
総合評価
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powered by ブクログ明治時代が舞台。盲目のお嬢様と丁稚奉公の男の幼少~晩年の話。なかなか狂暴で冷酷なお嬢様に、公私ともに追従する男。 ウグイスを飼って鳴き声を楽しむ道楽があったらしいが、お嬢様は「ホーキーベカコン」と良い声でなくウグイスを所望した。私はその鳴き声のイメージが全然わからなかったので、検索したら、”ホーキーベカコン”という漫画があって、春琴抄をモチーフにした原作よりさらに激しそうな作品だ。結局鳴き声のイメージはわかないが、この単語にはみんな引っかかるのだろうと思った。
0投稿日: 2021.03.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
芸術的で、文章に引き込まれる。こんな春琴にお仕えしたくなる気持ちはわかる。けれど、顔に熱湯を掛けられてからは佐助も春琴も好きじゃなかった。そこがメインテーマだと思うから、あんまり谷崎潤一郎の理想には共感できないみたい……。佐助と結婚したいなんて弱気の春琴は理想のお嬢様じゃないし、弱気の春琴には興味ないって言って理想を押し付ける佐助も従者としてそんな奴嫌い。でも傲慢だけど基本的に筋が通っていて自分では絶対に勝てない美しいものに心酔しきって崇めるのはとっても綺麗な関係だった。 文章の書き方が「読めない奴は着いてくるな」とでも言ってるようで好き。それに個人的には文章力が凄くて読むのは苦じゃなかったし、息も継げないくらい熱中したのは多分句読点改行無しで息を継がせてくれてなかったせいだと思うし……。
0投稿日: 2021.03.12
powered by ブクログさらりとした文体でありつつも、どこか雅な雰囲気が漂う谷崎潤一郎の作品。 決して良い結末とは言い難いものの、ただ二人の世界に入った師弟は、浄土の池に浮かぶ蓮華のような清らかささえ感じる。
1投稿日: 2021.02.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
佐助の幸福は、春琴が失われていくことで確かなものになってった。 憧れと思い出と幻想が合わさると、こんなにも切なくて胸をうつ美しさになると初めて知った。 手法としては、佐助の手記と第三者の記憶から成るから、ところどころ意図的に描写が抜け落ちているのがもどかしくて面白い。
1投稿日: 2021.02.12
powered by ブクログ2021年14作目 美しすぎる作品。佐助は光と引き換えに閉ざされた愛を手に入れた。春琴の顔を汚したのは果たして彼ではないだろうか。
0投稿日: 2021.02.08
powered by ブクログ日本語の美しさを味わった。春琴の話し方かわいい。最初は独特の文体に躊躇してしまったが、読み始めると意外とすらすら読める。もし同じように文体で躓きそうになっている人がいれば、ぜひ読み進めることを推奨する。この作品を読まないのはもったいない。
1投稿日: 2021.01.23
powered by ブクログ遠い昔に「刺青」と「陰翳礼讃」を読んだことがあり、谷崎潤一郎=すごいねっとりした文章書く人というイメージだったので、割と薄味に感じました。 でも、その淡々とした感じが逆に異常というか…… 読み終わって、「いやなんともないような感じで書いてるけどめちゃめちゃ異常ですよ!?」と。 読み終わるまでは二人の関係性を理解し、受け入れたつもりでいたけど、後から思い返して、その関係性を言葉にできない感じがもどかしい。
0投稿日: 2021.01.01
powered by ブクログ布団の中で春琴の足をあっためてやるのに痛い虫歯でほおずりして蹴り飛ばされてウヒ〜(嬉)ってなるあたりとか最高。恋は盲目ですなあ。あ!盲目なんでした。
3投稿日: 2020.12.24
powered by ブクログ「痴人の愛」の次に本作を読んだ。 どちらも、我儘な女性に尽くす男性を描くが、こちらの方は、最後に気持ちが通じ合うところが異なっている。
0投稿日: 2020.12.21
powered by ブクログはじめての谷崎潤一郎。 薄さで選んだら改行、句点がないない 大坂道修町薬商人のお嬢さま お琴はんは聡明しかも三味線天才の盲目美少女。 必要以上に大事に育てられたおかげもなり 性格はワガママし放題、凶暴最悪に。 困った親が面倒係に任命した4才年上丁稚の佐吉。 お琴に振り回され続けながらも佐吉が献身的マゾ ヒスト精神で支えてゆき最期には自ら失明へ。 6度の映画化、宝塚などの舞台化も多数。 傍若無人な美少女系お嬢さまの物語として ライトノベル的に読んでも面白いかもです。
1投稿日: 2020.12.05
powered by ブクログ春琴の行き過ぎた行為全てを 佐助の異常なまでの愛情が許し 遂には自らも…。 一生をかけて一途に想い続けた美しさに 余韻が止まらない。 流石に時代もあって文章は読み易くはなく 慣れない単語もかなり出てくるため 調べながら読んだ。
0投稿日: 2020.11.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この物語の思想性としては、盲目の能力の高さつまり、第六感の働きの素晴らしさを伝えている所から今見えている物だけが全てでは無いという事や、(「佐助は今こそ外界の眼を失った代わりに内界の眼が開けた」八〇頁引用)全て見えていると思っていても盲目にしか感じられない内界の眼が開けたりするので、今、見えているものだけが本当の事なのかまた、正しいかとも限らないと考えさせられたのである。 例えば、佐助が失明してから思った所で(「取り分け自分はお師匠様の三味線の妙音を、失明の後に始めて味到した〜幸福を味わえたのだと。」八八頁引用)と思った所などは、やはり盲目にならないと感じられない事が沢山有るのでは無いかと感じた。また、春琴抄の様な驕慢な性格であると人の恨みを多く買われるのでは無いかと思う。これは時代性というのも入ってくるのだと思うが、今の教育に置き換えても、昔は体罰などはあまり重視に考えられていなかったからか手を上げる人が多かったと思われる。この時代でも、春琴が手を挙げられる事について幾つか書いてあり、今回の事件も春琴が撥を放つ事によって起きた事件であり、また、同じく春琴に恨みを持つ者の犯行である。つまり、春琴が火傷を負った事件の経緯は春琴が利太郎に対して(「阿呆と伝いさま撥を以て打った弾みに眉間の皮を破った」六九頁引用)と有るが、利太郎はこの時、春琴に対して「復讐」の様な恨みが募ったのであろうと思われる。