流星 お市の方(上)

永井路子 / 文春文庫
(17件のレビュー)

総合評価:

平均 3.9
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6
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  • お仕事ゆえの悲哀というのもある

    戦国時代の姫君といえば、政略結婚を強いられ、実家と婚家の間で翻弄される悲しい存在。
    が、永井路子はそれとは異なる戦国の姫君像を提示した。それが「女性外交官」というもの。
    あくまで実家側に属し、あるときは友好の使者として、またあるときはスパイとして働く、
    能動的で主体的な存在。

    作者は姫君たちについてこんなふうに語る。

    今の常識から言えば、彼女たちはたしかに孤独だ。
    が、それに行き過ぎた同情をしめすのは、決して歴史的な理解とはいえない。
    結婚が夫婦の合意に基づき、一つの単位、一つの原点とみなされるようになるのは
    近代社会がはじまってからのことなのだから。

    なるほど、そう言われればそうなのかもしれない。だが・・・

    それにしては、永井路子の描くお市はあまりに切なく、苦しい。
    外交官なのだろう、仕事をしているのだろう、
    でも、全然割り切れていないではないか。
    兄と夫の間で耐えがたい苦しみを味わっているではないか・・・?
    これは「仕事」なのか・・・?

    初めて読んだ頃は、何だか不思議な感じがした。

    が、社会人になってみたら、感じ方が変わった。
    「仕事」というのは決して無機質なものではない。
    仕事を通していろいろな人々に出会う。人間関係が生まれる。
    だが、あくまで自分の職務に応じた接し方をしなければならない。
    そこに葛藤が生まれる。泣きたくても泣けないこともある。

    「仕事」の中で、お市は自分の感情に「誇りをかけた抑制」を繰り返す。
    それがうまくできなくて自己嫌悪を感じたりもする。
    今なら、なんかわかる。それが、「仕事」というものだ。

    そうか、永井路子が描こうとしたのはこういうことだったのか。
    なんというか、巧いな。
    「同情するな」なんて作者に言われると、余計に悲哀を感じるではないか。

    この作品より後、姫君たちを「女性外交官」として見る本も多く出た。
    (特に大河ドラマ”江”の頃)
    だが、少々割り切りすぎているものも多く、違和感を感じた。
    仕事って感情でやっちゃいけないけど、仕事だから感情がないというわけでもない。

    やはり本書の描く「お仕事ゆえのつらさ」というのは、
    女性だけでなく、仕事の中でいろいろな悲哀を感じることのある男女にとって魅力のあるものではないかと思う。

    ある意味、歴史小説というより、現代小説のようにも感じる。
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    投稿日:2014.11.18

  • けっして道具ではなかった

    戦国の世に生まれた女はお家の為、政略結婚という形で他家に嫁いでいくのか
    と思っていましたが、そうではなかった。
    お家の為、あくまでもお家の代表として外交のような働きをしていたんだな。

    織田信長の妹として生まれ、浅井長政と結婚。
    織田と浅井の友好関係が崩れ姉川の戦いで浅井敗北。
    その後、柴田勝家と再婚。この再婚もお市は織田の家を守るため
    憎き秀吉を討つことができるであろう勝家との再婚を決めたようです。
    戦国の女として戦っていたんですね。
    勝家が賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗北し、勝家と共に自害。
    お市は自分の戦いも敗北したと考えたようですね。

    武将側からの作品は多いけど妻側からの作品はなかなかありません。
    この作品は今まで知らなかった部分がわかったような気がします。
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    投稿日:2015.04.10

ブクログレビュー

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  • 相模守

    相模守

    織田信長の妹。当然だがお市の方を中心にはじまる。勝家は暑苦しい信長の家臣程度、秀吉などは殆ど登場しない。当時のお市の方の立場からすれば秀吉の存在などこの程度なのかもしれない。兄信長、義姉濃姫も尾張時代はとても近い関係だったが浅井家に嫁いでからは心の中存在になり信長の意向を考えながら浅井、織田の橋渡し役をする。無理に有名武将などを登場させずお市の方の視点から描かれているので臨場感が出て物語に引き込む文章力は素晴らしい。下巻では勝家、秀吉がどう絡んでくるか楽しみです。続きを読む

