忘却にあらがう 平成から令和へ
東 浩紀(著者)
/朝日新聞出版
作品情報
いま必要なのは短絡的な動員ではなく、忘却にあらがう力だ。天災、疫病、祭典、犯罪、戦争。哲学者の知性と探求心は、ジャーナルな事象の「意味」を語り継ぐべき記憶へと書き換える。東浩紀が世界的な転換期と5年にわたり対峙した決定的時評集。
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商品情報
- シリーズ
- 忘却にあらがう 平成から令和へ
- 著者
- 東 浩紀
- 出版社
- 朝日新聞出版
- 書籍発売日
- 2022.08.05
- Reader Store発売日
- 2022.08.05
- ファイルサイズ
- 1.2MB
- ページ数
- 312ページ
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この作品のレビュー
平均 4.3 (9件のレビュー)
-
【感想】
平成の終わりと、令和の始まり。世界ではその間に色々なことがあった。トランプの大統領就任、安倍政権の終了、新元号への移行、新型コロナウイルスの蔓延と東京オリンピック。
本書は2017年から20…22年の間にAERAで書かれたコラムをまとめたものだが、この5年間は日本史史上で見ても類を見ないほど激動の時代だったのではないか、と私は思う。そして、この5年間は日本国民全員が「個としてのあり方」を問われた5年間だったのではないかとも思う。
象徴的なのは新型コロナウイルスだ。ウイルスの感染が広がる中で、政府から発出される行動制限にどこまで応じるか、という問題が長らく争点になっていた。ウイルスを理由に個人の権利を縛り付けてよいのか、よいとしても、その制約はどこまで行けば侵害とみなされるのか。今まで意識していなかった「権力関係」が危機を前に可視化され、人々は戸惑っていたと思う。何より、国民は今まで政府と個人の関係を「考えてこなかった」。だから多くの反発と混乱が生まれた。
「人々が自身のあり方を考える」という行動は、一見大した影響は起こらない。学者や政治家と違って、ふつうの人が及ぼすことのできる影響の範囲は、せいぜい日常生活の延長程度だ。
しかし、そうした「ふつうの人々」の考え方を、本書は大切にしている。市井の感覚が政治と齟齬を起こしてしまっては、国そのものが成り立たなくなるからだ。一般人として危機に触れ、国事を経験し、執政者に疑問を投げかける。その営みの中で、政府と個人の関係を洗い出し、政府に間違いがあれば問いただしていく。
トランプ現象もBLMも、もとはふつうの人々の見解と行動で生まれたうねりなのだ。そうした「ふつう」の人が、自分を考えること。それでなければ見えてこない問題が眠っているのだと、本書を読んであらためて実感した。
――専門家でもジャーナリストでもない「ふつう」の人々が国境を越え、異文化に触れ、肯定否定含めて好き勝手に言葉を交わすことで、世界は少しずつ平和に近づいていく。ぼくはそう信じている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【メモ】
1 まえがき
ぼくがいまもっとも深刻だと感じているのは、じつは社会の保守化でも排外主義化でもなく、どんどんひどくなる「忘れっぽさ」である。
かつてメディアの時間はもっとゆっくり進んでいた。ひとつの事件について、月単位年単位の時間をかけて「意味」を解読する余裕が存在していた。いまはだれにもその余裕がない。ニュースはネットで一瞬で拡散し、みなリアルタイムで感想を呟き、そしてすぐ飽きてしまう。
いま必要なのは短期的な動員ではなく、むしろ忘却に抗う力だ。言い換えれば「意味」を探る力である。こう記しているあいだに、トルコとベルリンで新たなテロが起きた。意味の理解がなければ、社会は同じ過ちを繰り返す。本コラムではそんな意味を探り続けたいと思う。
2 平成編
●迷惑はやめろ、というのは厄介な命令である。それは規則を破るなという客観的な意味とともに、他人を不快にするなという主観的な意味をもっている。この厄介さは欧米由来の「権利」にはない。けれど日本人の多くは、迷惑の話と権利の話を混同している。だから論争が空転する。
