
総合評価
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powered by ブクログ再々読終了。 上巻読み始めてすぐに、はっと閃いてから、その仮定を基に読んでみたけど、やっぱりなんか違った。 けど、それが悪くもなかった部分もあった。 何故読むと、だんだん訳がわからなくなっていくのか。 物語が論文や会話で進んでいくからで、何が真実で、何が嘘なのかが判別できなくて、主人公の『私』は、完全にポカン君。 ただ、完全に記憶のないポカン君と、『読者である私』は、同じ条件で、論文を読み、博士の話を聞いているなぁ、と。 何回目かの読破になるけれど、今回初めて感想を書けるくらいまで読みこめた。 自分なりの結論も、とりあえず出せた気がする。 結局のところ、絶対の結論が出るようには書いてないな、と。 最初と最後の …ブウウーンンンーンンン… って、あぁ、『私』が同じ事を繰り返すんだと理解するのは簡単だけど、それと一緒に、今までこの大作を読んできた読者もきっともう一度始めから読み直し、と思う筈。だって、最後まで読んでも、分からないもの。『私』も『読者である私』も、堂廻目眩、つまり『ドグラ・マグラ』 以上、結構いいオチだと思うのですが… 気になる点もあるけれど。 作中の、『ドグラ・マグラ』は、いつ誰が書いたんだろう。 若林博士は収容されてる若い大学生が書いたと言ってるけど。 結局はこれは正木博士の資料だから、論文を書く事を依頼された『私』が書いたのか、だとすれば、いつ書いたんだろう。『私』が同じ事を繰り返してるならば、いつ?(若林博士の話が本当だという確証がないんだっけ) 最後も最後あたりの、禿頭の小使の点々付の台詞が妙にひっかかる。 で、やっぱり結局、また読んでしまうんだろう。 いや、何年後かにまた絶対読む。
1投稿日: 2011.12.06
powered by ブクログ叙述トリック的な部分もあるが、何が真実で何が幻なのか。独特の文体と、異常なシチュエーションが最後まで真実を曖昧にする。
0投稿日: 2011.11.20
powered by ブクログ事件解決に向かっているときに嘘の事実を織り交ぜてくるのがイラッと来た。でもいずれもう一度読みたいと思う。
0投稿日: 2011.11.15
powered by ブクログなるほどわからん、が感想の八割。これほどわかったようでわからない本というのは確かに稀か。上巻の、この話はエログロナンセンスの塊である…みたいなのの連呼にはちょっと辟易したけど、読み終えてみると大言でもなかった。とにかく著者の執着心というか怨念というか、これを10年間執筆推敲した気力には畏怖と恐怖…。納得できなかったので確認し直したいが、再読はまったくする気にならない。
0投稿日: 2011.11.12
powered by ブクログメビウスの輪みたい。上巻の時点で思い描いてしまう物語全体の構造はあくまで上っ面。すべてを読み終え気づくもう一つの円環。そこを考え始めるともう抜け出せない、そんな感じ。 難しくて考え続けてしまう。すっきり納得とはほど遠いので個人的には星四つ。でもこういうのは嫌いじゃない。
0投稿日: 2011.11.04
powered by ブクログ読むのに時間がかかりました。全く読まない時期もあったので、難解な話が輪をかけて難しく感じられました。 結局「私」は誰だったのか。犯人は誰だったのか。そもそも犯人がいるのか。最後は主人公の認識が二転三転して、読み手も理解もそれにあわせて転がされてしまった感があります。 もう一度じっくり読みたいものですが、時間を空けなきゃしんどいですね。気力が充実した時でないと、頭が動きませんから。
0投稿日: 2011.10.17
powered by ブクログ[自分用メモ ネタバレあるかも] ・期待した方向と少し違い、レビュー等でよく見る「頭痛がしてくる」「ものすごい倒錯感」なども初読では感じられなかった(結末を読んでしまわないように先の文章を手で隠しまくっていたので集中できなかったかも…)ので今回は★4、早くもう一度読みたい ・描写力に打ちのめされる ・古語?で書かれた部分がとにかく重く、読むのに難儀した ・主人公が若林の名を挙げようとしたところを正木が遮り理由を述べる箇所がよくわからず詰まってしまった ・私の変態趣味にも近いものがあったので、手伝いじいさんの話した凶行(特に一郎の表情描写)と絵巻に興奮 ・表紙セクシーすぎ
0投稿日: 2011.10.07
powered by ブクログ他人の中身を更に覗きます。 今誰なのか解らなくなってしまう。 糸がほどけることはあるのか、読み進める程に絡んでいく、そんな印象です。 ドグラ・マグラってなんなんでしょう。
0投稿日: 2011.08.25
powered by ブクログ後半の数十ページは一気に読まされた。上巻から下巻にかけての長い長い論文や遺書は興味深かったが、それらが後半にかけて繋がってきてなるほどそういうことかと納得したかと思うと、再び夢と現実の境がわからなくなるような感じで二転三転?最後は薄々想像していたような終わり方だったが、そこまでの持って行き方がなんとも強烈・・・。上巻よりも混乱させられ、そのまま終わってしまった。読み終えると確かにこれは「日本三大奇書」と言えるのかも。呼び方がどうであれ、ここまでの文章を人間が書き上げたというのに只々感心。ブウウウーンンー…
2投稿日: 2011.08.06
powered by ブクログ胎児の夢やら脳髄は考える処に非ずやら過去の話やら様々な要素が収斂し1つになる下巻。 オチがどうだったとかいう単純なミステリ小説ではないと思った。 70年前にこんな作品を書いていたということが恐ろしい。 あらゆる意味で先駆的。
1投稿日: 2011.07.23
powered by ブクログ【青空文庫】にて。 ナンダ?ナンダ??と翻弄されつつ読了。 事前に某サイトでこの本を読むコツを読んでいなかったら挫折していたかも……。 脳髄は物を考えるところに非ずや、胎児の夢はなかなか興味深かった。 また時間をおいてから読み直したい。
0投稿日: 2011.07.10
powered by ブクログ漢文や小難しい文体を読み終えた時の達成感が忘れられない。しかし最後がさっぱり理解できない。解説サイトにモヨ子の胎児の子が主人公の可能性があると書いてありハッとした。読み終えても主人公がはっきりしない小説なんてこれが初めて。まだ精神に異常を呈してないので安心してください。とりあえず表紙をどうにかして…
0投稿日: 2011.07.01
powered by ブクログついに読み終わった……終盤は500ページくらい一気に読んだ。最後まで読むのは大変だけど読破したらすごさがわかる。徹底的に練られたプロットと文才にただただ圧倒された。読んで良かった!