    投稿日:2017.10.21

  • mi-key

    mi-key

    織田信長の妹お市の方の生涯を描いた、「乱紋」の前編ともいえる作品。
    お市の目線を通して、“うつけ殿”と囁かれていた信長が天下取りの志半ばにして謀叛に倒れるまでを細やかに、後の武勇伝に流されることなく描いていて、初めて知ることもたくさんありとても勉強になった。
    お市の2度の輿入れについても、戦国の世の女性の生き方に忠実に描かれているばっかりに少々期待を裏切られたが、最後の最後、柴田勝家と城内で果てることを選んだところでは、愛情や信頼ではなくとも、二人の間に確かに共感が生まれたことが読んでいて救いだった。
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    投稿日:2012.09.21

  • spigolina

    spigolina

    夏休みの読書。このごろ実用書ばかり読んでいたけれど、たまには歴史物でも読もうかなと思って手にした一冊。物語の世界に一気に引き込まれ、久しぶりに心から読書を楽しめました。。。

    織田信長の妹としてうまれたお市の方。戦国時代を生きる女性は、戦にこそ参加しないものの、政治的な駆け引きや情報戦において重要な役割を担っていたことを改めて思い知らされます。夫浅井長政と兄信長の争いが激しくなる中で、自分自身の役割を思い、覚悟を決めていくお市の方。
    彼女が「良く見える目」をもっていたが故の苦しさが描きだされています。

    上巻は、いよいよ追い詰められた浅井長政が、援軍を待って時間を稼ぎ、信長を返り討とうとするところまで。登場人物の複雑な心理戦にドキドキ。下巻に続きます。
    続きを読む

    投稿日:2012.08.19

  • Pei

    Pei

    いい!最後は京浜東北線の中で涙がこぼれそうになった。。。
    信長の「鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」というイメージが、ちと違う。
    お市の方も、「お江」の時のイメージと全然違う。
    ま、どんなに違うかは読んでのお楽しみ♪続きを読む

    投稿日:2012.06.18

  • いたたく

    いたたく

    このレビューはネタバレを含みます

    お市の方は,織田信秀の十二男七女の中の一人,信長の異腹の妹である。自由で型破りなことが好きな信秀は,この風変わりな娘を特に愛した。当時,信秀の家格はさして高くない。そのころ尾張に勢力があった織田と言う家の家来である。もともと尾張の守護として入国してきたのは斯波氏で,織田はその被官に過ぎない。が,室町時代の末になると,斯波氏はすっかり衰え,織田がむしろ主人顔をしはじめた。その織田もその頃は分裂し,片や岩倉に城を構え本家を名乗れば,一方は清洲に拠って守護代となり,その城下に守護館を作って斯波氏を手元に引き付けておき,大義名分はこちらにあると宣伝する,といった状態である。信秀はこの清洲織田家の三奉行の一人であり,一方,岩倉織田とも血縁関係があった。その時代はともかく伸び伸びした時代だった。特に,女には今から想像するよりはるかに大きな自由が与えられていた。ルイスフロイスという宣教師は見聞記を本国へ送り続けた。日本の女の思いのほかの自由さに驚いたらしく,『ヨーロッパでは夫が前,妻が後ろになって歩くが,日本では妻が前,夫が後ろを歩く』とか,『夫婦は別々の財産をもっているし,女も性の自由をもっている。婚前の娘の処女性もあまり問題にならないし,離婚をしたからといって,女の値打ちが下がるわけではない』と。この時代にこんな自由があったのかと,奇異の感にも打たれるが,これはむしろ,現代日本人が,徳川時代になってからはめられた儒教道徳の枠の中からみるからであって,それ以前は女はもっと自由だった。長くなったが,そんな時代の大名家の波乱の中で生きる女性の物語である。

