
総合評価
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powered by ブクログ秋期にゼミで中島敦の発表をするから読んだ。 「山月記」はもちろん、「名人伝」「弟子」「李陵」の三作も同じくらいかそれ以上に面白かった。 収録されてる作品の中で一番好きなのは「名人伝」。理由はかっこいいから。ホントかっこいい。
0投稿日: 2010.09.03
powered by ブクログ中国の故事風・・何か。 表題作は虎になってしまった男の半生。 ちょっと、なんとも言えない。再読予定。 載ってた物では牛人が好き。冒頭の夢の中の出来事はなかなかに奇想で興奮する。
0投稿日: 2010.09.01
powered by ブクログこの前、友人と『山月記』の話をしてから、読みたくなって再読した本。 高校生の国語の授業で習いました。 当時から、漢文調の格調高い文章にとても惹かれていましたが、とても難しく、久しぶりに読んだ今でも、馴染みのない表現に戸惑いますが、巻末にすべて意味が載っているため、理解には困りませんでした。 国語の授業のように、全て音読して読んでみました。 すぐれた表現によるダイナミックで哀れな話は音読するにふさわしいものです。 内容的にも深く考えさせられる話で、誰の心にも虎を呼ぶ傲慢さと弱さは巣くっているものだと気付かされます。 時折立ち戻って読んでみるべき、名作中の名作だと思います。 著者が漢学者の家系に生まれたとは知りませんでした。 幼いころから漢文の素養があったため、作品にも自在に取り込むことが可能となったのでしょう。 ほかにも「名人伝」「弟子」「李陵」の3編を収録収録。 著者ならではの「格調高雅、意趣卓越」(本文より)な世界にじっくりと浸れます。 個人的な思い出としては、高校の漢文の先生が、「古典中国文学には、よく“殺されて塩辛のようにされた”という話が出てくるから、読んでいるとだんだん塩辛が食べられなくなるのよ」と生徒を脅して、悲鳴を上げさせていました。 その後、その話は忘れ(るようにし)ていましたが、『弟子』本文中の 「全身膾(なます)のごとくに切り刻まれて、子路は死んだ。 子路の屍(しかばね)が醢(ししびしお)にされたと聞くや、家中の塩漬類をことごとく捨てさせ、爾後(じご)、醢は一切食膳に上さなかったということである。」 という表現に、先生の話していたことは疑いようもなく真実だったと知りました。 情け容赦ない残酷さ、これも悠久の歴史が刻んだものでしょうか…。
0投稿日: 2010.08.14
powered by ブクログ高校生の時に現代文で読んで以来の山月記。中島敦は漢文調の質素で綺麗な文章なので好きです。京極夏彦の装飾的な文を読んだ後にはちょっと物足りなかったけど…。 内容も、深く考えさせられる話なのでいい感じ。高校生の時は絶対違う!と思ってたけど、自分は李徴に近いかも…なんて思ったり。 臆病な自尊心と尊大な羞恥心…私は臆病な自尊心の方が強いかなあ…。
0投稿日: 2010.08.07
powered by ブクログ中学校(?)の教科書に載っていた懐かしの作品。 柳広司さんの「虎と月」を読んだのをきっかけにまた読みたくなって、図書館で探した。
0投稿日: 2010.07.08
powered by ブクログ無駄のない、そして端正で優美な文章。山月記は当時高校生だった私の心にガツンと響いた物語。いまは表紙もなくなり、読み込んで本もボロボロになってしまったので、そろそろ新しく一冊買おうか検討中。中島敦といえば、ちくま文学全集に載っていた「文字禍」もおもしろい。
0投稿日: 2010.07.06
powered by ブクログふと山月記を読み返しては、自分なら虎ではなく何になるだろうかと考えてしまいます。 文章がとても好き。
0投稿日: 2010.06.30
powered by ブクログ『山月記』 教科書にあったので空き時間に読んでみた。 ひさびさに。 なんだよー。 これ、おれのことじゃーん。 と、今更ながら言ってみる。 なんだろ、知らぬ間に体の中に染みついていたのかしら。 虎になるのか。 困ったもんだ。
0投稿日: 2010.06.14
powered by ブクログ神がその才能を愛するあまり、才気溢れるうら若き人を早々に天国に召すということがあるならば、中島敦という小説家はまさしく神に愛された人である。 中島敦――。一九〇九年~一九四二年までを生きた人物である。というよりも、持病の気管支喘息のために一九〇九年~一九四二年までの三十三年間しか生きられなかった人物と云ったほうが良いのかもしれない。高校時代、国語の教科書には彼の作品『山月記』が掲載されていた。それを読んだ時は、三十三歳なんて、まだまだ遠い未来だと思っていたのに、こうして彼の享年を超えて生きている自分を顧みると、三十三歳でこの世を去るというのは、あまりにも残酷なことのようにも思えてくる。三十数年生きてきた割には、世間に認められる何ものも為すことなく、後世に残るような作品を生んだわけでもない私である。