この作品のレビュー
平均 4.6 (9件のレビュー)
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『変調 日本の古典講義』 内田樹×安田登
本書のあとがきで、安田登さんが内田樹の本について、読み終わったあとに何も覚えていないということをお話されていたが、全く同じことを私も正直なところ、思っていた…。おそらく大学1年生から約10年間で70冊程度の内田樹の著作を読み漁ってきたが、この本について何が語られていたのかを話すのは至難の業である。ただ、全く覚えていないのであるが、読んでいる途中の自分、読んだ後の自分は不可逆的に何か違うものになっていることはわかる。
特に、読んでいる最中には、どこかで思考のスイッチが入り、今自分の身の回りで起きていることや仕事等で悩んでいたことへの打開策が見えてくるというとても不思議な力が内田樹の本にはある。
本はただ知識を得るためのものではなく、知識と知識の連関が見えるまで抽象度を飛ばし、そこから足元までゆっくりと丁寧に下りてくる(どうしても身体的な言葉での表現になってしまうが)ような、一つのアクロバシーに身体と脳をゆっくりと漬け込んでいく全身的(漸進的でもある)なプロセスであると内田翁は教えてくれる。
以下、とりとめもないがメモ。
日本文化の特徴は世阿弥の言う「ものまね」である。「もの」とは、「もの思い」や「物の怪」として書かれる場合の、「もの」の意味で、ある漠とした状態を指す言葉であり、言語で分節化される前の状態を指す。そうした何か言語化できない「もの」をまねて、自分の文化に吸収してしまうことが、日本文化の特徴である。わからない概念をわからないまま受け入れる姿に、日本文化の本質がある。本書では書いていなかったが、福沢諭吉や西周が西洋文化を受け入れるときに、英単語の訳語にあてたものが漢語であったのも、そうしたことなのではないか。漢字のニュアンスを和語で表現することはできないが、日本人は平然と運用している。そうした意味で、既に内容された異質なキャリアとしての漢語に、英語を当てることで、異質な感覚を、その異質さや本質を分解して棄損せずに受け入れるという方法は、まさに日本文化そのものであるとも感じた。
何度も内田樹の本に出てくる、張良の沓を落とす話であるが、重要なポイントとして、意味はその時点では分からないが、自分宛のメッセージをとして受け取って、わからないなりに覚えておく、考え続けることが弟子のスタンスであり、極めて本質的な学びの姿勢である。また、そうした学びの姿勢を土壌として、一見するとランダムに見える個々の事象の背景に「見えない秩序」が存在することを直感し、それらを関連付ける能力こそが、人間の知性の本質である。アイザック・ニュートンも、神が作ったこの世界には美しい秩序があると直感し、リンゴが落ちるというある種のランダムな事象から、背景にある科学的秩序を予感し、直感した。そうした関連付けのアナロジー思考こそが、人間の知性の基本である。
さらに、別のページで、能は当時の人々の想いを型に封じ込めることで、冷凍保存し、それらを現代人が型どおりに行うことにより、想いが氷解し、演者を伝播して観客に流れ出るものであると記載があったが、型という頭では理解できないものを徹底的に身体化することにより、現代的な身体技法、既存の自分の身体の使い方では到底思いつかなかった想いを、直感できることが、能の凄さであり、恐ろしさでもある。
ユダヤ教も、わからない状況をわからないまま後世に伝え、決着させることを自制する宗教である。現代的には意味がわからないが、ユダヤ教はその教義において、そうした様式にこそ、人間の知性が発揮されることを直感し、戒律としたのであろうと内田翁も言っている。
武道においても、何においても、「共身体」を形成することが肝要である。何かを為そうとするときに、自分の能力には限界があり、多くの人間の身体を一つの多細胞生物のように癒合して動かすようなことができる人間が求められる。いかなる伝達もなしに、直感的に「いるべきときに、いるべきところに立つ」ということができる集団を形成する能力が、集団を率いる人間には必要である。内田翁はそれを合気道であったり、イギリスのパブリックスクールのスポーツに見ているが、私自身、バレーボール部に10年間所属して、同様の感覚がある。まさに、バレーボール部9×9メートルのコートを6人で守り、皆がいるべきときに、いるべきところに立つという訓練そのものである。誰かが動けば、必ずその穴を埋める行動を取る(相手の攻撃を起点に守備体形を1つの生物のように瞬時に変化させる)。何年も同じメンバーでやっていると、まさにそうしたことが阿吽の呼吸でできる。