0投稿日: 2011.06.11
powered by ブクログ考えたら負けな気がする。前提としてなんでもあり得る世界を描写してから、読者を混乱させるためにあらゆる手段を尽くした感じ。
0投稿日: 2011.06.10
powered by ブクログ下巻。 ここでは上巻で自分に溶け込んだ世界、自分が溶け込んだ世界、これが一気に塗り替えられる。 強制的に。何度も、何度も。 そうすることが下巻の役割だと感じた。 当然、強制的になにもかもを塗りつぶされた頭はいつも通りには考えられなくなるし、何を信じるべきかと疑心暗鬼にもなる。 そしてしまいには、なにもわからなくなる。 こうなったらもうこのメビウスの輪から逃れることは、できない。 これが「読破したものは一度は必ず精神に異常をきたす」といわれている一つの理由なのだと思う。 メビウスの輪、と本質を同じくするもので「クラインの壺」をご存じだろうか。 これは境界も表裏もない、つまり内側なのか外側なのかわからない壺のことなのだが岡嶋二人さんの小説に同名のミステリがある。 興味のある方は是非読んでみていただきたい。 言葉遊びなどでは断じてなく、ははぁ、自分はこうして「ドグラ・マグラ」におかされたのだな、ということがよくわかるはずだ。 もっとも、夢野さんが本当に「探偵」小説としてこの小説を書いたとすれば、であるが。
0投稿日: 2011.05.05
powered by ブクログ読み終えた今、この小説の内容を説明せよと言われても、確実にできない。 現に本の裏表紙の作品紹介にも内容は記載れていないのだ。 そこにはただ、昭和10年に書かれたものであり、常人では考えられぬ奇抜な内容であること、そして作者がこの作品を書き上げるまでに10年をかけたことが記載されているのみ。 ちなみに書き上げた翌年に作者は死亡している。 とにかくこの小説は今まで読んだどの小説よりも奇抜で複雑で怪奇なものであることは確かだ。 読んでいて、いったん、わけのわからなかったことがわかったような気になる。 ところがさらに読み進めるとわかったような気になっていたことが再びわからなくなる。 いつしか、その迷宮に誘われ、抜け出せなくなっている自分に気付き、それがこの小説の面白さなのではないだろうかと思った。 まるで辻褄の合わない夢を見ている様な、もしくは出口のない迷宮をさまよっている様な… 内容云々ではなく、「読むことの楽しさ」を感じた。
0投稿日: 2011.05.01
powered by ブクログ奇書・妖書と言われているらしい作品。 これを読んだら精神に異常をきたすとか。 主な登場人物が精神病患者と精神科医で舞台は精神病院なので、確かになんかヘンテコ。 しかも斬新な作風。 だけどそのおかげで読みにくいっ(笑)。 古い作品なのも手伝ってサクサク読めない。 途中何度もくじけそうになったけど、最後がどうなるのかは気になるし頑張って読み切った。 でも、ふ~んって感じだった。
0投稿日: 2011.04.26
powered by ブクログ読破。読破という言葉がはまるような気がするが、一冊の本の前に屈したのはこちらのほうだった。 下巻はじりじりと読んでいった。頭が中々ついていかないのだ。 例えるなら一枚のカードが、読み進める度に表になり裏になり、くるくると立ち代わりながら、実はそれが立体だった……というような感じ… 永遠に続く運命、因果応報 何度も何度も読み続けたい一冊。
0投稿日: 2011.04.18
powered by ブクログ常軌を逸した文体。唐突な展開。鬼畜な描写。先へ進めば進むほど深まっていく謎。頭がおかしくなりそうだが惹きつけれれる物語だった。
0投稿日: 2011.04.11
powered by ブクログこの物語は読者を裏切り続けます。万華鏡のような構成なので深く考えず心を無にして身をゆだねて読み進めていくのをおすすめします。あらすじは「終わりのない世界で無限ループする青年が発狂する物語」としか言いようがありません(汗)。独特のリズムを刻む文章や、奇妙なカナ使いが味わい深く、癖になります!あとがきにありましたが夢野先生は百科辞典をひきひきこの小説を書いたそうです。百科辞典もばかにできません
0投稿日: 2011.03.27
powered by ブクログブックカバーに釣られて買ってしまったが最後、 ブックカバーのために買ったという結論が残るのが嫌なため、 全部読んでみたが、本自体の構成は、 読みやすい・・・・・・かな?しかし、内容がまさにイミフメイ。 真意を読みとるのには、私はまだ浅はか過ぎる気がしました。 十年後、また読みたい。
0投稿日: 2011.03.12
powered by ブクログう~~ん。 複雑すぎて何度読み返しても 理解しきれない>< でも、この独特の妖しい世界観は大好き! 年月を置いて、また読み返したら 新たな発見がありそうな本。
0投稿日: 2011.03.09
powered by ブクログ難解な内容だが、文体が簡潔であるため読みやすい。物語が謎だらけであるため、読めば読むほど続きが気になる。それにしてもこれを大正時代に書きあげたことが信じられない。内容がすごく先進的
0投稿日: 2011.02.28
powered by ブクログ会話が始まってからは割とすいすい読めました。 正木先生の嘘にすごくごちゃごちゃして、よく一郎は分かったなと感心。 終わり方がすっきりしない!…のは私の読解力のなさのせいかもしれませんが、読んで良かったと思えた一冊でした。 腑に落ちないオチが苦手な人には読むのが苦行かもしれないです。
0投稿日: 2011.02.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
面白かった。読みにくかったけど、多分いずれもう一回読む。 さながら狂人の語り事のように一転二転と芸風を変え、語り口を変え進んでいく物語は、まるである種の短編集を読んでいるような感覚になることさえあります。登場人物たちそっくりの厄介さで難解の塊がやってきて、それを超えると想像していたのとは違う場所に立っていたりする。あるいは、想像通りの場所へ知らない間に立ってたりもする。面白い。 あと、いつどんな唐突さでどんな脇役が出てきても(人物1の親戚のAさん、とか)、「ああ、あの人」と思えるのに地味に感動しました。 ただし、読みにくいところは本当に読みにくい。真相のために必要だったと言われてもまだ何か納得いかないほどの読みにくさ。きっとあえての分かりにくさ、このすばらしい結末のために通ってきた道だったとしても、何かがやっぱり納得行かない!! けれど読み終わってみれば眩暈のようにぐるぐる回って回った、振り回された、そんな風な印象が一番残った。近付いたのか、ミスリードなのか、だまされたのか全部うそなのか、最初からそんなものはなかったのか。追いかけていって最後に立った場所についたときに、本を閉じて感嘆の息が出ました。後半は、前半のような挫折ポイントは少なくなっていると思います。読みながら最後に心に残ったのは愛でした。 -----------------以下はちょっとネタバレ---------------- 読み終わって振り返るに、やっぱり若林先生が見せてくれた「とある狂人の青年が書いた、ブウウンという時計の音に始まり同じ時計の音に終わる、ドグラ・マグラという名前の物語」がじわじわ気色悪い! いずれまた再読したとき、この辺りを読むのが楽しみです。 しかしこの小説を読んでいて心に残ったシーンは数あれど、一番好きになったのは、正木が死んだ際に親友に残した「せがれと嫁を頼む」の一文でした。 研究のために生涯を費やし、人を犠牲にし、そうやって生きてきた彼が親友に家族のことを頼んで、研究の結果を待たずに死んでいく。 愛だなあと思います。