今、持病で死なねばならないとしたら「神サマ、それちょっとタンマです!」と申し入れの一つもしたくなるではないか。 中島敦の作品は、中国古典に取材したものが多い。加えて、彼の筆致はとにかく高雅にして洒脱である。行儀作法の基本を弁(わきま)えている人の立ち居振る舞いが、垢抜けていて無駄がないように、そして基本を知った人が、あえてその基本から外れたことをしても、周囲に卑しさを感じさせないのと同様に、彼の文章は、幼い頃からの漢籍教育に裏打ちされた教養という、確固たる基本があっての高雅さと洒脱味を備えているのである。二・三十代の人間に、果たしてこんな文章が書けるものなのだろうかと、驚きの念を禁じえない。 早熟の天才という言葉が脳裏に浮かぶ。 この新潮文庫版『李陵・山月記』には、四篇の作品が収録されている。表題となっている『李陵』『山月記』に加え、『名人伝』『弟子』という二篇が撰ばれており、中島敦の書き遺した古代中華世界を知るのに適した一冊となっている。 『名人伝』は、天下第一の弓の名手たらんと一念発起した紀昌(きしょう)という男が、甘蝿(かんよう)老師という当代一の名射手のもとで、弓矢を用いずに的を射る「不射の射」を会得(えとく)するに至り、弓の道を極めすぎたあまりに、弓とはいかなるものであるかを忘れて果ててしまうという話。 『弟子』は、儒教の祖である孔子の弟子・仲由(ちゅうゆう)、字(あざな)は子路(しろ)の半生を綴ったもの。そして、弟子の中では異色の存在であった子路の視点から見た、人間・孔子の姿と彼の率いる儒教集団の在り方が書かれている。 『山月記』に関しては、現在通読中の『百年小説』(ポプラ社)の中の一篇として、五十番目に収録されているので、そこで改めて感想を書く心算でいる。これは『人虎伝』という逸話からヒントを得て書かれた物語である。 『李陵』の名は、古代中国史が好きな人ならば、記憶の片隅に存在を占める人物名であろうと思われる。李陵は古代中国の前漢時代、皇帝でいうと武帝(前一五六年~前八七年)の時代の武将である。その頃の漢帝国は、匈奴による朔北の国境侵犯に頭を悩ませており、たびたび遠征軍を派遣していたのであるが、李陵は何度目かの遠征軍の司令官の一人であった。しかし作戦に不備があり、彼の率いる一軍は壊滅状態に陥り、李陵自身は匈奴の虜囚となってしまったのであった。 ここから彼の人生は大きく変わることになる。李陵は、匈奴にもその名を知られた名将・李広(りこう)の孫であり、彼自身も勇将として驍名を馳せていたために、捕われの身とはいいながらも、匈奴の単于(ぜんう:王)から厚く遇され、帷幕に加えられるほどの重要人物となったのである。彼は単于やその子息と親しく交わるようになり、ことに子息の左賢王(さけんおう)からは尊敬され、請われて武術の師ともなった。匈奴の地には、李陵のほかにも漢からの投降者が何人かおり、それぞれ兵法や戦術などを匈奴に伝授する者もいたようである。けれども李陵だけは、匈奴の、漢帝国に対する具体的な作戦行動には関わらないようにしていた。彼は、匈奴の人々に友情に近い感情をいだき始めてはいたが、それでもなお、いつの日か、漢帝国に有益な情報を持って帰還し、武帝にまみえようと心に期していたのである。単于も、漢帝国に対する李陵のそういった心情を理解し、漢侵略の戦列に無理やり彼を立たすような卑怯な真似はしなかった。 ところが、思いもよらないところで一つの齟齬(そご)が生じてしまう。朔北の戦線から命からがら逃げてきた公孫敖(こうそんごう)という男が、「匈奴には李将軍と呼ばれる捕虜がいて、その李将軍が匈奴に戦術や軍略を授けているために、漢軍が苦戦を強いられている」と報告したのである。その奏上を聴いた武帝は激怒する。そして、李将軍とは李陵のことに違いないと断定し、彼が都に残してきた老母や妻子眷属を皆殺しにしてしまったのである。この報せは半年を経て、李陵の耳にも届く。だが実は、李将軍とは李陵のことではなく、同じく捕虜となっていた李緒(りしょ)という男のことだったのである。李緒が匈奴に漢侵略についての入れ知恵をしており、それが元で生じた誤解であったのだ。ここにおいて李陵は決定的に、漢帝国と武帝に対する忠誠心を失い、絶望したのであった。 李陵の一族は代々漢帝国に仕え、漢の国益の為に必死に働いてきた。しかし、その働きの割には報いられることの少ない家系ともいえた。彼を育ててくれた祖父・李広は数々の戦功を立てたにもかかわらず、その清廉な性格ゆえに、君側の奸に昇進を妨害され、最期は自刎(じふん)という非業の死を遂げている。また彼の叔父も、ある事情で、その死の真相を武帝によってねじ曲げられた人物であった。そして今また、李陵も……。 李陵は今まで拒み続けていた匈奴の娘との婚姻を、自ら単于に申し出て、改めて妻帯した。匈奴に降服し、その地に骨を埋める覚悟を決めたのである。漢が自分を理解してくれないならば、その漢を見限り、捨てるまでという決意の表れであった。