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なぜ働いていると本が読めなくなるのか
なぜ働いていると本が読めなくなるのか
三宅香帆/集英社
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総合評価

1445件)
3.8
336
526
371
73
11
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    話題になってる本ということで、手に取ってみた。 働いていると本が読めなくなるのは何故なのか、時代を遡っていっても根本的な問題は長時間労働に行き着いてしまうというのが、ある種納得感あった。自己啓発という考え自体がかなり昔からあったという話は、ちょっと驚き。 個人的に、本を読むことはノイズ(自分にとって現時点で必要ないこと)も受け入れないといけないのが情報との違い、という話は興味深い点だった。ノイズを受けいるのには精神的バッファが必要という意味で、仕事とのバランスを考える上で意識しておくと、良さそう。

    2
    投稿日: 2024.06.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    第一章 明治時代の日本は近代化の過程で立身出世が求められた。その中で修養のために自己啓発を行い、雑誌や本を読んだ。 そして、それが階級格差につながっていく。 第二章 大正時代 読書人口の増加。修養と教養の分離。修養はノンエリートが身につけるもので、教養はエリートが身につけるもの。 第三章 戦前、戦中 円本の出現による積読の誕生。 この頃は、新聞や雑誌でたまたま見かけた小説を読み、それがきっかけとなっていた。 第四章 戦後 忙殺されるサラリーマンを対象に役に立つ新書が登場。明日のビジネスに役立つ知識を読むことで、読書が大衆化。勉強法の本がベストセラーになる時代。 第五章 1970年代 テレビによって本が売れ始める。文庫本の誕生。 企業が自己啓発を重視するようになった。 第六章 1980年代 学歴よりもコミュ力が大事になる。それが影響してか、僕や私視点の本が多くなる。 第七章 1990年代 読んだ後、読者がなにをするべきなのか、取るべき行動を明示する〈行動〉重視の自己啓発書が増えた。この理由として、自分のキャリアは自分で作っていくものという価値観が広がったことが挙げられる。 この時代から読書離れが進む。 というのも、自己啓発本は自己のコントローラブルな行動の変革を促すものなので、他人や社会などのアンコントローラブルな部分は捨て置いてる。つまりノイズを除去している。 一方でそれ以外の本はノイズになる。 第八章 2000年代 インターネットが普及したことで知識と情報が分離。情報=知りたいこと 知識=ノイズ+知りたいこと。 第九章 2010年代 新自由主義。 本を娯楽としてより、情報処理スキルとして捉えるようになった。 その中で他者の文脈を思い出すこと、ノイズを受け入れることが働きながら本を読む第一歩 そのために半身で働く! 本の中には知らない知が存在している。 自分から遠く離れた文脈に触れることそれが読書! 最終章 全身全霊で頑張りすぎない。半身の社会に! 片道1時間の通勤なら月に48時間、1年に1ヶ月は通勤している。これに驚愕。 初めの方はこれまでの歴史をずっと説明してて、いかにも新書感満載できつかったけど、2010年代ぐらいから面白くなった!ただ時間がないからじゃなくて、日本人における読書の位置付け、社会の変化が影響しているのがよくわかった。 ノイズの説明にめちゃくちゃ納得した。 振り返ってみると、私も読書を楽しむってより知識を得るとかの視点で考えてたかも。。もっと楽しむ!

    4
    投稿日: 2024.06.12
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    最近、本を読む量が減ったな、と思ってたので、タイトルが気になって購入。 視力(老眼)のせいかと思ってたけど、そうではなかったのか、とかなり納得してしまう内容だった。 働きすぎて頭も疲れてるんだなと、ある意味気づけた気がする。

    3
    投稿日: 2024.06.11
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    そういえば「心を揺さぶられたり、人生(観)がひっくり返るような本をうっかり読んでしまったら、仕事が続けられなくなっちゃうんじゃないか」という気がして、そうなりそうな本や映画には手を付けないようにしているふしがあって、この本の内容に通じるところもあるかなと。 タイトル通り、なぜ読めなくなるのか、労働と読書の関係を過去の流れを踏まえて解き明かしていくので、どういう理屈でそうなるのかを知りたい人には すごく腑に落ちるのでは。 一方で答え(どうすればいいか) を求めている人には もの足りなく感じるかもしれないが、そこはもうみんな分かっている気がするし、あとは できるかできないか(その覚悟があるか) という話じゃないかと思う。

    8
    投稿日: 2024.06.10
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    少し読み難く感じて、読み終わるのに時間がかかった。映画「花束みたいな恋をした」を観ていたら、もっと理解しやすかったかも。働きながら本を読める社会には共感できる。

    2
    投稿日: 2024.06.09
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    「忙しくて本を読む暇がない」とはよく聞く言葉だ。自分自身はそれなりに本を読むほうだが、それでも仕事から帰った直後はスマホ片手にダラダラしてしまう。どうしてそうなるのか?そんな疑問を、近代以降の日本人の読書と労働の歴史からひもとく。 しばらく積読のままだったのだが(笑)、読んでみて気づかされたのは、日本人の働き過ぎは今に始まった話ではないということ。さらに現代は「仕事で自己実現すべき」という風潮がますます人を忙しくさせている。「全身全霊」を称揚することをやめ、「半身社会」を実現しよう、という著者の主張に、一労働者として心から賛同したい。

    4
    投稿日: 2024.06.09
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    「花束みたいな恋をした」の引用から始まる本書。おや、と思って作者を調べたら同年代だった。だからか、納得、感覚が近くて読みやすい。勝手に新書は偉い年を重ねた方が書いているイメージだったので。 圧倒的に麦の気持ちがわかってしまう私は本が読めなくなる側の人間なので、本書はとても面白かった。この本を楽しめる人は読書が好きで、「ノイズ」が楽しめる人だと思う。タイトルに対する答えを求めたくなってしまうのは、「情報」を求めてる人。 働き方を変えなければという危機感がこの世代には多いと感じる。どの時代もそうだけど安定している時代なんてなくて、人生の正解もわからないから、後悔しないように進んでいくしかない。

    3
    投稿日: 2024.06.09
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    人々の労働の歴史とその時代のベストセラーに焦点をあてた作品です。 また、本を読むことで得られる効用やどのようにすれば働きながら本を読むことができるかなどについて記述されています。 私自身としては読書の習慣があるため、働きながら本を読む時間がある程度は確保できている側の人間として読むことができました。 この本をつうじて読書の効用や現代の主な情報源であるインターネットを使うだけでは得られないことを学ぶことができました。 今後も自分の趣味として、生活の一部として読書を楽しんでいくための考え方のベースとなる一冊だと思います。

    11
    投稿日: 2024.06.09
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    「人類の永遠の悩みに挑む!」とは大げさなコピーだなと思いながら読んでみると、タイトルとは違って、重厚な中身。 「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、なぜ生まれるのか。 労働と読書の歴史をひもとき、日本人の仕事と読書の変遷をたどります。 そこで明らかとなる、日本の労働問題とは? 全身全霊ではなく、「半身で働く」。 物凄く納得です。 1冊の本のなかにはさまざまな「文脈」が収められている。だとすれば、ある本を読んだことがきっかけで、好きな作家という文脈を見つけたり、好きなジャンルという新しい文脈を見つけるかもしれない。たった1冊の読書であっても、その本のなかには、作者が生きてきた文脈が詰まっている。 本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在している。 知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。だからこそ本を読むと、他者の文脈に触れることができる。 自分から遠く離れた文脈に触れることそれが読書なのである。 そして、本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がない、ということだ。自分から離れたところにある文脈を、ノイズだと思ってしまう。そのノイズを頭に入れる余裕がない。自分に関係のあるものばかりを求めてしまう。それは、余裕のなさゆえである。だから私たちは、働いていると、本が読めない。 ー 234ページ

    3
    投稿日: 2024.06.09
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    この本も積読で終わるのでは?とおもっていたが、労働史と読書史の繋がりが面白く通勤時間で読むことができた(働いていても本が読めた!) 特に面白かったのは以下の点。 ・明治〜昭和初期まで、読書は人々の教養を得る手段であったが、現代では余計な知識が多く含まれる「ノイズ」として扱われている。 ・現代で自己啓発書が売れているのは、「ノイズ」がなく、知りたいこと(仕事に直結すること)だけが書かれているため。 ・自己啓発書をめぐる日本の階級格差(明治〜令和にいたるまで自己啓発書が一部層から冷ややかな目で見られていた理由の説明)

    13
    投稿日: 2024.06.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    最終的に本が読めない理由は仕事の忙しさであると真新しい考えはありませんでした。しかし、「自分を忘れるために激務に走るな」とニーチェの考えを引用した部分は今の自分の状況(仕事を言い訳にやるべきことから逃げている自分自身)によく当てはまり、作者の申す通り仕事も半身で取り組み、もう半身で自分自身の未来も考えていきたいとおもいました。

    3
    投稿日: 2024.06.08
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    2024.6.8読了 読書と労働の関係が細かく考察されていて、とてもおもしろかった。いろいろな本からの引用が説得力を増していたし、著者の本好きが伝わるポイントでもあった。 全身全霊でなく、半身で働く、半身で関わる、この考え方はとても共感できた。特に日本人は変に真面目で働きすぎだから。

    3
    投稿日: 2024.06.08
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    明治以後の各時代において人々はどういう読書を求めてきたかというところから各時代で人々が何をしたいのかも考察されているのが良い、教養の話や情報とノイズの話はその時代を表せているように思う

    3
    投稿日: 2024.06.08
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    タイトルにひかれてジャケ買い。うーん、面白かったのは後半の20%くらい。前半はかなり読み飛ばした。全身全霊の否定、理屈は分かるが、私には出来そうもない。最後の働きながら読書するコツを参考に読書は半身で継続する。

    2
    投稿日: 2024.06.08
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    全部全力で、とかをすぐ言い聞かせてしまう自分は全身全霊信仰の真っ只中。半身で、なんとかできないものか。全身で取り組んだ後のバーンアウトや鬱病までは考えれてなかった、楽さには気がついていたけど。

    3
    投稿日: 2024.06.08
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    明治から現代にかけての、日本人の労働状況と読書の関連性について述べられている。現代社会で、生活や仕事に関係ない情報をノイズ(他者や歴史や社会の文脈)として排除しているという視点は、薄々気づいてはいたが、興味深く読んだ。私としては「ノイズまみれ上等」です。多少、感情論的なところもありましたが、面白く読ませていただきました。

    3
    投稿日: 2024.06.07
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    時代と読書の距離感、在り方が興味深く、あっという間に読んでしまった。終わってしまってさみしいくらい。本書の結論は、育児しながらフルタイムの自分にとって首がもげそうなほど頷くものだった。たくさんの人に読んでほしい、今年No.1かもしれないおすすめ本。いい出会いでした。

    3
    投稿日: 2024.06.07
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    著者の主張が最後に来るが、それまでは読書あるいは教養や自己啓発の歴史。著者の主張はなるほどと思う部分が多かった。かけもち、全身ではなく半身で家事や仕事にあたることこそが評価される世の中になって欲しい。著者の主張を読んでいると平野啓一郎さんの分人が頭をよぎったのは私だけだろうか?