それはその後に利太郎が春琴に対して(「覚えてなはれ」六九頁引用)から分かるのである。だからこそ、人に暴力を振ったり厳し過ぎる発言をするべきでは無いかと考える。確かに、今、私が言っている事は時代が変わり学校でも会社でも暴力事件などが多く有り、暴力はいけないものだと今は考えられているからこそ発していられる訳であり、当時(春琴抄の中の時代)では、暴力そのものは良いか悪いかで言うといけないものかも知れないが、三味線の技術を上げるためにはキツイ練習も必要だったという考え方があったと思われる。したがって、春琴は佐助に対しても弟子に対しても激しい罵声など浴びさせスパルタなレッスンをしていたのだと思う。 しかし、やはりどの時代でもその春琴の行動を嫌がる人物は居て恨みをかわれるのだと思う。教える立場にいる人間(春琴)は、一人ひとりをもっと尊重する様な教え方をするべきだと思う。そうでないとやはり教えてもらう人間も良い気持ちにはなれないし、その師匠と称している人間に対して尊敬を素直にする事が出来ないと思うからだ。 この事から、昔の弟子の育て方を今と見比べた時に確かに昔の様な考えの人も居るが確実的に数は少なく約67年経てば今のような暴力をするのはいけない、という風な時代に変化をしている事が分かる。この地球規模で言えば約67年という短い間で人の考え方も良い方向に行っていくことから、今後の日本の変化というものが非常に楽しみに感じるような作品であった。
0投稿日: 2020.11.24
powered by ブクログ恋愛というにはあまりにも深すぎる愛。肉体関係はあるものの、それが肯定されない主従関係と、彼女が寄せる信頼との葛藤。こんなにも複雑で美しい恋模様を初めて見た。
0投稿日: 2020.11.07
powered by ブクログマーーーージでこれだいすき、高校ん時に読んだ時はむずかちー!ってなったけど、この前春琴抄の朗読劇観たからもっかい読み直したくなった、本当にこれだいすきやねん
1投稿日: 2020.11.02
powered by ブクログ流石に読みにくい(笑) でも内容は非常に興味深い。 海外でも人気があるのも解るし、名作と言われるのも納得。 もう少し読みやすい文体で書かれてればもっと違った印象になるのだろうか、でもそれだと文学的価値がなくなるのか、今の僕には理解できない。
0投稿日: 2020.10.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
師匠の蹠に自分の虫歯の痛い頬を当てて踏みつけられたシーンには声を出して笑った。 暴力や凄惨なシーンが幾つもあるのに、佐助の異常な性癖がそれを和らげ、むしろ一種の心地良ささえ感じる。 読了後と爽やかな心持ちになる。
0投稿日: 2020.10.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
研究対象としての興味深さはとても感じられた。 純粋に面白い話か?と聞かれるとちょっと難しいと思った。 ラスト、佐助が自ら失明する場面は想像を掻き立てられて自分のことのように心が痛くなった。二人の主従関係がもし現代の小説家によって描かれたり二次創作されたらかなり分かりやすい「エモ」になってしまいそうで、それをギリギリ高尚なところで留めているような感じがした所はわりと好きだ。
0投稿日: 2020.09.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
三味線の師弟の究極の愛。春琴は三味線で高名な先生だが、幼い頃から美しく、しかしながら盲目で、丁稚の佐助に身の回りの世話をしてもらってきた。この佐助は幼い春琴の三味線の稽古を盗み聞きしては、夜な夜な雑魚寝部屋で三味線の練習をし、やがて周囲にも認められる腕前になる。佐助は丁稚の仕事をお役御免され、晴れて4歳年下の春琴に弟子入りする形で、彼女に奉仕することを許される。 佐助にとっては春琴は師弟関係を超えた究極の崇拝対象であって、彼にとって春琴に取って代われるものはない。その佐助の姿勢が春琴の嗜虐性を助長し、彼女は殴る蹴る打つのが当たり前になる。佐助のマゾヒズムと献身は生涯続き、彼は春琴の美を夢想し続ける。純愛を通り越しているというか、最後は被虐性愛をも超えて、春琴と佐助は真実の愛で一体になったように思える。これも愛のひとつの形かと思った。 これを海外文学で置き換えるとピアノとかギターの師弟関係みたいになるんだろうか。そんなものがあったら、それもなんだか洒落ていて面白そうだ。読んで思ったのは僕は佐助のように生きるのは無理そうだ、ということ。笑
7投稿日: 2020.08.28
powered by ブクログ何年か前に夢中になって細雪を読んで以来、久しぶりの谷崎。 例えば古都は夢のように美しいのに(ついでに少女趣味なのに)、みずうみはなんとなく気持ち悪い、だから川端康成の著作を片っ端から読むのは賢明でない、というように、 谷崎も細雪だけイレギュラーな最高傑作で、初期は気持ち悪いだけかもしれない、という偏見がありました。 そんなこと全然なかった。 同じ人が書いたのだ、とわかる美しさ。爽やかさ。 書評がいけないですね。悪魔的文学だの被虐趣味だの。 全然うらやましくないのに、ああ、2人は幸せだったんだなあという読後感。 昔の新潮文庫版だと他の短編も収録されていたはずなのに記憶違いかしら。 解説が素敵。この小説には、いかに生きるべきかの痛烈な問いかけと訴えがない、という説である。だが、...美の陶酔に通じる人間の愛の世界をくりひろげたこの小説は、...人生の問題を秘めていないはずがあろうか。
0投稿日: 2020.07.23
powered by ブクログ青空文庫で読んだ。これが耽美主義か、と思った。道徳を無視した退廃的な愛の極致だった。句読点が少ないのに文章がスッと入ってきたのでこれも技術なのかと思った。(2019/7/25)
0投稿日: 2020.07.16
