【感想】そして殺人者は野に放たれる

日垣隆 / 新潮文庫
(46件のレビュー)

総合評価:

平均 3.9
15
11
9
6
0
  • 「専門家」のおかしさ、「普通の人」のおかしさ

    連続殺人など、凶悪な犯罪を犯した人が、「心神喪失により不起訴あるいは無罪」となる場合がある。
    これは刑法39条に基づくのだが、おかしいのではないか、という議論。

    問題提起はよいと思う。
    それで遺族は納得できるか?
    何をもって「心神喪失」とみなすのか?
    それによって事件を「なかったこと」にしてしまってよいのか?
    精神障害者だから、と無罪にするのは障害者を一人前の人間と扱っていないからではないか?

    私は法律や医学の専門家ではないので、どちらかといえば
    著者の意見は同意できる部分も多い。
    文章にも勢いがあって読みやすい。何だかぐっとくる。
    刑法39条ってどうなの、犯罪者野放しでいいの?と思う。
    が、そのわかりやすい感じに危うさを感じる。

    まず、著者は刑法39条を削除してしまえばいい、そうすれば混乱のすべてが解決するとばっさりと主張する。
    そして医者も裁判官もそれに気付くべきだ、とすら言う。
    これは素人目にも違和感がある。
    どういう思想信条を持っていても、医者や裁判官は刑法39条を無視することはできない。
    また、刑法の改正はそんなに簡単ではない。
    それに、39条は削除よりも解釈が議論されている法律だったのでは?
    そこをすっとばして簡単に言ってしまえるあたり、
    著者が法律に対して素人であることを感じさせてしまう。

    それから、ある凶悪犯罪者の両親が共産党員であることを繰り返しているが、
    それは本書の内容(刑法39条を巡る議論)と関係があるのか?
    おそらく、著者の批判したい人々に共産党関係者が多いのかもしれないが、
    このような書き方は、ジャーナリストとしての品性を下げてしまい、残念である。
    他にも「宗教家」などを犯罪者予備軍のように言っているのは気分悪い。

    結びに「こうした重大な欠陥ばかりをもつ日本の刑法39条は、精神障害者を半人前として扱い、
    名誉も人権も認めようとしない非人間的な欠陥条項である」とするのだが、
    その前の共産党員や宗教家に対する失礼な物言いのせいで、
    この人の言うところの「人権」って大丈夫か?と思ってしまう。
    というか、精神障害者に対してレッテルを貼ることがいかん、という主張の本なのに、
    共産党員や宗教家に対して著者がレッテル貼ったら説得力ゼロやん、と突っ込みたくなる(苦笑)

    また、俗にドヤ街と呼ばれる日雇い労働者の暮らす街について

    独特の匂いがある。何度も喧嘩を見た。周りの男たちはニヤニヤしながら、
    仲裁にも入らず眺めているだけだ。昼間から酔っ払いが、あそこにも、ここにもいる。
    路上に寝込む人も多い。街頭テレビで競馬に熱をあげる一群もいた。
    「普通に歩いている」私は、この街で明らかに異質な存在だった。

    と描写する。無神経なもの言いだなあ、と思った。
    日雇い労働者が路上で寝ているのは家がないからだ。
    昼間からテレビを見ているのは職がないからだ。
    酔っ払っているのは、多分飲まないとやってられないくらいつらいからだ。
    が、この感覚が「普通」なのだろう。

    何故私がこのように揚げ足を取るようなことを言うのかというと、
    著者は、「法律オタクの珍説ではなく、市民生活を営む者の常識に従えば」
    のように、「普通の人」の感覚から刑法39条のおかしさを論じているからである。
    「普通の人」と「専門家」の感覚のズレはどの分野でもあることで、
    「普通の人」の意見を代弁する本があるのは喜ばしい。
    が、「普通の人」の感覚だけが正しいのかといえばそうでもないだろう。
    「専門家」と言われる人は、「普通」には見えないことを研究したり
    検証したりすることに時間をかけている。
    それはわかりにくいことだろうが、無意味であると言ってしまえばあまりに危険だ。

    本書は「普通の人」として「専門家」のおかしさを指摘している本である。
    が、それゆえにやはり「普通の人」の偏見やおかしさというのも感じる。
    また、著者は「普通の人」ではあるが、弟を理不尽に殺された被害者家族であり、
    兄は精神分裂病(統合失調症)を煩っており、精神障害者の家族でもある。
    それゆえに見える部分、それゆえに見失う部分というのもまた感じたりもする。
    結局は、いろいろな立場の人の意見を聞いていかないといけないということなのだろう。
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    投稿日:2014.12.09

