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関東大震災
関東大震災
吉村昭/文藝春秋
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総合評価

108件)
4.2
35
46
16
1
0
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    この本を書くのに、相当な量の資料を読み込まれたと思う。とても丁寧に書かれており、大震災の凄まじさが心に響きました。

    0
    投稿日: 2025.12.11
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    関東大震災前後の事が書かれている。 こういう感じなんだなろうなと思っていた通りのことがかいてあった。

    0
    投稿日: 2025.11.29
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    地震後の火災による二次災害が被害を拡大しました。 デマによる朝鮮人の虐殺は集団心理のなせることで、あってはならない恥ずべきことです。 SNSによる拡散にも注意が必要ですね。

    5
    投稿日: 2025.08.17
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    この★5は面白いという意味ではない。極限状態の人間について知れるという意味で読む価値は十分にある。人間の残虐性、自然の残酷さなど知りたくないことを触れる機会となり気持ちの滅入る読書だった。

    0
    投稿日: 2025.07.03
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    震災の被害は、まるで戦時中の空襲や原爆の時の様子かと思わせる程悲惨で残酷だった。 朝鮮人に対する風評被害も酷く、被災時の恐れが人心を支配し、正常な精神状態でなくなる。将来来るであろう大震災時にどうなるか、不安にさせられた。

    0
    投稿日: 2025.05.19
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    大正12年9月1日に起こった関東大震災について詳細に描かれており、天災の恐ろしさを改めて感じた。地震による被害よりもその後の火災による被害の方が大きかったんだな。当時は木造建築がひしめき合っていて、上下水道も十分に発達しておらず火災が起こった後の消火能力が低いのが原因だけど、家財道具を多量に持って行ったり一つのところに被災者が集まりすぎたりと人災の側面もあったのが意外。地震後の社会不安もどの時代でも変わらないのか。この時代に限っていえば社会主義者に対する弾圧、朝鮮併合に伴う朝鮮人からの報復に怯える社会がとてもわかりやすかった。自警団による朝鮮人虐殺、大杉栄事件など混乱に陥った人たちの精神不安が今後の日本でも起こるかもしれない。歴史からしっかりと学んでいかないと。

    0
    投稿日: 2025.05.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    恐ろしい本でした。描写が時系列で丁寧にまとめられ読みやすかった分、凄惨な場面は読んでて不安や悲壮感を強く駆り立てられました。 地震は圧死よりその後の火事で多くの人が亡くなると聞いた事がありましたが、避難時に持ち出した家財などが更なる延焼の起因なってたのは勉強になりました。 また流言がまるで事実かのように報道され、朝鮮の方など多くの方が亡くなられたのは本当に悲しくなりました。視野狭窄になってるとは言え、排他的行為で簡単に殺人までしてしまう人間の愚かさに更なる震災の恐ろしさを感じました。 震災で亡くなられた方々にお悔やみ申し上げます。

    0
    投稿日: 2025.04.19
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    本所被服廠跡、二万四百三十坪余の広大な避難地で起こった悲劇。三万八千名の死者、多くの大八車に乗った家財等へ四方から火が襲いかかり引火。さらに思いがけぬ大旋風が巻き起こる。全東京市の死者の55%強に達する。大災害を克明に描く大作。

    12
    投稿日: 2025.01.23
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    日本人にとっても不幸な災害であったが、それ以上に異常状態にあった人々の朝鮮人に対する行いはすさまじい。かくも人は簡単に理性を失うものだとつくづく思う。

    0
    投稿日: 2025.01.13
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    著者初読み。歴史ドキュメント。「関東大震災」の存在は知っていましたが、その内実を読んだのは初めて。読むのが辛い場面多々ありますが、知っておくべき。特に流説、デマの類い。危険性は今も同じ。朝鮮人襲撃がこんなにも酷いものだったとは。日本人の「負い目」が恐怖へと変わったとの著者の指摘。なるほど。また、悲惨な状況は日頃規律正しくても人心荒廃させていくという真実。今こそ読むべき本だと思いました。想像すると怖いけど。

    0
    投稿日: 2024.08.24
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    たまたま通りすがりに見た、墨田の慰霊堂と復興記念館。 この本には、その謂れが書かれている。 これだけ発展した現代でも、東日本大震災ではかなりの混乱を来した。今ほど情報網が発達していなかったあの時代なら如何ばかりか。 朝鮮人来襲のデマ、甘粕事件など、混乱の中で何が起きていたのかを様々な角度から描いている。

    1
    投稿日: 2024.07.16
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    ★図書館だよりNo.75 「読書への羅針盤」 中澤博志先生(土木工学科) 紹介図書 ➣記事を読む https://www.sist.ac.jp/about/facility/lib/letter.html#075 【所在・貸出状況を見る】https://sistlb.sist.ac.jp/opac/volume/256285

    0
    投稿日: 2024.06.06
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    関東大震災について,被災,朝鮮人の集団虐殺,警察による社会主義者のリンチ,復興の初期段階,地震学者の葛藤を描いたルポルタージュ. 関東大震災の発生から101年が経過している.「アベノミクス」で経済が崩壊寸前の我が国を,このタイミングで首都直下型地震が襲ったら,もうこの国は持たないであろう.

    0
    投稿日: 2024.05.02
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    NHKスペシャルで関東大震災の特集を放送した。 積読に成っていた本書を読みながら、テレビで見た映像を思い出した。 火災旋風により、人や物が宙を舞うという。まさに地獄絵図だ。 持ち出した火災道具に火が付き、災害を増加させる。江戸時代には守られていた火災時の教訓が、大正になって守られず、むしろ後退していたとは、愚かなことだ。 朝鮮人への根拠の無い迫害行動など、生々しく綴られていて、憤りを感じた。 パニックを起こした人々が集団心理により、簡単に狂暴化する。 幸い、東北大地震ではこのような事が起きなかった。過去の教訓が生かされたのだろう。 2035年前後には東北大地震の何倍もの威力の南海トラフ地震が、必ず起こると言われている今日。 あの東北大地震を、身をもって実感した自分としては、生きている間には2度と体験したくないものだ。 日頃の備えは大事だ。

    5
    投稿日: 2023.10.11
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    膨大な事実を淡々と積み上げる手法が特に際立つ小説だった。 時代を重ねるにつれ豊かになっていく事の裏返しなのか、震火災への人々の対応が江戸時代より退化していた、というのが印象的だった。 小説の最後で、冒頭のエピソードの続きが始まり、ここで初めて表現された個人の心情が沁みた。

    0
    投稿日: 2023.09.21
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    吉村昭の小説はいつもながらリアルです。表目的な事柄だけでなく、どのように被害が拡大してひとびが些細なきっかけで凶暴になっていくのかが描かれている。 戦争、震災、パンデミック、天災 いつ起きてもおかしくない。理性を失った時、人はこんなにも簡単に人を殺める。 そのことが淡々と数字を絡めて書かれている。

    0
    投稿日: 2023.09.14
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    吉村昭『関東大震災』文春文庫。 関東大震災から丁度100年という区切りの年。我々日本人は、この100年の間に阪神淡路大震災、東日本大震災という2つの震災を経験している。日本列島が大陸のプレートの狭間に存在する以上、これからもこのような大震災を経験するのは間違いない。大切なことは震災への備えと心構えといざという時の知恵、情報であろう。 記録文学の第一人者である吉村昭の菊池寛賞受賞作。 少し前に読んだ江馬修の『羊の怒る時 関東大震災の三日間』では、当時の東京市とその近郊の混乱の状況が生々しく描かれていたが、本作では関東大震災の8年前の前震と思われる群発地震から震災当日からその後の状況までが、様々な視点で描かれている。 最近放映されたNHKスペシャルでも当時の大災害の様子がカラー映像で紹介されていたので、本作を読んでいると頭の中に映像が浮かんで来る。 関東大震災が起きる8年前の大正4年に大震災の前震と思われる群発地震が起きていたのは知らなかった。その群発地震を巡り、当時の地震学者が大地震の予兆か否かで議論しているのも興味深い。 東日本大震災の時も2日前の昼前にM7.3の大きな地震があり、それ以降M6クラスの地震が何度も発生していたことを覚えている。しかし、この時の群発地震が東日本大震災につながることを注意喚起した学者は居なかった。今の科学では地震を予知することは出来ないというのが定説である。 今から100年前の大正12年9月1日、午前11時58分に相模湾を震源とするM6.9の大きな地震が関東地方を襲う。多くの建物が倒壊し、直後に発生した大火災は東京や横浜を焼き尽くし、20万人にも上る多くの死者を出した。中でも最も悲惨な出来事は、大火災は火災旋風を巻き起こし、本所被服廠跡地で3万8千人もの人びとの命を奪ったことだろう。 こうした中、再び大地震が来るとか、大津波が来るなどといった流言が飛び交う。さらには朝鮮人が火を放っている、井戸に毒を入れているなどという流言蜚語は、朝鮮人の虐殺という悲劇を生み出す。 本体価格770円 ★★★★

    67
    投稿日: 2023.09.14
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    今年で関東大震災からちょうど100年。その間にも大きな地震を何度も体験してきた。将来、また大きな地震が起こると言われているが、過去からどれだけのことを学べているのだろう。 本書は、関東大震災の発生前、発生後の様子、それによって起こったデマ、どさくさ紛れに起きた甘粕事件について、まるで見てきたかのような解像度で描かれている。 建物の耐震性は向上し、関東大震災のような被害は多少起きにくくなったかもしれないが、津波への対策などまだ課題はある。また集団心理については、あの頃とあまり変わってないのではないかとも思った。

    55
    投稿日: 2023.08.31
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    100年前に起きた関東大震災の状況を丹念な取材と著者の筆力で当時の惨状が生々しく再現されています。 飛んできたトタンで首が切り落とされた話や火災旋風やデマの恐怖などこれから起こると言われている大地震のイメージトレーニングとしても役立ちそうです

    9
    投稿日: 2023.08.20
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    大震災では、地震による建物の倒壊だけでなく、家財の持ち出しに寄る避難経路の遮断、火災、火災が誘因となる暴風、そして人心の乱れであることがよくわかった。大正の関東大震災では過去の大地震の経験が生かされなかったのである。最近とみに地震を想定した防災訓練なども行われているが、実際どうなったのか過去の事実を知った方が身につまされる。必読の書。2023.5.14

    0
    投稿日: 2023.05.14
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    関東大震災についてすこし詳しく知りたいと思い手に取りました。本所被服廠跡や吉原の悲劇について知り、大火の恐ろしさに戦慄しました。流言や朝鮮人虐殺、大杉栄事件などの章には大災害で動揺する人々が記録されていました。愚かとは思えません。コロナの初期にも様々な噂が流れたのを思い出しました。 吉村昭の記録文学は手堅くしかも読みやすいという点で大好きです。