powered by ブクログ単純だが迂遠極まりない哀しい愛の形。 病的な部分が強調されがちな谷崎潤一郎の作品群にあって、『春琴抄』もおそらくきっと、嗜虐的な女性と被虐的な男性という病的なカップルの姿が浮かび上がる。 確かに、そうした性的趣向はどうしたって否定できようがない。 他方で、この物語を読んで感想を言い合う際にあまりにも性的倒錯という側面にのみ集中しすぎていないだろうかとも思う。 実際のところ、彼らなりのコミュニケーションがあわさったのだろう。 攻撃性・衝動性の高い、しかし美貌と才能に溢れる女性と、献身的な男性。 男性側は恐らく他者のお世話をするという事が自己充足であるひとなのだろう。 それは、地方都市から丁稚奉公なる封建的な人生のなかで見つけた彼の居場所だ。 そして女性は、この関西特有の母系ゲマインシャフトのなかで盲目というハンディキャップという器官劣等がありながら激しい気性という優越欲求の結果得た芸事の世界が居場所だ。 物語前半まではまったく、封建社会における主従、師弟という枠での関係でしかない。 ところが、後半にあってその関係は激変し、師弟・主従から夫婦関係へ至る。 それは男の献身であり、女性の受容という力動の結果だろう。 その後、2人の関係は逆転している。 春琴は妻という立場に甘んじようとする。文字通り、甘え始める。 しかし佐助は、もちろん献身と尊敬という彼なりの持ち味は残れど、婚姻という関係を迫ることもない。 春琴は暗にそれを求めたにも関わらずだ。 これによって、主は佐助に、従は春琴に、目立たぬが入れ替わっている。 かといって、被虐−嗜虐が入れ替わるとかそういうことでもない。 単純に、互いに愛するということをこの2人が手に入れたのだと思う。 単純だが、迂遠極まりない哀しい愛の形だ。 そして多分に倒錯している。 悲劇なのは子供たちのはずだが、この物語ではそれについて触れられることはない。 その意味では残虐な愛でもあるだろう。 そのことも、この2人の物語の哀しさを際立たせてはいないだろうか。
4投稿日: 2020.07.09
powered by ブクログ思ったよりもスラスラ読めた。とにかく壮絶な師弟愛で、ラストもなかなかに凄かったけれど、こういうのも愛のかたちなんだと思った。
0投稿日: 2020.07.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
△ネタバレしかない 両親に甘やかされて育ったからか我儘で傲慢、美しくも気高く、自分が自分である所以をしっかりともっている。自我の強さを感じる盲目な琴奏者の女性春琴(何となく花魁っぽい?)と春琴の美しさや春琴の女王様っぷりを崇拝し、自身も琴を弾き、まめまめしく丁稚として弟子として仕えた佐助との身分違いの恋という感じでしょうか。身分違いと言っても周りは結婚を反対するどころか大賛成でしたが、春琴が断固拒否し、生涯2人が婚約を結ぶこともなく寿命尽きるまで、佐助は春琴を愛し続け春琴のことを本にまとめてしまうほどでした。 途中で佐助が自ら目に針を刺し盲目となったのがかなり驚愕しました。何となく目を背けたくなり思わず本を遠ざけてしまいました。 ですが、佐助は盲目になった事を心から幸せだと感じ、盲目だからこそ研ぎ澄まされた感性で春琴を佐助なりに身近に思い、春琴と同じ盲目になる事は彼のずっと前からの悲願だったのでしょうね。だからか、最後まで何とも言えない妖艶な美しさがあり、凄く引き込まれました。 私には理解出来ない世界観でしたがきっと春琴と佐助の2人だけが分かる世界なのでしょうね。むしろ2人にしか分からない世界だからこそ佐助は幸せなのでしょう。佐助が喜びそうです。 そして、このお話途中で春琴が妊娠するんですが誰の子かはっきりしません。何となく佐助の子じゃないかと匂わせつつ最後で2人の間で一男二女が出来たと記述されており、途中妊娠した子が佐助の子だと含まれてない事から私の個人的な解釈ですが、実は佐助の子じゃないんじゃないかな…と思います。 そこも含めて考察しがいのあるお話でしたね。何度も読めば読むほどドツボにハマりそうな小説でした。
4投稿日: 2020.05.26
powered by ブクログ春琴と佐助の一生を描いた作品。 生まれながらにし盲目である春琴の手曳をしている佐助。佐助は手曳ではあるが、基本的な雑事、春琴の身の回りの世話もこなす、優しいがかなり気の小さい男である。 一方、春琴は、周りにあまり感謝もせず、我儘に振る舞い続ける女。春琴の生き方には、当然周りからの反感をかい敵を作る。 暫くして、春琴と佐助は、琴の師匠、弟子という関係になるのだが、春琴の稽古が厳しすぎて周りが幾度となく心配する。また、他の弟子やその道に通ずる人からも反感を買うことになる。 だが、盲目でありながらもその努力から、琴の腕前は一流であり、それが余計に周りから妬まれた。結局、春琴は何者かに報復をされるのだが、佐助の異常なまでの奉公心、忠誠心、いや、最早そんなレベルではない境地に達しているが、師匠の醜い姿を見れないようにと、自ら自身の両眼を針で刺して視力を奪う。そして、そこにこの上ない幸せを感じる佐助。正直、凄い話です。
2投稿日: 2020.05.10
powered by ブクログページ数が少ないと思いきや、改行が少なくぎっしりと文章が詰まっている。文語調の美しい文体で春琴と佐助の物語は語られる。前半〜中盤はこれといった波乱はなく淡々とした話と思いきや、終盤は佐助の春琴への愛情の切実さ、尊さがこの上なく伝わって来るこれ以上無いと思えるような展開だった。この二人でしかあり得ないような関係性、愛情のあり方に胸を打たれた。
3投稿日: 2020.04.19
powered by ブクログ相変わらず谷崎潤一郎大好き 谷崎潤一郎のどうしようもない依存関係にある男女が大好き お互いの想いの強さがお互いをおかしくしていく感じ
1投稿日: 2020.04.09
powered by ブクログ見てはいけない世界を覗いてしまった気がする。なんというか愛と狂気がネットリしてるというか、、でも一瞬盲人の世界を味わってみたくなった。
0投稿日: 2020.04.04
powered by ブクログ現代人にとっては超難解な文体だと思います。 でも、描写や表現が良く、深く読み解いていけばかなり引き込まれるのではないでしょうか。 自分は文学初心者なので、いろいろな本を読んだ後、また読み返してみたいと思いました。
0投稿日: 2019.12.28
powered by ブクログツンデレ、ドSのお嬢様と、究極にドMの付き人の、ラブストーリー?なのか?春琴は、美貌で三味線の名手であるが目が不自由である。その介抱の為に奉公人としてやってきた佐助。一目会った時から佐助は春琴に心酔する。ハッキリ言って二人とも、そのS(M)っぷりは常軌を逸している。「うげ!」というグロいシーンもあり、共感できないが、それでも春琴も佐助も嫌いにはなれない。むしろ魅力的。セリフも人物描写も多くはないのに、二人の性格が伝わる伝わる。流石です。でもとりあえず…読みづらぁい!句読点と改行がいかに大切かを改めて知る。
0投稿日: 2019.11.25
