オーラの発表会
綿矢りさ(著)
/集英社文芸単行本
作品情報
「人を好きになる気持ちが分からないんです」海松子(みるこ)、大学一年生。他人に興味を抱いたり、気持ちを推しはかったりするのが苦手。趣味は凧揚げ。特技はまわりの人に脳内で(ちょっと失礼な)あだ名をつけること。友達は「まね師」の萌音(もね)、ひとりだけ。なのに、幼馴染の同い年男子と、男前の社会人から、気づけばアプローチを受けていて・・・・・・。「あんまり群れないから一匹狼系なんだと思ってた」「片井さんておもしろいね」「もし良かったらまた会ってください」「しばらくは彼氏作らないでいて」「順調にやらかしてるね」――「で、あんたはさ、高校卒業と大学入学の間に、いったい何があったの?」。綿矢りさデビュー20周年! 他人の気持ちを読めない女子の、不器用で愛おしい恋愛未満小説。
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商品情報
- シリーズ
- オーラの発表会
- 著者
- 綿矢りさ
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社文芸単行本
- 書籍発売日
- 2021.08.26
- Reader Store発売日
- 2021.08.26
- ファイルサイズ
- 0.3MB
- ページ数
- 240ページ
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この作品のレビュー
平均 3.8 (122件のレビュー)
-
突然な質問で恐縮ですが、あなたは友人に『本日、八宝菜定食を食べましたか?』と聞かれたらどう思うでしょうか?
えっ?どうして知っているんだろう。もしかしたら同じ食堂にいたのかな?と思って訊ねると、さ…らにこんな風に言われました。
『口から漂ってくる匂いで分かりました… 微量ですがニンニクも入っていて、鼻先に意識を集中すれば見抜けます』
えっ!私なら思わず口に手を当てます。あなただってビックリしますよね。でもそんなことお構いなしに、その友人はこんな風に続けます。
『左上の犬歯と小臼歯の間に詰まっているチンゲン菜も重要なヒントになりました』
ええっ!そうなの?…なんて思いませんよね。その瞬間あなたの頭の中には辱めを受けたという怒りの感情が渦巻くのではないでしょうか?まるで人を小馬鹿にしているとも思えるようなその言葉。そんな言葉を淡々と話す友人に対して『なにも言わずに席を立ち』、『小走りで大教室の後方のドアを開けて出ていった』という態度をとったとして、誰がそれを責められるでしょうか?しかし、そんな失礼極まりないことを言う友人の心の中に目をやると、そこには全く予想外の感情が存在していたとしたらどうでしょうか?
自分は『皆さんが学食の何を召し上がったのかを当てる能力を磨きたいと思っていたので、良い勉強にな』りました。そして、『歯に詰まったチンゲン菜を、取りにいく』なら楊枝を貸したのに。
この世にはいろんなタイプの人がいます。あなたの価値観だけがその全てではありません。そうであるなら、上記したような感覚もこの世の中にはあっていいことなのだと思います。
そう、この作品は『昔から他人に関心がない』という一人の女性の物語。『他人と深く交流することがない』ままに生きてきた一人の女性の物語。そして、それはそんな女性が『一人で生きる』、『同時に誰かと共に生きることの意味』に気づく瞬間を見る物語です。
『ねえ、海松子ちゃんもなにか悩み無いの?聞いてるばっかりでずるいじゃん』と『それぞれの恋愛話を披露』するクラスメイトたちに、『突然呼吸が止まったらどうしようと、考え始めると恐いですね』と返したのは主人公の片井海松子(かたい みるこ)。そんな海松子に『ほら、話を逸らした、言いたくないんだね』とため息をつく友人たち。『分かり合える機会は一度も』なく中学を卒業し、進学した高校で海松子は『特異さに圧倒され』たという一人の友人と出逢います。そして『大学入学と同時に一人暮らしを始めます』と大学の合格通知が届いてすぐに両親から言われた海松子。『家の最寄駅から各停で四駅、急行で一駅の距離にある大学』にも関わらず、『父と旧い仲の鷲尾さん』が『大家さんをしてるアパートに』住めと指示する両親に戸惑う海松子。そんな突然の申し渡しに『私はなぜ一人暮らしを始めることになったのですか?』と『聞きたいのに聞けない』海松子。