    0
    投稿日: 2023.04.26
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    有名な関東大震災ですが、実際にどうだったのか?というのが克明にわかる小説でした。怖いです。本当に怖いです。よく復興したなあ、と感心するくらい未曾有の災害でした。が、人災の部分も多かったと思います。

    2
    投稿日: 2022.12.30
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    著者の「三陸海岸大津波」と同様の感想になってしまうが、元々知っている内容ばかりだったので新たに知ることのできるものはほとんどなかったが、私が既にいろいろな媒体で知ることができたのは、そもそもこのルポルタージュを元にしてできた記事なり映像だったりするのではないだろうかと思った。それほど詳細に調べてあるということだろう。ルポルタージュということで社会情勢や被害数字もかなり分量的に多くて、新聞を読んでいるような感覚だった。

    0
    投稿日: 2022.11.04
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    焼死や溺死が非常に多い。木造密集の家屋が多く、多くの荷物を持った人が多かったのだろう。 通信の途絶による流言や錯乱が最も恐ろしかった。朝鮮人や社会主義者の虐殺など目を背けたくなる事件の数々が記録されている。

    0
    投稿日: 2022.07.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    あまり知らなかった関東大震災のことをしれてよかった。本所被服本廠跡のことは全然知らなかった。朝鮮人のことは、中学の教科書とかにでてたかな?という感じで、学びが多かった。関東大震災から来年で100年。生きてるうちに経験するかもね

    0
    投稿日: 2022.05.09
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    今現在の東京で大震災が起こっても同じようなことにはならないだろうが、これはタメになる。 この大震災に関しては想像を絶する事態に驚愕した。 地震による建物の圧死者よりも焼死、溺死者が多かったということ。 社会情勢による混乱。 流言による殺人。 復興の大変さ。 報道のあり方。 正確な情報により行動することが大事だと感じたが

    0
    投稿日: 2021.12.01
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    震災で大きな被害が出たのは、地震による圧死とかではなく、火災によるものであった。とくに、家財道具を大八車に載せて逃げている多くの人たちがいたため、これに引火したのだ。また、薬品への引火も多かった。消火活動をしようにも、水道管も被害にあって機能せず、池の水を使うしかなかったようだ。 朝鮮人の来襲説もあった。流言の全ては事実無根だということが、後に警察や裁判所検事局の調査でも明らかになった。当時、人々には、朝鮮人を安価な労働力としてこき使っており、自分たちの朝鮮人に対する態度を後ろめたく思っており、また、恨まれているだろうとも感じていた。その後ろめたさが、この流言を人々に信じさせたのだろう。当初は自警団として活動していたものが、凶器を持つと、単に暴徒と化し、怪しい人間を手当たり次第に殺戮していった。大震災と同時に、日本人が異常な精神状態に陥ってしまった。それでもこの所業は絶対に許されることではない。千人を超える無実の朝鮮人が殺されたのである。これを、もう昔のことだ、と言ってはいけない。過去の罪を償う意味からも、朝鮮の人たちにより優しく、寛容な心で接し、少しでも過去の罪を悔い改めたい。最近は災害が多いが、そんな時は、言葉が通じない外国の方々にも手厚い保護が行き渡るようにしていくことが必要である。新聞も、流言を真実だと伝え、より一層混乱に歯車をかけた。自分の目でしっかりと善悪を判断する能力もまた重要である。報道に対しても、それが本当なのか、事実に則しているのか、判断が難しいところがあるかもしれないが、そうだとしても、寛恕の心で物事にあたっていかなければならない。 ただ、この本は、特定の1人の体験談ではなく、様々なひとに聞き取りしたりしたもののから、震災の悲惨さ、とくに、どの様に人の心や行動がなされるかを綴っている。淡々と。

    0
    投稿日: 2021.09.17
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    烈震、大火、突風、津波、伝染病…ありとあらゆる脅威が一気に首都圏を襲った巨大地震、その凄まじい惨状の記録。流言による虐殺の横行はその時代の空気を感じさせるが、実は人心が一番怖かったりする。地震対策も情報化もはるかに進んでいるとはいえ、現在東京の人口は当時の 3 倍以上。ネットによるデマ拡散のスピードも比較にならない。同レベルの地震が起きたら今度はどんなパニックが起きるのか想像もつかない。大正 12 年はスペイン風邪大流行の数年後、そして98年後の今新型コロナのパンデミック…全く根拠なく、まさかとは思うが、南関東一帯を揺らす大地震がいつ再来してもおかしくないだけの時が流れたのは確か。震源地・相模トラフの間近に住む者として、昔話で済ますことはできない。自分の身は自分で守る!そのときに慌てないよう日頃の備えをしっかりしておこうと改めて思った次第。

    6
    投稿日: 2021.09.05
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    大震災の記録が克明に書かれています。 被害の詳細な数字、混乱の生々しい記憶などあまりにも具体的で身に迫る物を感じました。 時代は変われど、受け継いでいかなければならない内容だと思いました。

    0
    投稿日: 2021.06.05
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    震災の類型では、関東大震災は火災だと教えられる。また、「井戸に朝鮮人が毒を入れた」などといった流言から虐殺が行われたことも知識としては知っていた。しかし、本書を読むとそれ以上の酷いことが行われていた。また、震災直後の避難民が過ごした過酷な環境も想像を絶していた。読むのが辛い部分もあった。軍、警察、消防の通信インフラは脆弱で、東京が孤立することになった一因と思われた。現代では、通信インフラが完全にダウンすることはなくなった。しかし、SNSなどによるデマの拡散という悪い面も看過できなくなったのは皮肉なものだ。

    0
    投稿日: 2021.02.02
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    地震の被害以上に、被災後の人々の悲惨さに唖然とした。死体の山を被服廠跡でまとめて火葬にし、骨の山が3メートルにもなるとは想像を絶する。人々のパニックと政治の無力さが重なって読んでいて胸が苦しくなった。朝鮮人虐殺や大杉栄殺害など、デマに振り回される愚かな群衆には怒りさえ覚えた。今後大地震が襲った時にも同じような事が起きるかもしれない。愚かさが招く二次災害だけは防ぎたい。もっと多くの人に読んでもらう本だと思った。

    0
    投稿日: 2020.12.02
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    1923年9月1日に発生した関東大震災の発生~復興への動き出しまでを人々の体験談んを元に記したルポの様な作品。 大地震の怖さは揺れによる家屋の倒壊に伴う圧死や津波だけでなく、火災・人心・その後の疫病など広く存在する事を認識した。都市インフラ等現在と異なる点も多いが、歴史から震災の脅威を知る事ができる良書。 ・震災での死者数は圧死ではなく、間もなく発生した火災によるものが最多という。 当時は木造建築中心、路面の狭さに加え家財を持ち出して避難する人が多く、家財により消防が行き届かず、また家財に火が燃え移り被害を拡大させた。 ・震災の被害により電報・新聞その他通信手段が失われた中、人々の間では流言が飛び交い、特に在日朝鮮人が井戸に毒を入れたという事実と異なる噂は新聞各社も事実として報じ、民間の自警団が組織され朝鮮人を虐殺する等の悲劇も生まれた。 ・10万人を超える遺体処理は難航し、また居住地を失った人々はバラックに住まざるを得ず、バラックは不衛生だった事から疫病が流行った。

    1
    投稿日: 2020.08.16
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    当時の震災後が生々しく記録されている内容。 ここ十数年での、震災時の日本人の対応が称賛されているが、かつての日本人はそうではなかった事が分かる。ある意味本のなかにもある、科学的判断ができるようになっているのかもしれないと感じた。

    0
    投稿日: 2020.07.06
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    読んでいる途中、吉村昭特有の政治情勢の話があり中弛みした。 全体としては震災当時が克明に記録されていた。歴史的な記録書としても価値がある本だと思う。

    0
    投稿日: 2020.02.02
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    この本を読んで災害に備える大切さを感じ、家具の転倒対策をするとすぐに東日本大震災が起こりました。この本は恩人です。

    0
    投稿日: 2019.11.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    NHK大河いだてんで1話分とりあげられて登場人物が1人行方不明になった。新書よりも読みやすい小説を選択。ネットがない時代とはいえ、ラジオもテレビもない時代の大災害、想像以上の惨状でした。  20万人以上の死者のうち、建物倒壊による直後の死者は少なく、むしろ火災がひどかった。本所陸軍被服本廠跡地(いまは墨田区の横綱町公園)を避難場所として知らされた5万人近くが家財道具を持ち出したので正午の地震後に発生した大火災が延焼し3万8000人が焼死しその7割近くが性別不明の真っ黒こげだったとか、火災で起きる突風に飛ばされたトタン屋根に一緒に手をつないで走って逃げてた友人の首がスパッと切り落とされ、つないでいた手を放すのに指を1本1本解かないといけなかったとか、遊女は囲われていたため逃げるべき方向がまるで分らず吉原公園に集まっていたところ同じく延焼した火災で丸焼けになったとか。  なによりひどかったのは、全く暴動や毒混入した事実がないのに、そういう事実があるという流言が広がりマスメディアも流言の裏を取らずそのまま新聞に乗っけたあげく、朝鮮人が何千人も日本人により撲殺されたこと。マスコミ全ての誤報がかえって政府による言論統制への介入の口実をつくったこと。  大杉栄と妻と甥が陸軍により罪ないのに社会主義者という理由で戒厳令下でリンチで絞殺されたにもかかわらず、指揮者の1人甘粕大尉は3年間の懲役で釈放され、その後満州で大活躍したという歴史の異常さ。  冒頭が地震学者同士の東京で大地震の起きる確率をめぐっての論争から始まるというところも著者の腕の妙といえる。やっぱり吉村昭はすごい

    3
    投稿日: 2019.07.18
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    関東大震災でおきた大小様々なトラブルを思うと、東日本大震災に至る100年弱で日本が地震や災害に対して強くなったこと、そして民度の上昇を感じざるを得ない。もちろん、それでも犠牲者は出てしまうのだが・・・。 荷物経由での火事の広がりは本当に怖いと感じた次第。陸軍被服本廠の件や吉原の件の描写は読んでいてきつかった。このあたりの文章のうまさは吉村さんだな。

    1
    投稿日: 2019.05.16
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    ここまで詳細に調べている著者に脱帽。もうそろそろ関東大震災クラスの震災が関東地方を襲うかも...。先人たちの英知が現代に活かされることを渇望。