powered by ブクログ主人公にとっては純愛のハッピーエンドだが、春琴の立場に立つとやるせない。 痴人の愛とも共通する点として関係性の歪さがある。 男性が自ら望んで支配されに行くのに対し、女性は男性が生活上いなければならない立場に追い込まれていく。そのアンバランスだからこそ成り立つ様子は、上手いなと思うと同時に当事者にはなりたくない。 終盤、気弱になる春琴に対し、それを許さず昔の春琴のままでいて欲しい主人公。 主人公の信仰のような愛、春琴の思い、愛とは何かについて考えさせられる。 閉鎖的な空気感とそれを彩る贅沢品や音楽、美しい鳥の描写など、一つの絵巻物として完成されていた。
2投稿日: 2019.11.09
powered by ブクログ谷崎作品後期。江戸時代に、裕福な薬屋の娘が、容姿端麗、頭脳明晰、芸事も優秀だったが、盲目になり、三味線に一本化し、江戸一番の腕前に。付添人の男性も、三味線を始め、女の弟子になり、やがて事実婚に。女は、弟子一般にキツイこともあり、35歳のときに、何者かの恨みを買い、顔に熱湯をかけられる。男は、顔を見られたくない女の気持ちを察して、両目に針を刺し、視力を捨てる。男と女は、精神的にも真の夫婦になる。男は、視力を失うと聴力などが鋭敏になり、女の奏でる音がの素晴らしさを、再認識できたりする。 正直ふーん、だからという印象。 解説読んだら、谷崎が芥川に、何の足しにもならないことをやってると思うときない?と尋ね、芥川があるけどその度にその思いを捨て去るようにしていると回答しているとの件が紹介されていた笑 心理描写が少ないとの批判があるようだが、グダグダ描かれても、読み疲れるので、こんなもんですいいかももー
0投稿日: 2019.10.13
powered by ブクログ盲目の三味線師匠春琴に仕える佐吉のドMな愛と献身。彼女の面影を永遠に脳裏に保存するために自ら盲目の世界に入り、それを楽しむところが究極の官能だと思う。師弟の関係でありながら、二人の間に何人も子供がいるところが含みがある。文豪の官能小説はやっぱり美しい。
3投稿日: 2019.08.28
powered by ブクログ盲目の三味線師匠春琴に仕える佐助の愛と献身を描いて谷崎文学の頂点をなす作品。幼い頃から春琴に付添い、彼女にとってなくてはならぬ人間になっていた奉公人の佐助は、後年春琴がその美貌を何者かによって傷つけられるや、彼女の面影を脳裡に永遠に保有するため自ら盲目の世界に入る。単なる被虐趣味をつきぬけて、思考と官能が融合した美の陶酔の世界をくりひろげる。
0投稿日: 2019.06.18
powered by ブクログ耽美主義の谷崎潤一郎の読みはじめの一冊とされるもの。大学2年の春に初めての谷崎作品として読んだことを覚えている。美しく残忍な盲目のお嬢さまに仕え、尽くしぬく被虐趣味のある奉公人佐助。彼ら二人で完結した世界で繰り広げられる絶対美の世界。
1投稿日: 2019.06.17
powered by ブクログこの作品の語り手はおそらく谷崎自身だと思われ、春琴と佐助の物語を人伝えに聞いてそれを記すという形式をとっている。この語りの形式により二人の心情は一人称語りでは表現されないのであるが、佐助の自己語りを基に書かれている部分があったりとその心情が陳腐なものになっているなどということは決してない。むしろ佐助の春琴に対する思い等は前半から少しずつ散りばめられ後半にかけて読者に畳み掛けるように襲いかかってくる。その思いというのがさすが谷崎とも言うべきものであり、個人的には『痴人の愛』に勝るとも劣らない情感であると感じた。特に春琴の身に災禍が降りかかった後の二人の描写というのは読んで損はしないであろう。
0投稿日: 2018.11.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
谷崎潤一郎の作品の中で一番好き。谷崎というとグロいのも結構あるが、例えば「痴人の愛」のようにあからさまなエロさはなく、抑制された表現の中のエロチシズムを感じられる。文章力、ストーリー、野心的作風、バランスも取れてて文句なし。
0投稿日: 2018.11.19
powered by ブクログ谷崎潤一郎「春琴抄」 手の第二関節を誰かずっと軽く触れられているような感覚で ゾクゾクして、ソワソワしながら読んでいて。 2人の関係に師弟愛以外の愛は存在しない、と私は思いました。 その愛は、計り知れない、尋常じゃないもので 傍目には怪物的にしか見えないけれども、 きっと境遇の違う2人にとっては、共に生きるための 一番大事な、変えてはいけないものだったのではないかと。 あまり好きな小説ジャンルではない、と読んだ今も思っているけれども、読んだことで読書経験値が増えた気がする。 まだ積み本の中に「痴人の愛」があるのですが、 それはもう少し先でいいかなと思いました。笑
0投稿日: 2018.11.11
powered by ブクログ「鵙屋春琴伝」という書物をもとに第三者が回想する形で語られる本作。書籍の裏のあらすじをを見て勝手に奉公人の佐助視点の話かと思っていたら予想外であった。 しかし読んで見ると、この第三者視点で語られることによって傲慢で我儘という春琴の性格の悪さが目立たなくなり、そのキャラクター性や春琴と佐助の特殊な関係性に不快感や嫌悪感を感じず、むしろ美しく尊いもののように感じられた。 また、春琴を先に亡くし盲目の佐助を評した下記の一文に文学的な凄みを感じ、感嘆させられた。 「人は記憶を失わぬ限り故人を夢に見ることが出来るが生きている相手を夢でのみ見ていた佐助のような場合にはいつ死別れたともはっきりした時は指せないかも知れない」
0投稿日: 2018.11.04
powered by ブクログ「目あき」には分からない盲人の感覚世界に迫った作品なんだろうけど、ぼくの感性に響くものはなかった。
0投稿日: 2018.11.04
powered by ブクログ初めて読んだ谷崎潤一郎の作品です。 高校の頃にマゾヒズム作品集(だっけ?)という本の表紙が中村佑介さんの絵で惹かれて図書館で借りましたがなかなか刺激が強くそれ以来読む勇気が出ませんでした。 春琴抄は癖の強い作品の中でも読みやすいだろう!と勝手に思い、読みました。文体の美しさが出ており、かつ語彙を増やすのにうってつけでした。忖度が出てきた時はもっと本を読まなければな…という気持ちにさせられました。
0投稿日: 2018.09.23
powered by ブクログ再読…のはず。盲目の春琴への佐助の献身的な愛、ということで、勝手なイメージで春琴をか弱い女性と思い込んでいた…(全く違っていた)。 文章が続けてあり読みにくいかなと思いつつも意外とそうでもなかった。 佐助があのような行動に出たのは時代もあるのだろうか?なんだかありえないなと冷めた目で読んでしまい、純粋に話に入り込めないのは大人になったからなのか?
