noporinさんのレビュー
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このユーザーのレビュー
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銀翼のイカロス
池井戸潤 / ダイヤモンド社
悪を懲らしめるヒーローではなく、根深い社会の縮図と向き合う半沢
10
これまでのシリーズで見られた半沢直樹の徹底した調査能力と判断力、仲間との連携によって悪を追い詰めていく痛快さを期待するなら、前作の「ロスジェネの逆襲」の方がスリリングだ。
何故なら、これまでは半沢が銀…行と企業の未来を賭けて企業再生に取りくむと見せかけて、実は黒幕は銀行内にいて、派閥の足の引っ張り合いで、敵は単純で退治しやすい。倒せばスカッとする。
しかし、今作は、体質が違う銀行が合併することによる歪みと、それに乗じて利権をむさぼろうとする政治家と企業の思惑が絡まりすぎて、1人の行員が真実を暴いて解決できる問題ではなく、「正論が正義ではない」重厚で多角的なストーリー。途中から「帝国航空」の再生問題そっちのけで、政治汚職に比重が掛かりすぎるのがちょっと気になるところだが。
善悪が分かりにくいこともあるが、逆にいろんな立場に立って正義と真理を考えられるので、誰に共感するかによっては読後の感想は違ってくるだろう。あの金融庁・黒崎ですら、単なる敵でもない、複雑な立場で登場する。
今回の半沢直樹の活躍としては、自分自身で走り回るより、その人徳と人脈で情報が集まり、もう駄目だと思ったら、相手が自滅した・・という風に、若干能動的より受動的だ。
それでも、例の決め台詞も健在だし、相変わらず「最後はいいとこだけ持ってくなぁww」と、役割は果たしている。
決してハッピーエンドではないが、これからの明るい未来に期待したくなる終わり方だった。
もしドラマ化するなら、半沢だけでなく、是非頭取の葛藤と「男気」も中心に据えてほしい。 続きを読む投稿日:2014.08.04
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県庁おもてなし課
有川浩 / 角川文庫
単なる町興しストーリーじゃなくて自分興しとして読むべし。
3
官民一体となって町興しってよく言うけど、どれだけ官と民がずれまくっているか、そのギャップにまず驚き、双方のかみ合わなさにやきもきし、掛水と多紀ちゃんのいじらしさと発展の遅さにももっとやきもきし(笑)、…読者側は共感というより、いろんな感情が沸き起こってとても忙しい。つまり引き込まれるということだ。
確かに地方都市は東京みたいな大都会より話題性は乏しい。でも、そこにしかない魅力はそこに住んでいる人が発信すべきで、まずは自分たちが楽しまなきゃアピールもできない。
これって、町興しに奮闘する地方公務員の成長ストーリーではなく、自分自身の魅力に気付けって話なんじゃないかなぁ。
自分が自分を広報しなきゃいけない場面は人生いくらでもある。受験、就職、昇進、結婚・・・、どんな人が読んでもまずは「自分の魅力」を考えてみるいいきっかけの作品化もしれない。 続きを読む投稿日:2014.06.29
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ゴールデンスランバー
伊坂幸太郎 / 新潮社
時間軸の描き方が面白く、ミステリーの世界にどっぷりはまれる
2
誰が犯人なのか、何が真相なのか、濡れ衣を着せられた主人公は魔の手から逃げ切れるのか・・時間軸が事件発生から単純に過ぎていくのではなく、「事件のはじまり」「事件の視聴者」「事件から二十年後」「事件」「事…件から三か月後」と、タイムラインを行ったり来たりしながら、主人公の心情や状況だけでなく、その周りで一体何が起こっていたのかが立体的に浮かび上がってきて、すごく俯瞰で客観的にストーリーを追えました。
時に友達目線、時に傍観者目線、時に主人公本人の気持ちになっていろんな景色が見えてくるのがハマる作品です。 続きを読む投稿日:2013.11.14
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新装版 不祥事
池井戸潤 / 講談社文庫
エピソードのラストは余韻で
2
典型的なダメ上司、横暴な先輩の謀略に真っ向勝負を挑み、スカっと暴いてくれる花崎舞に「いいぞ!もっとやれ!」と声を掛けたくなる。基本的には短編集なのでサクッと読めるし、気に入った話を繰り返し読みたくなる…。
ドラマにはしやすい作品で、主役の杏さんもイメージぴったり。
ただ、各話のラストは悪事が暴かれた段階で「多分この人は処分されるんだろう」と匂わせるだけで終わるので、私のようにこてんぱんにやっつけられるところまで知りたい人にはちょっと物足りなさを感じたこともあった。
「こんなことが明るみになったんだからどんな末路かはわかるよね?」と、自由に想像して余韻を楽しんで・・ということか。 続きを読む投稿日:2014.05.01
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さよならタマちゃん
武田一義 / イブニング
笑って、震えて、ちょっと泣けて、そして生きようと思える作品
2
マンガ大賞ノミネート作品として軽い気持ちで読みはじめましたが、これはすごい作品。
精巣腫瘍(睾丸の癌)を克服したとはいえ、「さよならタマちゃん」とライトなタッチのタイトルからはおよそかけ離れた壮絶な闘…病記。戦うのは患者本人だけじゃなく、家族、医師、看護スタッフ、同僚、同室の患者・・それぞれがどう病気と向き合うのか、どれだけ絆が大事なのか、医療の進歩だけでは病気は治りはしないんだなと思いました。
それと、検査も大事だけど、家族の「触れ合い」も大事なんだなとしみじみ。
書いてあることはかなり深刻なのに、声をあげて笑ったり、こみあげるものを抑えきれなかったり、すごく忙しいマンガですので、電車の中で読むと危険人物になるかも(笑)?
最後に、武田先生と他の患者さんの再発がありませんように・・・と心から願います。 続きを読む投稿日:2014.05.06
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風が強く吹いている
三浦しをん / 新潮社
箱根駅伝の前に読むもよし、後に読むもまたよし
1
この小説は、作者自ら、駅伝経験者や実際の出場経験大学の駅伝部を取材し、早朝の練習や高原の夏合宿に随行、記録会や予選会を見学、そして、もちろん正月は「箱根」へ、と徹底取材を敢行して書き上げた小説だけあっ…て臨場感がハンパない。
新入生と先輩、指導者との関係はどうか。
予選会までの練習はどんなきつさなのか。
予選会を突破するための1秒の重さと厳しさはどんなか。
当日までの心身のコンディション維持はどんなに繊細なものか。
1区~10区までのランナーとそれに寄りそう部員はどんな気持ちなのか。
他区にいる選手間でどんな連絡や支える言葉がかかるのか。
走り終わった後、大手町に結集するランナー達の交通機関は(笑)?
部員周辺にいる後援会やボランティア達の想いは。
大手町ゴールでアンカーがテープを切ることの意味とは。
ストーリー的には、昔強かったけど怪我で一線を退いたランナーが、天才的素質を持つ新入生と、その他は陸上の素人をかき集め無謀にも1年で箱根駅伝出場を目指す、という冷静に考えればあり得ない夢物語だけど、きっと箱根駅伝を目指すすべての大学生達がこういう葛藤と努力と絶望と喜びを抱えて、あの2日間に臨んでるんだと思わせるリアリティがあって、泣けましたねぇ。 続きを読む投稿日:2014.01.05