    2
    投稿日: 2019.04.14
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     『戦艦武蔵』『羆嵐』などで有名な記録文学作家による、1923年に起きた関東大震災の記録。  以前、日本の著名な3つの大震災を比較し、東日本大震災は津波、阪神淡路大震災は建物倒壊、そして関東大震災は火災により被害が大きいものになったとまとめられていた。犠牲者の約9割が火災によるものである以上、これは正しいのだろう。  ただ、記憶に新しい平成の二つの震災と違い、およそ1世紀前に起きた大震災についてはほとんど何も知らない状態だったため、小説というとっつきやすい媒体で知ろうと思い、手に取った。  火災の状況は地獄と呼ぶ類のものであり、火災で巻き起こった大旋風が人も馬車も吹き飛ばすなど、想像も付かないような描写がページを捲っても捲っても飛び込んでくる。文字という媒体ではあるが人が死ぬ様子や無残な死体の山の描写も多い。テレビ越しに見た平成の2つの震災の報道の方が幾分静かに見えてしまうのは、メディアの配慮によりオブラートに包まれているからだろうか。    だが、それ以上に戦慄したのは、震災により破壊された人の心だった。  朝鮮人虐殺事件という日本史における汚点、自警団と名乗る暴力集団、流言飛語を事実確認もないままに掲載してしまった新聞、社会主義者というだけで本人はおろかその妻と子どもまで軍人が殺害してしまった「甘粕事件」(作中「大杉栄事件」)。手許にある日本史図版では関東大震災はこうした擾乱についてほとんど触れられていなかった(そもそも高校時代は日本史をろくに勉強していないのだが)。  日本は自然災害発生のリスクが世界4位と高い反面、インフラ整備や対処能力、適応能力を加味した脆弱性を考慮した総合評価はやや下がって17位なのだとか(世界リスク報告書2016年版による。主要な先進国は100位以下、すなわちもっと安全ということになる)。  しかしながら、政府の対処能力やインフラ設備が高いとはいっても、先に挙げた朝鮮人・社会主義者の虐殺は、韓国併合による圧迫・被圧迫民族という関係や、社会主義者=共産主義者であり国家転覆を目論む不届き者と判断する傾向に端を発する。近年は、移民問題の顕在化とか保守化とかヘイトスピーチとかLGBTとか日韓問題とか呼ばれるようなニュースを見かけるが、自分・自分たちと違う者とどう向き合うかという問題が根底にあるのではないかと思っている。  それがうまくいかないままに反発し合う方向に進むのならば、震災による混乱が起きた際は、何が起こるか。2018年の渋谷ハロウィーン事案では、大衆の暴走に危機を感じ警察が引かざるを得ない状況に陥ったし、自衛隊は自国民に対し発砲する訓練はしていない(と思う)。神経が過敏になった大衆がマイノリティをスケープゴートにし、それを止める術がない、という悪夢のようなシナリオも、考えられないだろうか。  また、上述の流言飛語が拡散した点においても、現代も同様の危機を抱えていると思う。東日本大震災においても、SNSの情報共有が役立った反面、誤情報やデマも飛び交った。当然情報の真贋など素人目に分かるはずもなく、善人が良かれと思ってデマ情報をリツイートし、混乱を深めてしまった。  そもそも、混乱状態にあっては自分や自分と近しい人のことで精いっぱいである。先の震災で買い占めが起き批判がなされたが、例えば子を持つ親が、子に何かあったらというリスクを恐れて買い占めに走ることは、一概に非難できるものではないかもしれない。私だって結婚して小さな子どもがいたら買い占めに走ったかもしれない。朝鮮人虐殺事件だって、赤信号みんなで渡れば~の理論でマジョリティ側に胡坐をかいていれば安全といえば安全なのだ。私だって虐殺する側に回ったかもしれない(!)。当時の日本人はまだまだ未熟だったとかそういう問題ではない。原発事故の際、放射能に関する知識が飛び交い、政府もマスコミも疑わざるを得ないなかで、それらを自分で取捨選択できる人間がいったいどれほどいたか。正しいかどうかなど、生命の危機を感じている際はどうでもよくなってしまうのだろう。山口良忠じゃあるまいし(非常に気高く立派な方だと思う派だけど)、法や思想や正義よりも、命の方が大事なのである。  だからこそ、こうした悲劇は知られるべきなのだと思う。100年前に比べ防災のためのインフラは飛躍的に向上しているだろうし、また同規模の地震があったとしても東京が再び火の海になるとは考えにくい。だが、明治の東京が江戸に比べて火災対処という点において後退していたように、関東大震災で学んだはずのものが忘れられているのかもしれない。東日本大震災からですら得られないような教訓が、この本には詰まっている。

    0
    投稿日: 2019.01.30
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    2012年95冊目。満足度★★★★★ 菊池寛賞受賞作。これは必読です。常軌を逸した人間の行動に驚くばかりでした。

    0
    投稿日: 2018.12.31
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     関東大震災が起こった当時のことを生々しく克明に描いています。吉村昭の作品はしばしば記録文学と呼ばれますが、本作品では小説とか文学とかいう以前に、記録そのものが読者に迫ってくるようです。  地震により建物が倒壊し、続いて大規模な火災が起こり、人や建物までをも巻き揚げるほどの烈風が吹き荒れて延焼が拡大し、逃げ惑う人たちの荷物や体が燃え始め…… 死者20万人。繰り広げられる光景は、想像を絶するものです。  流言飛語により自警団が暴徒化して多くの朝鮮人や日本人を殺害し、ついには千人ほどにも膨れ上がった群集が警察署を襲い、留置所に匿われていた人たちまでを皆殺しにしてしまったという事実も衝撃的です。当時の日本人が今とは別人種のように残虐だった訳ではないでしょう。人々の不安が高まれば、今でも同じようなことが繰り返されてしまうのかもしれません。  さらに、大杉事件も異様です。これにはオウムによる坂本弁護士殺害事件を連想させられました。小さな子どもまで殺してしまったのですから! 何によって事件が引き起こされたのか、本当のところは分からないと思います。組織の上部への忖度があったのかもしれません。ごく普通の善良な人が組織の力学の中で取り返しのつかない犯罪を起こしてしまうことは、オウムの事件などでも見られたことです。  ところで、東北での大震災が起こってから七年が過ぎました。震災直後には津波の衝撃的な映像がテレビやインターネットに溢れていましたが、最近では見かけません。忌まわしい記憶を忘れたいという心理が働いているのではないかと思います。しかし、それでは大きな犠牲が将来への教訓として活かされないでしょう。  東海地方や首都圏でも大きな地震が来る可能性が高まっていると思います。これに備えるためにも、この本に記されたような貴重な震災の記録は、少しでも多くの人に読み継がれるべきものだと思います。

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    投稿日: 2018.11.22
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    阿鼻叫喚のカタストロフや各種の事件騒動よりも、震災後の公的機関による処理及び復興への取り組みがとても興味深かった。この部分にもっと紙幅を割いてくれたら良かったのに。また大森房吉と今村明恒という二人の地震学者の言動も面白い。

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    投稿日: 2018.10.12
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    大正十二年九月一日、午前十一時五十八分。 日本の首都、東京を大激震が襲った。 地震による災害の他に火災、流言、朝鮮人の大量殺害、警官による社会主義者の殺害、略奪、伝染病。 などなど、筆舌に尽くし難いほどの大災害だったのだろう。 筆者の両親が罹災し、幼い頃から関東大震災の話を聞いていた筆者は、何を思い筆を取ったのか。 二十二万人の命を奪った大災害を克明に描いた大作。

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    投稿日: 2018.04.07
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    関東大震災で朝鮮人が毒をばらまいているとかそういう噂で虐殺された、ということを漠然と知っている人は多いだろうが、なぜそれが起きたのか、どのくらいの規模でどういうスピードで起きたのか、というのは詳しく調べたこともなかった。本書で語られるその事実は正に戦慄もので、礼儀正しく優しいはずの日本人が特定の条件下では、根拠のない流言飛語によっていかに強い群集心理を育み、そして残虐になりうるのかをまざまざと見せつける。心理的にこの事象を解説することは十分可能だが、その可能性が現実になり得た経験をこの国が持っているのは9/1が来るたびに思い返してもいいのではないか。それ以外に、地震学者の対立とその熱意、あるべき都市計画など本書で考えさせられることは多い。

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    投稿日: 2017.12.01
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    17/09/03。小池都知事の追悼文拒否に関して、深澤真紀さんが必読としていたので改めて読みたくなった。

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    投稿日: 2017.09.03
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    関東大震災の引き落とした惨事を克明に描いた、聞き書きノンフィクション。 地震後の火焔に追われ、火焔の呼び起こす竜巻に巻き上げられ、食は無く排泄物の散乱する避難地。 流言飛語が飛び交い、多数の朝鮮人虐殺につながった状況は真に迫る。混乱に乗じて大杉栄一家が惨殺され社会不安は募りつつも、後藤象二郎の登場で帝都は復興。

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    投稿日: 2017.06.02
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    3.11発生後、書店で震災関連の書籍が特集されていて、その中の1冊でした。 この本を機に、吉村昭さんに興味を持ち、その後、いくつかの本(主にエッセイですが)を読みました。

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    投稿日: 2017.05.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    底本(文庫版)1977年刊。東日本震災があったために紐解いたが、良い意味で裏切られた。関東大震災の模様は他書にもあるが、その後の朝鮮人虐殺問題(含む日本人への虐殺)、大杉栄事件(特に公判過程)等広範なテーマを、明瞭な筆致で(意地悪な言い方をすれば小説的に)描き出す。この点だけでも読む価値あり。なお、震災関係としては、①火災の恐怖、②溺死が多いこと、③鉄道は超早期に復旧できない(東日本大震災の三陸沖の鉄道網はそうだし、阪神大震災も復旧には時間がかかった)、④遺体の処理が難しい(これは変わっていないかも)等。 なお、現在は、①鉄道よりも復旧しやすい道路が交通網の基盤となっている点、②テレビ・ラジオ・携帯電話等高い速報性と情報流通の容易性とを有するメディアが存在し、関東大震災時のような情報遮断を回避する制度がある点は、注意すべし。特に②につき、より一層、情報流通が高まる技術を模索する必要はあるかもしれない。

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    投稿日: 2017.01.17
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    事実と記録に基づいた作品。 いくら注意喚起をしても、きっとまた同じことが起こると思う。同じ人災が起こると思う。

