【感想】[新版] 馬車が買いたい!

鹿島茂 / 白水社
(10件のレビュー)

総合評価:

平均 4.3
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  • フランス文学の読み解き方

    「註だけの本が書いてみたかった」と著者があとがきで書いているように、フランス文学(書院じゃない方)で描かれ、当時の読者には常識として説明するまでもないことであったものの、違う時代、国に生きる我々には分からない習慣や制度などの隠された含意を、著者が「我らが主人公」と呼ぶ、立身出世の大望を抱いて地方からパリに状況してきた若者というフランス文学の類型的主人公の生活を通して説明しています。『馬車が買いたい!』というタイトルはそんな主人公たちの野望を一言で言い表したものです。一昔前の日本なら「庭付き一戸建てが欲しい」、今の若者たちなら「起業家になりたい」とかでしょうか。
     上京するための交通手段から始まって、衣食住、娯楽、そして超高級アイテムとしての馬車(タイトルに反して馬車の専門書という訳ではありません)。半分の章が雑誌連載、もう半分が描き下ろしということで、専門家ではない一般読者向けとなっています。しかし本書をもっともおすすめできるのはフランス文学の読者に対してでしょう。著者が企図したようにフランス文学の解説書、あるいは副読本的な読み方がまず第一になるかと思います。しかしそれだけではなく、フランス文学を題材にした社会史としても読むことができます。(現在では割とポピュラーなアプローチですが、本書の初版が出版されたころはまだ新しい手法であったはずです。)ですので、フランス近代史、特にパリの歴史に興味のある方にもおすすめです。
    逆に仏文系でも、近代史系にも興味のない方にはあまり面白くないかもしれません。
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    投稿日:2015.06.28

  • 地球の歩き方@19世紀のパリ

    バルザック、フロベール、ユゴー、スタンダールの登場人物をガイドに19世紀のパリをガイドする。時代背景はナポレオン失脚後の復古王制から第二共和制を経て第二帝政のころ、18世紀後半にヨーロッパの文化の中心になっていたパリは人口も90万人を超えロンドンに次ぐ大都会になっていた。皇帝ナポレオン3世はオスマンにパリ改造計画を実行させ凱旋門から放射状に大通りが整備されるのだが、この本の主人公パリたちはパリ改造前のオシャレとはほど遠い小汚いごみごみした街から、アーケード付きのショッピング街やオープンカフェという現在につながるパリと両方を紹介している。

    同時代の日本はどういう頃かというと江戸時代後期で寒冷化に入り天保の大飢饉、大塩平八郎の乱といった騒動から1853年のペリー来航により明治維新になだれ込むという時期だ。文化的には江戸を中心に歌麿や写楽、北斎の浮世絵が人気を博したころだ。

    主人公たちの多くは地方からパリで一旗揚げるためにやってきた。乗り合い馬車であるいは徒歩で、そして19世紀後半には蒸気機関車で。社交界にデビューするには先ずは服装を揃え、馬車で乗り付けなければ女性たちに相手にされない。19世紀のパリにおける馬車は現代のメルセデスやクルーザーという様な金持ちのステイタスシンボルだった。馬車だけでも高いのに、御者や従者を雇い、馬を飼わないと行けない。そして馬車はTPOによって使いわけるものなので昼間のデートにはオープンのカレーシュ、夜の晩餐会には有蓋のベルリーヌと使い分けるのだ。「馬車が買いたい!」と言うのは浜省が歌う「純白のメルセデス、プール付きのマンション、最高の女とベッドでドン・ペリニヨン」といった様な意味だ。