彼は、父の後を継いで新たな単于となった左賢王に仕え、右校王(うこうおう)の地位を得た。 ここに一人、李陵の心をかき乱す男がいる。 名は蘇武(そぶ)といい、李陵が捕われる一年前から捕虜となっている男である。蘇武は李陵のように武官ではなく、和平交渉の目的で漢から遣わされた使者であったが、使節団の中に匈奴の内紛に関わる者が出たために、長年、胡地に拘束されていたのである。まれに見る硬骨の士であり、彼の人格に惚れ込んだ先代の単于は、自分の幕下に加わるように説いたものの、降服を潔しとしない蘇武は、数度にわたる降服勧告を拒絶。尊敬に値する人物なので殺すことも出来ず、持て余した単于は、蘇武を北海(バイカル湖)のほとりに幽閉したのであった。それからというもの、蘇武は次第に匈奴の民からもその存在を忘れ去られ、凍てつく寒さの中で草の根をかじり、鼠を獲って飢えをしのぎ、それでも漢人としての節を枉(ま)げずに細々と生きてきたのであった。この蘇武と李陵とは二十年来の友人でもある。 そして当代の単于になってから、この蘇武の存在がにわかに思い出されるところとなり、李陵は単于の意を受けて、蘇武を訪ねて行った。再び、彼に降服を勧めるためである。李陵と蘇武は数年の時を経て邂逅(かいこう)するが、李陵の心に何か名状しがたいわだかまりが頭をもたげてくる。李陵は降服を受け入れ、匈奴で枢要な地位にもついて身なりも立派なものとなっているのに対し、蘇武は食うや食わずの生活で衣服もみすぼらしく、見る影もない。だが、漢帝国への忠誠と節度を保持し続けた高潔な志は、匈奴で厚遇されているはずの李陵の気持を暗いものにするのである。一方は豪奢な毛皮をまとい、右校王として重用せられる降服者、他方はぼろをまとい、赤貧に甘んじてはいるが、降服など夢にも見たことのない漢の忠臣。 次第に李陵は、蘇武が自分を憐れみの眼で見ているのではないかと感じ始める。蘇武は、自分の忠良の志が漢に伝わらずとも、顕彰されなくとも、そんなことはお構い無しに、ただ独り、孤高の漢臣として生きている。それに引き換え、お前は何だ。豪華な衣装を着てはいるが、要するに変節漢ではないか! 匈奴に服属することは、自分の意志で決めたことには違いない。だが、蘇武に対する葛藤の消せない李陵は、蘇武の自分を見る眼に、そんな感情があるのではないかと疑いだすのであった……。 結末から云うと、さらに数年を経て漢の武帝が崩御したことで、李陵を漢に連れ戻そうとする運動がにわかに起こった。彼を帰還させるべく、漢からの使者が匈奴の地を踏むが、結局李陵はその提案を断ってしまう。そしてさらに五年後、今度は偶然にも蘇武が漢に帰れることになった。蘇武の生存を漢室に伝えた者がおり、彼が厳しい環境下にありながらも節を持し、漢臣として生きてきたことが賞賛され、帰還の準備が整ったのである。苦節十九年、蘇武は漢に再び戻り、李陵は匈奴の地で没した。 中島敦の作品、特に『李陵』や『山月記』には、自らが決心し、その生き方を選んだにもかかわらず、どこかに拭い去れない葛藤や拘泥(こうでい)を持つ人間の姿が、非常に巧みに描かれている。その意思決定がどんなに強力で揺るぎないように思えても、人間はどこかの時点で(これで本当に良かったのだろうか)と迷う存在だということを見透かしているかのようでもある。 一体、蘇武のように想像を絶する苦境の只中にあっても、自分の志を貫徹できる人間がどれほどいるのだろう。若い頃の私は、何かを決心するということ、それ自体に重きを置いていた。けれども、大人になってからようやく分かったのは、決意や決心が難しいのではなくて、決意・決心した当初の気持や熱情をずっと保ち続けることが難しいということなのだ。 中島敦は、この問題にもきっと随分若いうちから気付いていたのだろう。彼の早熟ぶりは、ただ単に文体にのみ表れているのではない。この人間の葛藤と苦悩に気付き、描き切るという面においても、きっと彼は早熟の天才であったのだ。
1投稿日: 2010.05.31
powered by ブクログ確か貴志祐介の『青の炎』に、走っているうちに虎になってしまった男の話が比喩的に使われてた。 それが『山月記』やと教えてくれたのは誰やったかな。
0投稿日: 2010.05.28
powered by ブクログ情報科教員MTのBlog(『李陵・山月記 』を読了!!) https://willpwr.blog.jp/archives/51149133.html
0投稿日: 2010.05.23
powered by ブクログ高校の授業で『山月記』を扱った。 親友が授業が終わったあといつも泣きそうな顔をしていたのをよく覚えている。
1投稿日: 2010.05.21
powered by ブクログ浦野所有。 まるで絵画を見ているかのような作品群です。中国の古典に取材した「三月記」は高校の教科書にも載っているのでおなじみ。改めて読んでみると、格調高い文章なのに、不思議と読みにくさがなく、描かれている光景がまるで一幅の絵画のように頭のなかで再生されてきます。恐るべし、中島敦の表現力!
