戦後日本漢字史
阿辻哲次(著)
/ちくま学芸文庫
作品情報
現代日本語における漢字は、どのような議論や試行錯誤を経て今日の使われ方になったのだろうか? 戦後、民主主義の発達を阻害するという観点から、GHQは漢字廃止を提案し、また漢字制限のため当用漢字表・字体表が定められた。制度面では、これを緩和する方向で後年、常用漢字表制定とその改定が行われる。他方、実用面では、機械では書けないと言われていた日本語がワープロの登場で一気に障害を乗り越え、難字すら情報機器によって身近になるという逆転現象を起こしている。現代日本語に残された問題の起源を探り、未来を予見する刺激的な日本語論。
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商品情報
- シリーズ
- 戦後日本漢字史
- 著者
- 阿辻哲次
- 出版社
- 筑摩書房
- 掲載誌・レーベル
- ちくま学芸文庫
- 書籍発売日
- 2020.03.10
- Reader Store発売日
- 2020.06.12
- ファイルサイズ
- 13.4MB
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この作品のレビュー
平均 3.5 (2件のレビュー)
-
・阿辻哲次「戦後日本漢字史」(ちくま学芸文庫)を読んだ。本書で最も良いと思つた一文は、「点を一つとれば、それだけで国民が正しい漢字を書けるようになる、とでもいうのだろうか。 日本国民もずいぶんとなめら…れたものである。」(138頁)であつた。これは「臭」の下が本来は「犬」であつたのが、戦後の漢字改革で「大」に改められた ことを言つてゐる。 「漢字は形が複雑で、覚えるのも書くのも大変だから、できるだけ簡単な形にして」(14頁)、児童の学習負担軽減と印刷の労力軽減をといつて行はれたことであつた。指令はGHQから出た。拒みやうはない。それに乗つて、戦前からの仮名文字論者やローマ字論者が活躍して行はれたのが戦後の国語国字改革であつ た。その最も分かり易い例の一つがこの「犬」か「大」の問題であつた。この結果として、私達は現在「臭」を使つてゐる。この路線は現在に至るまで変はらな い。実際、私達はなめられたのである。「民主主義と自由の権化である占領軍の幹部がデータの改竄を依頼するというのは尋常ではなく 云々」(55頁)、これは国字改革に先立つて行はれた全国識字能力調査の結果に関してであつた。この時の非識字者が2.1%であつたことを漢字改革の妨げになると危惧して、占領軍側から調査委員会のメンバーにクレームがついた。しかし、これは後の国語学の大家柴田武によつて突つぱねられた。これがなかつたら戦後の漢字改革がどうなつてゐたか。占領軍はこれさへも通ると思つてゐたのだから、日本を相当になめてゐたのである。戦後の日本漢字史は、このやうに「ずいぶんとなめられ」てゐた占領軍の漢字政策からの脱却を目指す歴史であつた。
・著者阿辻氏の戦後の漢字問題に於ける立場は、先の引用からも分かるやうに保守的だと言へる。先の引用に続いてかう述べる。「『当用漢字字体表』によって規範とされた字体には、このやうに文字学的に大きな問題をはらむものがたくさん含まれている。(中略)いまとなってはそれら若干の『問題字』をあげつらって、字体の変更を議論することは決して現実的とは思えない。すでに手遅れとなっているのが、私には非常に残念でならない。」(138頁)このやうな戦後の漢字改革批判に類する表現は他にもある。「字体表における字体の選定は(中略)誤解をおそれずにいえば、ごく少数の人による密室での作業であって、その結果に対する外部からの意見はまったく反映されることがなかったようだ。」(124 頁)これなども、あのいかにも不徹底な、所謂新字体がいかなるものであるかを教へてくれる。要するにああであらねばない必然性などはない。「似ているから一緒にしてしまった」(同前)だけのことであつた。そして、似て非なる問題が「印刷字形と手書き字形」(191頁)の問題である。ごく簡単に言へば、印刷された通りに書くかどうかといふ問題である。「教科書や辞書に印刷されているのが『正しい』字形であり、テストの答案などではその通りに書かないといけな い、という認識が蔓延しているように見受けられる。云々」(192~193頁)とあるやうに、これはもちろん印刷された通りに書く必要はない。習慣とデザインの問題である。はねようがはねまいが「字種としては完全に同じである」(192頁)。こんな当然なことを不明にしたのが戦後の漢字改革であつた。現在は目安になつた(これだけでも「脱却」である!)常用漢字表に至るまでにも様々な問題があつた。それらを丁寧にときほぐしてくれる。 さすが中国文学者、漢字で飯を食ふだけのことはあると言つては失礼であらうか。多くの人に読んでもらひたい書である。続きを読む投稿日:2020.04.23
漢字制限論は明治から出されてきたが、敗戦の一つの反省として、初等、中等教育の大事な時期に膨大な漢字を覚えるのは無駄で、もっと大切なことに学習時間を充てるべきであるとの、「善意」の意見から本格的な検討が…始まった。
当用漢字や常用漢字にまとめられるまでの検討状況や、その後の国民の反応など、漢字という身近な問題だけに、大変興味深い。首尾一貫性なく簡略化した漢字について著者が悲憤を洩らしているところなどは肯けるのであるが、ここまで学習により浸透してしまった以上、どうしようもないだろう。教育の恐さである。
ワープロ、PC、スマホと、漢字変換がどんどん簡単になってきた以上、表記ローマ字化の議論はもはや出ないであろう。漢字とこれからも付き合って行く上で、これまでの議論の歴史を知る上で、本書は有意義だと思う。続きを読む投稿日:2020.05.24
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