0投稿日: 2011.02.24
powered by ブクログぼくの人生の凋落が始まったのは、 この本を中学生の時に読んでしまったからではなかろうか。 と思ってしまうくらいには、ぼくの頭にこびりついて離れない本。 そのうちまた読もうと思う。
0投稿日: 2011.02.11
powered by ブクログ10代で読んでると恥ずかしい必読書 http://d.hatena.ne.jp/kojitya/20100929/1285762362
0投稿日: 2011.02.10
powered by ブクログ「アアッ……お父オさア――ン……お母アさ――ン……」 このなんとも悲痛な叫びに思わず目が潤んでしもた。 夢野久作が活字であみ出した畢生一大の幻術劇が、ここに見事に完成されてますね。 ナンセンスの中にありながら、ただのナンセンス一点に逢着しないから幻術と呼べましょう。 あの唐天子も口から馬を吐き出すほどの目眩めくらまし。 読み終わった夢寐のなかでもどんぐらまくら…
0投稿日: 2010.12.14
powered by ブクログ読了してすぐに、「やっと終わった……」と思いました。 なのに上巻から読み返したくなる。不思議な物語でした。
0投稿日: 2010.12.11
powered by ブクログ自殺したという正木教授の遺書。事件の証言者たち。青年・呉一郎と被害者・呉モヨ子の関係。 自殺したはずの正木教授が語る事件の経緯。一郎が渡された見た者が狂うと言われる巻物の秘密。一郎に巻物を渡した謎の人物とは。
0投稿日: 2010.11.28
powered by ブクログ3大奇書の一つドグラ・マグラ下巻 文字の並びにここまで引きこまれたことはなかった。 何度も何度も読み直したくなり、抜け出せない。 理由はもやっとしていてよくわからない。それを何とか言葉で表そうとすると「脅迫感」この一言に尽きるだろう。
0投稿日: 2010.11.25
powered by ブクログ一応推理小説らしいが、犯人というかそういう話ではなくなってくる。心理学とかの内容も絡んできて、とても戦前に書かれたものとは思えない斬新な 小説。 物語の構成も奇抜。
0投稿日: 2010.10.30
powered by ブクログ原点回帰 ループって怖いですネ おえっぷと吐きそうになるほど満タンに喰らったというのに、なぜかまた上巻から読みたくなる そんな下巻。
0投稿日: 2010.10.30
powered by ブクログオモシロかった。 のだが、この結論が為にこの長々とした話。 あえて分かりづらくしたような構成。 小説なのに論文的なものがぶち込んである読みづらさ。 オススメはしない。 無駄な難しさ、三大奇書という肩書き、『読んだら気が狂う』といったミステリアスな評判、それらのせいで『オモシロい』と言わないといけないような、またオモシロいといえるのがツウのような感じになっているが、そこまででもない。 もっとオモシロい本があるよ。うん、あるって。
0投稿日: 2010.10.20
powered by ブクログ8/21:脳内引っかき回されてそのまま放置、って印象 確かに奇書 理解はできないけど圧倒的な圧力を感じる ーーーーーーー 8/16:後編いきなり若林の解剖でグロ描写。読み進められず10ページくらい飛ばしてしまった。どうなることやら…
0投稿日: 2010.08.16
powered by ブクログ後半事件の真相が判りかけてくると続きが気になり一気に読めます。 そして真相が判りかけるとその真相は手のひらをすり抜けて、別の真相が見えてくるのを繰り返す感じです。 事件がすべて夢じゃないとしたらモヨ子が救われない感じが後味わるいです。
0投稿日: 2010.08.09
powered by ブクログ"胎児"というテーマに惹かれて何も知らずに興味を持ちながら買った本。まさか表紙があんなだとは思わなかった。発着点は存在せず、"無"の中にあるテーマが全てという、絶大な存在感を持ち人間の脳髄に刻み込みながら最後に残るもの等何もありはしない。喩えるなら一個体の人間の細胞のひとつが廻る様な、読者の血に溶け込んで生き続ける様な本。時代なんてもので無く、別次元でありながら現実味を孕む。全てが"夢"である様に。何物にも形容できない、魅力的で貴重な一冊。
1投稿日: 2010.08.07
powered by ブクログ読みづらかった…。 あの文体に慣れてないせいなのか、初めはとにかく読みにくかった。 最初のほうで若林博士が言ってた(?)ように 最後まで行って冒頭に戻ればずっと読み続けられるんだろうな。 正木博士はそれでもやっぱり人の心を 完全に捨てることはできなかったんだ。 酷い男だと思ったけど、人の心は残ってたんだ。
0投稿日: 2010.06.05
powered by ブクログ夢野久作の「ドグラ•マグラ」では、表面的な食事の場面が二つしかない。 そのうちの一つは、精神病棟の病室で目覚めた主人公に入り口の扉の横にある小さな切戸から白木の膳が差し出される場面である。この場面では主人 公は自らの名前を知りたいという欲求から食事を放棄し、差し出された食器を床に散らかしてしまう。自分しかいない限られた空間の中で、切戸から出てくる女 性の腕は、主人公にとって身体的な飢えではなく、精神的な飢えを満たしてくれるものであった。主人公が切戸から出てきた腕にしがみつき、声を振り絞って自分の名前を尋ねる場面では一瞬で緊迫した空気が流れる。食事というものが本来持つ満たされることによる満足感や安心感は消え去ってしまっているのだ。そこに配膳を床に落とすという行為が、空腹に苦しむ主人公の切迫感を強調する。名前が分からないということによるアイデンティティーの欠如が、他の欲求よりも 飢え乾いているのだ。 食事を摂ることを放棄した先ほどの場面とは違い、もう一つの場面では主人公は食べ物を口にすることを拒まない。医学部長室の中で正木博士と対面 する主人公は、小使の差し出すカステラを食べる正木博士を見ながら茶を啜る。カステラが場に参加したことによる緊迫感の薄れをこのとき主人公はカステラ事 件と呼び、茶を飲んだことで緊張がほどけ安堵の溜め息をつく。しかし、この場面で主人公は先ほどの場面と同様に、まだ自らの名前を知ってはいない。ただし、正木博士との名前を教えてもらえるという約束が主人公にはある。たとえそれがまだ与えられていないものであったとしても、未来にそれが得られるという 確信があるとき、精神の飢えから解放されることができるのだ。 しかし、どうだろうか。どちらの場面も物としての食事が与えられているためにそれが食事の場面だと理解することができるが、後者の場面では精神 の飢えを満たすための食事が行われるのはその先の場面である。