会社を綴る人
朱野帰子(著)
/双葉文庫
作品情報
普通の人ができることがうまくできない――はたから見ればポンコツのアラサー男子・紙屋がなんとか内定をもらったのは老舗の製粉会社だった。案の定、配属された総務部では仕事のできなさに何もしないでくれと言われる始末。しかし紙屋は唯一の特技「文章を書くこと」で社内で起こる小さな事件を解決していく。すこしずつ自分の居場所を見つけていく一方で、会社は転換期を迎え・・・・・・。
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この作品のレビュー
平均 3.7 (25件のレビュー)
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あなたは、社内の情報として届くメールをどの程度見ているでしょうか?
会社員のあなたは、毎日たくさんのメールを受信していると思います。かつては、なんでも紙、紙、紙…で得ていた各種情報も今や電子データが…当たり前の時代となりました。そんな電子データもメールだけでなく、TeamsやSlackといった新しいコミュニケーションツールも登場し、すでにそちらが主流という方も多いと思います。しかし、便利なツールが登場すればするほどに発信される情報量も増加します。日々何十、何百というさまざまな情報の中から自身に必要な情報を読み分けていく、一日の仕事の中でもこの作業にかけている時間はとんでもないことになっているようにも思います。
一方で、そんな大量に届く情報の中から自身が発信した情報を確実に読んでもらえるようにする、それは発信者の腕の見せ所でもあります。全く同じ情報を発信するにもそこには、その人の性格が、個性が、そして仕事に対する思いが垣間見えもします。恐らく将来的にはそんな情報発信でさえAIが代替していく時代もやってくるのかもしれません。なんだかどんどん味気なくなっていく私たちの世界、でもそんな風に考えること自体古い人間と言われそうな気もしてしまいます。
さて、ここに〈第一話 たかが社内メール、されど…〉から始まる五話から構成された物語があります。『何をやらせてもダメ』という一人の男性が主人公となるこの作品。そんな男性が『どんなつまらない取り柄でも一つでもあれば、会社でやっていけるもんだ』という兄のアドバイスの先に、『文章の力で、私はこの会社でやっていこうと思います』と自らの『文章を書く力』を武器に活躍する姿を見せていくこの作品。そしてそれは、そんな主人公が『人が文字を読まなくなったわけではない…自分が大事にしているものについて書いてある文書ならば、皆、真剣に読むのだ』という事実に光を当てる物語です。
『派遣社員を十年続け、三十二歳になった今年の春、小さい製粉会社の正社員職を得た』というのは主人公の紙屋。『サウジアラビアで富裕層向けの巨大ビル』の建設に携わっている『五つ上の兄』に、『区の読書感想文コンクールで佳作になった』中学時代のことを例に出し、『どんなつまんない取り柄でも一つでもあれば、会社でやっていけるもんだ』と『転職エージェント』を紹介してもらいます。そして、提案されたのが『最上製粉株式会社』という『約二百名』の社員が働く老舗の製粉会社。『募集しているのは総務部の正社員。年収は額面で四百二十万』。『人とは違う熱意を見せろ』と兄に言われた紙屋は、『インターネットで最上製粉を調べ』ます。そんな中で『最上製粉 感謝のあゆみ六十五年』という『文字に目を惹かれた』紙屋。『昭和二十五年に創業者の最上満輝が工場を建設』したことから始まる会社の歴史を記した社史を古書店サイトから取り寄せた紙屋は、届いた社史を『食らいつくように読み』、それを元に応募書類を書いてエージェントに送りました。一方で、派遣の仕事を忘れてしまい『次の派遣先はない』と言われてしまう紙屋。しかし、『最上製粉』の選考はエージェントの予想に反して順調に進み内定を得た紙屋。そして、『総勢四十名しかいない東京本社の』一人総務である栗丸の下に『雑用係という役回り』で置かれた紙屋は、『五分前に指示されたことを忘れ、指示のメモを失くし…』とミスを重ねていきます。そんな紙屋に『紙屋さんが戦力にならないことはわかっていた』と言う栗丸は、社長が面接でマルをつけた以上『僕は君を受け容れるしかない』と話します。そんな中、『予防接種の案内を送ってくれる?』と栗丸に指示された紙屋は『東京本社各位 インフルエンザの予防接種を受けた方は領収書を…』から始まる昨年の文面を日付だけ変えて四十人に送付しました。しかし、『期限三日前になっても領収書の集まりは悪かった』という状況。