市民科学者として生きる
高木仁三郎(著)
/岩波新書
作品情報
専門性を持った科学者が、狭いアカデミズムの枠を超え、市民の立場で行動することは可能なのか。長年にわたって核問題に取り組み、反原発運動に大きな影響を与えてきた著者が、自分史を振り返りつつ、自立した科学者として生きることの意味を問い、未来への希望に基づいた「市民の科学」のあり方を探る。
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商品情報
- シリーズ
- 市民科学者として生きる
- 著者
- 高木仁三郎
- 出版社
- 岩波書店
- 掲載誌・レーベル
- 岩波新書
- 書籍発売日
- 1999.09.20
- Reader Store発売日
- 2011.05.27
- ファイルサイズ
- 2.4MB
- ページ数
- 256ページ
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この作品のレビュー
平均 4.3 (15件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
著者は兄と同じ高校に入学しました。東大に進学した兄とは入れ違いでしたが、現役で東大に入学した兄と何かにつけ比べられることになりました。しかし、その頃には、子どものときに感じていた対抗心は消えていたそうです。兄が「学問」という言葉に魅せられたように、弟も兄の影響を受けました。当時はまだ、「東京に出て学問を志す」ことに、特別な重みを感じることのできた時代でした。そして、勉強を始めた。それは典型的な受験勉強でしたが、本人は「学問事始め」のつもりでいたと言います。
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兄から数学の手ほどきを受けた著者は、「1つの問題を解くのに、何時間かけてもよいから考えて、自分で答えに到達しろ」と言うアドバイスを忠実に守り、毎日、何時間も数学の問題ばかり解いていたそうです。そうして、受験勉強にはまっていった著者は周囲から「受験優等生」と呼ばれるようになり、ほどなくして、東大理科一類に入学することになりました。
しかし、受験優等生だからといって受験勉強ばかりしていたのではなく、政治や社会問題にも関心を寄せていました。社会学研究会に顔を出したり、原水禁運動の署名をしたりしました。ただ、そうした活動にのめり込まなかったのは、著者が、党派性を好まない「一匹狼主義」を貫いていたからだと、自己分析しています。投稿日:2022.07.12
902
昭和初期戦前生まれのパヨク思想の科学者という感じだった
高木仁三郎
1938年‐2000年。1961年東京大学理学部卒業。日本原子力事業、東京大学原子核研究所、東京都立大学などを経て、19…75年に原子力資料情報室の設立に参加し、86年から98年まで代表を務める。1997年ライト・ライブリフッド賞受賞
これまで述べて来たことからも察せられるように、中学時代頃は典型的な 田舎の文学少年 といった感じだったのが、高校生のうちにはすっかり科学志向になっていた。どういう内的変化があったの、とよく聞かれるが、自分にしてみると劇的変化などなにもなく、ごく自然な推移だった。換言すれば、文学志向も科学志向も、私の中では境目なくひとつにつながっていた。時代状況としても、今のように〈理科系〉と〈文科系〉がはっきり区別されるようなことはなかったし、今でも私は受験とか学校のシステムが、強制的に「理科系」と「文科系」の区分けをつくり出していると考えている。
田舎から東京の大学に合格して郷里を離れる青年の気負いもあったのだろう。兄は「俺は物理学という学問を一生の仕事にするんだ。学問こそこの世で真に身を するに価する唯一のもので、とくに物理学こそ学問の真髄だ」という趣旨のことを熱っぽく語った。
話がずい分横道にそれてしまったが、結論をいうと、けっこうあれこれと思想的にさまよいながらも落ちつくところがなく、結局個人で没頭できる数学が最も魅力的な世界だった。高校生活も最後の方になると、受験勉強にも大分あきて疲れてきた。幸運なことに、その時、よい先生に出会うことができた。
そんな先生からの刺激と次兄からの刺激もあって、数学とか基本的な物理に関する書物も読むようになった。高木貞治『近世数学史談』、ガモフの一連の科学入門書、朝永振一郎『量子力学的世界像』など。『近世数学史談』の一〇代から二〇代そこそこの数学の神童、天才、奇才たち(ガウス、アーベル、ヤコビ、ガロア) が才を競うように活躍する物語を、わが事のように感情移入させながら胸をわくわくさせつつ読んだ。ガモフも興奮して読んだ。やはり物理の部分よりも、数学にかかわる部分が好きで、「一、二、三 無限大」など繰り返し読んだ。数学の有名な三大未解決問題(角の三等分、四色塗り分け問題、フェルマーの定理の証明)なども、ガモフを通して知ったと思う。フェルマーの定理の証明など、自分もいつかはなどと、丸窓のついた勉強部屋から赤城野を眺めながら、「学問」に思いを馳せた。その頃には東大で数学をやろう、と思っていた。
