
総合評価
(288件)| 122 | ||
| 88 | ||
| 35 | ||
| 2 | ||
| 2 |
powered by ブクログ著者のあとがきにとても共感。そもそも私たちは孤独なのだから、もう少し面と向かって話をしてもよいのでは、という思いから生まれた本とのこと。無意味だからと何もしないのではなく、無意味と知りながら行動を起こすことで社会は創られる、と思う。
0投稿日: 2026.01.21
powered by ブクログこれまで調査してきた人たちの話が、まさに断片的に書かれている。その底には自分や他者が感じている痛みに対する感受性があるように思った。それがとても心地よかった。
0投稿日: 2026.01.12
powered by ブクログ日常の気にしていなかったというか、気にしちゃダメみたいなところを自然に言語化されていてなんだかスラスラと心に入ってくるというか救われる時間だった。
0投稿日: 2026.01.09
powered by ブクログはじめてのエッセイ(これがエッセイと表現していいかわからないが)。 自分には合わないと思ったが、読んでいて、どこかしか素朴な時間を得られた気がした。
1投稿日: 2025.12.22
powered by ブクログ物や出来事について、過度に意味付けをしたり結び付けたりせずに、ただそのものとして見る。 自分もどちらかというとそうだから、共感できた。
1投稿日: 2025.12.15
powered by ブクログヤーレンズ出井さんがストーリーに上げていて、表紙とタイトルで絶対自分が好きなやつだと思い図書館にて。 読み終わった後、無性に今一緒に住んでいるパートナーに感謝したくなった。大変月並みだけれど、一緒にいてくれてありがとうと思った。自分が本書を読んだこともこんなことを思っているなんてことも梅雨知らずぐーすか昼寝していたけれど、昼寝している人が隣にいて、その人の体温が温かくて、その人の匂いがして、この究極の偶然の重なりはとても素晴らしいことで、その瞬間に自分はいて、なんだか本当に奇跡のようだなと思った。 小さい頃から「車が並んで走っている光景」が好きだった。個別の車には興味はない。1台ではなく、何台もいる光景が好き。自分も自分ちの車に乗って、走っている。周りにも色んな大きさ、色、ナンバーの車が走っていて、色んな人が乗っている。追い越す時もあれば、信号で隣に並ぶときもあり、追い越される時もあり、渋滞で並んでいる時もある。 なぜ好きなのか今でもうまく説明できないけれど、直感的に、著者が「道端に落ちている小石を適当に拾い上げ、そのたまたま拾われた小石をいつまでもじっと眺めていた」行為の意味と全くではないけれど、同じだと思った。「ああ、こういうことだ」と感じた。 「『すべてのもの』が『このこれ』であることの、その単純なとんでもなさ。そのなかで個別であることの、意味のなさ。」 かけがえのない、世界に1つしかないものが、私の手のひらにあり、世界中の路上に無数に転がっている、ということ。 その果てしなさに自分もうっとりしているのだ。 今目の前を走っている車には、家族が乗っている。どこの誰かも分からないし、どこに行くのかまたはどこへ帰るのかも分からない。けれど、今この瞬間だけは、自分とその家族は前後に並んでいて同じ空間を共有している。他の車にも同じように、誰かが乗っていて、その人たちはその人たちの目的を達成するために車に乗っている。でもそれを周りの車に乗っている人は知らないし、別に知る必要も知らせる必要もない。けれど、その過程の一瞬を自分が目撃しているということは事実。そこにその事実はあるのだが、誰の目にも触れない。当たり前のようにそれぞれの車には走っている目的があり、どの車もその過程でこの道、この交差点を共有しているけれど、どの車もそれを知らんふりをしているようで、けれど別に排除しようとしてはいなくて。存在は認めているが興味はないみたいな感じ。それが無数に集まっている状態の果てしなさと今目の前にいる車のかけがえのなさ。その果てしない感じにうっとりしているのだ。 初めて「自分は単純なとんでもなさにうっとりしていたのだ」と理解した。なんということだ、驚愕だ。 自分が特に海外旅行が好きな理由も、ここに似ている。ここに行こう、と決めた国の、ホテルの近くの、屋台のおばちゃん。自分と彼女の人生が交わる時間はたぶん今しかなくて、よほど特別なことが起きない限りもう会うことはない。屋台を去った後に残るのは、あのごはんおいしかったなという記憶(それはそれで特別)とおばちゃんだったな、という記憶。おばちゃんの方は1日にたくさんの人にごはんを出すわけだからおそらく自分のことなんて記憶にもない。けれども、確かにあの瞬間、自分とおばちゃんは出会って会話して、うまいめしを出してくれて、うまいめしをいただいたのだ。それは事実なんだ。そしてうまいめしを食べているまさに瞬間にも、同じような出来事はきっと世界中に同時多発的に起こっているのだ。民族とか大陸とか文化とか関係なく、人と人が出会って一瞬だけ交わって、ということが起きているのだ。 その事実に自分はうっとりする。なんて果てしなくてかけがえのない瞬間なんだろうと。 今まではなぜ海外旅行が好きか?と聞かれたら「自分がちっぽけな人間であることを感じられて安心するから」というのが答えだと思っていたが、あながち間違ってはいないが、ちょっと足りていなかった。とても果てしなく、でもかけがえのない瞬間の連鎖にうっとりしていたのだ。 私たちは断片的なものの集まりでできている。私たちが「この私」であることにすら何の意味もない、無意味な偶然でこの時代この場所に生まれたのだ。 ないものねだりをするから辛いのかもしれないし、それでもないものを求めて少しでも近づこうと生きるもんなのかもしれない、とも思った。どっちであっても世界にとってはあまり意味のないことだから、どっちがいいのかは自分で決めていいんじゃないかと思う。
0投稿日: 2025.12.14
powered by ブクログ作者が色々な老若男女問わず、方々で取材したことを題材に、人や社会との関わりに関する見解を述べているエッセイ。 1つの章に対して場面展開が激しく(色々な人の体験談が多い)、個人的には理解しにくかったが、筆者が伝えたいことは何となく分かった気がする。 現代は人と仲良くしようとすればするほど、個人を尊重する(見守ろう、1歩引こう)風潮があり、矛盾しているのではないか、という描写は確かにと感じた。
0投稿日: 2025.11.21
powered by ブクログつかみのどころのない本だけど、道端で、SNS上で、どこかですれ違ってきた人にも、その人の人生がある。10年ぶりに再読しても、覚えていたエピソードもあった。この本の感想を書くのは難しいのだけれども、人に興味がある人には、ぜひ読んでみてほしい。【再読】
21投稿日: 2025.11.19
powered by ブクログ何かについて結論付けるわけでもなく、いろいろな事象が断片的に書かれていた。 まさにこれが社会なのかな、みたいなことを思いました。
0投稿日: 2025.11.18
powered by ブクログ断片的なものとは何か。 それぞれのストーリー。 「寄せ鍋理論」は面白かった。私たちは、相手の目を見たくないし、自分の目も見られたくない。鍋が間にあるから、私たちは鍋を見ていればよく、お互いの目を見ずにすんでいる。 誕生日についての「ただその日に生まれただけ」も言いたいことはわかるのだけど‥記念日ってそんなもんだと思うしな。 「本人がよければそれでよい」は確かに理屈づけて逃げてるのかなと思った。止めることができないことを正当化しているようにも感じる。
12投稿日: 2025.11.11
powered by ブクログどこにも記録に残らないような、でもちょっと心に引っかかったようなものの記録。 深く考えさせられるような、センチメンタルのような気持ちになりかけたところで、変な方向に行く話に、この文才がほしいと思う。 人間っておもしろいな。多様で予想外で。
1投稿日: 2025.11.11
powered by ブクログお粗末な言い方になるけれど、この社会には、ほんとうに様々な人々がそれぞれの人生を生きている。その人生たちには個別性、独自性、唯一性がもちろんあり、それらについては忘れがちだったりする。本書はそういった人間、人生の、唯一性のある断片を、著者の主観(人を完全な客観で見ることはできない)から不完全なままのかたちで綴っている。 本書を読み進めるうち、僕は自分の生きる世界の狭さ、他者への料簡の狭さを痛烈に感じさせられることになった。他者に気を配り、他者の気持ちを想像をして生きている自負がこれまで少しはあったのだけれど、いかに自己中心に、自分の世界に閉じこもって生きてきているか、ということ突き付けられてしまった。 他者を知らないこと。他者を想像することの貧困性。不幸もアクシデントも、見舞われる当人にとっては、身も心も削られたり切られたりする苦しみや痛みに満ちたものが多いだろうけれど(でもまたそうではなく、そういった困難にもあっけらかんとしている人だったり、通り抜ける風のように位置づける人だったりもいるんだということも、僕自身の理解が届かなかったり考え方と齟齬が生じるという不都合のため、あるいはごく少数の例しか知らないため、僕の脳内で無いものとしてしまっていたことだったけれど、それを再確認することができた)その混み入った内容の濃さだけでいえば、とても豊かだった。 そういったエッセイが本書。良質でよみやすいタイプの純文学を読んでいるかのような読書体験だった。もう10年ほど前に出版された作品なのでほんとうに「遅ればせながら」になるのだけれど、「おすすめ」とさせていただく。 では以下、引用を三つほどして終わります。 __________ 私たちは、つらい状況におちいったとき、ひたすらそのことに苦しみ、我慢し、歯を食いしばって耐える。そうすることで私たちは、「被害者」のようなものになっていく。 あるいはまた、私たちは、正面から闘い、異議申し立てをおこない、あらゆる手段に訴えて、なんとかその状況を覆そうとする。そのとき私たちは、「抵抗者」になっている。 しかし私たちは、そうしたいくつかの選択肢から逃れることもできる。どうしても逃れられない運命のただ中でふと漏らされる、不謹慎な笑いは、人間の自由というものの、ひとつの象徴的なあらわれである。そしてそういう自由は、被害者の苦しみのなかにも、抵抗する者の勇気ある闘いのなかにも存在する(p100) __________ →我慢し、耐えること。