この作品のレビュー
平均 4.1 (16件のレビュー)
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様々な分野で見られる「社会の心理学化」という現象を、精神科医の斎藤環氏が解説・批判している本。
社会の心理学化とは、“教育・福祉・家庭など社会の様々な領域で心理療法の技術が多く使用されるようになり、…文化の中で心理療法的言説の比重が大きくなってくるような事態”のことである。Ⅵ章までは、文芸やサブカルチャー・事件報道といった分野における社会の心理学化を紹介している。例として、ファッションと化した「トラウマ語り」や事件報道に精神分析が担ぎ出される現状、心理学ブーム・脳ブームなどが挙げられている。2003年に書かれた本なので、今読むと多少時代遅れ感があるのは仕方がないだろう。もっとも、心理学ブームというのは日本でも遅くとも大正時代には見られた現象らしい。
という訳で、本題は、社会の心理学化の理論的な解釈を試みた終章 「心理学化」はいかにして起こったか である。筆者によると、社会の心理学化というのは“精神分析のシステム論的応用”のことである。つまり、精神分析の知識が人口に膾炙し、それが自己言及的に使われる状況のことを言う。本書に挙げられている例として、ある人が「自分は母親が好きではない」と言うのを聞き、「それなら彼はよほど母親が好きなのだ」と「分析」したりするが、実は、言っている本人が聞き手にそう思われることを期待して言っていることがあり得る。このように、精神分析(擬き)を自らに対して行うことによって、自身に潜む僅かな狂気も掬い取られ、臨床心理学と精神医学への需要が上がったのが、社会の心理学化だという訳である。
最近でも俗流の心理学や脳科学の本はよく売れているようで、そのような「マニュアル本」・「取り扱い説明書」には何処か違和感を感じていた(そういう本に全く価値がないとまでは言わないけど)が、本書に述べられている「心の身体化」、或いは「心のモジュール化」という観点から考えると分かりやすい。
読んでいてハッとさせられたのが、“誰にとっても「自己分析」は不可能”(p.171)ということだった。分析の本質はあくまで治療行為であって、自己分析は一般論にならざるを得ない。平たく言えば、自己分析なんて言っても、畢竟自分に都合の良い解釈でしかないということだ。
“断っておくが、ネガティブな解釈のほうが「都合のいい」ことだって珍しくない。たとえば自罰的なことばかり言う人が、ぜんぜん謙虚じゃなくて、むしろかたくななことが多いのは、その人にとって「自罰」のほうが「都合がいい」事情があるからだ。(p.171)”
これは(特に精神科医の口から)言われると確かに頷けることで、我が身を省みて無闇矢鱈な自己分析には気をつけなければと思った。その一方で、このこと自体も結局はメタな「自己分析」、すなわち自己分析の自己分析、自己分析の自己分析の自己分析、…に回収されてしまうのではないかとも感じた。自己の内面を探る、みたいなことがもはや染み付いてしまっていて、この点に関してどう考えれば良いのか難しい(これも自己分析なのだろうか?)。続きを読む投稿日:2021.03.05
映画やドラマに「トラウマもの」があふれ返り「癒し」がブームになっている現在の状況に対する違和感から出発し、「心理学」的な解説が社会のアーキテクチャとして機能してしまっていることの問題性を鋭く指摘してい…る本です。
「猫も杓子もトラウマ」といったような風潮にどこかいかがわしさを感じているというひとはおそらく少なくないでしょうし、わたくし自身も本書で紹介されている小沢牧子の著書にかなり説得されるところがあったのですが、本書ではそうした「心理学化」の傾向と、表層的にはまったく異なるように見える「脳ブーム」とのあいだに共通する問題を見通しているという点で、単なる素朴な違和感の表明とは一線を画しているように思いました。
われわれは、わかりやすく耳に心地よく響く説明を求めてしまいますが、そのことがわれわれの生きるシステムのなかに組み込まれているのだとすれば、単なる個人の決意によって問題の解決を図ることは絶望的なのかもしれない、と思ってしまいます。続きを読む投稿日:2016.11.23
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