    この本は著者が注釈そのものを本にしたかったと書いているが、「地球の歩き方@19世紀のパリ」といったおもむきだ。生活費がどれくらいかかるか、パンの値段とバイトの時給の比較があったりとか、安い料理屋からグルメガイドなんでもありだ。当時のパリでは毎日食事を食べさせる定額の定食屋があり、中には宿泊がつくものもある。食事付きの宿ではなくで食事がメインで宿がついてくるのだ。例えば1本のパンを盗んで逮捕されたジャン・バルジャン、当時のフランス人は平均でパンを1Kg食べていたというのだが、1本250gのパン4本で約6スーだ。肉体労働で2〜3時間分の給料に該当し、彼が枝切り職人として働く日給24スーで買えるパンは4Kg、それで大人二人と子供7人の家族を食べさせる。当時の貨幣を現在の価値になおすと1840年を基準にすると貨幣価値が33倍となり2スーが3.3フラン、日本円にしておよそ100円だ。ジャン・バルジャンは日給1200円で暮らしていて1本100円のパンを盗んで19年間服役したことになる。1フラン=20スー=今の1000円という換算だ。学生街カルチエ・ラタンの最低の食堂で1食15スー、市場の屋台で買い食いするなら1〜2スーでジャガイモやスープで飢えを凌げる。

    では馬車を買うにはいくらかかるのか、バルザックは著作の中で繰り返し馬車に憧れる青年を描いたが自身もそうだった。1831年16ページの新聞んを一人で埋めるほどの記事を書き、「あら皮」を書きまた2作ほど再販されて800万円ほどの一時金を手に入れたバルザックは初めて馬車を買った。独身のプレイボーイが乗るキャブリオレと言う1頭だて二輪の幌付き馬車に馬1頭と馬具一頭を400万円で購入、御者を年棒48万円で雇い22万5千の仕着せを与えた。さらに控え馬1頭と御者用の厚手の毛布で120万円合計で600万円だ。ダンディーたるものさらに馬車の後ろに立たせる召使いも抱えなければならずこれが同じく仕着せをつけて100万円、さらに馬一頭の餌代は年間90万円ほどかかる。パリで大きな顔をしようとしたら馬が三頭に昼間はチェビリー、夜はクーペと乗り物だけでも900万ほどかかるのだ。貧乏学生マリユスの年間生活費65万円は馬の餌代よりも安い。

    それにしても成毛眞氏のオールタイムベスト10に入るこの本を本当に面白いと思う人はどれくらいいるのだろう?ウンチクは嫌いじゃないが文豪には興味がないのでヒュー・ジャックマン版のレ・ミゼラブルしか見ていない。物語とこの本で紹介するパリの風景がいまいちつながらないのでのめり込むのは難しかった。それでも豊富な写真や挿絵は素晴らしい。馬車解説もね。鹿島氏が「馬車を買いたい」と思い立った日のパリの1日とその結末がハイライトかもしれません。
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    投稿日:2015.03.07

ブクログレビュー

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  • alpine310

    alpine310

    軽い気持ちで読んだ「『レ・ミゼラブル』百六景」があんまりに面白かったので、同じ著者のものから代表作を、ということで事実上の処女作を基にしたという本書をまず選んで読んでみた。
    序文で著者自身が書いているとおり、「処女作に向かって作家は成熟する」らしく、著者の基本的な趣味嗜好が現れた本なのだろうという印象を強く持った。それは何かと言うと19世紀フランス文学への憧憬ということに尽きる。バルザック、フロベール、ユゴー、スタンダールらの小説に登場する「我らが主人公(=パリの大学生たち)」がどうやってパリに上り、どう暮らしたかを膨大な資料から解析したというものである。本書のタイトル「馬車が買いたい!」は、これらの主人公がステイタスシンボルである馬車を未だ持たないため、馬車を持つ階級の人々を見上げたときにこみあげる「成り上がりたい!」という内心の叫びと同義なのである。そりゃどう転んだってスノブだ。
    そんな、私自身は全く興味を持ったことがない19世紀パリの様々な情報がひたすら続く本であるのに、それなりに面白く読めるからこの文章力はただ事ではない。あまつさえ読み終わる頃には19世紀パリ面白そうとか思うようになっているし、今まで1ミリも嗜好が動いたことのないバルザックさえ読んでみてもいいかなと思ったりしているから恐ろしい。
    それにしても馬車と一口に言ってもこんなに種類があって意味合いがあるということを初めて知った。19世紀パリには今後もそんなに興味はわかないと思うけど、映像作品では西洋時代劇をけっこう見るので、馬車にもちょっと注目して観てみたいと思う。
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    投稿日:2021.10.18

  • だだ

    だだ

    あの作品の登場人物たちが生きた時代が良く分かり、彼らが血肉を持ったヒトとして感じられるようになる。バルザックやフローベールなどを読む際にはぜひ隣に置いておきたい良書。

