現代語訳 渋沢栄一自伝
渋沢栄一(著)
,守屋淳(著)
/平凡社新書
作品情報
日本資本主義の父・渋沢栄一。幕末の農家に生まれた彼が、どのようにして慶喜に仕え、新政府で働き、さらには大事業家となったのか。明治の元勲との交流も描いた自伝の現代語訳、登場! グローバリゼーションが大きな曲がり角を迎えたいま、日本のみならず世界中で、経済や効率を中心としたもの考え方から脱却しようとする動きが見えてきている。実は日本には、現在の世界が考えていることを、明治時代に資本主義を導入するにあたって、考え、世に広めようとした人がいた。それが、渋沢栄一である。著書、『論語と算盤』で「道徳と経済は一つである」ことを説き、自身、470余りの会社の創設、経営に携わりながら、社会事業にも全力を尽くしてきた。そんな栄一の人生を、わかりやすい現代語で、一冊で読めるものとしたのが本書である。経営学の神様、P.ドラッカーも深い影響を受けた、栄一とはどんな人物だったのか。そしてどんな人生を送ってきたのか。尊王攘夷の志士から慶喜・幕府へ仕官、そして新政府から野に下り、勃興期の経済界を牽引した「日本資本主義の父」の波乱の生涯を読む。
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この作品のレビュー
平均 3.6 (19件のレビュー)
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2024年から新一万円札の顔に決まり、2021年大河ドラマの主人公(主演は吉沢亮)である渋沢栄一。その大河ドラマは、渋沢栄一の自伝が元になっているというので読んでみた。
こちらの本は自伝「雨夜譚(あま…よがたり)」「青淵回顧録(※せいえん は渋沢栄一の号)」を元に、他の自伝や関連資料や他の人の証言集を組み合わせて幼少期から晩年までの人生を再構築させたという構成となっている。
幕末に生まれてまさに激動の時代を生き、攘夷を唱える⇒一橋家・将軍家の家臣⇒明治政府の役人⇒民間起業家・福祉家という柔軟性と、しかしダメなものはダメという強い信条も感じられる。
自伝が元なので、語り口からは本人の資質が感じられる。おそらくこの激動の時代をつねに時代最先端で登用されたのは、渋沢栄一が常に先を考えて準備をして問題があれば解決を探るという論理的思考が直接良い結果をもたらせたので評価されたこと、そしてユーモラスさ、冒険好き、柔軟性と人当たりの良さとそして案外血の気の多さなどが人としても可愛がられたり慕われたりしたのだろう。
【青年期】
生まれは武蔵国榛沢郡血洗島村(現・埼玉県深谷市血洗島。私は埼玉県出身なんだが、以前から深谷駅には「渋沢栄一生誕の地」の看板が出ていた。お札に決まったり大河ドラマ化されて観光客増えたかなあ)。豪農の長男だった。このころ岡部藩は年貢だの御用金だのを取り立てるだけ取り立て、能力のない代官が威張り、百姓というだけでバカにされて…という制度にうんざりしたという。
若い頃は攘夷倒幕の志を持ち、過激なテロを画策したことも(このあたりは大河ドラマで描かれているとおり)ある。
志のために家を出ようとした栄一へのお父上の言葉が立派だった。「どんな志をもちどこに行こうとも、道理を踏み間違えず仁人義士(じんじんぎし 広い愛を持ち、人の道を守った人間)であれば、生死や幸不幸に関わらず満足だ」
こういって跡継ぎ息子を金をもたせて送り出したのだから立派な人だ。
しかし栄一たちのテロは直前で取りやめとなった。しかし故郷にいては捕縛されるかもしれないので、親戚の渋沢喜作と一緒に京都に逃げることにした。この喜作とは「ともに死のう」と誓いあった仲ということで、このあと色々あっても生涯交流しつづけたようだ。
