治したくない――ひがし町診療所の日々
斉藤道雄(著)
/みすず書房
作品情報
北海道、浦河。そこに、精神障害やアルコール依存をかかえる人びとのための小さなクリニックがある。開設から6年。「ひがし町診療所」がそれまでの精神科の常識をことごとく覆しながら踏み分けてきたのは、薬を使って症状を抑えるといった「いわゆる治すこと」とは別の、まったく新しい道だった。医療者が患者の上に立って問題を解決しない。病気の話はしない、かわりに自分の弱さを、問題を、きちんと自分のことばで仲間に伝えること。医師や看護師が能力を最大限発揮しない、それによって人が動き出し、場をつくり、その場の空気が、やがて本当の意味での力となってゆく。障害のある人びとを、精神科病棟のベッドから、医師や看護師のコントロール下から、地域の中に戻すこと。グループホームで生活し、病気の苦労、暮らしの苦労を自分たちの手に取り戻すこと。そのことが、患者の側だけでなく、健常者を、町全体を、そして精神科医療そのものも変えてゆく…… 北海道、浦河。べてるの家のその先へ。
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商品情報
- シリーズ
- 治したくない――ひがし町診療所の日々
- 著者
- 斉藤道雄
- 出版社
- みすず書房
- 書籍発売日
- 2020.05.11
- Reader Store発売日
- 2020.06.12
- ファイルサイズ
- 1.8MB
- ページ数
- 256ページ
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この作品のレビュー
平均 4.0 (10件のレビュー)
-
『「先生、なんかやんないの?」診療が一息ついたところで、“師長さん”が先生に横目で語りかける。「あたし手伝うからさ、やんなさいよ」』―『あたしがなるから』
あたしが患者になってあげるから、新しい診療…所を開きなさいよ、という看護師の言葉に背中を押されて本書が取り上げる「浦河ひがし町診療所」の精神科医は決心したという。もちろん、その言葉を字義通りに真に受けている訳ではないけれど、その言葉の真意を真に受けての決断だ。本書には、そんな表面上の理屈では片付けきれない、その裏にある根本的なもの(あるいはそれを本質的なものと言い換えても良いけれど、それが何かを鮮明にする訳でもない。あるいは、動物的な本能によるもの、と言い換えても良いような気もするけれど、それはただ単に、自然の摂理、と複雑なものも雑にまとめたくらいの意味しか持ち得ないだろう)との乖離が其処彼処に登場する。
そもそもの始まりも、言ってみれば矛盾に満ちた話なのである。長期入院の精神科の患者を退院させた(言ってみれば治療の成果が出た)結果、病院の経営が悪化し精神科病棟を閉鎖(新たな入院患者や外来患者の受け入れを放棄)せざるを得なくなる。そこで、吹っ切れて、新しい診療所を作(ってやりたいことをやりたいようにや)る、という流れなのだ。そして、この川村医師の患者への対応方針を端的に言い表した言葉が「治したくない」なのである。
本書で描かれている主に統合失調症の患者さんたちは、もちろん病に苦しんでいるし、社会的に不都合な状態に陥ることも多い。それでも、鎮静作用のある薬で「大人しく」させておくことが治療の究極の目標だと川村医師は考えない。地域で生活出来るのなら、病という名の性格と上手く付き合えるのなら、それで良いじゃないか、という。もちろん支援は必要であるし、その支援も時として壮絶なものになることもある。しかし、むしろ患者に人間とは何かを教えられる経験を積み重ねて、浦河ひがし町診療所メソッドは進化してゆく。その過程を放送局に所属していた元記者が丹念に追いかけまとめたものがこの本だ。
とはいえ、本書は決して「どう対応すれば良いか」を示したものではない。飽くまで「どうしてそれが起きたか」を読み取る本。そのための丹念なルポルタージュ、あるいはディテール(詳細)。そこから読み取れるものを端的に言うならば、多様性、ということになる。一人ひとり、その時々で事情やそれに対する反応は異なっているという「当たり前」を再認識する。
本書に登場する人々に限らず、人の悩みの大半は対人関係にあるとも言われる。つまり、単純に言えば「他人がいればイライラする」ということ。けれど他人が全く居なければ、意識は自分の中だけでぐるぐるとフィードバックを繰り返し、ハウリングのようにどこまでも増幅してしまう。結局、人はどうしたって人「間」であるということ、人「類」ではなくて(剥製にでもなれば人類だろうけど)。「類」というように複雑なものの共通項を抽出し、分類して一般化しようとすれば「個」は消失せざるを得なくなる。だから目の前の患者さんを個性のある人として見なくなる。何だか養老先生がいつも言っていることと同じような話(偏差値とか喫煙や高血圧の話とか、高いから良いとか異常だとかいう話じゃない、人によるだろ、という話)だけれど、そんなことを再認識するようなエピソードがこれでもかと記されている。そして、他人との関係を川村医師が一番に考えていること(干渉し過ぎないこと)こそが、まさに患者をして人として復権させ、社会適応出来る状態にすることを可能にした理由なのだと解る。とはいえ、川村医師も他人が解るとは言わない。むしろ分からない、積極的な意味で判ろう(それは対人関係をともすると主従関係に近い状態に押し込もうとする行為)としない。ああ、まるでレヴィナスの言う「他者」だなあ、と思っていたら、こんな文章に行き当たる。
『まるで鏡のように、精神障害は私たちのありようを反映するのである。そして精神障害への向きあい方は、私たちの社会のありようを反映する。(中略)それは何なのか。そこで診療所の人びとはいったい何をしているのだろう。なぜそんなことをしつづけていられるのだろう。そのようなとき、私の頭のなかではいつも「他者」ということばが浮かんでくる。それは二〇世紀フランスの哲学者、レヴィナスのいう意味での他者だ。「世界の組織のなかでは〈他者〉はほとんど無にひとしい。それでも〈他者〉が私に闘いをいどむことができる。言い換えるなら〈他者〉を打つ力に対抗することが可能であるのは、抵抗の力によってではない。対抗が可能であるのは、〈他者〉の反応が予見不可能であるからにほかならない」』―『無力、微力』
御意、という他ない。続きを読む投稿日:2024.05.14
みすず書房
斉藤道雄 「治したくない」
総合失調症患者を 薬やベットから解放し、医療から生活ケアに 治療の重点を置いた「ひがし町診療所」のドキュメンタリー
「診療所の日々のありようは〜答え…はない けれど 意味はある」という言葉から、治らない病気に向き合う無力感、そんな中で自分が何を求められているのか問い続ける探究心が 伝わってくる
当事者研究(患者が自分の病気を見直そうとする試み)としての様々なミーティングは 、解決を求めるのでなく、語る場を設け、たっぷりムダな話をしながら、まわり道と脱線を重ねて、少しずつ改善していく様子が読みとれる
続きを読む投稿日:2023.08.10
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