尊皇攘夷―水戸学の四百年―(新潮選書)
片山杜秀(著)
/新潮選書
作品情報
「水戸黄門」徳川光圀が天皇に理想国家の具現を見た中国人儒者・朱舜水を師と仰ぎ、尊皇思想が生まれる。幕末、挙国一致の攘夷を説く水戸の過激派・会沢正志斎の禁書『新論』が志士たちを感化し、倒幕への熱病が始まった。そして、三島由紀夫の自決も「天狗党の乱」に端を発していた。日本のナショナリズムの源流をすべて解き明かす!
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商品情報
- シリーズ
- 尊皇攘夷―水戸学の四百年―(新潮選書)
- 著者
- 片山杜秀
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮選書
- 書籍発売日
- 2021.05.26
- Reader Store発売日
- 2021.05.26
- ファイルサイズ
- 0.7MB
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この作品のレビュー
平均 3.5 (7件のレビュー)
-
幕末維新のイデオロギー的原動力となった水戸学の原理と歴史的進展を考察する一書であるが、そうした学問を動かす現実的背景となった史実を、どこにこの話はつながるのだろうといった関心を惹起させつつ、良い具合…いに織り交ぜて叙述が進んでいく。500ページ近い大作であるが、読物としても面白く、最後まで飽きさせずに読ませる力技はスゴい。
本書でも登場する三島由紀夫や梶山静六のご先祖のように直接当事者ではないが、両親が茨城生まれだったので、幕末水戸の天狗党・諸生党の内乱のことは子どもの頃に少しは聞かされた。水戸の自虐ネタだが、茨城は幕末の内乱で有為な人材がいなくなってしまったので、明治になって全く浮かばれなかった、出るとしたら、憂国を気取ってテロリストになる、と。
本書は、1823年、文政6年、茨城の沖合いで、捕鯨漁をしていたイギリス人と漁民の接触や簡単な交易が行われていた史実の紹介から始まる。そして、翌1824年、茨城大津浜に捕鯨船船員が上陸。その取調べを命じられたのが相沢正志斎。まともな通訳もない中、正志斎は、夷狄に日本侵略の意図ありとの信念を抱く。そうした危機意識を背景として書かれたのが、尊皇志士を鼓舞した著作『新論』。
こうして、『大日本史』編纂を思いたった光圀以来の"尊皇"に、"攘夷"が結び付く。
なお、本書前半、第三章までは、光圀と伯夷・叔斉、明の遺臣朱舜水と中華、南北朝正閏問題、楠木正成と忠臣といったトピックが続く。
後半は、ロシア、そしてイギリス、アメリカといよいよ波高くなってきた江戸後期。
新藩主となった斉昭がやろうとしたことについても、攘夷=単純な守旧派ということではなく、反射炉を建設したり、能力のある者であれば大工を士分に取り立て、他藩の者に藩の重要事業を任せるなど進んだ面のあったことを、本書で初めて知ることができた。
しかし、ネックになったのは、水戸藩の貧しさ。江戸定府で経費がかかる上に格別の産業もない。そこに高度国防国家を目指した事業に要する経費。なぜ水戸藩一藩がそんな負担をしなければならないのか。そういった不満を持つ層も出てくる。
ペリー来航時に、時の老中阿部正弘は、幕府の意思決定に当たって、大名からの意見聴取や朝廷への説明といった、従来からの逸脱とも見られるプロセスを取る。そこには斉昭の阿部への働き掛けが功を奏したためと、著者は言う。それを異常状態と捉えて、元に戻そうとしたのが大老井伊直弼。安政の大獄は、元々は斉昭を中心とした水戸藩がターゲットだった。しかし、桜田門外の変で、幕府中心に戻そうとする動きは頓挫した。
一方、水戸学を奉じる層も、天皇の意思を帯して即時攘夷を主張する言わば左派と、時機を待つべしとする斉昭、正志斎の正統水戸学=水戸学右派に分裂していく。
そして、これら藩政の主導権を握っていた水戸学右派、それに対して、水戸藩、幕府を中抜きして天皇に直結しようとする水戸学左派=天狗党、斉昭路線の軍事化を良しとせず、これまで藩政の実権から遠ざけられてルサンチマンが溜まっていた諸生党、これらが三つ巴となって、血で血を洗う戦いになってしまう。
このなかで、藩命に服さなくなった天狗党、諸生党鎮撫のために、藩主慶篤の名代となって水戸入りをした水戸藩支藩、宍戸藩主松平頼徳が、幕府も交えた政争に巻き込まれる形で、大名としては極めて稀な死罪に処せらたことも初めて知ることだった。
正に、ホンの数年、数ヶ月の違いにより、誰が主導権を取っているかが変わってしまう時代だったのだなあ、と改めて思う。
そして最後、孝明天皇の死という偶然的事情によりリーダーシップ獲得の道を封じられた、慶喜(斉昭の子)によって、形式的な意味での"尊皇"が貫徹されることになったのが、明治維新であったと言えよう。
実際政治にこれほどの影響力を与えることとなった水戸学、少し本格的に勉強したくなった。
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