【感想】紛争解決人 伊勢崎賢治・世界の果てでテロリストと闘う

森功 / 幻冬舎文庫
(2件のレビュー)

総合評価:

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  • 現場の国際貢献という意味で言えば憲法9条はまだまだ使える

    建築家志望の伊勢崎賢治が紛争屋になったきっかけはたまたまインド政府の国費留学に申し込んだことからだった。伊勢崎は世界最大のスラム、ダラビでわずか10人のNGOで40万人の住民の組織化を目指した。後に紛争地帯の住民を味方につけ地域を安定化させる手法の元がこの時に培われていた。リーダーになり得る人物をスカウトし教育するのが伊勢崎のソーシャルワーカーとしての仕事だ。宗教対立や民族対立で殺しあってきたスラムを組織化するには、水がないトイレがないと言った具体的な必要性に基づきそれらの共通目標を獲得するために協力させる。このまま紛争を続けると生活できなくなるとの生存に直結した必要性が団結を生むと言うのが紛争地帯の安定化の出発点だ。

    次に伊勢崎は国際NGO職員としてシエラレオネに赴任した。伊勢崎は大統領の指名で事務所のあるマケニの市会議員となり国内屈指の実力政治家として名を馳せる。議員としての立場がないと開発事業も動かないのだ。隣国リベリアの軍事クーデターが波及しシエラレオネ政府は崩壊した。伊勢崎は1992年4月に内戦状態のシエラレオネを後にした。ハードシップも有るが業者との癒着を防ぐと言う国際NGOの方針により任期が来たためだ。

    1999年独立を目指す東チモールのPKOに参加しインドネシア軍との最前線の県知事として国連平和維持軍を率い、対面するインドネシア軍、独立派の東チモール民族解放軍、ゲリラ活動を続ける併合派民兵とのパワーバランスの中で地域の安定化を目指した。3年以内に東チモールは国連の手を離れ自ら治安を維持しなければならないが伊勢崎は軍の創設には反対だった。紛争地帯の軍のだらしなさを実感しており、クーデターの原因にもなるからだ。

    「日本が憲法9条をなくし、国防軍を持つという事態は、有事の際に国民がみな銃を持って戦うということを意味します。日本国内では甘く考えるきらいがあるが、それこそ平和ボケというものでしょう」理念より現場を優先する伊勢崎の言葉だ。

    伊勢崎は武装解除を進めたが国軍は創設され、同程度の兵力の警察との主導権争いも起こる。そしてクーデターが起こった。

    東チモールを離れた伊勢崎は再び戻ったシエラレオネのPKO、そしてアフガニスタンでは日本政府の特別顧問として武装解除を指揮していくがアフガンの老兵から武器を奪ったことで力の空白が生まれタリバンが復活した。アメリカが急ごしらえで作った警察組織は腐敗し、タリバン政権ではなかった史上最悪の麻薬国家が生まれた。政治的な前進は軍事的な後退につながったのだ。武装解除は時期尚早という伊勢崎たち現場の意見は受け入れられなかった。

    結局タリバンと妥協しながらも、穏健派を見つけて対話し、地元の社会には開発という利益誘導で地域を安定化させテロの温床となる不満を取り除いていくしかない。タリバンを支援してきたパキスタンの諜報期間ISIの新長官がシエラレオネPKOで伊勢崎に協力してくれた将軍だったこともあり国境開発はうまくいくように見えたが、就任したてのオバマがアフガン撤兵対策の為にアフガン総選挙を強行したことから雲行きが怪しくなった。そこでアメリカが考えたことが国防軍の倍増だ。軍に武器を持たせアメリカの代わりにタリバンと戦わせる。しかし増強された軍は機能せず、カルザイ政権は求心力を失い、民兵ゲリラやテロリストが跋扈し、国内の腐敗が急速に進んだ。

    「ゲリラは民衆の海を泳ぐ魚である」だから民衆を味方につけゲリラの住みにくい海を作る。それはアメリカもわかっているが当事者に問題が有るからできないし、民衆もアメリカを信用しない。そこで伊勢崎は日本が貢献できるという。「テロの温床となっている地域において日本ほど評判がいい国はありません。それは日本の憲法があるから。日本は第二次大戦後、戦争をしたことがない。永世中立国以外でいえば、先進国で唯一の立ち位置なのです。」

    自衛隊には軍法が無い。憲法を変えない限り今後も持てない異常な状態で海外派遣されている部隊だ。では国際貢献のために憲法を変えるべきなのか。「現実と理想の乖離があり、矛盾もあるのは間違いありませんが現場の国際貢献という意味で言えば憲法9条はまだまだ使える。というか、今ここで踏ん張らないと、最大の国際的課題であるテロとの闘いに光が見えなくなるように思えるのです。この先、憲法は変えなければならなくなる時期が来るでしょう。しかし、いまはその時期ではない。世界のために今なくすのは惜しい。もう少し使い古してから変えた方がいいと思うのです」非武装の停戦監視団の派遣など現状でも日本が必要とされる役割は大きいという。国際貢献に部隊を派遣するには国民の理解と覚悟が不可欠になる。憲法をどう変えていくかはその先にあるのだろう。
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    投稿日:2018.11.27

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  • しんじつ

    しんじつ

    紛争地の悲惨さ残酷さ複雑さ、現場にいる者しか分からない真実に衝撃を受けた。憲法改正に賛成・反対なんて現場を知らずして語るべきではないと感じたし、日本が世界でどのような役割を果たせるのか、きちんと見極めることの重要性を実感した。続きを読む

    投稿日:2016.10.16

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