そういうことを「オトナ」になることとするならば、「オトナ」になることとは、被害者のようなものになることなのかもしれない。繰り返しみたいになるけれど、「オトナになれよ」なんて言い方を今一度思い出してほしい。引用部分を踏まえると、「オトナになれよ」は自ら被害者になってみるんだよ、という意味に意訳できてしまう。これは、社会の末端部であるのが個人であり、その個人に受け止めさせる論理でもある。それが、美学として価値化されているということだろうか。社会はこうして安定する。自己責任とする論理と似ていはしないか。 __________ むしろ、私たちの人生は、何度も書いているように、何にもなれずにただ時間だけが過ぎていくような、そういう人生である。私たちのほとんどは、裏切られた人生を生きている。私たちの自己というものは、その大半が、「こんなはずじゃなかった」自己である。(p197-198) __________ →ゆえに、夢や期待を膨らませずに無難な人生を選び、うまく軌道に乗ることができる人もいる。それはそれで否定されることではないのだけれど、こうした数々の「裏切られた人生」の積み重ねのなかに、「裏切られずに成就した人生」も確率的にでてくる。そういった人生が、社会や他の人々に恩恵をもたらしたりもする。この引用部分の章には、人生は無意味だからこそ捨てられる(賭けることができる)というような箇所がある。人生は大切なものだけれど、固執して保護しすぎるのはまた違うということなのだろう。 __________ しかし、たとえ牛や豚を食べていても、イルカや鯨を殺すことに「反対を表明する」ことはできる。いまどきそんなものは誰も食べないし、鯨肉の場合は在庫も余っているらしいし、わざわざ殺さなくてもよいと思う。 それは確かに完全な論理ではないが、私たちはそれが不完全な意見であることを理解したうえで、それでもやはり自分の意見を表明する権利がある。 そしてもちろんそれは、批判されることになる。(p210) __________ →「意見や批判をするときにはちゃんと論理的に筋が通っていて、対案を持っていて、建設的な意見が込みでないと、社会に意見してはならない」とするような風潮は一部にあると思う。そこまで頭が働かないのならば沈黙せよ、と言われているみたいなものである。この引用では、そうではなく、不完全な意見であることを自分でわきまえた上で表明する「権利」がある、と言ってくれている。もちろん、批判にさらされるのだけれど、この「権利」はとっても価値のあるものだと僕は思う。
20投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログスーッと入り込むエピソードもあれば、そうでないエピソードもあったり。プツンとエピソードが終わってしまうのが残念なんだけれども、それが社会学の一面なのかな。
0投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログ自分と思考がそうとう似ているなと思いながら読んだ。多少氏のほうが悲観的のきらいもあるなと思ったが、その点性格的な違いかあるいは多くの人と出会った経験の差がそうさせるのか。 しかし他者を曝け出すぶん自らのことも曝け出す態度には質的研究者としての誠実さのようなものが感じられる。理論的には何一つとして回収されていないのだろうが、しかし物語の部分でどうしても振るわれる暴力は物語ることによってしか代償できないのもまた、事実だよなと思う。 多分分断が接続することってなかなかなくて、ということはこの世界はバラバラとしたままなんだけど、 世界が断片的であることに、断片的だけど、いいね!以上の意味はいかに見出せるか?という問いに対する(そんな問いはぼくが勝手にたてただけなのだが)「海の向こうへ」での回収は圧巻だと思った。
0投稿日: 2025.09.21
powered by ブクログこのブログには、基本的に小説しか掲載していないが、エッセーというか、なんというか、 普段、私があまり読まない部類の本を、偶然友人から借りて読んで、それがまったく期待 していなかった私の予想をはるかに超えて、興味深い内容だったので、メモ代わりに記録。 社会学は私の大学での専攻学科だったので、曲がりなりにも少しは勉強していたけど、 最近はめっきり離れていて、久しぶりにこんな「社会を見る視点」に触れて、刺激的だった。 沖縄や、ジェンダーなど、社会のマイノリティと呼ばれる人々へのインタビューで 語られた彼/彼女らの人生の断片が、この本に散りばめられている。 登場人物の波乱万丈な人生が垣間見れるが、 それよりも社会学者である著者の抱く感慨が興味深い。 こんな考え方、見方があったのかと思う。私がいつの間にかそんな視点を忘れていたことにも気づく。 著者は、物事を解釈することなく、ただ見たい、と言う。 子どものころから、そういう発想があったようだ。 ただ、それは非常に難しい。 とあるクロスドレッサーのブログが紹介されていて、なぜそのような格好をしているのか、 なんの説明もなく、ただどこかの名所で撮影した写真とそれとは関係のない日々の出来事についての 記事が更新されているブログを著者は好きだという。 それは、クロスドレッサーという、いわばマイノリティであるにもかかわらず、それについて何も語らない ことによって、それが普通である世界を、そのブログの中で実現させているのだ、と著者は言う。 もし、この著者の見方があっているのならば、それは静かな抵抗のようであり、なんだかかっこいい。 でも、著者も自ら指摘していたが、ほんとのところは分からないし、そう思いたい、というだけかもしれない。 著者は、ひどい話を聞くと、乾いた笑い声をたてる癖がなおらないという。 人はどうしようもなく、つらい、ひどい話を聞くと、笑うしかない時がある、という。 決して、面白がるのではなく、ばかにするのでもなく。 不謹慎な笑い、と言っていたが、それはよく分かる。 あとがきにもあったが、最近の日本社会は、その人を尊重する、ということが、 適切な距離をおく(=踏み込まない)ということと同義になっている、というような指摘があった。 それこそ断片的に語られるエピソードが鮮烈な印象を残して、心に何かをおいていくような本だった。 どんな人にも語れる人生があって、みんな同じようでいて、まったく違ったその人の人生をその人だけが 歩んでいるだなと感じる。 借りた本なので、また読みたいと思ったら購入しようと思う。
5投稿日: 2025.09.13
powered by ブクログ岸さんの着眼点が印象的 こんな風に物事を断片的にとらえていることってあるよなあ その理由はわからないしわからないまんまでいいのかもな 空気感が好き 岸さんのポットキャストも聴いてみたら本と同じような空気感だった
4投稿日: 2025.09.12
powered by ブクログ人と人は近すぎると良くない。お互いを好きでいるためには、ある程度の距離を保っている方が長く続いていけるのだと。私は、人を理解することも、自分が理解されることも諦める、ということが、お互いを尊重することであるかのように思っていた節がある。 それは表面的な付き合いだけしていようという話ではなく、もしもお互いを理解したいのなら少しずつ開示をすべきだ。人間は同じじゃない。似ているような人だって、全く同じはありえない。生活リズムや趣味嗜好、善悪の基準、価値観のずれは当たり前であり、お互いの歩幅を守るためにも意図的な距離を作る。これは一見冷たくもあり、温かい尊重の形である。人間はどこまでいっても孤独で、完全に分かり合える存在なんていうのは幻想だ。だからこそ孤独な人間同士で、たまに体温を共有しながら生きていくのではないか。
2投稿日: 2025.09.09
powered by ブクログわりと気軽に読めるエッセイだった。 筆者に鉢植えを渡し続ける近所のおばさんの話と、タクシー運転手を辞めて、路上でギターの弾き語りを続けるおじいさんの身の上話がお気に入り。
0投稿日: 2025.08.27
powered by ブクログ初めの方の文章は少し堅苦しくて論文を読んでいるような気分もあったのが、期間的にわずかな時間なのだろうが、後半になるほど読みやすく理解しやすい構文になってきて驚きました。 使われている写真が素敵です。
0投稿日: 2025.08.10
powered by ブクログ何者でもない者達の名状し難い物語。 筆者 岸政彦はそこに意味を見出したり、見出さなかったり、無意味性を感じたり、感じなかったりする。 ふと考える。何者にもなれない人が圧倒的多数を占めているこの社会で個人として意味ある人生を送るにはどうしたらいいのだろうか。答えはあるのかもしれないし、ないのかもしれない。本書でも明確な答えは提示されない。 それでも人生に絶望せず、かと言って過度な期待も持たず、ありのままを見つめよう、そう思える1冊だ。
0投稿日: 2025.08.01
powered by ブクログ先輩からのおすすめで。 私は文学畑の人間だが、社会学とは文学の対極に位置する学問なのではないかと思っている。個々の人間の「物語」を一般化する社会学の学問対象は文字通り「社会」、社会全体がどうすればより良いものになるのかを思考する学問で、(本著で岸政彦も述べているように)そこには暴力が伴う。インタビューは一人一人の人生に土足で踏み入る行為だし、かつ研究ではそこにある些末な感情などは捨象されうる。だから私は、社会学をやるような上等な国民には下層の人間のことなんかわかりっこない、ただの数字やデータに置き換えられるだけ、といつも感情的になってしまう。文学は多くを語らない、そこがいい。文学は学問であるようで学問ではない(文学学は別だが)ので、私たちの苦しみにそっと寄り添う、だから好きだ。 岸政彦氏が大阪の人ということもあって、語りは気さくで、書き口も衒いがなく、全体的に非常に読みやすくい本に仕上がっている。印象的なのは、彼が常に公平の目線で物事を語ろうとすること。Aという考え方を語る、「しかし」「ただし」Bという視点があることを忘れるなと、読者に注意喚起するように、あるいは自らの公平性をアピールするかのように、はたまた自身に常にかくあれと言い聞かせるように、繰り返される。どの価値観に対しても是非はもちろん断定せずに、章末には「〜というのもある」「〜なだけだ」とただ言い添える。あらゆる批判に対して先回りしているみたい、マイノリティとか多方面に配慮しすぎ、優等生すぎ!ここが社会学者らしくてとても面白い。あとエッセイだから当然といえば当然だが、そんで結局?何が言いたいの?と思ってしまう話も少なくない。 もちろん心に響いた話もあって、「笑いと自由」なんかは今の個人的な精神状態とも相まってとても気持ちが揺さぶられた。処々に挟まれる偉人の名言の引用や比喩表現なんかも、著者に教養がうかがえて良い。とまれ、大阪に帰りたくなる一冊だった。
