人間の土地へ
小松由佳(著)
/集英社インターナショナル
作品情報
世界第2の高峰K2に日本人女性として初めて登頂した小松由佳。標高8200メートルでビバークを余儀なくされた小松は、命からがら下山し、自分が大きな時間の流れの中で生かされているにすぎないと知る。シリア沙漠で出会った半遊牧民の男性、ラドワンと恋に落ち、やがて彼の大家族の一員として受け入れられる。平和だったシリアにも「アラブの春」の波は訪れ、百頭のラクダと共に長閑に暮らしていた一家も、否応なく内戦に巻き込まれていく。徴兵により政府軍兵士となったラドワンだが、同胞に銃は向けられないと軍を脱走し、難民となる。しかし安全を手にしたはずのヨルダンで、難民としての境遇に悩み、再び戦場であるシリアに自らの生きる意味を求めようとする。二人の目を通し、戦場を内側から描いたノンフィクション。
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商品情報
- シリーズ
- 人間の土地へ
- 著者
- 小松由佳
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社インターナショナル
- 書籍発売日
- 2020.09.30
- Reader Store発売日
- 2020.11.27
- ファイルサイズ
- 5MB
- ページ数
- 264ページ
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この作品のレビュー
平均 4.3 (21件のレビュー)
-
【本書のまとめ】
1 K2踏破
日本人女性初のK2登頂を果たした筆者。
しかし、彼女は次第に登山に集中することができなくなっていた。
その発端は、それまでのヒマラヤ登山で、荷運びを頼んだポーターたちと…共に歩き、食事をしながら、その営みに触れたことであった。彼らの表情の豊かさや目の輝きを忘れられず、人間の幸福について考えを深めていく。風土と共に生きる人々の確固たる姿に強く惹かれていったのだ。
「私はふと、ある思いにかられた。K2に登頂し、帰還したことは、ただ単に私達が幸運だっただけなのだという思いだ。この山を登るために必死に努力もし、経験も積んできた。だがそうした努力や情熱以上に、この世界には運、不運とも言える大きな自然の流れがあり、私たちはその流れに生き死にを左右される不安定な存在にすぎない」。
2 沙漠との出会い
2008年夏、筆者は半年に及ぶ長い旅に出る。その旅の途上で出会ったのがシリアであり、沙漠だった。
沙漠で出会ったのがアブドュルラティーフ一家。ラクダの放牧で生計を立てる、総勢60人ほどの大家族だ。
アラビア語に「ラーハ」という言葉がある。「ラーハ」とはゆとり、休息と言う意味で、家族や友人と過ごす穏やかな団欒の時間をいう。一家も例に洩れず、「ラーハ」という価値観を大事にし、ゆったりとした時間の中に日常生活の価値を見出す。彼らは敬虔なイスラム教徒であり、1日5回欠かさず礼拝をしながら、家族や友人と穏やかな毎日を過ごしている。
私はその一家において、沙漠やオアシスで働く男の世界、そして大切な秘密のように家庭の内側に隠れて暮らす女の世界の両方を見せてもらった。
男たちと違い、女たちは一日のほとんどを家の中で過ごす。朝から夜までを家事をし、子どもの世話をし、いつ帰って来るかわからない男たちのために料理の支度をしながら、合間あいまにおしゃべりや昼寝をして楽しんでいる。
彼女らは現状に満足していた。男たちが自分たちのために汗を流して働いていることに感謝し、屋内で落ち着いた時間を過ごせることに幸せを感じている。ともすれば欧米的な男女平等論によって、イスラムの女性の権利は常に話題になる。しかし当の本人達は自身の身の上が「束縛」という言葉で語られることを奇妙に思っており、不満さえ感じていた。
筆者はやがて、一家の十二男であるラドワンと惹かれ合う。しかしその恋はイスラム文化が色濃いパルミアにおいてはタブーであった。パルミラでは互いに恋焦がれていても、未婚の男女が近づくことはない。そして何よりラドワンの人生が彼の家族の人生そのものである。
アラブの伝統的な社会では、家族の幸せのために個人の幸せがあるとされる。婚姻も個人の幸せを追求するより家族の存続が目的という意識が強く、親同士が結婚を決め、男性は年下の女性を娶るのが普通であった。二人の背景はあまりにも異なっていたのだ。
しかしその恋は叶わなかった。2011年1月、ラドワンは徴兵され、2ヶ月後の2011年3月にシリアで民主化運動が発生した。やがてシリア各地で起きた武力衝突は止まることを知らず、内戦に発展していく。
3 代わってしまったシリア
民主化運動の発生から1年。2012年3月にシリアに降り立った筆者だったが、状況は一変していた。いつものように一家に電話をかけたところ、「すまないが今年は家に来ないでくれ。外国人との接触は危険だ。家族の安全のためだ」と告げられる。民主化運動の取り締まりが強化された今、外国人と市民との接触はスパイ行為を疑われる可能性があったのだ。
ダマスカスでは、みんな何かが起きているのを知りながら、あえて何も知らないふりをしている。秘密警察が監視の目を光らせているため、満足に世間話もできない。特に政情については何も口にしてはいけない雰囲気が蔓延していた。