ブクログレビュー

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  • 冬

    精神障害者による心神耗弱、心身喪失

    どんなことがあっても事件や事故特に事件は意思があって起こしたものだと思う

    だから障害や他の原因があったとしても不起訴になるってゆーのに不満を抱く作者の意見に同意

    続きを読む

    投稿日:2024.02.12

  • progress1971

    progress1971

    勘定が先走った記述が多く公平性に疑問がある。作者の品性を疑うような内容もある。
    ただ一部未知の事実が書かれていて勉強にはなった。

    投稿日:2015.11.30

  • 源氏川苦心

    源氏川苦心

    これも随分前に購入済だつたのですが、いざ読めば腹が立つてしようがないだらうなあと、中中手に取らなかつた一冊であります。
    恐らく多くの人は、日本の刑罰はおしなべて甘い、日本は犯罪者天国だと感じてゐるのではないでせうか。わたくしもその一人で、罪に応じた刑罰を与へていただきたいのですが、実態は精神状態だの、被告の置かれた立場や恵まれない生ひ立ちだの、本人は反省してゐるだの、様様なレトリックを駆使して、少しでも罪を軽くする傾向がございます。
    それならば不幸な境遇の人は罪を犯しても不思議ではないのか、反省すれば罪は軽減されるのか、いつも疑問に思つてゐました。そもそも反省したかどうかなんて、本人以外に分かる訳が無いぢやありませんか。

    そして容疑者の人権は120%考慮する癖に、被害者への配慮がまるで足りないといふ点も同意するところです。「心神喪失」のお墨付きを貰つた加害者は、報道でも仮名で発表され、一方で被害者はずばり実名が表に出ます。
    「序章」で取り上げられてゐる、兵庫県明石市で起きた通り魔殺人事件でも、被害者が救急車で運ばれた病院からの請求は、すべて被害者の母親が支払つたのに対し、この凶悪犯が自業自得で怪我をした治療費は、国が全額負担したさうです。


    この年、日本全体で加害者には総計約四六億円の国選弁護報酬と、食糧費+医療費+衣服費に三〇〇億円も国が支出した。対照的に、被害者には遺族給付金と障害給付金を合計しても五億七〇〇〇万円しか払われていない。(序章より)
    我が国はお金の使ひ方がまるで出鱈目であるなあと常日頃から思つてゐますが、やつぱりをかしいですね。

    それでも厳罰が待つてゐるならまだ救ひがありますが、現実には「心神喪失」の鑑定を受けて不起訴になつたり、減刑されたりします。この拠り所となるのは、本書にも度度出てきますが、刑法39条といふ条文であります。即ち。
    刑法39条 
    1 心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ   
    2 心神耗弱者ノ行為ハソノ刑ヲ減刑ス
    といふもの。
    これにより理不尽に罪から逃れた人物がどれだけゐたことか。逮捕後、加害者は異常な言動を見せれば、「責任能力の有無」を判定するため、忽ち精神鑑定にかけられます。そして鑑定者は弁護士の主張を取り入れた判定を下す。仰仰しく精神鑑定などと言つても、要するに客観性の低い、感想文みたいなものです。
    無罪放免となつた加害者は、野に放たれた後、再犯を繰り返す。「俺は捕まつても、心神喪失で直ぐに出られる」と豪語する輩もゐるさうです。
    また、覚醒剤が原因の犯罪でも、飲酒運転による交通死亡事故(こんなのは殺人と変りませんね)、を起こしても、責任能力無しと判定され再び野放しにされる(通常の状態なら罰せられるのに、であります)。著者が繰り返し述べるやうに、この国は本当に法治国家かと疑ひたくなります。
    ハンムラビ法典の「目には目を」、江戸時代の「仇討」など一見前時代的と思はれる制度も、むしろ合理的とさへ思はれるほどです。お仕置集団「ハングマン」のドラマが大人気だつたのも頷けます。

    ああ、やつぱり腹が立つてきました。しかし「読まなきや良かつた」とは思ひません。無関心では、いつまで経つても変りませんからねえ......

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-557.html
    続きを読む

    投稿日:2015.07.05

  • mariepopo

    mariepopo

    10年以上も前に発行された本なので、情報がちょっと古いかな…って内容。
    過去にあった判例や不起訴処分など考えさせられる内容でした。

    投稿日:2015.06.24

  • ごぶ

    ごぶ

    殺人を犯しても精神がやんでると思わせることができれば、刑が軽くなるどころか無罪放免となり何もなかったように生活することができる。被害者遺族無視の法律。

    投稿日:2015.03.14

  • flounder532002

    flounder532002

    精神科医の診断、刑法39条に辛辣な見解を吐露する。心身喪失で無罪になった凶悪犯罪者を処遇する施設がない、容疑者を起訴して無罪になるとキャリアに傷がつくので検事は危険を避けようとする。野に放たれた犯人は再び暴れる。危険極まりない事実に悪寒が走る。2014.10.10続きを読む

    投稿日:2014.10.10

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