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    投稿日: 2016.02.21
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    吉村さんらしい冷静な無駄のない文体で綴られることで、 関東大震災の壮絶な様子が怖ろしいほど身に迫るように感じた。 印象に残ったのは、家財道具を持って逃げることが火災の延焼を招いたということ。 2万坪の避難地に逃げた4万人の人々が焼け死んだ原因も、 荷物に火の粉が降りかかり、大量の家財道具が避難の妨げになったことだという。 江戸時代から火事の多かった東京では、 避難の際に家財道具を持つことは厳しく禁止されていたらしい。 その教訓が大正の時代にはすっかり消えてしまったゆえの悲劇だったのだ。 デマによる朝鮮人虐殺のことは知っていたけれど、 それが震災翌日にすでに始まっていたことには驚いた。 そして、デマを否定していた官庁も結局それを信じてしまうこと、 情報が錯綜して地方の新聞にもデマが広がり、 地方に避難した被災者がそれを強化し、 自衛団が暴走し始め、朝鮮人と間違われた日本人が殺されたこと。 極限の状態に置かれ、正しい情報を知るすべもなくなった人間が いかに怖ろしい行為にいたるのかを突きつけられた。 また、遺体の埋葬の問題や、焼け出された人々のし尿の問題なども 生々しい後日談として紹介されていた。 そして意外と知られていないのが、 関東大震災は首都直下地震ではなく、 相模湾が震源だということではないだろうか。 当時は震度計が東大にしかなかったので、 横浜や湘南地域の詳しい震度はわからないけれど、 被害を受けた家屋や地震火災、怪我人の数は想像を超えていた。 日本に住んでいる限り、自然災害からは逃れられない。 今の時代、改めて読まれるべき本だと思う。

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    投稿日: 2016.01.29
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    貴重な作品ですな、これは。 阪神淡路以降の幾つかの大地震を経験してきた現在から見ても火災含めた都市直下型地震の怖ろしさは十二分に教訓として生かさなくては。 ただ地震そのものは自然摂理としてある程度諦めの境地も必要かと思う。一方、略奪・朝鮮人虐殺・大杉事件等の非人道的振る舞いは、まだ100年程度前のこの国での出来事だと肝に銘じるべきかと。これらの話はほんと酷過ぎるが、質としては同じ状況が実は今も目に見えて存在し続けることをこの国に生きる人間として明確に認識すべきかと思われ。

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    投稿日: 2015.08.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    冒頭を読んでいるときは、地震学の説についての学者の争いが中心?と思ってしまいましたが、ページの多くが大震災後の流言について触れられていた。 陸軍省被服廠跡での火災。 自主的な消火によって延焼を防いだ地域。 何の根拠もなく内なる不安を流言、そして暴力へと発展させてしまった事実。 立憲労働党総理山口正憲を主謀者とする集団強盗事件。

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    投稿日: 2015.06.30
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    昭和40年代後半に刊行された本だけれど、今でもいろいろ通用することが多い。私が子どもの頃の地震対策避難訓練は、この関東大震災を教訓に考えられたものだった。あれから2回大きな震災を経験しているけれど、実は首都圏では起きてない。いくら備えても大きな自然災害の前には万全ではいられない。それは仕方ない。直面した時に自分はどんな行動ができるのか。現代の知識で読んで当時の情報がない中のおろかとも言える行動を非難できない。

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    投稿日: 2015.05.12
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    地震、火災の凄惨さは正に想像を絶したものだった。そして人間の恐ろしさも。 情報網が発達した現代においては、流言で社会が大混乱に陥ることは考えにくいが、生死に直面した時人はどうなるか分からないということは肝に銘じておきたい。

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    投稿日: 2015.05.06
  • その日のために

    どういう理由で勧めるのかレビュアー本人でも分からないけで、読んでおいた方が良いと思いますよ。この国に住んでいる以上は、ね。 震災後の流言や混乱の部分、甘粕事件も良く書かれていると思いますが、やはり被服廠の部分ですね。 よく避難訓練とかで消防署の人が指導して下さいますが、余り真剣に考えていなかったり、その指導内容の根拠も分かった気になっていましたが・・・これを読んだからには、消防署の人の訓示とか講評は正座して聞きたくなるくらい猛反省しています。日本の防災行政は、確かに万全ではなく犠牲もゼロにはなりませんが、でもどうしてなかなか。 生き残るために・・・、いえ、私がではなく、私を含めた一人でも多くの人が生き残れるように。★5個です。 あと、本作と併せて例えば宮崎駿「風立ちぬ」を見直してみるのもお勧め。

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    投稿日: 2014.11.20
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     東日本大震災の後、吉村昭著「三陸海岸大津波」を読んで、吉村氏に限らず寺田寅彦氏らが、地震と津波の再来を警告していたことに改めて気づいた。何十年かおきに発生している災害の警告を、私たちは忘れ無視したのである。そのような反省をしながら、詳しく知らない大正12年の関東大震災について知識を得ようと本書を読むことにした。  これは地震そのものの考察・レポートではなく、地震のために引き起こされた、その後の火災や人心の乱れについて詳しく書かれている。地震後発生した火災により、多くの人々が逃げ場を失い焼死した。また、流言飛語が飛び交い、全く罪のない人々が、噂に惑わされた一般市民の手によって殺害されるということが起こった。  そんな中でも救われる思いがするのは、ある外国人脚本家が当時の様子を見た記録である。 「日本人の群衆は驚くべき沈着さをもっていた。庭に集まった者の大半は女と子供であったが、だれ一人騒ぐ者もなく、高い声さえあげず、涙も流さず、ヒステリーの発作も起こさなかった。」  このように驚かれるほど当時の日本人は冷静に対応した。東日本大震災の時にも同様の賞賛を受けたことは記憶に新しい。  吉村氏は両親から関東大震災の話を時々聞かされていたそうである。それにより、災害時の人間の心理というものは異常になることを子どもの頃から思っていたという。もちろん物理的に地震や津波は怖いが、それにもまして災害時の人心の混乱に戦慄したという。幸いにして東日本大震災の時には、そんなことは起こらなかったが、心しておきたい。

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    投稿日: 2014.10.13
  • 準備が必要