0投稿日: 2010.05.15
powered by ブクログぼくはなにかをなしうるためにうまれてきたのか-『山月記』他 http://d.hatena.ne.jp/kojitya/20100309/1268132755
0投稿日: 2010.04.21
powered by ブクログ中国の古典に題材を採った作品集で、短編の「山月記」「名人伝」、中篇の「弟子」「李陵」を収録。 漢文調の格調高い文章が刻んでゆく、蒼古とした情景が味わい深い。 自らの人生を、何を拠り所にして生きるべきか。 運命に翻弄され、その問いに突き当たる人の生を、愛おしく描いている。 初めて出会ったのは、国語の教科書に載っていた「山月記」。 この本を買って読んだのはずいぶん前で、内容もほとんど忘れていた。 最近他の本に引用されていた「弟子」を読みたくて掘り出してみて、いい機会なので他の作品も読み返したのだが、まさに珠玉の作品集だと思う。 やはり漢文の素養というのは、日本文化の中で重要な位置を占めていると実感する。 国語の授業はダテじゃなかったのだね。 「山月記」 その性狷介が故か、虎に変身してしまった李徴は、あるとき旧友に再会する。束の間人の心に戻って、かつての友に託す思いとは。 「名人伝」 弓の道を究めんと欲した紀昌。ひとつの道を究めた者が辿りつく境地を、ユーモア豊かにテンポ良く綴る。 「弟子」 孔子の高弟、子路の人生を描きつつ、その目を通して見た孔子の人間像にも迫る。人格的に完成された師に対して、人間的弱さを持ちつつも、自分の信じるところに誠実な、子路の生き方が魅力的。 「李陵」 漢は武帝の治世、長年苦杯を舐めさせられてきた匈奴に反攻を期するも、奮戦空しく捕囚の身となった将軍李陵。 朝廷で一人敢然と彼を弁護した司馬遷は、武帝の怒りに触れ宮刑を受けるが、史書を完成させるという使命感からその生を繋ぐことを選ぶ。 一方単于の下にある李陵は、匈奴と漢との戦のあとで自分の一族悉く殺されたことを知り、漢に戻る気を失う。 しかし、匈奴に留め置かれても硬骨を失わない旧友蘇武に再会し、複雑な思いを抱く。 李陵と蘇武、それぞれの生き様と運命のコントラスト。
0投稿日: 2010.04.11
powered by ブクログ『山月記』読みたさで購入 でも、『弟子』を気に入ってみたり…… 子路の、孔子をただ敬愛する気持ちとか、読んでて眩しい 巻末の訳注と本文をシャトルラン 時間かかったなあ……
0投稿日: 2010.03.23
powered by ブクログ・三月記 もー男の人は女がいないとすぐこういう生き方したがる!っていうのが一番の感想。 でもそれだけでは勿論無くて、人間としての尊厳、それぞれの理、故の哀しさっていうことについて丁寧に書かれているのがすごく印象的。そしてそれなのに全体としては躍動感があって中島敦、うまいなあと思ってしまう。 緊張感と穏やかさっていうのは同時に感じる事が出来るのだなあと初めて知りました。
0投稿日: 2010.03.18
powered by ブクログ中学(高校?)の教科書で読んでから忘れられない1冊。 とにかく文章が美しい。 それは三島を越えていると思う。 ただ、早くに逝ってしまったために作品が少ないのが本当に惜しい。
0投稿日: 2010.02.23
powered by ブクログそう。教科書に出てきたあの物語です。 秀才の若者が役人の地位にも飽きたらず、詩人として名を挙げようとするが失敗、発狂し、人と交わることを避けた末、人虎となってしまう。 傲慢だから虎になったのではなく、自分の弱点を人にさらけ出して批判されることが怖いから、人を避ける。かといって自己陶冶に励むわけでもない。プライドが邪魔をして行き止まりに追い詰められ自滅する。身近にありそうですね。 難解で古風な漢語が出てきますが、注釈を頼りにしながらでも、丹念に読むことが苦にならない。むしろ噛みしめながら読むのに丁度良いと行ったほどでしょうか。 数ページあまりの短編。眠れない夜の枕元にどうぞ。
0投稿日: 2009.12.21
powered by ブクログ詩の才能があるが人とのつきあいをさけ、自尊心、羞恥心のコントロールがきかなくなった主人公が人から虎へ変化していく。 主人公は、虎になり始めて自分の哀れさに気づく。 ただ、妻子のことより詩のことを優先してしまうところがそもそも 誤りだと反省してしまう。 強い自尊心の悲哀といったところだろうか。 能力があるのに、自爆してしまう人も私の周りに多々いるが。。 三国志のような語り口を久しぶりに読んだ。 李陵の国への忠誠心のゆらぎ、葛藤、当時の武士の行き方、 命運が垣間見える。 史実を残すことは「作る」ことではなく、「述べる」ことのこと。 松岡氏によると漢の武帝は、中島敦の父を念頭において 超えようとしていたらしい。真偽の程は不明だが、おもしろい 考察である。
0投稿日: 2009.11.17
powered by ブクログ『山月記』は、国語の教科書に載っていたような…。 この作品は、友情とか己の誇大な自己愛とか描かれていて、考えさせられる作品。
1投稿日: 2009.11.02
powered by ブクログ高校2年の時現代文の授業で初めて読みました。 創作をする上での自分自身との向き合い方や態度、人生そのものに対する態度をじっくり考えさせてくれる作品。 人は誰でも心の中に獣を飼っている。 それを飼いならせなければ、自分自身が獣となり果てる。 主人公・李徴さんには共感できる部分が多くあって、何回読んでもグっと来ます。 冒頭の漢文のような文体はほんとに最初だけで、後半は中島敦にしては珍しく読みやすい文章。 物語そのものも短めなので初心者にもオススメの一冊です。
0投稿日: 2009.10.27
powered by ブクログ誰もが一度は読んだことのあるであろう名作。 月夜に悲しげに咆哮する虎 旧友のを想う一人の官吏 人は誰しも心の中に、「獣」がすんでいる。
0投稿日: 2009.09.03
