
スワロウテイル人工少女販売処
籘真千歳
ハヤカワ文庫JA
苛烈な恋愛小説
人が自らの伴侶として生み出した「人工妖精」。人を愛し、人に愛されるために生まれてきた彼女たちとの不器用な愛の話である。主人公の揚羽は出来損ないとして社会から疎まれる人工妖精であるが、人と人工妖精の共存のために尽くす健気な少女である。人工妖精はヒトなのか、モノなのか、当事者にも分からない葛藤が彼ら・彼女らを激情にも似た愛へと駆り立てていく様は、一読の価値がある。 この作品は少々不思議な作品である。 ライトノベルと呼ぶにはいささか表紙が質素であり、並ぶのはあまり人通りのないSFや海外小説のコーナーである。が、SFと呼ぶにはポップなキャラクターが幅をきかせ、軟派な印象を受ける。 しかしながら、超科学によって支えられる社会の在り方、人間の認識能力、人とモノの境界など、平易な文体ながらも扱う話題は意外と硬派であり、何よりも随所に感じられる先人達への敬意はまさしくSF小説のそれである。 本作の魅力は、読み方に合わせて姿を変える事である。すなわち、純粋なエンターテイメントとして楽しめる「華」がありながら、深く掘り下げていけばいくらでも沈んでいける奥深さも併せ持つ、その二面性がたまらない。
0投稿日: 2016.09.09シュヴァルツェスマーケン 隻影のベルンハルト2
吉宗鋼紀,内田弘樹,木菟あうる,CARNELIAN
ファミ通文庫
受け継がれるドクトリン
政治に左右されない立場を求めて空軍に入隊したにも拘わらず、BETAの侵攻により戦術機部隊の創設を任され、政治に関わらざるをえなくなるユルゲン。ソ連留学で目にした本物の戦場を前に、もはや政治と距離を置くことは不可能と、軍の改革を決意する。新設兵科であることを利用して、新任幹部でありながら装備調達や戦術研究に積極的に関わり、陸戦力を大きく削減し戦術機へ転換することを主張する。既存兵科の高級幹部たちから白眼視される中、彼は如何にして戦うのか。 第1巻は拍子抜けするほどに「大人しかった」隻影のベルンハルトも、いよいよ本巻から本領を発揮する。 とはいえ、まだまだ本編のように血飛沫舞い散るような展開ではなく、全ページにわたって続くのは新設兵科の苦労話である。何しろ、こちらは入隊数年目の中尉、あちらは将軍様と、発言力から支持者数、握っている予算についてまで既存兵科の方が圧倒的に上である。戦車屋さんや大砲屋さんが100年以上かけて磨き上げた戦術論を青二才が根拠も無く否定するのだからひねり潰されて当然である。仮に現代日本で、自衛隊に丸腰のサイキッカー部隊を創設するため既存部隊の人員を半分になんて言われたら、私だって反対するだろう。本巻のユルゲンはそれを党と軍に納得させなければならないのである。人死にこそ出さずとも、政治的な攻防が繰り広げられるのは想像に難くない。戦術機に最適な新戦術の考案、戦術機先進国ソ連でそれが実現できない理由の研究、可能にするための装備品改良、浮動票となる文官への根回しなどなど、細かい話をきちんと描きながら決して冗長でなく、面白く読めるというのが素晴らしい。 シュヴァルツェスマーケン本編にも言えることだが、設定について評価したいのが時代の繋がりと流れを感じられることである。2001年の「オルタネイティヴ」では明確な用兵思想が描かれてはいないが、なんとなく色んな事をしている国連軍の戦闘スタイルをあえて分解し、1983年の「シュヴァルツェスマーケン」では東の光線級吶喊と西の機動防御として特徴を持たせた。明言されてはいないが、おそらく東ドイツ革命後に西へ流入した国家人民軍出身者による指導の結果、西欧が複合的な戦術を実施するようになったということなのだろう。 では、東ドイツの光線級吶喊はどこから来たのか、といえばこの「隻影のベルンハルト」なのだ。光線級吶喊が如何にして生まれたかが本巻の最大の見所と言っても過言ではない。 時代を駆け抜ける戦士達が必死に考え出した彼らなりの最適解が、実戦を通して磨かれ収斂していく様は、長大な大河ドラマとなりつつある「マブラヴ」シリーズ特有のものであり、それを意識的に描いた内田先生には脱帽である。
0投稿日: 2016.06.24シュヴァルツェスマーケン 隻影のベルンハルト1
吉宗鋼紀,内田弘樹,木菟あうる,CARNELIAN