2投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログ・四角い紙の本は、それがそのまま世界に開いている扉だ。 ・居場所が問題になるのは、失われたか、手に入れられないときだ。 ・私たちは、つらい状況に陥ったとき、ひたすらその事に苦しみ、我慢し、歯を食いしばって耐える。そうすることで私たちは「被害者」のようなものになっていく。 あるいはまた、私たちは、正面から闘い、異議申し立てをおこない、あらゆる手段に訴えて、なんとかその状況を覆そうとする。そのとき私たちは、「抵抗者」になっている。 しかしわたしたちは、そうしたいくつかの選択肢から逃れることもできる。どうしても逃れられない運命のただ中でふと漏らされる、不謹慎な笑いは、人間の自由というものの一つの象徴的なあらわれだ。 ・一般的にいいと言われているものは、そこに含まれる人と、含まれない人の区別を作り出してしまう。 ・どんなにごくわずかでも、そもそも何者かになろうとしなければ、何者かになることはできない。何者かになれるかどうかは、なろうとした時にはまだ決定されていない。なろうとする前に、なれるかどうかを知ることはできない。それは賭けである。 ・賭けに勝ったときに手に入れるのは「なにものかになれた人生」である。そして負けたときに差し出すのは、「何ものにもなれなかった人生」そのものである。 もしこのとき、人生そのものが、とてつもなく素晴らしい、この上なく価値のある、本当にかけがえの無いものであったら、どうなるだろう。 誰もそれを、捨てようとはしない。 ・「天才」がたくさん生まれる社会とは、自らの人生を差し出すものが多い社会だ。 一人の手塚治虫は、何百万人もの、安定した確実な道を捨てて漫画の世界に人生を捧げるものがいて、はじめて生まれるのである。 ・私たちの無意味な人生が、自分にはまったく知りえないどこか遠い、高いところで、誰かにとって意味があるのかもしれない、ということだ。 ・私たちは何かを擬人化することが好きだ。それは多分、私たちを取り囲む世界と「つながっている」気分にさせてくれるから。 世界が私たちの言葉を通じさせないものならば、孤独だ。 ・私たちは、無理強いされた選択肢の中から何かを選んだというだけで、自分でそれを選んだのだから自分で責任を取りなさい、と言われる。 ・不思議なことに、この社会では、人を尊重するということと、人と距離を置くということが、一緒になっている。 ・ひとを理解することも、自分が理解されることもあきらめる、ということが、お互いを尊重することであるかのように言われる。
1投稿日: 2025.07.26
powered by ブクログ意味づけや解釈から解放された、ただそこに偶然あるものとして事物をみたいという気持ちがずっとあったので安らぎになるような話は多かった けどこの作者さんはかすかに希望を持たせるスタイルなので、そこが少し私とはズレていた 「だからどうした、ということではないが、ただそれでも、そういうことがある、ということはできる」 いうことができてどうなるのと諦めてしまう反抗期がまだ残存しているので。 それでも心地よさはある 私たちの人生はいくつものストーリーが重なってできており、意味を成す流れが先に存在しそこに矛盾しないように整えられる側面も大きいが、そのストーリーの手中から漏れる無意味のかけらが、そこにただ在るものとして感じられる。 凄惨な経験について語る時、その反応によって被害者や抵抗者という何か決まった役になってしまうのが常だが、演者になりきらず行き場をなくした感情が乾いた笑いとしてでてくることもあり、それもまた、ただ在るものとして存在する無意味のカケラなのではないかと。ストーリーからの解放、ナラティブに収まりきらない断片が自由として現れている。 p106手のひらのスイッチの内容は何度も何度も考えてきたこと。世の中にはそれと明言されているわけじゃないが、自ずと、「みんな」が共通認識として基盤に据えている良し悪しの価値判断が透けて見える表現が溢れている。ある人が、あまりにマジョリティど真ん中であるためにマジョリティであることの自覚すらなく発する言葉が、マジョリティ/マイノリティの境界線、その人が柔らかく保護されている結界のようなものの存在を、受け手に強く意識させることがある。そういう柔らかな膜の存在すらわからないように、全ての価値判断語の主語を自分に据えればいいんじゃないか。そう閃くが、世間一般ではどうかという周りの風景から目隠しをして自分を主語にした場合、「ーしたい」「ーが好き」という文の穴埋めが困難になる。結局それぞれの価値観を大事にしようなんていう多様性は一人一人が独立して絶対的な位置感覚を持つ生き物ならシンプルだが、自分以外と自分の境界が滲んでいてどこまでが自分なのかすらそもそも曖昧な状況においては機能しないと思う 水彩画で色彩が滲みあってさまざまなグラデーションに満ちた世界が形作られていき、私たちはその中のどこかに位置しているようなものだと思う。私たちそれぞれの位置する色をみて、何を混ぜればドンピシャでこれを作り出せるのだろう?それすらよくわからず生活している。かといって全ての色に対して、これは何かと何かの混合物とかではなく、もともとこういう色として、色の三元色くらい絶対的なものとして存在していたよね、と名前をあてがっていくのなら、その作業は途方もない。自分と似た色彩の美しさを無意識に誇る姿に疑問を感じるのも不遜な気がしてしまう 自分の疎外感を改善しようとすればするほど、自然に溶け合った価値観を強く自覚して辛いのに、別の時にはその当たり前の存在に助けられていることもまたやはり辛くて、結局全てをそのまま受け入れようと諦めてしまう 根本的にやはり1人だからこそ、土偶や鉢植えや鍋といった何気ない媒介で生活史を共有できた時に、1人であることが自覚される寂しさや、否応なく侵入された瞬間の意外な心地よさが、身に染みるんだろうか
2投稿日: 2025.07.13
powered by ブクログ社会学者の氏がさまざまな調査を通じて見聞した、断片的なエピソードたち。印象的だったものを書き留めておこう。「父親が収監され、母親が蒸発し、子どもたちが施設に預けられ、無人となったその部屋だが、その後も悪臭や害虫の苦情が何度もくり返され、マンションの管理会社の立ち会いのもとで、自治会の方が合鍵でその部屋の扉を開いた。そこで見たのは、家具も何もない、からっぽの、きれいな部屋だったという」「真っ暗な路地裏で、ひとりの老人が近寄ってくるのが見えた。すぐ目の前に来たときに気付いたのだが、その老人は全裸だった。手に小さな風呂桶を持っていた。全裸で銭湯にいくことは、これ以上ないほど合理的なことなのだが、そのときは心臓が止まりそうになった。あのときは、もう少しで、どこかへ連れていかれて二度と戻れないのではないかと、わりと本気で感じた」「このブログは、この社会のなかでひとりの異性装者が試みた、ささやかな夢の実現なのだ。ここには、異性装との出会いの語りや、アイデンティティの称揚、抑圧的な社会への批判、そういうものが一切ない。彼女は誰とも、何とも闘ってはいない。そうした闘いを飛び越えて、最初からそういうしんどい闘いが存在していなかった世界を、自分だけの小さな箱庭で実現しているのである」「犬の死に際を見てやれなかった、ということをいつまでも気にやんでいると、あるひとが私に、あなたに死に際を見せたくなかったから、出かけているあいだに先に逝ったんだよ、と言った。私は怒って否定した。そのような安易な気休めにすがることは、ひとりで死んだ彼女の孤独や、子どものころからの私の彼女への愛情を、まったく台無しにしてしまうことになるとしか思えなかった」「壊れてしまった時計を捨てた。壊れたなりにしっかりと秒を刻んでいるままの時計を捨てるときに、かすかに、生きている動物を捨てるような気持ちになった。それはゴミ箱のなかでもしっかりと時を刻んでいただろう。そして火曜日のゴミの日になり、それはゴミ袋のなかに入れられる。やがて清掃局の車がそれを回収にくる。そのときでもそれは、何も知らずにずっと時を刻んでいる。車はやがて焼却炉に到着し、他の大量のゴミとともに、それは炎のなかに投げ入れられる。それはいつまで動いていただろうか。焼却炉の高温の炎で焼かれて、やがて死んでしまうとき、痛みを感じただろうか」。小さなエピソードたちが、胸をえぐってくる。だが余計な意味づけは無用。エピソードのまま、あるがままを味わっておきたい。
0投稿日: 2025.07.04
powered by ブクログ社会学×ポエム 意図的にポエム的にしようとしている部分が、心地よくではなく、逆に気持ち悪さを感じて、読めなかった。
0投稿日: 2025.06.11
powered by ブクログ分析しきれない、生活の断片たち。 きっと、そこには人が言葉にできない想いが集まっている。 それを愛しみ、面白がり、ときに苦さを味わうことこそ、生きるってことなのかもしれない。
0投稿日: 2025.06.05
powered by ブクログ「普通」という言葉のもつ暴力性。これ読んで真っ先に朝井リョウの「正欲」を思い浮かべた。ものごとの考え方、見方に少なからず影響を与える本だと思う。「多様性」という言葉は善意から語られることが多いと思うけど、同時にその言葉自体がラベリングをつくりだしてるという現状にはあまり目を向けられていない。どんな人にも何かしら刺さる言葉、逆に救いとなる言葉がたくさんある本だと思いました。
1投稿日: 2025.05.24
powered by ブクログ先に『調査する人生』を読んでしまっていたがこちらもとても印象に残るインパクトのある一冊だった。特に後半の「普通であることの意思」や「自分を差し出す」が印象的だった。 マイノリティの話題で在日コリアンを例に社会にある「普通」とは何かをとても考えさせられる。 「一方に「在日コリアンという経験」があり、他方に「日本人という経験」があるのではない。一方に「在日コリアンという経験」があり、そして他方に「そもそも民族というものについて何も経験せず、それについて考えることもない」人びとがいるのである。」 もしかしたら気づき考えることから始めることで、普通から一歩脱しているのかもしれない。
