明るい夜に出かけて(新潮文庫)
佐藤多佳子(著)
/新潮文庫
作品情報
富山(とみやま)は、ある事件がもとで心を閉ざし、大学を休学して海の側の街でコンビニバイトをしながら一人暮らしを始めた。バイトリーダーでネットの「歌い手」の鹿沢(かざわ)、同じラジオ好きの風変りな少女佐古田(さこだ)、ワケありの旧友永川(ながかわ)と交流するうちに、色を失った世界が蘇っていく。実在の深夜ラジオ番組を織り込み、夜の中で彷徨う若者たちの孤独と繋がりを暖かく描いた青春小説の傑作。山本周五郎賞受賞作。(解説・朝井リョウ)
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商品情報
- シリーズ
- 明るい夜に出かけて(新潮文庫)
- 著者
- 佐藤多佳子
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2019.05.01
- Reader Store発売日
- 2019.10.18
- ファイルサイズ
- 1.1MB
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この作品のレビュー
平均 3.8 (153件のレビュー)
-
あなたは、『深夜ラジオ』を聞いたことがあるでしょうか?また、ハガキで投稿を行ったことがあるでしょうか?
1950年代から始まった『深夜ラジオ』。かつて放送を休止していた深夜の時間帯に開始されたとされ…る番組たち。そんなラジオ番組も世の中の嗜好の変化により姿を変えつつあるようです。『終わった文化と言われることもある』というその世界。『深夜番組のスポンサーも減ってる』という状況は、時代の変遷を考えると仕方のないことなのかもしれません。”ラジオ好き”だったという佐藤多佳子さん。そんな佐藤さんが『その面白さの虜になり、笑ったり、あきれたり、笑ったり、驚いたり、笑ったり笑ったりしながら、毎週、胸をときめかせていました』と語る『深夜ラジオ』の世界。そんなラジオ番組にネタを投稿し続ける人たちのことを『ハガキ職人』と呼ぶのだそうです。『深夜ラジオ』を語る上では欠かせないとされる職人たち。そんな中から構成作家になる人もいるというその世界。この作品は、あることをきっかけに、その名前を封印せざるを得ない状態に追い込まれてしまった、かつて名の知れた『ハガキ職人』だった一人の大学生の物語。そんな大学生が『色々な世界を見て聞いて訪ね』て、『自分の世界を大きく豊かにしたい』と気持ちを持ち直してゆく物語です。
『胸の名札「かざわ」、そいつが、ここの夜のボス』、『SNSのプロフィールには「歌い手」とある』という鹿沢大介と共に深夜のシフトに入るのは主人公の富山一志(とみやま かずし)。『金沢八景の駅からは少し遠く、関東学院大学の近くにある』そのコンビニ。『俺は三月半ばに、ここのバイトを始めた』という富山。『無理に愛想よくしなくてもいいけど、あんまりイヤそうに受け答えしないで』と研修中に注意され、続けられるか不安になったものの『夜勤に変わって、なんとかOKな感じになった』という今。『午前三時をすぎると、スナックやバーで働く人がやってくる』というそのコンビニ。常連だが『俺には無縁の世界だから、酒臭くて、化粧濃いめ、髪型派手めの、おねえちゃんやおばちゃんと接するのは、初めて』で、『最初は、恐怖だった』という富山。『とみやまくんの、そのシルバーの眼鏡のフレーム、高いでしょ?』と常連客のミミさんに言われ『眼鏡には、こだわっている。ほめられると、さすがにうれしかった』という富山は『フォーナインズです』と答えます。『あ、数時の9を四つ書くヤツ』と反応するミミさん。『とみやまくんてさ、なんか、もう、眼鏡男子の標本みたいだよね』という『あっけらかんとした話し方は、とても感じがいい』と思う富山。そんなミミさんが『あ、髪の毛、ついてる』と『レジカウンター越しに手を伸ばして、俺の制服の肩に落ちていたらしい髪の毛をつまもうとし』ます。『長く伸ばした爪先と指が首筋をかすめた』というその瞬間。『何をやったのか、自分ではわからなかった』という富山。『その瞬間は、頭が空っぽになっていた』という富山の前に『尻もちをついて商品の棚に頭をぶつけていた』ミミさんがいました。