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断片的なものの社会学
断片的なものの社会学
岸政彦/朝日出版社
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総合評価

291件)
4.3
124
89
35
2
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    これはもっと早く読むべきだった。示唆的な言葉にあふれている。 これから何度も読み返すかもしれない。 社会や人の見方が変わってくる。

    0
    投稿日: 2019.02.15
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    カテゴリ:図書館企画展示 2018年度第1回図書館企画展示 「大学生に読んでほしい本」 第1弾! 本学教員から本学学生の皆さんに「ぜひ学生時代に読んでほしい!」という図書の推薦に係る展示です。 木戸功教授(人間関係学科)からのおすすめ図書を展示しています。      展示中の図書は借りることができますので、どうぞお早めにご来館ください。 開催期間:2018年4月16日(月) ~ 2018年6月15日(金) 開催場所:図書館第1ゲート入口すぐ、雑誌閲覧室前の展示スペース いまもっとも活躍されている社会学者のひとり岸さんの本の中からこれを紹介します。誰もが他者とともに社会の中で生きているのだけれども、その他者を完全に理解することはできないのだということを、わたしは社会学の授業で藤子・F・不二雄さんの漫画なども題材にしながら述べます。でもそこから導かれるの他者理解へのは絶望ではなく、だからこそ少しでも深く理解しようという希望なのだと思います。おすすめです。

    0
    投稿日: 2019.02.12
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    いつか読んでみたいと思っていたが、かなかな手にしなかったのは社会学と言う自分の知っているジャンルとは異なるのではないかと言う事。 読んでみると思いの外優しい語り口で、心にダイレクトに響いて来た。読み終えて腑に落ちた。ドキュメンタリー番組の感じが心地よく私に語りかけてくるからだと。

    1
    投稿日: 2019.02.10
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    2015年に一度読んでいる。しかし、全く記憶が無い。 彼が言うように「人生は断片的なものが集まってできている」なら、この本の出会いもその断片的なものの一つなのだろう。2015年に出会った時は素通りした出会いだった。今度の出会いは少し濃くなっていた。 社会学者の彼は「私と調査対象の方がたとの出会いや繋がりは、断片的で一時的なものである。限られた時間の中で、その人びとの人生の、いくつかの断片的な語りを聞く。インタビューが終わったあとは二度と会わない人も多い」 毎日多くの人に出会う。電車の中で道端で。その中には興味をそそる人もいる。服装がいい、表情が素敵だ等々だ。でも、その人たちとは二度と会うことはない。 人生は断片的な出会いで成り立っていることと僕も思う。

    0
    投稿日: 2019.01.19
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    著者が業とする聞き取りの中で、あるいは人生の様々な場面で、出会った忘れがたいシーンの断片を集めたエッセイ。冒頭の一行からして、すでに忘れがたい。それぞれの短文には主題があり、それをめぐる断片が散りばめられながら展開して、一応のまとめにいたる。いたるけれど、腹落ちしきらないところが残る。 読むタイミングによって、年齢によって、その残り方は違うだろう。また読んでみたい。

    0
    投稿日: 2019.01.03
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    ”「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」語りたちの美しさは、一つひとつの語りが無意味であることによって可能になっている。”

    0
    投稿日: 2018.12.24
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    先生の講義が面白く代表作を借りてみた。 もっと、断片断片しているのかと思ったけど、意外にちゃんと社会学者が調査や日常の中で出会った断片で、それについての考察や思いも語られていて、思っていたよりも普通に「社会学者の書いたエッセイ」って感じだった。 だけど、断片を羅列されるだけより、より、その繋がりとかにグッと来たりして、あぁ、だから断片じゃなくって、断片的なものの社会学なんだと納得。ビニール傘を先に読んだので、なんか、こんな風に日常を描写する文章を無性に書きたくなった。

    1
    投稿日: 2018.11.30
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    “むしろ、私たちの人生は、何度も書いているように、何にもなれずにただ時間だけが過ぎていくような、そういう人生である。私たちのほとんどは、裏切られた人生を生きている。私たちの自己というものは、その大半が、「こんなはずじゃなかった」自己である。”(p.198)

    1
    投稿日: 2018.11.28
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    なんかものすごく確かに断片的で、 一瞬を切り取っていてそれはなんでもない普遍的なものなのに 何か切ない、美しい、 みたいなもので前編が通っていく なんだろうこれは?これが社会学? とても私の感覚に合う。 排他的な社会であってほしくない。 いけてない自分でも、他人でも、生きていくことを認められたい。 自分に。他人に。社会に? 人生には明らかに、価値がある。

    0
    投稿日: 2018.11.25
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    ある歴史的なできごとを体験した 当事者個人の生活史の語りを聞き取るスタイルで、研究を行っている社会学者が書いた一冊。とは言っても、これはその研究成果をまとめたものに非ず。聞き取りの中で触れた、とても分析できない断片を集めたものを、少し文学的なテイストで仕上げたものだ。 何かものすごく感動するという話ではないのだけれど、どこかとらえて離さないものがある。それは、おそらく著者の人間に対する旺盛な興味から来ているのだろう。自分の解釈や理解をすり抜けてしまうような小さな存在や出来事に、反応する。解釈も理解もできないにもかかわらず、いちいち反応する。ほとんどの人にとっては、無意味な断片だ。でも、そうした断片が集まってこの世界ができあがっていると著者は信じており、だからこそそうした断片に反応するのだ。 ところで、アメリカでこの本に触れたのでひとつ思うところを。「祝福とためらい」という章の中での一説…壁によって守られ、「個人」として生きることが可能になっている私たちの心は、壁の外の他者に対するいわれのない恐怖によって支配されている。確実に、私たちの心の奥底には、他者に対する怯えがある。そして、この不安や恐怖や怯えは、きわめてたやすく、他者にたいする攻撃へと変わる…これをまさに体現しているのがアメリカという国だと思う。

    0
    投稿日: 2018.11.18
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    簡単に白黒つけられないし、自分の幸せは世間と違っていてもよい、ということは、当たり前だがすぐに忘れてしまう事実。だから本をくり返しくり返し読んで、何度でも考える必要があるのだろう。