このとき、筆者にある思いがよぎる。「私にできることは、内戦へと突入していくシリアを目撃し、そこでの人々の暮らしを記録すること。そして、戦闘の最前線にではなく、市民の日常の中に内戦の影を見出すこと」であると。
反政府勢力が勢いを強めていく中で、筆者は権力の恩恵を受けている、つまり体制派であるマーヘルの父親に会う。父親に会った筆者は内心拍子抜けしてしまった。これまで目にしてきた一般家庭と変わらなかったからだ。
人々の立場は一朝一夕になるものではなく、数十年という長い時間の蓄積によるものだ。結果的にマーヘルの家族は体制派とされたが、彼らがそう望んだというより、秘密警察という職務についていたことで、周囲の交友関係も体制側になったのだ。
体制派か反体制派か。シリアでは政治的立場という目に見えない線によって、人々が分断されようとしていた。しかしその区分は極めて曖昧でもあった。
4 脱走から難民へ
2012年9月、ラドワンから電話が入る。軍を脱走し、難民としてヨルダンに逃れたという報告だった。きっかけは、民主化運動を行う市民に対して政府軍として銃を向けなければならない葛藤であった。
しかしその後、ラドワンは再びシリアに戻ることを決意する。今度は政府軍ではなく、アサド政権に敵対する自由シリア軍に入り、政権と戦うことを決意したのだ。
ラドワンが何故戻ったのか。それは、そこが住み慣れなれた土地だからというだけでなく、人生を自ら選択する自由があるからではないだろうか。ヨルダンに亡命して難民となってしまうと、一日の大半を難民キャンプで過ごすことになる。職も無く、支援物資も乏しいキャンプの中では、いかに命が安全といえども、「生きて暮らす」には程遠い。ラドワンにとっては、たとえシリアが戦地であっても、真に自分の生を生きられる土地だったのだ。それこそが「人間の命の意義」なのである。
ただしこの話には続きがある。ラドワンは再びヨルダンに脱走したのだ。その真相はわからないままだが、おそらく政府軍も反体制派に入っても、殺戮の本質が変わらないと知ったからだろう。
2013年5月、ラドワンと再開した筆者は、国際結婚の手続きを進めた。イスラム教に改宗し、結婚式を行った。
ヨルダンでは、増え続けるシリア難民によって仕事が飽和状態。ラドワンの仕事も見つからず、筆者が職を得るのも難しそうだった。そこで同年11月、ラドワンは日本に渡る。日本で暮らすことを決めたのだ。
「故郷を離れたら、どこに行っても生きるのに苦労するだろう。だが、生きる努力を続けることだ」。ガーセムはラドワンに語った。土地を離れても、人間は生きてさえいれば、また必ず出会えるということを。
5 人間の土地
2015年10月、パルミラがISに占拠されてちょうど半年が経った。ISは日に日に暴力的になり、人々を恐怖で支配していく。街の象徴だった世界遺産パルミラ遺跡も偶像崇拝を理由に爆破された。
アブドュルラティーフ一家は、避難先の村アラクから空爆を見ており、もうあの街に戻れないのだと知ると、ISの事実上の首都であるラッカヘの避難を決めた。他国からの空爆が少ないため、普通の都市より比較的安全だと考えたからだ。
ところが、一家がラッカに移住してからまもなく、プーチン政権がシリアへ軍事介入し、大規模な空爆が始まる。ロシア空軍はあくまで「ISの資金源を断つため」に軍事施設などを空爆したと発表したが、ISが市民を自らの盾にしたため、結果的に多くの市民が犠牲になった。
もはや、シリアに安全な場所などなかった。
一家の兄弟たちは、オスマニエの郊外に土地を借り、牛や羊を飼い始めていた。すでに家を立てる土地も決めているそうだ。土地は違えど、かつてのパルミラでの生き方と同じように生きる。帰れなくなったシリアを前に、新しい環境で家族を続けることを決意していた。
シリア人が「故郷」と呼んでいるのは、土地そのものよりも、むしろ土地に生きる人の連なりだ。つまり、シリア人にとっての故郷とは人なのだ。
シリア人は内戦によって多くを失ったが、その最たるものは豊かな感情だとラドワンは語る。内戦前、シリア人は喜怒哀楽の表現に長け、素朴で楽観的で、孤独や不安を感じることも少なかった。だが人々は、内戦で恐怖や絶望、悲しみを繰り返し経験した。結果、常に不安と孤独に襲われ、かつての感情の豊かさを失ってしまった。
今では親しかった仲間の死を聞いても、かつてのように涙を流すこともない。死や暴力、迫害や差別、裏切り、人間の表と裏、矛盾。シリア人はこの10年であらゆる負の側面を経験した。だから、それらを受け流すことを学ばなければ、現実の厳しさと狂気に耐えられなかったのだ。
2016年4月、筆者とラドワンは小さな光を得た。二人の間に子どもが生まれたのだ。彼らはその子に、アラビア語で「夜の光」を意味するサーメルという名をつけた。続きを読む投稿日:2021.09.03
人間の土地へ
#小松由佳
#集英社
#読了
シリアで起きていることが想像できた。内戦の中に生きる人々。人間は強いし弱い。兵士でさえさまざまな思い、境遇があるのだと思った。「祈りと感謝を持って生きる」が…印象に残ったのは今の自分に足りていないからだろう。素晴らしい本でした。もっと学びたい。続きを読む投稿日:2023.01.19
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