0投稿日: 2018.09.07
powered by ブクログ盲目である三味線師匠の春琴に対し、嗜虐的な師弟関係に喜びをもって額ずく佐助。自ら盲目になり二人の世界の瞬転する様が、抑制された筆致故に却って劇的に描かれる。
0投稿日: 2018.09.02
powered by ブクログ山口百恵の映画は見ていないが、なんとなくあらすじは知っていた。それでもなお、その完璧なまでの信頼関係には驚かされた。主従として、師弟として、そして男女として、二人の間にはほんのわずかな隙間さえもなかったのですね。 春琴がこれほどまでに激しい気性の人物像だとは思わなかったし、佐助がこれほどまでにマゾヒストな人物像だとも思わなかった。 盲目であればこそ、の部分の描写力はさすが谷崎潤一郎、なのだと思う。
2投稿日: 2018.08.15
powered by ブクログ世間の常識の及ばない世界。一般的な倫理を振りかざして佐助と春琴の感情や関係を云々するのは野暮なことだ。とにかく、その狂気が美しい。マゾヒズムの極致が芸術の領域に入るのだということをこの作品が初めて突きつけてきた時、僕は心の中で震えていたと思う。 なにを隠そう、僕の中にも佐助的な感性が確実に存在していると思う。自分の目を突き刺す勇気は流石にないが、何かの存在を愛することは、その存在の前にひれ伏すことだと思う。これは自己犠牲的に見えて本当は真逆で、究極的にエゴイスティックな心の有り様だと思う。ひれ伏したくなるような圧倒性を持たない存在に対しては、愛するに値しないとバッサリ斬り捨てる感性だからだ。 そんな感情を抱かせてくれる女性など、そう巡り会えるものでは無い。佐助の人生はきっと、本当に幸せだったのだろう。
0投稿日: 2018.06.23
powered by ブクログ美しき盲目の三味線奏者春琴と、生涯彼女に仕えた佐助。佐助の無私ともいえるその献身ぶりがテーマなわけだが、まあこれが筆舌に尽きる。以前読んだ『痴人の愛』と、ひたすら女性に尽くす、という点では共通項があるかもしれないが、また異なった切り口で男女の愛の姿を描く。ここから見えてくるのは佐助の"純愛"と言えるかもしれない、彼女のため、あるいは己のために自らの眼を針で突き刺さすくだりは、ぞくっときた。句読点が少なく、段落もほとんどない文体なのだが、これが慣れると逆にどんどんと読み進めることができた(というより作者によって次へ次へと読まされていく感覚に近いか)。
0投稿日: 2018.06.13
powered by ブクログその選択に何を感じるか・・・? 男子と女子で見解が違うであろうし、人によっては美化もできるし、嘲笑もできる。 淡々と物語が進んでいくが、その世界は狭い。 しかし、五感や愛といった、人の内面の広さが描かれており、 読了したとき、何か喪失感、果敢なさが残った。 献身に美学を覚える私としては、その選択にどこか羨望してしまう。。。
0投稿日: 2018.05.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
句読点と改行が省略されているので有名ですがとても読みやすく100ページがあっという間で世界観に惹きこまれました。春琴のツンデレが可愛いです。
0投稿日: 2018.04.24
powered by ブクログてる女から聞く佐助の本心があまりにも衝撃的で、どんでん返し物を読んでいるような驚きがあった。お互い現実の相手は見てなかった。眼が明いてようが明いてまいが。 もうひとつ感想。 共依存夫婦ってのは本当に我が子に無関心だよな…。
0投稿日: 2018.03.21
powered by ブクログマゾヒズムの極致が純愛を育むのか、それとも純愛が人をマゾヒズムに至らしめるのか。 雇い主でもあり師匠でもあり事実上の妻でもある盲目のパートナー春琴(しゅんきん)の顔面を悪人に無残に傷つけられたとき、丁稚でもあり弟子でもあり夫でもある佐助がとった行動は、自分の両目を針で突き刺し、春琴と同じく盲目の世界に足を踏み入れることでした。 傷ついてしまった自分の顔を佐助にだけは絶対に見られたくない春琴(しかし春琴は盲目なので自分の顔面がどう傷ついたのかはもともと見ることができない)、自らも盲目の世界に入ることで春琴の美貌を記憶と網膜の裏にいつまでもとどめ続けることを決心し、春琴の思いに応えた佐助。 「お師匠さま、私はめしい(盲目)になりました」 そう告げた佐助に対し、「それはほんとうか」と言ったきり押し黙る春琴。この間、春琴には様々な思いが駆けめぐったと思います。佐助を盲目に至らしめたことへの罪悪感や懺悔の気持ち、その一方で愛する佐助に自分の醜い顔を見られずにすむという安堵感。 この物語の最大の見せ所が、この無言の数分間にあると思います、鳥肌ものです。
2投稿日: 2018.03.13
powered by ブクログ2018年1月14日に紹介されました! 2019年10月20日に紹介されました! 2019年12月21日に紹介されました!
0投稿日: 2018.01.15
powered by ブクログ「春琴に仕える佐助の愛と献身」だそうですが、究極のツンデレというか、SとMというか。話はざっくりと漫画か何かで読んだ覚えがある。 文章自体は読みづらくなかったものの、原文を尊重してか、句読点がだんだん少なくなってきたのが辛かった。
0投稿日: 2017.11.01
powered by ブクログやっぱり谷崎潤一郎、好き…! そのつもりはなくても、ごくごく自然に精神的な主従関係ができあがり、双方ともその関係性に居心地の良さを感じることってあると思う。
1投稿日: 2017.10.22
powered by ブクログ途中までは国語の教科書によくある人物伝の様でダラダラと読んでいたが、ある点から一気に文学として読める様になって物語に引き込まれるのを感じた。視覚を絶つことで見えるものもあるのではないか?目が見えててもたまにそう感じることはあるが、永久的に失われた人には敵わないな
0投稿日: 2017.10.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
仕える喜び。 日本語の巧みさ、美しさを散りばめられた 変態大谷崎の処女作であり、初めて読んだ本。 背に大蜘蛛が彩られる情景の文には 日本語の美で描く官能の色を感じさせられた。
0投稿日: 2017.08.18
powered by ブクログ意外に純愛物語で面白かった。 ・・・が、2人の愛の物語にじーんとしていた最後の最後、二人の間に生まれた子供に関する記述読んでちょっと興醒めしてしまったのは事実。いや、親が絶対に子供を心から愛さなければいけないかどうかはさておき、ここまでやっておいて生まれた子供には特段未練が無いっていうのわざわざ書いとく必要あるの?って思っちゃうんですよね…。
0投稿日: 2017.08.06
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盲目の女性と、琴を共通点に小さい頃からずっと仕えてきた男の話。春琴のツンしかない行動言動にも全く頓着しない佐助が、正直何を考えて奉仕しているのかわからないのですが、やはり好きだからこそなんでしょうか。目を同じくしてまで、尽くす精神は生半可なものではないですし、てる女になって二人の暮らしぶりが見てみたいです。
0投稿日: 2017.06.19