だが、精神の飢えが満たされる場面にははっきりとした食事の描写はない。精神の空腹を満たす食事でははっきりとした描写はなくただただ満足感を感じるだけであるし、また別の場合、更なる飢えに苛まれることもある。そしてもし、精神的な空腹感が満たされるまでの過程も食事だとするのならば、本作に見られるアイデンティティーの欠如から自己の認識までの一連の流れを食事と捉えることができる。 飢えが満たされるまでの過程としての食事で印象的なのは、唐代の画家である呉青秀が妻の肉体が腐っていく様子を描いていく場面である。成熟した美しい肉体は次第に腐敗し、食欲を誘う艶かしい肉はただの白骨と腐肉に帰す。本作ではこの絵は見るものを狂気に駆り立てるが、それは絵の中の美しい肉体を食すイメージが、巻物を進めるにつれて次第に腐っていく肉体を食すイメージへと変わっていき、食中毒を起こすためだ。カステラの場面でも精神的飢えは実際 の食事よりも前に満たされたが、この場面はいつまでも配膳されることがない食事である。これだと思って注文したメニューが配膳されるのを楽しみに待っているうちに、いつの間にかどんどんメニューが変わっていき、食事の想像で満たされていた心には腐肉を食すというイメージだけが残るのだ。 本作において、主人公の精神的飢えが満たされることはない。食事をとる機会はあっても、それは満腹感を与えせず、食後の気怠さを残すだけである。そして規則的に響く針の音を聞きながら、腹を休めるために床に臥して次の食事を待ちながら微睡むのだ。
1投稿日: 2010.05.21
powered by ブクログすごいな夢野久作。知識量すごいなと思ったけど、これ広辞苑で調べながら作ったと聞いて驚愕。もちろんベースはあるんだろうけどすごいな。てか、すごいなって言い過ぎな僕。それほど感動しました。そした、まさかこんな展開になると思ってなかった結末。
0投稿日: 2010.05.16
powered by ブクログ角川文庫版『ドグラ・マグラ 下』は、上巻の後半から始まった正木教授の遺書の続きを載せている。その遺書の中で、正木教授の言葉は次第次第に事件の核心へと迫っていく。福岡県の直方(のうがた)に住む美青年・呉一郎(くれいちろう)は、十八歳で母・千世子(ちせこ)を絞殺したとされ、姪の浜に住む伯母の八代子(やよこ:千世子の姉)に引き取られてからは、二年間無事に過ごしたものの、なおも自らの従妹であり、花嫁でもあるところの呉モヨ子を婚礼の前夜に手にかけてしまう…。(この呉モヨ子については、上巻の最後の部分から下巻の冒頭にかけて、若林教授が仮死状態となっていた彼女を秘かに蘇生させている) いわゆる、直方事件と姪の浜事件の中心人物が呉一郎なのだが、彼が何故、このような事件を起こし、かつ発狂することになったのか、その暗部が段々と明らかにされていく。いや、違う。呉一郎は殺人事件を起こしたことによって発狂したのではない。発狂したがゆえに、意識の表面に現れ出た心理遺伝の作用によって、彼は二度の殺人事件を起こしたのである。呉一郎の脳髄に強烈な刺激を与え、発狂せしめたものは一体なんであったのか…?その疑問を解くのは、ある一巻の絵巻物である。 正木教授の遺書は、法医学者である若林教授が作成した直方事件と姪の浜事件に関する調査資料をも含んでいるため、読者はそこで事件の詳細を知ることが出来るようになっている。呉一郎自身に対する聞き取り調査書、その伯母・呉八代子に対する聞き取り調査書、豪農として知られる呉家の常雇い農夫・戸倉仙五郎が語る姪の浜事件当夜における目撃談、呉家の菩提寺・青黛山(せいたいざん)如月寺の由来を示す縁起文などなど。そこには、呉家の男達にだけ発症する精神病のことが書かれており、呪わしい血筋の秘密の鍵となる絵巻物の存在が浮き彫りにされる…。 その、呉家に代々伝わる一巻の絵巻物。 それこそは、はるか一千百年前、中国は唐の時代の白皙の若き芸術家・呉青秀(ごせいしゅう)によって描かれた死美人像を収めた巻物だったのである。貞観(じょうがん)の治によって唐帝国が栄えたのも今は昔、呉青秀が生きた時代は、年老いた玄宗が政治に倦み、楊貴妃との愛欲生活に没頭し始めた頃であった。画才によって玄宗の頽廃した生活を諫めたいと考えていた呉青秀は、妻の黛(たい)夫人とともに京師を離れ、人を寄せ付けぬ山にこもって何事かを開始する。それは、黛夫人も合意の上での、凄惨にして究極の画業、すなわち、呉青秀が黛夫人を絞殺し、彼女の遺骸が傷み腐乱していく経過にあわせて、その変容を絵に写し取っていくというものであったのだ。呉青秀はこれにより、どんなに美しい女性も死ねば目を背けたくなるような姿へと変っていくことを玄宗に理解させ、楊貴妃への寵愛を諌止し、国の政治を顧みるように伝えようとしたのである。 九相図(くそうず)というものがある。人間の遺骸が腐乱して白骨化していくまでの九段階を絵にしたもので、呉青秀が描いた巻物は、いわばその九相図に近いのであろう。しかし、彼がこの絵巻物を携えて京師に戻って来ると、時既に遅し、玄宗も寵姫の楊貴妃も安史の乱に巻き込まれて散り散りになったあとであり、彼が妻を殺してまで行いたかった諫言は、その対象を見失ってしまった。自らの画業と妻の犠牲が無意味となった呉青秀は、とうとう精神に異常をきたし、それを哀れに思った黛夫人の双子の妹・芬(ふん)夫人に導かれて戦乱の唐帝国から逃れ、船上の人となる。芬夫人はその後、義兄の子供を身ごもり、たどり着いた日本の唐津で新たな人生を送るのだが、その呉青秀と芬夫人の子孫が、呉一族となったのである。だが、芬夫人が肌身につけていたその絵巻物は、呉家の男達に将来にわたって暗い影を落とすのだ。呉青秀という、強烈な狂気と偏執性を経験した先祖を持ったが為に、それが心理遺伝として子孫へと伝わり、絵巻物の腐敗した死美人像を見た呉家の男は、必ずといっていいほど発狂するのである。 そんな理由から、そのいわく付きの絵巻物は、呉家の菩提寺・如月寺に深く蔵されていた…はずであった。にもかかわらず、何者かの手によって、それはまたも白日のもとに現れ、呉一郎の目にするところとなったのである…。何故、誰が、その恐ろしい因縁を持つ絵巻物を手中に収め、呉一郎に見せたのか。物語は一挙にその疑問点へと収斂し、九大に収容されている記憶を失った青年も、正木教授が遺したこれらの資料に読み終えたところで、この事件の異常性に改めて戦慄するのである。 しかし、よくまぁ、これだけの事件資料を、自分の小説を成り立たせるためとは云え、夢野久作は各々文体を変え、視点を変え、話者を変えて書き上げたな、と感心して長大息を吐く。ここで読者は、ようやく資料の山から青年同様、解放されることになる。そして………。 「どうだ……読んでしまったか」 若林教授のものではない声に、我々読者はまたしても青年同様、驚かされるであろう。なぜなら、若林教授から一ヶ月前に自殺したと聞かされていたはずの精神病学教授・正木敬之博士その人が、忽然と青年の前に現れるからである。死んだはずの人間がこうして生きている…。その矛盾に正木教授は答えながら、恐ろしい伝説に彩られた絵巻物を巡る、二人の、学術研究の権化となった男たちの半生を語りだす。 Wか、はたまたMか。Wか、Mか…。Wか、Mか…? 若林か、正木か………!? 