    投稿日:2019.06.21

  • okadata

    okadata

    バルザック、フロベール、ユゴー、スタンダールの登場人物をガイドに19世紀のパリをガイドする。時代背景はナポレオン失脚後の復古王制から第二共和制を経て第二帝政のころ、18世紀後半にヨーロッパの文化の中心になっていたパリは人口も90万人を超えロンドンに次ぐ大都会になっていた。皇帝ナポレオン3世はオスマンにパリ改造計画を実行させ凱旋門から放射状に大通りが整備されるのだが、この本の主人公パリたちはパリ改造前のオシャレとはほど遠い小汚いごみごみした街から、アーケード付きのショッピング街やオープンカフェという現在につながるパリと両方を紹介している。

    同時代の日本はどういう頃かというと江戸時代後期で寒冷化に入り天保の大飢饉、大塩平八郎の乱といった騒動から1853年のペリー来航により明治維新になだれ込むという時期だ。文化的には江戸を中心に歌麿や写楽、北斎の浮世絵が人気を博したころだ。

    主人公たちの多くは地方からパリで一旗揚げるためにやってきた。乗り合い馬車であるいは徒歩で、そして19世紀後半には蒸気機関車で。社交界にデビューするには先ずは服装を揃え、馬車で乗り付けなければ女性たちに相手にされない。19世紀のパリにおける馬車は現代のメルセデスやクルーザーという様な金持ちのステイタスシンボルだった。馬車だけでも高いのに、御者や従者を雇い、馬を飼わないと行けない。そして馬車はTPOによって使いわけるものなので昼間のデートにはオープンのカレーシュ、夜の晩餐会には有蓋のベルリーヌと使い分けるのだ。「馬車が買いたい!」と言うのは浜省が歌う「純白のメルセデス、プール付きのマンション、最高の女とベッドでドン・ペリニヨン」といった様な意味だ。

    この本は著者が注釈そのものを本にしたかったと書いているが、「地球の歩き方@19世紀のパリ」といったおもむきだ。生活費がどれくらいかかるか、パンの値段とバイトの時給の比較があったりとか、安い料理屋からグルメガイドなんでもありだ。当時のパリでは毎日食事を食べさせる定額の定食屋があり、中には宿泊がつくものもある。食事付きの宿ではなくで食事がメインで宿がついてくるのだ。例えば1本のパンを盗んで逮捕されたジャン・バルジャン、当時のフランス人は平均でパンを1Kg食べていたというのだが、1本250gのパン4本で約6スーだ。肉体労働で2〜3時間分の給料に該当し、彼が枝切り職人として働く日給24スーで買えるパンは4Kg、それで大人二人と子供7人の家族を食べさせる。当時の貨幣を現在の価値になおすと1840年を基準にすると貨幣価値が33倍となり2スーが3.3フラン、日本円にしておよそ100円だ。ジャン・バルジャンは日給1200円で暮らしていて1本100円のパンを盗んで19年間服役したことになる。1フラン=20スー=今の1000円という換算だ。

    学生街カルチエ・ラタンの最低の食堂で1食15スー、市場の屋台で買い食いするなら1〜2スーでジャガイモやスープで飢えを凌げる。同じくレ・ミゼラブルのマリユスはパリの外れにあるゴルボー屋敷というぼろ屋敷に通常の1/12ほどの家賃30フラン(=約3万/年!)で住み、食費は1日1フラン、掃除代が月2フラン、衣料費が年150フランで洗濯代が年50フランと何と家賃よりも高い。当時のパリに既製服はなく仕立てになるので古着以外の服は高い。そして水道がないので洗濯は業者に出すしかないのだ。そしてマリユスの光熱費は何とゼロ。夜はカフェやレストランで外食と少し贅沢をする代わりにずっと粘っていればろうそく代と薪代を節約できる、家に帰れば寝るだけだ。ほかに読書室という定額で新聞や本が読める(月3フラン)という手もある。