そして、栗丸から『最後通告』として、件名に【再送】と入れて送るよう指示されます。『簡単な仕事だ。これなら私にもできる』と思う紙屋。そんな中、同僚の榮倉との会話の中に兄に言われた『どんなつまんない取り柄でも一つでもあれば、会社でやっていけるもんだ』という言葉を思い出します。『今その力を発揮せずにどうする。一生役立たずのままで終わるのか』と思う紙屋は『雛形の文面をすべて削除』し、文面を書き直し栗丸の確認を得て送信しました。『…私たちは最上製粉です。時代が変遷しても、お客様の命を繫ぐものを作るのが生業であることに変わりはありません…』という心が入ったそのメール。そして、『営業部の七人から領収書を受け取』り…と集まる領収書。『今後は雛形を使わなくてもいい… 文書の仕事があったらまた回すから』という栗丸に、『文章の力で、私はこの会社でやっていこうと思』う紙屋は、自分の文章で人が動いてくれたことに『頭がいっぱい』になります。そんな紙屋が文章の力で人を動かしていく様を見る物語が始まりました。
“普通の人ができていることがうまくできない ー アラサー男子・紙屋 … 唯一の特技、文章を書くことですこしずつ居場所を見つけるが、一方で、会社は転換期を迎え…”という内容紹介がこの短さでこの作品のおおよその物語を言い表しているこの作品。誰にでも何かしら特技はあると思います。この作品では、『どんなつまんない取り柄でも一つでもあれば、会社でやっていけるもんだ』と兄に言われた弟が慣れない会社員としての日々を送る姿が描かれていきます。そんな物語の一番の特徴は、内容紹介の通り、”文章を書くこと”に光が当てられていきます。文章というものにこだわった作品と言えば、”他の人に代わって文書を書く”のを生業とする主人公が登場する小川糸さん「ツバキ文具店」が思い浮かびます。また、挨拶や演説をする人になり代わって言葉を綴るスピーチライターが登場する原田マハさん「本日は、お日柄もよく」もとても有名です。これらの作品に共通するのは言葉を紡ぐプロが物語の登場人物たちを納得させる素晴らしい文章を紡ぎ上げていく姿が描かれるところです。そしてそれは、同時にそんな物語を読む読者を納得させる文章である必要があります。実際、これらの作品に登場する文章の数々には、ハッとさせられるものがありました。そう、文章のプロを登場させる物語を書くには、それをわかった上でそんな文章を生み出す力が作家さんに求められることになります。なんとも高いハードルを自らに課すことイコールなこのテーマ。そんな難しいテーマに果敢に挑まれる朱野帰子さんが、この作品の主人公としたのは、小川さんや原田さんの作品に登場するその道のプロではなく、”文章を書くこと”を『私のたった一つの能力なのだ』と思う会社員の男性です。
『文章の力で、私はこの会社でやっていこうと思います』。
そんな主人公の紙屋が作成する文書は、あくまで社内文書です。例えば、『東京本社各位 インフルエンザの予防接種を受けた方は領収書を総務部に提出してください。三千円の補助が出ます。期限は四月三十日。以上。総務部』といった『インフルエンザ予防接種』を案内するような事務文書です。あなたの会社でも似たような案内はあると思います。『日付を変えて送るだけなら紙屋君にもできるでしょ』と言われその通りにした紙屋。しかし、いかにも”事務的”な案内は、スルーされがちです。『ウィルスを拡散されたら、工場の稼働率が落ちる』という結果論を避けるために送る案内。しかし、上司は『催促したって事実さえ残れば』という感覚の中にあくまで”事務的”な考えに終始します。そんな中に『文章を書く力。それが私の取り柄… それが私のたった一つの能力なのだ』と自身のことを思う紙屋は、『今その力を発揮せずにどうする』と思い至り、締め切り前の『再送』に際して自分の言葉で文章を作り直します。『予防接種は任意です。強制はできません。しかし、私たちは最上製粉です。時代が変遷しても、お客様の命を繫ぐものを作るのが生業であることに変わりはありません』と始まるその文章は間違いなく単なる”事務的”なお知らせとは異なります。それこそが、『この会社に入って見聞きしたことすべてをこめて、汗をかいて書いた』紙屋の文章の力を感じさせるものでした。この作品で朱野さんが書く文章はあくまで会社員・紙屋が書いていくものです。小川さんや原田さんの作品に見られる、芸術作品のようなハッとさせられる文章ではありません。しかし、この作品を読む方が、もし会社員であれば、そこには小川さんや原田さんの作品以上に、納得感のある結果論がそこに展開するのではないかと思います。