powered by ブクログ今まで読んだ本の中で一番苦戦したかも。 しかも表題作の李陵は読んでないw 山月記、名人伝までは読めたけど、弟子から読みにくくなった。
0投稿日: 2009.08.18
powered by ブクログ教科書に載ってる山月記をはじめとした作品集。 今更ながらに、中島敦の技量の凄さと、話の奥深さに気付く。 本当に、若くして亡くなってしまったのが惜しい。
1投稿日: 2009.07.30
powered by ブクログ尊大な羞恥心と臆病な自尊心 ひじから毛が生え始めるシーンはトラウマ必至だけれど 李徴と袁さんの千載一遇の出会いには胸があつくなります ストイックに生きる李徴にも 包容力の塊の袁さんにもなってみたい。 かっこいいなあー 薄命の鬼才・中島敦の代表作。
0投稿日: 2009.07.24
powered by ブクログ・山月記 短編なので、さくっと読める。中学のときだったか教科書に載っていたのだが、今読み直してみると、当時わからなかったことが、凄くよくわかるようになっていた。 臆病な自尊心と尊大な羞恥心・・・わが身を省みる。 臆病で自尊心ばかりがでっかくて、そんなだから恥をかきたくなくて。持っている実力に見合わない自尊心を持ち、それを肥え太らせたその末路は・・・。名作です。 「李陵」も、劣らず名作です。
0投稿日: 2009.07.11
powered by ブクログ『弟子』を読んで大泣きしました。無駄の無い洗練された文章が、雰囲気だけのまわりくどい小説なんかよりも、ずっと心に響きます。 この潔さは生涯目標かも。
1投稿日: 2009.07.04
powered by ブクログすばらしい日本語。小野不由美が好きならこの漢語的表現に酔えます。 内容もストイックで、生々しくて、筆者の登場人物に対する愛がいっぱいあって好きだ。
0投稿日: 2009.06.16
powered by ブクログ【090524】嘘から出た真 ::::::::::::::::::::::::: たとえ嘘から出た真でもよい 虎には成りたくない 人としていきたい 心から
0投稿日: 2009.05.24
powered by ブクログ中島は漢学にひらけていて作品自体はシナの古学に拠るものが多い。どちらかというと無味無臭の作家で重く読むものも少ない。気楽に読める作家。だから好き。
0投稿日: 2009.05.10
powered by ブクログこれこんな泣ける話だったかなぁ。 泣けるっつうのは、それはそう、共感とかそうゆう類のもので、でも最早、共感ですら自尊心というか、そうゆうアホな部分が私にはいっくらでも残っているから、必死こいて何度も、何度も、
0投稿日: 2009.05.08
powered by ブクログ表題「山月記」は読後苦しい。変身譚としては概ねありきたりで教科書にもよく載っているのだが、他と違い変身という外面の変化よりも変わっていない内面に焦点が当たっている点が苦しい。実際に、教室で半泣きになったことを鮮明に覚えている。 各人の性情こそが猛獣であり、人はみな自らという猛獣を飼い慣らしながら生きているのだ。気をつけていないと、その猛獣はたやすく自分を喰い殺してしまうだろう。
0投稿日: 2009.04.20
powered by ブクログhttp://plaza.rakuten.co.jp/bombyxmori/diary/200811270004/ 名人伝がお気に入り。
0投稿日: 2009.02.19
powered by ブクログ圧倒的な語彙力。私、たぶん半分も理解出来てないと思います。 まるまる一冊暗記できたら、どれだけ素敵な日本語が使えるだろうか。 「李陵」は全部読んでないから、いずれ再読すること。 09.01.15
0投稿日: 2009.01.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
昔、国語の授業で『山月記』を読んで、すごく面白かった記憶があったので、十年ぶり?くらいで読んでみた。『山月記』、『名人伝』、『弟子』、『李陵』の作品が収められていたけど、一番面白いと思ったのはやっぱり『山月記』だった。主人公である詩人の李徴が「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」のために、虎になってしまうとの話である。 実際に虎に変身するなんてことはあり得ないことではあるけど、これを比喩と考えると、あらゆるところで起こっている話ではないかと思う。 特に優秀な人や才能のある人は、他人に弱みを見せたくないあまり、「虎」になってしまうケースが多々あるのではないかと思う。 他人の意見を聞く謙虚さや、多くの友人たちと交わり切磋琢磨することが大切だと考えさせらる、示唆に満ちた作品だと思った。『弟子』、『李陵』もおもしろかった。 『弟子』は、弟子の子路を描いていながらも、孔子の人柄や教え、カリスマが印象に残る作品だった。 『李陵』については、匈奴に投降した後の李陵の心理描写がよくされていた。単なる損得勘定ではなく、運命とも呼ぶべき成り行きで投降することになってしまった李陵の苦悩はすさまじいものだったろうと感じた。
0投稿日: 2008.12.08
powered by ブクログ山月記は、私が時折取り出して読む話です。 短いのですが、人とは、という深いテーマです。 謙虚であらねばならない、奢ってはならない そう考えさせられる話です。
0投稿日: 2008.12.04
powered by ブクログ自分のしていること・してきたことをよしとするのは、人に認められるのと同じくらい難しいものなのかもしれない。
0投稿日: 2008.10.01
powered by ブクログ「人間はだれでも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが各人の性情だと言う」 そう。虎になってから、気づくことがある。 愛は殺意と紙一重って誰かがいってたもの。
0投稿日: 2008.09.27