1投稿日: 2025.05.20
powered by ブクログあとがきにこの本の魅力が全て詰まっていた。世界からどんどんと失われている寛容さや多様性。なんでなんやろう? 何が昔と比べて変わったんやろう? この本はその答えが載っている本ではない。 色んな多様性を描いて それぞれの多様性に否定も肯定もしない姿勢に感じるけど、全ての存在を存在していいんだよ。と訴えているように感じた。 私が世の中に対して思う息苦しさは何なんだろうと考えるけれど 勝手に他人が自分の心に入ってくることは結構しんどい。なのに、孤独が辛い。 これ何なんだろう。 作者の方が社会学者として全体化したり一般化することを暴力だと嘆いているのが印象的 分断を生むものって他に何があるのだろう。 マーケティングも分断に近いのかな? こうであろうと仮説を立てると、そうではない人たちを排除してしまう。 そもそも大きくは資本主義が多数派に都合よく出来ている。
0投稿日: 2025.05.17
powered by ブクログ2025.05.13 しらずしらずのうちに引き込まれてしまう。何か不思議な本であった。なにを書けば良いのか悩むが、あっという間に読み終えた。
0投稿日: 2025.05.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・大晦日に屋台で花を売るバイトをしていて、余った花を持ってきてくれたのだった。 ・誰にも隠されていないが、誰の目にも触れないもの ・人は、お互いの存在をむき出しにすることが、ほんとうに苦手だ。
0投稿日: 2025.05.03
powered by ブクログなんとなくの再読。またしてもなんとなくの雰囲気で読んでしまったような気がする。感想があんまりまとまらない。 2人のインタビュー(演歌の弾き語りのおじいさん、北九州出身の女性)は、人生のいろいろさ、世の中は多様な断片の集積であることを感じる事ができた。 あとは幾分もやもやした点がある。多様であることを最重要視しながらも、社会が要請する価値観に無意識のうちに従って考える事が、多様性に対する暴力になりうるところで、著者は止まってしまう記述が複数回登場し、そこに正直もやっとした。筆者はマイノリティに対する暴力の可能性を繊細に考えているにも関わらず、アウティングの部分ももやもやした。うまく言葉にできないが、両方とも筆者や書かれている内容というより、それが変な受け止められ方をする可能性にもやもやしているのかもしれない。 再読だけどほぼ忘れており、特に、それで終わるんか!の最後の最後に驚愕した。
0投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログ実際に存在するけど、それを気に留め書き留める人がほとんどいないようなことを書き連ねていて、不思議な吸引力がある一冊。 著者のいう「断片的なもの」とは、「ストーリーにまとめられず」「解釈や理解をすり抜けてしまう」出来事である。 とはいえ、社会学者の習い性というか、解釈してしまっている話題もある。実際のところ、本当に解釈や理解を寄せ付けないシュールレアリスムなことを書いているわけではない。比較的寄せ付けない、ということだ。 だからこそ、それなりに多くの読者を惹きつけられているのだと思う。 そういう意味もあって「普通であることへの意志」は特によかった。著者が解釈して説明しなければ見過ごされてしまうような出来事を書き留めているので。
0投稿日: 2025.04.05
powered by ブクログショートエッセイ的な構成でしたが、一つ一つのストーリーが濃厚で面白かったです。社会学は難しいイメージでしたが、日常風景から展開され、人々の人生に触れた中で社会を考える、優しい本だったと思います。
0投稿日: 2025.03.25
powered by ブクログ・意味のないようなセンテンスがたびたび出てくるが、それ自体が社会の断片であるのかも ・マジョリティと言われている人々の語りももっと聞きたかった ・他者への関わり方(最終的にはその人がよければいいのでは)、人それぞれに流れている時間の違いについて、特に覚えている。
0投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログ事実を寄り集めて共通項を見いだせば 理解はたやすくなるけれど 触れた事実すべてに向き合ってみたい だから何になるとかじゃなくて 見聞きする人生はみんな社会の一部
1投稿日: 2025.03.13
powered by ブクログなんとなく、これから何度か読み返すことがあるような気がした。聖書なんて読んだことないけど、救いを求めて聖書を読む感覚ににてるのではないかとか思った。
5投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログ大学で習った社会学とは違って、断片的で、ありのままで、でも語りの奥にその人の生活は続いていることが感じられた。中学も卒業せず風俗のキャッチをはじめ、最高級のクラブのホステスになって一流大学をでた人やブ人の話が面白かった。開店資金を出してもらったり、あるいはもっとストレートに愛人になる道を選ぶ人が多いが、一流大学をでた人やブラックカードを持つ人の相手をするうちに自分もそっち側の人間になろうと、思ったらしい。 確かに女子学生は綺麗なウエディングドレスを着てみんなにおめでとうと言ってもらえる結婚というものに憧れがある人が多いみたいだし、結婚式は幸せなものだというイメージがあるし、結婚式では一日でも早く元気な赤ちゃんをと、セットで言われる。 でもそれが、同時にそうでないひと=幸せではないという構造を作り出してしまっている一種の暴力であるということに感心した。 私がいままで思っていたモヤモヤが晴れた感じがした。もう妻がいて夫がいて健康な子どもがいることが絶対的な幸せだと位置付けるのをやめたらどうかと思う。 学生を釜ヶ崎に連れて行った話が面白かった。女子学生は怖いという印象を持ってしまったし、路上のおじさんは見せ物にされていると怒った。マジョリティは国家に守られているため問題は個人のものと考える。 でもマジョリティマイノリティ関係なくお互い欠けているもの同士出会いを喜ぶべきである。 アメリカでロックスターになるために大学をドロップアウトした学生の話が面白かった。 文化が盛んな社会はいい社会であるが、人生を捨ててなにかに賭けるものが多ければ多いほど、天才が生まれる確率が高くなる。 龍谷で教えられていたこともあったんだ。今は京大にいらっしゃるよう。
14投稿日: 2025.01.15
powered by ブクログ久々にこんなに面白い本を読んだ。 社会学者として、インタビューしてきた無数の人々の語りを「分析すること」の暴力性に言及した上で、「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」事象について、散文的、あるいは映画的に描写している。安易な物語を回避して、偶然の中に意味を捉えず、そのものに近づこうとする。 この本を読んで何か得られるわけではない。ただ、意味や教訓はないがかけがえもなく、無数に存在する「普通」の面白さに触れた。
0投稿日: 2025.01.12
powered by ブクログ人生、幸せ、価値観、自由、人との距離感など日常を生きる中での断片的なものごとについて考える作品。 綺麗事を並べた人生観ではなく、自分の人生は自分のものでしかないし、無意味だと思っても生きるしかないんだ。どんな人でも人生は選べないし生まれればいつか死んでいく、それは当たり前の事だなと考えたら少し息が軽くなるような感覚がした。人の数だけ人生があって、生活があって家族がいて、沢山の人の人生のお話に触れてちょっと旅をしたそんな気持ちになれて満足。 人生や価値観について悩んだ時に読みたくなる作品です。
1投稿日: 2025.01.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
とても面白かった! 社会は人びとの断片的な生活によって構成されていて、社会全体を考察することと個人の生活にフォーカスして「語り」に耳を傾けることは直結しているのだろうなと思った。 一見無意味に思える(本質的にも無意味である)自分の人生の部品ひとつひとつを愛していければ良いし、それが自分の苦しみをとりのぞく、あるいは「まっとうに苦しむ」ことにも通じれば良いと思った。 「相手の判断に干渉しない」「相手の意思を尊重する」ことが最も相手を思いやった行動であることは不自然だ、という作者の指摘は腹落ちした。面倒臭さや他者への本来的な恐怖がそうさせるのだと思うが、もう少しオープンに他者に関われるよう、すこしの努力をしてみたい。
0投稿日: 2025.01.02
powered by ブクログとても面白く、興味深く読みました。 著者が幼い頃のエピソードで、ただそこに転がっていた石ころが『この石』になるくだり、私もよく感じていました。私が拾うまで何ものでもなかった石が、私が拾った瞬間に質感や重量や傷が現れ、認識することができる。でも私はそれを一生見つけないでいることもできた。その石がすごく特別になったり擬人化して大切にしたりしたわけではなく、ただその不思議さに、ぼーっと見つめていました。それこそ人に話すことでもない、曖昧なよくわからない話なので、同じことを思っていた人がいるなんて正直驚いたし嬉しかったです。 たくさんの『分析されざるものたち』が出てきます。そのどれもが何気なかったり壮絶だったりどちらにせよ理解し難く、断片的です。 著者が何度か書いている『どうしていいか分からない』という言葉にホッとしました。正直分からないです。社会は難しい。何が正解か、何が誤りか、そもそも自分とはなにか前提から間違ってないだろうか。 また気が向いた時に読み直したい本です。
0投稿日: 2025.01.01
powered by ブクログとても人間くさい 説教されているわけじゃなく、とてもすっとここに入ってきてふと涙が出てしまう時もあった いろいろな人がいるものだな、そんな突飛な人生とは無関係だろうなと思いながらも、その人から得られる教訓はとてもすっと心に入ってくるものでした
0投稿日: 2024.10.31