そして、『アパートを出て三十二歩歩けば大学の正門にたどり着く』という一人暮らしで始まった大学生活のある日、大教室に着いた海松子は『まね師』を見つけ『こんにちは。今日もお早いですね。先週の課題は無事終わりましたか』と話しかけました。『どうせ用事は何も無いんでしょ。授業のたんびに、いちいち声かけなくていいから』と冷たく言われ、『高校のときは授業の前も後もべったりと、放課後まで共に過ごした』『まね師』と脳内あだ名で呼ぶ祝井萌音(いわい もね)のことを思う海松子。そんな萌音と高校時代と『引き続き変わらぬ友情を維持した』いと思う海松子。そんな時、『同じクラスのあぶらとり神が小さく手を振りながら近づいて』きて、『二十八日の土曜日にあるクラス飲みは来れそう?』と誘われ、『何もないので大丈夫です』と返事をした海松子は、逆に彼女に問いかけます。『本日、八宝菜定食を食べましたか?』という質問に『え、やば。なんで分かったの』と返すあぶらとり神と脳内あだ名で呼ぶ滝澤に、『口から漂ってくる匂いで分かりました』、『滝澤さんの左上の犬歯と小臼歯の間に詰まっているチンゲン菜も重要なヒントになりました』と畳みかける海松子。そんなことを言われた滝澤は『なにも言わずに席を立ち』、『小走りで大教室の後方のドアを開けて出てい』ってしまいました。そんな時、『あんたは口臭から食べたメニューを当てて得意だったかもしれないけど、言われた方は』ショックを受けただけだと、萌音が語りかけてきました。それに『特技にしようと思ってたんです』と答える海松子。そんな海松子に『悪趣味、最悪』と返す萌音は、『私、今年の学祭でミスコンに出るから』と語り『次の授業があるし、私、もう行くから』と鞄を手にします。『私はしばらくここで待っています。滝澤さんが戻ってくるかも』と言う海松子に『戻るわけないだろ馬鹿』と去った萌音。やはり、いつまで待っても滝澤が戻ってくることはありませんでした。そんな風に他者の気持ちを推し測ることを苦手とする海松子が、『やっと、一人で生きるっていうことが分かったんです』と気づきの瞬間を迎えるまでの日々が描かれていきます。
「オーラの発表会」という不思議な書名を冠したこの作品。そんな作品は『今この瞬間も知らぬうちに呼吸して瞬きして、身体じゅうどこも痛くならずに座っていられるのは、ものすごい奇跡だ』と始まる独白のような文章から始まります。綿矢さんの作品では、物語の冒頭にどんな文章が待っているかが楽しみの一つです。『とどきませんか、とどきません』という十三文字の表現を皮切りに独白のような表現が続いて読者を一気に作品世界に引き摺り込む「勝手にふるえてろ」。あの作品同様にこの作品の冒頭に置かれた独白調の文章は一体どこに着地点を見るのだろうという思いで読者の心を一気に捉えます。そこで提示されるのは『なぜ自分はいまの今まで無事に生き長らえてこれたのだろう』という感覚の延長線上にあるものでした。『たくさんの車に一度も轢かれたことが無い』、『空から飛行機やヘリコプターや隕石や死んだ鳥が落ちてこない』、そして『たくさんの人間がいる世の中で誰かに刺されない』といった事ごとを『奇跡』だと感じる独白の主、それが主人公の海松子でした。そんなことばかり考えていた海松子が、上記したクラスメイトの恋愛話に加われず、心配事として『突然呼吸が止まったらどうしよう』と何を考えるでもなく口にしてしまうのはある意味正直な心の内そのままなのだと思います。
物語は、そんな自分の心の内の世界にのみ気持ちを向け、他者に心からの関心を寄せない海松子のある意味での痛々しさを執拗なまでに淡々と描いていきます。あなたは、友人に突然『本日、八宝菜定食を食べましたか?』と聞かれたとしたらどのように思うでしょうか?もしかして同じ食堂にいたのか?と思ったら『口から漂ってくる匂いで分かりました』、『左上の犬歯と小臼歯の間に詰まっているチンゲン菜も重要なヒントになりました』などと言われたとしたらどのように感じるでしょうか?また、小学校時代からの幼なじみに、『七光殿』というあだ名をつけていた海松子。その理由を萌音から聞かれて『親の七光りに殿と書いて、七光殿です』と答える海松子は、萌音に『本人が一番気にしてるところでしょうが!それ絶対本人に言ったらダメだからね。いい?』と念押しされて初めて、『分かりました』と平然と答えます。そんな感覚を地でいく海松子という女性は、子供ではなく大学生です。この作品は最初から最後まで海松子視点で展開しますが、そんな彼女の内面に決して悪意は見当たりません。しかし、読者は間違いなくそんな他者の気持ちに関心を持たない海松子視点の物語にイライラを募らせることになります。
