てげてげ読書ノートさんのレビュー
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傭兵ピエール 上
佐藤賢一 / 集英社文庫
美女と「殺す野獣」
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舞台は百年戦争時代のフランス。傭兵隊長の主人公が救世主ジャンヌ・ダルクと出会い…とあれば、重厚な合戦シーンや政治劇を期待される向きもあるでしょう。しかし、それならば、同じ作者の「双頭の鷲」をお読みくだ…さい。
本作品は、主としてピエールという一個人の人生についてのお話です。
以下、ピエールとジャネット(ジャンヌ)の人物像をまとめますので、何か惹かれるものを感じた方は、本作品を開いてみてください。
(1)村を襲う本当の「野獣」
ボーモン夫人の「美女と野獣」という寓話はご存知でしょうか。あの「野獣」は、恐ろしいのは見た目だけ。「愛される」という条件に縛られ、お姫様のように城で恋しいベルの帰りを待つ、いわば草食系の獣なのです。
「傭兵ピエール」の主人公は、百年戦争時代の傭兵隊長(シェフ)です。見た目は騎士のように格好よいのですが、その実体はフランスの豊かな田園を荒らす悪鬼のような存在です。襲われた村人からすれば、こちらが本当の野獣。しかし、このピエールは優しい男でもあります。仲間が増えるほど、甘くなってゆく。かといって、仲間との絆が第一という世界には収まりません。重大な局面では単独行動、仲間もぞっと凍りつかせる「シェフ殺し」に変貌します。
(2)救世主は「あるべき女」
ピエールが出会い、引かれ合う相手がジャンヌ・ダルク。こちらは目の前の現実より「こうあるべき」を見る女です。思い込んだら即突撃!その熱意で、野獣のような傭兵隊を愛国の勇士に変えてしまいます。
しかし救世主の「中の人」であるジャネットは、戦う方法も知らない田舎娘にすぎません。戦争の現実に触れて怯えています。内心の怯えを隠すため好戦的になり、さらに傷つきます。ピエールにも「助けて」と声に出しては言えません。
せっかく側にいたのに、健気に各々の職分を尽くす二人。無言で気持ちを通わせながらも、結局、頑張って別々の道を選んでしまい、上巻は終わります。
そんなに頑張るな、欲しいものは素直に欲しいと言いなさい!と他人は言いたくなります。でも当事者としては、こうなるのもわかる。わかるだけに、辛い別れも、下巻の無茶苦茶な大暴れも、飲み込めると思うのです。
いかがでしょうか。この人たちの物語を読んでみたいと思っていただけると嬉しいです。
(おまけ)下巻、ピエールの選択の是非
私は長年、この作品のラスト、ピエールが「会心の笑み」を浮かべるシーンが大好きでした。
しかし改めて読み返すと、疑問もあります。ジャネットに黙ってそうあることは、果たしてベストといえるのか。バレたら、怒られるでは済まない気がします。
最後まで読み終えた方は、ぜひ考えてみてください。 続きを読む投稿日:2017.06.22
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シャーロック・ホームズの復活【深町眞理子訳】
アーサー・コナン・ドイル, 深町眞理子 / 東京創元社
名探偵の全盛期!冴え渡る第三短編集
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ファンの熱烈な期待に応え、名探偵とその相棒がベーカー街に帰ってきた!