    東日本大震災とは違う種類の被害が発生する関東大震災 それぞれの地震毎の正しい知識が必要だなと改めて思います

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    投稿日: 2014.08.24
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    『史実を歩く』、『私の好きな悪い癖』を読んで、まずこの記録小説を読んでみようと買ってきた。これが書かれたのは昭和47年~48年(1972年~73年)で、ほぼ40年前のことである。 「あとがき」に吉村はこう記す。 ▼私の両親は、東京で関東大震災に遭い、幼児から両親の体験談になじんだ。殊に私は、両親の口からもれる人心の混乱に戦慄した。そうした災害時の人間に対する恐怖感が、私に筆をとらせた最大の動機である。(後略) (p.346) 9月1日の発災から5日間は報道機関が壊滅に近く(1社がようやく5日の夕刊発行に漕ぎつけている)、情報を得る手段がほとんど失われたなかで、流言の伝わるすさまじい速さの記述に怖気がした。 ▼その速度はきわめて早く、九月二日午前中には横浜市内をおおった流言が、その日のうちに東京市内から千葉、群馬、栃木、茨城の関東一円の各県に及び、翌三日には早くも福島県にまで達している。交通機関をはじめ電信、電話が壊滅していることから考えると、それは口から口に伝わったものだがその速度は驚異的な早さであった。(p.172) 関東大震災というと、本所被服廠跡の火災とそこで亡くなった人数の凄さ、そして大杉栄と伊藤野枝が麹町の憲兵分隊で殺されたこともあって、私のなかでは「東京」という印象が非常に強かったのだが、震源は相模湾で、地震の被害が大きかったのはむしろ横浜なのだった。 ▼東京の全壊戸数2231戸に比して1万8149戸という倒壊家屋を出した横浜市では、大激震に襲われると同時に火災も派生して、全市の総面積の約80パーセントが焼失した。被害は東京を上廻っていたため、死者は多く、辛うじて生きることができた避難者の苦しみも大きかった。  港湾都市である横浜市には、官庁以外に外国人関係の建物も多かったが、官庁関係建物43のうち33が焼失、残りの10の建物も半壊状態であった。また外国領事館26はすべて全焼、326の銀行諸会社もわずかに17残っただけで、約3000の工場も90パーセントにあたる2700が焼失した。  丘陵にかこまれた地形をもつ市内では、大崖崩れが50カ所も起って人家を埋没させ、橋は墜落又は焼失し、海に面した岸壁はその40パーセントが崩壊した。  人々は火にまかれて焼死し、川に入って溺死した。(pp134-135) そして、本の半ば以降は、「第二の悲劇─人心の錯乱」の記述である。 東京、横浜の住民たちは、「一種の錯乱状態にあった」(p.140)。 ▼大激震に襲われた後、家屋の倒壊にともなう多数の圧死者を目撃し、さらに各所で起った火災によっておびただしい焼死者や溺死者を見、大旋風に巻き上げられる人々の姿も見た。しかも大地は絶え間なく揺れつづけ、火災は逞しい流れになって波浪のように押し寄せてくる。そうした現象は、人間の精神状態を平静にさせておくことはできなかったのだ。(pp.140-141) 平静でいられぬ状況に加え、震災によって電信電話は壊滅、複数の新聞社も崩壊し、確実な情報を得る道が完全に断たれていた。「警察、官庁も情報の入手方法を断たれて、指令を受けることも報告することも出来ず右往左往するばかりであった。」(p.142) ▼いずれにしても、9月1日から5日の夕方まで一切の新聞は発行されず、東京市民は報道による情報の入手ができなかったのである。  災害の中心となった東京府と横浜市の人口は約450万名であったが、知る手がかりを失ったかれらの間に不気味な混乱が起りはじめた。かれらは、正確なことを知りたがったが、知ることのできるものと言えば、それは他人の口にする話のみにかぎられた。  根本的に、そうした情報は不確かな性格をもつものであるが、死への恐怖と激しい飢餓におびえた人々にとってはなんの抵抗もなく素直に受け入れられがちであった。そして、人の口から口に伝わる間に、憶測が確実なものであるかのように変形して、しかも突風にあおられた野火のような素早い速さでひろがっていった。(p.144) ・地震の直後に人々の間に広がったのは「大津波が来た」または「大津波がくる」という流言だった。 →津波の被害は、大島、伊豆半島、房総半島、三浦半島、鎌倉の地域に限定されていた。東京には津波来襲の事実はなかったが、それは確実な情報として人々の間に伝わった。 →流言の内容が、地方新聞には確報として報道されている(大地震そのものの概要にもかなりの混乱がみられ、静岡県の東海道が最大の震災地と報じられたり、中部地方の濃尾平野が震源と推測するものもあった)。 →東京、横浜が最大の災害地であると報道がはじまった後も、「富士山爆発」「秩父連山の噴火」という流言を事実のように報道する傾向があった ・津波襲来に次いで、市民を襲ったのは「強震が再来する」という流言だった。 →これが誰の口からもれた流言かは分からなかったが、「流言を追及した結果、一人の男が治安維持令違反者として処罰されている」(p.151、東京区裁判所で大正12年11月13日に判決)。 ・地震再来説が交叉している頃から、流言の中には社会性を帯びるものが混入しはじめた。 →「政友会首脳者の死亡説」「山本権兵衛暗殺説」 →囚人に関する流言「市ヶ谷刑務所から解放された囚人は、焼け残った山の手及び郡部に潜入し、夜に入るのを待って放火する計画を立てている」「巣鴨刑務所は倒壊し、囚人が集団脱走し、婦女強姦と掠奪を繰り返している」等 ▼囚人に関する流言は、数日間にわたって各方面に流れていたが、大震災の起った9月1日午後から湧きはじめた一流言は、時間の経過とともに恐るべき規模となって膨張していた。それは、他の多くの流言を押し流すほどの強烈さで、東京、横浜をまたたく間におおいつくすと同時に、日本全国に伝わっていった。  大地震が起ってからわずか三時間ほど経過した頃、すでにその奇怪な流言は他のさまざまな流言にまじって人々の口から口に伝わっていった。それは、  「社会主義者が朝鮮人と協力し放火している」  という内容であった。  その流言は、日本の社会が内蔵していた重要な課題を反映したものであった。(p.160) →しかし、東京市内で湧いたこの流言は大規模なものに発展することはなかった。余震と火災の中で、大地震再来説、大津波襲来説などの自然現象に関する流言のほうがはるかに勢いが強く、社会主義者と朝鮮人による放火説はその中にほとんど埋れてしまっていた。 ▼大地震の起った日の夜七時頃、横浜市本牧町附近で、  「朝鮮人放火す」  という声がいずこからともなく起った。それは、東京市内でささやかれていた社会主義者と朝鮮人放火説とは異なって、純然と朝鮮人のみを加害者とした流言だった。  (中略)日本人の朝鮮人に対する後ろ暗さが、そのような流言としてあらわれたことはまちがいなかった。(p.164) →その流言は横浜市の一地域にひろがっただけで、自然現象に関する流言とは比較にならぬほど微弱なものだった。その夜流布された範囲も同地域に限られていた。 ▼…が、翌二日の夜明け頃から急激に無気味なものに変形していった。  流言は「朝鮮人放火す」という単純なものであったのに、夜の間に「朝鮮人強盗す」「朝鮮人強姦す」という内容のものとなり、さらには殺人をおかし、井戸その他の飲水に劇薬を投じているという流言にまで発展した。(p.165) →その日の正午頃までには横浜市内にたちまち拡がり、鶴見、川崎方面にまで達してしまった。 →日没近くになると、横浜市西戸部町藤棚附近から、「保土ケ谷の朝鮮人土木関係労働者三百名が襲ってくる」という風説に続き「戸塚の朝鮮人土木関係労働者二、三百名が現場のダイナマイトを携帯して来襲してくる」という流言すら起った  ▼このような朝鮮人に関する風説については、後に横浜地方裁判所検事局で徹底した追跡調査がおこなわれた。それによると検事局では、初めその風説を裏づける事実があったのではないかという判断のもとに、流言の発生地を中心に一般人、警官、軍人等から事情を聴取したという。  しかし、調査の結果それらの風説は全く根拠のないもので、朝鮮人による放火、強盗、殺人、投毒の事実は皆無で、保土ケ谷、戸塚の土木関係労働者の集団行動もなかった。(p.166) 事実ではないこれらの風説、流言は、ものすごい勢いで広まった。ひとつには、被害の甚だしかった横浜市の住民が東京方面に群をなして避難したため、かれらの口から。横浜市内から東京市内に流れこんだ流言は、3つのコースをたどった。 1) 川崎町を経由して六郷川を渡り蒲田町、大森町から東京市品川方面へ 2) 鶴見町、御幸村、中原町を東上して丸子渡船場を越え、調布村、大崎町を経て東京市内へ 3) 横浜市近郊の神奈川町から西進して長津田村に達し、東北方向に進んで二子渡船場を渡り玉川村から世田ヶ谷町と三軒茶屋、渋谷方面に二分して東京市内へ ▼東京府下から東京市に侵入した流言は、横浜市内で発生した頃のものとくらべると、はるかに複雑な様相を呈していた。流言は流言と合流し、さらに恐怖におののく庶民の憶測によって変形し巨大な歯車のように各町々を廻転していった。(p.174) このあとに吉村は、 「9月2日午前10時頃流布せる流言」 「同日午後2時5分頃流布せる流言」 「同日午後3時40分頃に流布せる流言」 「同日午後4時頃流布せる流言」 「同日午後4時30分頃に流布せる流言」 「同日午後5時頃流布せし流言」 「同日午後5時30分頃流布せる流言」 「同日午後6時頃流布せる流言」 と時間を追って、いかに多くの流言が入り乱れて広がったかを示している。 ▼これらのおびただしい流言は、当時警察でも調査し、後に裁判所検事局でも徹底的に追及した。  その結果、これらの流言のすべてが事実無根で、一つとして朝鮮人の来襲等を裏づけるものはなかった。  流言は、通常些細な事実が不当にふくれ上って口から口に伝わるものだが、関東大震災での朝鮮人来襲説は全くなんの事実もなかったという特異な性格をもつ。このことは、当時の官憲の調査によっても確認されているが、大災害によって人々の大半が精神異常をきたしていた結果としか考えられない。そして、その異常心理から、各町村で朝鮮人来襲にそなえる自警団という組織が自然発生的に生れたのだ。(p.178) 吉村はさらに調べをすすめ、横浜から湧いた根拠のない流言が一般民衆の間で巨大な流言と化したこと、それが軍と官憲によって事実と断定され、しかも全国に伝えられていったこと、さらにこの大流言が新聞によっても事実として報道されたこと、これらがために朝鮮人に対する虐殺事件が続発したことを記している。 こうした流言が、当時の唯一の報道機関である新聞によって広い範囲に流布され、新聞記事を読んだ人びとがまたそれを事実だと信じこむという事態をうんだ。新聞報道が人心の動揺をうながすことを恐れ、内務省は流言の調査に全力を傾け、ようやく九月三日にそれが事実無根の風説と気づいて警告書を新聞各社に発した。これとともに、東京府と神奈川県全域に拡大された戒厳令下で、「時勢に妨害ありと認むる新聞、雑誌、広告を停止すること」(p.231)という報道に対する発禁命令も出された。 それでもなお、新聞には類似の記事が出て、発禁処分を受ける新聞社も出た。9月7日に「治安維持罰則勅令」公布、9月16日には新聞雑誌等の原稿を漏れなく検閲する命令が内務省から発せらた。 →これらの厳しい処置により、朝鮮人についての流言を事実であるかのように報道する新聞記事は消えたという →流言におびえて殺傷を繰り返していた自警団らの狂暴な行為も鎮まり、世情は平穏をとりもどした 新聞は、こうした流言掲載によって人心の混乱をまねいた結果、記事原稿の検閲を受けねばならなくなった。これは「報道の自由」に関わることである。それが「治安維持を見出す恐れのあるものは発禁」としてしまえる武器を政府に与えたようなことになってしまった。吉村の書くように、まさに「政府の好ましくないと思われる事実を、記事検閲によって隠蔽することも可能になったのだ。」(p.233) 新聞という報道機関がやられてしまったのは横浜事件が大きかったのだと私は思っていたが、それ以前の、この関東大震災のときに、記事検閲の先鞭が着けられていたのだと知る。 実際に、内務省は、亀戸警察署内で起った大量殺害事件が知られることを恐れ、厳重な箝口令を敷いていた。とはいえ、人の口に戸は建てられず、事実を隠すことができなくなった内務省と警視庁、ついで陸軍省も、事件について発表した。だが、それは一方的なもので、事実とは遠かった。 この本のかなりの部分を占める「人心の錯乱」についての記述を読んだ衝撃は大きかった。あらましは知っているようなつもりでいたが、私が知ったつもりでいたのは震災のごく一断面だけなのだと改めて認識した。 末尾の「復興へ」に記されている死体処理の問題、排泄物処理の問題、がれき処理の問題、そこから起こる衛生問題、またバラック街という今でいえば仮設住居の問題、犯罪多発の問題は、現代に通じるもので、人間の営みが大きくは変わらない以上、震災後の対処としては100年近く経とうと、そう変わらないものなのだと思えた。 ほかに強く印象に残ったのは、「最大の発火原因になったのは、薬品だった」(p.72)という指摘だ。震災時の火事は、昼どきであったことがその一因のように言われていて、私もなんとなくそうだろうと思っていたが、火災はむしろ学校や試験所、研究所、工場、薬局などにあった薬品類が棚から落ちて発火して起こったのだ。とくに学校では多かったという。 あとで読んだ『吉村昭が伝えたかったこと』に収録されている文章によれば(武村雅之「警告の書『関東大震災』」)、その後の研究によって、吉村があげた被害の数字は改められている部分もあるそうだが、それはあるにしても、被害の実相、人心の動揺、復興への道のりと、大災害の経験がこまかく書かれていて、やはりこの大震災は一つの画期だったのだと思った。 (6/6了) *読んでいた途中で、『広辞苑』第六版を引いてみた ・風評 世間の評判。うわさ。とりざた。風説。「とかくの―がある」 ・風説 世間のうわさ。とりざた。風評。日葡辞書「フウセッ、また、フウゼッ」。「―に惑わされる」 ・流言 根拠のない風説。うわさ。浮言。流説るせつ。「―にまどわされるな」 ・流言蜚語 根拠のないのに言いふらされる、無責任なうわさ。デマ。 ・蜚語・飛語 根拠のないうわさ。無責任な評判。飛言。「流言―」

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    投稿日: 2014.06.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    震災の悲惨さを余すことなく描いた力作。本所被服廠跡っていう大きな広場に避難した3万人以上が亡くなったのは知らなかった。荷物を積んだ大八車に火が燃え移ったんですね。朝鮮人虐殺についてもきちっと書かれており、この「流言飛語」を取り締まるために官憲によるメディア操作が行われ、震災の2年後に「治安維持法」ができたってのが、「特定秘密保護法」とダブってぞっとします。ここから昭和の初期の陸軍と内務省の増長が始まり、戦争に行き着いた訳だし。日本が今後そうならないという確証が持てません。聞き書きが多いので、臨場感もあって、ちょっと読むのに覚悟がいりますが、お薦めです。

