戦争と罪責
野田正彰(著)
/岩波現代文庫
この作品のレビュー
平均 5.0 (3件のレビュー)
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1998年の著書の文庫化。先の大戦での日本の戦争犯罪を題材に、当事者への聞き取りを中心とした取材によって、人はいかにして罪を自覚するかを問い、日本人に特有の傾向を批判する。反戦のメッセージは明確な著書…。全17章で約400ページ。著者は歴史家や社会学者ではなく、精神病理学者だとされている。
終章を除く第16章までを通し、戦争体験者を中心に当事者への聞き取りと著作からの引用によって個々の戦争体験を確認することで、戦争における加害者の心理と罪悪感の有無と発生をたどる。聞き取りの対象者の内訳としては、軍医2名、将兵2名、特務機関員1名、憲兵2名、一般兵1名、そしてすでに故人となっている戦争体験者の子女2名によって構成される。全体に一般の兵士よりも中間にあたる指導者層が多い。戦地としては基本的にすべてが中国となっており、戦地の偏りは、著者が当事者たちと知り合うルートによるものかもしれない。
遺族を除く8名の体験者の聞き取りからは、戦時中の中国における日本軍の残虐行為が伝えられる。徴発名義の略奪行為を始め、強制労働目的での連行、強姦、放火、虐殺、訓練のための斬殺、人体実験など、まさに地獄絵図ともいうべき惨劇が語られる。さらにその被害者の多くは民間人であり、単なる憂さ晴らしも含む理由のない殺人が日常的に繰り広げられていた様子が複数の証言によって描き出される。残虐な出来事の数々は、被害者の事情などの詳細を知るほどに惨く、読んでいて気分が悪くなる箇所も少なくない。
これと対照的に描かれるのが、戦後に中国における戦犯管理所の職員たちの姿である。本書に登場する元日本兵たちのほとんどは、戦後直接日本に帰国するのではなくソ連での抑留を経由して中国の戦犯管理所に収容される。自らの親族や知人の多くを殺傷され、戦時中に自分たちを人間扱いしないかった日本兵たちに対する彼らの憎悪は尋常ではないはずだが、当時の中国政府の方針もあって、職員たちは彼らを丁重に扱ったうえで、時間をかけて罪の自白と心からの反省を促す。そして、戦時中は中国人を殺害することに何の疑問も抱かなかったような一部の調査対象者も含め、旧日本兵たちは自らの罪と向き合うようになり、後には講演などを通して彼らの戦争体験を伝える役割を果たしていくまでになる。
本書では、上記のような「戦時中の残虐行為の振り返り」→「戦犯管理所で自らの戦争犯罪に向き合うようになる」→「帰国して年を重ねた後は積極的に自らの罪を語り伝える」という一連の過程が固定的なパターンになっている。そのため、従軍直後から日本軍の侵略的な戦争のあり方に疑問をもち、戦時中も意志をもって民間人の殺害や強姦といった戦争犯罪への加担を極力避け、戦後は少なくない軍事恩給の受取をきっぱりと拒んだ、唯一の一般兵である尾下さんだけは例外的で、かつ、印象的である。本書に登場する著者の調査に応えた人々は、いずれも自らの罪を認めて反省をしているのだが、著者は場合によってはその反省が真実のものであるかを疑う箇所も珍しくない。そのような厳しい目を光らせる著者であっても、尾下さんの明晰な良識には脱帽している。
テーマにかかわらず、聞き取りや手記などをもとにした著作には、著者がそれらの体験にどの程度の色付けをするかという方向性の違いが表れる。直近で読んだ、同じく日本の戦争を題材とした『草の根のファシズム』は、手記やデータに語らせるというスタンスであり、情報の取捨選択を除けば著者の立場は中立的にみえる。これとは対照的に、本書は著者自身のメッセージと主張が非常に色濃く、当事者の体験談のなかにも著者自身の考察や分析が積極的に盛り込まれる。
本書における著者による主要なメッセージを挙げるとするなら、「反戦」「日本の医学界への批判」「非人間的な日本人の特性への批判」の三点が挙げられる。「反戦」については言うまでもなく、本書の全般に通底しており、文庫版のあとがきにおいても「右派の言論人」への敵視がうかがえる。二点目の「日本の医学界への批判」については、日本の医療の権威主義と非人間的な姿勢を批判するもので、聞き取り対象者のうち軍医を扱った第三章までの一部に見ることができる。ただし、この項目についてはかなり中途半端であり、『世界』への連載当時の副題が「医師と戦争」となっていたことから、当初は「医師」というテーマ上の縛りがあったものの、途中からこの項目が宙に浮いてしまったことが想像できる。そして、三点目の「日本人批判」については、戦時中の非人間的な日本人のあり方は当時の日本兵だけのものではなく、本質的な反省を欠いて戦後も続いているといった、現在を含めた否定的な日本人観を述べるものとなっている。
全体を通して、戦争の実態と加害者側の意識の変化をたどる貴重な記録として興味深く読んだ。戦争犯罪の加害者の罪悪感を題材にした作品としては、時期と国は違うが、インドネシアの大虐殺を扱った映画『アクト・オブ・キリング』と、村上春樹が戦争体験を匂わせる父の姿を回想した『猫を棄てる』を連想させられた。
ただ、調査対象者への見立ても含めて、全体に「上から目線」にも感じられる著者の姿勢が目につく。ここにあるような体験をした人々の立場に立ったうえで、一切の罪を回避できると断言できる人は多くないだろう。なぜかその点については自分自身は免責されており、断罪できる立場にあると言わんばかりの著者の他罰的で自信満々の筆致には、終始、違和感を覚えた。また、著者の批判的な日本人観についても、その分析が当たっている可能性は否定しないが、根拠の弱さと恣意性の強さが目立ち、論旨の展開に必要な合理性が認めることができず、本書内で併せて主張するには無理を感じる。著作としての意義は感じながらも、著者の姿勢には疑問も残る。続きを読む投稿日:2022.08.19
東京新聞2022101掲載
朝日新聞20221022掲載 評者: 安田浩一(ノンフィクションライター)投稿日:2022.10.23
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