『俺は頭も体もかたまって、まったく動けなかった』という富山に対して『すばやくミミさんを助け起こして、怪我がないかどうか確かめていた』鹿沢。『おまえ、何するんだよ?』と怒鳴る鹿沢。『お尻のほうが痛い。尾てい骨打った』と笑うミミさん。『謝れよ、おまえ!』という鹿沢に『すみません』と声をしぼりだす富山。『おい、客が怪我したって?』とやってきた副店長にバックヤード行きを指示された富山は『主に自己嫌悪と自己不信』の感情がこみあげます。『手で触れられただけで、こんなに過激な反応をしてしまった』と、その瞬間のことを『覚えていない。頭が真っ白になってしま』ったと振り返る富山。『それは、俺の「病気」だった』という『接触恐怖症』。『触られると過剰反応する』というその症状。『気にすんなって。とみやまくんにそう言ってって』とミミさんの伝言を伝えに来た鹿沢は『ミミちゃんから伝言っつうか質問。とみやまくんって、ゲイなの?』と声をひそめて訊きます。それに返事できない富山。『ミミさん、驚いただろうな。身体を傷つけてしまったが、気持ちも傷ついただろう』と思う富山は『謝りに行かないと』と考えます。しかし、『実際に謝れる気が、まったくしなかった。電話なんか無理だ』と思う富山。そんな富山がコンビニで働く中で、そこで出会っていく人たちとの関係を深め、何かを感じていく、そして掴んでいく、それからの物語が描かれていきます。
『二〇一四年から一五年にかけて放送された伝説的番組、ニッポン放送の「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」を作中に色濃く使わせていただきました』と佐藤多佳子さんが語る通り、この作品には、全面に渡ってこの時代のラジオ番組、そして担当した芸人の実名がおびただしいほどに登場します。正直なところ、ラジオは自動車の運転中にたまに聴く程度で、『深夜ラジオ』は一度も聴いたことがなく、『アルコ&ピース』= 誰?という私には全く理解できない言葉、感覚の表現の洪水に冒頭からすっかり面食らってしまい、最後の最後まで一種の疎外感から抜け出すことができませんでした。さらには、主人公・富山の独り言調の文体にも違和感が拭えないままで、なかなか気持ちが入っていかない読書を強いられました。実際、ブクログのレビューを見ても同様な理由で読むのを途中で断念した、という方もいらっしゃるようです。やはり、『深夜ラジオ』についての最低限の知識と感覚的な経験がないと最後まで読み通すのは”気持ち的に”ハードルが高いように感じました。その一方で、普段から『深夜ラジオ』を聴いていらっしゃる方にとっては、そんな『伝説的番組』のリアルな過去がこうして小説となったことに感慨深い思いが湧く物語だとも思います。ということで、この作品が読者を選ぶ作品であることは残念ながら否定できないと思います。このあたり、佐藤さんもお分かりのようで、『ラジオにあまりなじみのない読者の方にご理解いただけたのか、不安や心配は尽きません』とあとがきに書かれています。この『不安や心配』が、少なくとも私にとっては、現実になってしまった感があります。しかし、こういった何か特定の分野、嗜好に強く焦点を当てた作品の場合、これはある程度やむを得ないことだとも思います。どうしたものか迷いましたが、私の場合、早々に『深夜ラジオ』関係の記述を、極力”無視”して読み進めることで、萎えそうになる気持ちを鼓舞し、読書の集中力をどうにか維持しました。そして、佐藤さんがもう一つおっしゃられている『メイン・モチーフは、深夜ラジオですが、長年あたためていた、夜の中で心をさまよわせる若者たちの物語です』という部分を意識して読むようにした結果、少し強引ですが最後まで読了できました。辛かった、とにかく辛かった、趣味の読書でよく頑張った!と自分を褒めてあげたい…です。これまで300数十冊の小説を読んできて、ここまで”苦行の読書”を強いられた作品は初めてで、読了後も戸惑いを隠せません…。(この作品に魅せられた方、佐藤多佳子さん、ごめんなさい。でも、私の正直な感想なのでご容赦ください)
