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断片的なものの社会学
断片的なものの社会学
岸政彦/朝日出版社
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総合評価

291件)
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124
89
35
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    それぞれの人のいろいろな人生が書かれているので、ありふれていないような事も含めツラツラと書かれている。 何かが突き刺さるトピックスがある訳ではないが、何かが心に残った感じ。それは何かというと、生きながら心の中でいつの間にか自分も感じていることに少しでも触れているからなのか。 なんだろう、普段の一瞬を噛み締めたくなりました。

    0
    投稿日: 2022.09.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読み終えた後に、自分を構成してる断片的エピソードを一つずつ思い出したくなる。あと、高校生の頃初めて読んだ時には新しく感じた考え方や物の見方が、今では多くの人の共通認識になってるよなと思って、なんかすごいなと思った。 『普通であることへの意志』は、特に時代の流れを強く感じた章だった。現在において異性装者という存在が、この章でいう「普通」になったわけではないけど、他のことだと、6年前より「普通」になったものってたくさんあるし、岸さんのような考えの人も以前より増えてるんじゃないかなと思う。

    0
    投稿日: 2022.08.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    面白かった。 著者がこれまで出会った方のエピソード、事実を淡々と書き連ねてる。特に意味もなく、ただそこにあった事実という感じで、だれかの日常を切り取って集めた本。 繋がってるわけではないので、1章ずつ少しずつ読み進めれる。 社会学者って難しそうなこと考えてそうだけど、学問と離れて「分析されざるもの」に対してありのまま書くから身近に感じた。 でもでてくる人は壮絶な人生歩んでいたり、思わず「えっ」と声出てしまうような生活が書いてあったり… 色々考えすぎちゃってるから、これ好きな人はたぶんめんどくさい人間だと思う。 --- いいなと思った場所 「論文にも報告書にも本にも入らない、無意味なエピソードは妙に記憶に残る」 「どんな人でもいろいろな悟りを持っていて、その平凡さや普通さ、何事もなさに触れるだけで、胸がかきむしられるような気持ちになる。それぞれに「何事もない、普通の」物語を生きている。そうした普段は他の人々の目から隠された人生の物語が、聞き取りの現場の中で姿を現す。~実はこれらの物語は別に隠されていないんじゃないかとも思う」 ・誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない ・手のひらのスイッチ(幸せのイメージ) ・普通であることの意思 ・夜行バスの電話(かけおち、波乱万丈20代)

    0
    投稿日: 2022.08.04
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    めちゃくちゃ好みだった 筆者個人の正義みたいなものを全部退かして、どちらの味方にもならずに淡々と書かれている。 それも意識的にそう書かれているのがすごくすごく伝わってあたたかかった。 あたりまえに流れているとされている日常というモノをそのまま書かれていて、あたりまえではなく感じた(言葉で表すの難) これを読んでいる時の自分の心の動きが好きだった。 自分の中で大切な1冊になった。

    0
    投稿日: 2022.07.29
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    はっきりしたことは何も言ってなくて、ただ深く深くゆらゆら迷っているだけなのが心地良い。無意味なものや「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」ものに強く惹かれてしまうというのに共感した。

    0
    投稿日: 2022.07.13
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    なんか心がドキドキした。 日常の曖昧さが言葉として、目に見えるようになってて、 そんな風に世界はあるのかって気付かされて、 心を引き込む感じ 何回も読んで自分の言葉にしたいくらい結構好き、もう一回読んでこよ

    0
    投稿日: 2022.06.17
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    捉え方が難しい本だった。 自分の左脳的な思考だけで読むといい意味で裏切られる。 ただそれは著者の感性であり、とても自然なものである印象を受けた。 社会学が何かわからないまま読み進めたが、自分なりに解釈すると、自分と他人の豊かな関わり方という表現がしっくりくる気がする。 倫理学が自分との向き合いだが、社会学は他人との関わりを示している。 正直、味わい尽くしたとは言えないので数年後読んでみると新たな視点が得られそうな気がした。

    0
    投稿日: 2022.06.14
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    著者と私は当然ながら同じ世界に住んでいるが、私と彼とではみえているものが違う。そう思える本でした。 なんとうかふだんの生活の断片を切り抜いて考察。 断定的なことも言わない文体が割と好きです。 曖昧さが心地よいといった感じかな? 面白いのでオススメします!

    6
    投稿日: 2022.06.02
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    自分で分かりきってることを反芻してくれる本ばかり引き当ててしまい、それもそれでよろしくないなと思う。

    2
    投稿日: 2022.05.29
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    やさしい語り口で語られる、ごくありふれた人々の話。 一般に幸せとされることが、それを手にできないものへの暴力になる、難しいなと思った。それも含め、マイノリティへの視線や、しょうもない自分と折り合いをつけて生きていくことや、哲学的な面からも記述があって、人生や社会について考えさせられた。

    1
    投稿日: 2022.05.22
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    衝撃だった。 こういうこと、書いていいんだと。 えぐってくる、つついてくる。こころを。 すごすぎた。

    0
    投稿日: 2022.05.08
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    路上のギター弾き、夜の仕事、元ヤクザ…人の語りを聞くということは、ある人生のなかに入っていくということ。社会学者が実際に出会った「解釈できない出来事」をめぐるエッセイです。

    0
    投稿日: 2022.05.08
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    現実は小説よりも奇なり これを体現している本。 社会学者として様々な方々にインタビューをして感じたことやインタビュー丸々載せていたりと飽きずにスルスル読めてしまった。 当たり前の人生なんてなくて誰もが物語の主人公のように個性的に過ごしていると実感した。

    0
    投稿日: 2022.05.05
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    本の内容は、筆者がインタビューイーに対する彼らにとって日常の生活がインタビュー形式で書かれている 社会の中で生きている人の日常を描くことで、社会の構造も読み取れるような感覚 『家について行っていいですか?』の書籍バージョン 筆者は社会学者であり、物事に対する見方が社会学的で面白い 事実だけでなく、その事実に至るまでの背景を歴史や制度を通じて解釈しようとしている 社会学にハマった一冊

    0
    投稿日: 2022.05.04
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    好きな本を聞かれたら多分この本を挙げると思います。 自分の人生において忘れたくない価値観が詰まっていました。

    0
    投稿日: 2022.05.02
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    人間味、現実と理想の混じったエピソードの数々。 美しい文体で短編の映画を読んでるようだった。 アメリカ留学時に、退役軍人やゲイの方々と行動をすることが多くあった。その際に感じていた、踏みこんでいい領域といけない領域の間にいる自分の感覚が思い起こされた。いわゆる"普通の自分"が、LGBTや、PDSDの問題に対してアプローチできる方法を、もう一度探してみようと思った。

    3
    投稿日: 2022.04.02
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    研究としてまとめるほどではない、あるいは研究を通して出会った何かを書くというのもおもしろいんだなと。

    0
    投稿日: 2022.03.30
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    色んな境遇の人の生き方が淡々と書かれている 今まで関わった人が自分を作ってる もっと色んな人と関わりたいと思った

    0
    投稿日: 2022.03.22
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    社会学者として、市井の人々の語りを聞き取りするなかで、断片的ではあるが、心に残った事柄を集めて書いたと言う。確かに驚くほど多様で様々な出来事であるが、何か心にグサッと突き刺さるものがある。人は、自らの孤独を抱えながら、どこかで人と交わろうとしているのだろう。

    1
    投稿日: 2022.03.15
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    地方育ちの人が持ってる肌感覚が言語化されてる本。思考回路も大事なものも違ういろんな奴がいる世界を丸ごと抱きしめるしかないんだって改めて思わされた。

    0
    投稿日: 2022.02.09
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    社会学者が、人々の語られない断片的な事柄たちを、過度に意味を付け加えすぎずに、並べた文章たち。そこから、さらに読み手は物語性を託してしまったり、意味を見出しすぎたりする。文章たちは読む状況や年齢、立場によっていろいろな意味合いをもたらしてくれるだろうと感じる。間違いなく、再読をしたい一冊。

    0
    投稿日: 2022.02.06
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    自分の中の断片的な記憶が蘇ってきた。 色んな人との繋がりの中で今の自分が存在しているということを心から感じた。

    0
    投稿日: 2022.01.29
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    答えの出ないことについて、考え続けること 答えを出さずに考え続けること 矛盾した考えにも寄り添っていて好きでした_φ(・_・

    0
    投稿日: 2022.01.03
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    いろいろな人生の断片的な話。なんでもなかったり、幸せだったり、波瀾万丈だったりする人生の1ページ。読んでいる自分からすると新鮮で、学びや考えるきっかけになったり、またはならなかったり。知ってどうなる訳でもないような話達が、一冊の本になって名盤アルバムみたいにしっくりくる。みんなそれぞれ違った社会を持っていて孤独だけど、話を聞いたり、寄り添って考えてみるだけでゆるく繋がっていく。自分とかけ離れた人生ばっかりなのに読んでいて落ち着く本でした。今年もよろしくお願いします!