powered by ブクログ結論から言うと、書き味を味わいたくて二度読みをしました。 読むきっかけは、ある文筆家さんがオススメしていたこと。「日常」「解釈しがたい」というワードに引っかかりました。 読んで最初は、なかなかのめり込めなくて「どうなんだろう?」と戸惑いながら、ペースもゆっくりでした。 移動時間や病院の待ち時間に少しずつ読んでいくと、「笑いと自由」というあたりから、「あ、これ、この感覚知ってるぞ……!」というのに出会ってからはあっという間でした。 日常のなかの、なんでもない場面のなんでもない出来事を活字化すると、その「なんでもなさ」がなんだか不思議な奥行きを持つようになって、知らない人の話なのに、すこしだけ愛着も湧いて。 一気に読めなくても、気が向いたときに読んだらいいと、これから読む人に伝えたいです。
3投稿日: 2024.10.04
powered by ブクログp6 p31 もっともかけがえのないものとは、「私たち」にとってすら、そもそもはじめから与えられていないものであり、失われることも断ち切られることもなく、知られることも、思い浮かべられることも、いかなる感情を呼び起こされることもないような何かである。 p32 徹底的に無価値なものが、ある悲劇によって徹底的に価値あるものに変容することがロマンなら、もっともロマンチックなのは、そうした悲劇さえ起こらないことである。 p49 p80 居場所が問題になるときは、かならずそれが失われたか、手に入れられないかのどちらかのときで、だから居場所はつねに必ず、否定的なかたちでしか存在しない。しかるべき居場所にいるときには、居場所という問題は思い浮かべられれさえしない。居場所が問題となるときは、必ず、それが「ない」ときに限られる。 p82 四角い紙の本は、それがそのまま、外の世界にむかって開いている四角い窓だ。だからみんな、本さえ読めば、実際には自分の家や街しか知らなくても、ここではないどこかに「外」というものがあって、私たちは自由に扉を開けてどこにでも行くことができるのだ、という感覚を得ることができる。そして私たちは、時がくれば本当に窓や扉を開けて、自分の好きなところに出かけていくのである。 p91 p97 ただ、私たちは、人生のなかでどうしても折り合いのつかないことを、笑ってやりすごすことができる。必ずしもひとに言わないまでも、自分の中で自分のことを笑うことで、私たちは自分というこのどうしようもないものとなんとか付き合っていける。 p106 p111 ある人が良いと思っていることが、また別のある人びとにとっては暴力として働いてしまうのはなぜかというと、それが語られる時、徹底的に個人的な、「〈私は〉これがいいと思う」という語り方ではなく、「それは良いものだ。なぜなら、それは〈一般的に〉良いとされているからだ」という語り方になっているからだ。 完全に個人的な、私だけの「良いもの」は、誰を傷つけることもない。そこにはもとから私以外の存在が一切含まれていないので、誰を排除することもない。しかし、「一般的に良いとされているもの」は、そこに含まれる人びとと、そこに含まれない人びとの区別を、自動的につくり出してしまう。 p193 p221 私たちの人生には、欠けているものがたくさんある。私たちは、たいした才能もなく、金持ちでもなく、完全な肉体でもない、このしょうもない自分というものと、死ぬまで付き合っていかなくてはならない。 私たちは、自分たちのこの境遇を、なにかの罰だと、誰かのせいだと、うっかり思ってしまうことがある。しかし言うまでもなく、自分がこの自分に生まれてしまったということは、何の罰でも、誰のせいでもない。それはただ無意味な偶然である。そして私たちは、その無意味な偶然で生まれついてしまった自分でいるままで、死んでいくほかない。 p240
0投稿日: 2024.09.15
powered by ブクログ当たり前であるけれども私たちが見逃してしまっていることを丁寧にエピソードと共に拾い上げて、再確認させてくれる本だった。 途中でインタビューだけの章が挟まっていたり、色んな何でもない人の特別な物語が違和感なく切り替わっていって読みやすかった。今まで出会ったことないような壮絶な話が多く、衝撃を受けながら読み進めていった。 章の終わりに挿入された西本明生さんの断片的で偶然撮られたような写真も素敵だった。(調べてみたら「何も写っていない写真」と題して撮っていた?)
1投稿日: 2024.09.15
powered by ブクログ挟まれる写真で「断片ですよ」感が際立って、良い。 想像していたより、語り>聞き取り で、著者の人間味が感じられた。 なるほどそうだなぁと思ったり、それを断言するのは同意しかねる(なぜだ)と思ったり。考える練習になった。
0投稿日: 2024.07.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
町田そのこさんのお勧め本として紹介されてた本。面白かった。人に直接話を聞くという方法で社会学をしている人だそうだ。面白そう。私のモットーとも合っている。人は話したがっている。私も心理学か社会学が迷った時期があった。もし社会学の方を選んでいたら、こういう面白そうな方法を知れたのだろうか。そういう活動の中で集めたというか、集まってきたような、いろいろな断片的なエピソードを紹介しているエッセイ。こういうのもエッセイというのか?というような本。しかし普段の読書では知りえなかった本だろうから、やっぱり人のお勧めを知るのも大事なことだな。
1投稿日: 2024.07.17
powered by ブクログとても素敵で美しい本。他の方も記載されているように、どういう本かを一言で説明するのは難しいのですが、社会の中で一生懸命に生きる、自分以外の誰かに思いをはせることができる本です。外で出会う見知らぬ他人ひとりひとりに想いがあり、人生があり、物語があるのだ、という当たり前のことに気づかせてくれます。と同時に、社会の厳しさ、その社会の中で生きていかなければならない小さな自分、というものにも気付かされます。自分がいまどのような心持ち、立場、環境に置かれているかで、読んだときの感想も違うものになりそうです。 タイトルは重苦しい印象ですが、社会学に触れたことがない私にとってもとても面白い内容で、すいすい読み進めることができます。私がこれまで何も考えず、何の琴線にも触れずに見過ごしてきた社会や人の小さな物語に対する著者の視点、感性が素晴らしい。社会学をいつか自分も勉強したら、人や社会に対してこうした深い視点が持てるようになるのでしょうか。だとしたら、社会学をいつか勉強してみたい、と思いました。 いつかまた読み返してみたい、そう思える本です。 是非手にとって読んでみてください。
0投稿日: 2024.06.27
powered by ブクログこの本に綴られている取り留めのない、ゆらゆらと揺蕩って流れているような誰かの日常の断片と岸先生の距離感がすごく心地よかった。いまはSNSで何かに対する意思や意見を表明することが求められていて、述べることの根拠や理由なども考えて一生懸命に140字や数百字に詰めることを構築しなければと切羽詰まっていたのだなあと思い知らされた。隙間というか余白のある場所というものが少なくなってきて、そういう場を脳内に作ってくれるような本は貴重だ
1投稿日: 2024.06.16
powered by ブクログ普通の人達の過去の断片。 筆者は本の中で、自分はマジョリティーだと書いていたが、その他大勢と感覚や興味対象がズレている感じがした。どの人も、少し変で、少し普通なんだなぁ
0投稿日: 2024.05.17
powered by ブクログ世の中の 良いとされていること 悪いとされていること そしてその背景を丁寧に捉えつつ、 その先、へ進もうとする姿勢が素晴らしく、 まさに断片的なものの社会学。 アウティングと親友の鍋の話 そして豪雨の中干からびた観葉植物の話 が特に印象に残った。 岸先生の描写、捉え方、そこからの解釈 その全てが美しくも泥臭くて好き。名著。
3投稿日: 2024.04.21
powered by ブクログ本当にいろんな人がある。会社の同僚、上司、部下。家族、親戚、友人、知人。人それぞれにそれぞれの物語がある。 私にも、とても人に言えないような話はある。著者の岸先生になら話してもいいかもしれないと思った。寧ろ聴いてほしい。吐き出して楽になりたい。 世界は複雑で、美しいだけではない。 美しい面ばかり見ていたいのと同時に、扉の向こう、穴の底を覗きたい。 などということを考えずにはいられない本だった。 本を読むことは他人の人生の一部を生きることと同義であると思っている。
7投稿日: 2024.04.17
powered by ブクログ友人が貸してくれたエッセイ。自分があまり読むタイプでは無かったので最初はその世界観にたじろいだ。練りに練られた言葉というよりは作者の強い思いが溢れ出し、何とか言葉としては封じ込めたように感じた。普段何気なく過ぎていく「日常」。当たり前だがやはりこれが人間の数だけあるのだと強く感じた。読み終わる事が惜しくなってしまうような作品。
1投稿日: 2024.03.30
powered by ブクログタイトルの通り、いろいろな人の人生について綴っている。 ざっくりとした解説ではなく、概念的に事細かく解析している岸さん。なんて面白い本なんだ。
0投稿日: 2024.03.21
powered by ブクログ短期間で3回も読んでしまった。。。 目の前で起きている事を、そのまま理解する「観察」は今最も重要な事の一つだが、これが意外と難しい。どうしてもバイアスがかかる。 この本の作者の岸さんは、目の前で起きる、語られらるどうしようもない事を、どうしようもないと、ただ記録する。でも、諦めつつも受け入れている。そんな気がする。この態度は、デザイナーの深澤直人氏もその著書で同じ事を書いている。 観察とは、残酷でありながらも、どこか温かい。 この暖かさは、何なのか。。興味、気掛かり、愛おしさ。 「笑い」についての記載がある。それは自由だと、、この自由の捉え方が、アッバスキアロスタミ監督の桜桃の味でのそれと同じ事だったのは、記憶しておきたい。
1投稿日: 2024.03.09
powered by ブクログ感想 平凡さと特殊な経験。どうして1人の人間の中に同居できるのか。彼らは何を考えどう生きているのか。翻って。きっと自分も何か欠けているはず。
0投稿日: 2024.02.16