ファミ通文庫
すべての始まりへ
マブラヴシリーズで最も古い、1972年から始まる物語。 主人公はアイリスディーナの兄、ユルゲン・ベルンハルトである。 彼は1978年の月光の夜事件でアイリスディーナの手によって粛清されるので、その間わずか6、7年ほどが描かれる事になるのだろう。 キーとなる人物はもう一人。11年後テオドール達の前に立ち塞がる巨大な敵、ベアトリクス・ブレーメである。物語が始まった時点ではベルンハルト兄妹、ベアトリクスとも年相応の少年少女である。彼らが如何にして政治に飲まれていくのか、目を離せない。 特にいいと感じたのは新疆へのオリジナルハイヴ建設の様子。おそらく、現実に地球の果てで天変地異が起きると、我々はこういった知り方をするのだ。 最も、個人的には第1巻はこれまでの「シュヴァルツェスマーケン」に匹敵するクオリティを有しているかと言えばそうでもない。ただ、これを踏まえた上で第2巻へと続くことが重要なのだ。
0投稿日: 2016.06.22シュヴァルツェスマーケン Requiem -願い- #2
吉宗鋼紀,内田弘樹,CARNELIAN
ファミ通文庫
同志中尉、意外とチョロい疑惑
親愛なる同志中尉の他、リィズ、ファムの過去でそれぞれ1編ずつ。そして前巻と同じく「おふざけ」回が1編、今回の犠牲者はキルケ。 さて、今回注目していきたいのは言うまでもなく同志中尉なのだが、それ以上にリィズの話が重すぎて正直コメントに困る。苛烈などという言葉では済まされない壮絶さである上に、何より恐ろしいのは登場する拷問や政治工作は脚色されていても、似たようなことが彼らによって現実に行われていたという事である。 一体、どれほどの人民が国家保安省に痛めつけられたのだろうか。考えたくもない。 残念なのは、ヴァルターの過去に関する話が登場しなかったこと。 おそらく月光の夜事件の際はシュトラハヴィッツに近い位置におり、アイリスディーナの面倒を見る立場にあったと思うのだが、だとすれば彼が如何にして粛清を免れたのかが不明であり、とても気になる。 彼については隻影のベルンハルトで描かれることになると思うので期待したい。
0投稿日: 2016.06.22シュヴァルツェスマーケン Requiem -祈り- #1
吉宗鋼紀,内田弘樹,CARNELIAN
ファミ通文庫
轟け115mm、唸れよシルカ!
シルヴィア、アネットとイングヒルト、クルトの過去でそれぞれ1編ずつ、そして半ばおふざけ回としてのアネットお色気話1編。 どれも読み応えはあるが、手放しで褒めたいのはクルトの話。 地上を這いずる戦車兵達から見た666への忌憚ない意見が込められている。「666は評判が良いのか悪いのかよく分からない」という諸氏はこれを読めばなんとなく空気感がつかめてくるのではないだろうか。 それはこの際どうでもいいとして、やはり見所は戦闘シーン。T-62主力戦車、ZSU-23-4対空機関砲、BMP-1歩兵戦闘車と、「当時」の主力兵器たちがカンプフグルッペを編成してBETAに立ち向かう様は感涙必至である。
0投稿日: 2016.06.22特装版 シュヴァルツェスマーケン 7 克肖導く熾天の大地へ
吉宗鋼紀,内田弘樹,CARNELIAN
ファミ通文庫
あいとゆうきのおとぎばなし
第6巻まで読み進めた同志がこの最終巻を手に取られずにいられるとも思えないので、このレビューは本の売れ行きに何一つ貢献しないだろう。が、敢えて言おう。安心して欲しい。間違いなく期待以上のものである。 人の想いを踏みにじり、心を砕き続けた本作にあっても、最後に力となるのは愛と勇気である。 アイリスディーナの語ったおとぎ話は人々の愛と勇気によってのみ、現実になるのだ。
0投稿日: 2016.06.22シュヴァルツェスマーケン 6 儼たる相剋の嚮後に
吉宗鋼紀,内田弘樹,CARNELIAN
ファミ通文庫
あぁ、リィズ
分かり合えたはず、共に戦うと約束したはず、それでも裏切ったリィズ。 彼女が裏切りさえしなければ、国家保安省を壊滅させることも夢では無かった―― 一体何故、彼女は裏切ったのか、と言うまでもなくテオドールのためである。 リィズの裏切りは、想い合うことが即ち協力には繋がらないこと、目指すものが同じでも手段が異なれば道を違えることがあること、攻撃は害意によってのみ為される訳ではないことなど、信頼の難しさを語る上でまさしく本作の象徴である。 合理が道理を超えた反体制陣営の行動も狂気を帯び始める。仲間達の信頼がテオドールに試練を与え、彼の精神を蝕む。見ていられない、だが目を離せない。