    0
    投稿日: 2021.12.31
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    個別具体的な生活の話や個人の話から私たちの生きる社会の姿を描き出していること、アカデミックなトーンではなくエッセイ的な書き口で取り上げられる一つひとつのケースの描写がとても魅力的であること。 大きくこの2点が本書を特別なものにしているように思う。「普通」というもの、マイノリティの人びとの生について、この社会の実相…そういったものに社会学者の言葉から向き合うことができて、かつ、読みものとしてめちゃくちゃ面白いのだから、現代の名著と言って差し支えないのではないでしょうか。

    0
    投稿日: 2021.12.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いろいろな人へのインタビューを踏まえ 淡々と物事が進行していく中で 著者の社会学者としての きらめきがある。 重ねた人生の差で感想が変わってくると 思うので、また読みたいと思う。

    0
    投稿日: 2021.12.02
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    様々な人へのインタビューと、派生する著者自身の思想を折り込んだ本。全体の布置が絶妙で、名盤を生んだ名プロデューサーの編集を見る様だ。あるいは全然知らない街の生活感のある写真を見ているうちに知ってる街だったと感じてしまう様な切り取りの妙。断片的に人々の人生を切り取り見せるが、決して都合良く扱いはしない(本人を本人として受けとめ尊重する)姿勢が際立つのと、著者が幼少時から抱える様々な考えや疑問、マジョリティとしての立場に読む側の気持ちや思考も掘り起こされる。読んでいる自分自身も若い頃に煩悶した様な事柄について、学者ならではの根気強さと思考力で描写され、解析というより共視してくれている感覚に、他者としての境界線がほろほろ解けて崩れだす様なホッとする感じがある。人と人の境界は今日頑なさをいや増す勢いだけれど、個別で分たれているはずの人々の脳内が、このように情緒か何かでつながり見えない魂とつながっているかのような感覚(集合的無意識かも知れない)に、救いをもとめてまた本書を手にしてしまうのかも知れないと思った。

    0
    投稿日: 2021.11.28
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    自由って、幸せって、人ってなんなんだろうと思う本だった。 ひとつだけ、自分の主張をするときはそれが押しつけにならないよう、「わたしはそう思う(周りは知らないけど)」というニュアンスをちゃんと入れよう。 わたしの幸せ・正義は、わたしだけの幸せ・正義で、誰かに押し付けることはできないから。

    0
    投稿日: 2021.10.29
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    p49 人と話をしたいなと思ったら、話をしましょうとお願いせずに、何か別のことを誘ったほうがよいのだ。考えてみれば奇妙なことである。けっきょく何が目的で鍋を囲むかというと、お互い話をするためである。だったら話だけすればよいではないか。しかし、人は、お互いの存在をむき出しにすることが、ほんとうに苦手だ。私たちは相手の目を見たくないし、自分の目も見られたくない。 p82 四角い紙の本は、それがそのまま、外の世界にむかって開いている四角い窓だ。だからみんな、本さえ読めば、実際には自分の家や街しか知らなくても、ここではないどこかに「外」というものがあって、私たちは自由に扉を開けてどこにでも行くことができるのだ、という感覚を得ることができる。そして私たちは、時がくれば本当に窓や扉を開けて、自分の好きなところに出かけていくのである。 p113 私たちは普段、努力してなにかを成し遂げたことに対してはほめられ認められたりするが、ただそこに存在しているだけで、おめでとう、よかったね、きれいだよと言ってもらえることはめったにない。だから、そういう日が、人生のなかで、たとえ一日だけでもあれば、それで私たちは生きていけるのだ。 p194 かけがえのない自分とか、そういうきれいごとを聞いたときに反射的に嫌悪感を抱いてしまうのは、そもそも自分自身というものが、ほんとうにくだらない、たいしたことのない、何も特別な価値などないようなものであることを、これまでの人生のなかで嫌というほど思い知っているからかもしれない。何も特別な価値のない自分というものと、ずっと付き合って生きていかなければならないのである。...ただ、私たちの人生がくだらないからこそ、できることがある。

    1
    投稿日: 2021.10.26
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    面白すぎて3日くらいで読み終わった。 すれ違う人全員にインタビューしたい私にとって、代行してくれてありがとうございます!という気持ちです。 仕事で不特定多数とわりとしっかり話をするのですが、私のそれはライト版のこの本そのもののような気がする。

    1
    投稿日: 2021.09.30
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    人と話をしたいなと思ったら、話をしましょうとお願いせずに、何か別のことを誘った方がよいのだ。考えてみれば奇妙なことである。(p49) ほんとうはみんな、男も女もかぎらず、大阪のおばちゃんたちのように、電車のなかでも、路上でも、店先でも、学校でも、気軽に話しかけて、気軽に植木鉢を分け合えばいいのに、と思う。でも、私たちは、なにか目に見えないものにいつも怯えて、不安がって、恐怖を感じている。差別や暴力の大きな部分は、そういう不安や恐怖から生まれてくるのだと思う。(p48)

    4
    投稿日: 2021.09.21
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    2021年9月27日読了。 P13 32 34 57 80 96 180 187 207

    0
    投稿日: 2021.09.20
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    こんなに曖昧で答えを提示してくれるでも問題提起をしてくれるでもない本は初めてだったかもしれない。本の中で、エピソードが出てきたら、そこからこういうことがわかる、っていう論法に行くもんだと思ってたけど、そうはならず、ただそのエピソードが書かれているだけ。 すごく興味深い

    0
    投稿日: 2021.09.13
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    「普通であることへの意志」 マジョリティであるということは、それについて意識しないでいれるということ。 なにも経験せず、なにも考えなくてよい人びとが、普通の人びとである。 「正欲」では、「正しい生命のサイクルの中にいる人たち」として描かれていたな。 「多様性」がもてはやされているけれども、結局は「多様性的な」イメージの中に収まっているものにしかその門は開かれない。 生まれ落ちた時代、国籍、性別、思想やハンディキャップの中でマジョリティであること。 それは運でしかない。 しんどい闘いが存在ない世界を自分のブログの中で実現している人。 「子供がいる」「結婚をしている人がいる」、それだけで傷つく人がいること。 それをどうしたらいいのかわからないと、そのままの形で、差し出してくれる岸さんの文章はとてもまっすぐで、小説と一緒で淡々としているのに、涙が出てくるような温かみを感じた。 他の方の感想でも拝見したのだけど、図書館で借りたのに返したくない! 新品で購入します。 不思議な魅力のあるエッセイだった。

    0
    投稿日: 2021.09.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    確実にこの人生で出会えてよかった一冊 昔亡くなった父親が過ごすはずだったこの20年弱を思うと、大事な節目とか日常とかふとした場面の会話とか、時間の経過と共に、時間が経過するからこそ変わっていく関係性とか、一緒にいないと得られないものがごっそり20年抜けてることをいつも想像してすごく怖く思ってたけど、同じことを考えてる人がいるんだなということが驚きだった またロマンチックっていう表現をされていたことに、そうか、ロマンチックなのか…!と衝撃を受けた ずっと考えていた、忘れさられる昔はあったのにもうあんまり思い出せないビルやお店の記憶を忘れてしまうことがすごく怖かったけど、すでに誰かが考えていたことだったのが本当にびっくりだ これこそが読書の醍醐味なんだな

    1
    投稿日: 2021.09.05
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    読み終わりたくない。 けれども、読むのを止めることができない。 そんな一冊です。 いろんな人の人生の、記憶の、ひとときの断片が綴られています。 引き込まれて、離されて、そして重なって。 何かを決めつけることなく、けれども曖昧というのとも違っていて。 不思議な味わいに満ちた本でした。

    2
    投稿日: 2021.08.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    書店で一目惚れで買ってしまった。五輪のはじまった今、読めて良かった本。 心が静かに、筆者の目を通したいろんな人の人生のかけら、それに対する筆者の思いを読むことができます。 特に好きなところ。 「ある人が良いと思っていることが、また別のある人びとにとっては暴力として働いてしまうのはなぜかというと、それが語られるときは、徹底的に個人的な「〈私は〉これが良いと思う」という語り方でなく、「それは良いものだ。なぜならそれは〈一般的に〉良いとされているからだ」という語り方になっているからだ。 完全に個人的な、私だけの「良いもの」は誰を傷つけることもない。そこにはもとから私以外の存在が一切含まれていないので、誰を排除することもない。しかし、「一般的に良いとされているもの」は、そこに含まれる人びとと、そこに含まれない人びとの区別を自動的に作り出してしまう」 「普通の人びと」についての箇所も好き。 「それについて何も経験せず、何も考えなくても良い人が普通の人びとなのである」 

    0
    投稿日: 2021.07.24
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    ◯私たちは、お互いの目を見ずにすますために、私たちの間に小さな鍋を置いて、そこを見るのである。(50p) ◯私たちは、人生の中でどうしても折り合いのつかないことを、笑ってやりすごすことができる。(97p) ◯不思議なことに、この社会では ひとを尊重するということと、ひとと距離を置くということが、一緒になっています。(240p) ★普段、何となく考えて、そのまま消えていってしまうことを書き留めたような。特に趣旨なんてなくていい。読んだ結果何かしらの意味がないと、と考えるのは資本主義に毒されている。

    0
    投稿日: 2021.07.22
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    思ってた内容とは違うけど、かなり良かった。 岸さんはものすごくリアリストなんだけどヤワなところがある。リアリストだからヤワなのかな。 断片的なエピソードが書かれているだけで、それになんのレッテル貼りもしない。こんなことがあったんですよ…へぇ…うん…っていう曖昧な空気のまま進んでいく。 大体が哀愁のある話なんだけど、明らかにこれは「怒り」のカテゴリだろというのも含まれていて、それを分類不可とする岸さんの内面に想いを馳せたりする。 物事を見て分析するというよりはその物事を自分がどう捉えていくべきかという話が多かった。 「社会は暴力や過ちに満ちていて、信じることはできないけど、それでもなにか良きものがあるのではないかと祈ることはできる」という話が自分の考えていることと一致していて感動した。岸さんがしょっちゅう行きがかりで人助けをするのも祈りなんだろうな。

