
総合評価
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powered by ブクログ680 163P イギリス人ってアメリカ人徹底的に馬鹿にしててアメリカ人でもないのに不快になった。 関榮次 (せき えいじ、1929年[1]7月[2] - 2020年7月21日[要出典])は、日本の外交官、ノンフィクション作家。沖縄県北大東島出身。沖縄県[1]北大東島生まれ。旧制松山高等学校を経て、1953年に東京大学法学部卒業[1]、外務省入省[1]。1954年オハイオ州アンティオーク大学留学、1955年在米国日本大使館外交官補[3] 。帰国後は、経済局、通商産業省出向、経済協力局を経て、インドネシア、連合王国(イギリス)、タイ、ユーゴスラビア、ブラジルに在勤[2] 。本省では、国際連合局経済課長、法務省入国管理局総務課長、国際連合局担当審議官などを歴任[2]。1981年‐1983年駐ザンビア大使[2]、駐連合王国特命全権公使、海外経済協力基金理事、1989年‐1992年駐ハンガリー大使を歴任した[1]。1992年退職[1]。トーメン顧問などを経て、ノンフィクション作家に転身する[1]。
0投稿日: 2024.07.24
powered by ブクログ日本人にとっての英国チャーチルの評価は大きく2つに割れるだろう。多くの人の印象は太平洋戦争でルーズベルト率いるアメリカを第二次世界大戦に巻き込むために暗躍し、結果的に対日戦線に引き入れた張本人として認識されているのでは無いだろうか。だから意地悪そうに笑みを浮かべる狡猾な老人という印象が大きい様に感じる。一方でチャーチルの母方は日本を旅行で訪れ日本の素晴らしさを書籍に残す程の親日家としても知られており、幼い頃に母親からその素晴らしさを耳にしていたチャーチルの親日家としての側面もある事はそれほど知られてはいない。当時はもちろん船の旅になるから、資産家のもとに生まれ首相候補にもなりうる様な大政治家と結婚して、相応の資金もある人物であったから、世界一周旅行のほんの一国として立ち寄っただけと言う見方もある。要するに金持ちから見た日本の貧しくも清らかな農村民に日常接し得ない様な「清貧さ」を感じただけに過ぎないのかもしれない。 本書はチャーチルの人間性に多大なる影響を及ぼした母と、政治家の父の物語から始まる。母親は考え方も生き方も極めて優れた方であり、政治家の夫を生活から社交の場においても支えてきた大人物として描かれている。そんな母親の影響を十分に受けて育ったチャーチル少年が軍隊試験に一度は失敗しながらも、めげる事なく努力した結果、後日評価される事になる戦略眼や政治の感覚を身につけていったものと思われ、それを陰で支えてきた母親の存在を忘れてはならない。 父親も若かりし頃は将来を有望される政治家であったようだが、次第に首相への道から外れ、最後は半ばおかしな人物になってしまった様である。そのような家庭に育ち、第一次世界大戦の頃には大臣も務め上げ、知られているように第二次大戦時には首相にまで上り詰めている。日本での評価は概ね日本がハルノートを叩きつけられ、ABCD包囲網(Bは勿論BRITISH)で八方塞がりに陥り、真珠湾へ突入していく頃のものである。タバコを燻らせルーズベルトと悪巧みをしているといった印象で語られている。 本書ではそうしたチャーチルの育ち方や考え方、そして戦後も日本の国際復帰に尽力する姿など、チャーチルのイメージを覆す内容となっており非常に興味深い。人は善悪二元性だけでは語り尽くせず、対日で言うなら「好き」「嫌い」だけで白黒はっきりしようとさせる方が間違えている事に気づく。日本の悪い部分は賛同せず怒りを覚えたり、良い面に関しては賛同して救おうとする。100%どちらかなんて無い事は、日常の私たちの生活の中でも普通の事だ。政治家特に頂点にいれば尚更の事、個人の感情だけではどうにもならない事情もある。国を動かすためには時に鬼のような顔持ちで非常な態度を示さなければ国民に訴えられないだろうし、個人の好意を表立って示せないのは当然の事である。 本書はそうした真のチャーチルを描こうとしており、仮にそれが事実とは異なったとしても、人間の政治家の苦悩の側面を感じ取ることのできる一冊である。
0投稿日: 2023.09.12福沢諭吉のような
