コード・ブレーカー 上 生命科学革命と人類の未来
ウォルター・アイザックソン(著)
,西村美佐子(訳)
,野中香方子(訳)
/文春e-book
作品情報
ビル・ゲイツが「読むべき5冊」に(2021年末発表)に選出!
「生命科学の最前線を知る絶好の書。多くの人に読んでもらいたい
大変優れた本」――ノーベル賞生物学者・大隅良典氏推薦!
世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』評伝作家による最新作!
米Amazonで1万レビュー超え、平均4.7★ 。全米ベストセラー遂に上陸!
遺伝コードを支配し、コロナも征服。ゲノム編集技術クリスパー・キャス9を開発しノーベル賞受賞し、人類史を塗り替えた女性科学者ジェニファー・ダウドナが主人公。
20世紀最大の「IT革命」を超える大衝撃、「生命科学の革命」の全貌を描き尽くした超弩級のノンフィクション。
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商品情報
- 著者
- ウォルター・アイザックソン, 西村美佐子, 野中香方子
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春e-book
- 書籍発売日
- 2022.11.08
- Reader Store発売日
- 2022.11.08
- ファイルサイズ
- 18MB
- ページ数
- 336ページ
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この作品のレビュー
平均 4.3 (19件のレビュー)
-
【感想】
科学は難解なパズルである。
遺伝子の複雑な仕組みを解明し、RNAがどのように遺伝子コードの生成と編集に作用しているのかを探る一連の取り組みは、完成図の分からないパズルを組み立てているようなも…のだ。「ゲノム編集を可能にする」という曖昧な目標だけがあり、そこに向けて細菌学、構造生物学、遺伝子学という様々な分野のピースを組み合わせていく。
同時に、科学は人間ドラマでもある。
科学の功績は「早い者勝ち」だ。似た論文が1日違いで発表されたとしても、名誉にあずかれるのは先に発表した者だけ。誰がどこまでパズルを完成させているのか分からないまま、研究室間で猛烈な競争が繰り広げられる。中には、裏で(例えば査読者経由で)競争相手の論文内容を知りそれを剽窃したのではないか、という駆け引きが繰り広げられる。
本書も、この「パズル」と「人間ドラマ」の二軸で展開されるサイエンスノンフィクションだ。主人公は「ジェニファー・ダウドナ」という、DNAの編集技術を開発した女性科学者。上巻では、彼女の生い立ちや研究仲間との開発風景、そしてDNA編集を司る「クリスパー・キャス9」をめぐる攻防が描かれる。
クリスパー・キャス9は、crRNA、tracrRNAとセットになって侵入してきたウイルスを切断する。この「クリスパー・システム」をヒト細胞で働かせ、かつcrRNAをプログラミングしガイド先を調整してやれば、任意のDNA配列を標的にできる。つまり、自由に遺伝子を書き換えられる。ゲノム編集のツールとしてはZFNやTALENが以前から開発されていたが、クリスパー・キャス9のほうが圧倒的に合成しやすく、費用も安い。
クリスパー・キャス9の誕生はまさに「革命」であった。遺伝子を書き換える効率が飛躍的に上がり、様々な分野に応用が可能となった。欠陥のあるDNA配列を編集して書き換えることが可能になれば、遺伝性疾患の治療が大幅に向上する。遺伝子から根本的に変えてしまえば継続的な治療が必要なくなるからだ。また、農業における遺伝子組み換え技術にも応用が可能となるだろう。
本書ではこの「革命」の一部始終が語られるのだが、同時にもう一つの読みどころである「人間ドラマ」も展開されていく。
具体的には、クリスパー開発を舞台とした賞レースと、その後の新会社設立に伴う人間関係のこじれ、そして名声を巡った旧友シャルパンティエとの決別が描かれる。