このあたりも大河ドラマ通りなんだが、自伝によると「幕政を覆すという自分たちの将来につなげるために、塾や道場で名高い人材と交流し、父からもらったお金もあったから、まあ至極面白く遊んでいたんですよ」みたいな生活だったらしい。捕縛されそうじゃなかったのか、剛毅な人たちだ 笑
【試みに一橋家へ士官したら、そのまま将軍直参になっちゃった】
故郷で企てたテロ行為が幕府にバレたっぽくちょっとまずいかなってところで、かねてより交流のあった一橋慶喜(大河ドラマでは草彅剛)の側近である広岡円四郎(大河ドラマでは堤真一)より、一橋家に仕えないか、と言ってもらった。
ここで栄一と喜作は「その前に自分たちの考えを聞いていただきたい」とお願いし、広岡円四郎は「前例がないけど…遠乗りの機会に顔を見てもらえ」と言ってもらった。
大河ドラマ冒頭は、この慶喜と栄一初めての出会いで始まっている見せ場でもある。
ただしこの渋沢栄一の自伝では「これには自分も大いに困り果てた。なぜかというと、自分の身体はその頃から肥満しており、とくに背も低いから、走り続けることはきわめて大変であった/それでもなんとか十町(約1キロ)を一生懸命ひた走りに走ってお供した」ということ。
そりゃー大河ドラマがイケメンすぎるんだよね。豪農の生まれで京都に逃げても大金持ってたから面白おかしくすごしてたんだから肥満にもなるよね 笑
その後一橋家の自由闊達な雰囲気の職場環境のなかで、御三卿のため固定の藩も石高も持たない一橋家の経済安定や直轄の兵士集めに尽力していった。
慶喜が将軍になったら自分たちも将軍直参に。普通は喜ぶだろうが自分と喜作は、どうせ徳川幕府はもう持たない。それなら若い人(田安亀之助とか?)に将軍になってもらって慶喜は実務に専念したほうが良いだろう、慶喜が将軍になってしまったら今までのように直接会って自分たちの意見をお話して取り入れてもらうこともできないと嘆く。
なお後年渋沢栄一が慶喜に伺ったところによると「慶喜公が将軍職を継がれるにあたっては、すでに一新一族を犠牲にして大政奉還を行う決意をされていた、というご真意を伺って、私自身の浅慮を恥じ入った」ということ。
徳川慶喜の評価はまさに毀誉褒貶であり本人は隠遁後は沈黙を保っている。そんななかで「わたし直接慶喜公から聞きました!」という証言があるのは貴重ですね。
【フランス留学時代】
さて、そんな栄一に突然下った命令が「パリで行われる万国博覧会に、慶喜の弟の徳川昭武が将軍名代として参加するので、その共としてフランスに行け」というもの。
このフランス行きは密命として、幕府の軍事力増強のためにフランス政府との間に600万ドルの借款契約をしてくるようにという司令があった。
なお徳川昭武は水戸藩なので水戸からも随行員もいるんだが攘夷だ!とか言って新しいものを取り入れる気がないということで、慶喜自らの命令らしい。
水戸藩って、桜田門外の変、坂下門外の変、天狗党に関する略奪だの一族皆殺しだのその報復だの、過激すぎる行動しかないというか慶喜も実家でありながら極力避けていたような気がするんだが、フランス随行に対しても頼りにできなかったんですね。この四面楚歌の時代に実家が頼りにできない慶喜も大変だ。
渋沢栄一が実に柔軟な思考だなあと思うのが、青年期は攘夷だといっていたのが、いざフランスに行くと食事やミルクコーヒー(豆を炒って砂糖と牛乳を入れた飲み物)を胸がすっとすると楽しみ、空き時間はフランス語の家庭教師を雇い、バレエ鑑賞や病院制度や国債制度に関心し、身分に関わらず実力があれば平等という、良いものを素直に良いと見てそれを自分たちにどのように活かせるかと考えて実現させる力がある。
それにしても「1ヶ月位家庭教師に習ったらフランスでも買い物くらいは片言でできるようになった」っていかなりすごいのでは?!英語を習っても全く習得できていない私にはその語学習得力が素晴らしいわ。
さらに仕事は期待以上にやってのけた様子。なにしろ限られた財政をできるかぎり節約して余剰金は現地の世話役に相談した上で公債を買って利益を出しました、というのだから素晴らしい。