    3
    投稿日: 2024.06.07
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    労働と読書のバランスは、全員社会における修養・教養→コントローラブルな自己啓発→自己責任時代=情報以外すべてノイズ、と化してしまった。 90年代以降の話は同時代性しかないので、うわー!客観的に見たらめちゃめちゃ時代に飲み込まれてただけじゃん!と衝撃。自分で選んだはずが、時代に選ばされてきたわけだ。これからの時代は本が読める働き方をしたいし、著者の提言する「半身」の働き方に大賛成。 三宅さんの3ヶ月連続刊行、全部読みたいんだよな…

    2
    投稿日: 2024.06.07
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    タイトル名の解答のヒントは“ノイズ”と“偶然の出会い”でした! 働くと読書ができなくなる嘆きから出発し、各時代の読書行為の必然性、各時代のベストセラーから紐解く社会が求めていた本の内容・ジャンル、読書と労働が両立できない社会構造の説明。著者の視点には発見が多ったです。しかも30歳の著者が自らが生きる今の時代の由々しさを体系的に捉えている点が自分には新しかったです。 インターネット=情報摂取、ノイズ除去 読書=知識の獲得、ノイズの許容 と整理していたのが非常に腑に落ちました。 インターネット、スマホ革命により情報接種が平易になり、読書による知識の蓄えや感性の磨きが面倒な行為になっている。時代はなんでもかんでもファストになっている。余計な装飾はいらない時代。つまりノイズに対して不寛容な時代。 本の中ではノイズとは文字通り自分にとっていらないものを意味しているが、同時に偶然出会うものとも著者は捉えていた。 確かに偶然性が自分の感性を築き上げ、感受性を養う。子供ころは偶然の連続。それが生きていく知識になっていく。偶然、日本に生まれ、偶然、ある両親に育てられる。その環境の中で偶然好きなものに出会い、自分に合わないものを覚えてく。無数にあるノイズという選択肢を排除し選んでいる。それが生きる力=知識になっていく。ノイズを不要としがちなファスト社会だと捉えるなら現代日本はとても不健全。 ノイズの拒絶は読書に限らずあらゆる表現コンテンツにも当てはまるようにも思います。例えばNetflixのラインナップを眺めて、ザッピングだけして結局何も観ないという時がありませんか?それってノイズの許容ができない表れだと思います。 そしてノイズの拒みは自分が好きなものにも影響があるような気がします。ノイズ=偶然の出会いをついつい避けてしまってると思い当たることはありませんか?気の合わない人(嫌いな人)とは付き合わないことや、自分のためになる情報だけを求めてしまうSNS閲覧。本当に好きな人って誰?本当に好きなことって何だっけ...みたいなオーバードーズ感。 好きなことの選択には実は落とし穴がある。と思っていたら本の中に好きなことを仕事にすることで読書する時間の優先順位がさがるようなことが書いてありました。 好きなことを仕事にした自己責任のもとで過剰な労働が善になる。マッチョな労働時間により燃え尽き症候群になる。くわばら、くわばら。 この指摘には自覚があるので身につまされる感じがしました。読書が習慣になって3、4年。アナログたけど読書のような要領の悪い時間の使い方(=ノイズの受け入れ)は精神のバランスを保つのにやっぱり必要だったんだとあらためて思いました。 いろんなことを考えさせられる心地よいノイズがいっぱい詰まった本でしたので是非読んでみてください! この投稿があなたにとって良い意味でのノイズでありますように!

    35
    投稿日: 2024.06.06
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    タイトルから想像されるような「本を読みたいけど、残業で疲れてついついスマホいじっちゃうから、どうしたらよかろう?」というハウツー本では決してなく、読書というレンズを通して日本の労働社会を俯瞰した一冊。 旧来の労務システムにどっぷり浸かったおじさんには、終章の論旨はやや荒っぽいように感じてしまう。しかし筆者の考える、現代労働社会が抱える問題と目指すべき方向性はよく理解できる。 労働社会という、ともすれば暗くなってしまいがちなトピックを軽快な文体で爽やかに論じており、おもしろい。

    13
    投稿日: 2024.06.06
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    p76 教養=エリートが身につけるもの、修養= ノンエリートが実践するといった図式が大正時代に生まれていった p206 情報=知りたいこと 知識=ノイズ+知りたいこと p232 大切なのは、他者の文脈をシャットアウトしないことだ 仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れる 仕事以外の文脈を思い出すこと。そのノイズを受け入れること。 それこそが、私達が働きながら本を読む一歩なのではないだろうか p234 自分から遠く離れた文脈に触れること それが読書なのである 働いていると本が読めない。仕事以外の文脈を、取り入れる余裕がなくなるからだ p264 瞼をあけて、夢をみる。いつか死ぬ日のことをおもいながら、わたしたちは自分の人生を生きる必要がある。だからこそニーチェは、「自分を忘れるために激務に走るな」というのだ。

    3
    投稿日: 2024.06.06
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    【きっかけ】 読書会で読んでいる人がいたから。 ブクログでもランキング入りしており、気になったから。 【あらすじ】 “日本の近代以降の労働史と読書史を並べて俯瞰することによって、「歴史上、日本人はどうやって働きながら本を読んできたのか? そしてなぜ現代の私たちは、働きながら本を読むことに困難を感じているのか?」という問いについて考えた本”。(本文より) 【心に残ったところ】(ネタバレ注意!) ◉”麦が「パズドラ」ならできるのは、コントローラブルな娯楽だからだ。スマホゲームという名の、既知の体験の踏襲は、むしろ頭をクリアにすらするかもしれない。知らないノイズが入ってこないからだ。 対して読書は、何が向こうからやってくるのか分からない、知らないものを取り入れる、アンコントローラブルなエンターテインメントである。そのノイズ性こそが、麦が読書を手放した原因ではなかっただろうか。“ ◉”働きながら本を読める社会をつくるために。半身で働こう。それが可能な社会におしよう。本書の結論は、ここにある。“ 【感想】 かなりの良書だった!!!労働史と読書史を追っているときは、まるで大学の授業を受けているような気分。 引用に苅谷先生の名を見つけたときには脳が震えた! 大学受験を小論文で受けた私は、苅谷先生の著書にかなり助けられた。 大学のレポートでもお世話になったし、何なら教育の考え方にもかなり影響を受けている。 (経済格差が学力格差を産み出しているという論は特に根付いているため、娘が産まれてからかなりの量の絵本を与えている。) 読んでいる途中から、早く働いていても本が読めるようになる方法、教えてくれないかな…と思い始めたけど、読み終わってからそれこそ「ノイズ性を除去」した思考に陥っているのだと反省した。 「半身」で働く、という結論は私の「皆のように仕事に打ち込めない」というコンプレックスを溶かしてくれた。 全身母、全身ゲーム、全身仕事に浸かることはもうやめよう。 「何もできない、辛い」という気持ちになったら何度でも読みたい本だ。

    5
    投稿日: 2024.06.06
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    勤労者と読書の関係を明治時代から奇跡をたどることと、映画『花束みたいな恋をした』から得たインスピレーションから、論理を積み重ねている 本を読める社会にしたいという思いに賛同し、自分なりに考えて行動してみたいと思った。 確かに、繁忙期ほど読書できなくなり、スマホをいじる傾向になる。いままでやったことのないゲームにハマったりして、人生暇つぶし的な時間を過ごしてしまう。 どうすれば、生活、労働、読書の三位一体を実現できるのだろう? 読書のレパートリーを広げて何とかやってきた気がする。本書ではおすすめしていないが、自己啓発書やマンガを読むことで、スマホゲームから遠ざかっていたのだと思う。そして、心に余裕があれば読書の幅を広げられたのかもしれない。 積読の山に囲まれた部屋に過ごしていながら、読書ができなくなっていく自分が悲しい。

    13
    投稿日: 2024.06.05
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    映画「花束みたいな恋をした」を導入に、日本人の労働と読書の歴史を関連付けながら解説していく一冊。 時代ごとの解説自体、興味深く読んでいったが、本の中で最も付箋を貼った箇所はそれらの解説ではなく、最終章「「全身全霊」をやめませんか」だった。 著者は「仕事」「趣味」「家事や介護」などに全力投球することをやめて、それらに「半身」で働こう・取り組もうと呼びかける。 自分自身、仕事に全力を注ぎ、クタクタになって帰宅し、夜、布団の中で「全力を尽くしたぞ」と思いながら眠ることを理想の生き方としていたし、そうしていた時期もあった。 その結果、心身ともに体調を崩すことになった。当然だが、本を読む余裕もなかった。 筆者の「そんな働き方(生き方)では本も読むことができない」という提唱はそのような自分に響いた。 読書は自分に必要のないノイズも取り込む作業だと言う。そのノイズを取り込むには余裕がないとできないとも言う。ノイズを取り込めるぐらいの余裕をつくりたい。 読書をしたいという気持ちを通じて、労働観や人生観に訴えかけてくる一冊だった。

    21
    投稿日: 2024.06.05
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    この本が売れていること自体、知識ではなく、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という情報を得たいと思っている人が多いからなのではないかと思った。『なぜ〇〇は××か』というタイトルの本はその情報に用意にアクセスしたいという心理を突いていると思う。 読書論であり、仕事論でもあった。半身で働くことができたら、どんなにいいだろう。 読書の歴史の変遷を見て、今はノイズ扱いになっていても、また変わっていくのではないかという希望が抱けた。

    3
    投稿日: 2024.06.05
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    前半は読書という行為の変遷を追っており、フンフンという感じだったが、終章あたりはエモーショナルな表記が多く、やや辟易。コンディションチェックとしては有効か?