    0
    投稿日: 2018.10.16
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    私は本を読みながら、すごく大事と思った文章とか、心に留めておきたい文章とかをメモしておくようにしているのだが、この本に関しては、何もメモが残らなかった。 それは、大事なことも心に留めておきたいこともなかったということではない。ただ、様々な「断片的な」シーンが私の中に描かれ、そこにどんな感情を持つことも許されるような、今までにない読書の時間となったのだった。

    0
    投稿日: 2018.09.07
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    誰も見向きもしないけれど、確実に存在するもの。小石だったり、人だったり、地球だったり。 認識する事によってしか存在しないもの、物語だったり、歌だったり、想像だったり。 人間の営みはそういう認識論の中で成立していて、誰か他者が認識していないものは存在しないも同然です。 誰もいない原生林で音を立てて倒れた巨木も、誰も知らない場所で倒れているので存在しないも同然。 でもそれは人間の意識だけの都合の話であって、確実に生まれ滅びゆく美しい者たちが存在する。そんな営みを愛おしく見つめる筆者の視線を追う本です。 素敵で静かな世界観です。

    1
    投稿日: 2018.09.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    誰かの話を聞くと言うことは、その人の人生に入っていくこと。 このフレーズが一番印象に残っている。 そこには社会的な暴力であったり、個性的であることを追求していることや、種々の積み重ねでの個人の形成など、様々なものから構成されているのだろうが、それを一般化するのもまたひとつの暴力である、ということになっている。 そもそも論として、こういった人の物語が見えていないが隠されてもいないという状態が最もロマンチックなものであると。 そうすると、そういったものに触れるためには、とにかく人と話をしなければいけない。そうして、相互的に、分かりきれないところも含めて、生きていくのだろう

    0
    投稿日: 2018.08.15
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    世の中から、私達の中から失われつつある寛容さと多様性を思い出させてくれる。 貧富とか優劣ではない。 断片的で主観的な正しさを振り回すことは、暴力だ。 視覚障害者へのテキストデータ提供に対応しています。

    0
    投稿日: 2018.07.21
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    植本一子さんの本に書かれていて読みたいとメモし買っておいた。 読むまでにしばらくかかってしまったけれど。 思いもかけない物語の片鱗がとても興味深かった いつも目の前にあるのに、目にしながら気づいていないことはたくさんある。 子ども=しあわせ 概念についても考えさせられる 子どもは結婚すればできて当然 子どもがいる人 いない人 で自然と疎遠になっていく 私たちはそういう、世の中の幸せというものから自然に遠ざけられていく 私たちは孤独である。 脳の中では特に。 どんなに愛し合った恋人同士でもどんなに仲良しの友達でも脳の中までは遊びに来てくれない 経験則のない話はできないという圧倒的な対象が 出産、そして育児だ  妬みや嫉みがなくても 産んだ人 産んでいない人 育てた人 育てていない人 大きな境界線が敷かれる どちらが偉いとか偉くないはない というけれど ほんとうにはそう思っていない人は絶対数いるとおもう 無意味なことはたくさんあるけれど その羅列でこの世は出来上がっている という解釈が 心地よくわかりやすくエピソードがおもしろい 知らぬ間に読み終えていたような本だった

    1
    投稿日: 2018.06.23
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    これは文学 すれ違う数多の人たちには その人たちの数だけドラマがある あとがきでちょっとうるっときた

    0
    投稿日: 2018.04.28
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    伊集院光さんの深夜ラジオの「空脳」コーナーを思い出した。 私はこんな本に出会うために読書をしている。

    1
    投稿日: 2018.03.28
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    社会学の専門書(ではないか)、プロパーな社会学者のつぶやきでここまでじっくり読ませるものを僕は知らない。

    0
    投稿日: 2018.02.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    知り合いに進めて貰って読了。 社会と言えば、学校だったり会社だったり家族だったり友人だったり大きいくくりで語られるが、これはタイトルの通りまさにそういった連続的な社会の中のある側面をくりぬいた断片的な社会の話。 個人的な事情で地元を離れて生きているある人の人生のまわりの話とか、NHKの「ドキュメント72時間」のさらに奥底をあぶりだしていくような内容で、この番組ファンの人は間違いなく入り込める。 我々が感じている社会は、結局個々の断片的な社会が連なってできているということをまざまざと感じさせてくれる作品。 こんな良作を薦めてくれたその知り合いに改めて感謝。

    0
    投稿日: 2018.01.16
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    何とも表現できないストーリーが散りばめられている。 なぜか吸い込まれるように読んでしまう。 人の話は心を引きつけるんですかね。

    0
    投稿日: 2018.01.13
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    「手のひらのスイッチ」が好きだ。何かを与えたり、提示してくれるわけではないが、凝り固まったところをじわじわと柔らかくしてくれる。本では対話はできないが、それに近い感覚をなんとなく体験している気がする。これからも事あるごとに何度も読んでしまう本になると思う。

    0
    投稿日: 2018.01.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    普段、蓋をしている事や、気に止めないようにしている事を並べて見せられた気持ち。 なぜ、蓋をしている?なぜ気に止めないようにする? その方が楽だから。 多数派による圧のような話が出てきたが、正直、気にしだしたらキリがない。例えば子を望む人に自分の子供の話をする時など、なるべく配慮して話すようにはしているけれど、気を使いすぎるのも相手に失礼だと思うし、そう思うことが「そういう目で見ていること(子が持てなくて気の毒)」になるんじゃないかと思う。 堂々巡りになってしまうような話が他にも書かれていて「わかる・・・わかるけど・・・」と、消化不良な気持ちになってしまう。 でもたまには答えの出ないような事に向き合うのも大切だと思う。そうしないとどんどん蓋は固くなり、鈍感になり、思考停止に陥って、他者を傷つける人間になってしまうと思うから。

    0
    投稿日: 2017.11.28
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    社会調査とはある仮定を立て、それが正しいのか、あるいは誤っているのかを実証する科学的手法である。しかし、科学的である事が求められる学問の領域において、正誤の二分法では捉えきれない断片的な何かと出会う事が定性調査には多々あり、それを分析を通さず、可能な限りそのままで記述する、非学術的な何かがこの著書にはある。それは小説とも異なるし、批評ともまた違う。エスノエッセイのようなテイストを持ちながらも、しかしそこには調査の主題というものも打ち立てられない。ここでは読者とテキストとの間に生起する何かが問題となっている。