powered by ブクログ断片的に様々なテーマについて触れられた短編が収録されている。書いてあることすべてを理解できた気はしないけど、読んでいると心の軸がいい位置に落ち着くような、少し気分がスッキリするような、そんな感じ。時々パラパラと読みたい。 全体的にふわっとした表現が多く内面的で理解が難しく感じるのですが、子どもを持つことや結婚について語られた編はかなり解像度高く読めました。これは作者が日頃から強く考えている内容だからなのか、私自身よく考える内容だからなのかどっちだろう。
1投稿日: 2024.02.02
powered by ブクログ断片的な物語を集めた本であった。著者は自分はマジョリティと考えていても、断片的な存在の苦しさや社会における厳しさを把握している。それを乗り越えるのは難しいと理解しながらも、昔拾った石が存在しているように、その物語をあつめる一つの社会学が存在していることを知られて良かったとおもえた。
6投稿日: 2024.01.25
powered by ブクログいろいろな人と出会う本。しんどいのだろうけど、しんどいという言葉の無い対話。後に、ふと、手にとって見返すときがくるのだろう。 あとがきの言葉にも惹かれた。
0投稿日: 2024.01.17
powered by ブクログ人間や社会は断片的なものの集合体であるという言葉にハッとさせられた。御多分に洩れず、あらゆる物事に対して明確な意味や一貫した物語を無意識に求めてしまっていたから(そして自分も周りからそれらを求められている気がしていたから) 「他者を完全に理解することはできない」ことの孤独を抱えてもなお、他者とつながることの面白さや喜びには逆らえないと思わされる 過去・現在・未来の全ての私にとって大切な本になると思う
1投稿日: 2024.01.14
powered by ブクログ本の中で岸さんはどうしたらいいかほんとうにわからない、と度々困惑していて、それが岸さんなりの大きな隔たりの向こうへの祈りなんだろうなと思いました。今出会えてよかったです。
0投稿日: 2024.01.05
powered by ブクログ日常は苦しく無常であると感じることを、そういうものであると、肯定される。少なくとも、幸せでないといけないと思わなくていいんだと。 救いという概念は、イメージするよりもずっと些細なものであるということ。ただ、それが例え、かすかなものであろうとも熱をもち、潰されそうになる一夜に惑う私の足元を照らす。そんな光のありがたさを気付かせてくれる。
0投稿日: 2024.01.03
powered by ブクログ誰かの人生や言葉。関わろうとしなければ一生無縁の断片的なものごと。私が当たり前だと思って見過ごして来たことを、岸政彦さんは立ち止まって、じっと見つめているんだな。それを共有させてもらったと感じた本。
6投稿日: 2023.12.26
powered by ブクログ冒頭のインタビュー途中に犬が死ぬ話から、著者が直に聞き取ったとらえどころなく一筋縄ではいかないエピソードの数々に圧倒される。 この世に偶然に生を受け、断片的な物事に囲まれながらどうにも中途半端で大したことのない人生を歩む(著者を含む)人々に対する、愛憎入り混じった感覚がドライな文体で刻まれて心の奥底に訴えてくるものがある。 たとえば「本人が良ければそれでよい」という昨今割にとおりの良い理屈に対しても、ただ肯定でも否定でもなく、あれこれと煩悶する文章に付き合うことは、なんでも数分でズバズバと論破していくのが好まれる世の中の解毒剤として機能していると思う。 途中、渋沢敬三(と、その流れを汲む宮本常一)を揶揄したような一文に出くわし、意図がわからず戸惑った。社会学と民俗学で分野は違えど市井の人々の聞き取りという近しい仕事を共有しているように見える宮本への著者の評価はどのようなものか、知りたくなった。
0投稿日: 2023.12.23
powered by ブクログ2023年も終わろうとしてる時に大事な本に出会えました。 マイノリティといわれる人たちに関心があって、状況を知ったり思いを馳せたりしていたいけど、何が正しいのか、何が優しさなのか分からない。 忘年会とか、同窓会とか、苦手。 色々な自分の気持ちを整理するヒントになってくれたような気がする。 大切にまた読みたい。
0投稿日: 2023.12.10
powered by ブクログ理解するのに難しいこともあったし、共感できることもあった。 それでいいんだと思えた本だった。 また読みたいなと思う本。
2投稿日: 2023.09.11
powered by ブクログ「誰にも隠されていないが、誰の目にも見えないもの」 語りを聞きとる ブログをながめる -断片から見えてくる人の生活
0投稿日: 2023.09.07
powered by ブクログ読んで落ちつく本でした。社会学者の筆者の聞き取り調査の一部や、日常の中でなぜか印象に残っている出来事とともに、筆者の思いや考え方が書かれています。矛盾することに対しても、答えを出さずにただあるがままを書いている感じがよかったです。
0投稿日: 2023.08.19
powered by ブクログ読んでいる最中に感じるのは、掴みどころのない内容への戸惑い。 読み終わっても、これが分かったと言えるものはないが、この本から得られる戸惑いはとても豊かだと感じた。
1投稿日: 2023.08.15
powered by ブクログ社会学者である著者が聞き取りを行った中で惹かれた無意味な部分を詰め込んだ短編集。何の意味もないけれど妙に記憶にだけ残るエピソードが集められている。きっと私が今後関わる機会がないであろう風俗嬢や大阪の路上のギター弾き、異国の刑務所で過ごした元ヤクザのちょっとした人生や生活の一部の話が断片的に書かれている。ちょいちょい社会学的なことも書かれている。AV女優が可哀想!って批判や介入することが結果AV女優にとっては迷惑なこともあるってそりゃそう。好きでやってる人や自分の居場所になっている人もいる。人によって本当に必要なものことは違うこと、普通って、一般市民って何?考えさせられる部分もあった。社会学って統計学と思っていたけれど意外と違うのかな。他人の生活の断片、それが例えしょーもないことでもそれを垣間見れるのはちょっと面白い。
0投稿日: 2023.08.15
powered by ブクログ世界に転がる「無意味」なものの集積だという本書は、エッセイと論考のあわいをふわふわと漂う。断片を渡り歩く中で、思いがけず、大阪の喧騒や沖縄の風に打たれる体験が心地いい。本を閉じて、泣きそうになっている。
0投稿日: 2023.08.13
powered by ブクログいつも切ってもらっている美容師さんがお勧めしていたので読んでみた。社会学というものにはこれまで馴染みがなかったのだけど、あとがきに書かれていた「とらえどころもなく、はっきりした答えもない、あやふやな本」というのが実にしっくりくる。あやふやなんだけど、おそらく多くの人が、何となく知っている/覚えのある感覚を可視化させるような本だった。筆者の他の著作も読んでみようと思う。
0投稿日: 2023.07.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
再読。 感情の吐露があったかと思うと、理性的な文がその後に続き、不思議と心地良かった。 人生の意味なんてわからないし、それぞれ孤独だけど、自分がいいと思ってるものを表現することを放棄せず、他人と対話することも放棄しない。
1投稿日: 2023.07.08
powered by ブクログ明確なオチはない、という意味では、わかりやすい話を期待している人には訳がわからず、つまらないものに受け取れるだろう、ということがわかる(実際ここの感想もだいたい二つに分けられる)。 これが書かれた時よりも今のほうがさらに混沌としているし、何も求められていないのを知りつつ、自分だけは認められたいというひとが目立つ状態だと思う。 問題提起というか、考えるきっかけとしての本書、という気がする。
0投稿日: 2023.07.06
powered by ブクログ何が正解で、何が間違っているのかではなく、そもそもそんな事考えなくていいのかなって思えるような本だった。いろんな事に意味はないし、エピソードにオチもない。何故か一気読みしてしまったが、もっとゆっくり読めばよかった
0投稿日: 2023.06.03
powered by ブクログ「とらえどころがないけどとおとい」 読みながらそんなことを思った。 論点というか、著者が伝えたいことをこれだ!と決めつけてしまいたい自分もいつつ、それこそが暴力的な行為である気もして、自分のフィルターで内容を纏めるんじゃなくて読みたくなったらまたこの本に帰ってこよう、そう思える本だと感じた。
1投稿日: 2023.05.10
powered by ブクログチェルノブイリの祈りでも感じたことだけど、現実のエピソードとストーリーの断片を書き留めた物語は圧倒的な存在感を放つ。脈絡も意味も善悪もなくてもその「出来事」が起きた事実、それだけで充分。そういうことを書き綴って言語化したエッセイ、世界の片隅を味わったようで読んで良かった。 人生を捨てる賭けに勝って自分の人生を手に入れる、植木を交換する人々、そもそも存在するが目に触れず誰にも語られなかった物語、生きることは時間の流れを苦痛と感じること。 「ある人が良いと思っていることが、また別のある人びとにとっては暴力として働いてしまう」 「したがって、まず私たちがすべきことは、良いものについてのすべての語りを、「私は」という主語から始めるということになる。」 「だが、私はここから本当にわからなくなる。私たちは「実際に」どれぐらい個性的であるだろうか。私たちは本当に、社会的に共有された規範の暴力をすべてはねのけることができるほどのしっかりした「自分」というものを持っているだろうか。」 「個性的である、ということは、孤独なことだ。私たちはその孤独に耐えることができるだろうか。」 「もちろん私たち男は、さらにその「どちらかの性である」という課題すら、免除されている。私たち男が思う存分「個人」としてふるまっているその横で、女性たちは「女でいる」。」
0投稿日: 2023.04.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