    6
    投稿日: 2024.06.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    タイトルに惹かれて読んでしまう…つまり、このタイトルは秀逸。 ただし、その答えに納得いったかどうか。答えは否。 「あとがき」だけ読めばこのタイトルには足る。 『読書と社会』内容はこんな感じだと思われる。 面白く読めたものの、自分自身が生きてきた時代と重なる部分においては、少しズレがある部分が少なからずあった。70年代とか80年代とか。 そもそも、今まで自分の周りで『読書』がメジャーであったことはない。なので、読書離れって何?まあこれはずっと前から思っていましたが。 そして『読書がノイズ』という考え方において、ネットならほしい情報だけが得られるというが…ネットサーフィンを必ずするでしょ。それこそノイズでは?なんて思ってしまった。このノイズ論、一番ざわざわした。 また半身?もよくわからず… いいじゃない。仕事も趣味も推し方も育児もなんでも全身全霊でやったって…なんて思ってしまってはダメなんだろうか… とりあえず、『痴人の愛』は読もう。 『花束みたいな恋をした』は観てみよう。

    3
    投稿日: 2024.06.04
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    「全身全霊をやめよう」「半身で働く」が本当に実現できたら、救われる人がたくさんいるんじゃないかなって思います。 でも絶対抜け駆けする人が出てくるから、難しいですよね。 毎日10時間勉強して東大に受かりましたとか、月に100時間残業してプロジェクトを成功させましたとかいう人がいたら、褒めるんじゃなくてズルいとかドン引きしてあげるのが理想的な社会なのかもしれません。 ただそうすると、国際競争力がーとか言う人もいるんだろうな。。。

    4
    投稿日: 2024.06.04
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    自分から遠く離れた文脈に触れること=読書。 本が読めないのは、仕事以外の文脈を取り入れる余裕が無くなるから。 そして、「そんな時は、休もう」「全身全霊をやめて半身で働こう!」というメッセージだった。 新自由主義の影響で、自分の中に競争意識を内面化させているという論。 自分も含め、世の中の働いてる人たちみんなが「がんばらなくちゃいけない」という心理に陥っているということを知り驚いた。現代の病ということか。 最近小説が読めなかったのに新書なら読めたのも、ノイズの無い知を読む行為だからなのか。 読書の歴史についても知りたかったので、タイトルから想定してなかった前半部分が、面白かった。 読書文化が明治時代から始まったこと、印刷技術が発展して出版が増え読みやすい文体が作られたこと。 明治大正昭和と、つねに勤勉な日本人が存在している。人格陶冶のための読書。ビジネスに役立つ読書。時代背景が、読まれる本に反映されている。

    4
    投稿日: 2024.06.04
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    面白かった!読みたい本たくさんあるのにスマホ見ちゃうよ〜〜〜なんで?ぜったい労働のせいだ!私たちいつからこうなっちゃったの??が出発点。 切実な叫びをリサーチクエスチョンにして読者をひきつけ、中身はバランスよく秀逸な論文(だって三宅香帆先生だもの) 明治→大正→昭和→平成→令和の時代別に、働き方と読書の関係を見ていくことで原因解明を試みる。 ——————— •大正時代:「教養」と「労働」に距離があった時代〜エリートは「中央公論」と「文藝春秋」を読んで文学を愛してた〜 •昭和(戦前):全集が家にあると教養高い?空前の全集ブーム •昭和(戦後):国の発展と立身出世というノスタルジックロマン、ふんだんなトリビアは教養の香り〜サラリーマン夢の小説、司馬遼太郎『坂の上の雲』 •70,80年代:オイルショックを経て強まる日本型経営。社内で出世するための「自己啓発」 •バブル:仕事でも恋愛でもコミュ力重視、ハウツー本流行 •バブル崩壊後:社会は変えられないという諦念と、自分は変えられるという希望〜「行動」をコントロールするハウツー本のブームはじまる •ゼロ年代:新自由主義のめばえ〜仕事で自己実現が理想とされる •目まぐるしく変わる社会の中で、自分に関係のない情報は「ノイズ」ーー「仕事に役立つ雑談のネタ」としての「教養」 ーなどなど A.本が読めない理由は、個人が仕事に全身でコミットしてしまう新自由主義の社会(疲労社会)で、みんな仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなってしまうから。 提言:そんなのおかしい!!本を読める社会をめざそう! ————————- 感想 自己啓発の歴史は初めて知った。ベストセラー本を網羅するにも良い本だった! 流行ってるものできるだけたくさん見て仕事に活かさなきゃ〜雑談うまくしなきゃ〜と鼻息荒くしている近ごろの私にとって、すごく考えさせられる本でした、なみだ。

    14
    投稿日: 2024.06.04
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    読書はノイズ、なるほどと思った一方で私は本が読めない、というのは尺短いコンテンツに溢れた時代で ·集中力と思考力の低下 ·情報処理能力の低下も一因にあるのでは?と思った。 結論まで自力で能動的に読み進めること  そのなかで必要、不必要だけでなく登場人物の気持ちや展開を自らの頭で想像していくこと これらは筆者が書かれていた「全身全霊」で生きていかなくては生きられないが故に、そんな余裕がなく、受動的に刺激が受け取れるスマホコンテンツばかりに適応しているのだと思った。 選択肢があふれるように目の前に差し出されているいま、それにまつわる選択の判断になる情報もたくさんあり、失敗を回避したいがため行動もパターン化される。 筆者が提案される半身の生き方という提案の結論付けは本当に叶うのか?と疑問が残る。そうあってほしいと願う一方で全身全霊でないと経済的に生きられない人たちがいる。全身全霊でないと子供を育てられないワンオペママがいる。マインドだけではどうにもならないのでは。 ただ結論以外は新書としては久しぶりに読みごたえある一冊で、逆説的にはなるが本好きには売れた本、読まれた時代背景などが丁寧に分析され非常におもしろかった。

    3
    投稿日: 2024.06.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自分も社会人になってから一時期、本を読む余裕がなかったなと振り返りつつ。 何故働いていると読書の時間が取れないのかの話をするために、まさか明治時代から2010年代までを振り返るとは思いませんでした。 読み終えてみると、その振り返りがあったから、時代ごとの変遷が見えたからこそ「働いて時間がないから読書ができない」だけではない理由が見えてきて興味深かったです。 てっきり精神論を説くのかと思っていたら、しっかり根拠のある話で驚きました。 ただ「どうしたら本が読めるようになるのか」に関しての答えは(仕方がないとは言え)ちょっと弱いなとは感じました。 根本的解決は、社会的制度を変えないとという話になってくるので。 個人的な対処となると、結局は時間的、精神的余裕があるかになるのかも。

    4
    投稿日: 2024.06.03
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     著者は、働き始めてから趣味である読書が出来なくなったという。  自分自身を振り返って働き始めて出来なくなったものって何だろうと振り返ってみた。しかし、何も思いつかない。学生時代からこれといった趣味はなく、食って寝てダラダラとテレビなどを見る生活をしていたと思う。なので、私が労働で奪われたものは特になかったのではとの結論に達した。  よって、労働によって何か奪われた悲しみはないので、よかったなぁと明るい気持ちになった。  しかし、そう言ってしまっては身も蓋もないので、読んで何かを思った個所をメモしておく。 ・景気後退により採用減となったが、仕事量は変わらず長時間労働になっている。   →そのとおりだな。人減らすなら、仕事も減らしてくれ。 ・新自由主義は自己責任と自己決定が重視され、強制されてもいないのに、自分で自分を搾取する=「疲弊社会」   →確かに誰からも言われていないのに自分を追い込んでいる気がする。背景に新自由主義があったのか… ・仕事に全身全霊は楽だし、誰かが支えてくれるからできること。「半身」で働こう。   →仕事に全身全霊は楽との主張に最初は違和感を覚えたが、確かにそのことだけをやっていればいいのは楽かもと思い直した。他の面倒なことをこなしてくれる人がいるからこそできること。  著者の「半身」で働こうとう提言。大賛成だが、著者自身もどうやって実現させるかはわからない、これは読者への提言だという。提言を受け私は、現代社会は便利すぎる(コンビニ24h営業、数分も遅れない電車、通販翌日配送etc.)、全ての人がこの便利さを手放し、ちょっとずつ不便を受け入れることが半身社会への第一歩なのではと考えた。別に夜中にコンビニやってなくてもいいし、電車少しくらい遅れてもいいし、通販も少しくらい待とうよ。不寛容だ!その不寛容さが誰かを追い詰めいずれ自分自身も追い詰める。

    4
    投稿日: 2024.06.03
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    要は意識の問題かなと思った。一人の人間の一日のエネルギー量を100とした場合、仕事に100使ったらエネルギー切れだから、本読めないよねって話な気がする。だからと言って仕事に使うエネルギーを(気持ち的な問題で) 60や70にできないのは、日本では仕事に100のエネルギーというか情熱をかけることが美徳とされているから。で、なんで仕事に情熱を傾けることは美徳だという認識があるのかと言うと、日本の労働史を振り返る必要があるといった流れ。 日本以外の国のように仕事より生活が大切という価値観が一般的になればいいんだけど、今の日本では難しいから自分で意識的に仕事で使うエネルギーを調整する必要があるよねってことかなと。そのムーブが大きくなれば、仕事での燃え尽きを良しとする考えも風化していくのでは。