まだ一度もホームズ譚を読まれたことのない方に、シリーズから一冊だけお薦めするとしたら、私はこの作品集を選びます。シリーズのアイコ…ンともいうべき暗号ミステリの古典「踊る人形」をはじめ、多くの傑作が収録されています。
(1)ホームズの魅力が満載
初期の作品では、大都市ロンドンに蠢く社会の闇と、それに挑戦する名探偵という構図が印象的でした。
しかし、シリーズが確立した今作では、作者はもっと自由に、ホームズと相棒のワトソン、レストレード警部といったキャラクターを使って遊んでいます。セルフパロディや名台詞、ついには行き詰まって泥棒となるホームズなどサービスも満載。ホームズの魅力が最大限に楽しめる作品集です。
(2)遊び心溢れる「建築業者」
私のイチオシは、第2篇「ノーウッドの建築業者」です。
そもそも英国紳士というものは、慇懃で禁欲的な振る舞いを誇りとするくせに、ときにとんでもないイタズラを繰り出してはニヤニヤ笑うという二面性があります。ホームズもこの悪癖を有しており、特に悪ふざけが過ぎるのが、本篇のラウンジ・シーン(関係者を集めて種明かしをする場面)です。
ここでの依頼人は事務弁護士(solicitor)のマクファーレン氏。『吸血鬼ドラキュラ』のジョナサン・ハーカーよろしく、彼も奇妙な依頼人の館における文書作成業務により、絶体絶命の窮地に陥ります。ドラキュラと異なるのは、恐るべき完全犯罪が、最後は名探偵の茶目っ気により、ずっこけ喜劇で終わること。「すでに完成している作品に、さらに一筆、描き加えようとした」とは、この作品集にも向けられた作者の皮肉かもしれません。
事件の発端が、振られた恨みというのも良いですね。おっと、残りは読んでのお楽しみです。
(3)階級社会と探偵コンビ
ホームズは公務員ではなく、私的に依頼を受けて行動する民間諮問探偵です。階級社会の英国でこの職業が成り立つのは、相棒のワトソン共々、紳士階級に属しているからだそうです。警察官のレストレードやホプキンス、一般巡査などでは、「プライアリー・スクール」に登場する公爵のような貴人とは、まともに話すことは許されず、秘密を聞き出すことなどできないとか。紳士であるホームズやワトソンだからこそ、遠慮なく踏み込んで捜査ができる(ついでに高額の小切手もいただく)わけです。このあたりの事情も意識して読むと、単なる謎解きを越えて、より深く楽しむことができます。
女性という観点からは「ひとりきりの自転車乗り」と「第二の血痕」をお薦めします。自立した職業婦人の受難と、亭主の仕事と愛を天秤にかけたばかりに、欧州を戦争の危機に陥れる貴婦人のうっかりぶりを読み比べてみてください。なんだか現代の日本にも響き合うところがありそうです。
(4)事件の解決が報酬です
ホームズの粋なはからいで、事件が真相の暴露や真犯人の逮捕とは異なる解決を迎えることもあります。本作ではたとえば「アビー荘園」。単に真実を見つけるだけでなく、人情をふまえた優れた解決策まで提示できる。変わり者であっても、決して、専門バカではないのです。これこそが、ホームズが名探偵の中の名探偵となれた秘訣ではないでしょうか。
読むたびに発見のある名作、ぜひ手にとってみてください。 続きを読む投稿日:2017.06.09
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だれがコマドリを殺したのか?
イーデン・フィルポッツ, 武藤崇恵 / 東京創元社
だれかはすぐにわかります
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ビッグタイトル。何度も翻訳されている、大変著名な作品です。
しかし、実際に読んでみると、題名を見て予想されるのとは、かなり違った作品でした。
(1)誰が殺した?の謎を解く作品ではない
コマド…リとは、女性のあだ名です。姉がミソサザイで、妹がコマドリ。
主人公のノートンを陥れるためにコマドリを殺した「犯人」は、特に秘密ではありません。犯行に至る動機が復讐であることも、明記されています。そこに謎はないのです。
ついでに、マザーグースの有名な歌(漫画『パタリロ!』における『ポーの一族』のパロディ、「クックロビン音頭」でお馴染みですね)に添って、順に事件が起こるわけでもありません。
物語の約3分の2が過ぎた、第12章「反撃大作戦」以降から、ようやく、探偵ニコル・ハートが活躍する、ミステリーとしての本体が始まります。とはいえ、決定的なポイントでは親切なガイドがあり、初心者がぼんやり読んでいても、何が起きているのかは大体わかります。
したがって、謎解きを楽しむ作品ではないのです。
(2)コマドリは恐ろしい人物
