ボタン穴から見た戦争 白ロシアの子供たちの証言
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(著)
,三浦みどり(訳)
/岩波現代文庫
この作品のレビュー
平均 4.2 (14件のレビュー)
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『戦争は女の顔をしていない』では、苛烈を極めた独ソ戦に従軍した女性の声を集めたスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。ソヴィエト社会の中で、勇ましい戦勝の物語の光の傍らで、視線を外させられていた知られるべ…きひとつひとつの物語をその影から掘り起こした。その彼女が、独ソ開戦当時に子供であった人びとにフォーカスし、彼ら彼女らの戦争の記憶を聞き取り、同じ手法でまとめたのが本書『ボタン穴から見た戦争』である。
独ソ戦において、著者の住むベラルーシはポーランドからモスクワに向かう進路に位置し、多くの村々がドイツ軍に占領され、家を焼かれ、無残に殺され、抵抗するパルチザンは強烈に弾圧された。一説では、全人口の1/4を失ったとも言われる。インタビューを受けた人たちは、独ソ開戦時に子供としてそのベラルーシで戦争を体験した。目の前で多くの人が殺されたのを見たし、それ以上多くの死体をその目で見た。その中には知っている人たちも多く交じっていた、そして父も母も。親が殺されるか、連行されたまま戻ってこずに、孤児院や知人や親戚に預けられて育てられた子供も多かった。それが普通だった。
子供たちの目から見た戦争の記憶は、歴史のコンテキストを持たず、ときにそうであるがゆえに強烈な印象を残す。
著者は次のように語る。
「子供時代の記憶はもっとも強烈で悲劇的な瞬間をつかみ出して、大人が描いた模様に割り込んできます」
母親を目の前で銃殺された記憶を語るのを読み、単に可哀そうだと思われることを拒む冷厳さがそこにはある。語る人たちの言葉から、悲しみではないもっと切実な別の感情を抱いたことが感じ取れる。
「初めて爆弾が落ちるのを見たとき僕はもう僕ではなくて、別の人になってしまった。少なくとも、僕の中で『子供』は消えてしまった。まだ生きていたとしても、誰か違う人が脇から見ていた」
こういった証言を受けて、アレクシエーヴィチは次のようにこの本の主旨を説明する。
「誰がこの本の主人公なのか、という質問にはこう答えましょう。「焼き尽くされ、一斉射撃をあびた子供時代、爆弾や弾丸、飢餓や恐怖、父親を失うことによっても、死に追いやられたあの子供時代です」と。
この本の原題は、『最後の生き証人』である。自分がたまたまこの本を読み終えたのは2020年5月9日。1945年の対独戦勝記念日から数えてちょうど75年のその日である。つまり、ここに出てきた当時幼かった人たちでさえ、少なくとももう75歳以上になっているのである。
本書は次の証言で締められる。
「私たちはあの時期の、あの地方の生き残りの最後だって自覚したんです。今、私たちは語らなければなりません。
最後の生き証人です・・・・」
「最後の生き証人」という言葉をどう受け止めるべきなのだろう。彼らにとっての「死」は、今われわれの中にある「死」とは別のものであったのではないのだろうか。現代に生きるのわれわれの多くにとって、その人生のほとんどの時間において「死」は概念だった。当時子供であった彼らにとって、戦争は概念だったが、「死」はまさにそこにあるもので、いつ自らの上に降りかかっても不思議ではなかった具体的な何かだった。おそらく、だからこそ残されたこの命を大事にしましょう、などということは誰も言わない。少なくとも多くの人の話を聞いたアレクシエーヴィチはそういった言葉を選びはしなかった。命は大事なものだとも言わない。少なくとも命が大事ではなかったことがあったのを知っているからだ。そのようにして子供時代を失った人が、どのように世の中を見ているのか、それが今最後の生き証人たちの口を通して語られているのだ。
私たちは、また彼らが何を語ったのかよりも、何を語らなかったのかを、どのように語ったのかよりも、どのように語らなかったのかを見つめるべきなのかもしれない。
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『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4006032951続きを読む投稿日:2020.05.17
このレビューはネタバレを含みます
「親子は別れを告げた、銃殺を待つ間に」「きれいだった母の顔が撃たれた」「お粥の行列に並ぶが、前で食べたはずの子どもはなぜか戻って来ない」「母親から子供がひったくられ火の中に放りこまれた」「空が怖くなる…、吊られているのをみたから」「犬たちがくわえてきた、3歳の妹をズタズタにして」…ナチスドイツの侵攻を受けた当時ソ連の白ロシア。数百の村で行われた凄惨な仕打ち。4人に1人が命を落とす。当時を目撃した子供たちの証言。原題は「最後の生き証人」。残念ながら”最後”ではない。まだ、世界のどこかで悲劇が繰り返されている。続きを読む
レビューの続きを読む投稿日:2024.05.07
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