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わせみかん。さんのレビュー
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  • アンブロークン アロー 戦闘妖精・雪風

    アンブロークン アロー 戦闘妖精・雪風

    神林長平

    ハヤカワ文庫JA

    早く続きが読みたいです。

    グッドラックのラストで愛によって対ジャムの切り札へ進化した零と雪風に、ジャムが新たな戦略をとるというストーリーです。 人間社会から疎外されているように感じ、機械になろうとしていた零が、ジャムとの戦闘を通じて自らの価値を見いだし、それ故に雪風との関係性を再構築した前作に続き、今回も抽象度は高めです。 人間であることが自分の唯一無二の存在価値であることに気がついた零は、どこまでも人間であろうとし、その人間の認識能力を雪風たち戦闘知性の認識能力と合わせることでジャムに立ち向かいます。 零と雪風が独立して存在し、それぞれ人間の認識と機械の認識を補完し合いながら、それぞれの存在価値へ敬意を払うところは、シリーズの初めからは想像もできない境地のように思えました。 作中ではそれが愛だとされ、今作ではジャムはその愛を知るためにジャムなりの世界認識能力を用いてあれやこれやと画策します。 そのため人間と機械知性とジャムの三者の認識論を中心としてストーリーは進んでいきます。 しかし、最後は、その抽象的な思考による戦闘が実際の物理的な戦闘機の戦いにまで巧妙に落とし込まれ、最後の最後まで手に汗握る濃密な空中戦が展開されるところは、ただ感服しました。 特に、特殊戦機の面目躍如である速さが中心となるところはとてもうれしく思いました。

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    投稿日: 2014.05.30
  • グッドラック 戦闘妖精・雪風

    グッドラック 戦闘妖精・雪風

    神林長平

    ハヤカワ文庫JA

    珠玉の一冊。

     戦闘妖精・雪風改の続編です。  戦闘機“雪風”に依存していた主人公の深井零が、自分の未熟さと向き合い、雪風との理想の関係を模索していく物語です。  前半で新キャラの精神科医エディス・フォスが登場し、彼女によって読み手の関心は深井零をはじめとする特殊戦隊員、異星体”ジャム”、雪風の三者の心と、三者のコミュニケーション手段についてフォーカスされていきます。  そしてハイライトは後半の第七章『戦意再考』にあります。  雪風と零(と桂木少尉)はジャムと遭遇し、生きるか死ぬかの極限状態で戦闘が始まります。この戦闘では、零は物理的にはジャムと戦いますが、心理的には零は雪風と“戦い”ます。そのため、同じシーンで二重の戦いが繰り広げられており、緊張感がすさまじいです。  ジャムに負けないためには、雪風と零の協力が必須ですが、雪風も零も「お前を信用しているから任せる」だとか「俺に考えがあるから任せろ」だとか、そういう野暮ったいことは一言も言いませんし、言う時間もありません。  しかし、彼らは長い言葉を交わす代わりに、それぞれの信念に従って行動を選択することでコミュニケーションを継続していきます。コクピット内の限られた動作と、ディスプレイ上の短いテキストの表示だけで、これほどまでに深く強く信頼関係を描き出せることができるのかと、ただただ感涙でした。  桂木少尉はもちろんジャムさえも、零と雪風の信頼を描くために用意された舞台装置にすぎないのではないかと思ってしまうくらい演出が見事でした。  零と雪風にこれほどまでに感情移入してしまうのは、そこに、エディスが言うように人間の普遍的な感情を見るからだと思います。    前作から大きく成長した零と、周囲の人たちの思いやりにあふれたラストに勇気をもらいました。  この作品以上に、『伝わる』とは何かについて考えさせられる作品はないと思います。

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    投稿日: 2014.04.04
  • 消滅の光輪 上 《司政官》シリーズ

    消滅の光輪 上 《司政官》シリーズ

    眉村卓

    創元SF文庫

    伏線の回収が秀逸の一言に尽きます。

    星雲賞受賞作の中には、こういう秀逸な作品があるので読むのをやめられません。 主人公のマセ司政官が、植民者たちを新星に移動させるために四苦八苦するストーリーです。司政官の権威が過去の物となってしまった時代、言うことを聞かない植民者たちに対して、マセ司政官がロボット官僚を駆使してあの手この手を使いながらオペレーションを進めていくストーリーそれ自体が面白いです。 そして、私は本作のハイライトは下巻のお遊びの司政功労賞授与式にあると思います。これだけ見事なドラマを展開されると、それを支える構成の精緻さに思わず震えました。

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    投稿日: 2014.02.04
  • 戦闘妖精・雪風(改)

    戦闘妖精・雪風(改)

    神林長平

    ハヤカワ文庫JA

    人生を変えた一冊。

    人間ではないものを描くことで逆説的に人間とは何であるかを描こうとする唯一無二のメカトロニックSFです。主にキャラクターの心情に焦点が当てられているため、そういう意味ではキャラクター小説であるライトノベルに近いものがあります。 主人公の深井零は、何かの手違いで人間に生まれてしまった機械と言われるほど人間的な感情に乏しいキャラクターとして描かれます。それ故に、味方を見殺しにしてでも情報を持ち帰るという任務の非情さから死神とも揶揄される特殊戦隊で“雪風”のパイロットを務めています。 宇宙人が出てきますが、戦闘機でドンパチやり合うありがちなSFではなく、そのストーリーは人間と機械知性と異星体“ジャム”との三者のコミュニケーション、とりわけ深井零と意思を持った戦闘機“雪風”との関係性を描くためだけに綴られているため最後まで物語に没入できます。 零は自分の周囲に心を閉ざし、愛機である雪風へ耽溺することでしか自己を守れません。しかし、そんな彼が、機械知性に翻弄されながらも人間であろうとするキャラクターたちとの交流(このサイドストーリー自体も非常に面白い)を通じて少しずつ人間らしさを表わしていきます。 そして、それまで積み重ねてきた深井零の雪風への想いや他のキャラクターたちの想いが、ラストシーンの雪風の判断をこれでもかというくらいドラマチックなものにしています。並のミステリよりも衝撃の結末でした。 何より私が気に入っている点は、機械描写が細かい点と、機械知性の心情を機械知性自体に語らせずアクションで描写することにより、シーンが劇的に表現されている点です。 人間と機械の心の交流を描いた作品は星の数ほどあれど、機械というものをこれほどまでに怖ろしく表現できる作品は、戦闘妖精・雪風をおいて他にないと思います。

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    投稿日: 2014.02.01