    0
    投稿日: 2021.07.18
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     噂だけ知っていましたが、読んでみると、ちょっとほっておけない感覚ですね。学者さんらしいですが、反応のアンテナの感度と指向性が抜群でした。  まあ、人気が出ると、どう続けるかが大変だと思いますが、注目です。  ブログにも感想書きました、ちょっと長めです。   https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202105170000/

    6
    投稿日: 2021.06.30
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    もっと早く読めばよかったという思いと、今の状況だからこそ身に染みたのだろうという思いが交錯しながらもいい本だった。ひとりひとりが社会。

    0
    投稿日: 2021.06.20
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    他者との出会い、その関わり方距離感に意味を持たせている。人の話を聞くのが大切なことで、そこに自分がどのように関わっていくのかという考察が興味深い。聞き取りの相手の人生自体も面白く、ギターを弾くタクシー運転手など嘘みたいな人生があるのだと感無量。

    0
    投稿日: 2021.06.16
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    ビジネス書が多くて、小説とかなかなか読んでなかったけど、久々その類でおもしろいと思った。 オススメしたくなる。 こういう人が物書きというのか、と感じさせられるほど感性が豊かで、またどことなく私達も感じてるであろうことの表現が抜群にうまい。 独特の世界観に引き込まれ様々な感情を書き出してくれる1冊。 この本に類似するものが今までにはない。

    0
    投稿日: 2021.06.09
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    「道端に落ちている小石の様に、どこにでもあるが同じものがない物語の断片」 著者が出会った物語、またはそれよりも小さい出来事の寄せ集め。 教訓めいたこともなく、教訓めいたものもある様にも読める。 「優しさ」の様に見えて「お節介」なのか「暴力」なのか? こんな人もいてもいいし、別の決断をしても良いし…と なんというか「何も残らない」のだけどプラスマイナスゼロと言うか、どちらでも生きてて良い。みたいな多様性の肯定と難しさみたいなものを両極伝えてくれる本。 気になったのは「異性装をしていながら普通にそのことには触れずブログを書いている人」の話と、「作者の方の飼い犬が死んだ時、主人がいない間に気遣って死んだのだよと慰めようとした方に怒った話」 「異性装」の方のブログに対して「普通になろうとした人の情熱と勇気によって作られた作品」と言って、「猫の死」については「ただの死であり犬は飼い主に気を遣ったりしない気休めを言うな」と言う感覚がまだ消化できてない。 私には異性装の方がどんな方なのかわからないので「普通になろうと」が、どうしても引っかかるし、その分「犬」の件も気休めを言ってくれただけで何故怒るのかがわからない。気休めを真剣に「犬への私の愛情を否定する」と捉えること、それほど真剣にその方との会話に向き合っているということなのか… 本当に細切れ、オチもなく、たまたまラジオをチューニングしてる時に聞こえてきてしまった様な話の連続 本屋で立ち読みして、結局購入した。 何度も読み返す気がしたから。 自分の中にある物語の断片を振り返る。