    では馬車を買うにはいくらかかるのか、バルザックは著作の中で繰り返し馬車に憧れる青年を描いたが自身もそうだった。1831年16ページの新聞んを一人で埋めるほどの記事を書き、「あら皮」を書きまた2作ほど再販されて800万円ほどの一時金を手に入れたバルザックは初めて馬車を買った。独身のプレイボーイが乗るキャブリオレと言う1頭だて二輪の幌付き馬車に馬1頭と馬具一頭を400万円で購入、御者を年棒48万円で雇い22万5千の仕着せを与えた。さらに控え馬1頭と御者用の厚手の毛布で120万円合計で600万円だ。ダンディーたるものさらに馬車の後ろに立たせる召使いも抱えなければならずこれが同じく仕着せをつけて100万円、さらに馬一頭の餌代は年間90万円ほどかかる。パリで大きな顔をしようとしたら馬が三頭に昼間はチェビリー、夜はクーペと乗り物だけでも900万ほどかかるのだ。貧乏学生マリユスの年間生活費65万円は馬の餌代よりも安い。19世紀の物価はほぼ一定だったが当時のフランス人の年間所得は自営商店383万円、下請けの仕立て屋327万円、下級官吏120万円、肉体労働者83万円、くず屋65万円で学生の仕送りが120万〜150万円ほどだそうだ。当時のフランス人平均身長は160センチほどで背が低いイメージのナポレオンは167cmと平均以上ある。少し田舎に引っ込めばパリの洗濯代で生活できたというので華やかなパリも生活は楽じゃ無さそうだ。

    この本にはパリのシャンゼリゼに感動し素晴らしい記録を書き残したお上りさんの一行も少しだけ登場する。明治政府が派遣した岩倉使節団の特命全権大使一行だ。それにしても成毛眞氏のオールタイムベスト10に入るこの本を本当に面白いと思う人はどれくらいいるのだろう?ウンチクは嫌いじゃないが文豪には興味がないのでヒュー・ジャックマン版のレ・ミゼラブルしか見ていない。物語とこの本で紹介するパリの風景がいまいちつながらないのでのめり込むのは難しかった。それでも豊富な写真や挿絵は素晴らしい。馬車解説もね。鹿島氏が「馬車を買いたい」と思い立った日のパリの1日とその結末がハイライトかもしれません。
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    投稿日:2014.11.20

  • bax

    bax

    [ 内容 ]
    19世紀パリの風俗・世相を豊富な資料を駆使して描く。
    図版・レイアウトも一新し、未収録原稿を加えた古典的名著の決定版。
    サントリー学芸賞受賞作。

    [ 目次 ]
    パリ街道の彼方
    我らが主人公、パリに上る(その一)郊外馬車と遠距離乗合馬車
    我らが主人公、パリに上る(その二)郵便馬車と旅行用馬車
    我らが主人公、パリに上る(その三)蒸気機関車の登場
    市門とパスポート 城壁都市パリ
    パリの第一印象と宿探し 麗しの都の実体
    食生活(その一)安レストランの名店
    食生活(その二)自炊と賄い食堂
    リュクサンブール公園とチュイルリ公園 ダンディーになりたい!
    パレ・ロワイヤル(その一)ファッションの殿堂〔ほか〕

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]
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    投稿日:2014.10.06

  • がんちゃん

    がんちゃん

    仏文学に全く無知なので、数々の小説の主人公を例にとって当時のパリの風俗を説明しているため内容の3分の2はよくわからなかったという残念な私(笑)でも当時の生活様式や住まいのことなどはとても興味深かった。それにしてもフランス人ってなんでこんなに恋愛至上主義なんだろう(笑)フランスに生まれなくってよかったよ。続きを読む

    投稿日:2013.03.08

  • harass

    harass

    19世紀フランス文学研究者の著者が描く、ブルジョア全盛期のフランス・パリの生活や風俗についての読み物。夢のパリに到着した野心あふれる若者は上流階級に挑むにはどんなものを手に入れないといけないのか?を具体的に書いている。文学作品の引用、バルザック、フローベール、ユーゴーや当時の挿絵などが豊富にのっている。これほどの資本集中がなされた社会の豊かさと残酷さが面白い。当然、時代は変わっても今の日本などの資本主義社会を彷彿とさせる箇所がある。人間自体は変わっていないということか。続きを読む

    投稿日:2013.03.02

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