    8
    投稿日: 2024.06.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    まさに新書の醍醐味といえる一冊。 ふと頭に過ったテーマを知的好奇心の思いのままに、どこまでも探求していくといった中身。 テクニックでもなく、読みやすい本の紹介でもなく、「労働の歴史」と「読書の歴史」の交錯を描いた書。 まさに筆者の言う「知識」の塊のような本で、これが読めるような気持ちの余裕をもった働き方をしたいものです。 == 頷いたポイント == 情報=    知りたいこと 知識=ノイズ+知りたいこと ・自分から遠く離れた文脈に触れることが読書。  本が読めない状況とは新しい文脈をつくる余裕がないということ  自分から離れたところにある文脈をノイズだと思ってしまう。  余裕のなさゆえ、自分に関係のある「情報」ばかり求めてしまう。 ・この社会の働き方を「全身全霊」ではなく、「半身」に変えることができたら。  半身で仕事の文脈を持ち、もう半身は別の文脈を取り入れる余裕ができるはず 「働いていても本が読める」社会 ・全身全霊で働けているのは家族のサポートがあったり、たまたま体力があったり  運よく環境が揃っているから。  全身全霊で働くことを美化していると、いつか自分ができなくなったときに 「全身全霊で働けないやつなんてだめだ」と考えそう。  働くのが好きだからこそ、そんなの嫌。  仕事に人生を奪われたらだめだと思います。それが偉いことみたいに思いたくない。  仕事に熱中しない自分を否定したくない。(未来の自分への忠告) ・働きながら本を読むコツ ①趣味の合う読書アカウントをSNSでフォローする ②iPadを買う(SNSアプリは絶対に入れない) ③帰宅途中のカフェ読書を習慣にする ④本屋に行く ⑤今まで読まなかったジャンルに手を出す ⑥ムリをしない

    5
    投稿日: 2024.06.02
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    表題や帯に期待して読むと少し違うのかもしれない。 (タイトルに対する回収部分についてはそこまで目新しいものではなかった) 働き方への考察がメインなので、読書術、みたいな話はほぼ出てこない。  ただ、日本人の労働史を明治まで遡って、読書との関わり合いについて述べて行く展開は予想外で、面白かった。 久々に新書を読んだが、読みやすいし内容も興味深いので特に苦痛もなく読むことが出来た。

    13
    投稿日: 2024.06.01
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    2024/06/01 まさにタイトルの通り。労働の歴史の観点が強いのかも。 明治時代まで遡って、現代の社会人はなぜ読書をしなくなっているのかを考察した本。ずっと読みたいなと思っていて書店で見つけたときはすごく嬉しかったのであっという間に読んでしまいました。 元々は教養を持つ人々の嗜みだった読書は時代の変化とともにそのあり方も大きく変わってきたこと、そしてその変化はなぜ起きているのかについて社会構造にも言及しながら原因を探っていく内容になっています。 やはり我々日本は働きすぎ。自分も思っていたことですが、色々な考察を経てたどり着く結論もやはりこうなるんだなあと、興味がさらに増しました。 知識を得るために、教養を得るために読まれていた本は、次第にインターネットでの情報の普及によって読書の役割や立ち位置にも変化があるが、やっぱり本を読む気持ちの余裕は持っていたい。 しかし、今の日本社会の労働に対する構造はそれを阻むような形になってきているという考え方に触れることができて、やっぱり仕事のやりすぎは良く無いなと思いました。

    4
    投稿日: 2024.06.01
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    本の8割がた、明治以降の時代ごとの労働のスタイルとベストセラーとの関係を追いながら、本に求められてきた価値の変遷がわかるようなっている点が非常に面白かった。 その分、なぜ本が読めなくなるのか?というタイトルへの回答は考察はあまりページが割かれていなかったように思う。

    1
    投稿日: 2024.06.01
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    労働と読書の関係性を時代順に考え、現代の働き方について考える本。 何かに全身全霊をかけるのは楽、という筆者の提言にハッとした。賞賛されがちなことだが、その認識こそが自分で自分の首を絞めることに繋がるのではないか。心に留めておきたい。

    2
    投稿日: 2024.06.01
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    労働と読書についてまさか明治時代から振り返るなんて思わなんだ。スケールがでかい。そして先人たちも時代に振り回されて来たんだと切に思った。 今の時代にはびこる呪縛は、ここでもまさかの「全身全霊」。え、それいいことちゃうん?と思ってた私はまさにアホで、それこそバーンアウトした経験を持つ。アホやった。私がアホすぎるあまり仕事に精を出しすぎ、自分自身を削ぎ落としていった。自己搾取のかたまりである。そりゃ本も読めなくなる。『花束みたいな恋をした』の麦の気持ちが痛いほどわかる。なんならパズドラすらできなくなったから。 今でこそようやく回復して本を読めるようになった。著者が訴える「半身で生きる」にわかりみしかない。なんかの本でも昔の偉い人が「人生は余暇だ」みたいことを言ってたから余計にそう思う。仕事だけが、育児だけが、介護だけが、勉強だけが、趣味だけが、人生ではない。 そして『推し、燃ゆ』がめちゃくちゃ読みたくなった。『電車男』も再読したい。電車とエルメス。平民でも誰でも乗れる電車と高級貴族の乗り物である馬車の対比なんて発想はなかったw

    3
    投稿日: 2024.06.01
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    読書を指標として、近現代の労働者のあり方を論ずる本。 表現自体は柔らかいのだが論理の展開が論文調なので読んでいると眠くなってしまった。 ためになる良い本であるが、、、

    3
    投稿日: 2024.06.01
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    読書の歴史を知るにはいいのかもしれないが、ストーリーが綺麗すぎるので、例外を知りたくなった。 本を読めていないことのロジックがしっかり通っているのか、疑問に思った。研究というより、物語な気がした。今時間がある人は本を読んでいるんだろうか?退職した人は本を読んでいるのか気になった。

    3
    投稿日: 2024.05.31
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    本書の帯に書いている「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」というキャッチコピーだけを見て買うにはちょっと待ったで、どちらかといえば“日本人がこれまで果たして読書をしてきたのか”の歴史をあらゆる参考文献を提示して詳らかに話す内容である。なので、本書を手に取る前に一方的に想像して「最近スマホばかりで読書が捗らない…。その悩みから抜け出せる方法が知りたい!」という理由で取ると、すくなくとも176頁以上読み進めないとその類ではない(明治時代や大正時代等の読書は果たしてされてきたかの話が主体)。あとかなり口説く円本の話と、映画『花束みたいな恋をした』のワードを出してくるので、初めの方はそういう内容なのか程度の感想になるが、これを10回20回出してくるので「回し者か!」と突っ込みたくなる。無理やり若者向けにわかりやすく“パズドラ”を天秤にかけイメージしやすくしたい気持ちはわかるけど、せめて章を切り替えたらもうその話はお腹いっぱい。著者が自称本好きの自己紹介があるのだが、確かにあらゆる参考文献を引っ張り出しているので納得できる。参考文献の引用を集めただけで本書の半分を占める(フレーズ新書と名付けていい)。本書のタイトル+帯の言葉が、内容と乖離しているので、「昔の人々は本をどのように至って読んでいたか・果たして読んでいたのか・現在は・今後は」という歴史の本として読むとためになる。

    3
    投稿日: 2024.05.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ・感想 特に目新しい視点がなく、啓発されるところはなし…。 現代人は長時間労働、家庭と忙しすぎで疲れてるから本が読めないということが、日本の労働史と読書の目的の変遷に絡めて書かれてある。 私はこの人が提言する働き方をまさに実行している側の人間なので内容は共感する。 でも具体策は書かれてないし、今の日本人が我が身をすり減らしてるからこそ保たれている(ようにみえている)(恐らくここから崩壊していくけど)簡便で清潔で便利で安全な世界を手放すことになるよ、という事を書いてないのはちょっと卑怯かなと思った。 勿論、制度の変更や技術でカバーできる面もあるだろうけど。 私は「社会全体」としては今より不便になっても不快になっても良い。その代わりに「個人」の幸福指数が高まるのならいいのかな、とは思う。 難しそうだけど。

    8
    投稿日: 2024.05.30
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     仕事をしていると本が読めなくなるのは、読書は「偶然性に満ちたノイズ」、つまり今の自分とは無関係な文脈に触れることになる媒体であり、その文脈を取り入れる余裕がなくなるからだ、だから本を読むことができるくらいの余裕が生まれる働き方をしよう、という話。どんな本が流行っていたかという読書の歴史を、日本人の働き方の歴史を概観しながら振り返る本。  特に面白かったのは「円本」の話かなあ。「円本」というのは「全集」のことで、「現代日本文学全集」、「世界文学全集」みたいなもの。確かに実家、というかじいちゃんの家みたいなところにあったりして、こんな重いのとか何で買ったの、いつ読んだの、みたいな疑問があったが、それが解決した。それにしても、バブル?の時は電車の中で英字新聞をこれ見よがしに読むとか、そういうの流行ったけど、教養に近づくことが労働者階級ではない自分を演出する手段だった時代、というのが昔は確かにあったのだということが分かって面白かった。  そして最後に「新自由主義」の話とともに結論が述べられるが、つまり「個人の誰もが市場で競争する選手だとみなされるような状態であるため、自己決定・自己責任が重視される」(p.213)時代にあっては、自分が取るべき行動について役に立つ情報を得ることを重視しがちなので、読書のように仕事に関係のない文脈に触れる余裕がなくなる、ということだろうか。確かにこの「新自由主義」的発想、というのはおれもどっぷり浸かっている発想だし、おれは教員だけど生徒にこういう価値観を植えているかもしれない。行動し続けること、自己決定が自分に幸せをもたらすこと、自分の将来の貯金を作ることの大切さ、のような話を文理選択を前にした高1に話しているし。そして著者自身もこういう考えには肯定的だし、おれも読書をやめる人ではないし、と考えると、著者の考える理由はちょっと違うんじゃないかなあと思った。  つまり、やっぱりスマホやネットの存在、何でも「情報」になる、カスタマイズされる、消費の対象となる、そしてその消費する対象が永遠に存在し続ける、そして手軽に簡単に消費できるコンテンツの存在、が一重に今の人が読書しない原因じゃないかなあ。だって少なくともスマホとネットがなくなったら今の時代の人だって忙しくても読書すると思うんだけど。帯には「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」とあったので、てっきりなんで「疲れている時にスマホを見てしまうのか」という分析が述べられるのかと思ったら、そういう話は中心ではなかったことが、ちょっと思ってたのと違った。  読書の歴史、労働の歴史は面白いが、読書離れについては、仕事のあり方の問題だけで論じることのようには思えず、まして「半身で働こう」と提唱しているが、半身で働いてもスマホとゲームをいじる人が増えるだけなんじゃないかなあ、と思い、本全体の切り口を変えた方がいいんじゃないかと思った。(24/04/29)

