第三帝国を旅した人々:外国人旅行者が見たファシズムの勃興
ジュリア・ボイド(著)
,園部哲(訳)
/白水社
作品情報
歴史的事件を見聞した人々の肉声が蘇る
第一次大戦後まもない1918年から第二次大戦終結の45年まで、とりわけナチスの勃興から隆盛時のドイツ社会と歴史的事件や出来事について、第三帝国を訪れた各国からの旅行者、外交官、政治家、ジャーナリスト、学者、ベルリン・オリンピックに参加した外国人選手らの残した日記、手記、記事、回想録などを集め、その肉声を再現する歴史書。
著者は、戦後の知恵や常識に汚されていない、その時その場で書き記された一次資料を蒐集し、第三帝国に対する直接的で、正直な「呟き」をタイムカプセルのなかに閉じこめた。歴史的、客観的判断とは無縁かつ自然体で記録された、有名無名の180人の率直な反応や意見は、現代社会のSNSに相当するだろう。逆説的な言い方をすれば、むしろ井蛙の見であるからこそ興味深いとも言える。
一般人が旅行者や生活者の立場で、街路・宿舎・自宅で感じ、考えた、手垢のつかぬ生々しい記録を基に、「ファシズムの勃興」を再構築してみせた画期的な作品。統制と迫害、侵略と戦争へ徐々に歩み始める第三帝国と現代社会を重ねてみるのは、考えすぎだろうか。地図・口絵写真・旅行者人名録収録。
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この作品のレビュー
平均 4.0 (3件のレビュー)
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第三帝国に暮らす人たちの交流
当時のドイツを外国人の視点から描く作品としては、ナゴルスキの『ヒトラーランド』があるが、あちらがアメリカの外交官や特派員たちの書き残した資料を基にしていたのに対して、こちらは世界からの旅行者や留学生な…ど、より市井の人々の手記を基にしている。
著者は、ナチス・ドイツに対する無批判な見聞に対して手厳しいが、後から振り返っての脚色ではなく、そこで実際に成り行きを目にした人々の言葉は、もう少し謙虚な姿勢が必要だろう。
そもそも入国の動機は様々で、目撃した現実も断片に過ぎず、見たいものだけ見るというのは我々も同じなのだから。
ドイツの観光業はなかなか強かで、第一次大戦の敗戦から数ヶ月後には、アメリカ人旅行者向けのパンフレットが作られ、その呼び込みは第二次大戦の開戦前年まで続けられた。
敗戦直後は、風光明媚な自然やいにしえの魅力を謳い、開戦間際には新生ドイツの魅力をアピールする形に変化した。
ドイツに暮らすあらゆる人々の、イギリス人旅行者に対する眼差しは優しく、どこでも特別対応だったのがよくわかる。
外国人旅行者は、繰り返されるプロパガンダに辟易し、息苦しさを感じつつも、とりわけドイツの若者や女性たちの目的意識の強さや、町並みの清潔さに強く印象付けられていた。
ベルサイユ条約が強いる理不尽な賠償に対する同情や、ヨーロッパで台頭する共産主義に対する恐れ、ユダヤ人や有色人種に対する根深い差別感情の共有、失業者を一掃する強引な社会改革に対する羨望など、様々な理由から狂人の歪んだ情念を何か参考にすべき新しい信念だと錯覚し魅せられる様は、トランプ現象だけでなく、いまも体感できる現象に違いない。
だからこそ、たまたま出会ったユダヤ人の母親から娘を国外に逃してほしいと頼まれ即決で快諾するイギリス人夫妻の話や、オペラ鑑賞旅行を装って貴重品を国外に持ち出してユダヤ人を助けた中年姉妹の冒険譚に心を打つのだろう。続きを読む投稿日:2021.10.04
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第三帝国を旅した、とあるが実際には第一次対戦後のワイマール共和国時代辺りからドイツを訪れた主に欧米の人たちがナチスの興隆をどう見ていたのか、についてまとめたもの。あのような異常な世界はある日突然ではな…くじわじわと成り立ったものだろうとは思うのだけどそのじわじわ感を知りたかったので手に取ってみた。何より驚いたのは当時のドイツを訪問したアメリカ人、イギリス人の多さ。同じゲルマン人のアングロサクソン族とチュートン族という部族違いという親近感があったようで第一次大戦を同じ側で戦ったフランスよりもよっぽど親しみを感じていたという。音楽、哲学など高い文化に触れるためという理由もあって多くの人が訪れ、ドイツの側もナチスがどんどん権力を握っていくのだけれどその過程においても外貨を得る目的もあって観光客を熱心に集めていたという。実際にドイツを訪問したバプティストのマイケル・キングという牧師などは感激のあまり自分と息子の名前をマルティン・ルターに改名したという。ちなみにマルティン・ルターはアメリカではマーティン・ルーサーと読む。ナチスですら初期においては観光客にフレンドリーで強制収容所まで見学させていた〜ただしその目的は共産主義者の矯正という名目〜そうでユダヤ人排斥などは不気味なムーブメントと思いつつ、そして自分たちもそもそもユダヤ人に好意を持っていないこともあってあそこまで酷いことになっているとは誰も思っていなかったらしい。共産主義者を死刑にせず矯正させようというのは文明的という評価すらあったほどどだという。タバコも吸わず酒も飲まずポルノを排斥する総統が悪い人であるはずが無い、という当時の観光客のコメントには考えさせられた。ナチスは政権を握った直後にオリンピックを成功させるのだが期間中はユダヤ人排斥を感じさせないようにして黒人も公平に扱って彼らを感激させる。しかし母国再訪のためにオリンピック終了後もドイツに留まったアメリカ代表のユダヤ人選手が途端にレストランにも入れなくなるなどすぐに馬脚を現してしまう。結局チェコスロバキア併合まで欧米諸国はおかしなことになっていると思いつつも誰も危険な状態に気がつかなかったわけだがじわじわとおかしくなっていく状況が多くの人の証言で明らかになっていくところが素晴らしい。欧米人だけではなく中国からの留学生の手記なども丹念に取材しておりかなりの労作だと思いました。ページ数も多く簡単に読める作品ではないけどもこれはおすすめです。続きを読む
投稿日:2021.08.09
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