正木教授の遺書を読み終えたところで当の正木教授本人が登場し、一見、謎は着々と解決していきそうに思える。それなのに、虚実ないまぜとなったその後の展開が、読者側の結末に向けての勝手な安心感を決して許さないのである。事件の謎は解決したようにも思え、犯人が誰なのかも判ったような気はし、記憶喪失の青年も限りなく呉一郎に近いことは判るのに、この作品を全体としてみた場合、結局この『ドグラ・マグラ』という、大正十五年十一月二十日とおぼしきたった一日の出来事を書いた物語は結局何だったのか、という最も大きな疑問に付き纏われてしまう。 この『ドグラ・マグラ』は結末で、冒頭に聞こえてきたブウウウ――ンン――……………という音とともに締めくくられる。読者はその気さえあれば、またも冒頭の音に戻って、同じ物語、青年が行った夢中遊行をあたかも自分が発狂したかのように延々と繰り返すことが出来る。それこそ、作中で青年が(私は今から一か月前の十月二十日にも、やはり、きょうとソックリの無遊を行ったに違いない)(……否々……否々……きょうは、大正十五年の十一月二十日、と言った若林博士の言葉までも嘘だとすれば、私はもっともっと前から……ホントウの「大正十五年の十月二十日」以来、何度も何度も数限りなく、同じ夢遊状態を繰り返させられていることになるのではないか……)と疑い始めたその状況を、読者も同様に終りを知らず繰り返せるのである。 解釈によっては、冒頭と結末の音はある一点の同時間の音であり、その音が鳴っている一瞬間に誰かが見た夢とすることも可能だ。呉一郎自身が見ている夢かもしれないし、彼とは全く関係のない精神を病んでいない人間が、精神疾患を持つ人間の事を夢に見ているだけなのかもしれない。もしかすると、呉一郎の時代からはるか未来、呉家の血を引く胎児が母親の胎内で見ている夢なのかもしれない。正木教授の論文『胎児の夢』にある、胎児が祖先の経験してきた進化途中の形を再現しながら成育するのと同時に、祖先が経験してきた心理遺伝までも脳裏に再現しながら成長していくという説そのままに…。 自分が自分であるということを何にも拠らずに認識・証明することはきわめて難しい。何らの証明書等に依存せず、自分であることを説明しようとすれば、自分の記憶や思い出に頼るしかないのではないかとさえ思う。○○という名前の親を持つ私。△△という友人を持つ私。□□という本を読んだことのある私。●●という人を愛したことのある私。▼▼を好んで食べる私……。そういった幾多の記憶や関係性によって、一人の人間の何にも替えることの出来ない人格と命が出来上がっていく。そして、自分自身もまた幾多の記憶や関係と結びつくことによって、周囲の誰かをその人たらしめているのである。私を知っているその人。私と■■へ旅をしたことのあるその人―――。だから、呉一郎のようにある日突然、全ての記憶を失ってしまったら、最早私は私たりえない。この記憶があるから私は私なのだということが出来ない。この人との、この思い出があるから私は確かに私という人間なのだと断言することが出来ない。単なる宙ぶらりんの、息をしている「何か」にしかならないのである。『ドグラ・マグラ』を読みながら、記憶と関係性が、いかに人間の存立に寄与しているかということを考えたりもした。 『ドグラ・マグラ』の語が何を表すのかについては、諸説入り乱れているし、おそらく夢野久作自身も正解を決めてはいなかっただろうと思っている。それでもあえて私の考えを述べるならば、「ドグマ(教義)」と「マギ」あるいは「マグス(魔術)」を融合させたものとしたい。正木教授によって精神病学についての学説が執拗なまでに解説されている点と、この作品の解決がついたとも言え、ついていないとも言える魔術性、眩惑性、奇術性を取り上げてのことだ。Wか、はたまたMかという、そのアルファベットの使い方自体、Wをひっくり返せばMのように見え、逆にMを逆さから見ればWに見えるという、見方を変えることで受け取り方が異なってくるというような魔術性を帯びていると云えないだろうか。 ちなみに、この作品それ自体の中に『ドグラ・マグラ』という小説が登場する。その作中の『ドグラ・マグラ』もブウウウ――ンン――……………という音から始まっていて、我々が読んでいる現実の『ドグラ・マグラ』と同じ作品であることを匂わせている。だとすれば、作中で青年が手に取った『ドグラ・マグラ』の中にも更に『ドグラ・マグラ』が存在しなければならず、その『ドグラ・マグラ』の中に更に『ドグラ・マグラ』が…という風に「入れ子構造」にもなっているところが、この小説の魔術性を高めている。 上下巻とも表紙は、肝心な箇所が全く隠れていない女性のイラストレーションである。前ばりの如き「角川文庫」の文字がかえってユーモラスなのだが、私、考うるに、これを描いた米倉斉加年(よねくらまさかね)氏は、『ドグラ・マグラ』の響きから女の「股ぐら」を想像したのでないかと、かなり失礼な仮定を試みている。だって、全てはそこから始まっているのだ。千世子が一郎を宿した時から、この計画は始まっているのだ。その世界観を米倉斉加年氏は、大胆に、しかも的確に描いているのではないかと思う。 世界中の人間から「それは違うでしょ(笑)」と突っ込まれても、表紙に関しては、私は女の「股ぐら」説を掲げて力強く生きていきたい。 【附記】 この記事には現代の人権意識に照らし合わせて、一般的には不適切と受け取られる語句・表現がありますが、作品が書かれた時代背景・作品価値を鑑み、尚且つ、その不適切な語句の対象(たとえば「キチガイ」など)が、必ずしも本作品において否定的な意味合いを持っていないこと、作者にとって侮蔑の対象となっていないこと、むしろ作者が本作品を書く上で、その語句の対象が極めて重要な役割を与えられていること、また、勝手な改変を加えて、当該作品の価値を損なう権利は何ぴとにもないことを考慮し、取り上げた本の記載どおりとしました。
0投稿日: 2010.04.22
powered by ブクログわかった!と思うのに、読めば読むほど頭の中が???でいっぱいになってしまいます。 何回も何回も裏切られ、まさに堂々巡り。 大好き。また最初から読みたいです。
0投稿日: 2010.03.19
powered by ブクログ脳髄が痛い。 ラストで解答らしき場面にたどり着くけれど、それすらも夢か幻想なのかもしれない。 まさしく、奇書。
0投稿日: 2010.03.02
powered by ブクログ難解な文献(?)から現実のストーリーに戻るまでがものすごく読むのに時間がかかった。読んでいるとこちらの頭まで色々かき回されるくらい謎と疑問が交錯した。読んでいるときに「世にも奇妙な物語」みたいな感覚を覚えた。最後はある程度案の定、よく分からない終わり方だった(笑)
0投稿日: 2010.02.01
powered by ブクログ脳髄が先か、身体が先か。精神の病は先天的なものなのか?フィクションか?ノンフィクションか?推理小説か否か? ブゥ・・・ンという音とともに、その問いを生きることになる。
0投稿日: 2010.01.28