そんなこの作品は会社を舞台としている以上、”お仕事小説”の側面も見せていきます。『食品会社に卸す小麦粉の精製が主な業務で、社員は約二百名』という老舗の『最上製粉株式会社』を舞台としたこの作品。そこには、管理部門と営業部門の対立、取り引き先との関係、そして新人の工場現場体験など、なかなかにリアルな社内風景が描かれていきます。そんな”お仕事小説”の主人公が紙屋です。『紙屋』とは少し妙な苗字にも思えます。これは、この作品の複雑な構造に起因します。それこそが、『私の名前も、他の人の名前も、ここでは実名で書いていない。最上製粉という会社名も仮名だ』という紙屋一人称で語られる物語だからこその構造です。つまり、紙屋とは『仮名』であって、そもそもの『最上製粉株式会社』さえ『仮名』として語られていくのです。そんな作りの物語の全ては結末で鮮やかに整理させ読者の前に提示されます。これから読まれる方には、そういうことか、と読者の前に明かされていく展開にも是非ご期待ください。
そして、主人公の紙屋は、あくまでも終始文章にこだわります。
『会社は生身の人間のいる所だ。そして言葉は書き手が思っている以上に読み手の心に響くものだと思う』。
そんな思いの中に、自らの”唯一の特技”で会社の中に居場所を確かに作っていく紙屋。
『本を読まない人はたくさんいる。でも人が文字を読まなくなったわけではない。自分が大事にしているものについて書いてある文書ならば、皆、真剣に読むのだ』。
そんな理解の先に、その文章に求められることは何かを突き詰めていく紙屋の活躍を描いていく物語は、『またもや、紙屋さんの文章力がおじさんたちを動かしたってわけですね』というように、紙屋の活躍がはっきりとしたカタルシスを感じさせる中に展開していきます。そんな作品を読めば読むほどに、文章を書くということの意味を感じてしまいます。私は2019年の暮れに、恩田陸さん「蜜蜂と遠雷」を読んで、文字だけの本の上から音楽が流れ出したという経験をしたことをきっかけに今日に続く読書&レビューの日々を送るようになりました。そんな中でブクログという場は読書をする楽しみを何倍にも引き上げてもくれました。私がレビューを投稿した結果として見える、皆さんがくださる”いいね!”。毎回5,000字以上のレビューを書く中にはそんな”いいね!”はとても励みにもなっています。しかし、私にとってそれ以上に嬉しい瞬間があります。それは、私の書いたレビューをきっかけとして、本棚の”読みたい”にその作品を登録してくださる人の存在です。そして、そんな作品を読んで他の人のレビューへと繋がっていく瞬間です。こんな未熟な私の文章でも、ブクログに集う人たちの心を動かすことができる、それを感じられる瞬間を私は何よりもの支えにレビューを書き続けています。
『最上製粉株式会社を綴りたかった。私にできることはそれしかない』。そんな思いの先に、採用された老舗の製粉会社の総務部に働く主人公・紙屋の活躍を描くこの作品。そこには、『文章を書く力…それが私のたった一つの能力なのだ』と考え、文章の力で人を動かしていく主人公の姿が描かれていました。上司の栗丸、営業の渡邉、そして開発の榮倉など個性的なキャラクターの存在が物語を絶妙に演出してくれるこの作品。朱野さんの筆の力が、『文章を書く力』をうたう紙屋の文章の説得力をしっかりと支えていくこの作品。
プロではない一人の会社員が、ひたむきに綴る文章によって何かしら心を動かされていく人たちの存在。私も、この作品の紙屋のように、人の心を動かすことのできる文章を、会社員としての私の人生において、そして、このブクログの場において書けるように頑張っていきたいと思います。
〈第四話〉から急展開していく構成の絶妙さに、一気読み必至のこの作品。文章にとてもこだわりを感じさせてくれた作品でした。続きを読む投稿日:2022.12.21
ポンコツアラサー男子である主人公・紙屋の唯一の特技は
「文章を書くこと」。
老舗製粉会社に就職したものの、あまりの仕事のできなさに「何もするな」と言われる日々。
そんな紙屋が文章を書くことで社内の問題…を少しずつ解決していく、というストーリー。
ライバル(?)の女性があまりにも卑屈すぎて
この女子ごるぅあ…ってなったり、
紙屋のダメっぷりにも「え…」ってなったものの
人の心を動かす文章が書けるのは、正直いいかも。
お仕事系小説とはいえ、少し毛色の違う話だったけど、
社内にあふれる様々な文書に焦点をあてた小説というのは
なかなか新しい感じがして面白かったです。続きを読む投稿日:2024.04.01
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