しかし栄一がフランスに行っている間に、大政奉還があり、明治政府が樹立し、徳川慶喜は駿河で隠遁し…。凄い激烈の時代。
この激動にも対応は冷静だった。いま昭武公が日本に帰ってもなにもできない、それならこのままフランスで研鑽を積んでから帰ったほうが日本の役に立てるだろう、として、情報収集のための帰国者、このまま残るための金銭の算段とそれぞれの役割分担を行っていったという。
結局は水戸藩主徳川慶篤(慶喜の兄)の死去により昭武が水戸藩を継ぐことになりやっぱり帰国することになってしまった。
この帰国に関しても、公債を買って出た利益で、自分たちフランス留学組の運賃と、イギリスに留学して帰りの旅代がなくて困ってた人たちの運賃も出したという。
渋沢栄一と喜作が故郷を出てから10年足らず。ええー、まさに激動、よく生き延びた…。
帰国してみたら日本は変わり、親戚や知人で亡くなった人はいるし、まだ戦っている人はいるしという状況。自分は恩義ある慶喜に会いに行ってそのまま静岡で農業または商売をやって静かに暮らそうとする。
しかしこのときに「フランス留学のうち、水戸の分はこちらです。余り金はこちらです」とちゃんと決済を出したものだから、水戸昭武からは「兄上(慶喜)の様子を聞いたらすぐに水戸に来てほしい」、静岡藩からは「このまま静岡藩に勤めろ」とスカウト。
このスカウトに栄一は「おれは奉職金が欲しくて静岡に来たわけじゃねーーーー」と怒るんだが、慶喜の意向があったらしい。「渋沢栄一は水戸に行ったら昭武が側に置きたがるだろうが、あの水戸の藩士たちはきっと渋沢の邪魔をするだろう。だからこのまま静岡にいなさい」
うーん、慶喜はわざわざ会いに来た昔の部下を追い返して「貴人に情なし」とか言われていたが、情は深い人ですね。
【明治政府 大蔵省時代】
そんな渋沢栄一に明治政府からもスカウトが来た。
最初は断ろうとした栄一に、大蔵省の大隈重信が「幕府を倒して王政復古したが、これからは新しい日本を作らなければいけない、だから新政府参与は八百万の神々の国造りのようなものだ。君は賢才の一人として登用された、八百万の一柱である。ぜひともこの大きな仕事のために骨を折ってもらいたい」と説得したのだという。これは凄いことを言いますね。そしてこれじゃ断れませんね。
このあと日本における造幣、戸籍、出納など制度の元を作り、大蔵省と各省との駆け引きはなかなか興味深い。
そして渋沢栄一が語る明治維新の元勲たちの姿も興味深いです。
西郷隆盛とは一橋家家臣時代からの豚鍋を突きあう仲だったんだが、その彼が廃藩置県前に「まだ戦争が足りないようにごわすね」と言ったらその場が凍りついた。
大久保利通とは馬が合わなかったが、実に底知れず”道具”にはならない人だった。
木戸孝允は細やかな心遣いをする人。
大隈重信は、他人の言葉よ聞くより自分の言葉を聞かせようとする人で、なにかを申し上げに言ったつもりでも聞かされて帰ってきてしまう。渋沢栄一と大隈重信はこの後も付き合いが続くためかその後フォローもしています 笑
伊藤博文は、全然違っても「常に自分が一番偉い!」というふうに持って行きたがる人なんだそうだ。たしかに若い頃は徴収の使いっぱしり的な扱いで、自分の上の人たちが次々暗殺されたり病死して残った人で、どことなく可愛らしさというか未熟さも感じられますもんね。しかしのちに民間に下って事業で苦労した渋沢栄一が伊藤博文に陳情に行ったところ「君の言うことは、自分を褒めるために人を貶していて、それはおかしい。君はいまや実業界の重鎮なんだからそんなんじゃ困る」と忠告され、栄一は大いに反省したという。やっぱり只者ではなかったということ。
井上馨とは大蔵省でともに仕事をしたがとにかく悲観主義者。このあと渋沢栄一と井上馨はともに大蔵省を辞職することになる。