powered by ブクログ「ドグラ・マグラ」は、昭和10年1月、1500枚の書き下ろし作品として自費出版された。<日本一幻魔怪奇の本格探偵小説><日本探偵小説界の最高峰><幻怪、妖麗、グロテスク、エロテイシズムの極>とうたった宣伝文句は、読書会の大きな話題を呼んだが、常人の頭では考えられぬ、余りに奇抜な内容のため、毀誉褒貶が相半ばし、今日にいたるも変わらない。<これを書くために生きてきた>と著者みずから語り、十余年の歳月をかけた推敲によって完成された内容は、狂人の書いた推理小説という、異常な状況設定の中に、著者の思想、知識を集大成する。これを読む者は、一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書。 「これを読む者は、一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書。 」という文句に惹かれて、大学2年の時に初めて読んだ本。その当時、ワタシはこの狂気の世界の虜となり、自分の書く文章一切が夢野久作の独特の文体と化していた。精神に異常はきたさなかったものの、脳髄を揺さぶられたことには間違いない。何が真実で何を信じるべきかわからなくなる、すさまじい影響力を持った、エログロナンセンスの最高傑作。
0投稿日: 2010.01.26
powered by ブクログ芸術というにふさわしい世界観 めくるめく狂気 練り上げられたストーリー ハンター×ハンターの下敷き。 色々な版が出てるけど、読むならやっぱりこの表紙!と思ってしまう。
0投稿日: 2009.12.18
powered by ブクログ日本三大奇書とされる小説のひとつであり、実際内容も他の小説に類を見ない奇抜なものとなっている。 一見、犯人を見つけ出すという推理小説にも見えるが、作者の膨大な知識を詰め込んだ学術書のようにも思え、はたまた、ただの狂言じみたキチガイ文章のようにも見えなくはない。「自分は今、何の小説を読み、そして、これは何を言っているのだろう」という錯覚すら感じさせられるくらいであったと思える。まさに奇書であるといえる。 この著者である夢野久作氏は、この作品を完成させた次の年に亡くなっている。自身も「この作品を書くために生まれてきた」と語っていることから、まさに氏の遺言とも呼べる作品であると思える。狂気すら感じさせられる文章には、常人の考えを逸したものを感じたこともそう思えた要因である。また、それゆえに、作中の登場人物である正木博士は、そのような氏の姿を作中に描き出したものではないかとすら思える。 この作品は非常に人を選ぶものであると思えるが、私自身としては近年読んできた本の中では最も印象深く残った作品であると思えた。
0投稿日: 2009.12.11
powered by ブクログやっと下巻も読破! 上巻より下巻のほうが量的には長かったはずなのに、短く感じました。 下巻で、上巻のわけのわからない論文やらなんやらかんやらが全て繋がりました。 上巻で眠くなりつつ読んだ部分をもう一回読みかえしたくなってきました・・・。 夢野久作が、「これを書くために生きてきた」というのも頷ける大作です。すごく練ってあります。 近づいたり離れたり。何が真実なのか。 わかったような、わからないような。 もっと感想とか書きたいですけど、長かったのに一瞬のことだったような感じで、うまいこと書けません。 手元に置いて何度も読んで、解釈を試みたいです。
0投稿日: 2009.11.09
powered by ブクログなんという堂々廻り…。 上巻では難解な論文の数々に幾度も眠気を誘われ挫折しかけましたが、下巻に入ってからの怒涛の展開に圧倒され一気に読破できました。 最後まで読みきってこそ面白さが分かる御本ですね。 構想10年という著者の執念をひしひしと感じました。
0投稿日: 2009.10.26
powered by ブクログ(ネタバレあり)上巻の謎を下巻にて一部解き明かしています。 一回では全てを理解できずに、何度も読むこと必至です。 犯人や謎は解決しましたが、解決されないままの謎もあるんです。 最後のシーンですが、これっていかようにも解釈できるんですよね。 私の解釈では、このドグラ・マグラのストーリー自体が「胎児の夢」であり 呉家にやがて生まれる新しい命が、また先祖代々の記憶を受け継いでいて 現在の正一の状況を誰かの母体の中で追体験している。 その為、呉家のキチガイ地獄の連鎖は終わらないことを 匂わせているのではないかなぁと予想しました。 例の時計のブーンは、母体の中から追体験として聞いているので あんな音になるのかも。 解釈は一つではないので、あくまで私の考えです。 上手く言葉に出来ないですが、奇書にふさわしい一冊。楽しめました。
0投稿日: 2009.10.15
powered by ブクログ日本探偵小説三大奇書の一つにして、 『本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす』 とされる夢野久作渾身の怪作。1935年発表。 まるで微分方程式であった。 瞬間から難解な式を取り出して、解を提示したかと思えば、また瞬間へと収束していく。 精神病院に収容された若者。 彼には過去の記憶が存在しない。 それを復旧させようと、学者たちがあの手この手の実験を仕掛ける。 白紙の記憶が次々に書き換えられていく展開は息をつかせぬものがあった。 発見する奇妙な事実、ばらまかれた伏線を、胡散臭い論文を読破・理解することで回収・咀嚼していくのには、頭の体操どころではないカロリーを消費させられた。 キチガイ地獄外道祭文・胎児の夢・アンポンタン・ポカン氏の『脳髄論』・正木博士の遺書・・・ 奇抜な論理の数々。理解によって見えてくる真実。 前評判に比べて、よほどしっかりした推理小説だと私は感じた。 人間の精神に迫った600ページに及ぶ重厚な刹那の瞬間、こんなモチーフでモノを書ける人間は他にいないだろう、まさしく奇書である。 (上下巻形式、レビューは上巻の内容も踏まえたものである事を断っておきたい)
0投稿日: 2009.08.29
powered by ブクログ最後はかなりの衝撃的事実で終わりました。 終わり方も、『始めに戻る』といった感じで この本ならではな終わり方です。 もう一度読むとまた違った印象を受けました。
0投稿日: 2009.08.20
powered by ブクログ65/100 No.82「長門有希の100冊」 んー 難解だー たぶん、何回読んでも難解だろーなー そういえば、夢でこの本のあらすじをぐるぐる考えてるんですよね。 で、昨夜見た夢が・・ 色鮮やかな、熱帯魚が群れをなして泳いでました、それをわたし上から俯瞰して見てるんです。 ものすごく、ピカピカしたウロコがきれいだった。 なんだろー 何かのお告げか? ちなみにわたし、熱帯魚飼ってるんですけど・・ それとあとひとつ、この表紙がヤバすぎて大衆の面前で読めない、かならずブックカバーをしようー
0投稿日: 2009.07.31
powered by ブクログ探偵!?小説三大奇書の一冊。探偵小説ファンをまことに裏切るであろうこの本。便宜上そーしているだけ。 それよりも、「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす!!」奇書として有名。 私、モチロン読破しました!!