    35
    投稿日: 2021.05.17
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     すごくいい本に出会った。一回読んだだけでは到底消化できなくて、メモったり感想を書いたりしながらもう一周した。図書館で借りた本だったけれど全然返したくなくて、Amazonで新品を買った。  様々な地域、年齢層、職業の人びとへ、一対一でインタビューを行い、丁寧に言語化していく。聞くのはその人の「生活史」だから、これといった大きな出来事があるわけではない。なんでもない日常の「断片」なのだけれど、読んでいるこちらは、きっと一生会うことはない見ず知らずの他人の生活を覗き見しているような気分になって、好奇心を掻き立てられる。その話もっと聞きたい、と思う。読みながら、いろんな思考が頭の中を駆け巡るけれど、どんどん新しい人物の新しいエピソードが流れ込んでくるので収拾がつかない。だから何回でも読める。  インタビューをそのまま書き起こした章もあれば、筆者がエッセイ的に語る章もある。ほとんど全てのエピソードに共通して言えることは、明確なオチがないことだと思う。何か明確に伝えたい結論や主張を目掛けて話が展開されていくのではなく、単なる事実として、ひとつの筆者の実体験として、淡々と語られる。淡々と、とめどなく、それでいて読者の知的好奇心を著しくくすぐるだけのエネルギーを持って。筆者はこのとめどなさについて、「イントロダクション」でこんなふうに述べている。 — 社会学者として、語りを分析することは、とても大切な仕事だ。しかし、本書では、私がどうしても分析も解釈もできないことをできるだけ集めて、それを言葉にしていきたいと思う。テーマも不統一で、順番もバラバラで、文体やスタイルも凸凹だが、この世界の至る所に転がっている無意味な断片について、あるいは、そうした断片が集まってこの世界が出来上がっていることについて、そしてさらにそうした世界で他の誰かとつながることについて、思いつくままに書いていこう。(p.7-8) —  読みながら、こんなに頭をフル回転させた本は久しぶりだと思う。自分の体験に照らし合わせてみたり、教訓のように心に留めておきたくてノートに書き出してみたり、とにかく終始アクティブな態度でこの本と対峙できたことが楽しかった。そうそう、本当に楽しい本だった。ただ読むだけじゃなくて、自分で何か書きたい、何かしゃべりたいというエネルギーが沸き起こってくるのを感じた。  一冊を通して最も印象に残った箇所について、深掘りしてみたいと思う。 —  ある人が良いと思っていることが、また別のある人びとにとっては暴力として働いてしまうのはなぜかというと、それが語られるとき、徹底的に個人的な、「<私は>これが良いと思う」という語り方ではなく、「それは良いものだ。なぜなら、それは<一般的に>良いとされているからだ」という語り方になっているからだ。(中略)  したがって、まず私たちがすべきことは、良いものについてのすべての語りを、「私は」という主語から始めるということになる。(p.111) —  このことについては、私は日頃からめちゃくちゃ心がけているのだ。人と会うとき、最低限これだけは失敗したくないと思っている。  気を付けようと思うきっかけになったのは数年前、子どもが幼稚園に通っていた頃だ。当時、夫と穏やかに会話をする、といういとも簡単なことがどうもうまくいかなくなっていた。例えば、同じニュースを見ていて夫がふと口にする感想に、ひとつも共感できなくなった。できなくなったというより、実はそれまでもできていなかったのだけれど、なんとなく流したり納得したふりをしたりすることはできていたのに、あるときからそれすらも完全に不可能になってしまった。なぜだ。  果たして、私が歳を取ったからか。結婚したばかりの頃は二十歳そこそこで、世間知らずだったし、人生における確固たる信念もなかった。だからか、夫が私と違う意見を言ったとき、「それも言えてるかも〜!」と軽快な態度を取ることができた。しかし最近はそうもいかない。この十年で、譲れないと思うことが圧倒的に増えた。正しいか間違っているかは知らないけれど、自分なりに生きていく上での方針のようなものもだいぶ定まってきたと思う。よく言えば芯ができ、悪く言えば頑固になった。おそらく加齢以外にもホルモンバランスだとか生理周期だとか単純に機嫌の問題とかいろいろ要因はあるだろうが、とにかく当時の私は、夫のみならず、それまで親しかった家族や友人たちとも穏やかに会話することが難しくなっていた。自分と違う、ということに対する寛容さを失っていたように思う。  今年で56歳になる夫が生まれ育った家庭では、女性にテレビのチャンネル権がなかったらしい。家事育児は当然母親の仕事で、父親は家にいても子どもとは遊ばない。現に私たちの息子がまだ幼かった頃、「男がベビーカーを押すなんてみっともない」というおったまげ発言をして全宇宙を震撼させた。出産してから、夫がどんどん理解できなくなっていく。意見はぶつかるし、ぶつけても「俺は変わらない」と言い切るし、かと言って私も変わりたくない。私にだって生きたい生き方があるんだ。歳下だけど、いろいろ自信ないけど、私ばっかりが変わるなんて不公平だ。でも息子にとってはたった一人の父親だし、このままただただ悪化の一途を辿って、最終的に家族が崩壊する展開は避けた方がいいと思った。さぁどうする。  悩んだ末、夫が育った環境を少しでも理解しようとドラマ「家なき子」を観ることにした。エンタメではない、これはれっきとした社会勉強だ。体罰、差別用語、いじめ、男尊女卑、家父長制。全部が全部行きすぎていて笑った。でも夫が10代だった1980-90年代の日本が、誇張されているとはいえなんとなくどんなだったかを見て、これはもうしゃーないわ、と思った。理解しようとすることはできても、根本的なすり合わせはできない。お互いに不可能だ。不可能だし、そもそもすり合わせって必要?夫婦だからと言って、価値観を揃えて、常に同じ方向を見ていなきゃいけない?  ずっと当然と思っていた考え方や社会のあり方が時代とともに少しずつ変わっていき、いつの間にか全く違うものになっていた、という事態は想像に容易い。今の日本は、たしかに世界からはまだまだ遅れを取っているかもしれないけれど、少なくとも「家なき子」の時代からは格段に進化している。女も働くし、男も育児するし、同性愛を無条件に拒絶する人は減ったし、結婚と出産はセットじゃなくていい。私が高校のとき仲が良かった女友達は、タイで性転換手術をして男になって数年前に結婚した。ぽんぽん転職しても、在学中に起業しても、YouTubeで数時間ゲーム実況して投げ銭で18万円稼いだっていい。「キチガイ」「ガイジン」は誰でも知っている差別用語になったし、ハラスメントは今や全35種類もある。そんなこと、20年前の日本で誰が想像できただろう。私だったらその全てに完璧に順応できていたのだろうか。無理だ。今だって全然できていない。東洋女性を指す「オリエンタル」という言葉が人種差別にあたるとして2016年にアメリカで使用禁止になったこと、LGBTにいつの間にかQが加わりそれが今ではPになっているらしいこと、現に知らなかったじゃないか。  「順応」という言葉の聞こえはいいけれど、それはつまりこれまでの価値観を捨てるということ。そんなことできるだろうか。いや、できるできないじゃなくて、もしも安易に「今日から新しい私☆」みたいなこと言っている大人がいたら、そいつの方がよっぽどやばくないか。  そういうわけで、私は無意識に「家族なのだから同じ方向を見ねば」と自分に強いていたらしいこと、そしてどう頑張っても意見がすり合わないことに苛立っていたらしいことに気付き、全部さっさと放棄することにした。自分はこう思う、に対して、いや俺はこう思う、と言われたとき、論破する必要も、服従する必要も、なんなら無理に妥協案を見出す必要もないと思うことにした。そうしてみると、なるほどそういう考え方もあるのか、とハッとする余裕が生まれた。それを自分の意見として取り込むかどうかは、また別の問題。  今、他人と「穏やかに」会話するということは、必ずしも相手の考えに寄り添うことを意味しないのだと思う。どんなに親しくても、自分と全く同じ意見の人間はいない。だから、自分とは違う意見を聞いたとき、それもそうねと自分の意見の輪郭を変容させることは(柔軟性という点でときに重要になるとはいえ)、穏やかな会話を成立させる必要条件にはならない。必要条件になることは、持論と一般論の境界を常に明確にしておくよう心がける姿勢だ。自分の意見があたかも世界の大多数が支持する多数派の意見であるかのように振りかざすことは、暴力になる。だから意見を言うときは、必ず主語を「私は」にしなくてはならない。意見の相違は、すり合わせるべき障害ではなく、新しい発見と気付きをもたらす香辛料のようなものだと今では思っている。  もう一つ、この本が好きになった理由は、言語化された文章の美しさだ。私は昔から物事を言語化する能力が高くないので、思ったこと、考えたことを的確に文章にすることができない。言いたいことはあるのだけれど、どう文章にしていいかわからない。いつまで経っても言葉にできないまま頭の中に残り続ける物事を、この本は私の代わりにすっきりと言葉にしてくれた。  私は大学で哲学を専攻していたのだけれど、卒論を書いていた時期に同じゼミの男子生徒から、君はそもそもなんで哲学を専攻したのと聞かれた。自力ではなかなか言葉にできない物事を言葉にしたいから、と私は答えた。彼はポカンとしていた。凄まじく疲れていたのだと思う。  なぜ哲学を専攻することにしたか。最初は高校の倫理の授業だった。生きている中で、頭に浮かんでくるのにうまく言葉にできない思考が、倫理の教科書の中できれいに言語化されているのを読んで感動した。人はなぜ死ぬのか。なぜ他人を殺してはいけないのか。「万物の根源」とは。哲学と宗教の違いは。哲学と哲学史の違いは。倫理の教科書には、私が八億回生まれ変わっても自力では導き出せないような素晴らしい理論の数々が紹介されていたけれど、私を最も圧倒したのは、そのあまりの答えのなさだった。高校二年生まで数学と化学が一番好きで、ただひとつの答えを目指して一心不乱に数式を構築していく単純明快な世界に満足していた私は、明確な答えを持たない学問があることに呆然とした。考えるというその行為そのものが求められる学問。完全に満足のいく結論を得ることは永久にできなさそうな学問。なんだかよくわからない熱が全身を駆け巡って、さっさと文転して教養学部に入った。  大学一年生の必修科目だった一般教養の授業で、各国の哲学者の論文をたくさん読んだ。全員言っていることが違うのに、そのどれもが微塵も論理的に破綻していないように見えて、倫理の教科書よりもずっとずっと感動した。正しさと真実は必ずしも一致しないこと。意見の相違があっても常に正誤で判断できるとは限らないこと。無心で計算しているときとはまったく違う種類の高揚感だった。  文学も、人類学も、心理学も魅力的だったけれど、やっぱり哲学の授業が一番楽しかった。それでも卒業間近に一度だけ、専攻を決めたときの信念が危うくブレそうになったことがあった。  卒論を書くため、図書館に籠って黙々と論文を読み、関係代名詞だらけの長い文章を細かく区切り、未知の単語を調べ、辞書に出てくる複数の訳語の中から最適なものを選び、和訳し、そして出来上がった自分の訳文を読み返してあまりの意味不明さにブチギレて喫煙所に逃げる、という作業を延々と繰り返していた時期に、単位の関係で仕方なく履修した社会学の授業がそれだ。教授が提示したテーマについて見ず知らずの隣の生徒と会話し、互いに意見を述べ、相手の人格ではなく意見単体を否定する術を身につけようと試み、ときにフィールドワークと称して学外に出てまた見ず知らずの人と会話する。その一度きりしか履修しなかった社会学の授業が妙に楽しかった。一人で黙々と突き詰めるのも、人と関わるのも、どちらも楽しいなと思った。あのときさっと身を翻して専攻を変えていたら、と思うけれど、今も昔も私は頑固すぎて、みすみすチャンスを逃してしまう。  十年以上前のあの日から(こういうことを書くと年齢がバレちゃう!と怯む年齢を私はいつの間にか通り越している)、私はずっと同じ地点にいるような気がする。抽象的なものを言語化する能力は今も壊滅的なままだし、論理的に破綻していなければ、まったく正反対の二つの意見の両方につい首肯してしまう。まあそれもそうね、あなたの言いたいこともわかるわ。そう言いながら自分がどっちの立場を取るかくらいは最低限はっきりさせておくべきだと思うけれど、ほとんどの場合、なかなかそれも叶わない。  文章にしようとしても全然つかめずにすり抜けていってしまう、でも頭の中にはずっと残っていて、いつかスッキリ言葉にしてもらえるのを待っている思考たち。三十代半ばになってもなお、相変わらずうまいこと表現できない現状にもどかしさを感じる。そんな中で、この本はかなりの量の「スッキリ」を私にもたらしてくれた。そうそうそういうこと、それが言いたかったのよ。だからこの本が好き。何回でも読みたい。岸氏の他の本もいろいろ検索して、次は「街の人生」「マンゴーと手榴弾」を狙っている。 どんな人物が書いたのか気になってネット上のインタビュー記事をいくつか読み、Twitterをフォローして、画像検索もした。なまらイケメンだった。

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    投稿日: 2021.05.13
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    様々な状況下で生きる人の生の語りやエピソードがプツリプツリ…と羅列されていく。起承転結もなくあまりにもその「断片的」な構成に初めは戸惑いを感じたか、本の中盤に差し掛かる頃にはそのリズムが心地よくなっていた。 作者の偏りのないフラットな語り調、何処となく溢れる人間味と優しさが文章から感じられたのも良かった。 思うと日々の生活というのは、こういう説明のつかない時には理解し難いエピソードの連続なのかもしれない。整理できない感情の混沌の中で私達は生きている事に気付かされた。

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    投稿日: 2021.04.27
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    岸政彦「断片的なものの社会学」https://asahipress.com/bookdetail_digital/9784255008516/ めちゃくちゃ良くて何箇所かで泣いた。なんというかこの人はとても傷ついている(この人は誰でもないんだけど)知られることもないのにそこにある何か。夜景の一つ一つの明かりは誰かの生活で、それの全部に関わることはほぼない(おわり

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    投稿日: 2021.03.28
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    凄いことが書いてあるなぁと思った。   私は子どもの頃に手塚治虫の『火の鳥』を繰り返し読んでいたから、『火の鳥』の話が何度か出てきたのもなんか楽しかった。岸政彦も『火の鳥』好きなんだなーと思って。

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    投稿日: 2021.03.24
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    21/03/20読了。 答えのないことを、わからないことを、丁寧に優しいことばで綴ってくれている。 大阪の話が多いことも個人的には嬉しい。 規範と幸せについての、手のひらのスイッチがいっとうよかった。

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    投稿日: 2021.03.20
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    日常の中でなんとなく感じるモヤモヤ、なぜか強烈に覚えていることについて感じたことをツラツラと書いている本。 多様性を認めると言うけど個性的でいることは必ずしもしあわせじゃないしとても孤独だと言うこと。そもそも自分だけのオリジナルなんてないということ。 そして、この世の中は完全に正しい正義なんてないし、私たちも完璧な存在にはなれないということ。それでも、不完全でも伝えることしかできないということ。 共感した。面白かった。

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    投稿日: 2021.03.19
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    「ほんとうに、どうしたらいいかわからない」 社会学者がインタビューしてきた、一般化できない断片的な話を並べて、つらつらと取り留めのない話をするだけの本。だけど、それだけなのにこんなにまざまざと「人間」や「社会」を見せられるとは。 ある意味でとても衝撃的な本だった。

