しずく
西加奈子(著)
/光文社文庫
作品情報
恋人同士が一緒に暮らしたことから出会った2匹の雌猫。彼女たちの喧嘩だらけの日々、そして別れを綴る表題作。子供が嫌いな私が恋人の娘を一日預かることになった。作り笑顔で7歳の子供に機嫌をとろうとしてもそう簡単にはうまくいかない・・・・・・。二人のやり取りを、可笑しく、そして切なさを込めて描く「木蓮」。直木賞作家が贈る、「女ふたり」をめぐる6つの極上の物語。
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この作品のレビュー
平均 3.9 (176件のレビュー)
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“女ふたり”と聞いて、どんな”ふたり”を思い浮かべますか?
PUFFY、ピンク・レディー、Kiroro、花*花、Wink 、あみん、BaBe、ClariS、ザ・ピーナッツ…。誰も歌手の名前だなんて言…ってませんよ。でも、”女ふたり”って言われるとまずこんな”女ふたり”が思い浮かびますよね?どの名前で反応するかで歳がわかってしまう?余計なお世話ですね。失礼いたしました。まあ、これはこれで面白そうな”女ふたり”ではあります。では、歌手以外ではどうでしょう。あなたの頭の中には、どんな”女ふたり”が思い浮かびましたか?自分と親友のAちゃんです!通勤の時、いつも二人で歩いているのを見かける小学生の女の子二人かな?金さん銀さんっていう双子のおばあちゃんを昔のニュースで見ました…そうです、その調子。”女ふたり”が一つの風景を作っていく、そんな場面を我々は思った以上に知っています。男の私には恐らく一生理解できないままに終わるであろうさまざまな”女ふたり”が作るその世界。この作品は、西加奈子さんが描く、六つの”女ふたり”を描いた短編集です。そこにあなたは、こんな”女ふたり”ってあり?とハッとして、こんなドラマが生まれるんだ!とさらにハッとする、そんな世界が描かれていきます。
六つの短編からなるこの作品。それぞれの内容に直接的な繋がりはありませんが、すべての主人公が、普段一緒にいることのない他の女性との時間を共に過ごす姿、”女ふたり”の世界が描かれていきます。そんな世界は、読者が思いもよらない繋がりも描かれます。では、六つの中から三編目の〈木蓮〉の冒頭をご紹介しましょう。
『木蓮が咲いていた。マンションまでの坂道、白い花びらを大きく広げたそれを眺めながら、わたしは自転車を漕いでいる』という主人公の『私』。『とても暖かい日だ』、と『懐かしい友人から』の手紙を読みながら、コーヒーを淹れる『私』。『部屋には甘い匂いが立ち込めている』という『いい日だ。とてもいい、日曜日』と感じる『私』。『コーヒーを一口飲んで、私は、思わず口を開く』、そして『…糞…っ!』と呟きます。『こんないい日曜日は、滅多にない。とても気持ちのいい日曜日が訪れた。なのに』というその理由。『あいつが来る。くそ、考えただけで、胃がぐらぐらする』という『私』。『陰険で底意地が悪く、獲物を取り逃したウミネコのような、苦々しい顔をしている』というマリ。『七歳。私の恋人の、子供だ』というマリが来る。『私の恋人は、四十一歳。三十二のときに結婚し、最近離婚した』が『前妻はフライトアテンダント』で『親権は彼女に移った』ものの『長いフライトがあるとき』は恋人が預かるしかない状況。『私と付き合いだしてからも、彼は月に一度の日曜日、娘に会う』というその後、『「マリちゃん、元気だった?」と、優しい女を演じていた『私』は『三十四歳。バツイチでも子持ちでも、文句は言えない』と感じています。『彼を捕まえておかなくては後が無いという焦り』を感じる『私』。そんなある日『今度の日曜日、マリに会ってもらっても、いいかな?』と言われ『うわあ来たぁ』と思った『私』は『子供が嫌いだ』、『大人には想像もつかないような残酷性があり、排泄物関係にルーズ、粘液系にもルーズだ。つまり汚い。我儘で…』と文句が止まらない『私』。『恋人は逃したくない』という一心だけで承諾した『私』。『「足、ふとーい」それが、マリが私を見たときの第一声だった』というその時、『ずん、と子宮が下に落ちた気がした』という『私』。そんなマリとの時間は『ふつふつと湧き上がる黒い怒り』、『よし、殺ろう』という怒りに堪える時間でした。『恋人。恋人を逃したくない』その一心で我慢した『私』。その後しばらくして今度は『一日、マリを預かってくれないかな?日曜日なんだけど、どうしてもはずせない仕事が入って』と恋人に言われ『あんぐり』する『私』。そして運命の日曜日、『チャイムが鳴った』、『来た!くそ』というマリと『私』の一日が始まりました…というこの作品。まさかの、恋人の子供というフェイントとも言える”女ふたり”の繋がりを描いていく西さん。苦笑いするしかない展開が、ホロリと来る結末へと向かうこの作品。これは、面白い!そう落とすのか!という作品世界にすっかり魅せられてしまった傑作でした。