    0
    投稿日: 2017.11.15
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    前から読みたくてやっと購入。 他の人の感想にもあるように、この本から何かを得るとかそういった類のものではなく、作者の主観で色んな人、物事との距離感がタイトル通り断片的に語られてる。 これを読んで自分も作者と同じモヤモヤを感じる人は多くいるはず。

    0
    投稿日: 2017.11.02
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    興味深い話ばかりだった。一気に読んだ。 特に印象的だったのは、録音してた生活音を流しっぱなしにして旅行に行った話。 何が言いたいのかとか考えず、ただそのお話を聞くようにして読んだ。

    0
    投稿日: 2017.10.25
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    友人に薦められて読んだ。 日常の通り過ぎてしまうかもしれなかった事柄を集めたエッセイ。少し読みにくさはあったが、何度か読み返して読了。 沖縄についての考察はあたたかくも鋭くて身に沁みた。 習字の手直しの時に先生との触れ合いについての文章は、昔のことを思い出してじんときた。

    1
    投稿日: 2017.10.16
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    読了。いろんな人の、相談のない人生相談であった。すぐに役立つことはないかもしれないが、心に残った。実際は、臭いなど、あると思う。臭いが感じられなかったので綺麗な話に思えた。

    0
    投稿日: 2017.10.03
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    マイノリティーの方たちの世界に踏み込むのには、礼節が必要だと知った。親しくなろうとずかずか入るのは、相手との間のどうしようも消せない壁の存在を無視することになる。 教会の方たちも知らない人たちだ。そんなに親しい人たちではない。姉、兄とか本当は親しくもないのに。そんな知らない親しくない人たちの中に入っていくという決意だ。自分が遠いブラジルへ行ったことなど、教会の人たちにとって他人事。それより自分の問題が優先だ。そういう親しくない人たちが集まっている。

    0
    投稿日: 2017.09.24
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    記録にも残らない様な(そういうものにしにくい)ことを感じ取って文章にする。 質的調査の授業を思い出した。 すごく読みやすく、すごく良い本だった。

    0
    投稿日: 2017.09.21
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    いい本。たしかになんの答えも解決策も提示されていないが、けっきょくそういうものだよね、という気にさせられる。すごく心に残る。世界はこういう欠片の集まりで構成されていて、そこに対してどういう視点を持つかで、世界の捉え方は全く違うものになるんだと思う。あんまり繰り返し同じ本を読むことはしないが、また読みたいと思わせる本。ストレスがない。いい本に出会えた。

    1
    投稿日: 2017.09.18
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    たとえば日曜の昼下がり、新宿や渋谷の街を行きかう途方もない数の人混みを前にして、こんなにたくさんの人たちが世の中にはいて、自分がいまこうして息を吸って吐いているのと同じように、この人たちのそれぞれにも、普通の、平凡な、にもかかわらずひと言では要約できない人生があるという、それこそ平凡であたりまえの事実に、なぜだか胸が苦しくなってしまった。 なんて経験のある人は、この本を読んでもきっと同じように、なぜだか泣きそうになってしまうかもしれない。いまこのこぢんまりとした本棚にある中で、ともすると、いちばん多くの人にひっそり手にとってほしい本。

    3
    投稿日: 2017.08.29
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    大きなストーリーに組み込まれない、ささやかで大切だったり大切でなかったりする生活の一部分が詰まった本。良い。

    0
    投稿日: 2017.07.02
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     様々な個人の生活史を社会学の立場から分析する著者が、学問の枠組みには収まらない事柄について書き連ね、思考したもの。「世界のいたるところに転がっている無意味な断片について、あるいは、そうした断片が集まってこの世界ができあがっていることについて、そしてさらに、そうした世界で他の誰かとつながることについて」(p.8)書かれた本ということだが、これまで生きてきた人生や世界の見方を変えさせる、違う視点を教えてくれるような本だった。  まず無意味なことが無意味なままであることの美しさ、ということがこの本の主題の1つであると思う。表紙や各ページに挿入されている写真が、無意味であるが故の美しさを表しているのではないかと思った。  人が物語を生きる、というのはよく言われる話だが、物語が「中断され、引き裂かれ、矛盾をきたすときに、物語の外側にある『なにか』が、かすかにこちらを覗き込んでいるのかもしれない」(p.62)の「なにか」について考えを巡らせる視点に気づかせてくれた。  他にも、人や人生にまつわるあれこれについて、思案されている。「どうしても逃れられない運命のただ中でふと漏らされる、不謹慎な笑いは、人間の自由というものの、ひとつの象徴的なあらわれである。」(p.100)とか、「何も特別な価値のない自分というものと、ずっと付き合って生きていかなければならないのである。かけがえのない自分、というきれいごとを歌った歌よりも、くだらない自分と言うものと何とか折り合いをつけなければならないよ、それが人生だよ、という歌がもしあれば、ぜひ聞いてみたい。」(p.194)という部分は、だからこそ、とてもつもなく人間は自由だ、ということだろうか。さらにその自由の逆の概念としての暴力についての思考の部分も印象的だ。例えば「規範」の暴力から逃れるために、「良いものについてのすべての語りを、『私は』という主語から始める」(p.111)、「良いものと悪いものとを分ける規範を、すべて捨てる、ということだ。規範というものは、かならずそこから排除される人びとを生み出してしまうからである。」(p.112)といったことや、だからと言って、「幸せが暴力をともなうものだとして、それでは私たちは、それを捨ててしまうべきなのか」(p.114)という部分などは、その暴力を振るうことも幸せならば自由なのだ、ということになるのかもしれない。同じように、「それについて何も経験せず、何も考えなくてよい人びとが、普通の人びとなのである。」(p.170)という部分も規範に関することだ。また、自由ではない状態、という意味では著者自身の肉体労働の経験から導き出された思考の部分で、「決められた時間のあいだ、ある感覚を感じ続けることに耐え、その引き換えにいくらかの金をもらう」(p.139)、「肉体を売る仕事とは、感覚を売る仕事であり、そして、感覚を売る仕事とは、『その感覚を意識の内部で感じ続ける時間』を売る仕事でもあるかもしれない」(同)が、自由ではない状態についての思考である。  そして最後に、我々には何が足りないのか、という部分として、「この社会にどうしても必要なのは、他者と出会うことの喜びを分かち合うことである。こう書くと、いかにもきれいごとで、どうしようもなく青臭いと思われるかもしれない。しかし私たちの社会は、すでにそうした冷笑的な態度が何も意味を持たないような、そうしているうちに手遅れになってしまうような、そんなところにまできている。異なる存在とともに生きることの、そのままの価値を素朴に肯定することが、どうしても必要な状況なのである。」(pp.187-8)、「しかし、また同時に、私たちは『他者であること』に対して、そこを土足で荒らすことなく、一歩手前でふみとどまり、立ちすくむ感受性も、どうしても必要なのだ。」(p.188)という部分なのかと思った。  生きるということ、世界の中でくだらない自分が存在するということ、そしてそれらが実は何も意味を持たないということ、だからこそ出来ること、ということについて、考えさせられる、読みやすい本だった。おれは今中高の教師だが、これを何とか生徒に伝えようとも思うのだけれども、一体いつの時期にこういう視点を見せてあげるのがいいのだろう、と思っている。(17/05)