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    投稿日: 2021.03.10
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    社会学者が実際に出会った「解釈できない出来事」をめぐるエッセイ。 人の語りを聞くということは、ある人生のなかに入っていくということ。 「解釈できない出来事」はこの世の中にあふれている。その解釈できなさに対して良くも悪くもニュートラルな姿勢で書かれるゆるやかなエッセイ集。重すぎず軽すぎず、読みやすい。 『誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない』が共感できたかな。普通の人々、主婦やシングルマザーや風俗嬢の書いたブログをひたすら眺めたくなる気持ちはわからなくもない。徹底的に世俗的で、徹底的に孤独で、徹底的に厖大なこのすばらしい語りたち。 * 無自覚の暴力について考える。 「私たちが持っている、そうした幸せのイメージは、ときとして、いろいろなかたちで、それが得られない人びとへの暴力になる」 「壁を越えることが、いろいろな意味で暴力になりうることを、私はもっと真剣に考えるべきだった。」

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    投稿日: 2021.03.01
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    20210301 「時計を捨て、犬と約束する」が好きだった。 【そもそも、私たちがそれぞれ「この私」であることにすら、何の意味もないのである。私たちは、ただ無意味な偶然で、この時代のこの国のこの街のこの私に生まれついてしまったのだ。あとはもう、このまま死ぬしかない。】

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    投稿日: 2021.03.01
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    社会学者である著者が、どうしても分析も分類もできなかった出来事を集めた本。 著者が言うには、社会学者の仕事とは、人々の断片的な行動や語りを分析し、比較し、一般化する事であるが、 その中にはどうしても一般化も全体化もできないものが多く存在するとの事。 本の中で特に印象に残った点として、 「こうあれば幸せ」「こうあるべき」という幸せのステレオタイプなイメージは時としていろいろな生き方を否定してしまうという点。 ○○だから幸せという考え方をした時は要注意で、様々な価値観へ理解を持つという姿勢が大事であり、 一般的に良いとされているものではなく、個人的に好きなものや良いと思うものを大事にするという考えで生きることで「普通」や「常識」に捉われないやさしい世界が生まれるのだと思う。 また、最近の社会は寛容さや多様性が喪失し、排他的で、息苦しく、失敗が許されず、人と違うことをし辛い「しんどい社会」になってしまっていると著者は述べる。 世の中は意味のないことで溢れており、意味のないことが集まって世の中を形成しているという認識を持てれば人は寛容になれるのではないかと思った。 多様な出来事や考えに触れるためには外の世界と向き合い、触れることが必要である。 本は移動せずとも常に外の世界に開かれており、ここではないどこかへ連れて行ってくれる。 目的の無い多様な読書がいろいろな生き方を受け入れるためには大事なのかなと感じた。

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    投稿日: 2021.01.17
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    2020年4冊目 社会学専攻ゆえか、最後まで共感しどおしだった。肯定も否定もしない、ただそれだけというどっちつかずな筆者のスタンスが苦手な人もいるだろうなとは思うけれど、私はすごく好きだった。 『誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない』が一番好き。私も見ず知らずのホス狂風俗嬢とか、摂食障害を抱えている高校生とか、ギャルシンママとかのツイートやブログを読みあさってしまう癖がかれこれ10年近くある。 "私たちの目の前に絶対に現れないようなものが、世界中に存在しているのだ。何も起きていない現実が世界中で起きているのである。"

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    投稿日: 2021.01.16
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    マイノリティーの逆は、そもそも色というものがない。つまり、それに関して、経験し、考えたことがない人々がおり、それが普通なのである。 ストーリーを付け足すことは意味づけ。ストーリーに敏感になる。 ストーリーとしてのバイアス。 相手の快感、感覚はどう頑張っても分かり合えない。

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    投稿日: 2021.01.04
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    路上のギター弾き、夜の仕事、元ヤクザ…人の語りを聞くということは、ある人生のなかに入っていくということ。社会学者が実際に出会った「解釈できない出来事」をめぐるエッセイ。(e-honより)

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    投稿日: 2020.12.14
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    この本から自分が得たものは何だったか。答えが出るまで時間がかかった。そして、答えは出なかった。 しいて言うなら、「私たちの人生はよくわからないものでできていて、正しさも確信もなく続いていくが、まあ人生なんてそんなものだ」というはっきりしないエッセンスだろうか。 けれど、その事実が、時に窮屈さや苦悩を抱えてしまう自分の暮らしを、少し楽にしてくれるような気がした。 本書に書かれている筆者の考察や見解は、日常では気がつかない新鮮で鋭い視点を与えてくれ、それ自体はとても面白い読書体験だ。 しかし、一つ一つにフォーカスすると、そのそれぞれは、時に暖かく肯定的だったり、時にとてもドライだったり、割とバラバラである。一貫した主張のようなものはない。 けれど、バラバラである、つまり「断片的である」ことが、我々の周りにはたくさん存在していて、我々はその集合体で構成されているということを、この本は教えてくれる。 そしてそのことは、くよくよ悩み、割り切れない自分の人生は、それだから当たり前で、苦しむ必要はない(苦しみから逃れることはできない)、という示唆をそれとなく与えてくれているような気がした。 長くなったが、結局この本は、これからも断片的な自分の人生に寄り添ってくれ、都度都度、「まあそんなもんよ」と語りかけてくれる友人のような存在なのかなと思う。 自分の人生なんだかなあ。。と思う全ての人に読んでほしいと思った。

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    投稿日: 2020.12.13
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    【内容紹介】 路上のギター弾き、夜の仕事、元ヤクザ……人の語りを聞くということは、ある人生のなかに入っていくということ。社会学者が実際に出会った「解釈できない出来事」をめぐるエッセイ。 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 筆者自身があとがきで「とらえどころもなく、はっきりとした答えもない、あやふやな本」とおっしゃってますが、まさにそんな感じの本でした。でも、この社会そのものが「とらえどころもなく、はっきりした答えもない、あやふやな」ものだから、こうならざるをえないのだと思いました。 誰かが正しいと考えていることが、全ての人に受け入れられることはなく、自分が良かれと思ってやったことが、実は相手にとって迷惑だったりする。人と人とが複雑に繋がっているこの社会は、十人十色の考え方が絶妙なバランスを保って成り立っています。…いや、バランスを保っているのではなく、お互いに「考えが違うのは仕方がない」と諦めたり、表面だけ取り繕って実は無関心だったりしているだけかも。そう考えると、自分の存在や自分の考え方に価値などないように思え、虚無感に包まれてしまいました。

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    投稿日: 2020.11.29
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    さらっと読めるのに、心の中にやんわりと残る。 ハッとしながら、考えながら、少し鼻の奥がつんとしながら、岸さんの思考に触れることができる。

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    投稿日: 2020.11.25
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    会ったことのない、何かで大変な想いをしている他人のドキュメンタリーを観たとき、どういう気持ちで観ればいいのかわからない。だいたいうっかり泣いてしまう。しかもそのあとで、観る前と変わらない自分の日常に安堵して気持ちがすっきりしてしまう。私の日常が当たり前でないことに急に気づいて、かけがえのないものに思えて浸ってしまう。 そんなときは、テレビの向こう側の他人に共感しているつもりで、泣いた瞬間に共感は途切れている。自分のことを考えているんだ。 泣かずに考え続けたい。気づかぬうちにかけている「外せない眼鏡」の存在に気付いて、自分と違う人間のことを私はどういうふうに見ているのか。他人に対して、社会に対して、私はどうありたいかをそれから考えたい。

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    投稿日: 2020.10.19
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    岸さんは、どうしていいか分からないとよく書いている。 僕は本当にどうしていいか分からない、と。 人は、行動をする限りにおいては「なにもしない」という選択肢も含めて、なにかを選ばなくてはいけないことがある。 そのときに選んだ答えを、それでよかった、間違っていない、という風に考えたくなるものだ。 そうじゃないと、自分が消えそうに思う。 でも、たとえ選んだんだとしても、それでいいか本当に分からないと思っていたっていい。 むしろそのように考えている状態であることが、私にも、いわゆる社会にも足りてない。そう感じる。 人は、分かりやすい物語の枠をはみ出していく。 それをすっごく単純にしちゃうと、多様性とかってなるのかもしれないけど、そういうのとも違うねんなぁというものがあるように思って、それはなんというか、面白いし、愛おしい。

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    投稿日: 2020.10.08
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    小説は他人の会話を第三者として聞いてて、ビジネス書は著者が読者に語りかけてる、と何かの本で読んで妙に納得した そうするとエッセイとは『著者のひとり語り』なんだと思う このひとのひとり語りは、そっと自分に寄り添ってくれる心地よさがある

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    投稿日: 2020.10.03
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    何者でもないような人や物事が、記憶の中に組み込まれていることがあるけど、そういうものは無駄じゃないんだなと思った。ただそこにあるものの存在感を救ってあげる方法を見せてくれる本だった。

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    投稿日: 2020.09.27
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    私たちは、遠い人には冷酷で、近い人に弱い 本人の意思を尊重する、というかたちでの搾取がある。そしてまた、本人を心配する、というかたちでの、おしつけがましい介入がある 私たちは神ではない。私たちが手にしていると思っているただしさとは、あくまでも、自分の立場からでた正しさである。これが他者にも通用すると思うのは間違っている