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    投稿日: 2014.05.03
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     関東大震災による死者は家屋倒壊による圧死より、火災による焼死、窒息死が圧倒的に多い。  とくに大惨事の場となったのが両国駅近くにあった陸軍被服廠跡だ。火災から逃れた避難民が吸い寄せられるようにこの空き地に集まった。その数4万人以上。四方の市街地は方々で火災が発生していたが、この空地は火除け地として十分な敷地を持ち、火が燃え移るようなものがなかったため、避難してきた人々は、やっと安堵のため息をつくことができた。緊張から解放され、休息をとるもの、食事をとるもの、暇を持て余し将棋を指すものまでいた。  しかし、火災の熱により生まれる上昇気流が、燃焼に要する酸素を延焼をまぬがれていたこの空き地からぐんぐんと吸いとり、火炎を伴う巨大な竜巻を発生させた。火災旋風だ。  密集していて逃げ場のない人々は成す術なく旋風の火柱に吸いあげられ、焼かれながら遠くに飛ばされ、上空からたたき落とされた。大八車に山積みされた家財道具に火は燃え移り、一面火の海となった。この火災旋風によって避難していた人のほとんどが亡くなった。その数は3万8000人。ほぼ全滅と言っていい。奇跡的に助かった人というのは死体がクッション代わりになって落下の衝撃を吸収してくれたから、とか、死体の下に潜り込んだため火と熱から逃れられたとか、そんな話ばかりだ。  酸鼻を極めた描写が続くのでもう書かないが、火炎地獄というものがあるなら、まさにこのことを言うのだろう。  余震や火災がおさまったあとの人心の混乱も恐ろしいものがある。  朝鮮人への虐待、虐殺は有名だ。井戸に毒を放り込んだとか、武装して大挙して押し寄せてくるなどのデマが飛び交ったために、やられるまえにやってしまえ、ということで始まった。その根底には半ば強引に日本統治にしてしまった朝鮮に対して、日本人の心中に引け目と、いつかやり返されるという恐怖心があったことが関係している。  ひどいのは、これらのデマを新聞が取り上げ、あたかも事実のよう報道していることだ。人々が得る情報のほとんどが新聞報道だった時代に、真偽を確かめずに憶測記事を出す。それを人々が「新聞だから間違いない」と判断し、朝鮮人の暴動が実際に起きていると信じ込んだ。新聞報道が拍車をかけたと言っていい。全くひどい。  避難民の衣食住の問題も深刻だった。物資が足りず、略奪が横行した。人身売買も行われた。 屎尿糞便の処理は追いつかず、人々は野で用をたすため疫病の発生が懸念された。遺体の腐敗は進み、身元の確認ができぬまま多くの人々が野焼きで荼毘に付された。  この本を読んで、数日間分の水と食料と簡易トイレは個人で用意したほうがいいと思ったが、停電で通信端末がことごとくつながらなくなった場合は、情報をどこから得ればいいのかわからなくなった。やっぱり新聞なのだろうか。警察や自衛隊によるアナウンスなのだろうか。地域の特定避難場所に行けばいいのか? もっと勉強しておかなければいけないと思った。  火災旋風だけは個人の力ではどうにもならない。街づくりの段階から行政と住民が危険を想定して防ぐ手立てを考えなければいけない。

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    投稿日: 2013.11.21
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     東日本大震災の後、著者の「三陸海岸大津波」(文春文庫)を読んだ。まるで今起こっている大震災、大津波が記録されているような、そう感じられるくらい、その状況は同じであった。であれば、近い将来必ず起こる関東の大震災についても、すでにこの「関東大震災」に記録されているのでは・・・と思うのは、たぶん間違いではないと思う。  阪神大震災でも地震に続く大火災の発生は抑えることが出来なかった。関東大震災の時の朝鮮人大虐殺や社会主義者の虐殺のように犯罪は、阪神や東日本大震災ではおこらなった。でも、被災地での略奪行為なんかはなくならなかった。SNSが過剰に発達した今、当時の口コミによるデマの広がりと同じことが起こらないと限らないし、パニックもきっと起こるだろう。「関東大震災」が予言の書とならないように、ぜひ一読を。

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    投稿日: 2013.11.17
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    夥しい死者の群れ。地震は原因ではなく、単なるきっかけであった。 逃げまどう人々の荷物に引火、デマによる過剰防衛、狙いのある虐殺。。。パニックの要因とその結果を教訓にしないと。阪神や3.11ではあまり報道されなかったが、小規模の似たようなことはあったかもしれない。 (3.11は火事場泥棒の話は報道されていたが)

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    投稿日: 2013.10.21
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    [修羅のごとき烈震]大正12年9月1日、関東にて大地震が発生。そのとてつもない揺れとそれに伴い発生した火災等によりおびただしい数の死者を出したその激震は、同時に被災者たちの心も荒廃させ、多大なる社会不安をもたらしていった......。二十万人の命を一瞬にして奪い去っていった関東大震災の実情を克明に記したノンフィクションの金字塔的作品です。著者は、『戦艦武蔵』や『破獄』といった作品で、今なお多くの読者を惹き付ける吉村昭。 淡々と並べられる事実がその被害のあまりの大きさを雄弁に語っており、それらを眼にするだけで心胆が寒くなる思いがしました。さらに、本所被服廠跡における地獄としかいいようのない被害に関する記述は、読みながら嘔吐感と寂寥感をもよおす程。震災のあらゆる側面を丁寧に、かつ簡潔に記した一冊として、非常に評価が高い理由がよくわかります。防災、震災下における人間の心理、地震学など、どのような側面から読まれるかは読者次第かとは思いますが、確実に読んで得るものが大きい作品かと。 吉村氏自身があとがきで述べているように、地震により荒廃させられてしまった人心について、非常に克明に記されています。よく非常事態時はその人自身の持つ本性が明らかになるというようなことが言われますが、それは社会についても言えることなんだなと感じました。情報途絶下における治安の維持や緊急事態に対する対応は個人的にも興味があることなので、また改めて本初を手にしたいと思います。 〜災害時の人間に対する恐怖感が、私に筆をとらせた最大の動機である。〜 震災の影響の広範さがよくわかる☆5つ

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    投稿日: 2013.10.18
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    関東大震災の一部始終について書かれた小説。 地震学者であった大森と今村の地震予知についての対立から始まり、対立の終焉と、地震予知というものの儚さを感じさせて終わる結末は美しい。 地震そのものの発生から書くのではなく、地震発生以前の社会情勢から書くことにより、震災後に起こる朝鮮人に関する流言や社会主義者への弾圧を暗にほのめかしている点が、この小説の完成度の高さを感じさせる。

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    投稿日: 2013.09.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    話は震災の8年前、大正4年11月の千葉での群発地震に始まる。安政大地震から60年後には東京に大震災が再び来るのか、地震学者の間で論争が。そして、運命の日、悲惨な状況が詳しく再現される。あまりにも異常な社会状況に何が起こっても不思議でない状態が理解出来る。そして朝鮮人虐殺に至った風評の伝播力、自衛団による朝鮮人への暴行。社会主義者・大杉栄殺人事件の詳細。80年前の出来事が阪神大震災と重なるとともに、違いとしては正確な情報が被災地に伝えられることの有無を感じました。そういう意味で、二度とあのような騒擾事件は起こることはないのかな?と思いましたが。また最後は、震災を予知し、著名になった学者が大阪震災を予言し、社会の不安を助長する軽率な発言が社会の批判を浴びるという結末で終わります。

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    投稿日: 2013.08.25
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    大正12年9月1日起こった関東大震災の、特に発生した際の悲劇がそのままの姿で描写されている。 よく知られている流言飛語の問題(朝鮮人殺害)等を実際に起こった事象を詳細に亘り記しており、心に迫るくるものがある。 本著でも触れられているように地震はサイクル的に発生することが明らかであり、過去の被災から学ぶことは多くある。 その意味で、本著を過去の一事象として捉えるのではなく、自らのこととして読み進めることが重要だと思った。 以下引用 ・道路、橋梁が家財で充満したために、人々は逃げ場を失い、消防隊もその活動をさまたげられた。関東大震災の東京市における悲劇は、避難者の持ち出した家財によるものであったと断言していい。 火災時に搬出される荷物については、すでに江戸時代からその危険が鋭く指摘されていた。 ・江戸時代に防火のため火除原と称された広場や広い道路(広小路)が作られていたのに、それが無駄な場所と考えられ、いつの間にか民家で埋められてしまっていることを指摘している。つまり防火思想が江戸時代より後退していることを嘆いているのである。

    1
    投稿日: 2013.08.25
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    19230901115832 関東大震災 19950117054652 神戸淡路大震災 20110311144618 東日本大震災 あれから90年。もういつ起きてもおかしくない。首都機能、維持できるか?

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    投稿日: 2013.03.24
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    人間とはなんと脆いものか。 文化・法律・国民性・・・霊長類最強といわれる人類が長年かけて築き上げてきたものを一瞬で吹き飛ばしてしまう。 地震で行き場を無くし、追い打ちをかけるように炎が襲いかかり阿鼻叫喚の渦。 そこから生き残った後も極限まで神経が張り詰めた状態が続き、人が本当に追い込まれた時、どうなるか。 それが社会主義者&朝鮮人迫害という日本史上最大の汚点ともいえる悲劇になったのは複雑な想いだが、彼らを責める資格は当然私にはない。 大切なのは風化させることなく、教訓として一人一人の心に刻むこと。 そうでなければ被災と迫害で亡くなられた英霊もうかばれないだろう。

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    投稿日: 2012.12.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2012.11.12~18 読了 さすがに記録文学の"吉村 昭"作品、大震災の全貌を描いて余す所が無い。皆が大八車などで家財道具を持ち出して逃げたため火災被害が大きくなったことなど、江戸時代の大火被害の反省が全く活かされてない。これは東日本大震災でも見られた過去事例を忘れて活かさないことの同工異曲だ。歴史の忘却はもはや日本人の民族性と言わざるを得ない。朝鮮人虐殺事件や大杉栄・伊藤野枝殺害事件は日本の暗部を想起させる恥ずべき事件であり、果たしてこれに対する歴史の反省が成されているのか、はなはだ心もとない。

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    投稿日: 2012.11.12
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    古くからの名著ですが,改めて目を通しました。震災を巡る人間模様,流言飛語がもたらす災厄,これに乗じた圧政などなど・・・。これが日本で現に起きたことなのだと思うと慄然とします。

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    投稿日: 2012.10.30
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    181 表面的な事しか知らなかったのだ、と気付かされる。朝鮮人の虐殺については、このご時世という事もあり、考えさせられる。 同著者、読了2作目。

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    投稿日: 2012.10.27
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    映画「2012」を見て、この「関東大震災」を読んだら、たとえ一時的にせよ絶対防災意識がかなり高まると思います。 books177