powered by ブクログ春琴が火傷を負った後、自らの目を突いて失明する佐助の行為も、「傷を負った顔を見られたくないというなら見ません、見えないから安心してください」という恐ろしいまでの献身かと思い描いていましたが、その後の佐助の「お師匠様と同じ世界に住むことができ」るという喜びを感じる姿に、正直理解できかねる世界でした。でも、理解できかねる二人ですが、二人の間では非常に深い密接な喜びがあったようなので、そんな関係もあるものなのかと感嘆。
0投稿日: 2017.06.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
へ、変態だ……。 21世紀のネット社会でエログロ奇天烈なものの洗礼を散々あびているはずなのに、ちょっと腰が引けつつそう思うのは久しぶりな気がした。 二部からの佐助の存在感の増しようが甚だしく、あ、実はこの人が主役でしたか(春琴抄という表題にもかかわらず!)、と恐れ入る。男女二人の愛欲の世界といえば、まあそうなんでしょうが、初読では、佐助の官能に春琴女が絡め取られたようにも見える。 春琴女はその性向、驕慢や癇性に至る経緯が述べられるので共感できなくもないけれど、佐助さんのは物語的な必然性というより、性癖なんですね、と思うのみなのだ。 「佐助は此の世に生れてから後にも先にも此の沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった」 このセンテンスの力がすごい。
0投稿日: 2017.05.14
powered by ブクログドン引きです。ドン引きですよ!!! 目を潰すシーンとか「イテーー‼」って言いながら読んだよ!!! 最高です。
1投稿日: 2017.02.12
powered by ブクログ恥ずかしながら…初谷崎。 小説かと思いきや、伝記?のようなもので少し驚いた。 春琴と佐助の関係は凄いとしか良いようがない。 まさかに盲目。
0投稿日: 2017.01.26
powered by ブクログ純愛かな?ともチラッと思ったけど、やっぱり違う気がするな。 変態だと思うけど美しい話だとも思うので、スラスラと読めるような力が欲しいです。 文章が難しすぎて読むのめっちゃ時間かかった。 とは言え満足。
0投稿日: 2017.01.23
powered by ブクログ盲人の気性の荒い春琴を、永遠に慕い続ける男。 盲人であってもプライドの高い春琴が、精神的にも肉体的にも荒々しく接しながらそれでも心を許した男。それを恍惚と歓びながら、身の回りの世話をし春琴を師匠としたう男。春琴のために自分の目すら潰す男。 ここまでの行為は、果たして性癖で片付けてしまっていいのかどうかわからないくらい、私には神聖なものに見えた。 盲人同士の触覚に頼ったコミュニケーションは、通常の人間が感じ得ない程の大きさや意味を持つのだろうな。 目に見えない春琴を介して、概念を呼び起こす。 なかなか難しいけれど、目に見えることは大きな問題ではなくて、自分が作り上げた理想形を呼び覚ますための呼び水だったのであろうと思うと、熱狂的な思い込みで人間は幸せになれるのだろうかとも思った。周りから見ると、狂気を感じたかもしれないけれど。 そういう現代的な行為を想像した。今だって、視覚を遮断することで、その他の感覚が鋭敏になる。 相手のことだけを慕い、絶対的な存在として跪く。自分たちだけはきっとその瞬間に、とても癒されているのだと思う。
0投稿日: 2017.01.05
powered by ブクログ中学二年か三年の夏休みに。 ほの暗くて耽美っぽい雰囲気にどっぷりはまっていた中学生時代。私の中の暗黒時代でもあるが、この時期に読んだ本は心に強く残っているものが多い。 今も昔も、この二人の関係が正しいとも思わないし、真似もできない。 ただ、すごく憧れる。
0投稿日: 2016.12.08
powered by ブクログ春琴と佐助が、男女どちらでもよいがとにかく同性同士で、 音楽上の師弟関係のみで色恋めいた逸話は一切なく、 しかし弟子は、師匠の才能への隠れジェラシーとリスペクトで一杯になっており、 師匠は、自分の音楽が本当に理解できるのは、この弟子だけだと思っている。 そういう設定で、ストーリーが大筋このままだったら、 この小説はもっと“音楽的”だったろうし、行間はもっとエロくなった、と思う。 そんな「妄想春琴抄」が、私のなかにはずっとあります。
1投稿日: 2016.12.08
powered by ブクログ谷崎潤一郎の本を読むのはこの本が初めてだったのですが、個人的に読みやすくて内容も面白かったので良かったです。人を愛することを突き詰めるとここまで行く人もいるのか、(多分物語の中だけだけど。)と、思い、そこまで愛する人が居るのは凄いと思いました。
0投稿日: 2016.11.11
powered by ブクログ谷崎潤一郎で初めて読んだ作品。 圧倒されました。客観的には春琴と佐助の力関係が逆転するのだけど、それでも佐助はただひたすらに春琴に魅せられひれ伏しすべてを捧げる。 谷崎の描く恋愛は凄まじく不健康で甘美で堪らないです。
0投稿日: 2016.10.10
powered by ブクログテンポ良い文章で、思っていたよりもサクサクっと読み終わりました。が、面白かったかというとう~ん微妙かなという感じです。 何せ全く共感できなかったのでね。 春琴の我儘お嬢様振りにも佐助の異常な献身振りにも引いてしまったため、最後まで冷めた目で見ている感覚で・・・。 愛の表現には色んな形があるとはいえ、盲目の恋人のために自分も目を潰すというのは流石にちょっとついていけないかなぁ。
0投稿日: 2016.10.05
powered by ブクログ面白かったです。こんな関係性もあるのかと。ストイックで時にエロく。文章でここまで官能を描ける谷崎潤一郎はすごい。そしてオタクだと思う。
0投稿日: 2016.07.17
powered by ブクログこういう絢爛豪華な文章に触れる機会、最近は無くなってしまった。誰かさんの文章のように単に表層を飾り立てるだけに留まらず、その装飾によって情緒とストーリーが身体に沁みる仕掛けになっているのが素晴らしい。文章に格付けがあるなら、これは芳醇なビンテージに匹敵するのだろう。 内容も現代では成立しない恋愛。今後このようなストーリーを創り出す人も現れないのではないか。中島みゆきでさえ「僕は悪にでもなる」という表現に留まった。「君を愛するために盲になる」ほどの愛は、もう仮説でも見つけることができないのだろう。
0投稿日: 2016.07.13
powered by ブクログ読書会の課題本。作者が伝えたいこともわからなくはないが、時代を考慮しても視覚障害者の描き方に問題ありだと思うし、主人公たちの行動や言動にあまり共感は出来ない。
0投稿日: 2016.07.09
powered by ブクログ盲目の三味線奏者の春琴に丁稚で献身的に支える佐助ねお話。自分の目を刺しというのにはびっくりしました。
0投稿日: 2016.06.29
powered by ブクログ初・谷崎潤一郎。だと思う。女王様気質の盲目の美女と弟子であり丁稚である青年のこじれた純愛物語。こじれてんなー。でも本人らはそうしないといられなかったんだろうな。わからんでもないが…いやはや。何と言うべきか。
0投稿日: 2016.06.25
powered by ブクログ谷崎の小説は初めてです。独特な世界観に驚かされました。甚だしく句読点が省かれ、改行がないのは、練り上げた文章の流れを途切れさせたくないのと、濃密で粘着的な2人の関係性を表現しているのでしょう。崇拝から始まった佐助の思いは春琴の一部でありたいと思いつめ、果ては春琴を支配していませんか?2人の心の有り様が読み手の関心事ですが、心理描写は全くせず読者を突き放しています。安易な理解を拒む聖域を描いてみせた一編でした。