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    投稿日: 2020.09.22
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    学生時代にこの本の著者である岸先生の講義を受けていた。金曜日の三講時という時間帯の講義だったのだが、この時間の講義というものは昼食後ということと、これが終われば休みだ、という開放感からか、油断するとついウトウトしてしまいがちな時間帯だ。しかしこの講義は、比較的集中して臨めたと思う。 映画『パッチギ!』を取り上げたりゲストスピーカーを招いたりと、板書以外の授業形式が何度かあったのもそうだが、なにより岸先生の話術が巧みだったからだろう。教室が笑いで満たされることはしょっちゅうだった。  この講義以外で岸先生と直接関わる機会はなかったのだが、その話ぶりや人脈の広さから、なんとなくだが明るくて気さくな人、というイメージを持っていた。そして今回、岸先生の著作の書評を担当することになった。 この本はイントロダクションに始まり、約15ページのエッセイや著者が行ったインタビューが17題、そしてあとがきへと続く構成となっている。タイトルでは社会学という言葉が使われているが学術的な要素は薄い。それもそのはずで、この本は社会学者である著者が分析できなかったこと、解釈できなかったことが書かれているのだ。 著者は研究のため、多くの人々の語りを記録し、その語りを社会学の枠組み内に収まるよう解釈・分析してきたがその一方で、その理論や解釈に外れるところに印象的なものがあるという。そしてそうしたものは日常生活にもあるとする。 そうした理解できないことがらは、聞き取り現場のなかだけでなく、日常生活にも数えきれないほど転がっている。社会学者としては失格かもしれないが、いつかそうした「分析できないもの」ばかりを集めた本を書きたいと思っていた。 本書p7 そして著者が分析できなかった人々の語りや、様々な出来事、社会問題について書かれていく。  著者が分析できなかったもの、それが「断片的なもの」である。では断片的なものとは具体的に何を指すのか、詳しく見ていこう。  著者が焦点を当てようとするのは、一人ひとりの人間をカタチ作っているものである。それは骨だとか筋肉だといった外見上のものではない。著者はそれを「語り」や「物語」という言葉で説明する。  聞き取り調査で著者はたくさんの人と出会ってきたが、その多くが一度のインタビューのわずか数時間のつながりである。こうした断片的な出会いで語られた、断片的な人生の記録を著者はこれまで聞き取ってきた。こうした聞き取りをしていく中で、普段は人々の目から隠された(普通の生活では誰も気に留めない)人生の物語が姿を現すという。  また一方で、著者は聞き取り調査以外の断片的な語りにも美しさを見出す。例えばネット上のブログ記事だ。誰を意識して書いているわけでもない、月に一度更新されるかどうかのブログ、それは存在こそしているものの、誰の目にも触れない語りだ。どうしてそうした意味のない語りを美しく感じるのか。   ロマンチックなもの、ノスタルジックなものを徹底的に追い詰めていくと、もっともロマンチックでないもの、もっともノスタルジックでないものに行き当たる。徹底的に無価値なものが、ある悲劇によって徹底的に価値あるものに変容することがロマンなら、もっともロマンチックなのは、そうした悲劇さえ起こらないことである。 本書P32より  たとえば私たちは、災害など不幸な事件があり死者が出た時、その死者の生前の様子を知る人の話や、使用していた私物、幸せそうに写る写真を報道などで見て悼ましいと思う。それは死者の二度と帰ってこない日常を悼んでいるということでもある。  しかし、もしその災害が起こらなければどうだっただろう。死者の日常は平凡な物語として報道されることもなく、誰も知ることはない。筆者はそうした悲劇の起こっていない日常の語りが、美しいとしているのだ。  そしてそうした語りはどんな人にもあるという。それは普段人々の目には見えない、気にされることのない隠された物語だ。そしてどんな人々でも内側に、つまり自己に軽い、重い、単純、複雑、そうした様々な物語があり、それを組み合わせて自己を作っているという。  自己の中の物語、というとすこし分かりにくいかもしれないが、それは簡単に言いかえると人々の中にある規範や道徳、感性を作ったものというふうに見ることも可能だろう。そうしたものは、人の行動や考え方に現れる。著者は飲み会を例に挙げ「ある行為や場面が、楽しい飲み会なのか、悪質なセクハラなのかを私たちは常に定義している」のだとしている。 ※  こうした自己の中の物語は時に暴力的になると著者は語る。著書の中では子どもができない夫婦に対し「お子さんが早く生まれるといいですね」と悪気なく子どもを幸せのシンボルとして使ってしまうこと、また幸せな結婚式のイメージがセクシャルマイノリティに対しての暴力になりうることに触れられる。 こうした幸せのイメージは、そこに含まれない人を悪意はないながらも、不幸せに定義しうるからだ。 しかし、自己の物語はそうした幸せのイメージからもできており、それが暴力になりうると知っていながら幸せを追い求めてしまう。そこで著者はどうしていいかわからなくなる、と語る。  また自己の中の物語は容易に他者を敵としてしまう。例えばヘイトスピーチなどがあるだろう。ヘイトスピーチを行う人たちの自己の物語が、在日コリアンの人たちを敵としてしまうのである。 それを避けるための答えとして筆者は、他者と出会うことの喜びを分かち合うことを必要とする一方で他者に対し、そこに土足で踏み込むことなく一歩前で立ちすくむ感受性が必要だとも説く。しかし私たちにはそのどちらも欠けているとする。 また別のエッセイでは著者は性労働についての議論に関し「当人が望んでその仕事をしていた場合そこに介入することは居場所を奪うことになりうるのではないか」という。そうなると、私たちが手にしている正しさとは何なのか、と問いかける。 しかし、その問いかけに明確に答えてくれる人はいない。私たちは自分がただ正しいと思うことを社会に向けて発し続けるしかないのである。それが後に、間違っているということになるかもしれない。それでもどこか欠けている正義を発しながら私たちは生き続けなければいけないとする。 「分析できないことばかりを集めた」本だけあって、後半のいずれの問いに対しても明確な答えを見つけることは難しい。 著者自身、何かしらの結論を下そうとしつつも、結局その結論は「自分が正しいと思っているどこか欠けている正義」から生まれた結論のため、読者に向かって大声で「これが私の思う結論です」というふうに書けないのかもしれないとも思える。 しかし、そのためか著者の文章は繊細で終始優しく心に染み入ってくるようにも思える。正直講義で受けた著者の印象とは違って全体的にナイーブだ。しかしそれはきっと迷い悩んだ上で書かれた文章だからだろう。 分析できないものに対し、無理やり答えを押し付けようとするのではなく真摯に考えた末で「たぶん自分はこう思う」というトーンで書かれたからこそ、この本は抽象的な話を含みながらも読者を置いてけぼりにすることなく、一緒に迷いながら歩んで行ってくれるように思えるのだ。  学問の世界は主観性をなるべく排除しないといけないとされる。4回生のゼミのとき、ゼミの先生から卒業論文の書き方についてのレジュメをもらった。そこには、「私は」という主語、「思う」「感じた」という術語をなるべく使わないように、ということが書かれていた。研究はあくまで自分が「思った」ことを書くのではなく、客観的に見ても正しいことを書かないといけないからだ。  しかし、現実問題としてこの本で取り上げる問題は、どれが正しいと考えるかは難しい。結婚観はジェンダーの問題に触れざるを得ないし、性労働はそれに加え、労働の自由という観点からも考えないといけない。いずれも一概に答えを見出すのが難しい問題だ。そして、そうした問題を学問の枠に当てはめようとすると、個人の感情はどうしても捨てざるを得なくなる。断片的な物語は学問の世界では必要とされないのだ。 だからこそこの本は学術書としてでなく、エッセイに近いかたちで書かれたのではないだろうか。著者は社会学者として語りを分析することは時に暴力的になる、と書いている。たった数時間の聞き取り調査でその人や、その人が所属している集団を一般化し全体化してしまうのは誤解を招きえないからだ。 今私たちに必要なのは、こうした複雑な問題に対し単純に白黒をつけて済まそうとするのではなく、ひたすら思考することなのだろう。この本は惑いながらも、惑うことの正しさを肯定してくれているのだ。 大学の同人誌に書いた書評のデータが出てきたので、こっちにも転載。 改めて思い返しても、透明感のあふれる優しい文章だった。「断片的な物語」の概念って、自分の好きな『アイの物語』というSF小説にも通じるものがあって、大学時代にこの2冊を読む機会があったからこそ、自分をカタチづくっているものが、なんとなく掴めた気がします。

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    投稿日: 2020.08.16
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    は~~最近素晴らしい本にたくさん出会えてほんと最高 この本の良さを言語化するのはとてもむずかしいのですが、生きている人間ひとりひとりにストーリーがあってそれらは当事者しか知らなくて誰からも観測されたり認知されてはいないんだけど、たしかにそれは存在してるよっていうことですかね 良さをうまく説明できない部分がこの本の良さでもある この本というか、この世界のですね

    2
    投稿日: 2020.07.26
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    社会学と銘打っているが別にアカデミックな感じではなく、感性が豊かで多様な視点を持った社会学者だからこその、なんとも読み手の心にじんわりと何かを感じさせる味わい深い一冊。 様々な境遇の人が語る人生。 それは聞く人にとっては驚きの人生でも、その人にとっては普通の人生だ。 それは社会学者を持ってしても、解釈し分析できない。 個人的には漫画「火の鳥」や「コブラ」などから引用した「時間の流れ」についての考察は、心に大きく響いている。 楽しい時は時間の流れを忘れ、あっという間に時間が経過しているが、逆に痛みや苦しみに喘いでいる時は、時間の流れが長く苦痛に感じる。 時間の流れを意識することが何故苦しいのか。 牢獄の中にいる時間、病院のベッドの上にいる時間、労働をしている時間、全ての人に等しく流れる時間から、人は何かの感覚を感じ続けている。 誰にも知られない孤独の時間があることを、人はみんな知っているのだ。 共有はできないけれども。