また、レシーブが上手い人に、その極意を聴くと、レシーブこそ最も主体的なものであると言われたことである。相手が打つ瞬間に、相手のスパイカーとレシーバーを一つの共身体として解釈すると、身体が勝手にボールが来るところに動くというのである。ある意味、男子バレーでは、打たれたから動くような受動的なレシーブは、スピード的に間に合わない。そうした中でもレシーブができる人は、打たれる前に直感的にその場所に動いている。まさに、いるべきときに、いるべき場所にいるというものである。そうした意味で、バレーボールもまた、人と何かを為すときの重要なことを教えてくれる。スポーツ経験のある人が、就職に有利と言われることもあるが、スポーツはある意味で、集団として誰かがいなくなったところ、手薄なところを埋めて常に自分自身の存在している意味を作り出すという一連の動作を、脳で考える前にできるようになる訓練なのかもしれないと思うと、企業組織といっても人と人の集まりなので、そうした訓練が一定済んでいる人を取ることも、効率が良いと解釈されてしかるべきであろう。
こちらは内田翁の妄想的な仮説であるが、海の民と山の民の争いという視点で日本の歴史を見ると言う発想は面白かった。長らく日本には海部という操船技術に長けた集団と、飼部と呼ばれる野生獣の制御技術に長けた集団がいた。前者は風と水のエネルギーを、後者は野生生物のエネルギーを御する異能集団として天皇にそれぞれ仕えていた。源平の合戦は、海部の末裔たる平家と飼部の末裔たる源氏の闘いであるとみると、非常に面白い。平清盛は、福原遷都により、日宋貿易を基軸としつつ東シナ海や南シナ海まで広がる巨大な海上帝国の構想があった。(内田的直感では、その後、この海部の構想と引き継ぐのは朝鮮出兵を経て中華帝国への挑戦を夢見た豊臣秀吉と、海軍操練所を幕末に創設した勝海舟である)。それに対して、鵯越や俱利伽羅峠での戦法等、野生獣と共に戦に出向き、勝ちを重ねる源氏はまさに飼部の闘い方そのものである。結果、源平合戦を経て、源氏がその後の歴史の中心となるが、海部的思想は辺境(日本にとっては辺境だが、異国の地からのインターフェースである)に残り、その後の中心的な人物によって、再起が図られる。もっと言えば、陸軍と海軍の権力争いすらもそう見えてくる。こうした見方はもちろん妄想のデタラメ仮説と内田翁も断っているが、驚くべきことに、このようなプロットにそっくりなのが、最近のワンピースの展開である。ワンピースでは古代兵器と呼ばれるものが3つあり、天(おそらく風)を操るウラヌス、水を操るポセイドン、野生獣を操るプルトンがある。無論、四元素や基本的な自然現象の要素ということもあるが、海の民たる海賊と、地上を支配する世界政府の構図と取ってみても、どうにも海部と飼部の争いのようにも見える。(ワンピースでは、飼部たるワノ国のプルトンは、海賊側になるが)。そうした意味で、非常に空想的に示唆のあるストーリーであると感じた。続きを読む投稿日:2023.07.08
日本の古典、教養、身体についての捉え方などについて、能や論語をベースにした対談形式の本。
中学生・高校生に読んでほしいとのことだが、日本の古典にこれまで興味がなかった人にとっても面白く読める。
最初…は蘊蓄というかマニアックな知識の応酬のように思っていた、読んでいくと能に関わっていくと、興味の対象が拡がっていき、それが教養になるのだなと感じた。
能が武士の嗜みとされていたのには、当時のリーダーシップをとる上で必要なことが能に詰まっていることや、能を見るのに頭で分かろうとすることを諦めることで、面白くなるのだと知り、能に俄然、興味が湧いた。
教養について、とにかく本を多読し知識が豊富といったイメージだが、教養を身につけるというように、繊細な身体感覚に落とし込んでこそではなのだなと考えさせられた。
印象に残ったのは、以下の部分。
絶対に上達しない方法とは、先生のいいとこ取りのみをすること。自分の師匠の見識や技量について、判断する眼を自分が持ち合わせているという自惚が、学びを妨げる。
教育者は愛情ではなく敬意を持って、生徒に接することで、一方的な愛情というエゴではなく、生徒の自己価値観を自覚させ心が開かれる。
日本人は、常に生成変容する民である。
他の文化が入ってきても、上書きするのではなく元々あったベースの上に、異文化を取り入れてきた。
日本の英語教育は植民地根性。
英語を学べば金になるという方針で英語教育が盛んだが、本来、外国語を学ぶのは、自分の知らなかった価値観との出会いであるはず。続きを読む投稿日:2023.06.30
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