氏物語異聞
内館牧子 / 幻冬舎文庫
なんという面白さ!
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この本に巡り会った幸せを、しみじみ噛み締めながら今、読了した。
まずはこの本を世に送り出して下さった作者と出版社にお礼を申し上げたい。
世に源氏物語の解説本や登場人物たちを描いた同じような物語は掃…いて捨てるほどもあるが、この本こそが決定版であると、声を大にして私は言いたい!
これほどまでに千年昔の京の都を生き生きと、人々の息遣いまでが聞こえてくるようにハッキリと描き出した物語が他にあっただろうか?
そして、ここまで細やかに人の心を鮮やかに映し出した物語があっただろうか。
私の心は主人公と共に平安時代の京へ飛び、当時の美しく素朴な風景を味わい、同じように亡き人を偲んで涙し、そして予想はしていたが、主人公のその後に同じように苦しみを感じた・・古の都が恋しくて。
そのくらい、のめり込んで読み込んでいた。
この物語では、源氏物語では脇役でしかなく、しかも悪役で恐らくは嫌われ者であろう人物が主体となっている。だが、なんと魅力的で愛すべき人物であろうか。全く目の覚める想いであった。そうか、この人物の真の姿はこうだったのかと。
登場人物たちは皆生き生きとしていて個性が溢れ、そしてとても良い台詞を言う。どれも皆心に染みて、胸に迫る。
この本は私の愛読書の一つとして、生涯大切にするだろう。何度も読み返して、私もまた、平安の昔へタイムスリップするのだ。何度でも! 続きを読む投稿日:2019.11.28
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死都日本
石黒耀 / 講談社文庫
大スペクタクル・パニックホラー
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これはホラー小説だ、と思った。
ゴシックホラーやサイコホラー等色々あるが、
パニックホラーという名称を与えたい。
なにしろ火砕流が押し寄せた時のおぞましい
戦慄や人々の苦痛の描写が、これでもか…という
程に残酷にリアリに描き出されていて、冒頭の
章だけで心の底から震え上がってしまい、
読み進めるのを躊躇したほどだ。
最後のページまで一瞬たりとも気を抜けない、
目が離せない緊迫感と臨場感は実に見事だ。
古事記と火山噴火を絡めた解説も非常に
説得力があって興味深い。おそらくそれが事の
真相だと素直に感じられるのではないか。
本当は星5つの満点評価でも良かったのだが、
星を一つ減らした訳は3つある。
一つに、専門的な火山関係の説明がやや
長すぎたこと。
門外漢の読者相手に、微に入り細を穿つように
事細かく火山の状態を描写されたり説明
されたりしても、よく分からないので冗長に
感じてしまった。
また、最も辟易させられたのが、登場人物の
口を借りての日本の政府批判、政策批判だ。
作者が自分の主義主張をを小説内に込める
事は常套手段なので、それはとやかく言わない。
ただあまりにも露骨過ぎるし、クドい。
作者が最後に打ち出した日本再生論は
美しく神話的な理想論として感動はしたが、
そこに至るまでのこき下ろしが多過ぎた。
現状を憂う気持ちに共感する部分はあっても
度を越せば鼻に付く。
そして3つ目は、聖書の聖句に対するミス
リードだ。
これは作者が聖書に詳しくないが故の過ち
なのか、それとも分かりつつ敢えてわざと
読者をミスリードしたものか。
聖書の黙示録の一節が、意図的に火山爆発
説と結び付けられていたのだ。
古代ユダヤ人の文化では、大きな嘆きを表す
際に袖を引き裂き、自ら灰を被った。
それを、あたかも自然現象で灰が降り積もった
かのように描写するのは、ミスリード以外の
何物でもない。
こと宗教に関する事物、それも様々な解釈が
あるとはいえ『Bible』を扱うからには、
作者はもっと慎重になるべきだと進言する。
殆どキリスト者のいない日本人向けの小説
だからこそ、誤った印象を植え付けて欲しく
ないのだ。
以上の点で星を減点したが、素晴らしく
読みごたえのある一大スペクタクルには
違いない。
特に九州地方に住んでいる人には最高に
恐ろしいパニックホラーと思うが、
我ら日本という国に住む人間は太古の時代
より、まさしく火山列島の真上に文明を築いて
きたのだという厳然たる事実を、改めて強烈に
思い起こさせてくれた好著である。 続きを読む投稿日:2020.01.08
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消滅 VANISHING POINT (上)
恩田陸 / 幻冬舎文庫
少し長すぎるかな
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テロリストがこの中にいる。そう告げられて空港に足止めを食らった人々。互いに疑心暗鬼を募らせながらも連帯感によって結ばれて行くという話。果たしてテロリストは誰か。彼らが目論む「消滅」の意味するものは?
…
ミステリーの要素があってとても面白かった。長丁場だけあって人物描写が非常に細やかだし、ここで必要なのかと思うような突拍子もないようなSF要素も話の中でスパイスになっていた。
ただ描写がいささかクド過ぎ長すぎの所があって、こんなどうでもいいような説明を長々するよりもさっさと話を進めて欲しい。そう感じる時もあった。この物語はもう少し短く纏めても良かったのではないかと思う。
あと、この騒動は結局落ち着く所に落ち着いて終焉を迎える訳だが、国家や政府など物々しい体制をを持ち出した割には、いささか甘いというか呆気ないというか。でも軽い読み物としては最高だし、2時間ドラマにしたら面白い内容だと思う。 続きを読む投稿日:2020.07.30