オムライス日和 BAR追分
伊吹有喜(著者)
/ハルキ文庫
作品情報
有名電機メーカーに勤める菊池沙里は、大学時代にゼミで同期だった宇藤輝良と再会する。卒業して五年、宇藤は「ねこみち横丁振興会」の管理人をしながら、脚本家になる夢を追い続けているという。数日後、友人の結婚式の二次会後に、宇藤がよくいるというねこみち横丁のBAR追分に顔を出した沙里だったが……(「オムライス日和」より)。昼はバールで夜はバー――二つの顔を持つBAR追分で繰り広げられる人間ドラマが温かく胸に沁みる人気シリーズ、書き下ろしで贈る待望の第二弾。
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商品情報
- シリーズ
- BAR追分
- 著者
- 伊吹有喜
- 出版社
- 角川春樹事務所
- 掲載誌・レーベル
- ハルキ文庫
- 書籍発売日
- 2016.02.18
- Reader Store発売日
- 2022.09.01
- ファイルサイズ
- 2.4MB
- ページ数
- 231ページ
- シリーズ情報
- 既刊3巻
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この作品のレビュー
平均 3.9 (101件のレビュー)
-
あなたは、『オムライス』が好きですか?
『オムライス』という料理に、どこか心惹かれるものがありませんか?一見、『子どもっぽい』と言う人もいそうな料理ですが、実は『帝国海軍ゆかりの料理』でもあると説…明されると、さもありなんと感じるから不思議です。では、そんな『オムライス』にかけるとしたらどんなソースが似合うでしょうか?そんな質問に『うちのオムライスにはケチャップとデミグラスソースの二種類を用意して、お客様に選んでもらうんです』という女性が料理人を務めるお店があります。そんなお店の名前は『BAR追分』。新宿の『ねこみち横丁』の行き止まりにあるというそのお店。その料理人の女性は『たまにそこへクリームシチューを入れて三種類にすると、皆さん、すごく悩むんです』と続けます。『オムライスと玉子を焼いたバターと、ホワイトソースのバターの香りが共鳴して、心にグッとくるのではないか』というその食の体験。しかし、そんなお店が架空のものである限り、私たちは食への欲求を満たすことはできません。しかし、そんな架空のお店が、架空のお店で出される料理が、文字の表現を超え、嗅覚、味覚に届いてきたとしたら、私たちはそこに読書をしながらお腹が満たされる、そんな体験ができるかもしれません。そう、この作品はそんな体験を読者に約束してくれる物語。『昼間はバールで、夜はバー』というそのお店。この作品は、そんなお店があなたの嗅覚と味覚をリアルに刺激する美味しい物語です。
『黄色いリボンを首にまいた茶色の猫がのんびりと歩いて』いくあとを『ピンクのリボンを巻いた三毛猫が』続いていくのを見るのは主人公の宇藤輝良(うどう てるよし)。『ねこみち横丁という愛称』のこの町で『振興会専従職員、町の人からは管理人とも呼ばれている』宇藤は、そんな町でさまざまな問題に対応するのを仕事としています。そんな時横にいた『「ねこみち横丁振興会」会長の遠藤』が『通りかかった黒猫に声をかけ』ました。『バール追分の桃子が世話をしている猫「デビイ」』です。『最近、ムクムクと太ってきたんだ』と言う遠藤は、『その理由がモモちゃんによると、よそでエサをもらっているよう』で、『猫が太るのは健康に悪い』と桃子が心配していると続けます。そんな遠藤に『僕は何をしたら?』と訊く宇藤。『デビイにエサをやっている人を見かけたら、事情を話して今後は少し控えるようにしてもらいたい』、『方法はまかせる』と言い残すと遠藤はその場を立ち去りました。そして、『それから三日間』『デビイのあとをつけ』た宇藤は、『三日続けて同じところで』猫を見失い埒があきません。『いつも同じところで消えるから、世話になっている家の見当はつく』と話すと、『私、手紙を書いてみたらどうかと思ったんだけど、どうかな?』とアイデアを語る桃子。『首輪代わりに』『お店の名前と電話番号が書いてある』リボンに、『エサをやらないでください』というリボンをもう一本つけるというそのアイデア。早速翌日二本のリボンをつけたデビイですが、夕方帰ってくると、『白いリボンが消えて、代わりに灰色がかったリボン』がついていました。そこには、『えさのことは承知いたしました、気が付かずにいて、ごめんなさい』と書いてあります。『ねこみち横丁で世話をしている猫なので、よかったら遊びにきてください』と再び書いてつけるも今度は返事はなく、『気を悪くしたのかと』気を揉む桃子。そして、三日後『珍しくデビイが店の外でしきりと鳴いている』のを意識した宇藤はデビイのリボンに『薄紙が結んである』のに気づきます。そんな薄紙には『赤い文字で「たすけて」』と記されていました…一体誰が書いたのか、そして、その人に何が起こったのか、美味しそうな食の数々が登場する物語に、ほっこりとした物語が描かれる最初の短編〈猫の恩返し〉。なるほどね、と短編タイトルにも思わず納得する好編でした。