コマドリことダイアナは、かわいい小鳥の名で呼ばれていますが、恐ろしく気の強い女性です。このダイアナが、美男で知的で優しく真面目な好青年であっても、断固として目的を達成する意志を欠くノートンと恋に落ち、悲劇が起こります。ノートンの恋敵ベンジャミン卿も、格好良いスポーツマンですが、やはり意志力の面では頼りない人柄です。彼らはダイアナのプライドの高さを見誤り、文字どおり「劇的」な事態を招いてしまうのです。
高いスペックを活かす意志力がないノートンと、期待を裏切られて怒りに燃えるダイアナ、彼らの心の動きが丁寧に描かれている様子が本作の読みどころです。途中で真相がわかったら、もう一度前を読み返して、ダイアナの凄さ、恐ろしさをぜひ堪能してください。男女の仲を引き裂いたのが、最終的には「信頼」の問題であったというのが、哀しいところです。「自分の愛のほうが深いと思っていたんでしょう?」と相手を責めてしまう救いのなさ。ここを許すことができなかったら、幸せにはなれませんよね。
(3)ネリーさんの不思議
ミソサザイこと姉のマイラ以外にも、本作にはもう1人、重要な女性がいます。ノートンを愛し、支えるネリーです。
実は、私は一読目にはこの人物を、主人公にとってあまりに「都合の良い女性」と判断し、軽く見ていましたが、これは不見識でした。
改めてネリーの視点からすべてを見直すと、この人も決しておとぎ話の理想のヒロインではなく、それなりのリアリティを備えたキャラクターだとわかってきました。とはいえ、まだわからないところはあります。とても奥深い、不思議な人物ではないかと思います。
ノートンとダイアナの激しい恋物語を堪能した後は、ぜひ聡明なネリーの静かな愛のお話も楽しんでみてください。
(4)解説もぜひ!
作者フィルポッツは、「ダートムアといったらフィルポッツ」と称された、田園小説の大家だとか。巻末の解説に詳しいですので、ぜひこちらもご確認を。 続きを読む投稿日:2017.06.06
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モンティ・パイソンができるまで―ジョン・クリーズ自伝―
ジョン クリーズ, 安原 和見 / 早川書房
偉大な変わり者たちが導く「パイソン」前夜
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日本でも人気がある英国のコメディ番組「モンティ・パイソン」のメンバー、ジョン・クリーズが「パイソン」誕生までを書いた自伝です。
英国の社会や教育、米国のショービジネス、レコードとラジオ、白黒テレビの…時代におけるコメディー史に関する興味深いエピソードの数々、そしてコメディを書き・演じ・笑わせることについての洞察力溢れる解説は、非常に楽しく読めました。
しかし、これは予想通り。本書の素晴らしい点は、クリーズを「パイソン」に導いた人々に詳しく触れている箇所です。
一人はデイヴィッド・フロスト。パラノイアならぬ「プロノイア」(幸福妄想)患者と評される彼は、自分の番組が「すぐれている」かにこだわらず、「受けている」かを重視する真の外交的人物です。クリーズたちにポンポンと仕事を与え、そのうえ好きにやらせてくれる(平気で素人に丸投げする)素敵なボス。こんな人物だと初めて知りました。もう一人のボス、驚異の物まね能力をもつため、毎朝自己を見失ってしまう達人ピーター・セラーズとの対比も面白いです。
二人目は、最初の妻にして共同制作者のコニー・ブース。大陸間の遠距離交際もなんのその、愛情も才能も共有し結ばれたベストパートナーです。クリーズの筆致からも、本当に大切に思い、深い敬意を払っているのがわかります。結婚式のあたりはちょっと感動ものですが、しかし後に別れてしまうのですよね…。
そして三人目は、謎めいた天才グレアム・チャップマン。後年アルコールがもたらす影はまだ薄く、古きよき青春のエピソード集といった雰囲気ですが、カミングアウトには驚いたとか。英国では同性愛が非合法とされた時期が長かったそうで、このあたりは時代の違いを感じます。
そして最後に書き足された最終章。例の復活ライブのことが書かれています。終えて、悔いはないといい合うメンバーたちが印象的。チャップマンはすでに亡く、ライブ当時は元気だったジョーンズも、今は大変なようです。現在75歳、無理もない。本書では、クリーズがこの久しぶりの集合を大いに楽しめたらしいことがわかり、パイソンズのファンの一人として、大変嬉しく思いました。 続きを読む投稿日:2017.05.19
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深く美しきアジア(1)