    0
    投稿日: 2017.05.19
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    戸川純に「諦念プシガンガ」という名曲があり、PHEWをボーカルに迎えたONJE(Otomo Yoshihide New Jazz Ensemble)によるアレンジバージョンが非常に好きなのだが、この曲を聴いて以降、「諦念」という概念に心惹かれ続けている。 それは何となく考えていた、「特別な自分」というものはこの世に存在せず、自分というものが歌詞の一部を借りるなら「牛のように 豚のように 殺してもいい 我 一塊の肉塊なり」に過ぎないということが、明確に言語化されたからかもしれない。 気鋭の社会学者であり、マイノリティーとされる人々へのインタビューをベースに彼らの社会学的位相を明らかにする著者による随筆である本書は、そのタイトル通り、道端の小石のような断片的な事象を一切の解釈を挟むことなくそのまま描き出す。「諦念プシガンダ」を思いだしたのは、本書にある次のような叙述が、まさに自身が考えていた「諦念」に非常に近いものであったからである。 「かけがえのない自分というきれいごとを聞いたときに反射的に嫌悪感を抱いてしまうのは、そもそも自分自身というものが、ほんとうにくだらない、たいしたことない、何も特別な価値などないようなものであることを、これまでの人生のなかで嫌というほど思い知っているからかもしれない。」 (本書p194より引用) しかしながら、これだけであれば単なる厭世主義/シニシズムで終わってしまうところであるが、私が言いたいのはそういうことではなく、「自分自身が本当に下らない存在であるということを認めた諦念の元で出来ることもある」ということである。断片的でフラジャイルで取るに足らない存在であるが故の可能性と美しさ。 本書では先の文章に続いて次の一文が語られる。 「ただ、私たちの人生がくだらないからこそ、できることがある」 (本書p195) 誰もが何となく感じながら言語化をためらってしまうことについて、その断片性を隠すことなく、断片として提示すること。それが本書に心を惹かれる最大の理由である。

    2
    投稿日: 2017.04.16
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    必要以上の意味付けをせず、フェアな立場でとりあえずそのまま置かれたような、そして私自身の心の中にもとりあえず判断を下さずにそのまま置いておきたいような、そんなことごと。 これを読んだことで得られた視点が、これからの人生のいろんなタイミングで生きてくる気がする。 人間は断片的ながらくたたちで出来ていて、模倣の寄せ集めで、人生はかけがえのない大切なものなんかじゃないからこそ何かに掛けられる、とか。 普通に身の回りで起こっているありふれたこと、それぞれの生活史。 社会学って、生活の中に当たり前に存在する内容なんだな。 具体的なエピソードが多くてわかりやすく、社会学が身近に思えた。

    0
    投稿日: 2017.04.11
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    断片的な人々のストーリーがただ書かれているものと興味を持ち購入したが、主に著者自身がフィールドワークを通して抱いた矛盾と気づきを淡々と述べていくものであった。それはそれでおもしろく、僕自身の仕事における戸惑いとも通じるところがあり惹き込まれた。

    0
    投稿日: 2017.03.05
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    普通に読んだらかわいそうと思う最後の章の文章たちが、通して見ると断片的だけどどこか美しい物語に変わる。

    0
    投稿日: 2017.02.13
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    読んだ後に目に入るすべてのものが なんとなく愛しくなってしまう本というのがたまにあるけれど そういうかんじ

    1
    投稿日: 2017.02.05
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    岸さんの視線はきちんと行き来してる、あるいは自分から他者との隔たりを理解してわかりあえることとそうではないことについて、見たり聞いたりしたことを書いている。書くと事実からは嫌でも自分に寄るけど、できるだけフラットに書いていてその温度が自分と他人の間の永遠に重なることのない気持ちに似てる気がして心地いい、だって僕らはそんなものだから。

    0
    投稿日: 2017.02.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    学問の本というよりは、エッセイです。 社会全体を見れば、現代とは○○であると断ずることができても、一人ひとりはそれぞれの暮らしを持ち、それぞれの考えで行動している。 そしてそれらはどこにもカテゴライズできない。 答えがそこにある社会ほどつまらないものはない。

    0
    投稿日: 2017.01.29
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    この著者の「考えてはいるんだけど、ほんとうにわたしにはわからない」という姿勢に共感できる。 マイノリティとマジョリティ、レベルをはること・はられること。 マジョリティとは、それを意識しない立場の者、ということにはなるほどと納得。 図書館で借りた本で、予約があったからメモをせずに返しちゃったのだけど、機会があれば再読したい本。

    1
    投稿日: 2017.01.19
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    タイトルに社会学とあるが、中身はエッセー。読んでみて、納得できるものも、納得できないものもあるが、著者は優しい人なのだろうということは分かった。小説が芥川賞候補になっている。注目の人だ。

    0
    投稿日: 2017.01.16
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    すぐそばに存在する、誰かの何気ない日常。特筆すべきものはないけど、何故か惹かれるたわいもない逸話。 社会学者である岸政彦氏だからこそ出逢えた「断片的な」物語や、それについて岸さん自身が感じたことなどがとりとめもなく書かれている。 日陰に佇んで、ともすれば誰の目にも触れられることのなかった物語たちに心を打たれるのは、岸さんの客観的かつ優しい(でも無駄に褒めそやしたりもしない)視点を通して書かれてるからなんだろうな。

    0
    投稿日: 2016.12.30
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    社会学かエッセイかカテゴリ迷いましたが、エッセイに。 素敵な文章も書ける社会学者って、最高だと思います。岸k