そんな”女ふたり”が描かれるこの作品では他にも、かつての小学校時代の親友との再会とその後を描く〈ランドセル〉、空き家となる自宅を貸した相手との関係を描く〈灰皿〉、旅先で出会った女性との関係を描く〈影〉など、一癖、二癖ある”女ふたり”が描かれていきます。決して赤の他人ではないとは言え、よく知らない相手と関係をゼロから築いていくというのは実生活でも大変なことです。お互いの探り合いから始めるその関係。お互いの何かしら共通点を探し、無言になる時間を作らないように気を使うそんな時間は、誰にとってもなかなかに大変だと思います。しかも、この作品で描かれるような唐突にできた関係ならなおさらです。そんな二人が関係を築いていく様を見る読書、これはなかなかに興味深いものがありました。
そして、そんな”女ふたり”の六つの短編の中に異端の光を放っているのが、この短編集のために唯一書き下ろされたという〈しずく〉です。『ねえ、サチ、見てよ、あのふたり。忙しいフリしちゃってさ。』『いやあね。小走りして、働いているような気持ちになってるだけよ。』という女性二人の会話のシーン。いそいそと駆け回るふたりを見て、噂をし合うというなんてことのないシーンが描かれていくこの作品。ところが『大体人間ってのは、肉球がないもんだから、足音がうるさくて、いけないわね』えっ?『二本足で歩くなんて、本当に、みっともないし。』えええっ?というこの作品。『フクさんとサチさんは、二匹の雌猫です。』というなんと、まさかの猫視点で描かれた短編です!猫視点で書かれた作品というと、有川浩さん「旅猫レポート」、島本理生さん「あなたの愛人の名は」など名作揃いですが、この作品が特徴的なのは、この短編集のテーマ”女ふたり”に沿って”雌猫ふたり?二匹?”というなんとも意欲的な設定で描かれているところです。まるで、人間の”女ふたり”の会話のように自然な会話が進む中に、『柔らかい肉球でぺたぺた』、『猫砂の中でも、二匹はじっとしていません』、そして『のおおおおおおおおおおお』、『だふうううううううううう』という鳴き声など、”雌猫ふたり?二匹?”を意識する描写が続きます。そして、上記した会話のように完全に猫視点となったと思ったら、『二匹は、思います。』と、少し引いた視点になったりと、その描き方がとても絶妙だと思いました。うるっとするその喪失感のある結末に、この先、二匹の猫たちはどうしたのだろう?と小説の中のことながら読後にとても尾をひく作品。とてもリアルな猫の日常描写とともに、猫好きな人にはたまらない作品だと思いました。
そして、そんなまさかの猫視点の短編を五編目という絶妙な位置に置いて、六編目の母と娘という”女ふたり”を描く、内容的にも最後に置かれるに相応しい〈シャワーキャップ〉へと繋ぐその配置。読み終わって感じるのは、猫視点の〈しずく〉の絶妙な存在感でした。この作品の存在が他の五編を引き立てるような不思議な感覚。この短編集のために、わざわざ西さんが書き起こしたその意味がわかったような気がしました。
そんな六つの短編から構成されるこの作品。『肉親であろうと、年齢が離れていようと、一生会えない関係であろうと、そこにある「友情」は、何にもかえがたい、強いものだと思います。』という西さん。『絶対に金では買えねーぞい』、『友情は永遠に続く』という”女ふたり”の強い絆を感じさせるこの作品。
西さんの作品は、三冊目となりますが、この短編集はとてもよくできた作品だと思いました。西さんの長編の場合、少しプラスアルファの描写が多い傾向にあるように思います。もちろん、そんな部分含めて魅力なんだと思いますが、一方で少し焦点がぼやける印象も受けました。しかし、この作品は短編ということで、そういった部分は全くなく、誤解を恐れずに言うなら、いわば無駄な部分が削ぎ落とされて、極めて純度の高い物語がそこには展開されていたように思います。冒頭、もしくは中盤で不穏な空気が漂う場合もありますが、いずれも結末は後味の悪くない、さっぱりとした、もしくはうるっとくるような、”とてもいい話”を読んだ感の残る六つの短編からなるこの作品。読後、表紙を見ながら、この短編集いいなあ、思わずそう呟いてしまった作品でした。続きを読む投稿日:2020.09.26
様々な関係の女2人の物語が面白い視点で描かれていて良かった。特に「シャワーキャップ」が気に入った。子供のように無邪気なお母さんが印象的だった。お母さんの「大丈夫」ほど安心できるものは無いと思った。
投稿日:2024.05.25
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