一方にベビーカーの使用は当然の権利だという人々がいる。他方で権利かもしれないが迷惑だからやめろという人々がいる。そして迷惑だという指摘こそ権利の抑圧だという反発がある。これはベビーカー論争以外でも見られる構図である。
私見では、この問題は、迷惑の話と権利の話を切り分けることでしか解決しない。権利の主張はときに他人の不快につながる。しかしそれでいいし、権利とはそもそもそういうものだと理解するべきなのだ。
ベビーカーを使うと周囲が困惑するかもしれない。それでも使いたければ使えばいい。有休を取ると同僚が嫌な顔をするかもしれない。それでも取りたければ取ればいい。それが権利というものの本質ではないだろうか。
●デモとデモが衝突し、死者まで出したこの事件は、いま先進諸国が抱える困難を象徴している。かつてデモは権力に抵抗するものだった。だからデモは民主主義の源泉とされた。しかしいまや新しいデモが台頭している。そこではデモの敵は権力ではない。民衆である。デモは同じ民衆を攻撃している。似た現象は、昨年の英国民投票や米大統領選、今年5月の仏大統領選でも確認された。
ヘイトスピーチやデモの厳格な定義と法的規制こそが、唯一の解決の道である。リベラルと排外主義者が直に暴力を伴って衝突する現状は、民主主義の解体につながりかねない深刻な危機を示している。
●像を建てること。それは単なる過去の記録ではない。アイデンティティーの表現である。歴史は複雑である。個々の認識には対立もあろう。しかしまずはそれぞれが過去を総括し、歴史化せねば話は始まらない。けれど日本人は、長い間その作業を怠ってきた。日本には国立の近代史博物館も追悼施設も存在しない。近代史の総括そのものが行われていない。だから他国民はなぜ歴史にこだわるかも理解できない。世界はいま、個々の事実認識以前に、日本人のその共感能力の欠如自体に苛立ち始めている。
●今後は芸人や番組制作者が、そのような「気にしすぎ」な批判にも真摯に向き合う必要があるということである。そもそもいまや、芸人は社会常識の外部を気取ることのできる立場にない。芸人が純文学を書いて芥川賞をとり、論壇番組で憲法論を語り、首相と会食をする時代である。
であれば、お笑い番組に高い水準の社会的配慮を求める視聴者が現れるのも、当然のことである。それはもしかしたら、芸人が望んだ世界ではないのかもしれない。しかしそれは、芸人が「偉く」なったことの代償なのだ。
●「LGBTには生産性がない」という主張が登場する背景には、少数派の権利拡大を多数派の権利縮小不可分で捉える思考法がある。実際に議員は原稿で、LGBTの支援拡大は子育て支援や不妊治療の補助を圧迫すると示唆している。このような発想は議員個人のものではなく、世界中で一般化している。トランプ現象がその一例である。
しかしそれはほんとうに正しいのだろうか。弱者への資源配分は強者を弱くする。生産性の高い個人を集めれば競争力があがる。それは経営の論理としては正しく見える。けれども人間は経営だけで生きているのではない。文化や社会の豊かさはそもそも、短期的な経営判断では捉えられない「無能力」な人々の意外な活躍で作られてきたものなのだ。だからこそ人権の概念が必要になる。
杉田氏に限らず、LGBTに冷淡な保守派は家族の価値を強調することが多い。しかし「生産性がないから」と人々を切り捨てる態度はとても家族的とは言えない。家族の価値を大切にするとは、経営の外部を大切にするということのはずである。
3 令和編
●芸術家はたしかに政治から逃げてはならない。そもそも逃げられない。けれども、そこで関与すべき政治がシュミット的政局(友か敵かの対立構造)なのかフーコー的生政治(日常の習慣や行動にこそ見えない政治が入り込んでおり、葛藤や不正を作り出している)なのかは、慎重に判断すべきことである。反権力で拳を突き上げるのはいい。しかし拳を突き上げるだけが政治でもない。短期的に味方だと感じる政治家がいたとしても、必要以上に近づいてしまえば自分まで行動が制約される。政局に巻き込まれるとはそういうことである。