    2
    投稿日: 2016.12.21
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    『私たちは、遠いひとたちに冷酷で、近いひとたちに弱い。』 読めば読むほどわかるような、わからなくなるような感覚がとてもよい。生きるとはそういうもんだと思いながら正解を探したくなったりするもんな。

    0
    投稿日: 2016.12.15
  • なんてことのない、話です。

    社会学、と銘打たれているけれども、どうか気負わずに開いてみてください。ここには、社会学者岸政彦がすれ違った市井の人々との出会いが、淡々と、かつ丁寧に書かれています。 見知らぬ他人から話を聞く、という行為は社会学者である岸が常日頃行っているもの。しかし、様々な人たちの、様々な話を聞いていくと、どの論文にも報告書にも使うことのない断片的な物語を受け取ることがある。そして、そういうものこそいつまでも印象に残っている、と彼は語ります。 かつて新興宗教の教祖を務めていた老人、ゲイをカミングアウトした南米の青年。どのストーリーも山場を迎えそうになると、ふっと静かに立ち消えてしまう。普段の生活の営みに沿った話だからこそ、据わりのよいオチなんて用意されていない。でも、その掌編のひとつひとつが、不思議と読み手にも染み込んでいくのです。

    3
    投稿日: 2016.10.25
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    「普通」ってなんだろう?は、ひとまず脇に置きたいのだけれど、 読んでいる間中、そのことが頭から離れない。 「社会学」という学問のつかみどころのなさ、分析とか理論からはみだしたエピソードの数々に引き込まれて、一気に読了。 私たちの社会は、いろいろな人がいろいろな偶然でたまたまこの場に存在してできているんだな、とその不思議さにいまさら驚く。 著者の岸政彦さんの猫好きは承知していたけれど、ミニチュアシュナウザーとの思い出話には(個人的な事情と重なり)涙、涙。文章もとても好み。 紀伊國屋じんぶん大賞2016

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    投稿日: 2016.10.07
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    著者の社会の捉え方が印象に残る。でもそれは特別な世界観ではない。けれど、言葉にされたことで思い起こされるものだった。 P.21  その世界にひとつしかないものが、世界中の路上に無数に転がっているのである。 P.188 異なる存在とともに生きることの、そのままの価値を素朴に肯定することが、どうしても必要な状況なのである。 しかし、また同時に、私たちは「他者であること」に対して、そこを土足で荒らすことなく、一歩手前でふみとどまり、立ちすくむ感受性も、どうしても必要なのだ。

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    投稿日: 2016.09.19
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    「手のひらのスイッチ」「普通であることへの意思」「自分を差し出す」の章が特に心に残りました。人のライフスタイルが多様化している今「幸せ」についての箇所は特に考えてしまいました。「どうしていいかわからない 」というフレーズがぐるぐる回ります。

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    投稿日: 2016.09.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    人を尊重するということと、人と距離を置くということが一緒になっている。大切にしょうとするときにそっとしておく.......昔はもっと面と向かって話していたのでは 私達の人生の繋がりの脆さを感じる。 主語を語る必要性をのべていたのに同感しました。

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    投稿日: 2016.09.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    路上のギター弾き、夜の仕事、元ヤクザ…。人の語りを聞くということは、ある人生のなかに入っていくということ。社会学者が実際に出会った「解釈できない出来事」をめぐるエッセイ。 図書館の分類が914.6。エッセイ扱いか。

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    投稿日: 2016.07.26
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    意味を求めたところでなんてことはない人生の断片。拾い上げてみたらば全てがキラキラしてる訳ではないが、ひとつひとつ違う形で、ただただそこに存在する断片。 ふとそれを取り上げてその形を受け止める。ただそれだけのことなのになんだかとても切なかったり癒されたり。 仏教の教えにも似たある種の諦観と、他者との違いや多様性を受け止める視点は純文学的でもある。 「普通であること」を普段意識することはない。壁が高すぎて見えないから。 世の中白か黒か、善か悪か、すべてに分かりやすい正解を求める風潮の中で、何とも意味を付せられない曖昧な感情や物事にただ寄り添うことがもはや贅沢になっている。 答えはない。 どんなに愛する恋人も友達も家族も、頭の中までは遊びに来られないから。自分の「答え」と他者の「答え」は同じものでは決してないのだ。 意味もない。 無理に意味を見出すことが良いとは思わない。でも生きていく上で何か大切なことはこんな断片に宿っているのかもしれない。 感想もなんだか断片を繋ぎ合わせた、意味のあるようでないことばかり。

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    投稿日: 2016.07.13
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     タイトルに社会学とあるので、お堅い本なのかなぁと思っていたが、いい意味で裏切られた。  私たちの生きている、今の社会でであったことをそのまま記すというか、生々しい今の断片がこの本には記されている。  社会学とタイトルになければ、文芸作品だと思うだろう。  面白かった。

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    投稿日: 2016.06.12
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    主にマイノリティの方に関わっている社会学者の著作である。社会学では人の話を聞いて解釈をするのが手法らしい。マイノリティの方の人生を解釈しても、その人にどのような意味があるのかと思う。余計な世話だと思われるだけだろう。この本では、語れらたものを語られたまま、解釈もせず、関連もなく並べられた、散文的な本である。この著書に出てくる人たちを興味深く思えるから今の仕事をしているのだろうけど、一気読みできるほど自分にとっては面白い本だった。この本が好きだろうと思える人が3人ほど頭に浮かんだ。

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    投稿日: 2016.05.28
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    意味もオチも教訓もないけれど、何か心に引っかかる話の断片集。 根本敬先生の『人生解毒波止場』に、ナイーブでセンチメンタルな考察を加えたような本。

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    投稿日: 2016.05.22
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    どこでこの本に知り合ったのだろう。 図書館から届いて、読んでみた。 自分の心が落ち着いていない時期に読んでしまったのが、残念。 チャンスがあれば、読み直してみたい。

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    投稿日: 2016.05.18
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     いま、世界から、どんどん寛容さや多様性が失われています。私たちの茶会も、ますます排他的に、狭量に、息苦しいものになっています。この社会は、失敗や、不幸や、ひとと違うことを赦さない社会です。私たちは失敗することもできませんし、不幸でいることも許されません。いつも前向きに、自分ひとりの力で、誰にも頼らずに生きていくことを迫られています。