このゴタゴタは「クリスパー・キャス9は誰によって発見され、誰が実用化したのか」に関しての微妙な齟齬が原因となっている。科学者といってもやはり人であり、名声を自分のものにしたいという思いは少なからずあるだろう。自分が果たした貢献に対して、自分は適切な報酬を受けているのか……。そうした不満が研究者の間に亀裂を生み、やがて特許をめぐる訴訟に発展していく。
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上巻の流れとしては以上のとおりだ。内容は複雑だが非常に面白く、ゲノム編集技術の最前線を描いた学術書としても読めるし、人間ドラマを描いたミステリー本とも読める。引き続き下巻も読み進めていきたい。
本書は遺伝子関係の技術に詳しくない人にも読めるように書かれているが、一応、ある程度の基礎知識(DNA・RNA・クリスパーの構造とはたらきなど)をネットで調べてから読んだ方が、苦しくないかもしれない。また、本書の構成が群像劇のようになっているため、途中で本筋がどこにあるのか混乱してしまうかもしれない。目安としては、
①DNAの二重らせん構造の発見
②ヒトゲノム計画によるDNAマップの解読
③RNAの自己スプライシング能力の研究
④クリスパー・システムの発見と、クリスパー・キャス9のメカニズムの解明
⑤クリスパー・キャス9を使ったヒトゲノム編集競争の始まり
⑥ヒトゲノム編集競争の決着と、その功績と特許を巡る争い
のような形で進行していく。これを押さえて置けば迷うことはないと思う。
下巻のレビュー
https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4163916253
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【用語解説】
・DNA…遺伝子の本体。自分がコードしている情報を保護し、自身を複製する役割を担う。
・RNA…DNAと同じ核酸だが、コードに基づいて情報を処理し、たんぱく質等を実際に作る役割を担う。
・酵素…RNAによって作られる重要なたんぱく質の一つ。細胞内での活動のほぼ全ては、酵素を触媒として起きる。
・リボザイム…RNAの中でも、自らを触媒として働くもの。リボ核酸(RNA)を素材とする酵素(Enzyme)の意味。以前は生体反応はすべて酵素が制御していると考えられていたが、一部の反応はRNAが制御していることが確認された。また、RNA単体で自己を複製、編集(自己スプライシング)する機能があることがわかり、生命の中心的機能を解き明かす可能性があると注目されている。
・ファージ(バクテリオファージ)…自然界で最大のウイルスカテゴリ。細菌とウイルスは何億年もの間、防御構造と攻撃構造の進化を互いに繰り広げてきた。細菌は攻撃してきたウイルスのDNAの一部を取り込み、免疫を獲得することができる。
・クリスパー(CRISPR)…DNA配列の間にある反復配列。細菌のクリスパー・システムは、新たに出会ったウイルスの遺伝物質を切断し記憶する免疫システムである。この特性を利用すれば、遺伝性疾患の原因遺伝子を修正することができる。
【まとめ】
1 女性科学者、ダウドナ
本書の主人公、ジェニファー・ダウドナはハワイで育った。彼女は6歳のとき、ジェームズ・ワトソンの「二重らせん」に夢中になった。その本から自然の神秘的なメカニズムに、また作中でロザリンド・フランクリンという女性学者が活躍していることに惹かれ、科学者を志す。
大学に進んだダウドナは、同じ女性の科学者であるシャロン・パナセンコの研究室で働くようになる。パナセンコの細菌学の研究助手として、生まれて初めて科学雑誌に掲載された。
ハーバード大学院に進んだダウドナは、ジャック・ショスタクの研究室で、酵母のDNA編集を研究することになる。
2 RNA分子の解明
ダウドナは、RNA分子が自己複製する仕組みを解明するため、構造生物学を学ぶことを目標とする。リボザイムの構造がわかれば、遺伝子編集の可能性が広がるからだ。