4投稿日: 2016.04.12
powered by ブクログ佐助さん、羨ましい…。 読みながら、読み終わった後も、そう思った。 明らかに、自分にもそういう一面があったのかと思い知らされた。 なんなの?この共感。 異常 倒錯 マゾ、そうなのかなー? 本物だと思う。
0投稿日: 2016.04.09
powered by ブクログ独特の文体。句読点がないので流れる水を眺めるが如く読み進む。クレージーな愛の形の話。佐助という主人公には共感できないが、グロテスクな人間関係を覗き見している気分で読了。うーん。
0投稿日: 2016.04.01
powered by ブクログ谷崎潤一郎の文章の魅力は、嗜虐的な表現でも、耽美的な表現でも無く、いきすぎた愛情の描写だと思う。視力を失った美女に奉仕する丁稚に過ぎなかった男の、いじらしいまでの愛情と、行動に惹きつけられて仕方がなかった。 現代の価値観に合わせるとやれメンヘラだ何やらと言われそうな内容とは思うが、愛を描いた小説の傑作であると同時に、主演に橋本環奈と おれを構えて実写化すべき作品の一つであると思う。
0投稿日: 2016.03.30
powered by ブクログ何度読んでも、谷崎文学はいい! いい!としか言いようにない。 言葉が美しい。美しいとしか言いようにない。 近頃の本を読み慣れていると古典にも思えるけれど、日本にはちょっと昔、こういった文化が根付いていたということを忘れたくない。
0投稿日: 2016.03.07
powered by ブクログ谷崎潤一郎作品初読み。 句読点が殆どない。慣れるとこの文体に味を感じる。 そして、人物の心情が書かれていない、これも又読書がよりこの世界に入り込ませる要素だ。特に、春琴が佐助に「佐助もう何も云やんな」と言った時、春琴の心の奥底にある苦しさなどの感情が明瞭に感じた。 色々な人にキツく当たっていたのは性格によるものだと思うが、反面、自分が盲目であることに周りとの引け目を感じ、敢えて身を孤独に置き、佐助に理解を求めたのではないのかとも思う。師弟関係をつら抜き互いを信じるこの愛の形はる耽美である。…奥深い話だと感じる。
0投稿日: 2016.03.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
容姿端麗で才気煥発な盲目の女師匠春琴と彼女を慕い丁稚から彼女の弟子兼奉公人 になった佐助の愛の物語。 佐助が針で自分の目を突き刺す部分は読んでいてとても痛々しく、自分には絶対にそんな真似は出来ないと思った。 しかし盲目になった佐助が観念的で触感的な世界の中でより一層春琴に対する愛を深めていく部分は読んでいてとても引き込まれた。 個人的な感想ではあるが、佐助はあくまでも観念的な存在としての春琴を愛していたのであって、実在としての春琴を愛していたのではないと思う。 でなければ佐助の自ら針で目を刺して失明するほどの狂気を説明することが出来ないし、彼らが晩年になっても婚姻関係を結ぶことなくあくまで師弟という関係を守り続けた意味も分からない。 彼の異常とも言える愛情も忠誠心も、全ては自分の被虐趣味を満足させるための手段でしかないのである。 老いて年々かつての美しさを失っていく春琴の姿を見続けるより、盲目の世界でいつまでも彼女の気高さと美しさを思い返し続ける方が彼にとっては幸せなのであろう。 人がどんなに佐助を哀れみ蔑もうとも、彼は自分がこの世で最も幸せな人間だと信じて疑わないに違いない。
0投稿日: 2016.02.18
powered by ブクログ盲目の三味線奏者春琴に丁稚の佐助が献身的に仕えていく物語。マゾヒズムを超越した本質的な耽美主義を描く。
0投稿日: 2016.01.28
powered by ブクログ春琴と佐助は、共に春琴という綺麗な珠を磨き続けただけなのだ。誰よりも近く2人寄り添いながら、その眼に映っているのはお互いではなく、この世に無い幻影である。美に陶酔する人間とは、何故こんなにも醜く、芳しいのか。人間という動物の、最後の秘密のように思える。
0投稿日: 2016.01.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
春琴の変わり果てた顔を見なくていいように自らの両目を潰した佐助。盲人となることで初めて春琴と同じ世界を共有できたと喜ぶ佐助は完全に常軌を逸している。そこにあったのは愛というより崇拝か。読点だけでなく句点もほとんどないため息苦しく、その分この作品の世界に入り込めた気がする。
0投稿日: 2015.12.30
powered by ブクログ上品な文面、美しい描写、類い稀な表現力。心理描写がない伝聞形式であるのに、妖しく官能的。 2015/12/29
0投稿日: 2015.12.29
powered by ブクログ今の世の中、視覚から入る情報が多すぎるとも感じるし、 観念の世界で自己満足に浸ることをあながち否定もできないと感じる。
0投稿日: 2015.12.17
powered by ブクログ熱烈。春琴の傲慢さがたまらない、そして佐助の一途さ。いいな、こういうの。現代の、条件先行型みたいな恋愛や生活感が私はすごく苦手。倒錯しているかもしれないけれど不利じゃなきゃきゅんとこない、みたいな感覚がある。
0投稿日: 2015.12.04
powered by ブクログ佐助が春琴に対して、行っていた行為。愛と呼ぶものでしょうが、私には、あそこまで出来る自信はありません。しかし、同じような気持ちで、相手に接し、愛するように努力はして行きます。
0投稿日: 2015.10.20
powered by ブクログ難しかったが、肉欲的な描写は無いに等しいのに薫るエロスを感じた。倒錯しまくり。佐助は純愛でまっすぐに見せかけてかなり屈折してると思う。まあマゾヒストの時点でアレだが。単なるSとMの関係と片付けられない複雑さ。 サディストは相手への奉仕の精神が無ければつとまらない云々の話はよく聞くが、その逆のマゾヒスト、佐助の場合は盲目の主君に陶酔する人間であり、同時に日常生活の世話をほば一人で任されているので実質的に春琴を手中に収めていて、最終的には主君と同じ盲目になることで同じ世界を見る事が出来ると更に心酔し、春琴を亡くした後もひたすらにあること無いこと誉めちぎる。忘れ形見の3人の子供にも関心を持たない。マゾヒストでありながらも徹底した偶像崇拝者。 春琴が結婚してもよいと言い始めてもそれを拒否する始末……佐助の愛の本質が自分だけの理想の春琴像を一心に求める偶像崇拝であるなら、ある意味裏を返せば加虐性の塊なのでは…… 読んでる間は読みづらい文体と小難しい表現が災いして読むの疲れるし、面白味やエンタテイメント性のある台詞や心情表現はほぼ無いし淡々と内容が語られるだけだけど、アブノーマルっぷりが凄いんでこうして考察してみると結構面白かった……かもしれない。純文学に向けてこうコメントするのも筋違いだが。 サドとマゾの世界の深みを覗いた。
0投稿日: 2015.10.15
powered by ブクログ文章がきれいと思ってしまうのは懐古主義補正がかかっているからなのか。 短いけど内容は詰まっていて面白い
0投稿日: 2015.09.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