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    投稿日: 2012.08.14
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    大正12年9月1日正午に起こった大地震での死者は約20万人。その多くは地震による直接被害よりもその後の火災や逃走中の事故によるもの。 中でも悲惨なのが、2万坪の空き地である被服廠跡地での災害。広大な空き地は絶好の避難地として、多くの人々が大量の荷物を抱えて逃げ込んでくるが、そこに巨大な竜巻が発生し、人間や荷物を吹き飛ばす。さらに火災が引火。足の踏み場もないほどに集まっていた群衆は逃げることも容易ならず、死者は38千名。 著者はその現場で数少ない生存者たちへ取材し、その地獄絵を明らかにする。折り重なった死体を踏み越えて逃げる群衆。踏みつけられた死体から内臓がはみ出す。転倒したために生きたまま踏みつぶされた死体も。人間が意外と燃えやすいことを知ったという生存者の言葉が印象的だ。 さらに情報網が遮断され、人々の不安定な精神から様々な流言が放たれたのもこの地震の特徴。朝鮮人が暴動を起こす。次なる大地震が発生する。などのデマを民衆だけじゃなく、取材力を失った新聞社までもが鵜呑みにしてしまう。混乱した人間の集団心理がいかに不確実なものなのかがよくわかる。

    3
    投稿日: 2012.07.14
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    1923年9月1日に発生した関東大震災に関して記した記録文学。 先の『三陸地震大津波』が、主に、津波被害の遭難者から聞き取った事柄を、比較的淡々と記した形態を採っているのに対し、こちらの『関東大震災』は、地震の記録の他、関東大震災をめぐる地震学者の確執なども記してあり、より“文学”と言う形に近い。また、地震の記録そのものも、遭難者からの直接の聞き取りというよりは、公式記録+αに拠っているような気がします。 内容的には、先の『三陸地震大津波』が津波被害についての啓蒙書であり、こちらの『関東大震災』が地震火災についての啓蒙書と言えるような気がします。著者の吉村昭がまだ存命であったならば、この度の東日本大震災の事は、どの様に記録を残していくのか、非常に気になります。

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    投稿日: 2012.06.03
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    阪神大震災、今回の東北大震災と大災害続きの日本。 大正12年の関東大震災は?と関心を持ったので、この作品を読んでみた。 吉村氏の資料集めの綿密で膨大なことは万人の知るところであるが、被害の数字ばかりでなく、被災者の心理、精神の描写も詳細である。 メディアも通信網も発達していない大正時代と現代を比較するには無理があるが、流言飛語が飛び交った当時の混乱がよく描かれている。 冷静に対処した人、運のよかった人、今に通じるものも感じた。 面白いと言うには不謹慎だが、大いに学ぶものがあった。

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    投稿日: 2012.05.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    〝震災の大災害は、歴史的に考えれば前例が繰り返されたにすぎず、それは人間の愚かしさから発している〟 〝過去の人間が経験したことを軽視したことが災害を大きくした原因〟 ↑これ、大正時代に言われた考察です。100年経ってもそのまんま使えますね・・・。 人間の業と欲深さが災害を大きくするんだな、というのをヒシヒシ感じました。避難するときは身軽に!流言に惑わされぬよう!しっかり刻んでおこう。

    0
    投稿日: 2012.04.30
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    前半の実際の地震の被害のドキュメントは一読に値する。◆トタン屋根で首がちょん切れるエピソードなど生々しい。◆恥ずかしながら、被服工廠跡のエピソードも甘粕大尉による大杉栄一家惨殺も知らなかった。◆今読むと、当時でも大杉栄の甥っ子を口封じのために殺すことは、世間でも厳しい目で見ていたのか。また、震災によって、新聞が段々と御用メディアに成り下がっていく契機になったようにも思える。

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    投稿日: 2012.03.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    東日本大震災からちょうど1年たった日に読み始めた一冊。 地震の揺れによる建築物倒壊や、津波による自然からの被害よりも、 人々が携行する荷物や、町の構造によって広まった火災等、 人災的なものによる被害が大きかった事が印象的でした。 「朝鮮人や社会主義者が蜂起する」という流言によって 引き起こされた数々の殺害事件など読んで、 昨年の震災時にも「放射能の雨が降る」といったような 風説が流布されていた事を思い出し、 不安に駆られた集団の行動は情報化社会に於いても 変わらないんだと思いました。 関東大震災という単語は知っていましたが、 近代以降の日本で10万人以上の被害者を出した災害が あったという事はこの本を読むまで知りませんでした。 また、関東大震災での被害データが米軍によって 東京大空襲へ利用されていたとは、、、

    0
    投稿日: 2012.03.24
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    読みたいんだけど、本を開くのが辛い・・・むしろ”コワい”本でした。気分が乗らなかったりして読了に1週間はかかったかな。でも、大地震については今世紀に生きるボクらは目を背けてはいられない事実であると思います。「歴史に学ぶ」と言いますが、「歴史は繰りかえ」してしまうんだなと言うのが正直な感想。それと同時に、一番コワいのは【災害の起こったことによる被害】。二番目に、いや一番と並んで恐ろしいのが【ありもしないウワサの流布】なんだと。まさに”今”は、吉村氏が遺した我々へのメッセージを読むべき時なのではないでしょうか

    0
    投稿日: 2012.02.13
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    関東大震災においての地震発生前から地震発生、被害状況、その後の社会情勢、復興に至るまで克明に記されている。首都圏の地震発生が現実味を帯びている今こそ教訓の書である。

    0
    投稿日: 2012.02.01
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    緻密な取材に基づいた記録文学。 三陸海岸大津波に感動し、引き続き読みました。津波と同様に地震そのものの被害より、火災が悲惨な状況をもたらしたという事実に、背筋が寒くなる思いだった。 過去の震災から学ぶことが重要なことはわかっていても、同じ過ちを繰り返すのが人であり、津波の惨事を避けられなかったように、70%と言われる首都直下型地震でも、大火災を発生させることになるのだろうか。 科学者の警告も、時間という魔物にかどわかされて、誰も本気にしなかったという構図は、関東大震災でも東日本大震災でも同じであった。 これが人間の性なのか、それとも、私たちは克服できるの。今、まさに、試されようとしているのではないだろうか。 生きるために、今、読みたい本である。

    0
    投稿日: 2012.01.29
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    ■ 非常な良書。現代の我々に大きな教訓を与えてくれる。 ■ 震災・火災の恐ろしさもさることながら、有事における人心の脆弱さ不安定さを見事に描写している。 ・結論として、地震よりもそれに伴う火災の方が恐ろしいことを強調。 ・大火災は東京市の43.5%という広大な地域を焼き払った。 ・大八車を始めとする被災者の荷に引火し、それが猛烈に広がることで、多数の犠牲者をだした。 ・建物内にある薬品も出火の大きな原因のひとつ。 ・防火思想が江戸時代よりも大幅に後退していたという事実。 ・吉野作造調査によると虐殺された朝鮮人の数は二千六百十三名であるという。実際はそれ以上との話もある。 ・大震災発生後の新聞報道による重大過失のため、多くの庶民を恐怖に陥れ、多数の虐殺事件を誘発した。結果、記事報道の検閲を受けることとなった。それは同時に報道の自由を奪われることにもつながった。それは軍・警察における虐殺事件の隠蔽である。

    1
    投稿日: 2012.01.29
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    関東大震災のノンフィクション。東日本大震災と重なる。これを読むと国の対応などが克明に描かれており、人間は同じことを繰り返しているということが分かる。立ち上がるためのヒントというよりも、同じ過ちを繰り返さないためにどうするか、考えさせられた。

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    投稿日: 2012.01.19
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    かつて首都圏を襲った大震災。こう云う時だからこそ歴史に学んでみたいと思った。人々の不安心理がデマを引き起こして拡散していく様は、道具はネットに代わった今でも何ら変わらないと感じた。

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    投稿日: 2012.01.04
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    現代とは違う軍国主義の時代。大変様子が違うのに驚いた。地震より火災による被害の方が大きかったのは知っていたが、突風で人々が飛ばされたり、本所被服廠跡だけで4万人近くの死者が出たのには驚いた。震災後の騒擾は広範囲なエスニック・クレンジングや露骨な赤狩りでしかないし、強奪や様々な無秩序が巻き起こっていて恐ろしい印象を受けた。甘粕正彦は映画「ラスト・エンペラー」でも悪役だったが、震災の際にも事件を起こしていたとは。色々と驚かされます。政治家や役人は今も昔も大災害の時に悪い意味でのみ目立ってしまうのは残念ですね。

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    投稿日: 2011.12.10
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    『関東大震災』(吉村昭)「罹災民は、地震発生直後から平時では見られぬ人間性の本質をむき出しにした市民の姿を数限りなく眼にしてきた。そうした行為を数多く目撃した人々は、人間に対する不信感と恐れを根強く抱くようになっていた。」(P154)

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    投稿日: 2011.12.06
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    「本所被服廠跡・三万八千名の死者」の章で、生き残った二十歳の山岡清真氏の回想は悲惨さ以上に、体験した本人しか分からない真実の凄味が見事なまでに鮮やかに語られている。

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    投稿日: 2011.11.20
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    3.11で多くの被災地の悲しい事実を目にして 最近まで気にしてなかった都市直下型地震 大正時代に起きた関東大震災の記録を思い出した。 ただ 頭の隅っこに追いやられていた遠い記憶は 曖昧で震源地や被害の大きさなど 二次災害が何だったのか その原因は? 記憶にとどめておくべき重要な情報が蘇って来ない。 自宅は海沿いではないが 勤務地が家族と離れた都内であることから 津波だけでなく直下型地震の恐ろしさを学ぶ必要があり 歴史好きの癖に近代史に疎い自分と 守るべき家族を背負った責任の重さから あらためて勉強の必要性に気が付き Amazonで早速この作品を手に入れた。 奇跡的に助かった多くの証言や手記から地震の後の二次災害や三次災害の恐ろしさを知り テレビでは目にする事のなかった 津波で失われた多くの命を奪っていくシーンを想像させられた。 戦争と同じで危険な目に遭った人間が平常時では考えられない事をしたり そんな生命の危険にさせされた状況で 冷静でいられなくなる人間の弱さを知る事ができた。 悲しい事に この時代も江戸時代の歴史的教訓を活かす事が出来ず 多くの犠牲者を出した。 日本という国に生まれたので 地震を避ける事は出来ないが 過去の悲しい歴史から学べる筈の多くのノウハウを 今一度しっかり学び直す機会であるはずってことで 都心に住むものだけでなく関東に居を構える全ての人がこの本を手に取ることを 願ってやまない。 様々な国からやってきた肌の色の違う仲間が増えた グローバル化が著しい現代のこの国で 当時犯したような過ちを犯さないためにも。