powered by ブクログ「山月記」は文句なく短編小説の最高傑作だと思います。最初の一行目から、その世界に入り込み、自分の周りで物語が進行していく、こんな感覚を覚えさせる小説、めったに出会えません。
0投稿日: 2008.09.20
powered by ブクログ「弟子」という作品が面白い。 内容は孔子とその弟子、子路のもの。 子路の視点から書いてあるのですが、これが興味深い。 以下、ちょっと分かりやすく、大げさに脚色。 天下のエリートで有名人の孔子。 そんな彼の元に押しかけたのは子路。 最初は孔子のことを胡散臭く思っていた子路だったが、 孔子の考えや行動に心を動かされ、離れられなくなってしまいました。 孔子は孔子で子路の「没利害性」という美点を高く評価していました。 …(続く) 何故か読んでいて「相棒」の右京さんと亀山君の事を思い出しました。 この孔子と子路との関係に似ているんじゃないか?と。 上手く説明できないが… それを考えるとこの本のラスト、興味深いんだよなぁ…。
0投稿日: 2008.09.06
powered by ブクログ男!邪な意味はないが男の世界! ようこそ! ・山月記→厨二病男には誰にでも共感できる何かがあるきがする。 努力と友情。教訓ではなくその大切さ。 ・名人伝→漢文を普通に読めばバカ話と笑えるだろうが、 そうしないのがあつし。ダダドムゥ ・弟子→孔子でけえ。自分の正義を貫くことがバカだと思えなくなるような、 あるいはやっぱりバカだなと思えるような。 ・李陵→二人、いや三人の男の話。あり方や運命は違えど、 どの生き方も評価すべき。終わり方がある意味ずるい。
0投稿日: 2008.08.31
powered by ブクログ中島敦の名作。中でもやはり山月記が好き。 「人は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。 おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」 果たして私の中の猛獣はなんなのか… 読んでいくうちに、自然と自分の内面と向き合うことのできる作品です。
0投稿日: 2008.07.24
powered by ブクログ高校の国語の授業で唯一先生にほめられたのが山月記のまとめの感想でした。 うれしすぎて、そのときのプリントは卒業アルバムにはさんであります(笑 というわけでとっても思い入れのある話です。
0投稿日: 2008.06.29
powered by ブクログ『山月記』獣の境について考えさせられました。 『弟子』師弟愛においてこれに匹敵するのは西遊記(原作)くらいしかないです。
0投稿日: 2008.06.12
powered by ブクログ山月記の冒頭は暗記するほど読みました。 これがわたしの中国史読むはしりでしたね。 テンポのいい文章ってほんとに高揚感が得られます。
0投稿日: 2008.05.29
powered by ブクログ共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。 天才だと思った。 高校の教科書に載り続けてる作品。 緻密な日本語と漢文の世界観が見事にマッチしている。
0投稿日: 2008.05.22
powered by ブクログ「山月記」を高校の教科書で読んだのが最初です。 若気のいたりで、自意識過剰だったせいもあり、 すごく切ない気持ちになったものです。 読み返してみよう。
0投稿日: 2008.05.11
powered by ブクログ好きな本は多いけれど基本的に本を読み返すという事をあまりしません。次々と読みたい本が発売されますし。無論2度目、3度目が面白い本も多々あるのでもっと時間と気力が欲しいところ。 これは学生時代の教科書に載っていた短編です。これはもう何度読み返したか分からないくらい読みました。「我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」とは作中で虎に変じた男の言葉ですが身に凍みます。 青空文庫でもでているので気になった方は読まれてはいかがでしょうか?
0投稿日: 2008.04.19
powered by ブクログ‘山月記’読了後しばらく放心。 おごる自尊心が、ふくれて虎になる。 どれほど孤独だとさけんでも、怒りの咆哮にしか見えない虎に。 だれもが心に飼っているだろうその、あばれる虎の 飼いならし方まで、どうか書いていて欲しかったな。
0投稿日: 2008.04.09
powered by ブクログ「山月記」はもちろん好きなのですが、「李陵」よりも「弟子」の方が個人的には面白かったです。言葉が難しいうえ、中国の故事についての知識がないと意味が分からないところもあるので、注釈があってくれてよかったです……。
0投稿日: 2008.03.01
powered by ブクログ才能を持ちながら、若くして死んでしまった中島敦の代表作を集めた一冊。 その緊張感がある漢文調の独特な言い回しは、結構癖になるかもしれない。 本書はタイトルの利陵と山月記の他に、弓に一生を費やした男のお話「名人伝」と孔子の愛弟子だった子路を題材とした「弟子」の二編が収録されている。個人的にはこの弟子が一番好きです。 中国古代史のことを少し知っているとより楽しめます。
0投稿日: 2008.02.12
powered by ブクログ教科書に出ていた山月記にほれて買いました短編集 でもそんなに好きじゃないです ていうか途中までしか読んでないかもです
0投稿日: 2008.02.01
powered by ブクログ山月記が読みたくて買いました。高みに上ろうとして、でも結局挫折して獣になってしまう李徴が切ない。たいていのひとは挫折したまま人として生きていかなきゃいけないけど、そういうひとたちと虎になってしまった李徴とではどちらが悲しいんだろう。
0投稿日: 2008.01.15
powered by ブクログ『山月記』は私が大好きな作品。何度も何度も読み返しました。元ネタの『人虎伝』も読んでみたいと思います。 他にも収録されている『名人伝』など、もとネタを知っているとさらに面白く読めます。