RNA研究が難しい理由の一つは、20種類の成分を持つタンパク質と違って、RNAがわずか4つの成分でできていることだ。「RNAは化学的には単純なので、どのように特定の形状に折りたたまれているかを突き止めることが重要だった」とダウドナは言う。
1996年、ダウドナはリボザイムの原子の位置をすべて特定し、RNAがらせんを折りたたんで三次元の形状になる仕組みを明らかにした。ダウドナとチームが発見したRNAの構造は、RNAが酵素となり、自らを切断し、スプライシングし、複製する仕組みを説明した。
これでやっと、ゲノム編集のための土台が整ったのである。
3 クリスパー・キャス9の解析
2009年、クリスパーの研究者は、クリスパー関連酵素の中の「キャス9」に焦点を絞っていた。
キャス9を不活性化すると、クリスパー・システムは侵入中のウイルスを切断できないことがわかった。また、クリスパー・システムの別の要素であるクリスパーRNA(crRNA)の重要な役割も判明した。crRNAは、過去に攻撃してきたウイルスの遺伝子コードを含む短いRNA断片だ。そのウイルスが再び侵入しようとすると、crRNAはキャス酵素のガイドになって、ウイルスへの攻撃を誘導する。
ガイドとして働くcrRNAと、ハサミとして働くキャス酵素、この二つがクリスパー・キャス9システムの核である。
しかし、クリスパー・キャス9システムにはもう一つ重要な要素があることが判明した。それもやはり短いRNA断片で、「トランス活性化型クリスパーRNA」、略してトレイサーRNA(tracrRNA)と呼ばれる。
tracrRNAは二つの重要な役割を担っている。一つは、crRNAの生成を促進すること。もう一つは、侵入中のウイルスをつかむハンドルになり、crRNAが、切断すべき場所へキャス9酵素を導けるようにすることだ。
ダウドナは、シャルパンティエ、イーネック、チリンスキーの3人とチームを組み、クリスパー・キャス9のメカニズムの解明に乗り出す。
度重なる実験によって、crRNA、キャス9、tracrRNAの成分は三位一体となって標的DNAを切断していることを突き止める。crRNAは20文字の配列を含み、同じ配列を持つウイルスDNAにクリスパー・キャス9システムを導くガイドの役割を果たしている。tracrRNAはcrRNAの生成を助けるが、もう一つの役割を持っている。それは、crRNAとキャス9が標的DNAの適切な場所をつかめるよう、「足場」になることだ。キャス9は、その足場を利用してDNAを切断する。これが三要素のメカニズムだ。
crRNAをプログラミングしガイド先を調整してやれば、切断したいDNA配列を標的にするよう修正できる。つまり、編集ツールになるのだ。
研究に基づき、ダウドナのチームはシングルガイドRNAを作成した。彼女たちは、生命の暗号を書き換える手段を開発したのだ。
4 ゲノム編集のレース
欠陥遺伝子がもたらす疾患を遺伝子治療によって治すのではなく、欠陥のあるDNA配列を編集して書き換える。これが「ゲノム編集」だ。
ダウドナとシャルパンティエは、クリスパー・キャス9の解明とシングルガイドRNAに関する論文をジャーナルに送り、それが2012年6月に発表される。すると、世界中の研究室で、クリスパー・キャス9がヒト細胞で機能することを証明するための熾烈な競争が始まった。
競争の主要プレイヤーは以下の三人だ。
・フェン・チャン
・ジョージ・チャーチ
・ダウドナ
フェン・チャンはブロード研究所所属の中国移民であり、彼の指導教官がジョージ・チャーチである。ジョージはダウドナの古い友人でもある。
チャンはZENやTALENという別のゲノム編集技術を研究していたが、クリスパーのほうが可能性に富んでいることに気づき、クリスパーの研究を始める。目的は哺乳類の細胞への適用だが、重要な課題の一つは、クリスパー・キャス9をヒト細胞の核内に入れるために必要な核局在化シグナル(NLS)をキャス9に加えることだった。チャンがさまざまなNLSをキャス9に加える方法を考案し、共同研究者のマラフィーニがそれが細菌で機能するかどうかを調べた。