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    投稿日: 2016.04.29
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    装丁にひかれて購入した。 一つひとつの話題が、普段の生活の中ではあまり意識しない、ちょっとした歪みを明るいところに出しているような感じがした。目をそむけたくなる記述も少しあった(書かれていることを想像したら辛くなった)し、明るい話題はほとんど出てこなかったけど、読み終えて前向きな気持ちが出てきたように思う。 私たちは無力で、絶対に正しい存在ではない。だから自分の主張を言わない、のではなく、いつ・どんな風に・誰のもとに届くかはわからないけど、思ったことを発し続けることは必要である。発し続けることで誰かを助けることもあれば、誰かを傷つけることもある。 結果はどうあれ、まずは言葉を発することが大事なのだと思う。

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    投稿日: 2016.04.24
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    人と向き合い、関わり、ミクロな視点で社会をとらえる大切さを教えてくれる素晴らしい本。装丁が、なんだかキュ〜っと胸の奥を掴まれるような、切ない写真だったので、思わずジャケ買い。買ってよかった。 著者の岸さんは、なんでもないただの石ころを拾い、その石が紛れもなく「いまここで、自分が拾った石」という特別な存在になる瞬間がたまらなく好きだという。(なんだかわかるぞ、この感覚!)遠くのビルを眺めていたら、たまたまエレベーターに人が乗り込む瞬間を目撃した、とか、たまたま通りすがりの人の生い立ちを聞いたとか、この本にはたくさんの断片的な物語が詰まっている。そしてそれらの物語を、この人が文章にして出版していなければ、私は知る由もなかった。うーん、この世界には、どれだけの「誰にも知られずに埋まっていく物語」があるのだろう。「みんなは」とか、「若者は」とか、群衆を軽くまとめてしまうような言葉って、ものすごく凶暴だ。

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    投稿日: 2016.04.13
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    社会学とは、と説明することは難しいのですが、この本を読むと、○○な条件の人たち、○○な集団、○○な地域、○○なとくくりつつも、その中のひとりひとりの物語に目を向けることで、○○なという世間の自分の固定概念に絶えず問いかけをし、○○なというくくりがゆらいでいくことが、社会学の勉強の面白味であるのかなと思いました。

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    投稿日: 2016.04.02
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    書店で見かけて気になっていた本。 タイトルと表紙から、街で見かけたものの社会学的考察みたいなキャッチーな本かと思っていたら全然違った。でも・・・面白い、というのとは違うが、読んでよかった。 被差別、沖縄、マイノリティ等を中心に、聞き取り調査を専門とする著者が、聞き取った話だったり、自身の体験だったりのうちで、分析できない断片的なものについて書いていく。 エッセイ・・・なのか? 分析できていない、というんだから。

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    投稿日: 2016.03.27
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    自分の住んでいる場所より少し離れなところへ行くと、そこに住む人にはその人の暮らしが生活があることをしみじみ思い、なんだか不思議な心持ちになる。 誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない そんなたくさんの人のたくさんの人生が詰まっている。 その中には色んな生き方を選ぶ人がいる。 でも、それは、 いいとか悪いとかではない ーつくづく、「社会」というものは、たくさんの「良くないもの」を含みながらも、それで成り立って「しまう」ものなのだと思う。 ー「一般的に良いとされているもの」はそこに含まれる人々と、そこに含まれない人々の区別を、自動的につくり出してしまう。 ーわたしたちはうまれつき孤独だということ。だからこそもうすこし面と向かって話をしてもよいのではないか、ということ 著者の倫理観と社会学者として、人としての葛藤が随所に見られる。そういう眼差しを、自分の常識を疑う事ができる強さを感じる。 そして埋もれてしまう物語りをただただ凡庸な物語りを救いあげる。 見ず知らずの誰かを通りすがりの人の人生を思わずにはいられない。 紀伊国屋 人文学賞1位 2015年 朝日出版社

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    投稿日: 2016.03.24
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    共感できる箇所があちこちにある。わたしたちは無意識のうちにいつも、物事を分析し、整理し、意味の通るように並べて、日々を生きている。意味をなさない「断片」はそこからこぼれ落ちていく。あえてそこに目を向け、その断片のまま意識を凝らしてみる。おさまりのいい意味づけをせずに物事を見る。おもしろいと思う。思うのだが…。 それで? それを言っちゃあおしまいよ、なんだけど、やっぱりどうにもこの言葉が浮かんでくるのをいかんともし難いのでありました。

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    投稿日: 2016.03.17
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    紀伊國屋書店のじんぶん(人文)大賞作品。 連載していたものを1-2編読んだ記憶もあったかも…。 タイトルとジャケットでほしいなと思った(何

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    投稿日: 2016.03.11
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    すぐそこにあるものの見え方が変わる本。それに良し悪しをつけるのでなく、啓発してくるわけでもなく…自分の生きるサイズを違った視点から考えられる、いい感覚の本です。

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    投稿日: 2016.03.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    何か違う本かと思うほど、「運動」に焦点が。 でもやっぱりつれづれだし、 運動イメージの無い銀色さんがこれだけやってるから 触発される部分もある。楽しそう~。 これだけやって体重3kg体脂肪率3%減か…。

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    投稿日: 2016.02.09
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    社会学が世の中を大きくつかもうとする学問だとすれば、そこには必ず、つかみとれずにこぼれ落ちる「断片」がある。筆者はその断片に焦点をあてる。断片の集積がもしかすると世の中をつかみとることにつかみとることになるのかもしれない。冒頭の天野祐吉さんの「けが人」を「毛蟹?」と聞き直すところが妙に印象に残る。菅原そうた「みんなのトニオちゃん」も読んでみたい。インタビュー中に、庭の犬が死ぬ。何事もなかったかのようにインタビューが続く。巨乳マニアの闘病記。定型に納められない人生が、ささやかで圧倒的だ。星野源が歌うように「くだらないことの中に」大切なものがあるのかもしれない。

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    投稿日: 2016.02.06
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    本屋さん巡りで出会った本。 その書店で行われているのであろう 誰かのおすすめの本として置かれていた。 どんな人でもいろいろな「語り」を持っていてー という帯ときれいな表紙と初めて行った本屋さんでふと目に止まったという、勝手な運命の出会いにわくわくして購入。エッセイを読むのは初めて。 いや〜でもおもしろかった! 人が好きになる。 こんな自分でもありなのかもと思える。 いままでの自分がいかに断片的な知識と勝手な価値観で判断してきたのかを思い知らされる。 この帯にこの本は何も教えてくれないと書いてある。確かにそう。 でもいまの自分に必要な本だった。 2016/01/31