    4
    投稿日: 2024.05.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「半身で働く」とい言葉が印象に残っています。 働いていると疲弊してしまい、あなたの文化が失われてしまいます。スマホでSNSを眺めているうちに、趣味が失われてしまうことがよくあるかと思います。 人類の歴史から紐解いて、なんで働いていると本が読めなくなるのか。その謎に迫った1冊でした。

    3
    投稿日: 2024.05.29
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    日本人の読書の関わりを歴史から振り返る。 「花束みたいな恋をした」でのエピソードがよく引用される。それほど現代の日本を象徴したエピソードだったのだと思った。(映画は未視聴のため今後見る) 最後に作者から提案があったが、これは持ってるものの意見ではないかと感じた。前述の映画でいえば、絹の意見だろう。 仕事が忙しければ半分の力で仕事をすればいい、それが出来れば苦労しない。 もちろん、こう思うことさえ資本主義の魔力なのだと思う。ただ苛烈な競走社会にあってただ一人半分の力で仕事するのは、とても難しいことだと思う。

    3
    投稿日: 2024.05.29
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    時間管理術の本かなと思いきや、明治時代からの労働と読書の関係から社会人にとっての読書の位置付けを考える展開。 ノイズを受け入れられない余裕のない状況が、読書という偶然に満ちたノイズありきの趣味を遠ざけているというのは納得!

    6
    投稿日: 2024.05.28
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    2024.07 購入 サークルの先輩がストーリーにあげていて気になったので購入 あとあと聞くとその先輩の大学の同期で仲良いらしく飲みに行く仲らしい、すごい キャッチーなタイトルとは裏腹(までは言い過ぎかもやけど)に途中までは日本史を学んでいるのかと思うほどの労働×読書の歴史が明治から現在に至るまで書かれている 昨今のファスト教養・映画のような効率的な摂取が好まれる世の中で、読書のような自分の欲しい文脈以外のもの「ノイズ」が含まれるものは摂取しずらい ただ他人の文脈を経験するというノイズこそが仕事に忙殺されない術なのではと語られる 著者は最後に働きながら本を読める生活とは 「半身」で働くことだと説く 全身全霊で働くことを賞賛するのをやめませんか?と 自分は元来物事に全身全霊で熱中できないのを少しコンプレックスに思っていたけれど、現代を生き抜き、趣味を楽しみながら働くという文脈においてはなかなか重要なスキルなのかもしれないと感じた これはあくまで「読書好きが働きながら読むために必要なこと」であり、元来読書に興味が無い人には刺さらないのだろう 分かったようで理解し切ってはいないと思うけど、とりあえず半身で生きていって、気楽に読書を楽しみましょう

    6
    投稿日: 2024.05.28
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    読書なる行為の歴史がどう変遷してきたか、価値観がどう変遷してきたか、とても納得。面白く興味深く、一気に読めました。 何かをやるときは常に全力投球を求められているような気がしていたが、時代に刷り込まれていたのかな。と思って自分の価値観というか考え方を少し客観的に見ることができるきっかけになりました。もう少し「半身」でもよいのかもしれない。 とはいえ、客観的に見たところで自分はどうするのか、これまた悩みは深い。

    3
    投稿日: 2024.05.28
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    まさに今自分がこのタイトルの状態だったので、興味を持って購入した。通勤電車、30分以上あるんだから読もうと思えば読めるし、いつでも文庫本はカバンに入っている。でも結局スマホをいじって終わる。寝る前の時間も同じ。 結局、どこかで仕事での心配ごとや不安、失敗したことなど常にぐるぐる考えてしまって「半身」になれていないんだろうと思う。 著者が提唱するような社会になって、皆が半身で生きられたらもっと幸せに暮らせるだろうな。

    16
    投稿日: 2024.05.28
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    労働と読書についてまとめたものとしては秀逸な作品だけど、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」というところにあまり繋がってこないところが、論の運び方としてぎこちなさを感じる。

    2
    投稿日: 2024.05.27
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    「本が好きだったはずなのに、読めない!」という著者自身の経験や映画「花束みたいな恋をした」への共感を緒に、近代以降の日本の出版&読書史と労働史をふり返りながら、日本人はどうやって働きながら本を読んできたのかをたどり、現代の私たちがなぜ働きながら本を読むことに困難を感じているのか(労働と文化を両立できる働き方・社会とは?)という問いをひもとく、とてもおもしろい一冊。 明治の昔から自己啓発系の本は売れてたんだなあというのは発見で、形を変えながらも「教養」と「娯楽」の関係は揺れ続けていたのだとわかり、昨今の古典不要論などもこの文脈の上にあるのだろうと思えた。 あとがきの「働きながら本を読むコツ」のうち、私の場合、①は積ん読の山が一生分あるのでほぼ無用(すでに実践中とも言える)、③と④と⑤は実践中で、⑥もまあそうかもしれない。最重要なのは、やっぱり家事+労働に費やすエネルギーをセーブして半身で働けるような生活にすることなのだろうけど、これがなかなかの難問なんだな…(著者と違って、働かないで暮らしていけるならそうしたいとずっと思って生きてるのだけど)

    8
    投稿日: 2024.05.27
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    「花束みたいな恋をした」を、「私たち文化的なシュミがいいでしょう?」っていう(いけすかない)自意識の男女が恋をして別れる映画としてしか見ていなかったので、本書で繰り返し出てくる場面についてはそこまで注目していなかった。ああ、そんなこともあるよね、と。 自分も振り返ってみると、小説が読めなくなった時期があった。厳密に言うと、ページをめくってはいるが、目は文字を追っているだけで、内容が頭に全く入ってこない時期があった。その頃といえば社会人になりたてで仕事を覚えるのに必死だった頃だ。 そういうわけで、著者の指摘は自分自身と重なるところがあり、なるほどと思った。 ちなみに自分の場合はあるとき突然「読める」感覚が戻ってきた。内容がわかるようになり、文章にかかれている情景が頭にちゃんと浮かぶようになった。 その頃はやはり仕事のやり方をひと通り覚え、余裕が出てきた頃だったと思う。

    3
    投稿日: 2024.05.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    もっと、なぜ本が読めなくなるかを書いてる本かと思ったけれど、途中から読書に関しての近代の歴史も入ってくるし…と読んでいたがまとめがすごい。2010代のことをずばり言ってくれてる。 疲れた時は頑張って読まなくていいんだ、新しいことを取り入れる余裕のない時は読まなくていいんだ、頑張って全てに全力にならず、「半身」で働いて、そしてノイズのになる読書すりゃいいんだ。すごくまとめがスッキリした。読んでよかった。

    3
    投稿日: 2024.05.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    激刺さりーッ! なんかスマホゲームに数十分かけてた自分にハタと気付き、取り敢えず辞めてみました。 (よく取り上げられた『花束みたいな恋をした』の麦君の姿に重ねてしまったのかもしれませんが…) 『自分から遠く離れた文脈に触れることーーそれが読書なのである』 『そして、本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がない、ということだ。自分から離れたところにある文脈を、ノイズだと思ってしまう。そのノイズを頭に入れる余裕がない。自分に関係のあるものばかりを求めてしまう。それは、余裕のなさゆえである。だから、私たちは、働いていると本が読めない。』 『仕事以外の文脈を、取り入れる余裕がなくなるからだ。』 上記記載に集約されていたと思いますが、なるほどと思いました。 読書の価値は、人それぞれですが、太宰治の学問に関する名言を思い出しますね。 『学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。』 こんなの読んでも意味がない、時間がもったいない--なんていってると、かえって狭い視野に陥りそうです。読書は絶対、ではないかもしれませんが、いろんなことをみて、きいて、自分なりの豊かさをみつけたいなと思います。 そして、作者は、最終的に全力で働くのではなく、ゆったりと半力で働く世界が望ましい、ということを投げかけています。 望ましいですね〜、自分も価値観には同意です。 ただ、そのために是正されるべき、いろんな問題が山積みになっているところまでは触れられていないので、そこのところを自分も他の書籍や情報源に触れて、考えてみたいと思っています。

    12
    投稿日: 2024.05.27
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    釣り傾向のタイトルに対する回答が気になるのであれば、後半の該当章を読めば良さそう。 この書籍の大部分は、日本の労働史と時代時代のベストセラーを関連させながら、労働者の読書目的や社会的な位置付けの歴史的な変遷を考察して追いかけることです。 今まで考えてみてもなかったことなので、「知らない文脈に触れる」という刺激になるのでは。 また、著者の最終的な主張は最終章で語られますが、「全身全霊で働くことを称賛する風潮の再考」です。 思いが先行しており、そこに向けた道筋を提案するものではありませんが、この書籍を求めるような読者であれば首肯すること疑いないでしょう。

    5
    投稿日: 2024.05.26
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    タイトルからはちょっとイメージしにくいけど、中身は読書史と労働史をからめた内容の本。 なぜか働いているとスマホゲームはできるのに、読書はできないという悩み(?)から始まった本作だけど、まさか明治時代までさかのぼるとは思っていなかった。 タイトルの結論からいうと、仕事に全振りしてしまっているから、つまり忙しすぎるからということなのだろうけど、全振りせずに半分を仕事にささげようとすることで読書ができる働き方になってほしいという内容だった(どうすればそうなるかは書いてない) ようは、ワークライフバランスな社会になっていくと、読書をする人が増えるのだろうなということだ。自分はどちらかというと本を読んでいるほうだと思うけど、それは仕事に全振りしてないからなのだろうなと思った。 なお、最近の日本人は長時間労働が問題になっているけど、どうやら戦前から問題になっていたらしい。昔から過労死ってあったのだろうか。 明治時代にベストセラーになった『西国立志編』という本は初めて知った。いわゆる翻訳された自己啓発本だったらしい。自己啓発本が売れるって、案外今と変わらないのだなと。 明治時代の話では、「修養」という言葉がでてくるのだけど、まさに自己啓発的な意味合いだったらしい(『教養』とはまた違う意味だそう。自分も初めて知った)。 本題とずれるけど、1911年の石川啄木の詩に『飛行機』というものがあるのだけど、そのころから飛行機というものがあるのかと驚いた。ライト兄弟が飛行機を飛ばすのに成功したのが確か1903年だけど、日本も1911年で飛行機と呼べるものがあったのか。 司馬遼太郎が、「経営者やビジネスマンが、私の書いたものを、朝礼の訓示に安直に使うような読み方をされるのはまかとに辛い」なんてことを言っていたということにちょっと笑った。経営者に好かれる小説家というイメージだけど、本人はあまりビジネスに結び付けられるのをよく思ってなかったということなのかな。 後、教養について、「本質的には、自分から離れたところにあるものに触れることなのである」と書いてあって「なるほど」と思った。ある意味、人とのコミュニケーションを深めるための知識ということなのかな。そういう意味では、どうしても後回しにしがちなことなような気もする。