●この対応(桜を見る会を、参院での追及からたった5日で中止させたこと)はSNSでの「炎上対策」を思わせる。SNSで議論は成立しない。不用意な投稿で炎上が起きたら、反論などせず元投稿を速やかに削除するのが鉄則である。SNSのユーザーは忘れっぽいので、投稿が消えれば反発も収まる。安倍政権は同じ原理で政治を運営しているかのようだ。だから野党=アンチと議論などしない。
本来なら政治とSNSは異なる。野党がアンチ扱いされ、問題が次々になかったことにされてはたまったものではない。にもかかわらずその等値が通用してしまっているところに、この国の政治の悲劇がある。
●日本では貧困は孤独と深く関係している。ひとは家族も友人も失うからこそ貧困に陥る。是枝監督はその現実を鋭く切り取ったがゆえに評価された。『万引き家族』が児童虐待のエピソードから始まるのは象徴的である。他方でポン監督(パラサイトの監督)の関心は異なる。彼が焦点をあてるのは階級格差である。それは経済的には是枝監督が描く格差よりもはるかに激しい。けれども貧困層もけっして家族や友人の絆を失っていない。ポン監督は孤独は描いていないのだ。
●現在のネットの問題は、結局はみなが無料を求めることから生じている。いまはSNSも動画も無料利用が当然だと考えられている。けれども本当はデータも一種の「モノ」で保存や転送には費用が掛かる。利用者がそれを負担しないで済むのは、インフラ企業が肩代わりしているからだ。そしてその損失は最終的には、ユーザー数によって決まる広告費やバイアウト(企業買収)によって埋め合わされる。だから企業は数ばかりを追求するようになる。みなが無料を求めることが、回り回って「数だけが正義」の世界を作り出しているのだ。
●平成はその名のとおり間抜けな時代だった。平成に入る直前の日本は大きな可能性を秘めた国だった。世界第2位の経済大国で、欧米も仰ぎ見る技術大国で、時価総額で世界トップの企業がごろごろとあり、若者も多く、人口もまだ増えていて、21世紀は日本の時代だと言われ、新首都の建設さえ真剣に検討されていた。にもかかわらず、平成期の日本人は、自分たちになにができてなにができないのか、そもそも自分たちはなにをしたいのか、きちんと考えないままに自尊心だけを膨らませて、空回りを繰り返して自滅した。それを間抜けといわずして、なんと形容しよう。
それはつぎのようにいいかえることもできる。平成は祭りの時代だった。平成はすべて祭りに還元し、祭りさえやっていれば社会は変わると勘違いをし、そして疲弊して自滅した時代だった。
●改革の90年代(平成ゼロ年代)からリセットの2000年代(平成10年代)へ、そして祭りの10年代(平成20年代)へ。平成の30年を大きく3つに区切れと言われれば、ぼくはそのように分けるだろう。
平成期の日本人も、けっしてずっと無気力だったわけではなかった。最初はまじめに地味に、「痛みに耐えて」――これは小泉内閣が好んで使った言葉だが――いた。それが途中から自暴自棄なリセット願望にすりかわり、最終的には祭りを繰り返して現実逃避をするぐらいしかできなくなってしまったのである。
かつて日本には未来があった。平成の30年は、祭りを繰り返し、その未来を潰した30年だった。
日本が悪い場所だとは思わない。また、21世紀のいまが悪い時代だとも思わない。けれども、日本という場所と21世紀のいまという時代の組み合わせは、なにかとてもうまくいっていないところがあって、新しい本質的なことをしようとすると必ず大きな障害として立ち現れるのだ。続きを読む投稿日:2023.02.22
本書は2017年から2022年までの出来事をコメントしているが、表題にあるように忘れていることが多い.このような形で残しておくことは非常に重要だと思う.特にCOVID-19に関して政府のドタバタ劇は思…い出しても噴飯ものだ.トランプの登場も同じようなものだ.人口に膾炙した事件を違った角度から見つめ直す種を与えてくれる好著だと感じた.続きを読む
投稿日:2023.03.24
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