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    投稿日: 2016.01.31
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    私はよく人から「世の中を斜めに見過ぎじゃないか」と諭される。ナナメに見てるつもりは毛頭なくて、現実を直視したいという思いだけだった。確かに現実を直視するということは、とてもしんどいことだ。実は直視しているようで、もしかしたら世の中の現実を目で覆っていたのかもしれない。この本を読んで、何か得るものがあったとかそんなもんはなくて、ただただ目の前の現実を突きつけられ呆然とする。それだけがこの本の価値なんだろう。

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    投稿日: 2016.01.09
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    幸せの只中にいる花嫁花婿に向かって、婚姻制度が、家父長制度が、戸籍制度が、強制異性愛主義が、ロマンチックラブイデオロギーが!などと議論を吹っかけるのは野暮である。 マジョリティの幸せを祝福すること、祝福することを強制することは、そうでない者への暴力となる。その一方で、おめでとうの気持ちも本心で、もう、一体どうしたらええか分からん、と正直に言うてるところが素敵。 淡々と、時に熱っぽく描かれている、とりとめのない情景や心情にぐいぐいと引き込まれた。 この本は、ミランダ・ジュライの『あなたを選んでくれるもの』が併売されてあった書店であえて購入。お、分かってるなここの書店、と思える自分にいやらしさも感じつつ。でも、そういう良い書店を応援していきたいのは正直な気持ち。

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    投稿日: 2016.01.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    社会学とタイトルにあるが、筆者も考え中で問題提起にとどまっていることも多い。 手のひらスイッチという章が印象的、 結婚式では結ばれた二人を祝福するが、それは当人たちにとってだけではなく世間一般に幸せという前提があるからである。つまり、好きな異性を結ばれていない人は幸せではないという差別となる。 それを防ぐためには、結婚という習慣をやめるかそれを祝うことをやめるかとなるが、現状人類の感じる幸福はそういった差別の集合である。

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    投稿日: 2016.01.06
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    1人の人生は、断片の寄せ集めだ。 だから、部分的に共感したり、1人の人格にも矛盾があったりするのではなかろうか。 たくさんの普通の人のエピソードが寄せ集められている。 著者が幼い頃から感じたり考えたりしてきた諸々も、重ねられている。 殆どのところでふむふむなるほどね、と共感を覚えたが、「自分を差し出す」には違和感を感じた。

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    投稿日: 2015.12.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    私たちは、お互いの目を見ずにすますために、私たちの間に小さな鍋を置いて、そこを見るのである。鍋が間にあるから、私たちは鍋を見ていればよく、お互いの目を見ずにすんでいる。鍋がなかったら、お互いに目を見るしかなくなってしまうだろう。私たちはお互いの目を見てしまうと、もう喋ることができなくなって、沈黙するしかない。そして怯えや緊張は、沈黙から生まれるのだ。 おばちゃんたちにとって、植木鉢は鍋であり、言葉である。あるいは、素焼きの植木鉢は、素焼きの土偶に似ている。実際に植木を育ててみればすぐにわかることだが、植木は生きている(私は当たり前のことを言っているのではない)。それはそこにあって、笑っている。(p.50) 夜の仕事がいいとか悪いとか、そういうことはいろいろ議論もあるだろうが、窓というものはそこらじゅうにあるのだなと思った。あるときは本が窓になったり、人が窓になったりする。音楽というものも、多くの人びとにとって、そうだろう。それは時に、思いもしなかった場所へ、なかば強引に私たちを連れ去っていく。(p.83) 壁を越えることが、いろいろな意味で暴力になりうることを、私はもっと真剣に考えるべきだった。しかしまた、壁を越えなければ、あの女子学生もふくめて、私たちは、私たちを守る壁の外側で暮らす人びとと、永遠に出会わないまあ生きていくことになってしまう。ほんとうに、いまだにどうしていいかわからない。(中略)そんな、壁によって守られ、「個人」として生きることが可能になっている私たちの心は、壁の外の他者に対するいわれのない恐怖によって支配されている。確実に、私たちの心の奥底には、他者にたいする怯えがある。そして、この不安や恐怖や怯えは、きわめて容易く、他者にたいする攻撃へと変わる。(pp.186-7)

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    投稿日: 2015.11.21
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    これが社会学!面白いけど、こんなに考えて、考えて、考えなきゃいけないジャンルなんですね。しかも終わりがない。バターになりそう。 ある者への祝いは、別の者への呪いとなる。京極先生も似たようことを書いてました。妖怪学はきっと親戚ですね。

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    投稿日: 2015.11.01
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    これ、素晴らしいな。こんなふうに日常で思っていることをきれいに言語化できるなら、そんな素敵なことはない。これなら誰でも、社会学をしてるよなぁと思える。決して堅い学問の本ではありません。エッセイか、文学か。何にしても、心地よい本です。

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    投稿日: 2015.10.01
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    そういうものだ。ということを教えてくれる。 説教じみていない。 淡々と、それでいて、感情のある言葉で、社会の一片を語ってくれる。 暴力こそ、善意にまみれている、らしい。 何も信じられない、けれど、何もしないわけにもいかない。 そういうものだ、と思いながら、自分を生きていかなくては。

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    投稿日: 2015.09.29
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    エッセイと言っていいのか分からないけれど、とりあえずエッセイ。 今はまだ少ししか分かっていないけど、自分の息苦しさに折り合いがつくかもしれない、そんな気がした。 また時期を見て読み直したい。

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    投稿日: 2015.09.26
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    最近立ち寄った本屋さんで目に留まった、てか呼び止められた一冊。 白を基調とした表紙にぼぉっと浮き上がって見えるタイトル。 断片的?何のことか気になるんやけど。 著者(生活史専門の社会学者)の語り口調がとても詩的。 それだけで学術書じゃないことがよく分かる。 他者へのインタビューでほぼ構成されているがそれに対して感傷的にならず、ただ淡々と第三者目線で話を進める。 静かに引き込まれたが断片的なストーリーが掻き集められているせいか、心に残るものがあまりない。 著者曰く インタビューで他者の人生や心に入り込む感覚は、暗い海へゆっくりと身を投じるようなものらしい。 そう言われると私も段々自分が深海に引き込まれていく感じがした。そして著者の綿密な聞き取り調査にも大いに感服した。 以下、一番心に残った部分だけ引用しておく。 「私たちは孤独である。脳の中では、私たちは特に孤独だ。どんなに愛し合っている恋人でも、どんなに仲の良い友人でも、脳の中までは遊びにきてくれない」