自身の経験と本書からイギリスにおけるウィンストンチャーチルの存在は、日本における福沢諭吉に重なるものがあるのではと感じました。 理由: 1. イギリスで放送される歴史番組の中で紹介されるウィンストンチャーチルに対する評価からそのように感じたこと。 2. 本章の中で紹介されたウィンストンチャーチルの言動や思考パターンが、現在のイギリスにおいてリーダとして立っている人たちの思考パターンと類似性を持つように感じられること。 つまりその位ウィンストンチャーチルは今も多くの人々から尊敬され、リーダーとなる人の手本として意識的無意識的に関わらず影響を与えていると感じられたこと。 そのウィンストンチャーチルが日本に対して好意的な考えを持っていたことは本書を通じて知りました。 にも関わらず日英同盟が破棄されてしまいました。その背景には、特に日本側の極少数の人たちの個人的信条や信念に基づく決断が影響していたことが分かりました。ここから、大変多くの人に影響を与える一国の進むべき道を決める決断がごく少数の人たちの考えで決められることがあるということに感慨を覚えました。 当たり前ですが、リーダーの大切さとリーダーを選ぶことの大切さを改めて思い知らされました。
5投稿日: 2016.10.12イギリスの宰相チャーチルと日本のつながりとは、、
一般の日本国民にあまり知られていないこととして、イギリスが世界に誇る大政治家、チャチーチルが大の親日家であったことがあります。彼の母親はニューヨーク生まれの美女であり、才媛であったが、イギリス名門の貴族と結婚し、彼が生まれました。。その母が明治時代、日本を旅行し、チャーチルに日本の美しい思い出をつたえたのです。その後、政治家の道を歩むチャーチルは戦前、戦中、戦後の厳しい時代を通して親日家であり続け、今上天の皇太子時代や吉田茂との親交もあったのです。彼の人となりは誠実で、特に彼の乳母とのエピソードなど優れた政治家になる人としての片りんを見せています。最終章で、著者はこう結びます。「先の大戦での連合国の勝因は、チャーチルやルーズベルトらの資質が日独伊枢軸国側にくらべ卓越していたことにあったことを忘れてはならない。」と、、。考えさせられる作品です。
2投稿日: 2015.08.09
powered by ブクログ誰かのレビューにもあったように「日本を愛したチャーチル」の方が合ってる。色んな面があるだろうがこの本ではいかに生涯チャーチルが日本を愛していたかの面が紹介されている。具体的にはいかに日本を第二次大戦に参戦しないように努力したかとか。彼の日本への愛着は母の影響のため本書の前半はチャーチルの親の話である。また別のチャーチルの本をいくつか読んで彼という人間とその時代を掴んでいきたい。
0投稿日: 2013.03.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
チャーチルは第二次世界戦後、日本に対して密かな温情を持っていたというのは母の影響が色濃く出ていた。 あれほど、ドイツに対しては憎しみとあきらめることの無い勝利を描き、その裏では日本に対しての思い入れがあった。
1投稿日: 2012.11.06
powered by ブクログ第二次世界大戦へアメリカを引き込むために日本が参戦することに暗躍したやら、参戦が決まって喜んだと言われたチャーチルへの印象が変った。 日本が戦争に関わる事を回避しようと努力したり、戦後、悪化した日英関係を改善しようと奔走したりと、終始日本の味方であろうとした事がわかる。 吉田茂・重光葵・チャーチルなどなど、終始戦争に反対した人物が居ながらなぜ戦争に向かっていったのか・・・
0投稿日: 2012.06.13
powered by ブクログチャーチルの、日本に対する優しい、熱い思いが伝わってきた。 前半は、チャーチルのご両親について。特に母上がいかに素晴らしく魅力的な人物であったかということ。母上が日本を訪れたことがあり、日本をとても気に入って、チャーチルによくその話をしていたという。箱根の富士屋ホテルなど、現存する地名もちらほら出てくる。 後半は、そのバックグラウンドを踏まえたうえで、チャーチルの政治的な活躍ぶり、人柄などが書いてある。特に、皇太子が英国に訪問したときの、チャーチルのスピーチは素晴らしい。
0投稿日: 2011.05.20
powered by ブクログこういう話はあまり一般的に紹介されていないので、信じられない面もある。チャーチルの母が日本に来て日本びいきになり、それがチャーチルにも受け継がれ 第二次世界大戦に日本が巻き込まれないよう努力するが日本の外相/内閣の対応や理解がわるく太平洋戦争に突入していまう。戦後は英国内で反日論議が活発ななか 日本のために尽力し今の関係があるという話。本当の話ならとても良い話で、太平洋戦争に突入してしまったのは非常に残念。 2008年4月読
0投稿日: 2008.04.21