    信秀は末森城を本拠とし,信長の母と弟の信行と一緒に住み,それまでの居城である那古野城を信長に譲った。ところが,信秀の死後,信長は末森城に入ることが出来なかった。母や信行の取り巻き連中が,信行を織田家の跡継ぎに奉り上げようとしていたからだ。戦国時代,最も警戒すべき相手は肉親であるというのは織田家においてもご多分に漏れず起こっていた。信長は後に天下人となるから,二十歳ごろの信長もそのイメージに合わせて想像しがちだが,若き日の信長の状況は惨憺たるものだっただろう。その頃の今川家は法度の整ったいわば先進国であるが,信長の家は叔父や弟を相手に食うか食われるかの争いを続けている野蛮人の国というような有様であった。唯一,信長の家を支えているのは彼自身の力ではなく,濃姫という妻が,斉藤道三と織田家をつなぎ,それでもっているようなものだった。信長や織田家のことを思えばこそと,信長を諫止し自殺した平手政秀や,信長を見限り出ていった林通勝などを信長は,どいつもこいつも阿呆ばかりだと叫びたかったであろう。

    覇者という者には二つの顔があると思う。ライバルたり得るものには非常に冷酷に,そして人心収攬のためには部下に寛容にということだ。信長がこの両面をはっきりさせてくるのは,二十歳を過ぎたこの頃だ。既に信長は主人筋にあたる広信を殺し,叔父の信光を殺している。それでいて,いったんは信長の元を去った通勝を許している。あまつさえ信長は叔父の信光を殺した後の那古野城を,その通勝に預けている。信長のこの両面のうちの寛容性の側面はとかく見過ごされがちだ。信長は部下に対しても短気で冷酷だと思いこんでいる人は多いが,それは大変な誤解だ。確かに信長は口は悪いし,部下をぽんぽん叱り付けたりはするが,最終的な処分はなかなかしない。その点ではむしろ呆れるほど辛抱強くゆるし続ける。通勝の場合がそうだし,その後も生涯を通して,多くの例を見出すことが出来る。裏切った浅井長政を攻めたときも,思い返してくれと,有利な状況にある信長から仲直りを申し出たが,握手しなかったのは長政のほうである。実は,この寛容性こそ信長の最大の魅力であり,だからこそ部下はどこまでもついてきたのだ。信長が天下を取れた理由もそこにあろう。肉親への不信と部下への寛容という,およそ両立しにくい資質を,なんの矛盾もなしに信長の中で統一させているのは覇道への情熱だ。若干二十二歳の若者の中にこの思いがあるからこそ,恨みが残るような人間を許すこともでき,そしてまた絶対許すことが出来ない者を徹底的に追いやったのだろう。

    お市が手習いなど,武士の娘のたしなみに前向きになって取り組み始めたのは,そんな信長の思いを理解し始めた頃からだろう。自分も織田の娘としていずれどこかに嫁にやられる。その際,兄信長の意志をうまく嫁ぎ先に伝え,味方に引きつけて置かなければならない。それは,織田家での濃姫の振る舞いとも無縁ではなく,憧れと恐れの両面で眺めていたことだろう。

    そんな信長は,少しでも自分を大きく見せようと上洛を決行するが,今川義元や上杉謙信,武田信玄を刺激した。信長にしろ謙信にしろ,京へ行って帰るまで隠密裏に事を運び,帰国したとたん,大々的にそれを宣伝する。しかし,今川は違った。そんなこそこそと盗人のように都へ行くのではなく,堂々とやってやると。自信満々に本拠を発し,怒涛のごとき進撃の第一波をかぶるのが織田信長だった。織田方の砦が今川勢に攻撃されている時,慎重派の通勝などが籠城を主張したのに対し,信長は出陣する。出発に先だって舞ったのが,幸若舞の敦盛の一節『人間五十年,下天のうちを較ぶれば,夢まぼろしのごとくなり。一度生をうけ,滅せぬ者のあるべきか・・・』だった。義元側は四万,対する信長側は三千。しかし,今川の驕りに信長の運もあいまって,信長は偶然の勝利を得た。この痛快なまでの勝利劇に,人々は信長の神秘性や覇者性を見るのだが,九死に一生を得ると言うようなものでもなく,信長も信じられないほど,ほとんど奇跡に近かったであろう。