0投稿日: 2007.12.24
powered by ブクログここでは李陵を読んだのでそのレビューを。 素晴らしく面白いです。ぜひ読んで欲しい。 運命に翻弄された、誠実な三人の男の物語・・・としか表現できない、むしろこんな表現でこの作品を汚してしまわないか、と思えるくらいです。 そんなに長くないので気軽に読めると思います。 お勧めです。
0投稿日: 2007.10.19
powered by ブクログ最初は読みにくいけど、なぜかのめりこむ!山月記は高校の教科書にも引用されてたなぁ 「未だ生を知らず。いずくんぞ死を知らん。」これが孔子の答えであった。
0投稿日: 2007.10.16
powered by ブクログ教科書に載っている作品として有名 文庫本として手元にあっても損は無いと思う 著者の生涯も興味深く、年表に目を通してから読み進めるのも一興か 注釈が多いので、一度通して読んでから読み返す事を推奨
0投稿日: 2007.10.12
powered by ブクログ2007/10/04購入。学生の時教科書で読んで好きだと思った山月記をもう一度。感じ方は変わってるだろうか。
0投稿日: 2007.10.08
powered by ブクログ数年前、NHK高校放送コンテストの課題になったらしく、部室にあったのを読んでみると…。 とてもおもしろかったので、自分で購入。「李陵」から入りましたが、「弟子」もなかなか面白いと思います。というか中島敦かっこいいですねw
0投稿日: 2007.10.07
powered by ブクログ漢文はユーモラスだ!基本ですがやはり教科書からはまったくちです。どうしてこの語り口というのはこんなにも私たちの心を揺さぶるのか。李陵の運命の苛烈さ、彼の情はしみます。
0投稿日: 2007.10.05
powered by ブクログ李陵 漢の武帝の時代、騎都尉李陵は、歩卒5000を率いて匈奴征伐に出掛けた。勇敢に戦ったが捕らえられた。しかし匈奴は彼を厚遇した。一方漢では保身主義の大臣どもが李陵を非難した。一人司馬遷が反対したが、彼は武帝に無礼な言葉を吐いた罪で、腐刑という恥ずかしい刑を受けた。しかしこのことが転機となってあの膨大な十八史略を完成させることとなった。 山月記 朧西の李徴は、博学で才が優れていたが、自尊心がきわめて高く、下級役人で満足できず、官を辞した。山の奥に住み、人と交わりを断って詩作に耽ったが、文名は容易に上がらず、生活は日を追って苦しくなった。
0投稿日: 2007.09.19
powered by ブクログ―「だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。彼等は未だ(くわく)略にゐる。固より、己の運命に就いては知る筈がない。君が南から歸つたら、己は既に死んだと彼等に告げて貰へないだらうか。決して今日のことだけは明かさないで欲しい。厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗(だうと)に飢凍(きとう)することのないやうにはからつて戴けるならば、自分にとつて、恩倖(かう)、之に過ぎたるは莫(な)い。 言終つて、叢中から慟哭の聲が聞えた。袁も亦涙を泛べ、欣んで李徴の意に副ひ度い旨を答へた。李徴の聲は併し忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻つて、言つた。 本當は、先づ、この事の方を先にお願ひすべきだつたのだ、己が人間だつたなら。飢ゑ凍えようとする妻子のことよりも、己(おのれ)の乏しい詩業の方を氣にかけてゐる樣な男だから、こんな獸に身を墮(おと)すのだ。」(あおぞら文庫より抜粋)
0投稿日: 2007.08.21
powered by ブクログ戦前の日本に三十三歳の若さで夭折した作家、中島敦の代表作。これに収められている「山月記」は、現代国語教科書の常連である。 「山月記」について。世の不条理に対する恐れや不安、悶々とする己の感情、その爆発を故事になぞらえて書ききった名作。 「―全く何事も我々には判(わか)らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。」
0投稿日: 2007.08.16
powered by ブクログ授業でやった「山月記」がとても印象深かったため、購入。 難しい単語が多くて、辞書片手に読みましたが、やっぱり面白いです。
0投稿日: 2007.08.03
powered by ブクログ虎に惹かれます。虎を飼いたい。虎になりたい。 読む度に泪が出てしまうなあ。 紀昌の様にならねばなあ、と思って幾百星霜。
0投稿日: 2007.06.12
powered by ブクログ前期にやっている演習が中島敦。取ってはいませんが、李陵くらいは二十歳になる前に読みたいと思ったので手を出してみました。そういえば三年前の今頃に「山月記」やってたんだなあ。「李陵」は思ったよりも深い話でした。宮刑のグロい話が出てくるのかとビクビクしてましたがそんなことなく。「弟子」もよいですよー。
0投稿日: 2007.06.12
powered by ブクログ幾つかの小編からなる。山月記は教科書でもおなじみの人が虎になってしまう話。 名人伝は大学入試の長文を読んでて好きになった。弓の道を極めた人の話。1つの道を極めるとここまでなるのかと思った。オチが深くてなんともいえない不思議な気持ちなる。
0投稿日: 2007.04.17
powered by ブクログ高校の時うちは時々教科書を使わずに本1冊を買わされてそれを題材に授業をしてました。 その時にやった「山月記」古典だったのかな?現代文かな? 国語は嫌いだった私だけどこれはなぜか好きだった。 久々に読んでみた。 やっぱいいわ〜 隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。 冒頭文暗記したな〜