四つの短編が連作短編の形式をとるこの作品。伊吹有喜さんの人気シリーズ「BAR追分」の二作目となる作品です。『新宿伊勢丹近くの路地に入って、道を曲がると「ねこみち横丁」と呼ばれる小さな通りがある』という横丁の行き止まりにある『BAR追分』。そんなお店は、『昼間はバールで、夜はバー』という営業形態をとるお店です。そんなお店を舞台に日常のほっこりとした、ささやかな”事件”が、たまらなく美味しそうな食の風景を背景に描かれていきます。食の風景を小説に盛り込んだ作品は多々あります。小川糸さん「食堂かたつむり」、古内一絵さん「マカン・マラン」、そして近藤史恵さん「ときどき旅に出るカフェ」と、私が読んだ作品でもあの情景、この情景と美味しそうな食の場面が思い起こされます。視覚を使って小説を読んでいるのに、何故か嗅覚や味覚が刺激されるという不思議感。食を小説に織り交ぜる作品は私の大好きな分野の一つです。そんな中でこの作品は極めて絶妙な食の描写で魅せてくれます。中でも表題作でもある〈オムライス日和〉で取り上げられる『オムライス』は絶品です。『お好きですか?オムライス』と訊く桃子に『大好き』と答えた客の菊地に『オムライス・ファンに贈る素敵オムライスをごちそうします』と言う桃子は早速調理を始めます。『にぎやかな炒め物の音が響いてきた。フライパンでチキンライスを作り始めているようだ』という調理場からは『ふわりと甘く、香ばしい匂いが漂ってき』ます。そして、『あたたまったバターの香りだ。続いてフライパンに溶き卵が入れられる音がした』と進んでいく調理の中で『今日はスペシャルオムソースのご提案ができます』と語る桃子。それは、『手作りトマトソース』、『特製デミグラスソース』、そして『クリームシチュー』から選べるというもの。『どうしよう、悩む』と言う菊地に『そんなときは全部がけをおすすめします』と提案する桃子。『それはうれしい』と返す菊地。そんな中、隣に座る宇藤は『僕は一種類にします』、『一つの味をじっくりと味わいたい』と語ります。『一つの味をまっとうしたい』と続ける宇藤。そんな宇藤を見て『こういう人が運命の恋に落ちたら、一人の相手を生涯、誠実に愛するのだろう』と思う菊地、という感じで食に焦点を当てた物語が自然と登場人物の性格描写に結びつき、結果として物語世界の奥行きを演出していきます。前作以上に磨きのかかった伊吹さんの食の描写、小説の中に意味を持って描き出されるその描写にすっかり魅了されました。
そんなこの作品の主人公が宇藤輝良です。『ねこみち横丁振興会』の『専従職員』という肩書きを持つ宇藤ですが、『月給は五万円』、ただし『横丁で商売を営む人々が現金の代わりに「現物支給」』してくれ、かつ『BAR追分』の二階に住居を提供されるというその待遇は少し微妙です。そして、その仕事内容は『こうしたことも僕の仕事の範囲なので』と、猫が太った原因を探るなど多種多様です。なんともパリッとしない微妙な立ち位置の主人公、それが宇藤の描かれ方です。思えば上記で例に挙げた食を題材にした小説群の主人公は女性です。男性が主人公となることは他の食を題材にしたものでも少ないように思います。そんな中ではこの宇藤という存在はとても貴重です。『ねこみち横丁』という今の時代にしては、なんとも時間の流れがゆったりとした、一見、夢を見ているかのように穏やかな時間の流れる世界観の物語には、こういったキャラクターがよく似合う、二作を読んできて改めてそう思いました。
しかし、この二作目ではそんな一見影の薄い宇藤の人生の迷いが描かれているのが特徴です。『シナリオライター』を目指す宇藤。しかし、『以前のように着想を得なくなった』、『創作の泉というものがあるならば、自分の泉は涸れてしまったのだろうか』と思い悩む宇藤の姿は、振興会の管理人としてどこか枯れた人生を送る姿とは別物です。『同級生に会うと、みじめな気持ちになる』と言う宇藤。『今、何をしているのかと聞かれて、すぐに答えられない自分が恥ずかしい』と言う宇藤。『中途半端に力があったから、あきらめきれずに書き続けているだけだ』という今を思う宇藤。そんな宇藤が振興会の人たちとの関わり合いを通じて、『心動かされたものに目を向け、注意を払うという意識が大事なのかもしれない』と気付き、『今はあせらず、技術を磨き、力を蓄えていけばいい』と思いを固めていく様が描かれていく物語は、「BAR追分」という作品世界の奥深さを感じさせてくれました。このシリーズはまだ続きます。主人公・宇藤輝良の生き方という側面からも次にとても期待の持てる二作目だと思いました。
『あたたかな食べものの匂いと、にぎやかな人々の笑い声』というように、『BAR追分』のある『ねこみち横丁』は、提供される美味しそうな料理の数々と、それを囲むほっこりとした人々の笑い声が今にも聞こえてきそうな魅力に溢れていました。そして、『昼間の明るさと夜の静けさ』という二つの顔を持つ『BAR追分』。『昼間はバールで、夜はバー』と、それぞれに魅力のある側面を見せるお店を舞台に活き活きとした人の生き様が描かれるこの作品。一冊の小説を読んだだけなのに、視覚、嗅覚、そして味覚の全てが満たされた、そんなとっても美味しい作品でした。
伊吹さん、ごちそうさまでした!続きを読む投稿日:2022.01.26
美味しいものは優しく心をほぐしてくれる。
美味しそうなお料理とお酒が出てきて読んでるだけで癒される。
宇藤くんもだいぶねこみち横丁に馴染んで、管理人の仕事が板についてきた。
最初は居心地悪そうだったの…に、今はほんとにくつろいでていい感じ!
脚本家デビューも近いかな?
続きを読む投稿日:2024.03.28
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