鄭問 / アフタヌーン
厄災も理想も受け容れて美しいアジア
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作者は台湾の作家ですが、輸入品の翻訳ではなく、初めから日本の雑誌で連載された作品です。
まずは、美麗な筆致で繰り出される、奇想天外な描写を堪能していただきたい。第2話で、夜市を行く理想王の巨大リムジン…に爆笑したら、あなたはたぶん、この漫画のオリジナリティと相性の良い方です。
第1巻では、コミカルな描写や寓話的なエピソードが多く、少々古臭さも感ずるかもしれません。この点は、百兵衛と理想王の戦いが激しくなるにつれて変わります。ぜひ、潰爛王(かいらんおう)が登場する第3巻まで読み進めてみてください。まさにアジアの奥深さを体現する、私の一番好きなキャラクターです。そこまで来たら、もうラストまで目を放すことはできなくなるでしょう。
それにしても、「深く」「美しき」「アジア」とは、よくできたタイトルですね。
英題にあるように、この作品には、マジカルでスーパーな東洋的世界という一面もあります。しかし、日本の同種の作品とは何か違うのです。
たとえば、寺田克也「西遊奇伝大猿王」は、バンドデシネの強い影響下にありますが、比べてみると、やはり日本の漫画です。
理想と美、愛、幸福、善意、法や規律といった価値が複雑に対立し、全てを呑み込む厄災の力が救いの武器となる。終盤の迫力ある展開は、独特の世界観と日本の漫画雑誌スタイルとの融合も感じさせます。台湾の作家が、日本の雑誌で連載したという作品の出自が、そのままテーマになっているともいえるでしょう。
読めば読むほど、「深く美しきアジア」とは素晴らしいタイトルだと感じます。
私の手元には、1992年に刊行された大判のアフタヌーンKCデラックスもあります。数年に一度、なぜだか読み返したくなる、不思議な宝物のような本です。電子版には、口絵や跋(後書き)も全て収録されていますので、ぜひ読んでみてください。
なお、この文を書く直前に、作者の訃報に接しました。命を削って描かれた作品たちが、永く読み継がれることを願います。 続きを読む投稿日:2017.03.28
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もろこし桃花幻
秋梨惟喬 / 創元推理文庫
ヒストリー?ファンタジー?いえいえミステリーです
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「天下の一大事を無視することもあれば、一人の子供を救うために駆けつけることもある、その真意は誰も知らない」
唐土の地で、不思議な力をもつ男女が、時代を越えて活躍したりしなかったり。謎解き仙術ミステリー…、銀牌侠サーガの第3弾。初の長編です。
とはいえ、このような予備知識なしに、この作品から読んでも、問題なし。私も、前作を読んでからしばらく経っていたので、過去のシリーズに登場した人物や設定はおおむね忘れていました。それでも十分楽しめたので間違いないです。
読み始めてしばらくは、古典を元にした、謎めいた舞台設定が示されます。元朝末期の乱世ですし、超人的な登場人物も出てきますから、いざ事件が起こっても、あまりミステリーらしく感じないかもしれません。
しかし、これはたしかに事件なのです。社会的な背景があり、関係者の利害に基づいた、合理的な作為がある。ただし、真相はうまく隠されていて、最初はその全貌は見えません。
なまじ優れた力があったり、経験を積んで、世の中そんなものとわかったつもりでいると、おかしなことが、おかしいと見えないこともある。現代の我々の暮らしでも、よくありますよね。
事情がわかれば、不思議でも何でもない。なぜこんな明白なことに気づかなかったのかと、目から鱗が落ちることになります。これぞ、優れたミステリーを読む楽しみですね。
終盤、理不尽に命を奪われた人々のために、きちんと怒り、悲しむ主人公。彼の世間知らずに苦笑しながら、少しだけ力を貸してくれる超人たち。
主人公が誇りにしている学識や知性は、事件の解決にはほとんど役に立ちません。しかし、厳しい現実を知り、虚無に呑まれそうな人々に、生きる使命を、行動する動機を与える能力こそ、エリートとしての優れた資質なのかもしれません。
期待どおり、最後まで面白かった。
あの人の過去や、この人のその後も気になるし、これからもう一度、「もろこし銀侠伝」「もろこし紅游録」を読み返してみます。
よろしければ、あなたもどうぞ。腕っぷしが強いヒロインも、予想以上にかわいいですよ。 続きを読む投稿日:2017.03.18