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    投稿日: 2011.10.27
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    吉村 昭 「関東大震災」を読む=何が似ていて、何が違っていたのか? 未だ、熱気が冷めないうちに、読むと、どうしても、感情移入が激しくなりがちで、冷静に読めないので、暫くして、ほとぼりが冷めてから、一気に読んでみた。むろん、東日本大震災との比較、検証である。事前に、予兆としても地震が、かなりの頻度で観測されていたこと、又、その後にも、度重なる強い余震があったこと。安政大地震以来の「50年周期説」についての著名地震学者間での論争があったこと。大震災による火災の被害、とりわけ、薬品火災や、石油ランプに起因した火災が、大規模に、起こりうること、水道網が、壊滅することを、既に、想定していたこと。逆に、パニックを恐れた楽観論の意図的な世論の誘導・流布。避難する人達が、家財道具を持ち出し、それに、火が飛び移って、事態を悪化させたこと。陸軍被服敞跡(現、両国横網公園)での3度に亘る大火災による竜巻も、惨事を拡大させたこと。流言蜚語による無実の人間が、(朝鮮人を含めて、日本人ですら)自警団によって、殺戮されたこと、戒厳令下、流言の防止を目的とした言論統制による唯一のマス・メディアである新聞・報道・言論統制が強まり、ひいては、言論の自由が奪われ、甘粕憲兵隊大尉による大杉栄の虐殺にも、至ったこと。(もっとも、裏付けのない記事を、新聞も、公然と、扇動したのも事実であるが、、、、、。)今日とは異なり、複数のマス・メディア、携帯電話、ラジオ、ネットや、ツィッター、動画サイト、携帯電話のワンセグTVも無いような時代に、確かに、電話・電信網や、水道が、壊滅すれば、根拠のない流言蜚語(井戸に、毒を投じたとか、放火、強奪を集団でしているとか)を信じるなという方が、逆に、当時は、難しかったのかも知れないが、、、、、。地方への鉄道輸送の再開と同時に、流言蜚語が、急速に拡散していったことも、事実である。便所の汲み取りの符号を、殺戮や強盗の暗号と誤解したり、既に、官憲は、9月5日頃までには、それらが、全く、事実とは異なった、全く、根拠の無いことを認識していたのも、事実である。買い占めや売り惜しみが、当時実際あったこと。バラック同然の貧弱な仮設住宅(?)、糞尿処理の問題、遺体・身元不明人の火葬処理の問題、瓦礫・灰燼の処理の難しさ、感染症の広がりの問題、治安の悪化の問題、復興予算の問題、等、、、今回の東日本大震災にも、全く共通する事柄が、列挙されている。実際、津波による被害もあったが、今回の大津波による被害とは、較べるべくも無い。緊急地震速報も、当初は、馬鹿にしていたが、成程、実際に、使用されてみると、今後は、やはり、ある種の実際的な役に立つツールにあるであろう。父方の祖母は、私が幼い頃、「関東大震災の時、あなたのお父さんの手を引いて、隅田川へ、逃げたのよ」と言っていたが、父は、大正7年9月20日生まれだから、丁度、満5歳になる直前であったことになる。祖母は、明治25年生まれだから、30歳一寸の頃であった計算になる。もう、その祖母も、父も、亡くなってしまった。もっと、詳しく、色々と、きいておけばよかったと後悔している。一体、現在の我々と、「何が、違い」、「何が、共通していた」のか?そして、「何が、どうして、今回も、変えられなかったのか?」政治・経済・国際状況・報道姿勢、地震科学・通信技術等、各分野毎に、改めて、熟考、検証してみたい。そんなことは、既に、「想定内」では、無かったのか?と、、、、、、。放射能、原発も、延長線上で、冷静に、再考してみたいと思った。「過ちは、再び、繰り返しません」と、言えるように、、、、、。

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    投稿日: 2011.10.16
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    文面からとてつもない惨状が伝わってきた。 また人間は、情報が寸断されることによるパニックにも非常に弱いということが書かれている。代表されるのが朝鮮人の虐殺行為。このような事があった事実は日本人としてしっかりと記憶にとどめ、今後絶対に起こしてはならない。

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    投稿日: 2011.10.12
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    恐ろしいまでに残酷で悲惨。まさに地獄がそこにあったと。朝鮮人の集団殺害とか大杉栄事件は酷い話だけど、10万人が死んだという事実の方が重いなと…。

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    投稿日: 2011.10.03
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    関東大震災のことなんて知ってるよ!と思ってましたが・・・ 火事の旋風で吹き飛ばされたトタン屋根で、手をつないでいた友人の頭部が切断された・・・。被災者の証言に基づいて展開される描写は、これまでの「関東大震災」に関する知識をおおきく超えるものでした。この手の本は、一度でなくたまに読むと、日々の生活を大切にしょうと思えます・・・。

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    投稿日: 2011.09.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この時代から我々は全然進歩していない。全く教訓にしていない。  「関東大震災は同規模の安政大地震より被害がはるかに大きかった」とのことだが、大正時代は江戸時代よりも都市の防災機能は劣っていた。江戸時代には設けられていた「火避け地」という町から町への延焼を食い止める空き地が無くなり、人口密集度は以前より増し、江戸期にはあれだけ恐れられていた大火に対する備えが明治以後急速に衰えていったのはなぜなのだろうか?  当時東京ではいち早く水道が整備されていたが、震災でズタズタになり、一方では井戸などを早々に廃止していったがために地震後の大火を消しとめる手立てがほとんど無かったという。  そして今、人口密集度はさらに高まってはいないか?高層建物安全性は一定の想定の範囲内だけでの安全ではないのか?水道・ガス・電気がズタズタになって火は消せるか?その後生活はできるか?  一向に当時の課題は解決できていない。  そして物語の半分を占める流言飛語の恐ろしさ。根拠もなく「津波が来た」「大きな余震が来る」「朝鮮人が集団で襲ってくる」と言いふらし、それを聴いて確かでもないのに人に伝えていく。新聞も官庁も警察・軍隊も確かめもせずパニックになり多くの朝鮮人は殺されることになった。  残念ながらこの「流言飛語」は通信手段の発達によってより早くより大勢に伝わるようになってしまっている。  課題は解決どころか拡大に向かってしまっているのだろうか?

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    投稿日: 2011.09.10
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    「関東大震災」吉村昭著、文春文庫刊。ぎりぎり前日に読了。毎年”防災の日”に学校で聞いていたのは何?と思う程、起きていた事々を知らなかった。揺れの被害の大きさや、局所低気圧を生む程の猛火の事、殊に情報途絶が流言を生み、全国で数千人の朝鮮人を殺戮するに至った事は...。 東日本大震災で、途絶期間はあったが、やはり携帯情報端末の威力を感じる。情報そして思いやりの搬送。それには電力。でも大規模系統給電ではなく、被害を限定できる小規模分散型かな...。さて今の関東、既に危険な期間に。あの規模の災害に堪えうる?

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    投稿日: 2011.08.31
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    地震、その後の火災ももちろん怖いし悲惨さは言わずもがな、一番怖いのは流言飛語にのり暴徒化した理性を喪失した群集心理。官憲による確信殺人行為、一部犯罪者による窃盗なども全く目立たなくなる程。これこそ"原発事故"以上に恐い"人災"だ。そのような犯罪を正当化させるような風紀の乱れを引き起こした集団心理は想像を越える。

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    投稿日: 2011.07.13
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    関東大震災について、吉村昭氏の真骨頂ともいえる丹念な聞き取りによりまとめられている本。大地震周期説やデマの話などいろいろ思うところがあった。

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    投稿日: 2011.07.11
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    先の震災に触発されて吉村昭 得意の記録文学「関東大震災」を読む。神奈川、東京を襲った烈震の様子から、陸軍省被服廠跡の惨劇、流言飛語に基づく朝鮮人虐殺までを精緻に再現する。 震災による被害がここまで拡大した原因の一つは、江戸時代には生きていたはずの防災ノウハウが失われていたことであった。三陸海岸大津波にしても、関東大震災にしても、吉村昭で先人の知恵と過ちを知っておくことはきっと大切な備えであろう。

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    投稿日: 2011.07.08
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    震災の後に仕事の関係もあって読んでみたけど、堅苦しい内容を想像してただけに、実際の体験談にはすごく衝撃を受けた。あんなに悲惨な震災だったなんて初めて知ったし、また近いうちに起こるかもしれない、なんて考えはじめるとやっぱり防災への意識って大事なんだと痛感しました。

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    投稿日: 2011.06.26
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    関東大震災について、はじめて被害規模を含めて事実、真実を知りました。知らなかったことが、恥ずかしい限りです。こんなに悲惨だったのか、というのが感想です。筆者の調べ上げには脱帽します。

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    投稿日: 2011.05.25
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    東日本大震災後、再び注目を集めている、吉村昭(1927- 2006年)によるノンフィクション小説。 吉村の両親は関東大震災の被災者で、幼い時に人心の混乱ぶりを耳にし、戦慄した。そうした災害時の人間に対する恐怖心が執筆の動機になったという。 東日本大震災は未曽有の災害と言われるが、1923年9月1日に起こった関東大震災はマグニチュード7・9。死者行方不明者は10万人とも言われ、地震単体としての被害では、東日本大震災を大きく上回っている。 関東大震災がどうして、この規模にまで拡大したのかは知っておく必要があるだろう。 二人の地震学者の論争が物語をサンドウィッチする構成にあっている。ここで興味を引くのは地震予知論争があったという事実だ。 地震学者の今井明恒は明治38年秋、地震が百年に1周期として発生するとする論文を発表。その年が安政二年の大地震からちょうど五十年経っていることから、今後五十年間で東京が大地震に見舞われることは必至で、死者数は10〜20万人に達するだろうとの予測していた。 しかし、この論文があまりにも大きな反響を呼び、混乱が起こったため、上司である大森房吉は反対の立場を取った。この論争により、二人の関係は修復不可能なまでに悪化した。 関東大震災はその大森がオーストラリア・シドニー滞在中に起こった。震災を知った大森は大きな責任を感じながら、急きょ、帰国の途に向かう。しかし、大森は病に侵されており、その年11月に死去する。大森は死の直前、復興院総裁の後藤新平にこう伝えてほしいといった。「思い切った復興計画を立てるように」と。 「天災は忘れた頃にやってくる」といったとされる理学者、寺田寅彦はこんなこともいった。 「関東大震災の大災害は、歴史的に考えれば前例が繰り返されたにすぎず、それは人間の愚かしさから発している」。過去の人間が経験したことが災害を大きくした原因であった、と。 いまだ、完全な地震予知は実現していない。地震国・日本で生きる以上、地震は逃れられない運命だ。しかし、過去の教訓から学び取ることによって、減災はできる。示唆にとんだ一冊。

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    投稿日: 2011.04.17