【感想】アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極

角幡唯介 / 集英社学芸単行本
(42件のレビュー)

総合評価:

平均 4.1
11
17
5
1
0
  • 北極圏1000km60日間 アグルーカの行方を探す冒険

    北西航路探索の歴史は15世紀に始まった。当時スペインはアメリカ大陸に到達しマゼラン海峡を抑える一方でとポルトガルは喜望峰を抑えていた。中東経由でアジアに向かうには高い通行料を課せられロシアの北を回る北東航路とカナダの北を回る北西航路の探索が始まった。しかし結果は報われずカナダの毛皮貿易や捕鯨が副産物として流星を迎えた。スペインとポルトガルの国力が弱まり北西航路の重要性は弱まったがイギリスは国家事業として探索を続けそこで生まれた英雄がジョン・フランクリンだ。フランクリンは1819年から3年間のカナダ北岸探検でカヌーと橇と徒歩で8900Kmを踏破して生還し"The man who ate his boots"靴を食った男として不撓不屈のイギリスの象徴となった。そして1845年の北西航路探検で最新鋭の2隻の船を擁すも北極海の氷に2冬閉じ込められ、船を捨てて生還を目指すも129名が全滅し北西航路探索の最大の悲劇となった。一方で探検隊の一部はイヌイットの助けを借りて生還したと言う逸話が残っており、作家の角幡唯介は北極探検家荻田泰永とともにフランクリン隊が生還を目指した道をたどる旅にでた。北極圏1000km60日間を無補給で前半は重さ90Kmの橇を引き、後半はツンドラの湿地帯を歩きそして時には携帯ゴムボートで河をわたる過酷な探検の記録が本書だ。

    2011年3月17日、スタートはコーンウォリス島のレゾリュートと言ってもカナダ北部の地理なぞ頭に入ってないのでグーグルマップの衛星写真を見ながら想像するのがお勧め。カナダ北部は多島海になっていて冬は氷で閉ざされるため歩いて渡ることが出来る。しかし平面な氷ではなく吹き溜まった雪が堅く凍り乱氷帯と言う所では高さ数mの氷の固まりや氷山が流されて出来た高さ2〜30mの氷の丘が行く手を阻み氷の壁を乗り越えるために橇を押し上げ一番ひどい所では1時間にわずか50mしか進めない。また零下40度の世界では体調が狂い出発わずか2日目に角幡は寝小便をしてしまう。低温化での行動ではカロリー消費がすさましく、1日5千Kカロリーをとっても次第に痩せていく。体温を保つ基礎代謝だけでも猛烈な消費だ。

    動物との遭遇では麝香牛を撃ち食べた話が印象的だ。撃った牛は出産直後でようやく立ち上がったばかりの親を亡くした子牛がビェーッ、ビェーッと絶叫しながら何度も突進を繰り返してくる。食欲に勝てず撃ち殺したのだが罪悪感がこみ上げる一方、このままでは生き残れない子牛も撃ち殺すことにしている。他にも雷鳥を撃ったり、鵞鳥の卵をとったり80センチもあるレイクトラウトをとったりしているがこちらでは罪悪感を感じた様子が無いのはやはり牛の大きさと子牛がいたことだろうか。

    最新に装備を備えているとは言え二人で同じ時期に踏破できたコースを129人のフランクリン隊が出来なかったのはなぜか。一番大きいのはフランクリン隊が船を捨て歩くことを想定していなかったため充分な防寒着を持たずまたイヌイットの知識を学ぼうとしなかったことだ。フランクリン隊は船を捨てるときでさえ銀の食器や陶器のティーカップなど北極では役に立たないものを持って移動していた。同時期の冒険家でアグルーカ(大股で歩く男)と呼ばれたジョン・レイはイヌイット式の毛皮の服と靴で全く同じ時期に同じ地域を歩き回っておりイヌイットの伝説の故郷に帰ったアグルーカは自分のことだと言っている。

    作者の角幡はこの探検にGPSや衛星携帯電話を持っていってるのだが、特に携帯については後半の湿地帯行では置いていくなどつながった状態では自然に入り込めないと否定的だ。一方でGPSはコンパスの効かない極地での効果は絶大で、一日の移動距離をGPSで決めた通りにするなど依存してしまう部分も書かれている。そもそもフランクリン隊には十分な地図も無かった。軽量のゴムボート、防水服、熊よけスプレーやコンロそして当時恐ろしい病気だった壊血病を防ぐビタミンCなど通信が無くても現代文明にはつながっているので携帯やGPSだけを否定しても仕方ないと思うのだがこればかりは探検の目的そのものに関わるのだろうか。一方でフランクリン隊も当時の最新技術であった缶詰を持ち込んでいるのだが、この缶詰のハンダによる鉛中毒がフランクリン隊が数をへらした原因として上げられている。フランクリン隊が当時のイギリス文化を重視しイヌイット式を否定したために全滅したのに対し、現代文明を極地探検に持ち込むことを忌避しつつ助けられている角幡、そして人肉食に追い込まれながら全滅したフランクリン隊と罪悪感を覚えなが麝香牛を撃って食べ生還した角幡となかなか皮肉なものなのだ。
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    投稿日:2014.01.01