    4
    投稿日: 2020.07.14
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    自分が言葉にできず思っていたことを言葉にされ図星感で恥ずかしいような気持ちになったけどすっきりもした。ひとつだけ、マイノリティのことを言うのに例えとしていわゆる一般的な、○○美大や公務員にはわからないといったような表現をされていたところが気になった。いずれも家族にいるので。思っているより色々ありますよ。色々な人間を取り上げるならそのへんの配慮もしてもらいたいと思ったから☆3。それがなければ☆4

    0
    投稿日: 2020.06.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    社会の中に生きるさまざまな人たちを描いた本でした。 ここ最近の私の読書傾向として、何か断言する、答えを提示する、処世訓があるものを求めていましたが、この本はそういったものはありません。 ただただ、1人の人生という物語をじっと見つめているような印象でした。 誰もが物語のヒーローのような人生を歩むわけではありません。しかし、矮小なことで悩んだり、ドラマチックなことが起こるわけでもないこの人生でもいいんだよ、と少し救ってくれるような本かもしれません。 もう一点、筆者が文中にて 個人を尊重することと、距離を取ることが同義になっている といった内容を述べていました。これに関しては軽い警鐘を鳴らしているように感じます。一見正義でもある尊重という行為が、目の前の人と向き合うことを難しくするのです。 プライバシーの問題はもちろんあるものの、それをかさに向き合わないことは違います。 昨今ジェンダーや性的嗜好、政治やフェミ関連がよく話題になり、今までは当たり前だったこと(語弊がありますが)が、根本から考え直さないといけない時代だと常々感じます。 遠ざけることで尊重するのでなく、向き合うことで尊重できるようになればいいなと思いました

    0
    投稿日: 2020.05.05
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    断片の集積としての世界。 私たちは「世界」のすべてを知覚することはできず、自らの「物語」に包摂可能な断片だけを知ることによって「社会」を見通してる。

    1
    投稿日: 2020.05.05
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    何でもない人なんていないんだな、とこの本を読んで思った。自分と違う人生を歩んだ人、つまり自分以外の人のパーソナリティを知ることは面白い。

    0
    投稿日: 2020.03.17
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    いや、マジで一気に読める。 かけがえのないもの、私が言語に落とし込めない微妙な感情、状況、観察がスーッと頭の中に入ってくる感じ。 社会学に明るくない人(私もなんですが)にも、読み物としておすすめできるんじゃなかろうか。

    4
    投稿日: 2020.03.12
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    筆者がこれまで出会ったいろいろな人の語りが淡々とつづられているだけ。そして、人はどんな生きづらさを感じていたとしても、それでも生活は続く。でも、岸さんの一文一文、一言一言が深く静かに寄り添ってくれている感じがした。

    0
    投稿日: 2020.03.05
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    意味ない断片もそれが寄り集まって社会が形成されている。意味があるか無いかは当事者じゃないと分からないし、それが分かったところで大多数には意味がないし、でもそうして岸さんに切り取られ、紡がれた断片は何か魅力に満ちている。皆それぞれ独立しているようで繋がっているし、繋がっているようで独立している。

    0
    投稿日: 2020.02.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    解釈してはいけない事柄など 著者はなんだかんだか言っても、自分へのこだわりを捨てきれないように思える。

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    投稿日: 2020.02.21
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    ものすごく評価が高かったので、期待が大きかったのかも。たしかに断片的で、そこに何かしら納得のいく説明はない(し、不要だ)。でも、自分が哲学的な人間でないせいか、答えがないことにモヤモヤする、この手の感じが苦手だ。

    0
    投稿日: 2020.01.31
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    「とらえどころもなく、はっきりしたこたえもない、あやふやな本」(「あとがき」より)とのことですが、共感や優しさに満ちていました。社会の一角で生きる姿をありのままに示す文章に暖かい視線を感じるのは、宮本常一の「忘れられた日本人」を連想しました。 「つれあい」とたくさん話をしようと思いました。

    0
    投稿日: 2020.01.25
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    うわ〜そのとおりだな〜、と思いながら読んでいたけど、感想を書こうと思ったら、何も書くことが思い浮かばなかった。そういう本でした、っていう感想でも強ち間違っていない気がした。自分はなに読んでたんだろう。少しは他人の立場でものを考えられるようになれるかも。

    3
    投稿日: 2020.01.09
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    個人からの語りをもとに、それらを分析することで社会のあり方を見直してきた著者が、分析のできなかった他愛もない語りを集めたもの。 著者の静かな語り口と、個人の存在に対する以下のような価値づけによって独自の世界観を描き出している。 「もっともかけがえのないものとは 、 「私たち 」にとってすら 、そもそもはじめから与えられていないものであり 、失われることも断ち切られることもなく 、知られることも 、思い浮かべられることも 、いかなる感情を呼び起こされることもないような何かである 。」 「あらかじめ与えられず 、したがって失われもしないために 、私たちの目の前に絶対に現れないようなものが 、世界中に存在しているのだ 。何も起きていない現実が世界中で起きているのである 。」 読み物として面白いし、何か意味ありげに迫ってくるものは感じる。 とはいえ、ここで「何も起きていない現実」にロマンを見出すその姿勢は、ぼくらがその現実を原理的に知ることができないというだけでなく、知ることのできない現実がそもそも取り上げる価値がないために取り上げられず、通常であれば何でもないままに過ぎ去っていくことにこそ価値を置くものだろう。そしてそれは一個の可能な態度であり、ほかの態度ももちろんありえるはずだ。 何が言いたいかというと、「何も起きていないかのように見える現実には言及しえない何かがあるが、しかし当事者にとってみればそれは確実に、記憶にあるいは身体に刻まれる何かである」と知りえない現実を見ることも可能なのではないかと思う。 そして、そういう知りえない現実を一つの可能性として受肉するのが芸術であり、著者の仕方は芸術とは異なる、科学的アプローチの範疇にあるだろうと思う。 もちろん、それは別の方法論で現実を見直すことが可能だというだけのことであって、この著作の価値を低く見るということではない。 ここに出てくる色々な生き方やストーリーは、なるほど、そんな世界もあるのか、と教えてくれる興味深いものばかりである。 ぼくにはどうしても、それらは、社会そのものの断片ではなく、著者のスキームの断片にすぎないのではないかという思いが最後まで抜けきらなかった。

    0
    投稿日: 2019.11.28
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    社会学調査の中で、それぞれのものごとが何を表し、自分自身がどのように感じたかについて、エッセイのように書かれた本。 読んでいてとても優しい気持ちになるが、それでいて気づかされることも多かった。 面白い。

    0
    投稿日: 2019.11.25
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    社会学なんて触れたことがなく漠然と難しそうだなあと思っていたこんな私でも読みやすい本でした。 身近にあって焦点を当てないような事に焦点を当てて、考えるきっかけを与えてくれている 無意味なことに惹かれて無意味なものをいつまでも考え続ける。答えは出ないのだけれど、それでも私はその考えていることに意味があるような気がしてならない。 忘れた頃にもう一度読み直してその感覚を思い出したいと思う。

    0
    投稿日: 2019.11.12
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    著者の身の回りの話や、近い人に起こったことについて、どのような気持ちでいたか、そのことが何を表しているのか 人の行動がなにか 考えるきっかけをくれるような分かりやすく優しい本 人間の行動のそれぞれの意味が、何か とても優しい気持ちになるし、 マジョリティがなにかマイノリティとはなにか、人が平凡であること 何度も繰り返し読みたい本

    1
    投稿日: 2019.10.06
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    社会学者が普段どんなことをきっかけにものを考え、紡いでいくのかが、一般人が普段接することのない、研究対象としてラベリングされる人々とのエピソードを挟みつつ、読みやすい文体で綴られている。読みながら、自分の過去の様々な人々や本との出会いが次々と思い出されて、やっぱり読書は刺激的で楽しいものだなと再確認した。

    0
    投稿日: 2019.10.01
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    これまでに読んだ著者の本,といってもまだ3冊くらいだけど,の中でいちばんいい本でした. いびつな社会で生きるいびつな自分を,ちょっとだけ調整してくれる整体みたいな本です.と書いていて,あぁ自分が岸さんの本を最近このんで手にとるのは,ここ最近,いろいろなことが人生重なって,調子がくるってるからやな.そして本の力でなんとかバランスとろうとしてるのは中学生のころから変わらんな,と思ったのでありました.