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    投稿日: 2015.09.08
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    2015.8 答えも結論もない。残ったような残っていないような。だけどなんとも言えないものが心の中から引っぱり出されるような感じ。毎日そんなにすべてがちゃんと収まるところに収まってはおらず、フワっとした感じのまま通り過ぎたり停滞したり。本当はすべてがそういうものの集まりで、あくまで自己中心的にその時の都合で収めているだけなのか。もう一回読みたい。同じ感想かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

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    投稿日: 2015.08.20
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    http://tacbook.hatenablog.com/entry/2015/07/30/210701

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    投稿日: 2015.08.18
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    著者の言う,「断片的なもの」が書かれている部分を読むのはおもしろかった。なのに,著者の私観が書かれている部分を読むのは何となくしんどかった。なんというか,センチメンタルすぎて,しんどかった。でもたぶん,そういうこともひっくるめて,この1冊のおもしろさなのかもしれない。

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    投稿日: 2015.08.17
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    この本は何も教えてくれない。 帯に書いてある通り、著者の日常生活の中の出来事や対談内容を断片的に記録した日記のようなものである。 どこの本屋にも置いていなかったため、Amazonで取り寄せて読んでみたが、イマイチ面白さがわからなかった。 短編集のような作りで、好き嫌いが分かれる作品だと強く思う。 時間が経ったらもう一度読み直してみたい。

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    投稿日: 2015.08.15
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    帯の「この本は何も教えてはくれない。ただ深く豊かに惑うだけだ」という言葉がまさに。 心の中でなんとなく浮かび上がってくる葛藤を、うまく言葉で表現してくれている。 社会のあり方、社会問題、個人の生き方、人との関わり……それらのものに言及するが答えは出さない。しかしそれでいい。それがこの本の良さだと思う。

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    投稿日: 2015.08.08
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    社会学研究のライフヒストリーの手法自体、大きな歴史の流れからこぼれた断片的な個人史を広い集めるものだけど、ここに書かれている断片的なものはその生活史からもこぼれ落ちてしまうような、微かでささいなもの。 本当は、そうしたささいなもので人の人生は成り立っていて、人が物語に乗せて語るもの以上にそこに面白さがある。 断片的なものがただ脈絡もなく置いてあるだけの人生は、失敗したり、裏切られたり何にもなれなかった自分の無意味な人生でもある。 でも、その人生は遠い他の誰かにとっては意味のあるものになるかもしれない。 とても静かな断片的なものの著者の語りは、無数の小石のなかから拾い上げた「この小石」の無意味さの魅力を無邪気に語るようで、とても好きだ。

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    投稿日: 2015.08.06
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    読み始めて、知らず知らずのうちに、ご本人のブログを読んでいたことに気づいた。帯に書かれている、「この本は何も教えてくれない。ただ深く豊かに惑うだけだ。そしてずっと、黙ってそばにいてくれる。」が的確すぎるくらいにこの本を表している。筆者が普段出会った出来事や人から考えた、とりとめもない、結論のないこぼれ落ちた一遍のエッセイの集積。でもそこにある、どうでもいいようなエピソード、それがすごくリアリティのある人生。結論のでない、何一つ導き出せないこれらのエピソードが、実はものすごく人間的なのかもしれない。

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    投稿日: 2015.08.01
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    どちらかと言えば、あまり陽の当たらない人たちの生き方との関わりの中から、筆者は今の社会を見つめる確かな視点を得ている。 声高に何かを主張するわけではないのだけれど、その語り口から、わたしたちが忘れてはならないことを指摘してもらえる。 不思議な魅力を持った著作だ。

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    投稿日: 2015.07.03
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    何とも言えない虚無感、だけど少し暖かい。 この本は何も教えてはくれないし、結論めいたことは書かれていない。 人を見る目、ものを見る目の優しさ、孤独感、そしてニヒリズム。 普通に生きている人が、それぞれ普通でない生を生きていること、それが普通であること、そういう世界に生き、かすかにつながっているんだなあと、堂々巡りの思考の中に引きこまれる不思議な本。   

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    投稿日: 2015.06.28
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    2015年57冊目。 意味を見出すこともなく、ただただ印象に残っているシーンが人生には多くある。 著者はそんな「断片」を愛する人で、そんな断片が静かに散りばめられた本。 分析なきところに価値がないのであれば、この世界の出来事の豊かさは失われると思う。 「意味の前」に、物語は確かにある。 普通の人たちの中に、ありふれた日常の中に、見えなくとも確かに起きている世界中の人々の生活の中に。 そのことに改めて気づかされ、隣の人を、すれ違う見知らぬ人を、今より少し大切にできるようになる、そんな1冊。

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    投稿日: 2015.06.23
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    たくさんの人たちの人生の断片。 著者の想い出の断片。 それらはみな思いつきのように語られて、途中で千切れたように終わる。私たちを置き去りにして、解釈されることを拒むかのように。分析や、解釈をされないもの。答えを与えられないもの。そしてそれらをあるがままにとらえて、その傍らに共に居続けること。まるでヴェンダースの「ベルリン 天使の詩」の天使ダミエルとカシエルみたいだ。こんな風に、人の話を聞いてあげられたなら。

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    投稿日: 2015.06.21
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    ここ最近ぼんやり考えていたことが本の中に同じように書かれていて驚いた。 30代後半になって、いつのまにか自分がマイノリティになっているなと感じながら、しかし、考えてみると人なんてそもそもみんなマイノリティだよなあと思っていたのだ。 明確な結論が出ないままなのも良い。我々生きてるのだから、その最中なのだから、結論なんてないのだ。 (むしろ安易にまとめようとすることの方が、きっと間違いを起こしてしまうのだと思う) 良いフレーズでバシッと決める必要なんかない。 ひたすら逡巡する。しんどいことだけど、それをやめないことが大切だと思った。

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    投稿日: 2015.06.10