そんな『若者たちの物語』に浮かび上がってきたのは、『接触恐怖症』の症状があり、生きることに不器用な大学生・富山一志が少しずつ何かを得ていく、力をつけていく、そんな様を見る物語でした。『メンヘラだって自覚してて、治したいとはやっぱり思ってて』という富山。大学を休学し一人暮らしを決意した富山は『どういう努力をするって前向きな意識はなかった』ものの、『バイトはちゃんとやろう、ラジオだけの生活にしない』という二つの条件を自らに課します。それは『学生じゃなくなりたい。脱出をして、まったく違う世界で、やれることを考えたい』と思う一方で『引きこもり以外の生活をする』ためのギリギリの選択でもありました。そんな暮らしの中で、コンビニの同僚であり『歌い手』の鹿沢、『ハガキ職人』の永川、そして同じく『ハガキ職人』で高校生の佐古田愛と出会います。人は思い詰めると周囲が見えなくなっていきます。何事にも関心が向かなくなり、他人のことにも興味が失われていき、どんどん内へ内へとこもっていきます。『もう、ほとんどのことがどうでもよくなっちまう。世界から色がなくなるような感じ』というその行き詰まりの感情。そこから抜け出すには、何かしらきっかけが必要です。その一方で『真の名前を知られてはいけないのだ。おまけに、俺には過去に封印したもう一つの真の名前がある』と、内へと籠るきっかけとなった過去の出来事に触れられることを恐れる富山。そんな富山は『明るい夜に出かけて』というフレーズと出会います。この作品の書名にもなっているとても印象的なこの言葉。『切ないような、悲しいような、愛しいような、楽しいような、いくつもの異なる感情、つかみどころのない思いが重なってくる』と富山が感じるように、”夜”という暗さの象徴とも言えるその言葉に”明るい”で形容するというとても不思議なこの言葉。そんな言葉の中には、生活を送るためのコンビニの仕事、そして生きる喜びとして富山を支え続ける『深夜ラジオ』という、富山にとっての灯火の明るさを感じることができました。そんな場を通して、内に籠った世界から出て行くことを考える富山。『色々なことを知ろう。色々な世界を見て聞いて訪ねよう。どんなに知識があっても足りない。知識だけじゃ足りない。何もかも足りない。たくさん、たくさん、取り込んで吸収して、自分の世界を大きく豊かにしたい』というその夢は、語らずとも富山の心の中を明るく照らしているのだと思いました。
『今日も、明日も、私は、深夜ラジオを聴いて笑い続け、時には、足りない物を求めて深夜のコンビニに出かけるはずです』と語る佐藤さん。物理的には暗いはずの夜。しかし、そんな夜に明るさを見出す人がいる。心の拠り所をどこに求めるかは人それぞれです。誰にだって心の拠り所はあるはずです。そんな心の拠り所が照らし続ける光は、それが例え他の人から見て儚いものであったとしても、その人にとってはかけがえのない、人生の行く先を照らし続けるものだということもあるのだと思います。
『やり直しがきかないこともあるが、君の年だと色々なチャレンジができる。何度でもできる』。ゆらゆらとぼんやりとした、それでいて沢山の可能性を秘めた青春の灯火の中に、富山の未来が確かに照らされている、そんな光景を結末に見る物語。暗いはずの夜に確かに明りが灯るのを感じた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.03.10
大学を休学しコンビニでバイトする深夜ラジオのヘビーリスナーである富山、同じコンビニでバイトリーダーとして働きネットの歌い手という顔もある鹿沢、コンビニで偶然出会った同じラジオ番組のヘビーリスナーである…女子高生の佐古田、富山の旧知の仲の永川の4人が主要人物の青春小説。終始主人公である富山の独白調の一人称視点で語られる。
読後感のよいまさに青春小説。登場人物たち(ひいては著者)のラジオ愛がすごく伝わってきて、自分は深夜ラジオは全く聞かないが、なかなか奥深い世界があるものだと感心した。
「自意識過剰でひねくれてるし、臆病でほっといてほしいくせに、評価はされたいんだよな。目立ちたくない、目立ちたいって、まったく相反する二つの気持ちがあるよ。弱っちいくせにプライド高かったりね。」という主人公の独白は、自分の奥深い気持ちにかなり近いものがあり、シンパシーを感じた。続きを読む投稿日:2024.04.11
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