チャンとマラフィーニが行った研究の内容は2013年初頭まで公表されなかった。これが、「クリスパー競争」の勝者を決める際の審査に大きく影響することになる。チャンがいつ時点でクリスパー・キャス9システムの正確な役割を実験で突き止めたのかがわからず、2012年6月に発表されたダウドナの論文との前後関係――どこまでが自己の研究で、どこまでがダウドナの論文に則った研究なのか――があやふやだからだ(実際には、チャンは2012年6月までにヒト細胞でクリスパー・システムを働かせることができていない)。加えて、チャンは「動物細胞での適用」を目指していたのに対し、ダウドナは「試験管内の細胞での適用」を目指していた。細胞内の環境での研究と生化学的環境での研究、どちらがよりゲノム編集の発展性に貢献したと認められるかも、各賞の審査に影響してくる。
フェン・チャンは、シングルガイドRNAというアイデアを試すうちに、ダウドナの論文に記載されているシングルガイドRNAは、ヒト細胞ではうまく機能しないことを発見した。そこで彼は、ヘアピン構造を含む、より長いシングルガイドRNAを作成した。それは、ダウドナたちのものよりうまく機能した。
2012年11月にチャンが論文をサイエンス誌に提出したが、それを知ったチャーチはショックを受けた。同じテーマの論文を提出したばかりだからだ。チャンはクリスパーでのゲノム編集の研究を始めたことを秘密裏にしていたため、チャーチはかつての教え子に裏切られたと感じたのだ。結果的には、彼らの論文は同時に受理された。
一方、ダウドナもこのレースに加わり始めた。クリスパー・システムをヒト細胞で機能させるための研究に取り組み始めたのだ。
フェン・チャンに比べて基礎研究の優位はあるものの、ダウドナたちはゲノム編集者ではない。取り組みは容易ではなかった。
そんな中、2012年11月にチャーチとチャンの論文発表を知る。先を超されたことに落胆したが、何とか急いで論文を完成させ提出、2013年1月に受理された。
チャンとチャーチの論文は、ガイドRNAの拡張版がヒト細胞でよりよく機能することを示していたが、ダウドナたちの論文はそれには触れていなかった。また、チャーチは、ゲノム編集の信頼性を高めるために相同組換え修復のテンプレートを供給したが、その情報もダウドナたちの論文には欠けていた。しかし、生化学を専門とする研究室でクリスパー・キャス9を試験管からヒト細胞へ移行させるのは容易だということを、彼女らの論文は示した。
ダウドナとシャルパンティエは後に「生命科学ブレイクスルー賞」、「ガードナー国際賞(チャンも受賞)」、「カブリ賞」の3冠を受賞する。
しかし、シャルパンティエやチャン、ランダー(チャンの師匠)など複数の科学者は「ダウドナだけが称賛を得ている」と批判。のちにチャンとダウドナの間で、クリスパー関連の特許を巡る訴訟が繰り広げられることとなった。続きを読む投稿日:2023.01.08
科学の世界で繰り広げられるドロドロの人間ドラマ。特許権や論文を巡る争い、研究室同士の確執…どのような業界でも争いは存在するのである。自身の名誉と利権のためにあらゆる手を使って相手を出し抜く大人たち。笑…顔の裏に潜む相手の本心は誰にも分からない。ノンフィクションだが、まるで上質なサイエンスミステリー小説のようでおもしろく読める。
以下、本書より抜粋。
「偉大な科学者だけが持つ特別なスキル。それは、緻密な実験を重ねることと、スケールの大きな問いをすることだ。神は細部と、そして全体にも宿る。」
「科学のブレイクスルーが一瞬のひらめきで起きることはめったにない。それらは総じて10年以上にわたって演じられるアンサンブルであり、個々のキャストは、1人では成し得ない偉大な業績の一部になるのだ。」エリック・ランダー続きを読む投稿日:2024.05.03
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