0投稿日: 2016.06.22シュヴァルツェスマーケン 5 紅蓮なる弔鐘の中で
吉宗鋼紀,内田弘樹,CARNELIAN
ファミ通文庫
大逆転
全編にわたって描かれるのは重光線級への光線級吶喊。 『オルタネイティヴ』では言うほど脅威に思えなかった重光線級が、スペック通りの脅威として立ちはだかる。舞台がゼーロウというのもまたいい。SF的な人型機動兵器・レーザーと対照的に織り込まれる大戦期・冷戦期の遺骸が情景に深みを増しており、個人的には戦闘シーン最大の見せ場である。 テオドールはさらに行動的になっており、想い人であるアイリスディーナに対しても言うべき事ははっきりと言うようになる。彼の努力の甲斐あって中隊は団結を取り戻し、西方総軍との連携も確立、いよいよ国家保安省への反撃へと進むべき道が見えてくる。 本巻を一言で言うなれば「大逆転」。最初から最後まで、一度も気の抜けない展開のオンパレードである。
0投稿日: 2016.06.22シュヴァルツェスマーケン 4 許されざる契りのために
吉宗鋼紀,内田弘樹,CARNELIAN
ファミ通文庫
壊れ始める日常
第4巻は前巻の大団円を揺るがすものとなる。 反体制派の一斉検挙、BETAの大規模侵攻、そしてリィズのスパイ疑惑再燃。 またしても訪れた666の窮地にテオドールは如何に対処するのか。 本巻の最大の見所は、やはりテオドールの揺れ動く心であろう。 アイリスディーナへの思慕を自覚し始めた彼は、決して報われないと知りながらも彼女の望みを叶えるべく行動する。しかしながら彼はカティアやリィズに対しても憎からず想っており、彼女らに寄り添うことがアイリスの意に沿ってしまうが故に却って苦悩することになる。最善の選択をしているつもりでも、常に3人を裏切り続けているかのような罪悪感に苛まれてしまう。意志を貫徹する強さは持っているのだから冷徹に他者を利用できればもっと楽になれるのだろうに、言動の一つ一つに彼自身の持つ繊細さや優しさが透けて見える。しかし、それこそが彼の最大の魅力なのだろう。 さて、我らが同志中尉は本巻においてもますます存在感を増してきている。 不覚にも不穏分子であるテオドールに好意を抱いてしまった同志中尉は、彼女なりのアプローチを試みるが、そのあまりの拙さに悶える。もちろん政治的な折衝においても大活躍しているので、期待してもらいたい。
0投稿日: 2016.06.22シュヴァルツェスマーケン 3 縹渺たる煉獄の彼方に
吉宗鋼紀,内田弘樹,CARNELIAN
ファミ通文庫
同志中尉がこんなに愛おしくなるなんて・・・
海王星作戦に伴う西側勢力との邂逅、リィズとの再会、そして明かされるアイリスディーナの目的と、本作中で最も大激動を迎えるのが第3巻である。 リィズの存在は以降最終巻まで物語を掻き乱し続けるが、その活躍ぶりは到底言葉で語り尽くせるものではないので、是非とも読んでもらいたい。 そして、何よりも大激動しているのが我らが同志中尉グレーテル・イェッケルンの立ち位置である。第2巻まではシルヴィア以上にヘイトを集める存在であった同志中尉であるが、本巻以降は彼女なりの苦悩や理想が描かれるようになり、愛おしく思えてくるのである。理想と現実の乖離に気付きながらも、党の言いなりになることでしか理想を実現出来ないと信じ込もうとしていた彼女は、果たしてアイリスディーナやテオドールの敵なのだろうか。彼女が自らの足で一歩を踏み出すとき、テオドールたちとの新たな関係が始まり、物語も大きく進む事になる。 戦闘描写については東独式ドクトリン「光線級吶喊」と西欧式ドクトリン「機動防御」の差が描かれる。 寡兵による浸透戦術と物量にものを言わせたエアランドバトルの相性が良いわけもなく、物量の差は経済力の差を誇示して貧者の心を苛み、敵のまっただ中に浸透すれば砲撃を阻害し、ますます対立を深めていくことになる。 互いに足を引っ張り合う連合軍が、激戦の中で結束していく様子もまた見所である。
0投稿日: 2016.06.20