    4
    投稿日: 2024.05.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    学生時代に比べて今は本を読まなくなったので以前から気になっており本書を読むことに。 私の簡単のエピソードをば。 高校生のときは小説を中心に読んでいましたが、大学生あたりで専門書や技術書、それにまつわる本ばかり読むことが増えました。 社会人になってから特に自己啓発本を読むようになりました。 そんな経歴であることをぼんやり思いながら読んでいました。 社会人になった今は、仕事に直結する内容を無意識に選定する要件に入れていたのかもしれません。本書でいうところのノイズを毛嫌いし、情報を漁るような読み方になっていたのだと思います。 本屋で気になった本を手に取り、予定していなかった本を買うことも好きなのでノイズは拒まずに摂取していきたいと思いました。 また、全身全霊になりすぎずに片足をつけているぐらいのつもりで生きる・・・実践してみようと思います。

    4
    投稿日: 2024.05.26
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    労働史と読書史の関係性は自分自身のそれをなぞるようで感慨深かった。刷り込まれてきた仕事に対する考え方をどうupdateするか試していきたい。

    3
    投稿日: 2024.05.26
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    著者の「読書」愛が滲み出てきている作品と感じました 読書(労働)史を振り返ることで、年代ごとの働き方の意識が垣間見えるのが面白いです 「本を読むことは、働くことの、ノイズになる」(7章)はショックでしたが、「仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れること」(9章)ができるような働き方ができると良いですね

    2
    投稿日: 2024.05.26
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    「知識」と「情報」の違い、ノイズの考え方等、なんとなくモヤモヤとしていたことが言語化されていてよかった。 趣味に関する話題でよく聞く「〇〇なんて人生の役に立たない」「無駄」という言葉に対する一つの答えが書かれているのかな、という印象。 最終的な答えは昔からよく言われているようなところに落ち着いている感があるが、そこに至るまでの労働感×読書論 がおもしろかった。

    2
    投稿日: 2024.05.26
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    「読書とはノイズである」と言い切る筆者の考え方、そして最終的に行き着く本書の結論は非常に腑に落ちた。なぜ自分は読書をしたいのか、なぜあの頃の自分は本を読めなかったのか、それぞれの解答を貰った感じ。これを踏まえてさぁどう働くか。

    2
    投稿日: 2024.05.25
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    共感は呼ぶだろうが、内容には納得はなかった。 とくにインターネット情報の方がノイズがないから本よりそちらに流れたというあたり。みんな仕事で疲れてますよねという話は、それはそうと思うが。 本書にて2020年代の話として『推し、燃ゆ』に触れられるが、現代でも働きながら元気に推し活している人はたくさんいる。推せるものの種類が増えて読書推しが割合として減っているのではないかというのが個人的な印象。 単に推し活でいいと思うんだよね読書。作者推し、ジャンル推し(それが新書やノンフィクションでも構わない)新刊すぐよむもいいし、気になったのだけでもいいし。そんで読んで、おもしろかった、あそこはこうだったとか言ったり周りに布教したり。 本書の半分ほどページ数割いて展開される、日本の近現代書籍カルチャー振り返りは(これが著者の主張にプラスなのかは分からなかったが)興味深かった。

    11
    投稿日: 2024.05.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読書しながらヘルシーに働こう。 思っていた結論とは違うところに辿り着いたけれども、なかなか面白い結論だった。労働のせいで読書ができない。その自覚は自分にもあった。長時間労働で本を読む時間がない。そう思ったこともあったけど、SNSで虚無に過ごす時間はあった。それはなぜか。この本で面白かったのは、本が読めない理由を探すために労働と読書の関係の歴史を辿ったところである。 日本はずっと長時間労働をしていた。でも読書をしていた。それは読書がもたらす「教養」が、労働にとってプラスだったからだった。「教養」には常に知識層から知識を得られなかった層への蔑視を含んでいた。また、知識を得られなかった層の知識欲は読書から得る「教養」によって満たされていた。だから人は読書していた。しかしそのような「教養」ではなく、経済の波に乗ることが求められるようになった現代では、必要なのは文脈を持つ「知識」ではなく、ノイズの除去された「情報」である。疲れている人はノイズに耐えられない。だから本が読めない。 自分の知りたいことを求めるならインターネット、検索すればピンポイントで出てくる。本から知りたいことだけ探すのは、ちょっとめんどくさい。電子辞書が出てきたときに紙の辞書を勧めていた先生は、その利点を周囲に書いてあることも一緒に視界に入るからだと言っていた。今は必要とはしていない、自分と遠い内容、ノイズ。ノイズがあることを受け入れられる余裕があるか。本書の展開はそこから急にカーブを曲がったように感じた。 全身全霊で働いているとノイズを受け入れられない。だから「半身」で働こう。「半身」で働ける社会にしていこう。著者本人が述べているようにそのための具体的方策は書いていない。本書に何度も出てくる『花束みたいな恋をした』の麦はそれでも学生時代は文化的趣味を楽しんでいた。労働する前から読書に出会わなかった層は、ずっと読まないのだろうか。子どもの頃からパズドラを楽しんでいたら、「半身」でも読書しないのでは。 読書論を読むといつも「読書は万人に必要なのか」を考えてしまう。読書の効能はどれくらいのものかと。この本でいう情報を受け取れる力があればよくて、読書だけに限定しないけど文化的趣味は別にいらない人にはいらないのでは、と。これはまた考えていこう。読書しているうちにまた考える材料は出てくるだろう。

    3
    投稿日: 2024.05.25
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    ほとんどの部分でぴんと来なかった。世代が違うからなのか。読書についてのこれまでの時代ごとのまとめも、自分の生きてきた世界とは別の話のように思える。

    1
    投稿日: 2024.05.24
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    働くと本が読めないなと思っている人だけではなく、本を思うように読めず、スマホなどに時間が持っていかれる人全員に読んでほしい作品だと思います。本がなぜ読めなくなってしまったのかをうまく言語化していてああそうだったんだという納得感がすごかったです。本書は明治時代から現代まで読書にどういった意味があったのかを語られていて、とても勉強になりました。またこの本を読むことで頑張って生きすぎなければいいのだと思い、救われました。

    3
    投稿日: 2024.05.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    新刊情報を見てから、ずっと楽しみにしていた本。(なぜなら、わたし自身、働き始めて本が読めなくなったから) ・明治・大正は、仕事に必要な教養を手に入れる手段が読書だった。 ・現代は、情報を効率的に取捨選択し自分の行動を変革することが称賛される故、ある意味不必要な情報が入ってくる読書はノイズになる。 ・スマホなら見れちゃうのは、自分に必要な(興味のある)情報以外が出てきにくいから。 なるほど。言われてみれば当たり前だし、結果的に出てくる提言も別に新しいことを言っている訳じゃないけど、読書史と絡めつつ働き方との関係に触れつつ言われると「確かにな…」と思う。 えげつない仕事量だとしても読書できる人もいるわけで、結局、自分が仕事に対してどう思っているかが読書量に反映されるのかもしれない。 と考えると、「本を読める」は仕事と生活の一つのバロメーターになるかも。

    1
    投稿日: 2024.05.24
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    読書は必要な情報だけを直球で与えてくれるインターネットやSNSと違い、様々な文脈を考慮したノイズが入って来る。ここに、読者の真髄もあるが、これが出来なくなっている人が増えていることには、日本社会、引いてはグローバル資本主義、新自由主義が人間に要求する「トータルワーク」の文化にある。全身を仕事に捧げること、高校野球に捧げること、家事育児に捧げること、それが賞賛される日本の全身全霊文化は人の人生を壊すうつ病を引き起こす。日本社会は戦後の歩みの中で、円本や文庫本の普及の中で教養として、大学以外の学問欲求の昇華手段として読書を文化にして来た。しかし、現代の日本が、資本主義が要求する「トータルワーク」ではノイズが入る読書を楽しむ余裕を生み出さない。半身で生きることが奨励される文化が、日本を変えると筆者は筆に力を入れる。

    2
    投稿日: 2024.05.24
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    働き方、の時代背景と共に読書や娯楽について順を追って書かれているので読みやすいです。 映画、「花束みたいな恋をした」の登場人物からみえる働いていると本が読めなくなるという話。 そこから展開していく日本の働き方。 まさに本が読めなくなった人に読んで欲しいと思いました。 本を読むことって素晴らしいなって。 働く事に全身全霊でいくのがかっこいいとは思うけれど、余暇も大事にしたい。 知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かってない。何を欲望しているのか、私たちは分かってないのだ。 自分から遠く離れた文脈に触れること。

    2
    投稿日: 2024.05.24
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    タイトルにしっかり釣られて購入。 私の場合、「私の周囲にいる同僚や友人は何故本を読まないのか」という疑問を抱いている。恥ずかしながら、私は部署で最も残業が多い。テレビも見ないしゲームもしない。毎日の通勤電車の中で読書するルーティンがストレス解消になっている。1970年代のサラリーマンのようだ。今も通勤電車の車内にいて、周囲を見渡すと、座っている人は全員寝ており、立っている人はスマホをいじっている。1割の人が読書をしているようだ。 本書では労働者と読書との関係「日本人の読書歴史」を、明治時代から順に丁寧に解説している。立身出世を目指す若者が読んだ本、労働小説(お仕事小説)の登場、女流作家の登場、自己啓発書の流行など、面白い。そして筆者は「2010年代では、読書はもはやノイズ」と述べている。ショックだがこれが現実。 全身全霊の働き方、生き方が求められる日本社会で、日々余裕が無くなった現代人が、コントロールの出来る要素(低負荷要素)のスマホゲームに没頭したり、すぐに答えの得られる動画コンテンツや自己啓発書に群がるという著者の推論は予想通りだった。「忙しくて読書ができないがパズドラはできる」若者の例は滑稽であった。 現代の読書離れの原因が、必ずしもスマホ等情報媒体の進化だけでは無いと思う。そりゃ忙しくなれば他人に興味は持てなくなるもの。偶然性の情報(本書で言うところの、ノイズ)の中から新たな知見を得ることだって、読書の魅力である。それは、見知らぬ人に出会い、予期せぬ話を聞いて楽しむことと一緒ではないだろうか?