ブクログレビュー

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  • 充実大豆

    充実大豆

    北西航路の探検に向かい全滅した部隊とイヌイットの中でアグルーカとして伝わる男の話をベースにしながら、作者自身がそのルートをたどる話。

    全滅した部隊の極限状態における行動と作者自身が北極で行う行動が段々リンクして、当時の人たちの気持ちさえもわかるような気がしてくる。
    探検そのものに魅入られた人たちの話でもある。
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    投稿日:2023.09.04

  • へぼ

    へぼ

    prime videoでザ・テラーをみてフランクリン隊の悲劇を知ったので読んだ。
    自身の冒険とフランクリン隊の調査をかさねての描写が生々しかった。
    読み終わってもうすこしフランクリン隊のことを知りたくなった。続きを読む

    投稿日:2022.12.17

  • かおり

    かおり

    アグルーカと呼ばれた男たちは、一人ではなかった。そのことが、さまざまな憶測と伝聞を生み、真実が靄の中に包まれていく。
    最後まで息も吐かせない冒険の数々とミステリー。
    角幡さんの極地行の初期作品なので、珍しく同行者がいるのも面白い。そして、後の『極夜行』につながる、GPSや衛星電話への疑問なども盛り込まれていて、読み応え満点。
    あと、ツンドラの夏は蚊が酷い、と亡くなった祖父(遺骨収集のためにシベリアに行ったことがある)が言っていたのを思い出した。極地は季節を問わず、人を寄せ付けない所らしい。
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    投稿日:2022.11.15

  • tanaka9999

    tanaka9999

    2012年発行、集英社の単行本。1840年代の北西航路を発見するための冒険で全滅したフランクリン隊と、その伝説に沿って冒険したノンフィクション。フランクリン隊はどのような軌跡をたどってなぜ全滅したのか。私の認識だと同時代の探検ではかなり悲惨な部類にはいるのではないか。それだけに興味があって読んでみた。内容はノンフィクション部分が多かったが、定説の全滅した地点より南に向かっていた生き残りの伝説を追っていて、作者は現地の状況からありうるものとして書いている。証拠はもう見つからないだろうが、興味深い。続きを読む

    投稿日:2022.04.09

  • オギノ通り

    オギノ通り

    ★時間軸で深みをつくる北極圏探検記★160年前の英国人隊が探り壊滅した北西航路を2人でたどり、追体験する探検記。未踏の地がほぼなくなった現在、ただの探検記は成立しない。あえて苦境の中に身を置くことで、歴史書だけでは分からない当時の人々の思いを探る。縦軸の歴史と、横軸の探検記をかけ合わせた。

    食料を調達するために鳥を撃つのは抵抗はなく、卵を奪ったり魚を釣ったりするのは問題ない。ただ、牛を撃つのは大きな躊躇を感じる。体の大きさ、相手の抵抗が生命の実感を生むのか。銃を使う時点で差はないのかと思っていた。善悪の差ではないのは著者も十分に分かっているが、極限の地でもその感覚が生じるのか。

    現代でも、こうした探検を成し遂げる体力と知力と精神力、そして準備は素晴らしいとしか言いようがない。氷の中の生活や食事といった迫力のある描写はわくわくする。せっかくなのでもう少し写真も見たかった。しかし、極地で暮らしている人にとっては、生活圏をスノーモービルも使わずにわざわざ徒歩で数十日も探検する外国人はどのような存在なのだろうか。

    探検のなかでGPSを使う葛藤が興味深い。白一面の北極圏のなかでその日の目的地に辿り着いたかどうかの判断は表示される座標だけ。目的地に達した視覚的な実感はまったくないというジレンマを抱えている。それがなかった当時の探検の過酷さは比ではない。

    隊が確認されている氷と雪の中の行程という前半だけかと思ったら、湿地帯を進む後半の二段構えになっている。そのことは最初に記さず、ただ冒頭の地図では全体像が示されているので、違和感があった。書物の構成はなかなか難しい。
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    投稿日:2021.11.23

  • 探耽(たんたん)

    探耽(たんたん)

    北西航路を開拓することに全力を注いでいた19世紀の英国、フランクリン船長率いる探検隊が北極で失踪します。
    彼らに何があってどこへ消えたのか、今でも謎のままなのです。
    著者と同伴者による実際の探索・探検、文献等による検証・研究によって構成されています。
    後者の検証・研究も大変興味深いのですが、前者の探索・探検があまりにも壮絶なためにそちらを読んでいる間は気が抜けませんでした。
    イヌイットに伝わる“アグルーカ”と呼ばれる人物をヒントに真相に迫ります。
    手に汗握る内容ですがとても読みやすく、心から楽しめた冒険譚です。
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    投稿日:2020.06.12

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