    そんなお市は近江の浅井長政に嫁ぐ。尾張から美濃を通って西に行けば都だし,北へ向かえば越前だ。その道沿いにあるのが小谷城で長政はそこの城主である。戦国大名の家に生まれた娘が嫁ぐことは,生家にとって重大な布石だ。こうした戦国大名どうしの結婚を政略結婚と呼び,いかにも個人的な感情を無視し,女に犠牲を強いた行為だと思いがちなのは,その当時の感覚に理解が到らないための誤解である。じつは江戸時代が始まるまで,日本は男絶対の社会ではなかった。男女同権とはいかないまでも,少なくとも男女は協力体制にあった。”家”は男が絶対に支配するところではなく,女のものでもあった。そして,女たちも,生まれた家のために,応分の協力をすることが生甲斐だったのである。この場合の家とはあくまで実家である。女が嫁いで行った先の家に完全に隷属するのは,江戸時代からで,それまでは生涯実家の殻をひきずって生きていく。それは女の義務でもあり,権利でもあった。だから大名家の女が他家に嫁ぐということは,美しい花束,あるいは物言わぬ貢物として捧げられるのではなく,あくまで実家代表,実家側の外交使節として送り込まれるのである。その後,その意味を忘れて,女たちを哀れな生贄としか考えなくなったのは,江戸から明治にかけての女性観が戦国の女たちの生き生きとした生命感,使命感を捉えにくくしてしまったからなのである。

    そんなお市が織田側の外交使節だと改めて感じたのは,信長が長政の裏切りにあい,その裏切りを伝えるためにお市がとった行動から垣間見ることが出来る。お市が信長に袋の端をギリギリと縄で縛った小豆の袋を送ったのである。今のあなたは,この袋の中の小豆と同様,袋のねずみですと教えたのだ。

    窮地を脱した信長は,後も長政と小競り合い,騙し合い,裏切り交錯をしつつ,一五七三年についに信長は長政を倒す。戦いの前には,お市は信長の元に送り返される。政略結婚は,単なる人質とは違い,お互いの家同士に上下の差はない。お互いの間に戦争が始まると,実家側の人間として戻されるのが原則である。これは,現代の外交官が,戦争が始まると殺されることなく交換船に乗って引き上げてくるのとよく似ている。戦国大名というと,妻の生殺与奪の権を握った暴君のように考えがちだが,彼らの間には案外,騎士道的なルールが守られていたし,むしろ,それを守ることが男の誇りとさえしていた。ただそれは,女と娘のことだけであった。当時,女の子は母親のもの,男の子は父親のものというしきたりがあったから,長政敗北の当時,六歳のお茶々,四歳のお初,二歳のおごうはお市と共に城外へ出て,男の万福丸は長政の元にいることとなった。お市は万福丸を一緒に脱出させようとしたが,戦国時代のしきたりは,そんなに甘いものではなかったのである。万福丸は,城に残ったものの,母とは違う方向の城外へ脱出させられる。しかしながら,それを羽柴藤吉郎秀吉が捕らえ,無残な形で処刑する事となる。後に,臣下の柴田勝家には嫁に行っても,秀吉に迎えられる事を拒み,勝家とともに自害の道を選んだのは,このことが一番尾を引いてるような気がする。

    長政を倒した信長にも,突然の死は訪れる。一五八二年だった。信長の死後,その子供たちのふがいなさと,兄信長の築いた王国が脆くも崩れて行く事にいてもたってもいられなかった。それが形となって現れたのが,柴田勝家との結婚である。忠義面して,織田家の乗っ取りをたくらむ秀吉に対抗するためだけに,まさに,柴田家の嫁に討って出たということだったと思う。信孝にも信雄にも秀吉に対抗する力はなく,お市の選択肢は,柴田しかなかったというのが実情だ。しかし,勝家は古き時代の侍であり,謀略を駆使するタイプの秀吉には勝てなかった。お市にしてみれば,この度も戦国時代のしきたりにのっとり,城を出る事もできただろうに,娘たちだけを出し,自分は勝家と一緒に,というより,信長と心も体も一緒になった思いで死んでいったのではないかと思う。
    全2巻。

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    投稿日:2012.02.08

  • book-chick

    book-chick

    戦国時代の各大名は、自分はこの大きさでよく、このまま安心していたくても、留まること許されなくて、成長し続け、進み続けなければ生き残れないところが、現代の上場している株式会社のようだと思いました。

    田信長が決してスムーズに天下を取ったのではなく、とても危うい道をなんとか切り抜けてのし上がっている様子や、お市の運命も、結果は年表を見れば分かるのに、ドキドキしながら読みました。

    下巻が楽しみです。
    続きを読む

    投稿日:2011.10.14

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