    51
    投稿日: 2024.05.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ン、、、ン〜〜っ⁉️最後のほうが腑に落ちなくてモヤモヤ…… 大正から令和にかけて10年ずつに区切って人々の労働環境と出版や売れ筋の傾向を整理していくのがメイン。最後にまとめとして筆者なりの問題提起と提言がなされるのですが……「半身で働く」ことができないから皆この本に縋っているんだヨォ……となってしまった。ちょっとぶっつけ感のある締めくくりだった。何より、新卒で働いていた会社を辞めて専業の書評家になった三宅さんから、「麦くんも働きながらイラストを描けば良かったのに、と今でも思っている(表現曖昧です)」という言葉を聞きたくなかったなぁ……と。本人の労働への向き合い方が問題なんじゃなくて、こんなに働いても十分にお賃金が貰えない社会設計がおかしいんだよ……って思うけどな……まぁそれを承知の上で書かれているんだと思いますが……。税金下げようよ……。 ベストセラーの分析(恋愛から労働へとか)は、なるほどな!と思うことも多く勉強になった。でも、三宅さんなりの分析はざっくばらんなことがたまにあったように思う(『ノルウェイの森』『窓際のトットちゃん』『サラダ記念日』の3冊のベストセラーの理由を「私語り」でくくるのはちょっと強引すぎないか!?あと、さくらももこのスピリチュアルな面については社会情勢以上に個人の生い立ちが関係している気がする)。 色々書きましたが、これだけ長く資料の多いトピックについてコンパクトかつ読みやすくまとめた筆者の労力にまずは感謝。Twitterでも話題だし、読書の在り方というトピックについて身近に語るきっかけになったという意味では非常に意義深い1冊。

    3
    投稿日: 2024.05.23
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    「読書はノイズである」というのはとても腑に落ちた。 ノイズってどういうこと?と思った方はぜひ読んでみてください。

    2
    投稿日: 2024.05.23
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    タイトルに惹かれて購入。 読みやすいけど、タイトルに対する回答に物足りなさを感じた。 後半は労働に対しての考え方、取り組み方について記載されてた。

    11
    投稿日: 2024.05.23
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    今の時代自分を追い詰めて頑張ってる人が多いのも、そういう働き方の仕組みだったからなのかと背景を知ることができた。

    2
    投稿日: 2024.05.23
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    まず、浅学者としては、労働史と読書史を過去から現代まで俯瞰するという体験に終始ワクワクしていた。 作者はバリキャリ志向に傾きがちなバイタリティ溢れる女性でありながら、本の虫という珍しいタイプだけど、その個性が存分に発揮されている。 ただ日本の現状を鑑みれば、仕事に半身だけ浸かるというやり方は、中産階級以下にとっては経済的自立から遠ざかることになりかねないと率直に思う。

    1
    投稿日: 2024.05.23
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    自分が置かれている状況そのものズバリを表したタイトルに目を奪われて購入。日本の近代史を振り返りながら、労働と読書の関係性を辿る論著。各種文献からの引用が多数を占めており、借り物の言葉で埋め尽くされた印象は拭い切れないが、著者なりの言葉で労働と読書の両立法を定義しようとする姿勢は好印象。特に『読書=ノイズ』という表現は妙にしっくりきた。私の場合、仕事に割り振るリソースが多くなるほど、限られた余暇を欲しい情報だけが手軽に手に入るネットに費やしてしまうきらいがあり、ノイズを愉しむ精神的余裕が切実に欲しいところ。

    2
    投稿日: 2024.05.22
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    半身で働こうというメッセージにとてもとても共感した。そうしたいと、ずっと思っていた。 生活・自立・社会への役割としてお金になる仕事もしたいけど、自分がいきいきと生きるための時間(美術に触れたり創作したり、旅行に行ったり、大事な人と過ごしたり)も大事にしたいです。 明治頃は教養を身につけることで自己実現をし、現代は働くことで自己実現をすることを目指すような状況があることの説明によって、なぜこんなにも仕事に価値や重きが置かれているのかとても理解出来た。 読んで良かったです。

    3
    投稿日: 2024.05.22
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    「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。 「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。 自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。 そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは? すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。 最終的には、労働にどう向き合うかについて書かれた本だった。

    21
    投稿日: 2024.05.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本屋さんを何件か回ったけど、なかなか出会えずAmazonで購入。 インターネットはノイズを含まない解が出るのに対して、読書には多くのノイズが含まれているというところに考えさせられたなぁという感想。 自分はYouTubeや音楽でも自分のお気に入りのアーティストばかり見たり聴いたりしてしまうし、本だってミステリーばかり読んでいた。 なんか無意識的にノイキャンしてしまってるのでは?と思って、それはもったいないからいろんなところから情報を入手できるように心がけようと思えた。

    2
    投稿日: 2024.05.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    思っていた内容と少し異なっていて、拍子抜けな感じと、目からウロコな感じと、両方味わうことができて、大変良かった 取りあえず、「全身全霊で働く」ことをやめ、「半身で働く」ことから始めてみようと思いました

    2
    投稿日: 2024.05.20
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    この本は読書と仕事と人間の関係性というアプローチから、現代人の病理みたいなのを分析している面白い現代人、現代社会評論でした。(長文でしっかりレビュー書いたのにボタン押し間違えて消えて、二回目書く気なくなったのでこの程度で。)

    2
    投稿日: 2024.05.20
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    タイトルが気になったので、手に取ってみた。かなり話題の本のようで、同じような思いや悩みを持っている人は、多いのだろう。 ネットの役割を十分に評価した上で、それでもネットにはなくて本にあるものは、自分の知りたい情報以外の何かだと著者はいう。著者はこの何かをノイズと名付ける(関連して、「教養とは、本質的には、自分から離れたところにあるものに触れること」という著者の定義は、カッコいいと思う)。 要は、今は忙しすぎてノイズに触れる余裕がない。しかも厄介なのは、強制ではなく「自発的」に働きすぎてしまう社会になってしまっていること、というのが著者の結論。本を入り口として働き方を考えさせられる1冊になっている。 ほか、高度成長期の司馬遼太郎ブームや、1980年代のカルチャーセンターブームの背景など、興味深い議論が色々と提示されている。

    29
    投稿日: 2024.05.20
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    さまざまな事例を引きつつ、日本における労働の歴史を紐解きつつ、「読書」という行為の持つ意味や労働との関連を考察する。序章冒頭の「花束みたいな恋をした」からの例、「パズドラしかやる気しないの」に頷きまくる諸氏も多いのではないか。「全身全霊で働く」蜜のような味から、「半身で働こう」へと。身に沁みた本。

    2
    投稿日: 2024.05.19
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    日本における読書の位置付けを「働き方」と「労働者の悩み」を軸に歴史的に振り返る。 読書が立身出世という概念を啓蒙する形で広まったのち、地位獲得やコンプレックス解消のために用いられていた時代から,徐々に教養の大衆化が進み、企業・社会が自己啓発を求め出すことや、地位獲得における教養の方がコミュニケーション力に取って代わられるに連れて、徐々に読書の中心も自己啓発書にとって変わって行った。 その中では、以前は前提であった立身出世や,地位獲得自体の相対的な価値が低下して、外的環境から守る自己実現の重要性が強調される。 自己啓発書はノイズを排除する役割であるのに対し、人文書や文芸書はノイズを生成する役割を果たし、後者はゆとりがない人には難しい。しかし、ノイズない人生が楽しいのかというのが筆者の問題提起。 自己啓発書の背景にある外的環境から独立した自己実現は結果として、格差の解消などの構造的な背景を後景化するし、個人の対策である立身出世を過度に否定すると言えば,現状の固定化に寄与する側面もあると思った。 これはまさに、麦と絹の関係性にも現れており,その点でも「花束みたいな恋をした」は示唆深い作品だったといえるのかもしれない。

    3
    投稿日: 2024.05.19
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    「教養」と「情報」の違い。それがノイズの有無で決まる。 なるほど!と思った。現代社会の忙しさの原因分析も説得力がある。

    2
    投稿日: 2024.05.19
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    まさにそう。好きな読書、疲れ過ぎて、カバンに本を入れていても、取り出せない、読めない、スマホをペラペラめくる。読み始めても、スマホのSNSの方が楽....。頭と心に余白が欲しい。

    9
    投稿日: 2024.05.18
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    ノイズ。今欲しいのは情報であって、読書体験はノイズを含むという表現が、わたしのモヤモヤをスッと言語化してくれた。 花束みたいな恋をしたの麦の引用がたくさん出てきて、わかりやすいし、納得することが多くて、首を縦に振りまくりながら読み進めた。 別に読書論を語る本ではなくて、現代の労働についての問題を読書を通じて考えさせられた。 仕事で疲れた時は、この本を読み返そう。

    3
    投稿日: 2024.05.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    今話題になっていて、読書に関する内容だったため、久しぶりに新書を読みました。 タイトルの答えとしては、仕事のしすぎで読めなくなるから。だから半分の力でやろうよというところで終わった気がします。 解決策を求めようとしてこの本は読まないほうがいいかもしれません。でもこれからの時代の考え方に加え、読書と労働の視点で説かれる論を知ることは読んでよかったと思いました。