飛ばして読んだので評価しません。 あまり好みではありませんでした。 メモ書きのような覚書のような。 インタビューした方々の断片というか… ほんの人生の中の瞬間の… 作者が気になったことやふと気づいたことを 取り留めもなく記した本。 ふーん…だから? で終わる事も出来るし 本を閉じ想いを馳せる事もできる。 私は人にあまり関心がない方なので前者だった。
5投稿日: 2023.03.30
powered by ブクログ出会えてよかった本 ずっとそばに置いておきたい 何と言えばよいのだろうか ここで話されているような断片的なこと、端々なことを、もっと大切にしたいなと思った
0投稿日: 2023.03.29
powered by ブクログ社会学者である筆者が調査の中で見聞きした、解釈不能なエピソード(断片)の数々を紹介。 世の中に理解不能な「断片」が溢れていて、その多くを私たちは知ることができない。 世界の広さと、人と人との相互理解の難しさを感じさせてくれる一冊でした。
0投稿日: 2023.03.14
powered by ブクログついつい先を読み進めてしまう不思議な読書体験だった。 社会学者の作者さんにインタビューされたくなるような気持ちに。 私も一種のマイノリティなラベルを受ける身だが、意識したくなくともどうしても社会の中で意識せざるを得ない場面が多々ある。 またいつか読み返してみたい。
0投稿日: 2023.03.04
powered by ブクログ断片。生の文章。著者自身と周りの物事に対しての考察が内省的で印象深く、とても良かった。話題があっちいったりこっちいったりするが、日常生活で生まれる澱のようなものについて語っていて、そこには力強く訴えかけるなにかがある。ふだん純文学の小説で読むような、登場するエピソードのようなものがそのまま原石のように書かれている。それはたくさんの人をインタビューして、彼らの語りを聞いた著者にしか書けないものだと思う。ただ普段自分が小説にしか親しんでいないためか、物語の中で意味を持ったエピソードとしてそういった「体験」というものを読む(あるいは読もうとする)ことが多いので、本作のような未整理のむき出しの記憶といったものに対して少し戸惑ってしまった。なので星4とした。
1投稿日: 2023.03.02
powered by ブクログ社会学者によるエッセイ。 根底に流れる孤独感は、自分の感覚とマッチしており、とても興味深い深く、特に「土偶と植木鉢」の考察には共感した。
1投稿日: 2023.02.12
powered by ブクログ最終章「物語の欠片」から無数に放たれた欠片が、読後の今なおちくちくと脳裡に刺さっている。 な、なんだったんだ──こちらが気の利いた解釈を捻り出すより早く、登場人物は去っていった。 善悪の判断を待たずとも人間は生まれてくるし、つかの間存在するし、死する。 その、つかの間、われわれは、ほかのつかの間を過ごす誰かと出合う。 あなたが縦糸、わたしが横糸となりて一枚の織物を紡ぐ、なんてことは限りなく稀で、ふつうはただ出合う。 ひと綴りの物語を編み上げるまえに糸が切れてしまうこともあろう、ただ虚空で針をさまよわせていたと気づくこともあれば、想い描いていた設計図とまるで違う全体になったり部分が生じたりすることもあろう。 寒気が訪れたとき布の一枚も自分が持ち合わせていないことに思い至り、途方に暮れることもあるだろう。 縁は糸と違って見えないだけあって、孤独はどうしたって胸に迫る。さりとて、寒いのは寒い。 会うべき糸、なんてものはなくって。 会ってしまった、触れてしまった、結ばれてしまった、ほぐれてしまった、切れてしまった。 完了形だけがそこにある。「てしまった」ことによる痛みとの対峙。 解釈は暴力たりえる。批判を受け容れつつ、祈りを籠めて、この不思議と出合いに満ちた社会に言葉を放つ。 ひとにはそれしかできないとみるか、少なくともそれだけはできるとみるか。
7投稿日: 2023.02.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
世代や性別、地域などで何かとタイプを括りがちな私達だけれども、本当にそこにあるのは一つしかないストーリーを持った個人であることを認識させてくれる。 以下印象に残ったところ。 道端に転がっている小石を拾って眺めていると、「この小石」になる瞬間が訪れる。かけがえのない存在とか感情移入とか擬人化とかそういうのではなくて、世界にひとつだけしかないもの。それが無数に路上に転がっている。 聞き取りは海に深く潜っていくような感覚。最初の「お生まれは?」の質問は、シュノーケルで息を吸い込んで止め、一気に潜る感覚。終わるとゆっくり水面に戻ってきて、「私」に還ってくる。 私達の持っている幸せのイメージは時としてそれが手に入らない人への暴力になり得る。 時計を捨てるときに、かすかに生きている動物を捨てるような気持ちになった。焼却されることを想像したとき、一瞬だけ時計と私の間に何か細いつながりがあった。 他人の書いた、整理のされていないブログは、「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れないもの」。 外から見えるホテルのエレベーターに乗っている人をちらりとみかける。全く何も知らない人を、たまたま夜に外を歩いている時に見かけて、それは私しか知らない。
2投稿日: 2023.01.31
powered by ブクログ不思議な本だった。 エッセイのようであってそうではなくて、ただ人生の断片的な部分がぽつりぽつりと綴られている。 自分は断片的なものの寄せ集め出てきている、というのは本当にその通りだと思った。 自分の人生の中で、大きなイベントが起きた訳では無いけど何となく印象に残ったシーンは、意外と自分を構成する上で重要なのかもしれない。
0投稿日: 2023.01.02
powered by ブクログ若干読み残してまして、今読了。私が語るまでもなく評価の高い本。あたたかいかなしさに包まれるここちのよい本で、たぶん何度も読み返すのではないかと思う。自分の大事な人に絶対すすめる一冊です。
0投稿日: 2023.01.02
powered by ブクログ読むのにものすごく時間がかかる本だった。 自分の10代後半から20代の頃の断片的な記憶が頻繁に呼び起こされて読書から脱線してしまうからだ。その度に読むのをやめて、またある日初めから読み直して…を何度か繰り返してようやく今日読み終えた。 「学生時代にこの本と出会いたかった」とか、「20代のうちに読んでおきたかった」とか思う本は沢山あるのだけど、この本とは今出会えて良かったと思っている。こんな風に大きく脱線したりモヤモヤしたり開き直ったりしながらゆっくりゆっくり時間をかけて読んでいく愉しみ方は当時の自分にはできなかったと思うから。
3投稿日: 2022.12.30
powered by ブクログなんとも、言葉に表せないことを代弁してくれそうで、そうでない本。 なにか、心が赦される気持ち。 手元に置いておきたい。 ・私たちは、何か目の見えないものに、いつも怯えて、不安がって、恐怖を感じている。 ・差別や暴力の大きな部分は、そういう不安や恐怖から生まれてくるのだと思う。 ・私たちのほとんどは、裏切られた人生を生きている。私たちの自己と言うものは、その大半が「こんなはずじゃなかった」自己である。 ・まともに考えたら、無難な人生安定した人生が1番良いに決まっている。だから、そーゆー道を選ぶのは良い選択である。しかし、負けたときに、自分自身を差し出すようなかけをする人々もたくさんいて、それはそれで1つの選択である。 どちらが良い、と言っているのではない。ただ私たちは、自分自身の意思や意図を超えて、時にそういう賭けをすることがある。 ・私たちは神ではない。私たちが手にしていると思っている正しさとは、あくまでも、自分の立場から見た正しさである。これが他者にも通用すると思うのは間違っている。 ・この社会は、失敗や、不幸や、ひとと違うことを許さない社会です。私たちは失敗することもできませんし、不幸でいることも許されません。いつも前向きに、自分1人の力で、誰にも頼らずに生きていくことを迫られています。
1投稿日: 2022.12.26
powered by ブクログモヤモヤをありのままに書いている本だから 答えがなく、難しい 自分の中で頭の整理が追いつかなかった 読み返して考えてみたい
1投稿日: 2022.12.17
powered by ブクログ社会学者の書いたエッセイのような不思議な本。 なかなかの情報量でちゃんと処理できなかったので、もう一度落ち着いて読みたい。 断片的なものの価値というか、社会というのは様々な断片で構成されている。 取るに足らない断片的なものこそ、社会の真理なのかもしれない。 著者があとがきで「私たちは、本来的にとても孤独な存在です」「脳のなかでは誰もがひとりきりなのです」と書いているが、それを実感するような内容だった。 普段は孤独を感じることはないけれど、ふとした時に感じる絶望的な孤独感。とてもよくわかる。 本書で、著者自身の生殖能力に触れている部分がある。 彼には子供がいない。 その記述部分だけは、他の箇所と違い、俯瞰的でも冷静なものではないように感じたのが興味深かった。 自身の話であるし、センシティブな話だから不思議ではないが、他人について書いているのと同じ人とは思えない、人間らしさを感じた。 全体的に無機質さを感じつつ読んでいたが、著者に関するその部分だけは、恨み節とも取れるような率直な思いが伝わってきた。体温を感じた。他人を見るときとの違いが滲み出ているようで、一見冷徹な社会学者でもそうなんだなと興味深かった。 というわけで、不妊に関する箇所が一番印象に残っている。それは私自身、不妊治療の末に子を授からなかった故かもしれない。
0投稿日: 2022.12.09