0投稿日: 2007.02.23
powered by ブクログ膨れ上がる自尊心と実際の現実とのギャップでついには虎と化す……そう、自分自身をいつも問いかけられる瞬間がある。そして思っていることに見合うだけの努力を忘れてはいないか、いつも思う。
0投稿日: 2007.01.27
powered by ブクログ漠とした不安。古典による渾然とした美と秩序の世界を築きつつ、人間存在の根源的不安と恐怖に向かい合う。存在の不確かさという観念を自我に向けて追究し、そこから生まれてくる形而上的不安を対象化することによって、おそう自己否定と懐疑の根源にのめり込む。世界観は孤独で厳しい。フランツ・カフカに傾倒しており、とくに『山月記』の変身譚は顕著。「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」は高校国語必出 ― 配点・各5点。
0投稿日: 2006.08.18
powered by ブクログ日本人の7割くらいは呼んでいるであろう山月記(高校の教材だから)。 授業中に涙が出そうになっちゃう経験はそうない。
0投稿日: 2006.06.10
powered by ブクログ山月記、大好きです。 近くの文学館に、これをもとにしたムットーニのからくり劇場という作品があります。それも好き。
0投稿日: 2006.04.17
powered by ブクログ自分の中では間違いなく五つ星。何度も読み返しています。簡潔でリズム感のある文体は読んでいてとても気分がいい。時々、大真面目な顔でホラを吹かれたような気持ちになる逸話が差し込まれているのも面白いです。
0投稿日: 2006.04.09
powered by ブクログ「夭逝の天才」というフレーズに惹かれて読みましたが確かにスゲェ。長生きすれば芥川龍之介を超える人だったと思う。
0投稿日: 2006.04.06
powered by ブクログ「山月記」は人間の奥深くにある弱さや欲を鮮明且つ繊細に表現されています。学校の教科書にも掲載されるほどの一品!
0投稿日: 2006.03.25
powered by ブクログ「山月記」は学生時代に教科書で読んで衝撃を受けた作品だ。 「己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった 」 この一節は今思い出してもかなりキツイ。いい加減自分が「珠に非ざる」ことを認めなくては。
0投稿日: 2006.03.14
powered by ブクログこれも高校の教科書で読み込み、強く惹かれた一冊です。どの短編も好きですが「山月記」の変身という物語のテーマに、中島敦の心の闇と哀しさを感じました。噛めば噛むほど味が出る、素晴らしい文章。
0投稿日: 2006.01.31
powered by ブクログ(山月記)高校生のわたしが、当時かなりの衝撃を受けた作品。自己の内面を見つめなおすきっかけをつくってくれた。じぶんに自信がない、新しいじぶんになりたい、そんなあなたにお勧め。
0投稿日: 2005.10.19
powered by ブクログ「山月記」は高校の教科書に載っていたものの、当時は良さが良く分からなかったが、印象には残っていた。今になって読むとひしひしとこの物語の魅力が伝わってくる。やはり名作と呼ばれる作品だ。
0投稿日: 2005.10.06
powered by ブクログ夭逝した中島敦の素晴らしい作品。もっと長生きしたら、もっとたくさんの素晴らしい作品を読むことができたろうに・・・教科書にも使われているので、おなじみの方もいらっしゃるのではないだろうか。
0投稿日: 2005.09.13
powered by ブクログ「李陵」と「弟子」のみ読みました。李陵に出てくる司馬遷の歴史叙述に対する苦悩は面白かったです。弟子も良かったです。論語を一通り読んだ後に読むとさらに楽しめると思います。 漢文調で少し読みにくい部分もありますが、それが作品をより味わい深いものにしています。
0投稿日: 2005.05.07
powered by ブクログ国語の教科書でであって、一瞬で恋に落ちました。一晩でも二晩でも語りたいけど、語れない、語りきれないから語りたくない。 足せるだけ足したい☆だけど+2が限界。教科書からこちらを見つめる墨絵の寅も忘れられない。大好きだ、中島敦!
0投稿日: 2005.04.19
powered by ブクログ中島敦の短・中編集。高校の教科書に載っていた「山月記」で初めて作者を知ったんですが、顔がのび太くんクリソツだからよく覚えました。 まあ顔のことは置いておいて、その文章は限りなく美しい。漢文に精通している作者は漢熟語を多用しますが、それによってもたらされるリズム・響きが美しい。それでいて内容は古典的でシンプルな物が多く、読みやすい。孔子とその弟子・子路の物語『弟子』を読む度に号泣。熱い。美しい。
0投稿日: 2005.01.02
powered by ブクログ思い立ったように高校時代に習った山月記を。夜間飛行と同じく文体そのものが好き。話の筋やテーマが云々というよりは、とにかく文章に打ちのめされた一作。
0投稿日: 2004.12.16
powered by ブクログ高校の頃、国語の授業で習った。虎になってしまう詩人の尊大さ、臆病さは自分とそっくりでひどく共感した。だが共感するだけで終わってしまっては同じ穴のムジナという事に気付いたのは何年も経ってからだった。
0投稿日: 2004.10.28
powered by ブクログ夭逝した中島敦の素晴らしい作品。もっと長生きしたら、もっとたくさんの素晴らしい作品を読むことができたろうに・・・教科書にも使われているので、おなじみの方もいらっしゃるのではないだろうか。
0投稿日: 2004.09.29
powered by ブクログ新美南吉と同じく、自分の中で「心のきれいな人が早逝する」を印象づけた一人。時々読み返してはすばらしすぎてためいきをつきます。
0投稿日: 2004.09.24