江藤新平は有能さでは傑出していたのに、強引で自分の意見を押し通すためには他人と争い人の欠点をさがすという残忍さがあったためあのような結果になってしまった(佐賀の乱で、この明治の時代に斬首晒し首…)。
三条実美はあっちへふらふらこっちへふらふら、身分は高いが知識がなく性格も弱いのでいろいろな省の間にはさまって苦労しまくった人だという。うーん、地位は高いが無能だって自分でも自覚しているって辛いだろうなあ。。。。
なお、渋沢栄一は島津久光のことは「島津三郎」と語っている。久光とは気が合わなかった西郷隆盛が「地五郎(田舎もん)の三郎」呼ばわりして久光を激怒させているし、慶喜も久光を散々バカにして(薩摩にやり返されるところがイマイチ甘いところだが)いるけど、やっぱり藩主ではなく先代藩主の弟で今の藩主の国父でしかない久光は、田舎もんがゴリ押ししてくる扱いだったんだろうか。
そして徳川慶喜のことは、将軍を受けたことや、大政奉還後の薩長との戦い方には不満もあったようだが全体的には「人格が高く敬慕に耐えない」などとべた褒め。徳川慶喜の葬儀では委員長を務め、75歳で経済界からも完全引退して手掛けたのは「徳川慶喜公伝」であり、今日に伝わる徳川慶喜の良い面というのは渋沢栄一の証言が大きいのではないだろうか。
【民間での実業家、福祉家】
そして民間人になってからは、銀行を作り、株式取引所を作り、保険制度を作り…、まあとにかく近代日本を作った人ですね。ちょっと面白かったのは、この保険にかんして「危険なことをするなと言いつつ、危険を保証する保険制度なんて変だろう」と反対されたということ。この考えって他にもあるような気がする。たしかフォード社?も「車にシートベルトを付けたら、車は危険だといっているようなもんだからそんなものをつけるな」と言われたんだとか、現在でも「未成年に性教育をするのは性行為を推奨するから教えるな」だとか、リスクに対する防備をすることを極度に嫌がる風潮てなんだかありますよね。
またイギリス人事業家と面談した時に言われた苦情「日本人は他人に対しての約束を甚だ守らない。売れそうな注文品はすぐに引き取るけど、売れなさそうになった注文品はなかなか引き取らない、これでは信用できない。いやそもそも日本人は信用というものを重んじていない。さらに税金逃れのために送り状を二枚出せとか言ってくる。このままではこれ以上日本人とは取引できない」といわれたということ。
うわあ、なんか…日本ってメンツや信頼をすごく重視するように思っていたんだが…、これは面目ない…。
そして福祉。
東京に溢れる貧民に対して政府は無策、どころか邪魔・無駄扱い。
そこで渋沢栄一が音頭を取って、生活困窮者救済事業である養育院を民間で設立した。
これは別の歴史検証番組で「渋沢栄一自らがでっかい鞄を持って実業家たちを訪ねて回った。『あれではそれなりの金額を渡さざるを得ない』とぼやいていた」とやっていた 笑
この他、教育、医療、海外との交流や取引など、まさに関わった事業が幅広すぎる。
この本は自伝が元になっているので、それを語る渋沢栄一の目線の広さやユーモラスさ、そして時々見せる血の気の多さ。まさによく生き延びた、ということはきっとこの時代に不慮の死を遂げてしまった素晴らしい人材もたくさんあったんだろうとも思う。
渋沢栄一の言葉で「実業界であれ、政治の世界であれ、もっとも困難なのは人材を得ることにある」という。
まさに日本を作った人がそのまま語る激動の時代と、その時代の人々がどのように生きたのか、どのような日本にしたかったのか。
あらためて近代日本の基本を見られたようだった。続きを読む投稿日:2021.07.10
ドラマ「青天を突け」が文章化された感じ。読みやすく、伊藤博文など日本史に出てくる人の渋沢から見た人柄が記されていて面白い。
投稿日:2021.09.30
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