0投稿日: 2009.07.23
powered by ブクログ粘り着く様な濃厚な狂気に、幾度かくらくらとしたが無事に読了した 主人公が何を想うとも考えているともつかず、 その広がり、その深さ、孤独の全てを自覚し 又その全てを忘却出来ぬままに、ひたすら疾走していく描写は 小説を読む人そのものを著者が風刺している様に見える 大好きな場面で、読むと胸がすっとして気持ちいい 読み終えても、そこまで奇書だとは感じることはなかった むしろ主人公の切実さや、取り巻く人々が放つ人間くささ、危うさは 誰でも持ちうるはずで、そこに理解や親近感がわく 奇書の形を纏った一種変わった群像劇といった印象をおぼろげに持った 久作さんに手招きされたような気がする読者は、おそらく数多いに違いない (長くなったのであとで割愛して上げ直します、長文すみません)
0投稿日: 2009.04.18
powered by ブクログ上巻に引き続きこちらもオススメです。 一回読み終わった後にもう一回読み返してみると、 色々な点に気付けて、最初読んだときとは違ったものが見えてくると思います
0投稿日: 2009.04.14
powered by ブクログ論文以外のところはおもしろかったし、読みやすかった。でも、やっぱりうちにはハードルが高すぎたようで・・論文は一気に飛ばしてしまいました。。。なのに、読了まで2ヶ月。。。かかりすぎました
0投稿日: 2009.02.23
powered by ブクログ一体なにがあったらこういうことになってしまうんだろう(褒め言葉) たしかにミステリ小説を書こうとしていたらしい形跡はあるんですが、読者はもう遠くから見守るしかありません。 そしてこのカバーイラストは天才的すぎます。
0投稿日: 2009.02.21
powered by ブクログ1月16日読了。さまざまな要素のゴッタ煮だった上巻に代わり、殺人事件の犯人(?)・その真相が博士と男性の対談から浮かび上がる・・・とは言え一読しただけでは一体何が真相なのか?何が事実で嘘なのか、混乱させられる。とは言え「探偵小説だ」と言われれば、納得するしかない。昭和怪奇小説的なムードも今読むと新鮮で、楽しめた。
0投稿日: 2009.01.17
powered by ブクログわけがわからない。 作者の言いたいことや、仕掛けは大体全部分かった気がするんだけど、何にも分かってない気もする。 だけど、凄く世界に引き込まれて何回か電車乗り過ごした。 こんなの初めてだ。
0投稿日: 2009.01.06
powered by ブクログ古文が途中入っていて間が空いてしまった。三大奇書と呼ばれる意味を読み終えて何となくだけど判った気がした。 再読をしようと思う気は起こらないだろうなというのが、現在の感想だ。
0投稿日: 2009.01.04
powered by ブクログ読者がせっかくたてた仮説を3回くらいひっくり返してくれる 上巻よりはるかに読みやすいのは推理をとく部分が多いからだろーカ 最後の数ページは秀逸
0投稿日: 2008.11.26
powered by ブクログ小学校の頃に一度読んで断念。 大人になり再挑戦、なんとか読了。 今読むと素晴らしい作品であることがわかります。 とはいえ角川文庫夏の100冊に毎年入っているのはちょっと疑問…
0投稿日: 2008.08.21
powered by ブクログまずレジに持っていくのが試練 キチガイという言葉がよくにあーう! とてもとても昔の作品とは思えない。
0投稿日: 2008.05.10
powered by ブクログ好きです。途中宇宙がひろがりました。最後が悲しい。また読み返さないといけないかもしれない…そのためにはさあがっつり読むぞってならないとだめだ。
0投稿日: 2008.04.16
powered by ブクログ上巻より続き→さて私は、よほどの大河小説とかでなければ、たいてい小説というものは文庫本一冊程度(だいたい400〜600ページぐらい)におさまると思っている。それをはみ出すのは商業的理由を除けば、作家の我儘であり、書きたい、詰め込みたいという欲求に読者を付き合わせているものだと思う。 ただ作家も良心が痛むわけなので、そこをどうにかこうにか面白くしようとしたり、分かりやすくしようとしたりして読者のご機嫌をとるわけなのだけれども、この作品に関しては一切そういう気遣いがない。むしろ、とことんワケ分からなくしてやれ! という作者の狂気的な故意すら感じる。 「これを読む者は、一度は精神に異常をきたす」とのことだけど、特に何の異常もなく読破しちゃった人も、こんなワケの分からん長い小説にとことん付き合ってしまったのだから、やっぱり、ちょっとどっか変になってるんだと思う。 ところでこのイヤンな表紙を描いているのは俳優・作家でもある米倉斉加年さんです。昔教科書に載ってた「大人になれなかった弟たちへ……」と同じ人とは思えません(笑)
0投稿日: 2008.04.15
powered by ブクログ名探偵の威嚇力と共犯者の脅迫力から逃れるのは自殺と発狂。 大正13年ごろの福岡・・大学生大もて。末は博士か院長さんか・学士様なら娘をやるか こんな研究でもしていなければ他に頭の使い道のない人間世界の低級浅薄さ 今朝から私一人で
0投稿日: 2008.03.21
powered by ブクログ十余年の歳月を経て推敲を重ねられた本作品は、読めば一度は精神に異常をきたすという曰く付き。怪しげな本作の表紙を飾るステキ系イラストは俳優でもある米倉斉加年氏によるもの。既に他の表紙を考えられない程ですが、本編の内容とは全くリンクしてないところが、また凄い。摩訶不思議な構成の本作は、幻惑の罠を仕掛け、読者を物語の中へ閉じ込めてしまおうと企んでおります。お気をつけ下さいませ^^
0投稿日: 2007.12.08
powered by ブクログドグラ・マグラ 下巻に入って怒涛の展開を見せます。 悪夢にせよ、そうでないにせよ、それは夢物語を見ている気分。
0投稿日: 2007.12.05
powered by ブクログ上よりもなんとなくハッキリしてきたと思いきや、最後にまた落とされた…もう分からないけど、これでよかったんだと思う… ひとまず、私の脳みそはなんともないようだ…発狂するかと思ってたんだけどな〜
0投稿日: 2007.11.28
powered by ブクログ凄すぎる。 精神病院から始まり、複雑怪奇な家系とそれに関わる二人の医師の因縁、古代中国の民話と続き、再び精神病院へと。 舞台が行きつ戻りつする間に、有名な「脳髄論」などの奇想が繰り出され、物語は二転三転していく。 読者も主人公も何が真実で何が嘘なのかわからなくなり、物語の終わりと始まりが見事に繋がって渦を巻き続ける。
0投稿日: 2007.10.19
powered by ブクログ後半の展開は圧巻の一言。明治を生きた文人の筆力とは何たるやを知る。夥しい推敲の果てに選び抜かれたであろう一句一句に鳥肌が立ち、ページを捲る手が震えた。あんまり小説は読まない性質ではあるのだが、ちょっと、所謂”文豪”と呼ばれる作家達の小説を読みたくなってきた。
0投稿日: 2007.09.30
powered by ブクログやっと読み終わった…!ってくらいに時間がかかりました。古文のところとかリアルにきつかったな…。 内容は噂に違わず謎でした。が、発狂しそうにならない私はちゃんと読み取れてないのかも知れないのかも…。 今は心理学もメジャーになったけど、当時にしてみればこれは画期的だっただろうな。
0投稿日: 2007.09.13
powered by ブクログとても深く、意味ありげにみえつつ、実はまるで中身のない薄っぺらな本にも思える・・・。 なんとも表現しづらい不思議な本。 しかし結構面白い・・・。
0投稿日: 2007.09.12
powered by ブクログキューブリックの名作映画「2001年宇宙の旅」の、宇宙・時間・胎児の観念に、エロティシズムと精神科学を応用した、壮大なスケールの物語。 秘密が秘密を呼びすぎて、読んでいるうちに、こちらが精神病院のお世話に? 最後の最後、謎がすべて解き明かされた時、私の知的空間認識レベルは1万Pアップした。
0投稿日: 2007.09.07