谷崎の嗜好は随分女性的だなと思う。主を追って盲目に至り、どんな扱いを受けても身を差し出して仕える従者。BL同人誌にありそう。純文学がヲタク文化に近いのか、ヲタク文化が純文学に近いのか。どちらにせよ根底は同じく想像の表現なのだから似て当たり前か……。話が遠ざかっている 2人の間の愛は本物なのかなあ。ちらほらと書かれている方もいらっしゃるけど、佐助には本物の春琴が見えていたのか。偶像としての崇拝のようにも思える。彼は春琴の本質を理解して愛していたと言えるのか。そもそも人間の本質を他人が理解することなど可能なのか。 この本を理解しようとすると、色々な哲学を考えることになるのが面白い。
0投稿日: 2015.08.14
powered by ブクログ句読点が少なく、またどこまでが春琴伝の記述なのか分かりにくく、読みやすいとは言いがたかった。 しかし内容としては非常に新鮮味を感じた。佐助の態度は徹頭徹尾一貫しており、最初は春琴を重きに置いて読んでいたのだけれども、あまりの献身さに一時は佐助のほうにまで感情移入することもしばしばあった。 春琴の美貌については様々なところで記述されているが、その上で加虐性や盲目という身体的障害などに魅力されているといった様子が見受けられ、谷崎潤一郎がコアなフェチなんだなあとひしひし感じた。 露骨な性描写がないにも関わらず、官能的に見える。下品なエロさではなく、むしろ上品な印象を受けた。
0投稿日: 2015.07.29
powered by ブクログ谷崎潤一郎は、あらすじだけを語ると確かに変態。 この春琴抄はあらすじを聞いて、読まないであろうと思っていたが、他の谷崎作品が好きなので読んでみた。 今まで、何を怖がっていたのかと思うほど、痴人の愛と同じく、性的描写はほぼなく、谷崎特有の綺麗さがあった。 もう少し勇気が出たら、卍にも挑戦してみよう。 谷崎さんのなかで、かなり純愛度の高い作品。 わがままな春琴に尽くす佐助の愛を感じた。 また春琴も、やけどした顔を最も佐助に見られたくないと最後の最後で述べて、素直になり、春琴を見ることにより彼女を傷つけること全力をかけて拒んだ佐助の愛情を受け入れる。 なんか感動した。盲目で、あたかも2人しか存在しないように感じる完璧な世界。 谷崎さんしか書けない世界。 すでに谷崎作品は5冊目になるが、どれもいい。 全集を買おうか、迷いだした今日この頃。
1投稿日: 2015.07.26
powered by ブクログ・本の背表紙より 春琴抄(しゅんきんしょう) 盲目の三味線師匠春琴に仕える佐助の愛と献身を描いて谷崎文学の頂点をなす作品。 佐助は盲目の師匠が傷つけられた時、自分の目も盲目とし、 師匠の傷ついた姿を見ないようにした。 師匠は佐助にだけは見られたくなかったので安堵した。 愛故の行動。真似できるレベルではない。
0投稿日: 2015.07.20
powered by ブクログSはサービスのSやと俗説的にいうけれども、春琴に加虐的嗜好が、佐助に被虐趣味が身についた経緯もちゃんと明示されてはいて、お互いの嗜好の合致と立場と性分のおかげでそうなったんだろうってのはわかるけど、それにしても佐助どんがこわい。加害を加える立場にあった春琴は実は佐助の一番の被害者なのか…佐助を愛しつつ矜持のおかげで素直になれなかった春琴と、春琴を愛しているという仮初めの感情で欲望を隠してついに女の欲する愛に応えなかった佐助とは、天国でもこんな不毛な関係を続けているのかなぁと思いました まる
0投稿日: 2015.07.19
powered by ブクログ文体がこんなだったとはつゆ知らず。 思いのほか読了するのに時間がかかってしまいました。 春琴と佐助の立ち位置は有名すぎて また遠い昔に映画でチラッと観たこともあって 全く内容について知らなかったわけではないけれど 文字で読むとなかなか難しかった。 映画のせいで春琴は若いイメージがあったけれども 意外に火傷を負った年齢は そこそこなお年頃だったようです。
0投稿日: 2015.07.12
powered by ブクログ谷崎通読一作目。見目麗しい琴師の春琴と、その付き人の生涯をテーマとした作品。となった師、春琴を想う余り自ら盲目となるほどの愛。互いに互いしかあり得ぬという、閉ざされた深い情が冒頭より示されていく。ただ単純に事実を並べたようでいて、執拗な愛情を美しく彩った谷崎の筆致が素晴らしいのだろう。深めるためにはさらに谷崎の他の作品を読む必要がありそうだと感じた。
0投稿日: 2015.07.05
powered by ブクログ初谷崎。盲目の師匠に仕え、身も心も全て尽くす。尽くしまくる。気持ち悪いほど。その愛と使命に満ちた異常な世界。 丸のない文体が読むのを止められなくて、これは意図してなのか?最近の作家でもあったような気がしたが、谷崎からきてたのかな?
0投稿日: 2015.07.01
powered by ブクログ簡単に言えばマゾヒスト文学。 全盲で琴の達人で、超美人だけどめっちゃわがままの春琴先生に、弟子の佐助がいじわるされたりぶたれたりしながらも愛を捧げる話。 佐助と春琴さんの恋愛は少し倒錯してますが、描かれた人間の弱さや佐助の忠義が美しく、読んでいて気持ちいいです。 次は刺青かな。
2投稿日: 2015.06.19
powered by ブクログ小説執筆の勉強をしているなら、これだけは読むな、という小説の1つ。なぜなら再現性がないから。 人物や描写はもちろん「良い」のだが、それよりなにより、文体の美しさが驚異的で、かつ分かりやすい。といって詩的なわけではなく、あくまで伝記的な小説なのだ。 文豪というのは、こういう上空に抜き出た筆力を持っている人のことを言うのだな、と脱帽すること間違いなし。 僕はこの春琴抄を読んでから、三日間、何も書けなくなった。
1投稿日: 2015.05.07
powered by ブクログ谷崎潤一郎没後50年とテレビでやっていたので、読んでみた。 文学少女だったころに読まなくて良かった。オトナになった今こそ、この小説の凄みがわかる。
0投稿日: 2015.04.06
powered by ブクログ---解説から抜粋--- 潤一郎は次のように述べている 「作家も若い時分には、会話のイキだとか、心理の解剖だとか、場面の描写だとかに巧拙を競い、そういうことに夢中になっているけれども、それでも折々『一体己はこんな事をしていいのか、これが何の足しになるのか、これが芸術と云うものなのか』という疑念がふと執筆の最中に脳裏をかすめることがある。」 ------------------ 『細雪』を集大成とみるならば、この作品はそれに辿り着くまでの試行錯誤の作品のように思える。解説にもあるが、芸術とは何か? 何を書き表現するか? を悩んでいた節がある。心理描写を抑え、その代りに読者への問いかけの形にして必要以上の心理描写を抑えたのも、その試行の1つのように考える。 と、まぁ、偉そうに書きましたが。 でも、この作品は試行品なのではないか? あと、キャラクター設定の話になるが、佐助は決して純愛な人ではない。愛ならば、寛容に通じるでしょう。けれども、佐助は寛容ではない。むしろ、狭隘な性格な人物として捉えたほうがよいように思う。そうでなければ、 ・春琴との子供を3度も捨て、 ・春琴が結婚をしてもよいと思うようになっても、佐助のほうが拒否、 したりしない。 空想上の春琴「のみ」を愛し、特に佐助が老いてからは(老いの特徴でもあるだろうが)、春琴をやたら理想化した発言を繰り返していた、というのは、そういうことだろう。 ストーリーとして、SとMの話として言われるように思うが、あるいは純愛物のように言われるかもしれないが、少し違うように思える。作品中にあるとおり、佐助は現実の春琴ではなく、空想上の春琴を愛し、現実の春琴を拒否していたのだから。それをドMといえば、ドMですがw
0投稿日: 2015.03.23