その気負いが裏目に出たのだろうか。東京に出てすぐに、さまざまな幻滅と失望とを味わうことになった。 第一にほとんどの授業が期待はずれだった。多分にロマンティシズムの気分で学問という言葉に憧れてやって来た田舎の少年にとって、 最高学府 のマスプロ授業は、大いなる失望感を惹起させるのに十分だった。なかには、内容の濃い授業も一部にはあったのだが。
もっと失望したのは、東京という都会そのものに対してであったろう。東京がコンクリートのジャングルで、夜もなお明るいネオンの街であることは頭では知っていたが、風景の中にまったく山がないことから来る寂寥感はどこにももっていきようがない。そのうえに、あの、空っ風がない。ひとりになれば、身体の中をひゅうひゅうと吹きすさぶあの空っ風の音が思い出されるのだが、実際には私のまわりの東京の空気は、ぬるま湯に入ったようだ。この時になって初めて私は、空っ風や赤城の山が自分の身体の一部のようになっていたことを実感した。
これもまた 挫折と失敗 の選択のひとつで、その後の私の「化学」からの逸脱と放浪の原因となったと言えるかもしれない。その一方で、よく考えると、自分に最もふさわしい道を結局あの時選択したのだという感慨もある。いずれにしても、右の道を選ぶか左の道を選ぶかはさして重要ではなく、その道をどう歩むかが枢要の問題だろう。
その一方で、私は化学そのものに 前述のように自己流ではあったが ますます興味をもつようになっていて、なるべく化学の真髄とも言うべきことを専攻したいと感じていた。これは、ある程度はいつも近くにいた兄の 物理至上主義 への対抗心から生まれたものかもしれない。物理学は古い言葉で究理学とも言われるが、多くの物理学者たちの気分には、物理学こそ物事の究極の 理 を明かす学問だという思いがあるのではないだろうか。私は兄のそのような思想傾向を、いつも「物理帝国主義」とひそかに呼んでいた(その兄が結局、一番化学に近い物理の分野を専攻し、私が物理に近い化学の分野を専攻することになったのは、まったくの偶然か、それともなんらかの相互作用があったのだろうか)。
物理は確かに自然現象の基本的原理や宇宙の基本構造の解明に関わっているが、多分に頭の中で理論をつくり、もっぱらセットされた実験と数学的手段によって事物を解明していく。それに対して、化学は、物に即してその変化や性質を扱う。純粋な物質を分離して扱うという化学の手法が、物事の本質を究めるのに有効だった例も少なくない。たとえばマリーとピエールのキュリー夫妻が、放射能の本体であるラジウムに行きついたのは、何よりも精力的な化学的分離の作業の成果であった。さらに、化学者オットー・ハーンの精密な化学分離の作業は、物理学者たちが考えてもみなかった核分裂という驚異的現象の発見をもたらした。
さて、私はいつから反原発になったのだろうかと、今さらのように問うてみる。厳密な日付などあり得ようもなく、またこの設問自体が、個人的にはともかく、社会的にはたいして重要ではないが、私が反原発という思想に立つようになった契機について、少しく述べておく意味はあろう。
すでに述べたように、会社にいた頃には会社のやり方、原子力開発の進められ方には大いに批判的になったが、反原発というふうに考えたことはなかった。それは森の中に入っていたから、森全体が見渡せず、判断のしようがなかったのだ。自分のまわりの木の枝ぶりや葉の模様などばかりが見えて、それには心配な点があるのだが、森全体は何も見えない。そのうえ、当時は、森そのものが未成熟で、巨大な怪物のようなその全体の姿を現わしていなかった。
最近ではずい分変ったが、少なくともチェルノブイリ前までは、原発反対派はそんな風に扱われた。虫ケラ同然の扱い、ないしは、原発反対でメシを食っている政治ゴロ的な扱いは、人格をトータルに否定されたような感じで、ずい分プライドを傷つけられた。
インドとパキスタンの核保有を正当化する論理は、いわゆる「核抑止論」である。「核抑止論」に立脚しての、「ヒロシマ、ナガサキになりたくなかった」というパキスタン首脳の弁明は言語道断の誤りであり、錯誤である。この論理によれば、ヒロシマとナガサキの苦難に満ちた経験が核開発を促進する人類破滅への逆説的メッセージになってしまいかねない。私たちは、この弁明はヒバクシャの半世紀以上にわたる核廃絶の訴えに対する比類のない侮辱であると考える。断じて容認できるものではない。続きを読む投稿日:2024.01.18
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