powered by ブクログ上巻に続き、曰く「読み終えた者は発狂する」、日本三大奇書の一冊(というか、これが奇書ならあとの2冊はそれほど奇書ではないと思ってしまったのですがどうでしょう)。 ちなみに角川文庫版には、もれなく米倉斉加年先生による悪徳なカバー絵がついてきます。社名をモザイク代わりにする太っ腹さに敬礼。 安野モヨ子先生のPNの元ネタ。 あとは冨樫義博の「レベルE」に、ちらほら。
0投稿日: 2007.05.25
powered by ブクログ主人公があまりに驚愕し続けるので、ちょっと心配になりました。心臓麻痺でも起こしそうな驚き方。リアクション王。
0投稿日: 2007.05.01
powered by ブクログ基本的な粗筋は、大正15年頃、九州帝国大学医学部精神病科の独房に入れられている記憶喪失中の精神病患者の青年が、記憶を取り戻そうとあれこれ画策する物語。 この青年が作中で『ドグラ・マグラ』なる書物を見つけ、「これはある精神病者が書いたものだ」と説明を受ける場面があり、この物語そのものがこの主人公によって書かれた作品であることが暗示される。さては物語の終わりは始まりにつながるに違いないと思って読み進んでいくと、果たしてその通りであり、読者はこの入れ子式のカラクリの中で戸迷面喰(ドグラマグラ)することになる仕掛け。 狂人の自分探しストーリィですが、その展開たるや「キチガイ地獄外道祭文」のチャカポコに始まり、新聞記事あり、卒論あり、博士の遺書に入ったと思えばその中にも活弁映画や調書、文献と様々な表現技法満載です。 文献の「青黛山如月寺縁起」は、無常観を表す文言から始まり、大立ち回りの描写など、『平家物語』に大変よく似ています。また正木博士によって語られる青年の祖先の解説には『長恨歌』の玄宗皇帝や楊貴妃も登場し、古文・漢文まで楽しめる趣向。 「脳髄は物を考える処に非ず」という説や、胎児が胎内で育つ10ヵ月に見る数十億年の万有進化の夢、そして先祖の個体が有した精神病や性癖も遺伝するという説は、今は遺伝子として解明されつつある内容に近いように思われます。 そして、主人公の青年がこの『ドグラ・マグラ』を執筆するシーンは遂に登場しない。自分の名前もきちんと思い出さない。甚だスッキリしない終わり方をしてしまいます。 角川文庫の解説は「なだいなだ」さんがお書きになっていらっしゃいますが、作者の夢野久作氏は、十数年をかけてスッキリしないように推敲したのだとおっしゃっています。激しく同感いたします。 これを読む者は、一度は精神に異常をきたすと伝えられているそうですが、果たして私はこれから発狂するのか。
0投稿日: 2007.04.30
powered by ブクログこれを読んだ者は一度は精神に異常をきたすと言うが俺はこれを読んでから異常をきたしたのかこれを読む前からおかしかったのか。戦前に書かれたにも関わらず内容は今でも充分奇抜で古びていない。読破したとき完全に負けたと思った。逆立ちしたってこんなもの書けない。日本が世界に誇るべき小説。
0投稿日: 2007.03.27
powered by ブクログ高校のときに初めてこの本を読んだときは、何がなんだかサッパリ分からないなりにも、物凄い衝撃だったんだと思う。そのあと読んだ、精神病や脳や遺伝や仏教やらの本は、きっと、このドグラ・マグラを読んで沸いた疑問やら興味につられて選んで読んでたんだろーなー。何十年ぶりに読み返してみて、あの頃より少し読みやすく感じたのは、そんな数々の疑問を何十年もかけて少しづつ潰してきたんだなぁと思えるけど、まだいまいち理解できないところがあるということは、あたしが何十年も掛けてもたどり着かないくらいのこと(思想?)がこの小説に詰まってるんですね、きっと。。。
0投稿日: 2007.03.04
powered by ブクログカオスwwww かつて小説雑誌(?)ダ・ヴィンチで「読破しただけで自慢できる本」として取り上げられました。いろいろ障害がある本。 うまく本とシンクロできると脳内がすごくなります。
0投稿日: 2007.03.01
powered by ブクログ19年2月 一転二転思考が追いついたと思ったたびに スカをくわされひっくりかえされ ぐるぐる〜〜〜@@
0投稿日: 2007.02.25
powered by ブクログ上巻は多少中だるみだったので下巻を推します。下巻も中だるみといえばそんな気もしますが… 続きを読みたい!と思わせる力をものすごく感じます。発言ひとつで転々とする事実が恐ろしい。 精神に異常はきたしませんでしたが胎児がいやに怖いです。参ったなあ
0投稿日: 2007.02.01
powered by ブクログ後半のテンポ感やリズムは、当時の小説としてはかなり秀逸なんではないかと思います。 それにしたって、どうしてこんな話が書けるんでしょう。 いつまで経っても、読了の感覚が抜け切りません。 ブーゥゥン…
0投稿日: 2007.01.06
powered by ブクログ軽い気持ちで手に取ったら、すごい内容。 夢と狂気のハザマで揺れ動く感じ。どちらも現実じゃないし、正気でもなかったかな。 夢野久作は天才かなぁと思う。
0投稿日: 2006.11.03
powered by ブクログ書いてる本人は、すごい楽しかったと思う。けど読んでて面白いかといわれたなNO 僕にとって、推理の余地のない推理小説はただの紙の束でしかない。
0投稿日: 2006.10.11
powered by ブクログ下巻。何故か表紙写真が下巻だけ無い…。上・下巻共表紙絵好きなのにな…。上巻から引き続き、相変わらずな感じだけれど、後半が少し小説らしくなっていた。しかし、それで済ますのかよ!って思い、期待していた程ではなかったような…。というか、書評と作者と表紙で期待しすぎていたかな…。残念。でも、面白かった。期待しすぎていたというだけで…。結構な量を集中切れずに一気に読めたのだから…。若林博士 正木先生 呉一郎 呉モヨコ
0投稿日: 2006.08.29
powered by ブクログ上巻から読みきれない部分があり、もはや訳が分からなく・・・ ただ、最後の結末が驚き。そうきたかと。
0投稿日: 2006.08.23
powered by ブクログ夢野久作という人は異常です。こんなのを昭和10年に書くとは。終わりに近づくにつれて精神世界の奥底へと引きずり込まれる。
0投稿日: 2006.08.14
powered by ブクログ上巻だけ読んで街に出て家に帰ると、なんだか「この本の待つ場所に帰る」という切迫感が付きまとう。最後に至る奔流には、迷いの無い力強さがある。奇書。
0投稿日: 2006.06.16
powered by ブクログとにかく意味が分からない。 読んでいてこれだけ内容が頭に入ってこない本も珍しい。 それがこの本が怪書といわれている所以。 でも、なんとなくこの作品の存在が好きなんです。
0投稿日: 2006.05.27
powered by ブクログ夢野久作の代表作であり傑作。読んだ人の5割は気が触れるとの触れ込みに、大学時代に読んだ訳ですが、無茶苦茶で奇想天外でありながら精神世界の探求が出来るわけで、ホンに今なお読み返そうかなーと思う時ある傑作ですねー!
0投稿日: 2006.03.07
powered by ブクログ下巻ですがやっぱりとかいうか読みすぎてしまって深入りしちゃった!感がありました。 上巻でもややこしいのでこっちまでよむと収集つかなくなるかもです。 でも読むとすっきりしますよwww
0投稿日: 2006.02.23
powered by ブクログ▼最初の書き出しから、全ては主人公の妄想世界に違いないと考えていたんだけど、意外にそううまくは運ばなくて、最後までどきどきしながら読めました。▼今読んでも、凄く新しくて面白い小説です。狂気と変態性欲のドグラ・マグラ。
0投稿日: 2005.09.14
powered by ブクログもう読み終わって吾輩の頭の中はドグラマグラとあいなりぬ・・・。 てなことを書いてるとキチガイの沙汰とあらぬ疑いをかけられそうだから止すとして。 面白かった!!一気に読んだ!自分に乾杯ものな位超スピードで読めた☆
0投稿日: 2005.01.17
powered by ブクログ全部読むと気がふれてしまうという有名な奇書。 上巻はすげーすげーって面白くてがんがん読めるのだが、なんか、しつこいって言うのかなんと言うのか、中だるみ。気が狂う前に飽きちゃうよ。ちなみに、読んでも気が狂いませんでした。
0投稿日: 2004.10.22