そんなイライラの原因は言葉遣いにもあると思います。あなたは、昔からの友人に会った時に『こんにちは。今日もお早いですね』などという話し方をするでしょうか?学食でクラスメイトに一緒に食べようと誘われて『はい、ご一緒させていただけるとうれしいです。ありがとうございます』なんて言い方をするでしょうか?そして、実父から自身の孤独癖が遺伝したのかもしれないと言われて『いままでの人生で、何一つ困ったことはありませんよ』と淡々と語るなんてことがあるでしょうか?集団社会の中で暮らす私たちは、その相手相手によってその場で相応しいと自らが思う距離感を常に測りながら、相手に対峙していきます。そんな中で大切なのは言葉の使い分けです。人によっては父親と母親にさえ微妙な言葉のニュアンスを変えている人もいるかもしれませんし、それが、家の外の世界、友人、先輩、同僚…となると、もう人の数だけ言葉の使い分けがあるくらいに言葉を意識するのではないでしょうか?それは、私たちが発する一つひとつの言葉が相手との関係を構築するのに重要な役割を果たしていくことを知っているからです。逆に言えば、言葉の使い分けは、私たちが、目の前にいる相手を意識し、しっかり向き合っているからとも言えます。上記で触れた通りこの作品の主人公・海松子は、あらゆる人に同じような言葉遣いをして接していきます。これは、そのそれぞれの人との距離感を同じに考えている証拠であるとも言えます。それは自分以外の他者を一括りにして捉えていることの現れです。これでは周囲の人が海松子を訝しがるのは当然の帰結とも言えます。
そんな海松子の感覚は異性に対しても同じでした。その感覚を綿矢さんはこんな比喩を使って表現します。『好きだの愛だのという言葉を聞くと、どうしてもかつての拒否反応が甦ってきて、自分の気持ちを問いただしてみても、たまねぎのどこまでが皮か分からなくて全て剝き切ってしまい、残るは無みたいな感覚に陥る』。海松子は、『思春期からいままで一度も男性との触れ合いが無かった』という日々を過ごしてきました。上記した通り他者に対する感情が薄っぺらいものである以上これはある意味で当然とも言えます。『人を好きになる気持ちが分からないんです』と自覚もある海松子。そんな海松子は『自分探しってなぜこうも、探せば探すほど、玉ねぎを剝いてゆくがごとく芯が見つけられないんだろう』とやはり玉ねぎに例えて自らを思い悩みます。そんな海松子が『やっと、一人で生きるっていうことが分かったんです。同時に誰かと共に生きることの意味も少しずつ分かってきました』とひとつの気づきを得ていく結末は、『いままでの人生すべてを否定する』のではなく、あくまで生きていく中でのひとつの気づきによって成長を見せた海松子の新しい人生の門出を感じるものだったのかもしれません。
『本作で海松子を書いていくなかで感じたのは、”他人の気持ちに鈍感なことは悪いことではない”ということです』とおっしゃる綿矢さん。そんな綿矢さんは『気にしすぎて萎縮する必要はない』、『生き辛さを感じるくらいなら、海松子のような鈍さがあってもいい』と続け『”鈍い気持ち”を心のどこかに持つ生き方もありだと思います』とまとめられます。集団社会の中で生きていく他ない私たちは、日々起きた瞬間から、眠りにつくまで、数多くの人たちとの関係性に意を尽くして生きています。そんな社会に誰もが当たり前のように順応できるわけでもありません。また、ただ素直に順応していけば良いというわけでもないでしょう。この作品の主人公・海松子が見せてくれたひとつの生き方は生き辛い世の中を生きる私たちに、ふと肩の力を抜くことを教えてくれるものであったのかもしれません。
「オーラの発表会」というこの作品。それは、人と共に生きていく、人の中で生きていく私たちの気持ちをふっと楽にさせてくれる、そんな物語でした。続きを読む投稿日:2021.10.06
このレビューはネタバレを含みます
キャラクターがみんな魅力的だった。
レビューの続きを読む
特に主人公海松子のキャラクターは、個人的に連想させるこが周りにいて、声がそのこで再生されていたのだけど、一つ一つの行動、発言が愛おしかった。
最終的に芽生えた奏樹に…対する責任感が海松子のこれからの軸となり、ますます海松子は海松子らしく生きていくだろうと想像し、あたたかい気持ちが拡がった。続きを読む投稿日:2024.03.07
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