powered by ブクログ以前、岸先生と雨宮まみさんの、『愛と欲望の雑談』を読んで以来、ずっと読みたかった本。 『私たち社会学者は、仕事として他人の語りを分析しなければならない。しかし、それは暴力と無縁ではいられない』 私は社会学というのを、よく分かっていなかったし、読んだ後も、実はよく分からない。 ただ、残ったのは、私の知らなかった世界を見せてくれたことと、世界は不透明なものだということ。 そして、不透明であることは、悪いことばかりではないということ。 上記の岸先生の文章の中の、『暴力と無縁ではいられない』とは、例えば、『良いものと悪いものを分ける規範』において、「好きな異性と結ばれる事が幸せだと思っている」ことは、単身者や同性愛者にとって、呪いとなるということ。 これをもう少し、簡潔に書きますと、 「マイノリティ(少数派)」⇔「マジョリティ(多数派)」 「在日外国人」⇔「日本人」 「在日外国人という経験」⇔「そもそも民族というものについて、何も経験せず、それについて考えることもない」 いわゆる、マジョリティを「普通の人」とした場合、 「それについて何も経験せず、何も考えなくてよい人びと」が、普通の人びとということに、なるわけです。 ただ、これが良いか悪いかということではなく、「そういうことになるということ」であり、これが、社会学のひとつの形なのかもしれないと思うと、確かに暴力と無縁ではいられないというのも、少しだけ分かる気がしました。 更に、個に迫った表現をすると、 「国家をはじめとした、さまざまな防壁によって守られ、『個人』として生きることが可能になっている私たちの心は、壁の外の他者に対するいわれのない恐怖によって支配されている」 これに対する、岸先生の提言として 『異なる存在とともに生きることの、そのままの価値を素朴に肯定することが、どうしても必要な状況なのである』 と同時に 『「他者であること」に対して、そこを土足で荒らすことなく、一歩手前でふみとどまり、立ちすくむ感受性も、どうしても必要なのだ』 ということで、これについては、 『どちらが大切ということではない。私たちには、どちらも欠けている』に、なるほどと。 しかし、これらはよくよく見ると、とてつもないジレンマにもなり得ることを教えてくれて、私とは違う、その人はその人なんだということを実感し、更にもっと知りたいと思うが、時には踏み込んではいけないと言われる。 ジレンマといえば、上記の、好きな異性と結ばれることにおいても、「おめでとう」、「よかったね」と言われることは、当たり前に幸せなことなのだけれど、その反面、他の人々を傷つけてしまうこともある。 しかし、そんなことを言っていたら、何もできないし、どこかで聞いたことのある、「何かを得るというのは、何かを失うということ」であったり、「人は生きているだけで、無意識に誰かを傷つけている」ということなのかもしれないし・・・しかし、岸先生はそれについて、「だから私は、ほんとうにどうしていいかわからない」と、仰っており、こうしたことを言う人に、私は信頼を寄せてしまう。当然、一度もお会いしたことは、ないのだけれど。 『私たちは神ではない。私たちが手にしていると思っている正しさとは、あくまでも、自分の立場からみた正しさである。これが他者にも通用すると思うのは間違っている』 本書に収録されている語りのなかに、夫婦喧嘩をすると、いつも家の中の物を破壊する妻のエピソードがあり、ある時、夫の二千冊の蔵書をすべて庭に積み上げ、灯油をかけて、燃やした後、彼女は息子の手をとって自分の車に乗り込み、そのまま行き先も言わずに出ていったそうで、その時、夫はほとんど勘で居場所を推測し、重度の閉所恐怖症をワンカップの焼酎とエロ本で堪えることにして、新幹線に乗り込み、福岡の駅でばったり会ったときに、ふたりで号泣して仲直りしたそうです。 そうですというか、ものすごい壮絶なエピソードだと思ったのですが、要するに、どんなにひどい状況にあると思うような人でも、こちらの手にしている正しさを振りかざすのは、果たして正しいことなのか、ということです。 『私たちは絶対に神になれないのだとしたら、神のような暴力をふるうこともまたできないのではないだろうか。』 『もちろん私たちは、神ではない人間として、ひどい暴力をふるうことができる』 この感想を書いている内に、これらに対して、私的な感情を交えることに意味は無いような気もしてきまして、なぜかというと、論理的に辿ってきた上での結論であることを痛感したからであり、上記についても、考えさせられたというよりは、その結果があるという、ただそれだけのこと。 ただ、それだけのことなのに、それが、とても心に残り、とても痛い。 また、岸先生が本当に好きなものは、「分析できないもの」、「ただそこにあるもの」、「日晒しになって忘れ去られているもの」で、それらの『かけがえのなさと無意味さ』は、解釈や分析をすり抜けてしまうそうで、岸先生の自己分析のひとつに、 『何も特別な価値のない自分というものと、ずっと付き合って生きていかなければならない』 という表現があり、そこには、かけがえのない自分というよりは、くだらない自分をこれまでの人生で、散々思い知らされたという実感を持たれているのですが、だからこそ、『そのかけがえのなさと無意味さ』に、いつまでも震えるほどに感動したのだろうなと、岸先生の少年時代の、小石や犬の死に際を見てやれなかったエピソードには、感じ入るものがありました。 でも、岸先生、くだらないものには価値がないと、誰が決められたのですか? 少なくとも、神で無いことは確かだと思いますよ(結局、感情的になってしまった)。
31投稿日: 2022.11.06
powered by ブクログめちゃくちゃいい本だった。買おうと思う。 他人と自分の距離が難しいこと、孤独であることと、土足で踏み上らないようにすることの境界線。 大阪のおばちゃんたちは、植木鉢の交換、というコミュニケーションを図るという修正。 これくらい、人とのコミュニケーションがフランクになったら、生きやすいのかもしれない。私は誰にも悩みを相談できないから。 ただそこにあるということ、一緒にあるということで救われることもあるのだと感じた。 「他人が嫌いで、ひとりでいることが好きだが、たまに、人の手が恋しいときがある」 「人がいない空間というものがいちばん金がかかる。個室、グリーン車、ビジネスクラス、あるいはただ単に、カフェやレストラン。」 「私たちは、普段努力してなにかを成し遂げなことに対してほめられなり、認められたりするが、ただそこに存在しているだけで、おめでとう、よかったね、きれいだよの言ってもらえることはない。だから、そういう日が、人生の中で、たとえ1日だけでもあれば、それで私たちは生きていけるのだ。」という、結婚式の意味。 私たちの風習はそんな少しの儚いけれど大切な夢のために今までも続いているのかもな、と思う。 結婚式なんてものに憧れる気持ちを、当たり前だと内面化して受け入れてしまうこと自体が、そういう憧れを無意識に抱いてる証明なのだと思う。
1投稿日: 2022.11.05
powered by ブクログその人とその時にだけに見えた、唯一無二の「小石」たち。意味のないそこから、なにか意味を汲み取ってしまいたくなるボンヤリとした何か。
1投稿日: 2022.09.28
powered by ブクログめっちゃよかった。 読んでるってゆうよりも、話しを聞いてる 感じにスッと入ってきた。 頭の中が整理されたり、ハッとさせられたり もっとまだまだ読みたいよっていう 内容だった。 中でも普通についての定義が印象に残った。 マイノリティであることを経験しない そのことについて考えなくていい人びとが 普通の人びと。 愛犬の死について書かれていたところも 印象的だった。
0投稿日: 2022.09.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
インタビューで聞いた体験談、著者の体験談、話を聞いて感じた著者の感想、意見が書かれている。 この本で出てきた人達は、子供の時に家族が亡くなったり、家族に捨てられ懸命に生きているといった、小中高大と進学し、正社員として就職する多くの人とは、経験したことのない人生を送っている。 進学して就職することが誰にでもできることではないと思い、心が苦しくなった。 社会の見えることのない部分、「断片的」に見た社会を見たい人にはこの本はオススメです。
0投稿日: 2022.09.07
powered by ブクログそれぞれの人のいろいろな人生が書かれているので、ありふれていないような事も含めツラツラと書かれている。 何かが突き刺さるトピックスがある訳ではないが、何かが心に残った感じ。それは何かというと、生きながら心の中でいつの間にか自分も感じていることに少しでも触れているからなのか。 なんだろう、普段の一瞬を噛み締めたくなりました。
0投稿日: 2022.09.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読み終えた後に、自分を構成してる断片的エピソードを一つずつ思い出したくなる。あと、高校生の頃初めて読んだ時には新しく感じた考え方や物の見方が、今では多くの人の共通認識になってるよなと思って、なんかすごいなと思った。 『普通であることへの意志』は、特に時代の流れを強く感じた章だった。現在において異性装者という存在が、この章でいう「普通」になったわけではないけど、他のことだと、6年前より「普通」になったものってたくさんあるし、岸さんのような考えの人も以前より増えてるんじゃないかなと思う。
0投稿日: 2022.08.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
面白かった。 著者がこれまで出会った方のエピソード、事実を淡々と書き連ねてる。特に意味もなく、ただそこにあった事実という感じで、だれかの日常を切り取って集めた本。 繋がってるわけではないので、1章ずつ少しずつ読み進めれる。 社会学者って難しそうなこと考えてそうだけど、学問と離れて「分析されざるもの」に対してありのまま書くから身近に感じた。 でもでてくる人は壮絶な人生歩んでいたり、思わず「えっ」と声出てしまうような生活が書いてあったり… 色々考えすぎちゃってるから、これ好きな人はたぶんめんどくさい人間だと思う。 --- いいなと思った場所 「論文にも報告書にも本にも入らない、無意味なエピソードは妙に記憶に残る」 「どんな人でもいろいろな悟りを持っていて、その平凡さや普通さ、何事もなさに触れるだけで、胸がかきむしられるような気持ちになる。それぞれに「何事もない、普通の」物語を生きている。そうした普段は他の人々の目から隠された人生の物語が、聞き取りの現場の中で姿を現す。~実はこれらの物語は別に隠されていないんじゃないかとも思う」 ・誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない ・手のひらのスイッチ(幸せのイメージ) ・普通であることの意思 ・夜行バスの電話(かけおち、波乱万丈20代)
0投稿日: 2022.08.04