    2
    投稿日: 2024.05.18
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    メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1791675546721722615?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

    3
    投稿日: 2024.05.18
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    オビの「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」の文字が大きく目立つが、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』がタイトルである。 スマホが脳に与える悪影響についての内容を予想して読み始めると意外や意外の球筋で、日本社会のあり方を論じている。 語り口はクセがなく平易。本好きの著者自身が、就職した途端に本が読めなくなった。その理由を博覧強記の読書歴を元に掘り下げていく。ひたすら掘った成果が本書である。 労働と両立させたいと願う個人の文化生活が、著者にとっては本を読むことだった。日本の読書史を労働史に重ね合わせ、明治時代に遡って論じる射程の長さと目配りの良さが両立している。 働きながら人間らしい文化的な生活を送るためにはどうしたら良いか。著者が巻末に置く提言は、国が推し進める働き方改革とは似て非なるものである。 2024年のベストセラーに入ってほしい。

    14
    投稿日: 2024.05.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    以前に読んだ「映画を早送りで観る人たち: ファスト映画・ネタバレ-コンテンツ消費の現在形」と関連した話で非常に面白かった。かつ、今の自分に響く内容も多かった。 【読書と優越感】 「自分が学ぶ動機付けを持った人間だと思いたい一心で、あれこれの勉強を買い漁る」という言葉は非常に今の自分に刺さった。成長意欲、自己実現欲求はあり何者かになるために技術書やビジネス書を買い漁って読んでいるものの、大して成長できず結果も出ない状況に日々焦燥感を感じている。 いつの時代も、本流でない場所で学ぶ人々には蔑みの視線が向けられている。かつてのカルチャーセンターから今日のオンラインサロン。「エリートによる優越感からくる攻撃」はエンジニアでもよく見られ、プログラミングスクールへの視線も似たようなものである。 【仕事と自己実現】 長らく、やりたいことを仕事にする、仕事で自己実現する風潮なんて無かった。かつては働かなければ生きていけず、人々は生きるために働いていた。教養よって自己実現・自尊心を保っていた。しかし、今日ではやりたいことを仕事にし、仕事で自己実現することが推奨されている。 仕事への過剰な意味付けにより、無謀な夢を追いかけて困窮したり、働きすぎで鬱や過労死が生まれている。 能力主義が神聖化されることで、「頑張れば何でもできる≒頑張らなければ何にもできない」という価値観が形成されてしまい、疲れるようになってしまった。 仕事による自己実現や能力主義による努力の推奨が段々強くなるにつれて「何事も全力でなければならない」という価値観が生まれてきてしまった。全力でやるのは楽しくはあるが、何事も全力でやるのは疲れすぎるし、全力で出来ないことを切り捨てることになる。それはそれでどうなの?とは思える。 【感想】 ・一歩引いてみて、仕事で自己実現なんてしなくても良いやと思っても良い ・「死ぬほど全力でやっている1つのこと」も大事だけど、たまーにやる楽しいこと、テキトーにやってる楽しいことをたくさん持つのも良いことだ

    8
    投稿日: 2024.05.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

     各方面で話題になっており内容が気になったので読んだ。超キャッチーなタイトルだけれども中身はかなりカッチリしていた。労働史と読書史をかけ合わせ、定性的かつ定量的なアプローチにより日本における読書の受け止められ方を分析、さらには読書ができる社会環境の提案にまで至る良書だった。  労働、読書の歴史を交互に紹介しつつ著者の考察がその間を繋ぐように展開される構成。一番オモシロい点は映画『花束みたいな恋をした』のシーンが起点かつ通底するテーマとなっているところ。シーンの概要としては、主人公が「本は読めないしパズドラしかやる気がしない」と喝破するといったもの。映画を見た人にとって非常に印象的で語りしろのあるシーンである。タイトルのキャッチーさに比べると史実ベースなので結構重たく感じるものの、随所でこのテーマが差し込まれること、また著者の口語調の軽い文体もあいまって読みやすくなっていた。  まず読んで驚いたのは自己啓発的な概念が最近生まれたものではなく明治の頃からあったということ。しかも自己啓発書を読む人を蔑む視点までセットで存在したなんて信じられない。短期的か長期的はさておき、何か自分にとって役立つ可能性にかけて読書する。そして読書している自分という自意識まで。このあたりの認識が昔から変わっていないことを修養、教養をめぐる一連の歴史や爆売れした円本の話を絡めて分かりやすく解説してくれている。印象論ではなく丁寧に文献にあたっている点に敬意を抱いた。  社会環境に影響を受けて売れる本が変わってくること、特に本著では労働環境にフォーカスして考察しているわけだが、司馬遼太郎を読んでいた時代から自己啓発書の百花繚乱時代まで労働に対する価値観が与えている影響を強く感じた。「教養さえあれば」「行動の方法さえわかれば」といったように手軽に人生を変えたくて読書する層はいつの時代もマスとして存在することが理解できた。  SNSを中心にネットを見ることはできるのにどうして本を読めないのか?という論点ではノイズの有無がキーワードになっていた。読書は未知かつ雑多なノイズを含むのに対して、ネットでは必要な情報が選別されておりノイズが含まれないことが多いから。また本を読むより手軽に情報を得られることも影響が大きいだろう。これらに加えて自分に必要な情報に対する偶然性を期待している点もあると思う。読書におけるセレンディピティをもちろん愛しているが、SNSのガチャ的な要素はギャンブルと同じでどうしても反応してしまう。直接関連するわけではないが、以下は今の社会を象徴するような内容だった。 *〈インターネット的情報〉は「自己や社会の複雑さに目を向けることのない」ところが安直であると伊藤は指摘する。逆に言えば〈読書的人文知〉には、自己や社会の複雑さに目を向けつつ、歴史性や文脈性を重んじようとする知的な誠実さが存在している。  しかしむしろ、自己や社会の複雑さを考えず、歴史や文脈を重んじないところ――つまり人々の知りたい情報以外が出てこないところ、そのノイズのなさこそに、〈インターネット的情報〉ひいてはひろゆき的ポピュリズムの強さがある。  従来の人文知や教養の本と比較して、インターネットは、ノイズのない情報を私たちに与えてくれる。* 読書を通じて積極的にノイズを摂取することで日常と異なる文脈を取り入れる重要性も説かれており、自分自身はまさにそのために読書しているところがあるのでよく理解できた。  終盤に著者が提案する「半身」の考え方も今の時代にフィットするものだ。若干清貧に近い価値観なので新自由主義者などは納得しづらいだろうけど、社会全体でバッファーをもって生きていく必要性は子育てしているのでよく感じる。全員がパツパツまで追い込まれる必要はなく余裕のある社会になったとき人は本を読めるという主張に大いに納得した。近年では仕事を自らのアイデンティティと捉えてノイズを極力除去し自分のコントーロラブルな範囲でアクションにフォーカス、余暇はあくまで自分の外側にあるものとする価値観が跋扈している。そんな最適化の先に待つ未来において精神的な豊かさは残っているのだろうかとも考えさせられた。これからも読書できる環境を整えていきたい。

    16
    投稿日: 2024.05.15
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    自分から遠く離れた文脈に触れること=読書である故に、遠くを知りたいと思う余裕がないと読書が出来ないというのは肌感覚に非常に合致する。 過去から続く日本人の読書との向き合い方から導き出された著者の読書論は読んでいて楽しかった。

    6
    投稿日: 2024.05.15
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    2024年 27冊目 タイトルに惹かれて読了。文章の節々に、内容を裏付ける文献を抑えつつ、最終章に著者の伝えたい内容が凝縮されてて、気合の入った論文を読んでるかのような気分であった。つくづく日本人って働きすぎだな、と思う。

    5
    投稿日: 2024.05.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    非常に読みやすい説明文。中学受験の国語問題とかに採用されそう。読書とは自分から離れた文脈に触れること、読めない状況とは新しい文脈をつくる余裕が無い、ノイズだと思ってしまう。余裕が無いのは全身全霊で働いているから、半身で働こう。

    5
    投稿日: 2024.05.13
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    序章が一番面白かった。 働き始めると本が読めなくなる人間はそこらじゅうにいて、自由時間を節約すれば読書自体はこなせるはずなのだが、どうしても気づけばスマホを眺めているというもの。 本編は読書史と労働史として、過去から今に至るまでの、その時代の読書はどんな層に向けて売られていたか、どんな本が売れていたか、どんな売り方をしていたか、その時代はどんなものが流行っていたか、など細々と参考文献を引用しなが解説していく。 円本は今でいうサブスクみたいなものだ〜という話や、修養から教養からコミュ力から自己実現〜という時代によって求めることが変わっていく話は面白かった。 しかし特に引用関係だが、偏りが強いように感じた。その引用は必要か?と思うものもある。序章で引用した“花束みたいな恋をした“や“パズドラ“のことを本編中に何回か再び引っ張ってくるが、くどく感じる。 タイトルから期待する話を読みたいなら本編は飛ばしてあとがきを読んでしまえばいい、というレビューを見かけたが、そのあとがきで提案されている読書手引きは真新しさもなく誰でも考えつくものしかない。

    55
    投稿日: 2024.05.13
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    現代社会で働きながら読書を楽しむことの困難さを深く掘り下げた作品。また、自己啓発書がなぜ多忙な現代人に受け入れられやすいのかについても触れられている。「ノイズ」を最小限に抑えることで、限られた自由時間を最大限に活用する手助けをしているからだという。この本から得られる教訓は、現代社会が私たちに求める無尽蔵の労働に対して、自身の生活の質を守り、文化的な豊かさを追求するための戦略を練ることの重要性だということ。あと映画「花束みたいな恋をした」も本書で触れている。

    5
    投稿日: 2024.05.12
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    明治以降の読書の歴史と労働の歴史から、なぜ働いていると本が読めなくなるのかを平易な言葉で説明している。 時代や社会の変化と共に読書の意味合いやベストセラーになる本の特徴も変わり非常に勉強になった。著者の提言として全身全霊で仕事や家事や趣味を行うのではなく半身で向き合うとう発想は現代を生きるうえで大切な視点だと思いました。

    11
    投稿日: 2024.05.12