    0
    投稿日: 2019.09.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ・イントロダクション 分析されざるものたち 路上に転がっている無数の小石のうち どれでもいいから適当に一つ拾い上げて 何十分かそれをうっとりと眺めていたのだ 広い地球で「この」瞬間に「この」場所で 「この」私によって拾われた「この」石 そのかけがえなさと無意味さに いつまでも震えるほど感動していた ・誰にも隠されていないが誰の目にも触れない ロマンチックなもの、ノスタルジックなものを 徹底的に追い求めていくと 最もロマンチックでないもの 最もノスタルジックでないものに行き当たる 挙げればきりがないほど考えさせられる言葉ばかりで 特に小石の話は全く同じことを幼稚園の頃自分もしていたので驚きました 考えが自分に似すぎていて怖いくらいでした

    1
    投稿日: 2019.09.16
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    正誤で溢れた社会のなかで私たちは生きている。表面上では共存しているようにみえるが、無意識のうちに間違った他者を見下し、排除している。岸さんは社会学者で、人との対話を通し、生きづらい世の中の原因を研究している。結果として得られた事実よりも一時的に生じる分析できない事柄こそが寄り添いあえる社会になるためのヒントだと、読み終えて気づいた。寛容さが失われつつある世の中では意味だけを求めることが先行される。だけど、無意味なことに目を向けることがこの社会を、人を、受け容れられるきっかけになるかもしれない。 「私だけの良いものは誰も傷つけない。そこにはもとから私以外の存在が一切含まれないから。しかし、一般的にいいものとされるものはそこに含まれる人々、そこに含まれない人々の区別を、自動的につくりだしてしまう」 この言葉を胸に、無数に鏤められた断片を拾い、これからを歩もう。

    0
    投稿日: 2019.09.11
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    いわば雑文集なのだがところどころでやけに胸に刺さる。ある種の労働の本質とは,「決められた時間のあいだ,ある感覚を感じ続けることに耐え,その引き換えにいくらかの金をもらうこと」,言い換えれば,「その感覚を意識の内部で感じ続ける時間」を売ることであるという考察には深く頷くものがあった。この著者は小説も書いているようだ。気になる。 追記 割と最近の芥川賞候補なんですね。失礼しました。。。

    0
    投稿日: 2019.07.19
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    面白い。一気に数時間で読み終えてしまった。 軽い本かというと違う。ズシリと来る重みがある、一方でその重みは何かというと、言葉で表そうとしてもとらえどころがない。 筆者は関西の大学で社会学を教える教員である。ただこの本の中で時折触れられる経歴では、学生の頃は内向的な人見知り、大学を卒業して直ぐに日雇い労働者となり、4年間その仕事を続けたようだ。 そして、その後は大阪の日雇い労働者や、風俗で働く女性、部落出身者の経験談や日常生活を取材して回る。沖縄にも足繁く通い、沖縄に生まれ、職を求めて本土に来た後、再び沖縄に戻った人たちを取材していたりする。 いわゆるフィールドワークと呼ばれる情報収集だ。 この本の中でもそういう取材体験の中で聞いた話や、その取材の記録そのものが紹介されていたりする。 ただ、この本の特徴は「透明性」ではないだろうか。 そういう取材を通じて、こうあるべきだとか、これは間違っているとかいう意見は出てこない。また、本人も述べているがそういう日常というか、市井の暮らしを、かけがえのないものとして称揚したりもしない。 そういう事実もあるのだと、ただ見せて終わる。もしくは「この事実が何かを語ろうとしているように感じるのだが何を語ろうとしているのかはわからない、けれど感じるのです」と見せてくれる。 この本の中で、筆者自身が昔、ただ「白い色」を見ようと試みる話が出てくる。白い壁を見つめ、壁紙ではなく、物質などを全て廃して、ただ純粋に「白」という色だけを見られるだろうか?と壁を凝視するのだ。 それは本質を見るとか、先入観を取り払うという事と似ているが、「取り払う」という恣意的な行為もなしに、純粋にその白を見られるのか? 観察した時点で観察者のいない状況は観察できなくなるシュレディンガーの猫のような話だ。 ただそういう透明な猫のように、聞き取った話が、事実のカケラが並べられている。でも、そのカケラは想像以上に存在感を持って読む側を圧倒してくるのだ。

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    投稿日: 2019.07.14
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    Twitterで1/22に話題! 余りにも断片的で無意味過ぎるがゆえに書かれたエピソードの数々、いかがですか?

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    投稿日: 2019.06.19
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     「断片的」とタイトルにある通り、とりとめのないものがさらさらと流れていくような本だった。  あとがきには共感しかなかった。 寛容さや多様性が失われていく社会。 人との距離感の難しさ。 そういえば、いつからこんなにしんどい社会になったのかな、と読みながら思った。

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    投稿日: 2019.06.12
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    社会で生きる名もなき人々の普遍的な気持ちを 著者が代弁している一冊。 他の著作も読んでみたくなった。

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    投稿日: 2019.06.06
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    この世に無数に存在するものや人々の中のたった一つに全力で焦点を当て、その世界の中に入り込んで行く筆者の世界観に引き込まれる作品でした 面白かったです

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    投稿日: 2019.06.03
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    とりとめのない話が続き、それらのシーンが頭に残る。 2015年06月22日(月)岸政彦「断片的なものの社会学」Session袋とじ

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    投稿日: 2019.05.21
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    独特な文体だと思った。 いくつかの章に分かれているが、言いたいことがすっと胸にくる章ともやもやする章があった。 社会学者の本は初めて読んだが、もっと他の学者の本も読んでみたいと感じた。普段自分が感じるもやもやを深く突っ込んで調べる学問なのではないか。そう思った。 私達は自分の境遇を何かの罰だと、誰かのせいだと考えてしまうことがあるが、それは間違いで、それはただ無意味な偶然である。 という内容があった。 私がここにいることに、生きていることに何の意味もないのだと改めて理解することで、自分を受け入れられる気がした。悩みもたいしたことじゃない気がした。

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    投稿日: 2019.05.02
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    ただそこにあるだけのモノやヒトがたくさんあって 今、私たちはソレを恐れて生きている けれど ソレを恐れずに生きられたなら もう少し ただ生きているだけで 幸せを感じやすくなるんじゃないか 孤独を忘れて孤独から逃れて生きられるんじゃないか そのためにソレ(他者)と出会うことの喜びを 感じられるような価値観や体験が必要 私の中で喫茶ランドリーや胡桃堂喫茶は、その喜びの価値を体感でき伝えていける場所な気がしていて。だから、惹かれるんだなと気づいた。なんだかすごい本と出会えた気がする。

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    投稿日: 2019.04.14
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    社会学者である著者が様々な人から話を聞き取った話や、自分の中で考えたことのかけら、それをまとめたエッセイ。 たとえて言うなら著者が拾い集めた道ばたの石を、様々な角度から見せられている。宝石のようにきらきらと目を楽しませるものでも、派手な模様に目をひかれるものでもない、本当にただの石だ。 しかも著者はそれを尊んでいるわけではない。「素朴」「あるがまま」という言葉がまとってしまった一種の胡散臭さからは遠い態度だ。目の前にある石を何かに結びつけることはなく、ただそこにあることの不思議を受け取っている。 著者の様々な視点から生み出される文章を読むと、文中で登場するあらゆる考え方や人が纏う属性のどちらかに寄り立場を明確にしようとしてしまう自分に気付かされる。クリアではない入り組んだものの連続の中で、そういうものをそのまま描く。 語り口は淡々としているが無味乾燥でも透明でもない。表紙の何ということもないシャッターの降ろされた店の外壁と同じように、外気にまみれた白練の壁と同じトーン。どこにも身を置ける場所はなくても、どこかあたたかくありふれた安堵を感じられる。この本には自分に引き寄せる共感とは違った共存の形があるような気がする

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    投稿日: 2019.03.22
  • 物語以前の出来事や想いの断片

    ハリウッド映画とかで、ビルに押し入った悪役が警備員を射殺してどんどん中に入っていったりするじゃないですか。その登場5秒で死んじゃう警備員さんのこれまでの人生ってどんな風だったんだろう…。 昔から時々私はそんなことを考えてしまうことがありました。そして、自分がそういうことを考えることがあったということを、この本は思い出させてくれました。 多くの人が語る物語がある一方で、当事者しか語ることのない、あるいは当人が死んでしまった時点で誰も語ることのできなくなる、物語以前の出来事や想いの断片。圧倒的な数で存在するそれらのいくつかに、筆者は社会学の調査インタビューで出会い、社会学の分析の対象からこぼれたそれらを、ただそういうものとしてここに綴っています。それを読むことで私たちは何かを知ったり学んだりする訳でもなく、でもふと忘れていた自分と出会ったり、誰かを思い出したり、誰かと話してみたくなったりします。

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    投稿日: 2019.03.12
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    沖縄・生活史を専門とする社会学者のエッセイ的な本。社会学における生活史とは、個人の生活の様相について調査し、ありのままに記述する分野。この本には、著者が行なった過去の取材内容も一部載っている。他は、ほぼ、とりとめもない記憶に残った一場面について、著者が考えているところを悩みながら文章にしている。 人生は取り立ててなんでもないような日常からできている。待ちゆく人たちには私に知られないだけでそれぞれの人生があり、ふとしたときに(それは主に他者の語りを聞くときに)垣間見ることができ、その語りからうかがい知れる人生は輝かしいものでもなく主張もなく無意味なままで、ただそこにあることを知る。無意味なただの日常、それも単なる何でもない体験談の断片について、著者は自分の思うところを付け足し、ぼんやりと何かを描こうとしている、といった感じ。 _______________ 前半のノスタルジックの分析についての話が最高に良い。ありふれた風景はなぜ愛おしいのかという理由を提示している。頷ける。 差別や多様性について、一つのテーマとして書かれているが、はっきりした物言いを避け、曖昧に、戸惑いを述べるといった体で終始文章は進む。後半から急速に、曖昧なところにさらに重ねて精細を欠く感じ。「祈り」がなんたらとか言い出すし、お茶を濁しまくって終わる感。

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    投稿日: 2019.03.11
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    息子が社会学部を受験するということで 社会学関連の本をよく読んでいます。 立命館の社会学者の著者のエッセー。 大阪の土壌や文化も所々出てきていて、 また社会の暗部や弱いところが出てきいて なかなかおもしろかったです。 あとがきが、なんとなくいいと思いました。

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    投稿日: 2019.02.26